兄やんの日記。
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
あれは確か、一昨年の春先のこと。兄やんは、郡山から仙台に向かう電車に揺られていた。2人掛けの座席が向かい合ったスペース、進行方向に背を向けた窓際の席。前の席は空いていて、隣の席には40代くらいのおばさんが、斜め前の席にはたぶん同い年くらいの女性が座っている。それぞれが、それぞれの2時間を過ごしていた。本を読んだり、居眠りをしたり…。兄やんは音楽を聴きながら、にわかに色づき始めた早春の景色をぼんやりと眺めていた。さて、前置きはこのくらいに。暖かな日差しと、単調…な車輪…の音…に眠…気…が…段々…と…zzz。「きゃっ!」。最も心地よい瞬間は、小さな悲鳴に一瞬にして終わりを告げた。目を開くと、斜め前の女性が眉をひそめ、片手を口にあて通路を指差していた。そこには…それはぁ、それはぁ、とんでもなくドデカイ『毛虫』が体をうねらせている。毛虫の数秒後の到達予想地点は、通路を挟み反対側の座席。そこには小説を読んでいる60歳くらいのおばさん、進行方向を向いて座っている。毛虫のスピードは思いのほか速く、もう間もなくおばさんの足下に到達する。恥じらいとかを気にする時間はなかった。兄やんの隣に座っていたおばさんが、通路を挟み声をかけた「あのっ、そこにっ、毛虫が!」。『きゃっ!』一瞬たじろいだ反対席のおばさんは、窓際の方へと腰を浮かし移動した。覗き込んで行方を見守る、こちら側の座席の3人。毛虫はスピードを緩めることなく、おばさんの足下に向かい進んでいる。すると反対席のおばさんは、毛虫との距離を取った一瞬の隙をつき、バックからポケットティッシュを取り出した。「あぁ、もしかしたら、ティッシュで厚く包んで、窓の外にでも捨てるのかな…」予想する兄やん。ティッシュを2枚取り出し、毛虫にかぶせる反対席のおばさん。「えっ、2枚じゃ、ちょっと薄いんじゃ…」兄やんを不安が襲う。次の瞬間…反対席のおばさんは…何を思ったか…右足を浮かせた。そして…履いていたヒールの踵を…毛虫めがけ…一気に………!!踵がティッシュに触れる瞬間、隣席を覗き込んでいた3人は、目を背けるように体を起こし、顔を見合わせた。「…。」「…。」「…。」全く他人だった3人を、えも言われぬ一体感が包みこんだ。さっきよりも美しい早春の景色が、車窓に流れていた。間もなくして、車内アナウンスが流れた「終点、仙台、仙台、お忘れ物ないようご注意ください」。3人は簡単に会釈を交わした。隣席のおばさん、斜め向かいの女性の順に席を立った。きっと、でも決して反対側の席に視線をやることなく。一番窓際に座っていた兄やんは、一番最後に席を立った。車内にはもう殆ど人が残っていない。ドアへと向かっている途中、車内の点検に来た車掌とすれ違った。嫌な予感がした兄やん。電車を降りる瞬間、横目で捉えたのはあの座席に目をやる車掌の姿…。そして…人もまばらになった駅のホームに、叫び声が響きわたった。兄やんは、改札へ向かうエスカレーターに足を踏み出した。「あの時…すれ違った時に…たった一言、車掌に声をかけていれば…」。罪悪感にかられながらも、ホームから流れる生ぬるい風に、念のため息を止めてしまう兄やん。それでもエスカレーターは、兄やんを正当化するように、静かに静かに上り続けていた。
2009年09月22日
コメント(0)