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昨日は偉く寝坊した。前日、就寝後3時間で目が醒めてしまって、睡眠薬を追加で飲むつもりでいすに座ったら、間違えて、抗精神薬を飲んでしまった。なわけで・・・・。その後16時間も眠ってしまった。一日24時間しかないのに、19時間眠ると・・・・。一日の時間が短すぎる。なわけで、今日は昨日の夕方から起きたまま。しかし、ねたいな~。疲れた。けど夜までがんばる。今朝は、カラスが朝告げ鳥に成っていた。日によって違うのだ。鳥たちに当番があるのかもしれない。カラスがひらひら舞っている。視覚的には、羽がバサバサな形。でも、羽をバサバサに開いていると、飛び方がひらひらしているのだ。静けさの中にそれほどうるさくない声で、遠くの仲間にこえかけ。それに答えて遠くからカ~!カラスはかわいいな~と思う私は変わっているかな?カラスに会うと可愛いね!って声かけしてます。でも、カラスは知らん振り。それがカラスのクールなところ。聞こえても知らん振り。鳥であることを辞めない。人間の振りをしないんだ。カラスは夜中になくこともあるんだよ。きっと、緊急連絡なんだろうな~。今では夕暮れ時、カラスなかないな~。カラスと人間の文化って、影響し合っているのね。キット。はぁ~。薬飲んで寝たい。疲れた。でも、やることやらないとな。姉貴が外泊で、昨日帰ってきた。明日が手術だから、今日は付き合わないとな・・・。
2006年01月31日
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私は、滅多に酒を飲まない。酔っ払うのは好きだ。遺伝的に酒に強い家系ではない。でね。酔っ払うとすることがある。あいしてる~!とラブコールする。いろんな国の言葉で。日本語は直接過ぎて、よほどのときにする。先日はいつも贈ってもなんとも思わない貴重な人が居る。いわば、愛ラブユーコールのゴミ箱状態だ。PCに向かうと、今外国に居る姪がPCを開けた。そこで、姪にもラブコ~ル。無視された。そして、贈られた人は、冷ややかに私を見ている。身近な姉とかには、絶対しないようにしている。生活に支障をきたしそうだ。
2006年01月25日
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礼儀の上で、この二つは嫌われる。そばにいて、不快感を覚えるからだ。夫婦間で、お互いの前で、それをするかしないかということは、よく話題に上る。親しき仲にも礼儀あり。でも、これは礼儀の問題だけでは済まない、身体的な問題を抱えている、シグナルでもある。正常な状態の腸では、それほど多量のガスを作らない。炭酸を飲む人はゲップをすることが多い。が、それ以外で、食事の後、頻繁にゲップをするようであれば、胃の状態に異常がないか、調べる必要があると思うし、おならも腸の働きに異常がないか考えるべきだと思う。おなかにガスがたまると、キリリと痛みが走ることがある。これは、冷えによる物だといわれたことがある。そのほか、子供がひじをついて食事をする。子供の頃の躾で食事の時にひじをつかない姿勢を教えていた場合の事だが、尚且つひじをつくように食事をしている場合。精神的、もしくは肉体的に大変疲れていると解釈して話を聞く事も大切だと思う。おならが人前で思わず出てしまう状態だとしたら、食事内容に気をつけるなど腸に少し気を配るようにしたほうがよい。日々の生活で、礼儀に反する態度は潜んだ病気からのメッセージの場合がある。心身の健康は、全体としてバランスの取れた美しさをかもし出す。相手に明らかなマナー違反が有ったら、相手の健康状態を思いやる目を持ってみよう。時間的に忙しくて立って食事をするような場合はこの限りではなく。そういう場合は口を挟んで邪魔をしないようにしよう。人にはそれぞれのペースがある。マナーはあくまでも、知っておいた方が集団でよく機能する。しかし一人の時間。自分のペースを持つことは誰にも邪魔されたくない瞬間であることもある。今自分の部屋。人を入れたくないな。自分の都合よい状態ではあるが、決して人を招く部屋にはなっていない。
2006年01月24日
