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お弁当箱の箸がない!洗いカゴ、食洗機、引き出し、ごみ箱、テーブル下、カバンの中・・・考え付く所、全部見ても、ない!夫がよくマドラー代わりに箸を使うから、一応尋ねた。「知らないよ~」と言いながら一緒に探しはじめた。『私が見つけられないものを、夫が見つけられるわけがない!』と思いつつ、急遽、別の箸を弁当箱になんとか入れた。(システム弁当箱なので付属の箸じゃないと溝に合わなくて入れにくいんだ。)そしたら、旦那が見つけた!菜箸に埋もれて、ガス台の横の箸立てに刺さっていた。あ~、さっき思ったこと言葉にしなくて良かったよ~!「ありがとう!ありがとう!」と2回言った。心の中で「ごめんね。」も言った。
2010年10月31日
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11頃、この地域にも大雨洪水強風警報が出て、息子たち、部活やオープンスクールが昼までに切り上げられ、早めに帰宅したけれど、台風はたいした騒ぎもなく過ぎた・・・のかな?来年受験生のコタローは明日模試を受けるんだって。模試ってのを受けるのも初めてだから、「志望校書く欄がたくさんあったらどーしよう!」って付け焼き場で大学名と学部をメモしてる。大学名は思い浮かぶけど、学部名がわからないって。最近はいろんな学部ができているからね。受験方法もすごく複雑で、私にはさっぱり理解できない我が家では、親はあてにならないとわかっているから大学受験に関しては、自分で高校に聞いて調べて、自分で決めるって覚悟してるみたい。親は栄養管理とお金の準備くらいしかできないものね。現役受験生のコジローは明日、部活の全国大会予選だって言うけど、どうやら試合後に参加するクラスのハロウィンパーティーのことで頭はいっぱい、ウキウキしてるらしい。また、クラスの「現実逃避パーティー」だ!クラスが仲良しで楽しくて良かったけどね。10月のカレンダーを破いたらさすがに切羽詰まってきたらしく今日は2年生の英語をおさらいし始めたらしい。どこがわからないか、わかってきたらしくコタローにいろいろ聞いていた。来週からは、自己PR書と面接の練習が始まるらしい。自分の長所って言われてもね~だって。でも、この高校の志望動機については迷わず書ける!って。「実験がしたいからです!」だって。・・・・・・・おい、おまえは小学生か?勉強も面接も「自分を知る」ところからだね。受験って進学先を決めるだけでなく、自分を見つめ、人間として大人になるいい機会だ。親としても、成績の数値や学校の優劣に目を奪われないで、我が子の性格や適性を見直してみたり、進路を悩む姿に頼もしさや信頼感を感じるいい機会にしたいものだ。にしても、我が家の息子たち、思春期の男子にしてはよくしゃべるよね。これっていいことなの?幼いってこと?ちょっと心配。 今日の弁当焼き肉丼アスパラのバラ肉巻き照り焼きなめ茸混ぜ玉子焼きかぼちゃ素揚げみかん
2010年10月30日
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高校で進路についての講演会があった。講師は某進学塾の人。全国に私立大学は570くらいあって、そのうちの21大学を志望する人と残りの550校を志望する人は同じくらいの数なんだって。進学志望者数と席の数を比べたら、確かに席数にゆとりがあり、世に言う「大学全入時代」なんだけど、実際、志望校に入るには、まだ狭き門らしい。いろいろデータが出されて、「高校2年の秋に一日2-3時間の勉強をはじめれば間に合う」とか、「なんとかMARCHには入ろう」とか。大卒の就職率は8割とか。もっとも私の印象に残ったのは「難しい大学の入試では、たとえば英語の長文に地デジ化についての専門的な文章が出たり、小論文で旭山動物園が成功したのはなぜかという設問だったりする。ただ教科の勉強をするだけでなく、身近な問題に目を向け深く考えてみること、世の中のことに広く興味を持つこと等が大事。」という話。本や新聞をよく読み、ニュースをみながら家族で話をするのもよいと言っていた。「一流大学と呼ばれる大学に受かる子は、往々にして人間としての豊かさを持ち合わす子が多い。それはたぶん、身の回りのことに関心を持ったり、人と深く関わったり、自分の決めた目標を達成する工夫や努力を積み重ねたりすることにより、学力だけでなく、人間性が深い豊かなものに育つということだろう。就職活動で結果を出すのが上位の大学というのも、単に名前だけで採用されるというわけでなく、企業が欲する人材が豊かな人間性であることを示す。」という話にも、なるほどねぇ・・・と思ったりした。私は決して学歴至上主義ではないが、今日の話は聞きに行ってよかった。講演後、クラスに場所を移し今日の感想を話し合ったら、ほとんどの親が「2年の秋にはじめるのが大事だときいて、帰ったら子供に伝えなければ・・・」って言っていた。人はそれぞれ、なるほどと感じる部分が違うんだね。私は「秋から2時間」の部分は太字マーカー付きの重点項目としてはキャッチしてなかった。なるほどね、アンテナによって太字になる箇所は違うんだね。
2010年10月29日
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コジロー。今朝は朝練に行かないらしく、普通に明るく起きてきて、ご飯食べて、制服に着替えながら、大きなため息。『はぁ~ぁぁあ~』どうした?「勉強しなきゃならないなぁ。めんどくさいなぁ~と思ってさぁ」だって。「昨日はガミガミ言い過ぎた。ごめんね。言われなくても憂鬱なのにね。ごめん。」「いや、それはいいんだけどね。勉強しなきゃならないなぁ。はぁ~ぁぁ」と言いつつ、天気予報見て、学校に行った。台風!大きなのが来るっていうので、週末の県大会やらオープンスクールが変更するかも・・・って、中学生も高校生も学校で言われてきたらしい。前もってそんな予告がされるなんて珍しいことだ。そんなに大きい台風なの?私も「はぁ~ぁ」だ(笑) 今日の弁当揚げしゅうまいアスパラベーコン巻サトイモ煮っ転がしトマトポーチドエッグ柿
2010年10月29日
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受験生コジローの一日。朝もはよから、部活の朝練へ。放課後もまた部活。運動部は夏の大会で、文化部も22日の文化祭をもって、3年生は引退してるはず部活から帰るや剣道の稽古へ帰宅後、ご飯食べて兄とTVゲームここで鬼母、一喝「何か一つでいいから勉強をしなよ!ゲーム後に風呂と勉強!」コジロー「わかってるよ~ん」母が風呂から出てみたらゲームは終了していたけど、勉強してるのは兄のコタロー。コジローは?こたつで教科書かぶって寝ている!鬼母、二度目の喝!「なにがわかってるよ~んだ!楽しいことだけやって、嫌なことをやらないなら、先に嫌なことをやれ!寝るなら布団で寝ろ!風呂だけは入れよ!あぁ、爪もすごいのびてる!まったく!」『わかってるよ~ん!』にだまされた。私が風呂から出たら、鉛筆持ってる姿を見られると思い込んでたから、アタマに来た。ぶーっ!とふてくされて、うたた寝を起こされた真っ赤な目で、足音たてて風呂に行った。ゆ~っくり入って、出てきた時には気持ちよさげなさわやか笑顔爪切りながら、普通に部活のことなんか話しかけてきて、「じゃ、おやすみ!」だって。受験生?我が家にはいません。鬼母、思い込み、買いかぶり、空回り!
