泡雪の日記

泡雪の日記

2004年03月18日
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魂。


精神。
スピリッツ。
と
魂
ソウル。
この違いを明確に言える人は少ない。

私が今日わかった範囲で、物を申せば。

魂が抜けても人は生きる。
脳の機能とは別の存在。

魂消た(たまげた)。本当に消えた人は少ないが。
肝を冷やす。
この感覚は明らかに違う。

わたしは、自分に乗ったこの何かの存在を高校生の時退学を逃れる為にリストカットを教室でした時に感じた。

19歳の時一度私から、離れた経験もしている。
23歳初めて行った教会で戻ってきてくれてから魂に見捨てられていない。取り上げられた理由は知っている。
人の心を弄んだ結果の一時おとりあげ。
この4年が一番苦しかった。

その後自分なりの誠実を通している。


精神は、人々に伝播する、魂を繋ぐもの。

これは、一人の人間で言えば、魂が司令塔で、精神はそれを全身に伝えるエナルギ~の一種。
神経細胞はその、配線版みたいなものだと思う。

そして、精神は、言葉。
いわゆる芸術に込められ、意図を綴る。

口から発するものに限らない。
作品に限らない。

そして、日々の何気ない仕事の場。
それすらも、精神を体現する、芸術の場なのだ。
精神の持ち方で、魂はいかようにも体現できる。


精神の「魂の意志」は波動として大気に伝播する。
それは、お互いの魂の共鳴を呼ぶ。
波長が合わなければ届かない。
電気信号のようなものだ。

わたしは、嘗て愛した君を自分の中に受け入れる事で、自分自身を面白いように取り戻している。

これまでの、丁度、人生の半ばの出来事が、完全に自分の中で封印していた為に、子供の頃からの自分が分断されていた。

「君の存在」は、私自身が受け取った、私自身の「思いと記憶に君の魂の伝播が残っている。」
記憶の封印を解いたら、神経ブロックが取れた感じだ。

その部分が欠落していた為に、上肢と下肢が分断されたように動いていた。人生が下半身麻痺で動いていたようなものだ。

その後の人生が、自分から逃げようと思っても、下半身は離れず。
結局は自分に帰る。

この23年間、まるで無軌道に動いていたようだが、イザ自分自身を取り戻してみると、子供の頃からの性格。

お調子者。

これが、全体を通して見える。
それと、向こう見ず。


***単なる馬鹿じゃん!私って。

そう思うと笑えて来た。
特別頭が良いわけではない。
集中力が非常に強い。
脱力感も人一倍。
人の喜ぶ顔を見るのが好き。

小学校の時、母が100点コレクションを始めた。
お調子者の私は、それに応えただけ。
苦手の物は最初から駄目。
そろばん、計算。数に弱い。

応用問題は、読解力で強かった。
歴史、覚えるものは駄目。
暗記弱い。
思考力は結構強い。

成績は気にならない。
100点以外は、意味が無かったからだ。

ゲ~ム感覚で、するのが好き。
ケアレスミスを非常に怒られた。

****挫折に弱い。

中学の受験期に、腹膜炎で入院。
それを、機に区立に入って、暇になってしまう。

授業が単調で学校が退屈だった。
諸行無常の言葉の意味を考えたり、
いつも、別の事を考えていた。

人の言う事は耳を傾ける習慣で、授業は聞く。

中国語で小学校授業受けていたのと、家で日本語の算数、国語のドリルと読書を毎日こなしいた。

家では日本語の言葉遣いに厳しかったので、
さ~。ジャン。言葉は口を抓られる。

鏡に向かって、『タメ言葉』を練習する。

英語の授業で、中学2年の時「とおしばんごう」と言う日本語に詰まる。

文法に番号をその先生はつけていた様だ。

その先の言葉が聞き取れなくなる。

「通し番号」の意味だと日本語が判るまで、英語の授業はちんぷんかんぷんだった。

心の引っかかりに弱い。