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気候によって、木の芽時も変わる。この何年か、自分の体感を自分で汲み取る。そうして努力をしきた。スパーに行くと、 季節の感覚を失ってしまうような、野菜、果物がちんれつされている。花屋に然り、今はなんどき?と暦を見ないと判らない花がおかれている。今年は、日本列島を大雪が覆い。雪の無い関東であっても、温度はかなり低かった。しかし今月に入って、体調がかなり変わってきた。特に、風呂に入りたい衝動が多い。体の活動が落ちると、二日に一度でも、不快には感じなかったものが、毎日入浴しないと気持ちが悪い。湯船の汚れ方も、新陳代謝が激しくなっている。体は、そろそろ春を迎えようとしている。雪ノ下に眠る、雪割り草も芽を出しているのではないだろうか?気分は、やや重め。華やいだ気分は無いが、雪の翌日。嵐の翌日などは、気分は少し軽くなる。テレビでは、地球温暖化の警鐘を鳴らす番組が。雪深い景色。極度に寒い温度を見ていると、にわかに信じがたい。モンゴルの草原が砂漠化しているという。人々がカシミヤを求めたので、ヤギが草原を食べつくしたという。昔から、カシミヤはある。日本の商社がカシミヤを廉価で一般の人たちに普及させた結果?カシミヤ自体の製品もカシミヤの特性を生かさない商品が増えた気がする。毛糸のつむぎ方を工業化して、特徴である長い毛を分断してしまって遊び毛が多くなった。どれにしても草原を食い尽くすほど、カシミヤを飼うほうもどうかしている。冬が早く来たので、春も又早く来たようだ。去年は2月ごろまで、木の葉が有ったが、今年は寒さで早く落ちてる。春もまた遠からじ。向井さんが宇宙に行った年?宇宙から見た地球が余り画面に写されなかった。何度か写った地球の色は、オレンジだった。不気味な色で不安感が有った。その時すでに、地球は青くなかった。温暖化を警鐘する番組でグラフィック的にオレンジがかけられていたが、実際、オレンジ色して見えるのだろうと思う。今は何色に見えるのだろう?国際宇宙ステーションに、人間が二人常駐しているらしい。私も人と余り会うことを好まないが家から出ると人間に遭遇する。この宇宙滞在者は二人っきりで宇宙に居る。喧嘩も出来ないだろう。半端な精神力ではないな。
2006年01月22日
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マイクロソフト社の迷惑メールのお問い合わせシステムがある。一括に大量にメールを送りつけるものは、殆ど迷惑メール。私のところにトラックバックしているのも、殆ど無差別にトラックバックを張っていると思う。そうして一斉の数のトラックバックを阻止することは出来ないのだろうか?楽天さん何とかしてください。いろんな考えの人が居てもいいと思いますが・・・。商業的に性産業の広告を張られるのは困ったものです。トラックバック自体を禁止にせざる終えなくなります。最近機嫌悪い。欲求不満ではない。そんな元気も無い。
2006年01月22日
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関東関東といってもひろおございます。確か、清水の次郎長の子分だった何がしが、船の上で自己紹介するときの文句だったような。子供の頃は、この口上が好きで、大人の笑いを取っていた覚えがあるが。誰だったかな?最近は、多くの楽しい学問に目を通す楽しみと、自分の理解力との差、その上、健忘の日々。少し物悲しい。学問にお金をかけても、世の役に立つ前に、人様に面倒をかけるほうが早いかも・・・・。実に学問はなり難し。外は雪だ。静けさが音を立てている。おらが村の喫茶店は、少し変だ。店の客が一言も話をしてい無いことがしばしばある。全員が読書をしている。勉強をしている、学生の隣におしゃべりに来たおばさんが、おしゃべりすることを断わってあらかじめ謝っている。「小さな声で話すからね。」って。線路をはさんで、同じ経営の180円コーヒー屋さん。無言の時間帯がある、変な喫茶店は実在する。客席には20人以上の客が本を読む様は、図書館と化している。今日は雪。だから行かないと思うが、そこで本を読むと集中力が高まって、はかどるのだ。タバコが切れたら外に行くかも。
2006年01月21日
