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夕食の用意をしているとき、ガスコンロにかがんで火をつけようとして炎が私の髪の毛を焼いた。ほんの数センチ程度。カラーリングでもろくなった毛先は、みごとに縮れて無残である。自分の細胞がもろくも崩れ去るのを見るのは、哀しい。こうして髪の毛を焼いてしまったことは、何回かある。煙草を吸おうとしてライターがないとき、ガスコンロで火をつけようとして、同様に。最近、髪の毛を結ばなくなった。夏の暑い時期は、肩にまとわりつく髪が暑苦しくて家ではひとまとめにしていたが寒い今の時期は家事をするときも結ばなくなった。料理をするときは結んだほうがいいかもしれない。それは衛生的かつ髪の毛を焼かないという点では正しいことである。正しいことってなんだろう。正しくないことはなんとなくわかっても、正しいことの基準は何なのだ。そして、それは誰が決めるというのだろうか。真理というのは一体何なのだ。焼け焦げた髪の毛のは、なんともいえない香ばしい匂いがした。
2006.02.21
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サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」を今頃読了。発表から半世紀とのことだが、多少の時代は感じても輝きは衰えないと感じた。さりげない表現の中に哲学がある。自分が日ごろなんとなく感じていることを、小説でさらりと表現されたものを読むことがある。こういう風に活字で表現できるのかと心に響いていく。なんともいえない快感。また、自分では到底表現できない感覚を小説で見出す。本を読む愉しさというのは、そういうことなのだ。「ものによっては、いつまでも今のままにしておきたいものがある。そういうものは、あの大きなガラスのケースにでも入れて、そっとしておけるというふうであってしかるべきだと思う。それが不可能なことぐらい承知しているけど、やはりそれは無念なことだ。とにかく、そういうことをいろいろ考えながら、僕は歩いて行ったんだ。」「何よりまず、君は、人間の行為に困惑し、驚愕し、はげしい嫌悪さえ感じたのは、君が最初ではないということを知るだろう。その点では君は決して孤独じゃない、それを知って君は感動し、鼓舞されると思うんだ。今の君とちょうど同じように、道徳的な、また精神的な悩みに苦しんだ人間はいっぱいいたんだから。」今回は野崎孝の訳を読んだが、村上春樹はどう訳したのか読みたいと思う。
2006.02.19
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午前中から寝てしまった。すごく眠たくて。今日は息子の幼稚園の送り迎え以外、外出の予定はない。昨日はダンナの実家で法事があり、嫁してきてほぼ一日家をあけていた。考えてみれば、私が家に10時間以上も帰らないということは滅多にないということに少し驚く。私は主婦で、言うなれば私の仕事場はこの家なのだ。主婦という職業(といえるのかは謎だが)は、自分の家にいると果てしなく仕事があるということでもある。家事とは、どこまでも完璧にしようと思えば果てしなくあり、手を抜こうとすれば、これまた果てしなく手を抜けることなのだ。だからであろうか。こうしてわりと長時間正当な理由で家をあけると、開放される自分がいることに少々驚くのである。家というのは、本来仕事を持ち込むべきところではないが主婦というのは家のことが仕事であるから、実は家にいると落ち着かないのかもしれない。少し無理があるかな。もともとは、家にいるのが好きなことは好きなんだけど。最近、読書をしても眠たくなってしまう。ネット依存症。睡眠不足気味。こうして午前中から昼寝できたりするのは、無上の幸せであるが、時間が果てしなく自分のものであったら、凡人の私は時間をもてあましてしまうのだろう。やらなければならないことがある、行かなければならないところがあるということは実は人として必要なことなのだ。
2006.02.16