2010年10月28日
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今日は久々に従妹とランチ。この頃都会に出る機会が多くて、電車も苦にならなくなってきた。1歳違いの従妹。私は兄弟が男ばっかりだし彼女は一人っ子のせいか、大人になってから親密になったよくある「女姉妹の際限ないおしゃべり」ってやつだ!今日は某フルーツ店のブッフェ。食べた!食べた!おいしかった~!それから、しゃべった、しゃべった!あらためて、彼女も相当なアダルトチルドレンだと思った。アダルトチルドレン・シスターズだな。ふたりともお母さんに操縦された人生に今頃になって気づき、自分の人生を自分で歩く練習を今頃になってしているんだな。まぁ、人よりだいぶ遅いかもしれないけど、でも、気付いてよかったよ。まだ、死ぬまでに「私の人生」見つけられるからさ。それにしても、よくもまぁ、おんなじころにおんなじ状態になって、おんなじように苦闘しているって…。おかしいね・・・。一緒に難関に立ち向かえる同志がいて私はとっても幸せ者だと思った一日。≪A.C.シスターズへ≫私たち、いつの日か、お母さんの操縦に動じない強い心になってビクビクしないで向き合える日が来るといいね。あせらずに、今は、自分を守ろうね!誰になんと言われてもいいよ。だって、今まで半世紀も我慢してきたんだもの。誰にもわからなくってもいいよ。同じ思いをした人にだけそっと伝わって、そっと受け止めあえればいいよ。また、おなかと心に栄養補給しようね!
2010年10月27日
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インフルエンザの予防接種をしてきた。我が家は毎年、全員受けているが、毎年のように息子たちのどちらかが発症する。なんて不経済なんだろう!と思うけど、ワクチンのおかげで軽く済んだと思うようにしている。実際は、40度の発熱が二日くらいは続いて苦しむけどね。時間の都合でコタローは受けられず、後日を予約。受験生は「予防接種したら手がだるくなった」ってことで、9時に寝てしまった。コタローのときにも受験生なのに勉強しないの?いつになったら始めるの?ってやきもきしながらも、言うのを我慢してたことを思い出した。コジローはもっと手ごわい。いまだに部活に出ているし、しょっちゅう「打ち上げ」に行ってる。またまた、勉強しなさいって言わない修行が始まった。
2010年10月26日
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「ショージとタカオ」の茨城上映の詳細が決まりました。 (構成・撮影・編集 井手洋子 2010年・カラー・158分) と き:11月23日(祝日)午後1時30分上映開始 ところ:茨城県立青少年会館 水戸市緑町1-1-18 Tel 029-226-1388入場料 優待料金 \1000 当日料金 \1200<主催> 布川事件・桜井昌司さんと杉山卓男さんを守る茨城の会 お問合せは 水戸翔合同法律事務所内 Tel 029-231-4555 Fax 029-232-0043 桜井さんの妻・恵子さんのブログに恵子さんの感想、映画への想いが書いてありました。東京上映のときのブログはこちらです。妻として映画を観る恵子さんの想いがひしひしと伝わります。10月16日の上映の際のご挨拶も胸を打つものでした。そうそう、こんなのも見つけちゃった!このテーマ音楽で映画がぐっとかっこよくなった気がします。
2010年10月25日
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息子のY高校見学(授業体験)についていった。はじめに受けるつもりだったS高校より必要得点はひくいらしい。夏の高校見学で「理科の実験設備がすごい!」ってことで浮上。9月にはY校文化祭にもいってみたけど、食べ物屋ばかりでつまんないって。前の週に行った当初の志望校Sの文化祭のほうが、工夫ややる気が豊富で、だんぜんいい感じ!だから、やはりS校にする!って。それなのに、また、Yの実験設備にこだわりはじめて・・・。もう、思考大混乱。決められなくなったらしい。今日の体験授業で決め手を見つける!ってことで・・・。私はどちらでもいいけど、一応ついていった。けど、高校の理数の授業なんか私にはちんぷんかん。だから図書室で本を読んでいた。江國香織の「流しのしたの骨」っていう本。おもしろい!半分くらいで帰る時間になった。続きが読みたい。息子は9割決めたらしい。やっぱり実験は充実しておもしろかったと!残り1割はなんとなくの不安らしい。あとは自分で踏切るのみだね。先生は難しいS校にチャレンジしろ!というムードらしいが、いいよ、いいよ!悩め!悩め!自分の進む道を悔いなく悩め!15才の大仕事。
2010年10月24日
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お昼過ぎに父からのメール。------------------------------------今、マツさんからメールが入り、「友人から、あなた出すぎて、あんず父さんの世話をやいてると絶対子供さんら家族から恨まれ嫌われるからねと言われ、そう言えば、あんずさんやスエオさんにでしゃばり女と思われてるかと思い始めたら足が病院に向かなくなった。ごめんなさい。私はただお役に立ちたい一心動いて来たんだがもう一人では行けません。」と言うのです。あの人にはそういう神がかったところがあるんだが困っています。「スエオはあの調子でおせじの言えない子だが、いい友達がいて良かったとみんな感謝している」と間に入って取りなしてくれないかな。嫌な役割でごめんね。マツさんは今、○○県の親友と別れ新幹線の中。マツさんのメールアドレス分かる?------------・・・と、あたし、取りなし役なんかしたくないけど。マツさんと父の問題だし、家族が認めてるとも思われたくないし、父の世話を頼んだみたいにも思われたくない。父自身が言えばいいと思うし。スエオに転送したら、明日、父に会いに行くから、その時に父に話を聞いて、俺が仲介でもいいならメールしてみる、と言ってくれた。とりあえず、私は、父のメールを無視することができた。夜になって、いつもの近況メールにくっついて、「昼のお願いメールは忘れてちょうだい。急に心細くなり、あんずに甘えてしまった。恥ずかしい。」と書いてきた。今日はそれも無視。ま、いいや。無視できた自分を誉めてやるとしよう。はぁぁ~。だいたいさ、父のお役に立ちたくてやっていただけなら、私たちが恨もうが怒ろうが父のためにやればいいじゃない?自分がありがたい存在だって家族にまで認めて欲しいと欲目があるからそんなこと言ってよこすんじゃない?やっぱりマツさんだって自己愛性人格じゃない?