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童貞に何の価値があるのか?性感染症の危険が少ないという一点くらいだろう。はなはだ迷惑している。なんとも、気分が悪い。子供は子供同士で性の成長を図ることを薦める。経済力も無い男性の性に何も価値が無い。少なくとも私には人間の皮を被った小動物としか思えない。童貞売りなどというアホな考えを持つ男は気持ちの悪い変質者と私には思える。心の問題だ。私には十代から30代の甥がいる。個人の性を尊重し性を超えた人間としてのお付き合いをしている。そうして子供に性的な関心で見ること無い。精神的に幼い男性は家族以外の女性に魅力のあるものではない。守るべき心の蒼を持たないやからは豚に食われるのも良いが・・・・。少なくとも私の日記にリンク、トラックバックはやめてほしい。蹴りをいれてやりたいのが本心だ。
2006年01月20日
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患者同士の交友が難しくなった。退院すると、家族を通さないと何も手渡すことが出来ない。中でのルールは、物のやり取りはいけないことになっているが、問題を起こさないだろう同士の個人的なやり取りは看護人の一存で黙認されることがある。私の仲間は全員隔離室に入れられる運命にあるらしい。今日ポストにはがきが入っていた。入院したことは、家族から聞いて知っていた。 それと病院での扱いがひどいので転院する予定だと先日お母様から聞いた。病院に送ると本人に渡されない可能性を考えて暮れに自宅の方へ手紙を出した。家族によって手渡してもらった。そのはがきの内容は、11月30日に、先生にNさん入院しましょう。といわれて、今日まで隔離室に居た。クリスマスも正月も隔離室だった。今日はがきを出す許可が出て、返事が書けた。手紙本当に有難う。おかげでたくさん楽しませてくれた。シルバーミッキーはどうしたかな?誰とも連絡取れてないよ。ということでした。家族の目から見て、一度薬に頼ると飲まないとおかしくあるのでは?という感想。薬を飲むことが病人とみなすのではなく。薬を必要なときには、摂取できる状態になるよう自分の体調の変化を感じることだと思う。昨日、仲間の男の子から電話が有った。携帯にかけるには一分40円かかる。電線の電話を持っていないので、負担が大きい。テレホンカードを差し入れしたくても、家族以外物品は送ることが出来ない。罪の無いお菓子も送ることが出来ない。個人情報保護法の病棟に張られているのを見ると・・・・。病院側の都合によることは、病院側から患者に使用目的のお断り書きが有って、従来と変わらないではないかと思った。変わったのは、患者同士が面会できなくなった位かな?病院内で仲良くなった、老人カップルが居る。男の人は退院して、外来できている。月水金が面会日で、面会日は二人肩寄せ合って、仲良くいる。勿論保護法の改正がある前からだ。「昨日、どうして面会が出来るのか?」と本人に聞いたら。どうやら、私に病気との付き合い方を教えてくれた、若いドクターが相談に乗ってくれて、二人が面会できるように取り計らってくれたらしい。そのドクターが大学に戻って居なくなっても、二人の間は守られている。田中大輔先生。彼は私が会った中で実践的解決方法を提示してくれる一番優れたドクターだ。私はこれまで13人以上のドクターと会っている。十代と30代の頃はドクターと縁を持っていない。そのほかにも、群馬の厩橋病院に居た先生も親身に見てくれた。精神科は、20代・30代の先生に実践的なドクターが居る。40代後半50代のドクターは観念的で患者にとって実践的な解決方法を持たないドクターが多い気がする。今私が信頼している先生は、私より二つ上?40代後半から50代に位置している。同じ年代で偶々私が好感を持てる外観の先生。私が使っている薬を田中先生が処方するときに、飲むのやめると効かなくなるということを、言っていた。それを聴いて、私は半信半疑ながら、心に留めていた。服薬を継続させるための、暗示かな?と内心思っていた。が暗示は有効に効いて、途中薬を中断したら、劇的な効果をあげなくなった。次に、今信頼している先生に、この薬の暗示を解いてもらって、薬が普通に効くようになった。今担当してもらっているドクターは、この病院に最初に入院したとき、最大の自由と脳のシナプスと薬物の関係をレクチャーしてくれた先生。当時先生が好意的な感情を持って接してくれて、多くの知識をくれた。心理のテストの結果を見て、感情的に私を切り離した。私もまた裏切られた気がした。それゆえ私もこのドクターに対して警戒心を持っていた。が、実際今頼れるのはこの先生しか居ない。一番私を知っているドクターだ。が理解はしていないと思う。でも、私の扱い方を良く知っている先生だ。
2006年01月19日
