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あさごもんの楽天ブログでアップした今ままでの記事を再度ご紹介しています。久しぶりに、懐かしいな~って思ってみていただけたらうれしいです。平均年齢75歳のおばあちゃんの味噌加工所 おばあちゃたちが働く朝来農産物加工所です。これは懐かしい昔の写真です。社長の代理で事務局がお話します。一番前の真ん中が社長で、現在95才の椿野まさ子です。ばあちゃんたちの底力黒大豆の栽培が朝来で本格化したのは減反政策に揺れた昭和56年頃からです。その黒大豆を生かして転作事業として何かをやっていこうと始まり、町が農産物加工所まで作りました。でも、どう活用していったらよいか町でも困っていました。生活改善研究会という「農家の主婦の生活をよくしていこう」、「暗い台所に窓をひとつ開けよう」、「かまどを改善改良しよう」、「農家の嫁の自由になるお金を作ろう」という運動のもとにできた、若い頃のおばあちゃんたちのグループが、名乗りを上げて黒大豆入り味噌を作ることになりました。3、40年前まではこの辺りではどの家でも味噌、醤油をこしらえ、子供の頃から手伝ってきました。これもその経験を活かせば難しいことではないだろうということからでした。しかし、町の条件は厳しく、施設を貸すだけで、光熱費から材料費まですべて自己負担でやらなくてはいけなく、資金の工面に奔走することとなりました。昭和58年、その現状を見かねた町長の個人保証で、やっと150万円を銀行から借りることができました。この初めての借金経験がこたえたので、必死で働き2年で返済しました。経営ということを初めて体験するのですから、おばあちゃんたちのグループは創業時から苦労の連続でした。最初の作業場は細い坂の上にあり、30キロの大豆袋も米や麦も背負って運びました。自転車で味噌を配達する夜道で何人も事故にあいました、辛い時には皆で「がまんしょうで」、「年寄りの意地をみせよう」と声を掛け合って乗り越えてきました。この苦労あっての今に感謝していると、社長から聞いております。晴れの日はもちろん、雨の日も風の日も自転車で配達に出かける、今よりも若い頃の社長です。味に手は抜けない。伝統の味にも工夫を加える。仕込んだ味噌には樽ごとに、日付のほか大豆の炊き具合、気候などをメモして記します。出荷する前にこれを参考に味をみます。倉庫に寝かした樽は時折動かします。置く場所によって、また同じ樽でも上下で味は違いますから、出荷時には2、3の樽の味噌を混ぜて味を均一にします。浅漬けのもと、もろみなど新商品も作りました。畑を借りて大根、白瓜などを栽培し漬物にしました。今は塩3、米こうじ5、むし米8の割合で作った三五八漬けの素という浅漬けの素を販売しています。味噌の塩分は最初の頃よりずっと控えていています。抑えすぎるとカビがいくから、何度も試験をしてぎりぎりの11%にしています。味噌の味は酵母菌の良し悪しで違ってきます。ここは高価な酵母菌を使っています。メーカーの説明書には、米30キロに酵母菌5gとあるけれど、いろいろ試すと4gでも効果は十分ありました。古い小説か何かで味噌作りの経験者が「味噌は少し古い米を使った方がおいしい」と語る場面があり、その通りやってみると確かにおいしくできました。ですから、今は古古米も混ぜています。自分で研究して「こうや」と確認し、温度や固さを体で覚えることが大切だとおばあちゃん社長はいつも話しています。こんな感じでいつもせっせと働いています。これがお味噌をおいしくする麹です。黒大豆入り味噌です。もうすぐ仕上がります。うれしかったことここまでこれたのは、言葉で言い尽くせないくらいたくさんの人に支えられ、助けられて今があります。売れない物産展で励まされながら買ってもらったときのうれしさ。今でも忘れられません。これを忘れたらいけない。そのうれしさを人に分けてあげることで、自分も救われ人も救われる。この世に生まれていることは人に助けられていること。私にこれといった信仰はないが、「因果応報」とはつくづく言ったものだと思います。こんなことも社長から教わりました。今思うこと自分の人生を決して順調だとは思いません。長男を小さい時に亡くし、次男は40過ぎで交通事故で死にました。自分でも体がよう壊れんと思うくらい働いた。「なんでこんな苦労を」と思うことの方が多かった。でも、きつい仕事をしたから短命で、楽をしたから長寿ということはないように思います。若い時は苦労しても、老後のみじめさは避けたいと思います。今はえらいけど、充実した人生を送れています。あの世に行くにも人のでけんことをしないと申し訳ないと思って、年甲斐もなくいくつも次のステップを考えます。