2010年10月23日
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「アダルトチルドレン」完全理解(信田さよ子)アダルトチルドレンはもともとはアルコール依存の親の子供が親の果たすべき役割を担い保護者になったり、道化者になったり、心配事の種になったりと、家庭を成り立たせるための役割を果たさざるをえなかった子供に付けられた呼び名。これが時代を経て、親が親としての機能を果たしていない「機能不全家庭」で育ち、子供時代に安心して子供として生きてこられなかった人たちをさす呼び方へと拡大してきた。著者の信田さんは、表向きは何の問題もない「普通」の家庭で、いい子に、いい子過ぎるくらいに、親の期待に応えて生きてきた人たちに目を向ける。酒飲みでも、暴力者でもなく、表向きは、子を思う良い親でも実際は脅したり誉め殺したりしてマインドコントロールして子供をがんじ絡めにしている。でも、普通の家庭だから誰も気付かない。大人になってから、何か生きにくいぞ?何か虚しいぞ?と気付き苦しむ。そうして、自らをアダルトチルドレンと名付けることで、その生きにくさ、空虚感から解放されるための第一歩をふみだす。自分の人生の主人公が、自分ではなく親だったと気付く。自分の中に大きく膨張した怪物のような親が居座り続け、下手をすると親が死んだあとまでも自分を操作する。見えない親に操縦される生き方から解放されて、私は私の人生を始める。前に一度読んだの本だが、従妹に送るために本棚から出して、パラパラと見直してみた。カウンセリングを終えて、今、もう一度読んでみようと思う。アダルトチルドレンとは?私が生きにくいのはなせ?と、もやもやする人にお薦めの一冊。
2010年10月22日
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16日に来てくれた方から、感想の電話をいただきました。一緒に来た人たちと話した感想だそうです。--------------観てほんとによかった。事件の内容が良くわかった。ふたりの心情・本音がよく映し出されていて、ドキュメンタリーのすばらしさを感じた。13年の暮らしを追う中で、収監されていた間の気持ちや、ふたりが話す親の姿が見えるようで、今話していても涙が出る。井手さんのもつ力(表現、構成、人柄、人脈等々)がすごいなと感じた。声高に主張するのでなく、淡々としているのに、ズシンと残る映画になっていて、こんな映画は初めて。たくさんの人に観てもらいたい。会場が寒くトイレに行きたくなった人もいたけど、長い感じはしなかった。 (60代・女性グループ)
2010年10月21日
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次男の制服の冬ズボンまた短くなっていた。あげをギリギリまでおろす。長男の時から5年間、衣替えの度に伸ばし、次男に譲るときには縮め、毎年毎年、裾直しをしてきた制服。今年で最後だな~と思ったら、まつり縫いをしながらジーンときた。明日は中学の合唱祭。次男は指揮をするという。目に焼き付けてこよう。
2010年10月21日
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「もっとあそぼ!」と書かれた小さいメモ紙が10年前から私の財布に入っている。5才のコジローが書いてくれた手紙。幼稚園廃園に反対する活動に忙しかった私が電話をしている最中に渡してくれた。胸がチクッとした。それでも卒園式の日、「お母さん、幼稚園を守ってくれてありがと!」と言ってくれた。胸がキュンとした。
2010年10月20日
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幼稚園の支援改善委員会。今回は、「ねえ、一緒に遊ぼうよ」という企画の保育参観をした。最初は子供たちの遊びに加わる親たちの顔がなんとなく強ばっている。観ているうちに、楽しげに生き生きと笑う顔に変化。いくつかの遊びに分かれていたが、ほとんどの親が我が子とセットではないという。タイヤ引きは、よその子を乗せたお母さんが元気に引いて、よそのおばちゃんに引いてもらう子供たちはみんな弾ける笑顔。長縄跳びでは、飛ぶ度に前に進んでしまう子にあわせて、よそのおばちゃんが持ち手を下げて下げて、飛びやすくしてあげる。どこにも入れない子はいつのまにか集まり、予定にない「ダルマさんがころんだ!」を楽しんでいる。引っ込み思案の子の手を取って難なく仲間入りさせてくれるのもよそのおばちゃん。親子という枠を離れて、大人と子供が一人の人として無心に遊ぶ姿がなんとも愉快な光景だった。
2010年10月20日
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朝、「慣れない環境で寝られた?」と父にメールしてみた。「9時に眠剤入れて12時迄はぐっすり。痰とオシッコで起きたらあとは寝られず、明け方少しうとうとしたけど参った。」と。12時すぎ。「昼過ぎたのに、朝から医師もリハの療法師も顔を出さない。看護師に聞いてもわからないといわれた。」と、不安な。「慣れるまでは流れがわからずやきもきするね。ずっとその調子ならこちらからも連絡してみるよ。」と返事をした。昨日の対応を見ても不安になるのはわかる。3時「療法師が3人来た。3時半からリハ開始。」とがきた。5時半「今、リハ終了。内容が全然違って、すばらしいメニュー。3人のスタッフもなかなか優秀。安心した。明日からが楽しみ」最後のメールでこちらも安心した。
2010年10月19日
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今日は父の転院のため、朝早くにうちを出て新幹線で病院まで。三途の川から生還をはたした4か月。本当に大変な時にお世話になったナースやヘルパーさんに送られて、父号泣。11時介護タクシーにて1時間ぐらいで転院先に到着。12時そこから先が長い長い。4か月ぶりに外気に触れた患者を車椅子で待たすこと2時間。痰が上がってきてゼロゼロするのに、なかなか引いてくれないし、なかなか病棟にあげてくれない。やっとベッドに着いたら寝巻とタオルのレンタルの説明。看護師は来たが医師の手が空かず、いつ来られるかわからないという。やっとソーシャルワーカーと医師の話を聞けたのが4時近く。回復期リハビリ病棟が空かなくて1ヵ月もまたされたと思っていたのに、ここは外科だという。リハビリに耐えうる状態かを見て転科できるか判断するだとさ。口から食べられないままリハの期限を終えたら、今の住まい(ケア付きマンション)には帰れないし、経管食では老人ホームもムリ。長期療養病院に移るしかないといわれた。また行き先探しかい。母の行き先探しでうんざりし、やっと特養に決まったと思ったら、父が危篤で骨の行き場探し。三途の川から生還したらまた次の病院探し。老人は健康を失った日から行き先探しがずっと終わらないんだな。結局父も朝の経管食以来、5時まで待たされてもまだ食事はこなかった。付き添いの私たちも7時に朝食を食べたまま5時まで。何だか能率の悪い縦割りの見本市みたいな一日だった。疲れた。
2010年10月18日