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2006年01月18日
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精神科というと、生きるの死ぬのという、極端な結果を見る湖とは少ない科目だ。それゆえ、どうしょうも無い医者と言うのも存在している。個人の生業として、資格をとると、募集の面接に通過すれば、職業としては成り立つ。精神科の入院時は、生活面で制約をすることによって休息を得て自いうと然回復する。精神科と言うと、脳のココロの問題だと、思われるが、実際には、身体的にも衰弱していて、退院後は、身体ともにバランスを取りながら回復を図る。社会参加の前段階として、ディケアーなぞも存在している。それは、又別の機会に書くとして。通院では、自分の必要な薬を理解して、処方してもらうと言う状態では、担当医の存在はそれほど重要ではない。しかし、急激に変化を起こして、入院時には担当の医者のさじ加減でよくなるものも良くならない場合がある。ちょうど私くらいから、それ以上前の年齢のドクターは要注意だ。新薬の勉強をしていない。理解していない先生が居る。用法用量を間違える。薬を適切に使われないと、良くならないだけではなく、非常に薬で苦しむ。今回、急に入院にしたとき、外来担当の先生に入院時はドクター中西のバトンタッチしてほしい事を言っておいたが、実際には、そうした、腕の無い勉強していない医者が、又プライドの問題で患者を放さない。担当変えをするのに一ヶ月半かかった。私側としては、彼女を納得させるために、いくつかの演技も必要とした。困った医者だ。まず相手のプライドを満足させなくてはならない。その上で、変わってもらう医者の受け入れを打診してもらう。打診してもらえばもう担当かえは成立したものと一緒。打診してもらうまで、担当医をオダテナガラその気にさせなくてはならない。そうした先生は割り切った人間的な冷たさがある。(もし、人間的な部分がホットならがんばって治すために積極的に薬の勉強位するだろう。)不都合なドクターの指示を従う看護側の人間に助けられる事が多くある。その中で、やはり生業として看護婦資格のみに頼る人間もかなり迷惑な存在だ。患者を弱いもの、遊び物を勘違いして接っする。(弱いものを助ける善意の人間と自分を錯覚する看護婦。)こうした人間は、監視役を自分を位置づけしているのか、非常に患者側には迷惑な存在だ。逆に、現場の人間で助けられる事も多い。同でも良いことの違反はお目こぼしされる。病院の治療の中で、隔離病棟と言う部屋がある。日本では、森田式の回復プログラムと他の患者へ影響力を持つ患者の隔離など、混同された使用のされかたをしているようだ。私は、この隔離の常連さんだ。病院の新築で、動物園の檻のような病室から、きれいな刑務所のような病室になった。実際問題として、動物園のような汚い病室のほうがまだしのぎ安かった。今回の入院で私は、3週間後、根をあげて泣き出してしまった。「こわいよ~!」って。看護婦さんは、その日鍵を開けておく処置をしてくれた。その処置にかんして、担当の医師は、どうしてそんな処置をしたのでしょね。今後は開けませんから。と言い放した。「この女~!」と腹で思った。情けも無いやつ。と思った。時間開放を経て、一般病棟に移る。時間開放をしてもらったとき、隔離仲間から、時計をもらった。彼は、私がこの病院とかかわった頃からの仲間、もう45年居る。いろんな病棟を経て、かれは今隔離の主だ。気に入った仲間には時計を贈っている。これを読んだ病院関係者、これからも黙認してください。退院マじかに、もう一つ彼が2年間着用した腕時計をくれた。「僕の気持ちは、シンサンしか判らないよね。」これは、リチュウム電池で後、2年つかったから3年は動くよ。って。新築の隔離病棟で、おそらく看護側が知らないことがある。ドアを開けずに品物の差し入れ口のある病棟の方がしのぎやすい。その理由はここでは書かない。だだ、彼のつけていた時計が、6時から9時まで5分ごとにアラーム鳴る設定をされていたことだけを記しておく。彼は、水中毒。それだけの理由で隔離に入れられている。水が我慢できないと懲罰的に入れられるのだ。治療に当たってそのアプローチは正しくないと私は思う。昨日「看護の人間」にバス停まで来るまで送ってもらった。私の診察日と早番が重なっていた。送ってもらったのは2度目だ。その看護人とは入院中に無言の信頼関係を築いている。その時、水中毒患者の担当医を聞くと、私が唯一この病院で信頼している先生だった。日本の精神科の治療は薬物療法が主で(保険の計算で薬物でしか治療請求が出来ない。)心理療法はお金と時間がかかるので一般的にはされない。