幸せも運も待っていてはいけません。棚からぼた餅はありません。椿野社長からこんな話も聞きました。最後に社長に代わりまして、これからも頑張っておいしい黒大豆入り味噌作りに励みますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。朝来農産物加工所のお味噌や浅漬けの素が気になる方はお買い物コーナーへどうぞ >>>朝来の農産物、特産品、土産物の一覧ページ朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販「あさごもん」〒669-5211兵庫県朝来市和田山町和田山404電話 079-672-2362FAX 079-672-4844info@asagomon.jp朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、竹炭、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販 あさごもんのブログ
Feb 9, 2014

あさごもんの楽天ブログでアップした今ままでの記事を再度ご紹介しています。久しぶりに、懐かしいな~って思ってみていただけたらうれしいです。但馬牛の巻き寿司はここだけ!うまくて新しいのに、どこか懐かしい味但馬牛の巻寿司を考えた吉田です。今日ものぼりが威勢よく風になびいています。がんばるぞー!私のプロフィール吉田俊博と申します。40才です。釣りが好きで子供と海釣りに行ったりします。妻と中学1年生の息子と小学5年生の娘がいます。以前はスーパーのさとうに7年ぐらい勤めていましたが、実家に戻り仕出し料理をやっております。おじいさんの代では食堂をやっていました。店の前にグンゼがあったので、社員さんがたくさん食べにきてくださいました。父は綾部のグンゼの社員食堂の料理長をしていましたが、おじいさんが亡くなったため、帰らないといけなくなって後を継ぎました。その頃から食堂をやめて仕出し料理屋に変わりました。父と母と従業員さんでやっていたそうです。私は店を継ぐことを決めていたので、32才の時に帰ってきて家で料理の修業をしました。父の味に近づけたいという思いと、それを超えたいという思いから一生懸命学びました。今年で8年目になりますが、お客さんに褒めていただくことが多くなりました。そんなお褒めの言葉をいただけるのが料理をやっている私にとって一番うれしいです。但馬牛の巻ずしができましたふつうの仕出し料理屋では料理人として、お客さんを喜ばせられないと思い、どんな料理なら幸せになってもらえるだろうかといろいろ考えました。岩津ねぎを巻ずしに試しましたが、うまくいきませんでした。牛肉を巻いたらどうだろうかと試して、おいしいタレも作りましたが、市販の和牛では何か物足りなくて但馬牛を巻くことにしました。経産牛の但馬牛だと安くて味がいいのですが、肉質は固めなので、経産牛でない但馬牛のお肉を巻いた牛巻ずしにしました。こんな感じでたっぷり但馬牛を入れて巻きます。但馬牛をじっくり煮込んで、おいしい牛巻をつくります。牛巻ずしは販売して3年目ですが、1番多い日で1日に250本売れた日もあります。とても人気があります。人気の秘密は、たまご、レタス、きゅうりに隠し味をプラスして、但馬牛の甘辛い濃い目の味付けとうま~く合わさったことでバツグンの相性の巻ずしになったからなんです。酢飯の米もうちの親戚が作っている和田山の地元のコシヒカリを使っています。自信を持って子供たちに食べさせてあげたい但馬牛の巻ずしは子供に食べてもらって、おいしいか、おいしくないか、聞いています。子供に「おいしい」と言ってもらえたら、「これでいけるな」と決めます。私は子供たちにはおいしくて安全なものを食べさせてあげたいと思って一生懸命作っています。そんな子供たちがおいしいと言ってくれるものを、お客様にもお出ししたいと思っています。これからはもっと食の安全・安心が問われる時代だと思います。うちの牛巻ずしだけなく仕出し料理を食べていただく方の健康を考えて、いいものを作り続けたいと思いますので、よろしくお願いします。これから目指したいこと村おこしとまではいきませんが、遠くから朝来に来られて但馬のお土産として買っていただいたり、地元の人も但馬の土産として持って行っていただけるものを、うちからも少しずつでも出せたらよいなと思っています。但馬牛の巻ずし、おいしそうだな~と思われた方はお店の案内コーナーへどうぞ>>>(案内コーナーはまだ作成中です)朝来の農産物、特産品、土産物の一覧ページ朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、竹炭、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販「あさごもん」〒669-5211兵庫県朝来市和田山町和田山404電話 079-672-2362FAX 079-672-4844info@asagomon.jp朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、竹炭、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販 あさごもんのブログ