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16日に観てくださった方から感想が届きました。まずドキュメンタリーと思えないくらい映像がきれい。作ったドラマみたいにきれいだった。時折映る自然もきれい。井手さんが長年これだけ密着して、編集や構成まで、たった一人で作ったことがすごい!そこに何よりびっくりした。ショージとタカオが実に正直で、冤罪の重苦しさを背負い込んだ悲愴感を漂わせていない映画なことが意外。一般的に冤罪を晴らす運動といえば「当人と支援団体や弁護団が一致団結して、無実の罪に対する怒りを世に訴えている」ようなイメージがあったが、ふたりの間にも、守る会に対しても複雑な軋みがあるんだな・・・というのが意外な感じがした。当人たちも、守る会に感謝して、ありがたいと思う反面、束縛感や不自由感も背負っているんだなと思った。が、大人なら、世話になっているんだからそれは心にしまい込んでしまいそうだが、彼らが井手さんにそういう愚痴もこぼす辺りが人間くさい。きれいごと、感動的なヒューマンドラマに終わらせない映画になっていた。ショージとタカオというのが、普通のおじさんなら、やはり映画にならないわけで、彼らが映画になるには「布川事件」の題材は欠かせないだろう。が、冤罪を糾弾する映画という色合いが全面に出ないながらも、冤罪をこうむった彼らの過酷な人生は充分感じられた。決着が着くのが怖い気持ち、このままがいいとときたま思ってしまう気持ちを吐露するあたりに、彼らの複雑な心境を感じた。でも、やはり少し長いなと思った。始めの頃すごく夢中で観ていた周りの人も、途中寝ている場面もあった。トイレに行きたい人もたくさんいたと思う。映画館でかけても充分観てもらえると思うが、長さが気になるかな~。 (50代・男性)
2010年10月17日
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ショージとタカオ、2回目の上映会でした。今回は300人のホールなので、はたしていっぱいになるのだろうか?とちょいと心配。ところが、開場1時間前からチラホラおいでになる方が・・・。30分前には受け付けもけっこうな混み具合になってしまった。先週観た方から口コミが予想外に広がっているようだとの情報も入る。受け付けに行列ができ、受け付け陣てんやわんや知り合いから知り合いへのお誘いに、義理で来た人もいるんだろうな。布川事件の支援組織の家族もいるらしい。○○さんのお誘いで、とか、守る会○○の娘ですとか名乗られる人も多い。でも、でも、ちょっと待てよ。当日券、電話予約の人たちは何で知ったんだろうやはり口コミの威力か一人で来られたお年寄り、初老のご夫婦、おばさまグループ、若いカップル、夫婦と娘の家族連れ、大学生みたいなグループ…。老若男女、様々な人、人、人…。すごく多彩な人たち。不思議。すでに映画を観た私はすごくうれしい。この映画は、冤罪を非難する悲壮なものでも、冤罪被害者の苦難とそれと向き合う強さを讃えたものでもない。ふつうになりたいショージとタカオの生き様そのものを映したものだから。それは老若男女どんな人にも、布川事件を知らない人にも元気をくれると思うから。受け付けの事後処理をして、荷物番を交替しながら会場に入ってみる。今日のホールは画面も音もきれいで、出入口も二重扉で遮光性も高い。何だか一段とよい映画に育った感じがした。しまった先週味わえなかったエンディングのスナップ写真と音楽を堪能するのを忘れて、ラストの荷物番になっちまった義理で来てくださった方も、帰りには、「いい映画だったよ~。」「長さを感じなかった!」「誘ってもらって良かった!」などと義理の相手に伝えている声が、受け付けのまわりでたくさん聞こえた杉山さんが自分等の事件を世に知らせてくださいと訴えた『檻の中の詩』の著者佐野洋氏や『舵のない船』の著者伊佐千尋氏のご挨拶があったこともあり、本を買って帰る方もたくさんいた。今日の上映会も満員御礼の大盛況で幕を閉じた。<次回上映のご案内>11月20日(土)14時上映開始資料代として1000円南大塚ホールJR山手線大塚駅 徒歩5分東京メトロ丸の内線新大塚駅 徒歩8分-----------------------私への義理で来てくれたみどりちゃん、お父さん、井原一家、ありがとう!今度感想聞かせてね!
2010年10月16日
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道祖土家の猿嫁(さいどけのさるよめ)坂東真砂子時は自由民権の士が赤襷に赤はちまきで勢いを示していたころ、高知のお話です。地元名士の道祖土家に、猿のような顔をした嫁が嫁いで来た。道祖土家の祖先が昔、白い猿に介抱されて生き延びたという言い伝えがある。明治大正昭和を生きる女性を描く淡々とした物語ですが、庶民の暮らし、感覚がよく見てとれる歴史小説といえるかもしれません。心に残ったセリフを抜書きします。「おまんが憲法いうがは、あのお上から押しつけられた大日本帝国憲法とかいうもんかえ。大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス、邪気ねえ。我国国土は我国人民の国土なり、ゆうた植木枝盛先生が泣きゆうわ。藩閥政府は天皇を押し立てて、国を自分らのもんにしたいだけじゃ。だいたい天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラス、の一文からして、万民平等の自由民主主義の原則から外れちゅう憲法じゃ。そんな憲法、変えてこそ意義があるゆうもんじゃないかえ」「自由民権運動も、おまんらみたいな腑抜けを跡継ぎにしたばっかりに、ぱったり地に墜ちてしもうた。今じゃ社会主義者のいうことがよっぽど筋が通っちゅうで。今度の戦争じゃち、幸徳秋水は平民新聞で堂々非戦論を唱えちゅう。万民平等で自由じゃいう考えはのお、韓国人たちにじゃち、中国人にじゃち、ロシア人にじゃちあてはまるもんじゃ。自由民権運動の真の跡継ぎは社会主義者らよ。」「曾祖母は家に縛りつけられていたかもしれない。しかし、その家は外の自然に向かって開かれていた。今の私は家からは解き放たれている。しかし社会という、かつての家にも似た窮屈な場所に閉じこめられている。」 「あんまし学校に行って頭ようなるこたないぞ。頭を使いすぎたら、足許忘れる。人間足許忘れたらおしまいぞ。」「曾祖母は、家というものに自分を合わそうとした、私は社会という物に自分を合わそうとしている。だが、ぴったり合わなくて当然なのかもしれない。私たちはつまるところ、家でも社会でもないのだから。 」 「父はよく、私たち子供にこんなことをいっていました。 大きな世の流れに巻きこまれまいとすることは、逃げていると見られがちだ。しかし、大きな流れに巻きこまれたままでいることこそ、逃げるということだ、と。」 ほかにも名言多数!もう一度読み返したい一冊です。
2010年10月15日
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お父さんから今電話が来た。ちゃんと聞き取れる声だった。昔の声とあまり変わりない、カサカサした声。ちょうど今、チリの鉱山も33人目の人が上がってきた。どちらも奇跡的!