2006年01月18日
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関東でも、飾り物は15日か16日にお宮で焼くそうだが・・・・・。良くタバコを買う果物やの奥さんに教えてもらった。市街地で燃やしていいのかな?最近は焚き火も出来ないからな。テントが用意されていて、そこに各自が置いていってた。お祓いして、ゴミ収集車かもしれないな~。なんて勝手に想像して。やはり神事はそこまで荒いことはしないだろう。最近睡眠時間が少ない。起きているとだるい。今日の細木かずこの占いだと仮眠したほうがよさそうだ。でも、自分の星間違えているかも・・・。でも寝不足はおもいあたるからな~。今年は、姉が暮れから不調なので、私が賄いをしていた。姉は入院したが、その流れで食事は自炊している。体のことを考えると、外食は出来ない。今日は朝からひじきを煮た。一人だと余り火を使わないようにしている。電子レンジでも、煮物・焼き物くらいは出来る。レンジの使い方が上手になった。暮れに買った鳥のガラでだいぶ長くスープを使えた。私の好みはあっさりした卵雑煮。ガラは冷凍しておいて正月が終わる七草がゆの後に雑煮の出汁で使い始めた。正月を過ぎたら雑煮と言わないらしい。スープは毎日火を入れると長持ちする。ウィングや骨についた肉を水煮状態でにんにく醤油をつけて食べる。最後は、トマトとルッコラ・なぜか茗荷・三つ葉など、ハーブ系の野菜をいれてこってりしたスープになった。軟骨がぷるんぷるんになっていた。そのほかはいつも思いつきで料理してたので忘れた。ガラ一羽でだいぶ楽しめた。料理するたびに、自画自賛する。う~ん。美味しい。私って料理の天才!と。あるもので適当に作る。子供の頃からお酢が苦手だったが。今日はなぜか酢が飲みたくなった。黒酢をコップに入れて、ぐっと大匙2杯くらい飲んだ。のどがスッとした。お酢は殺菌作用がある。どうやら、タバコで喉が少し荒れているようだ。
2006年01月16日
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昨日の嵐で、町が洗われたようにきれいな筈。確か今日は鏡開き。関東と関西で、正月の飾り物をはずす日が違うという。昔の成人式の日は15日。鏡開きは、供え物の餅を割って汁粉を食べた日だと思う。私は関西の今日を選んで、はずすことにした。手放すココロ。感謝するココロ。今NHKで言って言葉だ。大島渚の奥さんの本で書いている言葉らしい。今日は、黒を着ていると、焼けるくらい暑い。日陰が寒い。さて、黒に赤に白を身につけて神社に行って来ます。さてさて、関東の神社はどうなっているのかな~。
2006年01月15日
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去年おととし。私は、恋とか愛と言う情緒を体験した。その熱病的な心象のゆれを乗り越えると物事の甘いと酸いの味わいがわかってくる。若い頃の恋愛は、必ず、結婚・子供・生活と実生活との照らし合わせが有って、苦い体験、辛い事を味わう方が多くて、純粋な好きよりも、自分に無い能力に対しての憧れで、味わったら飽きてポイみたいなところが有った。ほんとにうんざりして我慢できない状態で別れる。学生時代の恋愛は生活が親掛かり。金銭を考えない。ある意味自分の好みを知る成長の過程で有った。別れたボーイフレンド達とその後も顔を合せても、それなりに懐かしく、自分の青春の一部分を担ってくれた。異性を知る訓練のほのぼのとした思い出が多い。嫌いとかではなくて学校や進路の事情で別れられる。さわやかな付き合いだったと思う。自己のココロの折り合いの部分が多かった。付き合って2週間で別れを言われたことがある。その後、彼が結婚するまで毎年一度は何かと会っていた、ボーイフレンドがいた。その間私は病気をしていて(過去の記憶が巧く開けない状態で、人間関係で何かあると電話で相談することもあった。私はその別れの意味もわからないで、彼としても私が病気になったのは自分の責任では?と思う事もあったのだと思う。彼から、セックスつきの女中探してるんだけれど・・・・。相談され。「判った。心がけておく。そういう人がいたら連絡する。」と真に受けて。子供の頃の記憶の無い時代は抽象的な表現が理解できなかった。