****処女喪失感。

腹膜炎の管を1週、2週に分けて抜いた後日に、

イキナリ断りも無く
5・6人の男子学生に囲まれて、
直腸診をドクタ~が行った時。

わたしってゲイ?
視姦された思いを同時に味わう。


小学校6年。
生理もあったし、
身長152センチバスト既に82センチ有った。

その時悲鳴を上げて、泣き続けたのを覚えている。

虫垂炎を食べすぎと誤診するわ、腹膜炎も死ぬ寸前まで、気が付かないとか。
痛みも殆ど感じなくなってから、白血球を調べて、『腹膜炎の可能性が有ります。お母さん開腹しますか?』と医師が母に処置するかしないかを聞いた時代だ。
『可能性が有るなら開いてください。』と母。
この決断が無ければ、私はもうこの世に居なかった。
『いや~おかあさん。後十分遅かったら死んでましたよ。』
と医師も隠さずに話した。

死ぬ思いをした後で、
処女喪失感と視姦をされる。
とんでもない体験をした。

ある意味で、精神力は強い。
強くて、体の限界を超すのかもしれない。


自宅で、二日、この初期症状を外したのが、誤診の元。
腹筋が硬直して四角くなっていた。
暴れる余裕も無い。
動けなった。

その上、低学年の頃、ロ~スハムを半本勝手に食べて、病院に運ばれた前歴が2回ある。
食べすぎと誤診される、布石はあった。

入院から手術までい1週間。術後2週間。
三週間以上の断食。
成長期にはかなりきつい。

***こうした、死にそうな体験から、私は他者に自分を伝える能力がかなり欠けて居ると感じた。

友達の子供も、未熟児の酸素不足の結果脳障害を抱えた。
訴える事はしなかった。医者も自分から、何が有ったか話していた。
損害の訴訟で、心を荒らすより、障害を抱えた子供を慈しむ道を選んだ。

医療はそうして、進歩する。

しかし、そこの大学の医者で精神科医はある意味優れていると思う。
大学病院で一人。
この先生は年配で大学病院の実情を知っていて、私の特殊なケ~スを実験的な私立病院を紹介してくれた。
ここで、ワ~カ~ホリックの投薬で無しの治療を経験した。
色んな患者をココで見て、「精神科が神の領域」と言った君の意味がわかった。
患者と思えない普通の人々に出会った。

保険外の自費が大きく、この医療は、親が死んだらかかれないと思った。
私だけ、分析も投薬も無く。
皆に(本ま者)と呼ばれていた。本当のキチガイという意味。
そういうジョウクを患者同士でいえる環境だった。

それから、限界を超えない働き方に気をつけた。

今の病院の派遣された。
今は大学に戻っている。
短い期間私が迷いに居た時だけ赴任していて。

今は担当ではない。
こうした偶然に私は神の存在を感じずには居られない。

若い先生だが、私が唯一適切なカウンセリングをうけた。
超常現象で悩む私に唯一的確なアドバイスをくれた。
『どんなに異常な事でも、本人の脳にはそのような情報が流れていて、間違いとは言い切れない。どんな不思議に出会っても動じない自分になれ。』
霊とか人に見えないものが見えるわけではない。
物理的に有り得ない体験の怖さは。
受け止められるようになった。
自分を疑う弱さから、開放された。

病名なんてなんだっていい。
問題は個人が抱えている問題の対処法。
二人優れた医者に出会っている。
この二人に人生救われたようなものだ。

得意の分野が大学によって違うようだ。
時代によって変わる。
私ほど、色んな病気体験者は少ないかもしれない。

昔から、医療のミスは存在していた。
でも、私達は、それを事故と捉えて時代だ。

人間はミスをする。
その大前提で、患者も命を委ねる覚悟が出来ていて、医療万能とは、捕らえてなかった。

いま、再生医療という分野が有るらしい。
ニュ~ズで、聞いていた人間誕生をどこから人間として捕らえるか、クロ~ンとは別の分野での倫理観の検討。
その問題が、現場でどのような場面での必要で、論議をを抱えているか知ると。