2010年10月14日
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僕の転院が長引くという前提で医師が二名、療法師三名で今後のリハビリについて、昨夜、話し合いがもたれました。その結果、今日から午前中も歩く。午前中の痰引きは、看護師の介助で僕がやる。試しとして、明日ささやかに声の出る管と交換する。歩行器は使わず、薬をぶら下げる棒の取っ手につかまって歩く。管の交換以外は、早速今日から始まりました。転院前に少しでもレベルアップするのが狙いのようです。
2010年10月13日
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○○大学行きのバスに乗ったら、すごいかしましいおばちゃんがいる。「大学生はどうせ最後に降りるんだから後ろの方に詰めて乗ってほしいよね。私らは途中で降りるんだから、大学生が前方に立っていられると前まで歩いて行けなくて、降り遅れるのよ~」と。言ってることは然り。だけど、相手は対岸のしかも前方と後方に離れた遠くの席同士で、その離れたおばちゃん同士が何度も何度も「大学生のマナーが悪い!」と話している。私の年齢も気持ちも、あのおばちゃんに近いけど、「おばちゃんうるさいよ」と小さくつぶやいてしまった。
2010年10月12日
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キャタピラー寺島しのぶがベルリン映画祭で銀熊賞最優秀女優受賞した作品。寺島しのぶがほぼ表情だけの、驚嘆すべき表現力を発揮している。す、すごい女優だ。最後に原爆投下や東京大空襲や戦犯裁判で死んだ人の数が映し出されたが、死ねなかった人、残された人、体を、心を壊された人など、お互いの国の犠牲者は、数には表わせないのだと思った。戦争の無益さがテーマなんだろう。でも、人間の本性っていうか、食欲、睡眠欲、性欲、みたいな、最後に残る欲ということについて年老いて病気に倒れた親のことと重ねて考えてしまった。それにしても、寺島しのぶの表情はすごい。それから、エンドロールに流れる元ちとせのうたあれはナーズム・ヒクメットの「死んだ女の子」ですね。違う曲でしたが、昭和40年ごろかもう少し後か、歌声喫茶や原水爆禁止運動の集会などで歌われていました。作詞:ナーズム・ヒクメット、作曲:木下航二日本語詞:飯塚 広1 とびらをたたくのはあたし あなたの胸にひびくでしょう 小さな声が聞こえるでしょう あたしの姿は見えないの2 十年前の夏の朝 あたしはヒロシマで死んだ そのまま六つの女の子 いつまでたっても六つなの3 あたしの髪に火がついて 目と手がやけてしまったの あたしは冷い灰になり 風で遠くへとびちった4 あたしは何にもいらないの 誰にも抱いてもらえないの 紙切れのように燃えた子は おいしいお菓子も食べられない5 とびらをたたくのはあたし みんなが笑って暮らせるよう おいしいお菓子を食べられるよう 署名をどうぞして下さい
2010年10月12日
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臓器農場(帚木蓬生)無脳症の子供を身ごもった妊婦に、極秘でその子を産ませて、病院が買い取り、そういう子ばかりを育てておいて、必要な時にすぐ臓器移植をする体制を極秘でとっている病院のお話。(もちろんフィクションですよ)妊婦もお金をもらえる。堕胎されるはずだった子どもの命も活かされる。臓器が欲しい患者にも役に立つ。いいことばかりじゃないですか?誰が困るというの?…というような、それこそ「医の倫理」を考えさせられる作品です。とても、とても、難しい大きな問題…「命」。私自身もいろんな側面から考えていきたいと思います。 帚木蓬生さんというのはお医者さんでもあり、作家でもある人です。「ヒトラーの防具」とか「三たびの海峡」、「受命」など、どれも、社会派サスペンス仕立てですが、読み終わった後がさわやかなこと、そして、社会問題についてかなり考えさせられる作品ばかりです。かなりしっかりと事実を調べ、時代考証している作家だと思います。私は大好きな作家です。
2010年10月11日
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父に会いに行ってきました。リハビリのないときには部屋の周りで自主的に看護師さんと訓練してるそうです。車椅子に自分で乗り換えたり、歩行機で歩いてみせてくれました。しっかり足で歩いてました。50メートル歩けたそうです。筋力はだいぶ戻り、安定して回復しているが、肺の機能が間に合わないらしく、酸欠になってしまうようです。普段は呼吸器は使わずに過ごし、リハの時だけだそうです。右手は自由になり、ナンクロを始めたようです。回復の速さは父の努力の賜物だとスタッフの皆さんが言っていました。新しい担当の先生に会えました。やさしい、若い男の先生です。以下、先生の話。転院先のリハビリ病院がなかなか空かないので、来週、リハと看護師とで会議をして、さらにステップアップしたリハ方針を立てるそうです。喉の機能が悪く、誤嚥が繰り返される可能性がなくならないので、経管食と気管切開はまだ長くかかるとのこと。誤嚥しない喉になるために顔や首のトレーニングをしているそうです。-------------お母さんからは電話がたくさんかかり、返事はメールで送るそうです。父がみんなの盾になってくれてるようです。浴衣はもう着ないので持ち帰りました。あんずが保管します。銀行のことは、スエオにメールした通りにまとめ直してくださいとのことでした。次に行く人はおむつが足りてるかどうか確認してください。洗剤は足しておきました。
2010年10月10日
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今日は「ショージとタカオ」の初上映でした。予約はすでに満席でしたが、午後からどしゃぶりになり、出足はどうかなーという感じでした。それにもかかわらず!立ち見が出るほどの大盛況。2時間こえる大長編だが、後ろから観ていて居眠りしたり飽き飽きしている姿は見受けられなかった。私は元のインタビューテープから、5時間に編集したヤツ、2時間40分のヤツと何度も観てきたはずなのにおもしろかったです。軽快なリズム感が飽きさせず、主人公はもちろん、登場する全部の人々の言葉から、人が誠実に生きる暖かさ、力強さが心に響いて、本当にいい映画だった!私としては、途中2回だけここはまだ縮められるかも・・・と思う部分があったが、2時間越えの感じはしなかった。人は色々だから、皆さんがそうではないでしょうが、帰りぎわに、息子に観せたいと言ってくれたお母さんや、劇場公開してくださいと言われた青年の言葉がやけにうれしかった。開演前から桜井さんもいらしていたが、いつお会いしても、気さくで明るくて元気な方だと思う。上映後のご挨拶で、折しも毎日報道される検察や警察のずさんな体質の話をされた。私もあの手のニュースを観るたびに、今に始まったことじゃない、個人の資質の問題じゃない、とかテレビに向かってブツブツ言っていたから、今日の桜井さんの挨拶がすごく胸に落ちた。杉山さんの「だんだん若くなっていく私の姿、ご覧になりましたか?」という言葉も、本当にその通り、14年の流れに逆らうように若々しく、やわらかい表情になっていくのがなんとも不思議だと私も思っていました。来週の上映はもっとだいぶ大きな会場。しかも、行事や祭事のシーズンの土曜の午後。今度は満席は難しいかも。でも、たくさんの人に観てほしいな。きっと元気を持って帰れるから。-------------------------------10月16日(土)13:00開場13:30上映田町交通ビル6階大ホール前売り1000円、当日1200円JR田町または都営地下鉄浅草線・三田線三田駅から5分ほどです。問い合わせは上映委員会(03・6273・2324)まで
2010年10月09日
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御直披(おんちょくひ)板谷利加子 板谷さんは神奈川県警性犯罪捜査係長。或る日、「御直披(おんちょくひ)」と書いた封書が彼女の元に届く。御直披(おんちょくひ)とは、「親展」の意味。つまり、あなた以外は読まないで下さい…と。そこにはレイプの被害者の手により、セカンドレイプや精神的苦痛のことが書かれていた。板谷さんと彼女の往復書簡を公表する形で、彼女の立ち直る過程を描いている。日本の性犯罪被害者の現状、被害を受けたと声を上げることができない状況と苦痛…。同じ女性として、胸がかきむしられる思いで読んだ。 この本はだいぶ前に読んだものですが、最近マスコミでも紹介されることが増えてきた小林美佳さんにつながるものかもしれない。性犯罪被害にあうということ (小林 美佳)性犯罪被害とたたかうということ (小林美佳) この本も是非読んでみたいと思っている。