十年目に私の記憶も少し戻ってきて、人間らしくなってきた頃、その別れについて、何を思って居たか話し合った。彼は私と付き合うために、ガールフレンドを捨てて私に付き合いを申し込んだ。それから、2週間後に別れを言われて、私はなぜ?という疑問が有った。私と付き合うために捨てられた女性と一緒に鎌倉を散歩したことがある。同じ男性から、同じ思いをさせられたからだ。彼の誕生日ににはクッキーを焼いてその後も渡していた。彼も転職のときとか、相談しに電話をかけてきたりして、私の親が亡くなったときとか、実にタイミングよく電話がかかって十年友達で付き合っていた。私の記憶が戻って、当時の事をお互い胸にあったことを話した。私は彼の両親が亡くなって、おじさんの養子になった噂を聞いて、私が外国籍なので、就職に差し支えると思ったのかな?と私は思った。と私の感じたことを話した。彼は、国籍なんてぜんぜん考えなかった。仕事には何も問題なかったよ。そうじゃなくて、君と付き合って、君がきれいなので他にも付き合っている人が居るのじゃないかと思った。というのだ。「自分はプライドが高くて君に捨てられる事が怖くて別れたんだ。」私たちは、六本木の学生が集まる飲み屋で知り合った。姉が手伝って居た、焼肉屋に送ってもらっていた。店に入る前にくちびるの横にキスをする。送ってきました。と言った彼の唇の横に赤い口紅がついていることで、姉に笑われた。二人で桜の井の頭公園のベンチでキスをしていた。私は周囲にかなり過敏なほうで、背中に置いたバックに何者かが手を伸ばしたのに気がつき、振り返りその手の主に、「バック持っていかないでね。」と静かに話しかけた事がある。私は、いつでも、どこか醒めたところがある。子供の頃から、ストーカーや変態おじさんと戦い抜いてきたためだと思う。空気の流れ、人の匂いや気配には敏感だった。その冷静さで、彼は私が彼のココロをもてあそぶと思ったのでは・・・。お互いの心が晴れた後、彼は結婚した。学生時代は、性の欲望よりこうした自分と相手とのココロの流れを学んでいたと思う。その後の恋愛は必ず結婚を前提としたお付き合いが多くて、はかりに合わないと別れがきた。ドロドロの感情はそうして、性を含めた生活観の量り合いから起きるのだと思う。純粋に好きとか嫌いの感情だけなら。結構さわやかな思い出。心の成長の助けになる。もう、子供は生まないだろうと思うと、生活にかかわる結婚は意識しなくなる。二十歳頃に中座してしまった。純粋な恋。純正な愛の感情を体験している。男としての個性を持った人間。女性としても個性を持った人間。個性によって表す愛の方法が違うだけで。純粋に人を愛せるようになった。あなたの喜びは私の喜び。そう思えるのは、生活の利害を考えなくて済むときにお互いの中で成長する。愛は人と人の間に生まれる。相手がないとやはり難しいな。韓国ドラマを見ながら、多くの女性が恋心や純粋な愛を体験する。多くの奥さんは家庭円満。そして、彼らは家庭に割り込む心配が無い。そうした感情が、自分を豊かにすることを知っているからだ。その分家庭に明るい気分を還元できる。ユンサマ?でしたか?残念ながら私のタイプではない。私は面白いことを考える人がすきだ。今度は何を言うか予想のつかない面白い返事がわくわくと楽しい。変人は変人を好むものだ。この2年でかなり、ココロの落ち着きが得られた気がする。去年前半は村上春樹33冊以上読んだぞ。後半は病院で、みんなとかなり遊んだ。人との呼吸が身についた。無理して他人に自分を合わせないで話せるようになった。人間の心は死ぬまで成長だ。
2006年01月14日
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中学1年の後半?半年ほどバレーボール部に参加していた。試合のメンバーにいれて貰えなかった。でね、先生に抗議したの。そうしたら、「お前、それ以前に入部届け出してないから。」と言われた。カクッ!試合当日、大きな声で一声「センコウ~!」と顧問を呼んであげた。周りが一瞬凍りついた。その頃、知った新しい単語だったので使ってみたかった。その後夕暮れのコートで壁を相手にパスの練習中、ボールの作った凹みに足が嵌って両足首同時捻挫。腫れた足首での登校はきつかった。(親には、トクホンでも張っておけと渡された。学校休ませて貰えなかった。)バレー部とは縁が切れた。話は現在に戻って。 世の中、紹介で通る道と書類手続きで通る道がある。最近はネットで広域にメンバー募集をかけられる。