Feb 9, 2014

あさごもんの楽天ブログでアップした今ままでの記事を再度ご紹介しています。久しぶりに、懐かしいな~って思ってみていただけたらうれしいです。水車でうどんを打つお店の女将は健康を考えたお茶作り レストハウス栄・ビジネス旅館レストハウス栄・ビジネス旅館の女将です。私が持ってるのは自分で作った健康になれるお茶です。はじめましてレストハウス栄 ビジネス旅館の女将 足立國代と申します。 当店は創業43年目になり、仕出し、宴会、旅館、レストランをやっています。料理の素材は自分の畑で自給自足で作っています。たまねぎ、にんにく、かぼちゃなど野菜は全部自家製、無農薬、肥料は残飯をパラパラの肥料に変えたものを使います。畑は3つありまして、野菜の畑と、薬草の畑、栗の畑です。お米も朝来のお米で無農薬のものを使っています。きゅうりは500本ぐらい採れ、果樹はキューイ、みの柿、グミ、杏、ブラックベリー、金柑などの実をつけます。岩津ねぎも種からまいて育てています。お茶作り、佃煮作り柿の葉茶、スギナ茶、イチョウ茶、桑の葉茶、びわの葉茶、健好茶などの健康にいいお茶を作っています。全部、薬草の畑でとれる葉を使っています。それからヤマブキの山椒入り佃煮も作っています。佃煮は私がとってきて、主人が炊いています。そうそう、こんなことがありました。いつものように山に山菜を取りに行ったとき、熊に出くわしました。小熊が5mほどのところから見ていました。きっと近くに親熊もいたと思います。慌てて帰ってきましたが、あのときはびっくりしました。うどんはこの水車で打っています。ある大雪の日のこと大阪から観光バスに乗って、香住にかにを食べに来られた団体のお客様がおられました。でも、その日は但馬全域大雪で、香住にいつ頃到着するかわからないということで、当店に1台の観光バスから連絡が入り、急遽、50人前のカニスキを用意することになりました。うちには4人の板前さんがいます。私たち家族も従業員も総出で大急ぎで料理の用意をしました。なんとか準備もでき、無事お迎えすることができました。そうこうしていると、旅行会社の方があと2台の観光バスが香住に向かってるんだけど、このままでは今日中に到着できないので、引き返してこちらに寄るよう連絡をいれるが大丈夫ですかと聞いてこられました。なんとかしますという気持だったので引き受けて、次のカニスキの用意を始めました。でも、いつこちらに来られるのか、この大雪ですから、まったくわかりません。家族と従業員交替で長い間待ちました。やっと到着されたのが夜中の2時でした。みなさん、一言もしゃべらずに、ただただ、カニスキを食べておられました。やっと一息ついたのか、1人の女性のお客様がポツリポツリと話をしてくださいました。「私たち、お昼から何も食べてなくて、もうヘトヘトでした。ここに寄れて本当によかった」と言ってくださいました。それからもこんなにたくさんのお客様ではないですが、団体さんで他の店で断られた、予約したお店が準備していなかったという時に、当店に問い合わせがよく入るようになりました。その時も何とかしたいという気持でお迎えしますので、ごひいきにしてくださるお客様がどんどん増えていきました。昔は子供が生まれる前まで働いて、休みなどありませんでした。借金でスタートして8年で返してここまでやってきました。これぐらいでへこたれておれません。これからもご贔屓にしてくださるお客様を大切にしたいと思っております。感謝しております。店内にはお客様のいろんな作品を交替で飾っています。お時間がある方はゆっくりご覧下さい。不思議なこと当店は昭和45年にオープンして28年間で3回建て替えをしました。伏見のお稲荷さんから、「ふつう商売していて、3回もお店や旅館を建て替えるというようなことはよほどでないとないことですから、白蛇がいませんか?」と言われたことがあります。そんな話を思い出させるかのように、3回目の建て替えのときに、2日目に白蛇が出て、3日目にいなくなって、次に大広間に出てきました。すぐにお稲荷さんに電話したら、「庭を作りなさい、お社を建ててますか?」と言われ、すぐにそうしました。