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そういえば、私には一人暮らしという経験がない。結婚するまで親元にいて、現在はダンナと子供二人と一緒である。このままいくと、ダンナに先立たれ、子供たちが家を出て行くまで私は一人暮らしというものを経験することがないということである。だからであろうか。たまにひとりになるとほっとするのである。親と一緒に住んでいるときもそうであった。自分ひとりでいられたら、ラクだろうなと思っていた。たとえ家族といえども、ひとりになりたいときはあるものだ。その傾向は昔から変わることはない。しかし、一生ひとりとなると果たしてどうなのだろうか。本当の孤独というものを私は知らない。子供たちを見ていていつも思うのは、私は孤独ではないということだ。この子たちにとって母親とは、この世にたったひとり私しかいない。このことが私の生きている意味であり、それはまぎれもない現実であり日常である。しかし子供はいつか私の手を離れる。人は自分自身の孤独といつかは向き合わなければならない。そのときに孤独の意味を知るのだろうか。
2006.03.28
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恋を知らないで一生を終える人がいたとすればそれは人生の半分以上は損をしているといってもいいかもしれない。恋は盲目であり、錯覚である。しかし、生きていると実感できるのが恋なのだ。明日のことを考えていては恋はできない。恋に翻弄されるというのは、それほど愚かなことではない。物事に終りがあるように、恋も必ず終りがある。所詮、一時のはかない夢なのだ。そうとわかっていても、しないよりはしたほうがいいのが恋なのだ。「恋愛は人生の花であるとは、まさに言い得て妙である。どんなに美しい花も、時間が経てば色あせる。しかし、そうとはわかっていても私たちは美しい花を見ずにはいられない。」「恋愛は人間永遠の問題だ。人間ある限り、その人生のおそらく最も主要なるものが恋愛なのだろうと私は思う。」坂口安吾
2006.03.20
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雪が降った。3月も半ばというのに。今日の朝、外を見ると白く積もっていた。まず考えたことは、幼稚園まで自転車10分強の道のりをどうしようかということであった。しかし、家を出る頃には道路の雪は溶けて不安はなくなった。自分の存在を知らしめるように冬は最後に雪の花を散らせ、やがて消えゆく。溶けてなくなる雪に去り行く冬を思う。暖かな春の日差しを見せたかと思うと冬の冷たい風が吹く。3月は不思議な月だ。家族全員がインフルエンザにかかったというのにインフルエンザにならなかった。免疫力が強いということだろうか。とにかく、子供のインフルエンザで仕事をずいぶん休んだのでこの3週間は真面目に出勤した。働くっていいことだ。歯科通院が終わった。歯は抜群にいいらしい。この調子でいけば入れ歯の心配はないと言われ、気をよくする。特に変わり映えのない、2006年3月の私。
2006.03.14
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午前6時。携帯のアラームで目覚める。いつもと同じような平日の朝。こうして同じ朝を何回繰り返すのだろうか。考えても仕方のないことを漠然と思う。朝起きて、学校に行く、会社に行く。行くところがあるというのは幸せなことだ。自分の家以外に行くところがないということは自由のように思えるが、実は不自由なのかもしれない。人は「忙しい」と言う事によって、自分を納得させ安心している。心を失わない程度に「忙しい」ことは必要なことだ。いつもの日常のはじまり。でも、まったく同じ一日なんて存在しないのだ。昨日と今日は少し違う。そしてたぶん、明日も明後日も。午前8時25分。家を出る。3月、晴れ。まだ風はつめたいが、日差しが暖かい。少しずつ春に近づいていく。気持ちが少し明るくなる。
2006.03.03
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