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子どもの頃、正月は着物だった。寝間着も、パジャマではなく、寝間着だった記憶がある。実は、かの母親が着物好きだった。確か着付けの資格も持っていたはず。「我が家は貧乏だ、貧乏だ」と子どもに吹き込むわりに、着物を反物から仕立てていたように思う。「つむぎ」「しょうけん」「そうしぼり」などの単語は耳から入った。でも、耳だけで、私はそちらの方に顔を向けなかった。関心を向ければ、「こんなことも知らないのか」「おまえはダメだねぇ」と喜々として言う姿が目に浮かぶ。正月に着物を着る時も、帯の色目など私の好みを聞く風で聞いていない。母親の着せ替え人形。だから「どっちでも」となげやりにだったように思う。大学生の頃。知らない間に草履がつくられていた。よく知らないが、着物もしたてていたような気がする。でもその頃、アルバイト代は学費や交通費で消えていきリクルートスーツを用意する金もなかった私には、「母親は私を見ていない!」「不必要なものに金をかける」「何が貧乏やねん」という怒りの火種の一つだった。しかし結婚するときに、留袖一式などは持たせない。わかるだろうか。子供の頃から着物は着せるが、自分で着物が着れるようにはしない。「私が着せてあげるから。」(そう言えば、なぜか10代以降、浴衣は作ってもらったことがない。)留袖は持たせない。「家(親)にくれば、着物はなんとでもしてあげるから。」「寄らせるべし、知らしむるべからず」の態度に、反発心むくむくの私でした。でも「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎し」の感はあるのですが、着物に罪はなし、ですしね。そろそろ真っ向勝負の対決ではなく、おいしいものは上手にいただくような態度でいきたい、気もします。
2008年09月30日
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近、年齢のせいだろうか「和風」「きもの」に興味が向いている。子どもの頃から二、三十代にかけて、普段着で着物を着る同世代の人間は見かけなかった。お茶やお花、踊りをしていたらちがっていたかもしれない。でも、お茶、お花、踊りを習う私には違和感があるので、仕方がない、ことにしておこう。興味があるのは、お正月・成人式・冠婚葬祭に着る着物ではなく、日常で着る着物。本屋でもその種の本を見かけるので、流行りなのかもしれない。見せる着物ではなく、着る着物なのが、しっくりくる。それになんと言っても興味をそそったのは、アンティーク着物。安くて、おそらくサイズが私に合うものが多いはず!肝心なのが、着ていく場所がない。普段着なので、家の中で着ればいいのだけれど、う~む。着物着て、たすきをかけて、ご飯の用意をしてみたい。美味しい和菓子を揃えて、友人を呼ぶのもいいかも
2008年09月30日
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