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昨晩、娘の熱は39.7℃まで上がった。今朝も39.4℃。これはどうも普通の風邪ではないと感じ、本日再度小児科を訪れたのであった。案の定、インフルエンザAであった。ということは、ダンナはやっぱりインフルエンザAだったということだ。まったく、病院に行くのもあまり早すぎてもこういうことがあるものだ。なんとなく医療費も余計にかかってしまったし、時間も無駄にしてしまった。少し納得のいかないことをこうして文字にすることによって、気を落ち着かせる。病院の帰り、スーパーでなんとなく惣菜売り場をながめていたらこぶりのミンチカツ1個58円が妙に美味しそうに見えた。昼ご飯にでもしようかなと思った矢先、横からおばちゃんがひとつ残らずミンチカツをパックにつめてもっていってしまった。せめて1個ぐらい残すかなぁと思ったら全部持っていかれてしまった。自分が今買おうかなというものを目の前で、こうも鮮やかに全部持っていかれるという経験は、そういえば、あまりないことである。なんともいえない複雑かつ神妙な気持ちになったのであった。昼ご飯は別のものになったが、食べ終わればミンチカツのことはどうでもよくなった。けっきょく、たいていのことは代わりがきくとしみじみと思った次第である。インフルエンザでここまで日記をひっぱるとは思ってなかったがとりあえず記録まで。あとは私が倒れるのを待つばかりである。
2006.02.14
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ダンナは土日二日間、ほとんど寝ていた。一時39℃まで熱は上がったらしい。「高熱でタネがなくなったらどないしよう。」などと言っていた。まだ子供つくるつもりやったん?まぁそれはいいとして、私の手厚い看病の成果で(嘘)今日は熱は下がり、普通に出勤したのであった。ところが今度は娘が発熱。38℃超。けっきょくダンナは病院に行かずじまいだったのでインフルエンザだったのかどうか不明である。ダンナのがうつった可能性は大きい。早速、小児科に行く。案の定、順番は20人ぐらいあとであった。皆名前を書いていったん家に戻るらしく、わりと混雑はしていなかった。とりあえず1時間は待つことを想定して、私は読書、娘はDSとそれぞれの時間を過ごす。しかし、こういう待ち時間に本も読まずにじっとしている人というのは普段から本を読まないのだろうなぁとおせっかいにも考える。しかし、私も少し前まではただぼーっとして恍惚としているだけの人であった。人それぞれ、それでいいのだ。思ったより早く名前を呼ばれる。もう少し、本が読みたかった。読み始めてのってくるといつも中断されてしまうのが主婦の常である。インフルエンザの検査をしたが、反応はでなかった。発病から早すぎても反応がでない場合があるらしい。とりあえず、インフルエンザではない可能性のほうが大きいでしょう、明日熱が下がらなければまた来て検査して下さい、とのことであった。すっきりしないが、インフルエンザではなかったということに自分の中では結論を出したのであった。けっきょく、今日も仕事を休んだ。明日も微妙である。そうこうしているうちにもう春休みである。パートとはいえ、これでいいのだろうか。ま、いっか。私の代わりはいくらでもいるのだ。
2006.02.13
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朝、ダンナが発熱。38℃超。またインフルエンザ?とりあえず仕事に行ったが、途中で帰ってきた。残念ながら今日は祝日で病院は休み。寝てるしかない。子供らが退屈するので、ダンナをおいてマクドに行くことにした。休日のお昼時はそれなりに混雑していた。最近のジーンズはウエストが低く、また今はトップスも短めのためよく、座ると背中の肌が見えてしまう女性を見かける。きょうも若い女性2人の背中の素肌を目撃。彼女らは素肌にニットを直接着るのだなーとしげしげと観察。私は寒がりなので、必ずインナー(正しくはババシャツ)を着るのだがもしかしたら私もローライズジーンスとニットの間からババシャツを露出していたかもしれない。若い女の子は、皆それなりにキレイである。でも何故か皆同じに見えてしまう。彼女たちを見ていると自分の若い頃を思い出す。若いことが当たり前で、自分が何も分かっていないということさえ分からないつまらない女だった。しかし若さというのは、そういうものなのかもしれない。きっと若い頃の私も、年配の人から見て皆と同じに見えていたのだろう。昨日、歯医者で虫歯を治療され、仮につめてもらっていたものがはがれた。ぽっかりあいた削られた歯の隙間に違和感を感じた2月休日の午後。
2006.02.11