伏見のお稲荷さんから御霊を持ってきて、神殿を建ててもらいました。お蔭様で、当店では何かしようと思ったことは、みんなあたりました。京都のお客さんが泊まりに来られた時のことです。3階が吹き抜けになっていて、ずっこけるぐらい風水を感じたとおっしゃいました。どうしてですかと聞かれて、白龍さんが出てきて御祭りしていますと説明しました。それから、しばらくして、その方たちが藤公園のお店にお礼を言いに来られました。その時のお話です。「実は私たちは京都で旅館を経営しているのですが、経営がうまくいかず最後の旅行だと思って、なけなしのお金をはたいてこちらに泊まりに来ました。こちらに泊まって帰ってから、どんどんいいことが起こり始めました。本当に感謝しております。」ということでした。何かしらで人のお役に立てることで、こうやってお店に来ていただき、感謝までされ、とても幸せに思います。お茶作りを始めたのも、これから先、第2の人生は人助けがしたいと思ったからです。いろいろな方とこれからもご縁があると思いますので、どうかよろしくお願いいたします。これは先を見通す幸福巻きです。当店の人気商品です。たまたま当店のお茶を見かけられた方とは、何かのご縁だと思います。よろしければお買い物コーナーへもお立ち寄りください>>>朝来の農産物、特産品、土産物の一覧ページ朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販「あさごもん」〒669-5211兵庫県朝来市和田山町和田山404電話 079-672-2362FAX 079-672-4844info@asagomon.jp朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、竹炭、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販 あさごもんのブログ
Feb 9, 2014

あさごもんの楽天ブログでアップした今ままでの記事を再度ご紹介しています。久しぶりに、懐かしいな~って思ってみていただけたらうれしいです。木桶で醤油を作っている昔ながらのお醤油屋さん こむらさき醸造こむらさき醸造の古屋敷です。3代目の父と4代目の私です。どうかよろしくお願いします。私のプロフィール昭和38年5月13日(金)生まれ、おうし座、うさぎ年です。性格も星座と干支の動物と同じような性格でのんびりしています。でも短気なところもあります。姉が1人います。和田山町で「おぎゃー」と産声を上げてから、今年で49歳です。地元の高校に通い、大学は大阪に行っていました。現在、妻(八鹿町出身)と子供3人の家族です。子供は高3、中3、小6の男3人で、賑やかな家庭です。私はこの醤油屋の後を継ぐ気はなくて、継げとも言われずに生きてきましたが、縁あって今は醤油屋を継いでいます。醤油屋を始める醤油屋は全国に4000軒あったのが、今は2000軒にまで減ってしまいました。寂しいことです。水より醤油が安くスーパーで売られたりする時代です。しっかりと時間をかけ作られた醤油は、短くても半年、長いものだと2年~3年かけて作られるものも珍しくありませんから、醤油屋としては悲しくなります。うちは曾おじいさんが大正14年に創業しました。当初、造り酒屋にするか、醤油屋にするかで迷ったそうですが、日本人の食卓にはいつも置いてあって、家庭料理にはほとんどに使われる大事な調味料ですから、醤油屋を始めようと決めたそうです。それと、経営者ですから、醤油屋は安定しているという判断もあったみたいです。2代目は私のおじいさんになります。商売は番頭に任せて、親方は地元の付き合いが大事ということから、ホトトギス派の俳句をやっていました。その俳句がご縁となり、高濱虚子のご子息を疎開で預かることになりました。そのお礼にと商品の名前に「こむらさき」と命名していただきました。昔は辰巳屋(たつみや)商店といっていたので、醤油屋か何かわかりませんでした。私が3年間食品の商社で会社勤めをした後、跡を継ぐために実家に戻ってきた際、商品名を会社名にした方がいいだろうという判断で「こむらさき醸造」という社名ができました。うちの醤油うちはまだ竹の輪で巻いた木桶で醤油づくりをやっていて、曾おじいさんの代から住み付いている麹菌が醤油をおいしくしてくれています。この醤油づくりにたずさわる人たちが、うちの蔵人(くらびと)たちです。うちの醤油の特長は、「クセのない素直な味」、「料理がしやすい」と言っていただいて、家庭や料理屋さんでずっと使っていただけることです。最近では、醤油づくりで培った技を使い、味噌だれづくりもやっています。使命先々代(おじいちゃん)から、言われたことがあります。