口伝では遅すぎるのだ。あ~ん。23日にメンバ~参加予約を一番で入れたのに・・・・。誘ってくれた人の頭を超えたらいけないと思って、個人的にホームページの募集欄を開けなかった。誘ってくれた人は二人とも私にゴスペルのHPアドレスを送ってくれた。それを見て、正確な場所が判って辿り着けた。1月10日に行きますね。と言って別れてから新年の練習当日にメールで自分で予約を入れなくてはいけない事を知った。とどのつまり・・・・。歴史は繰り返された~!バレー部顧問の歴史の中西先生。今教えが身にしみました。「センコ~!」なんぞと呼んで申し訳ありません。(一度しか使ったこと無い言葉です。)去年の暮れに書いたゴスペルに見学参加してきました。指導の講師、誘導が巧い。レオさんという人でした。発声練習でゴスペルしてしまいました。発声練習をその日は念入りにしてくれたので、一日置いた今日筋肉痛がきてます。歌のおさらいも座りながら、すべてのパートを口(くち)パクで音をとっていたら、スゴ~ク、ハイな気分になっちゃった。ゴスペル最高!レオさん、英語の「ハチュ音」から指導できるからかなりの凄腕。当日見学に来た人は連絡先を書いて欠員待ちと言うことになりました。予約をした人は五人中一人しか来てなくて、他5人は誘われて参加した人。誘われて承諾した人は、ネットで申し込む発想は持たなかった結果だ。そして人伝は確実にショウ(現れる)する。今朝夜明け前に改めて、参加の意思ととても楽しかったので待機する事を文面で運営委員の方々宛てに送った。今の時代、ネットで手続きと言うのは常識になってきて、人伝だと書類が追いつかない。皆さんも信用ある人との関係でも(すべてのケースで)書類、手続きの必要不必要を確認する事を忘れないように気をつけてね。
2006年01月12日
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明日、運がよければ姉が入院する。病巣が発見され、まだオペをするドクターに連絡がついていない。運がよければというのは、ドクターが学会などで留守にしていない状態を期待している。私は姉を大嫌いな時期があった。大嫌いだと、表明してから、少しずつ歩み寄った。幼い日、小学校3年のとき。担任の先生から、全員に配る祝日のお菓子を最後まで名前を呼ばれないでいた。全員受け取って帰った後、私は呼ばれないので私は何も言わず教室を出て行った。私は今でもそのことを不思議に思う。善意に受け取って今では、先生は自分から働きかけをしない私に何かを伝えたかったのかもしれないと思う。想像域を超えない。自宅に帰って私は母にそのことを話すと。「親でも自分の子供に好き嫌いの感情は有る。まして他人ならもっとだ。」と告白された。その事で、私は母が私を一番愛している自信になった。他人の誰が何を言おうと母が私を好きでいてくれれば良いと思った。だから、他人の中傷は何もわたしの自尊心を傷つけることは無かった。しかし、長い年月のうち兄弟みんな母の心配をかけた。手をかけるとかわいくなる。最後死ぬころに、親子なんだから、好きも嫌いも無い。と言う言葉をきいた。19歳頃から、発病した私は、母にはかなりの負担をかけた。病気になった私は、豚のようになって、自分で見ても可愛くなくなった。好き嫌いの感情を超えて、死ぬまで面倒見てくれた。母は、私が長兄を生理的に嫌いなのを心配して亡くなる直前まで同じ食事の席に座らせた。私は長兄と口をきかなかった。私は姉が嫌いだと、両親が亡くなって初めて姉に告げた。彼女は私に出来るだけの愛情を注ぐがそれが恋人に向けるような愛情なので逃げた。両親が亡くなって、いやでも病気をしたときは、面倒をかけた。好きとか嫌いとか言っていられなくなった。嫌いと言えば、長兄も嫌いだ。私は長兄に対して、友達の弁護士を通して文書を送ったこともあるくらい嫌いだったが、兄が兄弟なのだから、話し合おうと弁護士を受け付けなかった。中学生の同級生もそれには驚いていた。普通弁護士が立つと何らか、対応するが、相手にしてもらえないと手も足も出ない。兄弟で話し合ってと同級生からも言われた。もちろん文書代は支払った。兄弟は一番身近な他人。すきでも嫌いでも何か有った時に助け合う最初の他人だ。今回、病巣が見つかったことは、我が家ではラッキーと捕らえる。原因がわからない頭痛で苦しめられ、不機嫌な姉に閉口していたところだ。長姉も私も、がん体験者。病巣を取ると体調がすこぶる良くなる。機嫌も良くなる。健康を自覚するそれだけで幸せなのだ。私は決して出来た人ではない。周りの兄弟が我慢強いだけだ。母は、「親子で好きも嫌いも無い」という境地になった。今わたしは、「兄弟も好きも嫌いも無い」お互い何かの時には当たり前に手伝う。明日、ドクターが病院に居ることを願う。そして、元気になって戻ってきてほしい。
