泡雪の日記
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実は強運なわたしも、負けることがある。それは、スロットなんてやってる場合じゃない時。それでも、面白くて止められないと、とことん負ける。で。自分自身に立ちもどる。青いみかん。それは、人の寂しさに触れることだった。人は、人を求めるけれど、怖がりで、中々、埋めあうことが出来ない。リストカッタ~の子に出会った。19歳の少年だ。彼を男としてみるのは無理だ。でも、リストカッタ~の彼に伝えたいことが会った。自分の悲しみを埋めるために、手を切ってしまうそうだが、それは、自分を傷つけることは、自分の魂がもっと悲しむことで癒されていることだと。私が、薬を飲んでいる事を告げると消息を絶った。直接伝えることが出来なかった。自分が薬を飲んでいたり、すると余計に薬を飲んでいる人を恐れる。同じ弱さを嫌う傾向にある。その後、一人の食事のわびしさを訴える人がいた。私の、PCの整備をしてくれて、リモ~トを外してくれた。なんと23個も埋め込まれていた。さらに、システムのしたに、ノンドスという、別のシステムまで、埋め込まれていた。いい友達になれそうだが、彼のPCにまで、攻撃がかかるようになって、みはなされそうだ。そんなこんなで昨日、一昨日、宮崎に住む。キリスト教に関心持つ少年に出会った。わたしが、キリスト教関連のコミュに参加していた関係で。この15歳の少年はPCの知識も豊富で、尚、神について同等に話が出来る、健康な感性の持ち主だった。わたしは、クリスチャンだが、キリスト教の日本の信者の閉鎖性が鼻につく。この15歳の少年は聖書に関心を持っているが、教会に毒されていない。青いみかんを食べて、少し悲しい思いをした後で、わたしは、謎の木の実に出会った気がした。私はこの不思議な木の実を食べながら、いずれくる出会いに備える予感がした。不思議な木の実は、葡萄のように、房になっていた。これから、いくつの粒に出会うのか密かに楽しみにしている。
2003年08月29日
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