「いい材料を使っていいものを作れ」、「醤油は各食卓の基本的味付けになる」「醤油は基本中の基本」「家族がなごむ。今日、こういうことあったよと話ができる。家族団らんの一助」「だから、ちゃんとしたものを使って、健康になるように尽くせ」ということでした。これが醤油を作る仕事をしている「こむらさき醸造の使命」になっています。うちは昔の味をずっと継承していきます。うちの醤油で育った女の子が、お嫁に行っても、また買ってもらえるように、いつまでも作り続けたいと思います。そうそう、うちの醤油は各戸に瓶で配達しています。スーパーへの納品はパックになってしまいますが、本当のことを言うと瓶で買ってほしいと思っています。茶色の瓶を使うのですが、光を通さないから醤油が傷まないし、瓶は100%リサイクルできますので、昔のように瓶が当たり前になるとうれしいですね。お客様からいただいたうれしい言葉あるお母さんからですが、「これしか、あかんわ」。足らなくて違う醤油を買ったら、高校生の息子さんに「お母さん、醤油、違うやろ」と言われたそうです。あるお父さんからこんな話を聞いたこともあります。「こむらさきの掛け醤油ないんか?」と言って、ケンカになったことがあるそうです。うちの使命は家族団らんの一助になることだから、ケンカは控えていただきたいのですが、そこまで好いてくださることはうれしいことなので、とても複雑な気持です。一歩下がって気を静めて、1日我慢して、こむらさき醸造にお気軽にお電話ください。配達させていただきます。 我が家の食卓我が家は皆こむらさき醤油で育っています。新しい商品を作るときはいつも子供たちが審査員です。妻は家庭を大切に考えているので、必ず料理を家で作ります。子供はお母さんの作ったものを食べて育っています。子供たちがおいしいと言ってくれないと、その醤油は出しません。お客様に使っていただく醤油は、すべて我が家で味見をしていますので、安全、安心ですよ。こむらさき醸造のお醤油を使ってみたいという方はお買い物コーナーへどうぞ >>>朝来の農産物、特産品、土産物の一覧ページ朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販「あさごもん」〒669-5211兵庫県朝来市和田山町和田山404電話 079-672-2362FAX 079-672-4844info@asagomon.jp朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、竹炭、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販 あさごもんのブログ
Feb 9, 2014

あさごもんの楽天ブログでアップした今ままでの記事を再度ご紹介しています。久しぶりに、懐かしいな~って思ってみていただけたらうれしいです。朝来の土産に、昔懐かし、ぽんせんはいかが? マルサ製菓マルサ製菓の高橋です。私が持っているのは新商品のぽんせんです。大阪から朝来にやってきましたぽんせん専業でずっとやっています。昭和35年3月創業、法人設立は昭和59年8月31日です。大阪から朝来に平成3年にやってきて、20年が経ちました。そもそもこちらに来たのは、大阪は水が悪かったし、こういう商売は都会では土地が狭くて向かなかったからです。大阪にいる時は民家の中に工場があったため周囲に迷惑をかけているようで心苦しい気持でいっぱいでした。水がきれいなところがなかったら、いい商売ができないという思いが募り、家内の父親や親戚がいる兵庫県朝来市(当時は朝来町)に引っ越すことを決意しました。ぽんせんのおやじ像大阪でぽんせんの袋をつくった時、有名な画家の方に焼き方から話をして、描いた絵がこれです。昔は手で焼いていたし、しょうゆも手でつけていて、戦後、お菓子がない時にこれを焼いておやつにしていました。お米のぽんせんをやっているところは多いけれど、小麦粉のぽんせんは本土(本州)では2軒ぐらいで、大阪とうちぐらいです。一時、廃れてなくなったのを復活させたのがうちです。朝来の特産物、岩津ねぎを入れたぽんせんです。朝来に来たからには、朝来のものを使っていきたいですからね。ぽんせんの機械作りから始めましたこのぽんせんは人気があって、よく売れています。機械でおいしいぽんせんを作ろうと、10年かけて自動化できる機械を作り上げました。開発には剣道仲間で大手電器メーカー系列の会社に勤めていた研究者に協力してもらいました。1台目が1300万円かかりましたが、失敗。2台目も1300万円かけてなんとか完成させましたが、5年ほどで不都合が出て廃棄。3台目も1300万円かけて、やっとできあがりました。