2006年01月09日
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マリー様雪に埋まっていないでしょうか?自衛隊が、救援に行くことになりました。25年ぶりだそうです。腰の具合を見て無理しないようにね。除雪は自衛隊に任せて道路が通じたら食料援助お願いします。???まずは雪の兵糧攻めに負けませんよう、ご自愛ください。ませませ。
2006年01月06日
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しぶん座流星群はがせねた?アサヒ新聞の携帯配信のサイエンスコーナーから、消えていた。しっかり、一時ころから散歩に出た。広い空の空間を求めて。なんと、公園もどこも、死角が出来ないように街灯が配置されている。どこの道にも。普段の星さえ、余り見えない。昨日は、北斗七星らしきものを発見。?マークみたいに並んでいる。でも、6個しか見えない。よく見ると、7個?あるように見える。くびれの部分にかすかに星が。久しぶりに、冬の大三角形をみた。かすかに、暗いのは小学校の裏側の道。とはいえ、光源が目に入らないだけで、校庭内の遊戯道具がしっかり見える。おらの村は、星の数ほど、電気がついている。星が見えない村。光一さん。総一さん。宇宙でがんばってね。‘きぼう‘早くできると良いね。
2006年01月04日
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20世紀の終わりに、流星群のブームが有ってから、毎年流星群のニュースがある。一年に一度?と思いきやだんだん多くなる気がする。新年3日の夜、4日未明の1時から2時がピーク。50個/時明日の夜中だ。しぶん座流星群。曇っても空の上には流れているので、眠るときに一杯お願い事唱えて眠ろう。ね!
2006年01月02日
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今年は、元日の朝、初詣を済ませていた。二日の今日、午後のんびり食事をしていると、勝手口のガラスに人影が・・・。あはは。甥と姪と嫁さんが、鴨の入ったミニオセチセット。「きっちゃったら、しかたないな~・・・。」と二人にお年玉を。甥は早速私のパソコンの前に。クリスマスの晩の復活した、私のパソコン。既にスパイウエアが入り込んでいる気配。駆除してもらった。姪にブレスとペンダント、スラックス、セーターなどをもらってもらう。現在私の体重が+9キロ。これはもう無理というものをもらってもらった。少しでも荷物を減らす。兄の、HP紹介「エルのつれづれ日記」です。検索して行ってね、楽天ではありません。後でもう一度更新する予定。
2006年01月02日
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2006年01月01日
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朝まで討論会を見てから、初詣。地元の氏神さまには、初めて詣でた。そのまま、駅から、明治神宮。イベント会場、休憩所と、昔の風情が無い。正月からみんな、汚い格好してた。着物なんか着ている人は、一人しか見なかった。着物を着なくても、形だけでも神様詣でるなら少しこぎれいにしようね。と、クリスチャンの私は思う。最後に自由が丘の熊の神社。自由何年間、熊の神社が多かった。三つはしごした。生まれて初めての神社カクテルだ。明日あたり、兄家族に誘われれば鎌倉八幡さまに行くのだろうな。私は神様はひとつと思っている。神に祈る方法は、千差万別あると思っている。だから、神社仏閣に行っても、神社を拝まずその奥の神に通じると思ってどこでも手を合わせる。ひとつだけ、近寄らないところがある。稲荷神社。神社の入り口に並んでいるのが、狛犬なら入るが、狐だと入らない。触らぬ神に祟りなし。では、お休みなさい。寝れるかな?太陽が高いのに・・・。
2006年01月01日
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