医療は目覚しい確実な進歩をしている。

手術の縫合の時間とか、
個人の技術では量れない領域に来ている。
縫合が上手だと、傷は確かに直りが綺麗だが・・・・。

その影には多くの医学者の貢献がある。
責任が大きい割りに、サラリ~マンより、薄給で貢献している人達に支えられている。

確かに、「不徳な医者」も存在する。
それは、ほんの一部。

ドクハラ。
そんな事も一部なのだ。
見えない人々の努力の数を思うと、ニュ~ズを聞く度心が痛む。

「白い虚塔。」最終回。

田宮二郎の時代に見ているので、今回は1つも見ていない。
その時代、迫真過ぎて、役者が自殺した。
教授になりたい願望の人の見方によっては、今でもそう見えるのかもしれない。
あのテ~マは少し時代遅れなきがする。

部長の経験からする誤診を、その場で正さず、正しい診断で医療を進める若手の先生に、2度救われた経験をしている。

多発性胃潰瘍で胃に穴が9つあいた。

名誉挽回で、子供の頃大変な目に会った、同じ病院。
内視鏡担当の先生が補佐して二人の医師で、
初見した若竹(藪のもじり)と呼ばれる若い医師が正しい診断。

それと、癌センタ~で。
部長の指示とは明らかに違う。
最小限の部分切除とレ~ザ~で除かれた癌細胞。
老練の医師なら違う結果に成っていた。

人の命は、個人の立場のプライドよりも、人の命を守るプライドが重いと医療従事者の殆どの自覚信じている。

国から研究の予算をとったりするのは、企画力、政治力の有る人が上のポジションに居るかもしれない。
あくまでも役割だ。
今の時代。医療は、総合力で動いている。
名が無くとも、科学者として、責任を果たしている人の数に頭が下がる。

個人の名誉欲だけで、成れる様なあのドラマの時代はもう終わっているのではないかと今の医療の進歩を見て思う。

その名誉でさえ、嬉しいのは与えられた時だけ、時間が経てば責任者の重荷だけ。

立派な機械だけが動いて、心を失っているとかドラマでは、
自傷的な言葉を聴くけれど・・・・。
町医者と大病院の役割が違う。
使い分けるのは、患者の役目なのだ。
看護婦さんも含めて。医療に立ち会う人たち。
生命の「死と生」を最終的には運命と見つめ続ける、ストレスの強い職場で耐えられる人間は、私にとって、やはり神と働く存在だ。

老人病院に看護助手として働いた経験から。
短い間に食事介護の呼吸のタイミングを計るミスで誤飲2人。
ベッドからの転倒1人。防げるはずが3人ほどあたしは、死の切っ掛けを作った気がする。重症病棟に移ったが、即死は居ない。この3人の死を見届けた。

私は、若い頃医療向けで無い自分を発見したのは正しかったと納得した。
動物実験は大丈夫なのだが。
人骨の頭蓋骨に対面した時涙があふれて、触れなかった。

自分は逃げたのでは?
と心にどこか自責が有ったが確信した。やはり私の感覚は正しかった。
勉学の成績では測れない適正がある。

人からは偶々としかみえないが、確かに自分のミスを感じた瞬間が3回ある。

命には関わらない部位でも、
***人間の人生に関わる大きさを受け止めるには人間の器が居る。
少しずれるが、それは、子供に関わる教育と言う現場にも同じ事を感じた。

気を抜いた一瞬にミスが起きる。

ミスをする人間が、ミスを出来ない現場。

何人もの死に立ち会うこと自体が、並の神経では持たない。

才能は、誰にも与えられるものではない。
知識の引き出し。
天からの啓示を受け取る道具に過ぎない。
その意味で個人の物でもない。
魂のチャンネルを神に合わせるかサタンにあわせるか。
与えられた本人の選択だが、
この二つの見分け方が難しい。
善と思う事が罪だったり。悪と思う事が善だったり。
感情の好みで判断出来ない、倫理の世界。
その意味で医学会などの集団は神の道からそれない為の人間の知恵だ。

才能は個人のもので無い。
与えられた人間が。
それを働かせ生かすが神の望むところなのだと、心から思う。







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最終更新日  2004年03月19日 02時51分59秒
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