機械のアイデアは私のアイデア、図面を描くのは技術者ですが、機械というものは頭の中で考えても、実際には思い通り動かないものでした。やっと完成した3台目の機械は今もぽんせんを作り続けてくれています。このぽんせんを作る機械があるのは今でもうちだけです。ぽんせんづくりの思いぽんせんは小麦粉と醤油と水だけで作っています。添加物が入っておらず、水は朝来の山奥の水源地からとった水です。生菓子(和菓子)をやっている人はいますが、世界中でぽんせんをやっている人はいません。生菓子は素人でもお金さえ出せば、機械が買えて、教えてもらえます。ぽんせんは機械もなく、教えてくれる人もいません。製造も難しく割れやすいデリケートな商品です。うちがつくっているのは、高級なお菓子ではなく駄菓子です。孫たちに安全なおやつを食べさせてあげたいという思いで作っています。うちは家族みんな、ここで仕事をしています。不良品のチェックは袋詰めの段階で目視で判断しています。醤油がついていない、浮きが悪いなど、ずっとこのぽんせん作りをやっているので、見たらすぐわかります。選別してはねていきます。私のプロフィールご挨拶が最後になりましたが、私が社長の高橋です。四国の香川県さぬきの出身です。今年74歳になります。孫6人で女3人、男3人、ひい孫1人で男7ヶ月のおじいちゃんです。剣道三段、居合道五段です。柔道二段の賞状もあったのですが、引越しのときに失くしてしまいました。最近は運動がてら、朝来の道を軽く歩いています。いろいろ武道や運動をやってた経験から、運動もやりすぎはよくないと思います。激しい運動したら長生きするとは限りませんので、軽く歩く程度がいいですね。暇があると映画(洋画)を見ています。ボケ防止です。みなさんも元気で長生きしてくださいね。ぽんせん食べたことない方も、ぽんせんが好きな方も食べたいな~と思われた方はお買い物コーナーはこちら>>>朝来の農産物、特産品、土産物の一覧ページ朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販「あさごもん」〒669-5211兵庫県朝来市和田山町和田山404電話 079-672-2362FAX 079-672-4844info@asagomon.jp朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、竹炭、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販 あさごもんのブログ
Feb 9, 2014

あさごもんの楽天ブログでアップした今ままでの記事を再度ご紹介しています。久しぶりに、懐かしいな~って思ってみていただけたらうれしいです。山の幸がごちそう、時間を忘れて過ごす山奥の旅館 やまびこ山荘 私がやまびこ山荘の主人です。季節の山の幸をふんだんに使った手料理でおもてなしします。お店を始めてお店をやりだして、35~36年になります。それまで口銀谷にいました。当時、関西電力の用水発電ダムの建設が始まり、ダムができた時、飯場(はんば)にコックさんもいっしょにやってきました。うちの母がこういう食べ物商売が好きで、飯場の食料をどうしようかということになったとき、間にうちが立って仕入れて渡すことになりました。南但魚菜という市場が和田山にあって、そこから品物を仕入れました。私が料理を覚えるきっかけになったのは、鹿島さんについてきてたコックさんでした。コックさんも休みを取るために、「料理をしてみろ。ある程度、教えてあげるから。」ということで、私が料理を始めました。魚のさばき方からノウハウまでいろいろです。でも、昭和52年にダム工事が終わって、みんな引き揚げていってしまいました。その後、飯場跡はどうしようかという話が持ち上がり、埋め立てしてもらい、そこに私が三角屋根の小さい店を立てました。その時は大変でした。兄弟、親戚、親は、ここで商売するのことにはみな反対でしたから。生野から20kmもある山奥のお店です。建物は先に建てたがお客さんは来ない、借金だけは残るという厳しい状況でした。山菜を出そうと決めた何とかしようと、あっちこっち食べ歩きで勉強しました。いろんな人に出会えて、不思議なことに出会えた人が力になってくれました。お客さんがあそこに行ったら、「あんなものだしよる、行っておいで」と教えてくれました。ふつう、厨房は見せてくれることはなかったのですが、私には見せてくれました。「目と口で盗んで帰れ」と教えられ、いろんな話を聞かせてもらえました。あとは自分の工夫次第です。都会のものをそのまま田舎に持ってきても、お客さんは来てくれません。山のものや川のもの、畑の地の野菜を使うことにしました。