2010年10月08日
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43年前の10月のある日、桜井昌司と杉山卓男がそれぞれ別々に逮捕された。この時から、彼らは43年間にわたり、布川事件の強盗殺人犯とされることになる。桜井さんが43年前、シャバで最後に嗅いだ香り。「どこからともなく香っていた金木犀」今朝、朝早く外に出たら、強く香り立つ金木犀に思わず桜井さんの言葉を思い出して胸が痛くなった。桜井さんは詩人だから、匂いや色や光に生きている実感を感じ取るらしい。きんもくせいと沈丁花はある日突然に香り、季節を教えてくれる花。----------------------------------------以前ここにも書きました布川事件で犯人とされた桜井さんと杉山さんの仮釈放後の姿を14年にわたって撮影し続けた井手洋子さんの作品ドキュメンタリームービー「ショージとタカオ」 ~フツーのおじさんになるために あきらめない めげない 立ち止まらない~10月にお披露目上映会を行います。ここでご案内をさせていただきます。10月9日(土)17:30開場18:00上映港勤労福祉会館本館1階第一洋室資料代1000円10月16日(土)13:00開場13:30上映田町交通ビル6階大ホール前売り1000円、当日1200円どちらも、JR田町または都営地下鉄浅草線・三田線三田駅から5分ほどです。なお、9日には桜井昌司さんと杉山卓男さんの挨拶があります。
2010年10月07日
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ゆるゆるふっくり (横井久美子) 横井さんは平和を願う歌を30年間歌い続けている歌手。 自分の住む地域に拠点を置いて小さなコンサートを展開する一方、世界へ目を向けベトナム・アフガニスタン・コスタリカなどでもコンサート活動をしてきた。また自身が「燃え尽き症候群」になり、どうやって自分を再生しようかと考えた末に、アイルランドを自転車で旅し、そこに住みつく中で「ただの私」を取り戻していったという。広い視野を持ちながら、自分の足元に心を砕く彼女の姿勢に共感した。この本は、1999~2002の3年間の社会的な出来事について、一人の女性の目と通して綴ったコラム集。東京新聞「本音のコラム」に掲載されたものを集めたもの。一つだけ、抜粋でご紹介する。勇気ある女性(P.102)「アメリカの連邦議会で武力行使決議にたった一人反対したのは、民主党のバーバラ・リー下院議員だった。…略…アメリカ初の女性国会議員ジャネット・ランキン…1973年に92歳で亡くなるまで、女性参政権や平和運動の先頭に立ち、二度にわたる世界大戦へのアメリカ参戦決議にたった一人反対したことで、米国史にその名を残している女性だ。 …略…私は、ランキンからリー議員につながる勇気あるアメリカのの女性魂に拍手を送りたい。さぁ、今度は日本の女性魂が問われる番だ。私たちの国は、この半世紀、世界のどの国の、どの女性の夫や子供の命を、誰一人として戦場で奪ったことがない。戦後50年、世界に誇るべき平和憲法を守ってきたからだ。その日本女性の誇りを今こそ示したい。」かなり前の本なので、掲載されている事件やニュースはとても古いです。新聞をほとんど読まない私は、世の中の出来事に疎い。そんな私が、この本の中で知り、そうした歴史のひとコマひとコマへの思いを共感した一冊である。
2010年10月06日
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ダ・ヴィンチ・コードを読んだ。おもしろ~い。映画も観たかったけど観そびれていた。外国の小説は登場人物の名前がわかりにくくて、どうも苦手で、読む気が起きなかった。でも、これはそんな心配は無用だった。というか、展開が上手で読むのをやめられなくなる。あの人の場面?この人の場面?そこがこことつながるのか?え?こいつは味方なの? どいつが敵なの?みたいに、頭がぐるぐる回転して、寝る前に読むあたしには睡眠不足に悩まされる日々だった。この小説に出てくるダビンチの作品の謎や宗教の諸説が事実に基づいてるなんてすごい~!それを結びつけて、ロマンスや旅情も加えちゃって、その上、ハラハラドキドキのサスペンスだなんて。欲張りすぎる面白さ。ただねぇ、宗教のことが私には難しすぎた。絶対、もう一度読んでみようと思う。いつか借りてきて、映画も観てみることにしようか。
2010年10月05日
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5年ほど前のメモから。その日のまえに-----------------------------------夜久々に四人でご飯食べにいった。夫が「これは良いみたい」と買ってくれた(支払いは私の財布から(?_?)本を帰宅後すぐにソファで読み始めた。いつもより早く眠くなったコジローが執拗に一緒に寝ようと誘う。「本読みたい」と言うと寝ながら読めと言うからしぶしぶお床入り。背中でニコニコしてる奴を後目に読み続けたらやめられない。夫と将棋を指していたコタローが「初めて平手で勝った」とはしゃぎながら寝室に来ても上の空で「記念すべき日だね」と答えつつ読み続け、TVを見終えてきた夫を無視し読み続け、あふれる涙と鼻水を音高くかみながら最後までとうとう読んでしまった。やおら起きあがり風呂で息子達の上履きを洗い、顔に化粧水をはたきながらも、泣き続けていた。こういう泣き方は生まれて初めて。悲しいのでも感動でもない、なぜかわからないのに顔がゆがみ、涙があまり出ないのに目の周りがむくれるほどの泣きはらし顔。それを鏡で見て自分の幸せをかみしめて、また顔をゆがめて。なんだろー。すごい本だった。この本をくれた夫を好きになった私はすごいと思った。いつもは粗ばかり目に付くのに。この家族でここに生きてて、私、良かった。昨夜はそんな夜。
2010年10月04日
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禁じられた愛メアリー・ルトゥルノー&ヴィリ・ファラウ 日本文芸社小学校の女教師と教え子との21歳の年齢差を越えた愛。この女教師は罪で逮捕され、現在7年半の懲役刑を受けている。当事者と彼の母親の回想という形で綴られている。男女の愛と、法律や倫理との関係は、私の中できっぱり割り切れないものをいくつも残している。心の中の問題が、どんな基準で解釈され、裁かれるのか?最近の若者がよく口にする言葉「誰にも迷惑はかけてない」これは私にとって、多分、永遠の課題である。
2010年10月03日
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居間のソファはみんなが代わりばんこに寝転んでいるので、久々にお布団に入ってしっかりお昼寝した。そうしたら、久々に悪夢にうなされた。私がバイトかボランティアをしているらしい子供センターみたいなところ。もう5時のチャイムが鳴って、帰りに息子たちと出かけるらしく、二人が迎えに来て、さて帰ろうとしたら、倒れる前の杖をついた姿の母がやってきた。「やっと会えた!なんで来てくれないの?ここでよその子の世話をするのになんで私のところには来られないの?」と、迫る。私は何だか知らないけど、怖いし怒りが沸き上がるし、泣きながら必死で叫んでいたよ。声が出なくて、苦しいけど、何か言わないといけなくて、喉が切れそうに叫んでいた。「まだ、自分のことしか言わないんだね。」「結局、人の状況なんかに思いを向けないんだね。」「自分のことしか大事にしないんだね。」とか叫んでいた。苦しくて目が覚めたら喉がカラカラで胸まで痛かった。はぁ、怖い夢だ。母のところに行かない自分を責めてるのかな?どうやってここを乗り越えるか、気にしているのかな?カウンセリングも終わっちゃったから不安なのかなぁ?はぁ、いやだなぁ。
2010年10月03日
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薔薇窓 帚木蓬生 新潮社万国博覧会の開催されるパリの町が舞台。博覧会の開催で、世界から人が集まっているパリでは、若い女性の誘拐事件が連続して起きていた。主人公は警察詰の精神科医である青年医師。毎日、犯罪を犯し逮捕された様子の不審な者がこの医師の元に送られてくる。そのなかに、一人の何もしゃべらない日本人少女と出会う。一方、青年意志に付きまとう一台の貴婦人の馬車。帚木蓬生氏の専門分野である精神医学の世界と、推理小説の分野がきっちり織り重なった作品。おどろおどろしいのだが、どこかにさわやかさがあるので、この人の作品はみんな好き。でもこれはちょっと前半が退屈だったかな?