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立春を過ぎていた。今年になって、月日はなおさら早く過ぎていくように思う。年をとると時間が経つのが早く感じるのは、例えば60歳の人であれば、1年は60分の1であるけれど20歳の人では20分の1だから、感覚が異なるのだと誰かが言っていた。そういえば、そうなのかもしれない。今年の冬は寒かった。12月のガス代、15000円を超えていた。1月は11000円超。夏のクーラーをつける時期でさえ、うちは10000円超が1ヶ月だけというのに。私は極端に寒がりなのだ。春が待ち遠しい。冬至の私の誕生日の時に比べれば、だいぶ日が長くなってきた。春は確実に近づいている。こうして春を待ちながら、何回冬を越していくのだろう。季節は移ろう。時は流れる。それは死ぬまでかわらない。今日は娘の誕生日である。8年前の雪が降る日に娘は生まれた。初めて子供を産んだ日に雪が降っていた。しとしとと降る雪ではなく、すこし吹雪いて荒れた天候だったことが印象的だった。あれから8年、泣くだけの赤ん坊だった娘は小学2年生になった。でも娘にとっては、1年はまだ人生の8分の1なのだ。自分が母親になるのが信じられなかった、というか遠い未来のことだった子供の頃。今は子供のいない自分は考えられない。月日は流れたのである。寒い冬を何回も越して。今の娘と同じ8歳の頃の自分の記憶は、かなり薄れている。そうしていろんなことが思い出せなくなったり、忘れていってしまう。無上に無情で無常な現実。でも変わりたくない、忘れたくないことがある。そんなことを考えながら、ケーキに8本ローソクをたてた。
2006.02.08
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「ウィルス性結膜炎」は、ほぼ完治。いつもの見慣れた目に戻り、安堵する。目薬さしたあとって、目薬の味がするんだよね。どうでもいいけど。目と鼻と口はつながってる。非日常と日常は、どこでつながってる?本日朝、自宅から幼稚園まで信号機4つとも青であった。(厳密にいえば、ひとつは信号無視。)今までの自己最短タイムを更新したであろうと思われる。その後、気をよくしてか幼稚園から会社に向かう途中、出会い頭で自転車と正面衝突しそうになる。自転車ライダー、相変わらず注意力散漫。最近知った事実。先日息子がインフルエンザで出席停止扱いになった件、出席停止の間は、出席でも欠席でもないのでその間の給食費が返還されるという事実をきいた。なんだか得したような気分。関西弁について。「~できない」という関西弁バージョン「でけへん」は大阪人。「できひん」は京都人。「できへん」は神戸人。「でけやん」はなんと和歌山人。
2006.02.06
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前回の日記が「歯医者に行った」で、今回の日記が「眼科に行った」である。私は医者になかなかいかないほうなので、珍しいことである。何故眼科かというと、おとといの夜から左眼がおかしい。翌朝、目やにで目があかなかった。目は充血している。昨日は左眼だけであったが、今日は右目まで充血してきた。私は目薬というものを買ったことは記憶にないぐらい昔であるが昨日、薬局に買いに行ったのであった。すると今日、職場で「眼科に行った方が治りが早いよ。」と助言され素直な私はそれもそうだと思い、行くことにしたのである。市販の目薬627円。なんとなく無駄になってしまうのが心残りではあった。今日は16時半から歯医者の予約を入れていたので歯医者のあと眼科へ行こうかとも考えた。私の人生の中でも、病院のはしごというものはしたことがない。それも悪くないとは思ったのだが、子供連れでの病院のはしごも何だし子供を家において行くにしても長時間、子供らだけでの留守番というのもどうかということで、歯医者の予約を先延ばしして眼科へ行く事にしたのであった。歯医者が15年ぶりとすれば、眼科はそれ以上であると思われる。もしかして人生初かもしれない。眼科デビュー。だいたい視力はいいほうである。今回調べてもらったところ、両目とも1.2だそうだ。就職以後、コンピュータ作業をするようになって、多少視力は落ちたと思っていたので、意外であった。なので眼科というものには昔から縁がない。けっきょく「ウィルス性結膜炎」であった。目をいろいろいじられるのはなかなかつらいものであった。他人のからだに触れるということは、医者、ナース、医療関係者以外はあまりないことであろう。医療とは、エロチックで神秘的なのである。この病気はうつるらしいので、タオルは別にすることと言われた。子供らにこれがうつるとまたやっかいだなぁと思った。子供に目薬をさしたことは今までないが、烈火のごとく抵抗するであろうことが予測されるからにほかならない。トータル3230円の出費。「一週間後にまた来てください。」と言われたが、たぶん行くことはない。ここ最近、眼科に3230円、歯医者に3000円、インフルエンザの小児科2回通院4850円と病院代に1万円以上使っていることに驚愕した私であった。
2006.02.03
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