当時、生野であまごを飼い始め出したので、あまごも使いました。山菜は小さい頃から食べていました。おふくろが煮たり焼いたりしてくれました。だんじ(イタドリ)、ウド、わらび、ぜんまい。辛子和えにすると、一杯のあてになります。コゴミ、タラノメ、フキ、コシアブラは天ぷら、和え物にできます。コシアブラのご飯もできます。そうこうしているうちに、最初は山菜とあまごの店をやることになりました。昭和52年のことです。それからボタン鍋ができましたある時、シルバー生野(生野銀山)さんで奥様リビングの撮影がありました。料理の撮影もあるということで、うちの山菜とあまごの料理を出してほしいということで、関西電力のスタジオに呼ばれました。そこには奥様たちが雛壇にずらーっと並ばれ、桂きん枝さんもいらっしゃいました。生放送だったのですが、番組が終わるか終わらんかで、どんどん電話が鳴り出しました。受け答えで1週間から10日ほど続いたと思います。その後も雑誌とかの取材が次から次へとはいってきました。看板もなかったので、全部手作りしました。この取材がきっかけで、もっと考えらなあかんと、どんな料理がいいのか、ほんまに真剣に考えました。うちの親父が猪や鹿はよく食べていたことから、猪は篠山のボタン鍋が有名やからと、おいしいと言われているとこにも行って食べてきました。味噌とシシ肉でやろうと決めやってみたのですが、おいしくなかった。どうしようか悩んだ末に、カモが好きだったので、合鴨のおいしい料理を食わしてくれるとこがあると聞いて行ってきました。そうや、カモのタレやと思い、何回も足を運んで、店主に「見るだけなら見てもいいわ」とついに言ってもらえ、見よう見まねで盗んできましたが、何かが足りない。試行錯誤を繰り返しながら、ここからは企業秘密やから言えんけど、あることをやったらできたんです。これがボタン鍋のタレの始まりです。うまいシシ肉の目利きもできるようになって、今では人気の鍋になっています。シシ肉は天然ものを使うので、年によって良し悪しが出てきます。猪はドングリ系をたくさん食べる年は、脂がのっていいお肉になります。ドングリが不作の時はシシ肉も悪くなります。椿を食べている猪は脂が残ります。タレの秘密をちょっとだけお話しますと、地で採れる野菜がメインで、後はりんごとたまねぎを使っているとだけはお教えします。それと、タレは冬でないと作れません。12月前後から2、3月いっぱいまでです。後は食べてからのお楽しみです。よそにはないものをしないと、お客様にわざわざ足を運んでもらえません。今はこれでよかったかなと思っています。四季を通じて春は山菜、夏は川魚がメインです。いわな、あまご、鮎をお出ししています。いわな、あまごは養殖ですが、谷の水がいいので、とてもおいしいんです。黒川の野菜もおいしいくて、シカ肉とおいしいじゃがいもを使ってやってみようかと、黒川の男爵芋とシカ肉のクロッケを作りました。黒川とコロッケをひっかけてクロッケという名前にしました。では、ぼたん鍋のおいしい食べ方ですおいしく食べていただくために、食べ方の順番をご説明します。お肉はメスのシシ肉特選用です。部位はモモ、ロース、バラを使います。最初は強火で、出汁がぶくぶくしてくると、白菜、えのき、地元産のしいたけ、しめじ、焼き豆腐、にんじん、岩津ねぎを入れていきます。途中から中火にしていきます。そして、シシ肉の登場です。バラ肉、モモ肉、ロース肉の3種類。順番はどれからでも大丈夫です。肉でふたをするようにお肉を鍋の野菜の上に並べてください。今度は本当の鍋の蓋でふたをします。うちの出汁はとろみの付いている出汁なので、このやり方でしないと早く焦げるんです。野菜の水分で調度よくなります。蓋を開けてお肉をひっくり返します。そして、また蓋をします。ぶくぶくしてきたら、生の赤みがとれるまで煮ます。お肉の色が変わるとOK。最後の和田山の春菊を入れます。しなっとすればできあがり。どうぞお召し上がりください♪締めにはうどんを入れると、最後までおいしくいただけます。やまびこ山荘のボタン鍋を食べてみたいという方はお買い物コーナーへどうぞ >>>朝来の農産物、特産品、土産物の一覧ページ朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販「あさごもん」〒669-5211兵庫県朝来市和田山町和田山404電話 079-672-2362FAX 079-672-4844info@asagomon.jp朝来の自然の中で作った岩津ねぎ、竹炭、但馬牛、野菜、米、特産品が一度に揃うネット通販 あさごもんのブログ
Feb 9, 2014
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