2010年10月02日
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漂流家族子育て虐待の深層信濃毎日新聞社 河出書房新社現在子育て中の、井上裕子記者が、丹念にたくさんの子供や家族を取材したルポ。最近、長野でも、こうした事件の報道が稀でなくなったという。それぞれの事件に関する原因や事情を説明するだけでは、なぜこうした事件が増えているのかが解明できない。もっと大きく、社会の変化を捉えなければ、追い詰められた親や子どもが見えてこない。大家族だったころは良かった。地域で子育てできたころは良かった。母親がもっとしっかりしていた。などなど、古き良き時代を思い、今を嘆く「大人」も多い。しかし、今の時代をリアルタイムで生きている親や子どもにとって、現在の姿をあるがまま認めて、そこから、社会の問題として、捉えていかなければどうにもならないのである。このルポは、乳幼児の虐待から、青年の摂食障害、母親自身の虐待の連鎖、中学生の非行など、かなり広い切り口で実態にせまっている。そのため、ひとつひとつが消化不良の感がある。ひとつひとつが一冊の本になるほどの問題性を含んでいると思うのであった。
2010年10月02日
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少年犯罪の風景「親子の法廷」で考えたこと佐木隆三 東京書籍佐木氏は、数々の刑事裁判を傍聴取材し、ルポ・小説などを書いている。 この本には、永山則雄・宮崎勤・オウム事件の面々・神戸連続小学生殺傷事件の被告少年・トロイ・デューガー(ルイジアナ州で死刑判決宣告を受けた最年少14歳の少年)などの裁判をふりかえる。エッセイ・対談・講演などを集めたものである。「あとがき」よりわたしの法廷取材を通じて、行きつくところは家庭であり、親子関係だ・・・略・・・刑事事件で浮かび上がるのは、その被告人の少年時代で、重要なポイントになってくる。・・・略・・・人は誰しもが少年時代をすごしているがそのことを忘れがちで、「今ごろの子どもたちはわからない」と、距離をおいてしまう・・・例えば、少年法を厳しくし罰することを重視するべきなのか、更生させることに重きをおくべきなのか・・・?マインドコントロール下における犯罪は、罪に問われるのか?そんなことも、考えつつ、子どもの時代がどれほど人の一生に大きな影響を与えるのかを、親として考えさせられた一冊。
2010年10月02日
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ドナウよ、静かに流れよ…についてのみどりちゃんとの書簡(だいぶ前のものです)朝晩寒くなったね。帰り道の一杯は熱燗かね?私も今ドナウ…を読み直してるのよ。やはり引き込まれるね。何度も何度も引き戻すチャンスがあったのにその時は逃していくのね。今マリアが取材に同行しないと言ったあたり。やっぱり親はずっと引きずるんだよね。逝ってしまった子は愛しい思い出だけを膨らますしね。マリアは気持ちに正直に怒ったり泣いたりできていいね。大崎氏というのは実に良いルポライターだと思うなぁ。「聖(さとし)の青春」てのもとても良かったよ。風邪引かないでね。---------------------------------------------------この間の寒波あたりから、もう鍋と焼酎のお湯割りよ。鍋は暖まるからいいよぉ~。あんずちゃん、読むのはやいねぇ。私もまだ、一柳と取材旅行で日実が身投げした橋に来たあたりなのだ。マリアは、割りきっているようでも、3ヶ月も外にも出られなかったんだね…。でも、もっと子供に体当たりして良いんじゃないの?女優Mも、正臣さんも、お金持ちのやることは理解出来ない。ほんとに何度も止められたのに…。何でそこで、そう言うか?みたいな事ばかり。でもその時は、当事者は解らないんだね。後からだから言えるのかも。運命なのかな--------------------------------------------お金持ちは親自身が体験不足というか世間知らずというか…これだけは見逃しちゃダメ、これだけは与えちゃダメ、ってのがわからないみたいな時が多い気がする。ひがみかもしれないけどね。そんなにピリピリしなくたって、親が人として当たり前に生きていれば子は大した間違いもなく育つはずだと思いたいけど、情報量とか行動範囲とか昔よりハンパなく拡大してるから、想定外な事が起きると親も判断を間違えるのかもしれない。なんか社会全体が病んでる気もするし。今は大人も子供も周囲に流されない芯の強さが必要な時代なのかもね。-------------------------------------------ルーマニアで日実がひとりぼっちで、寂しくて千葉と寄り添って行くのは、必然という感じ。まだ19なのに…。何で、親があんなに子供を追い詰めたのだろう?死ぬ前って人は透明になって行くのね。三輪さんのヨイトマケの唄のお母さんのように貧乏でも必死で働く姿を見て子供はまっすぐ育つ気がする。愛情だけは疑う余地がないもの。渡辺家とかは家族なのに遠慮している…。まるで他人みたい。大崎さんの本は、本当に面白いわぁ。----------------------------------------------私もそう思ったよ。親の勝手な思いこみに無邪気な日実は翻弄されたんだよね。昨夜読んだところで取材がルーマニアからウィーンに戻ってきたんだけど、まさに日実が崇高なまでに人間として大きくなってる気がしたよ。最後の最後まで渡辺夫妻が手をこまねいて一般論を言ってるんだね。他人の方がよほどちゃんと中身を見ている。親、何やっているんだよ!って感じた。初めて読んだ時より感じるところが深いかも。みどりちゃんと同時進行で感想を確かめながら読んでいるからかもね。-------------------------------------------------神父さまが「千葉を悪く書かないで…」と言うところ、泣けた。電車の中なのに。最後に二人に接していたディコビッチも二人を救えなくて深い傷を負う。ほんとうに人ってすごい。それにくらべて、親である正臣さんが日実に、「猫のように籠に入れて連れ帰るわけにいかない」とかファックス送るなんて、ひどくない?子供をペットと勘違いしてない?-----------------------------------------------私も最後のFAX、昨夜何度も読み直した。あんな内容でも日実の手に渡ってれば違う結末だったか。親なのに何故遠慮がちなのか。15の子の親としても考えてみた。死ぬという結末を知らないという点を差し引いても冷たすぎる。育つ過程で日実に心底寄り添ってないから親子共に本音でぶつかれない関係。加えて今の風潮「人格を尊重して子を一人前として扱う」対応。それは大事なんだけど前提に「君がどんなでも親は受け入れ愛する」という安心感が子になければただの突き放しになっちゃうんだ。実際子が思春期になると判断迷うこと多発。悩んじゃう。子の気持ちを否定してでも親として指導しないといけないのか、自分で決めて失敗してもそこで気付きやり直すときに応援してやればいいのか。もちろん事の種類によるんだけど、どんな事柄なら介入しても子の人権侵害にならないのか…バカみたいだけどこれが結構悩ましい。細かいこと支配するくせに肝心なとこ放置かい?って思う親も沢山いる。日実は親を「身勝手で支配したがるダメ親」と批評してるのに親は全然気付いてない。実は私と母も同じなの。みどりちゃんが先日「お母さん大好き」といっていたのが羨ましかった。日実の親への失望がよくわかるの。正臣が最後まで「千葉が日実を殺した」と言い張るじゃない。でも神父やディコビッチは日実の失望の根がどこにあるか気付いていたんだよ。日実も千葉も親から安心を与えられていなかったんだと思うの。神父さんが千葉の戯言を全部信じたのはそこに気付いていたからだと。でも子を亡くした親に貴方が悪かったなんて言えないしね。正臣がこの作品を読んで何を感じたか聞いてみたいよ。思春期に出てきた問題は多くの原因が親の育て方にあるのに他人のせいにしがち。今、私の周りにも日実や正臣が沢山いるんだよ。死なないから気付かないだけだ。運命なんて言えないよ。------------------------------------------------ドナウよ…、やっと読み終りました。読むの遅くてm(__)m日実の遺書は、両親を「人殺し」と罵っているんだね。正臣さんもマリアもそれでも日実が「死」をもって訴えたかった事を理解出来なかったのだ。七回忌も過ぎて、正臣とマリアに心境の変化はあったのだろうか?正臣は、日実と同世代の学生たちといる事に救いを見い出したし、マリアも将棋の指導員(?)になってる。子供にとって大事なのは親が「ブレない」ことだと思う。たとえ世界中が全否定しても、一人だけは、信じ、見守ってくれるという安心感。たっぷり愛情を受けていれば、間違った方へ行くはず無いし、人にも、優しく出来るはず、と思いたい。私の母は「世間では孫は可愛い…と言うけどそんな事無い。子供の方がかわいいに決まってる」と言って今でも私を安心させてくれる人です。子供が何才になっても親は子供扱いしていいのだ。母の子育ては母の母(おばあちゃん)から受け継ぐもの。そのおばあちゃんは両親を幼い時に亡くして祖父に育てられたそうです。その祖父はおばあちゃんが欲しがるものは、(鉛筆とかノート)を歩いて一日がかりで握り飯持参で遠くまで買いに行ってくれたんだって。正臣みたいにシマウマの敷き物与えりゃ良いってもんじゃない。その祖父を育てた人がいて、そうやって自分に繋がって来た命の大切さを思うと、自ら命を絶つというのは、相当の事だよね。親の都合を押し付けられ続けた日実は可哀想すぎる。親に学問や富が無くても、親の身勝手やコネの中に縛りつけたりしなければ、子供は親を理解し信頼出来るんだよね。そして道を外れそうになったり、無謀な事をしそうになったら、その前に、母(父)の顔(*^^*)思い出して、踏み止まって。と言い続けるしか無いのでは?子供に寄り添いながら。また、大崎さんの本読んでみたいです。大崎さんの眼はあたたかい感じがした。とても優しい感じがした。-----------------------------------------------私も、「日実は千葉を愛していた」というのは、えっ?…と思った。出会ってすぐは恋愛感情も有ったかもしれないけど、亡くなる頃はむしろ同情の方が大きかったのでは?「言魂」の中に同情はコンパッションだから慈悲に通じるとあったし。亡くなる前の日実の崇高さを思うと、慈悲に近い気がするのだけど。家族から外国へ追いやられた千葉の境遇に、(正臣やマリアは愛情かけたつもりでも、愛されている実感が無かった)日実が、自分の置かれた立場を重ね合わせて、共感していた。兄妹あるいは、同志?支えてもらっていた周りの人達から別れろと言われて、病院で、ディコビッチに見られたとたん、つないでいた手を放した二人。だから死ぬ時も二人は、紐でつながって死ななかったのだとしたら、悲しいね。今、ドナウのHP少し見た。感動出来ないとか、美化しすぎとか、大崎さんに否定的な意見もあるのね。人それぞれ、感想もいろいろで面白いね。愛とか犠牲とかいっているようでは二人の関係性は見えてこないというのもあるよ。私の感想とずいぶん違う。--------------------------------------------------------------------大崎さんは、同年代だから共感できるのかも…。私、「大崎善生」から、感想読んだだけなんだけど、「子供を持つ方に読んで欲しい」というのは良かった。[失望した][あかんわ、これ]等批判の書き込みは気が滅入るけど、親のエゴや日実への対応が彼女を追い詰めていった事まで読み取っている人もちゃんと居てホッとした。文が下手とか、ファンやめるとか、言いたい放題なのには怒ってしまった。----------------------------------------------------孫より子供…。は、母もおばあちゃんから言われた言葉だから、体に染み込んでいるみたい。結婚しても、ご飯もまともに炊けなかった母のため、おにぎり作って駅におばあちゃんが届けていたらしい。戦争中、停電の中でも顔にパックしていたくらいの人だから、娘の出来の悪いところも許せちゃうんだと思うなぁ。母親は賢ぶらない方が良いのかも?完璧な母は、子供を自然に受け入れるのも難しいかも?さっき来年から始まる裁判員制度のテレビを見ていたのだけど、やはりブレない自分が必要な時代になって来るよね。物事の奥にあるもの、真実を見抜く洞察力。そのためにも、やはり本もいっぱい読んで、いろいろな考え方の出来る人にならなければ…と思いました。
2010年10月02日
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今日は、ドキュメンタリー映画、「月あかりの下で」を観てきました。埼玉県の県立定時制高校を4年間にわたり撮り続けた太田直子さんの作品。中学入学当初、先生に反発したことがきっかけでとうとうほとんど行かないまま昨年卒業したKちゃん親子、小学校から弾け初めて、中学はキャピキャピすごし、「みんなのお影だよ。卒業するように頑張る!」って高校の制服でニコニコしていたくせに2年生になる前に「無理だった~」とやめちゃったEちゃんや、入学式の前日に病に倒れてそのまま2年間高校に復帰できないOさん親子、いろんな人たち誘ってきたらよかったな。「たまたまいい先生だったんだよ。」って思う人もいるかもしれないけどね。本当はみんな仲間が欲しいし、勉強わかりたいし、思い出作りたいし、何かに一生懸命になってみたい。ヤンキーだって引きこもりだってみんなそうだよ。本当は自分のまんまが出せる場所が欲しいんだよ。学校でボロボロにされた彼らが見つけた居場所は学校だったんだね。友達との人間関係ではすごい大人の一面を見せるのに、『2万持っていて、3万借金していたらあなたの財産はいくら?』ってマイナスが入った計算ができない17才。それまでの11年間の先生たちは何をしていたんだろうね。小学校の時から「わからない」「自信がもてない」まんまで進級させ、卒業させちゃうのに、高校にいったら自己責任なんておかしいよね。自分の感受性ぐらい・・・という詩はよかった!大人にも送りたいよ。みんな誘ってきたらよかったなぁ。--------------------------------------自分の感受性くらい 茨木のり子ぱさぱさに乾いてゆく心をひとのせいにはするなみずから水やりを怠っておいて気難かしくなってきたのを友人のせいにはするなしなやかさを失ったのはどちらなのか苛立つのを近親のせいにはするななにもかも下手だったのはわたくし初心消えかかるのを暮しのせいにはするなそもそもが ひよわな志にすぎなかった駄目なことの一切を時代のせいにはするなわずかに光る尊厳の放棄自分の感受性くらい自分で守ればかものよ「自分の感受性くらい」(昭和52)所収
2010年10月01日
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