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千菊丸2151さんコメント新着

三年前、すでにこの街の長老として君臨しつつあった自分にけんかを仕掛けてきた銀二に、今よりまだほんの少しだけ若かったミケは烈火のごとく腹を立て、この、身の程知らずの無礼猫をぐうの音も出ないほど痛めつけて懲らしめて、それでも腹の虫がおさまらずに、イチョウの木の上まで追い上げて、逃げ場のない梢の上でさんざんいたぶって死ぬほど怖い思いをさせ、それでもまだ足りずしまいにはとうとう、その目もくらむようなてっぺんから、地面に向かってまっさかさまに突き落としてやった、あの壮絶な戦いをやっと思い出したか、銀二の大きく逆立った背中の毛が、しぼんだ風船みたいにみるみる小さくなり、その顔からすーっと血の気が引いていった。
「・・・ あっ! これは、あのときのおっかないばあさん、もとへ、きれいな姐さん、・・・ ええと、その、あの、大変ご無沙汰しておりましたがまだ生きて、いや、あのその、お元気そうで何より。それでは、オイラはほかにも用がありますればこれにてごめん!」
おびえた子ねずみのように、しどろもどろの挨拶を述べながら、銀二がそそくさと逃げていってしまうと、ミケは急いでたまこの体を調べ始めた。
声をかけても軽くゆすっても、反応はまったくないが、呼吸は規則的で傷らしい傷もない。 たとえば骨折したとかひどい傷を負ったなら、意識を失うより先にもっと痛がるはずだから、これはやっぱりトラオの場合と同じように、心に受けた傷のせいで深い眠りに落ちてしまったのだろう。 考えてみれば、ある日突然猫になってしまったり、慣れない食べ物を口にしたり、銀二のような性悪猫との衝突を避けながら、ゆっくり体を休める場所もなく、おまけにこの寒空に、徹夜明けの疲れた体で走り回り、このところお嬢さまの心にはただならぬ負担がかかりすぎていたのだ。 おかわいそうに、屋根から落ちてどこか打った拍子に、たまりにたまった今までの疲れが一気に出てしまったのに違いない。
一目散に逃げていく銀二の後姿を小気味よさそうに見送ってから、子猫がミケに熱い尊敬のまなざしを向けた。
「へえ! 昔あのならず者の銀二をこっぴどく痛めつけて、これ以上悪さができないように足をへし折ってやったすごく強い猫がいた、っていう話はぼくも聞いたことがありましたけど、それって、伝説じゃなくて実話だったんですね! じゃあ、その強い猫って、おばあさま、あなただったんですか! すごいな!」
それから子猫はたまこを見下ろし、また、しょんぼりと肩を落とした。
「おばあさま、聞いてくださいよ。 ぼく、このお姉さんが、ナナときちんと話がしたい、それから新聞屋に忍び込んでどうしてもやらなければならないことがある、と言うのでここまで案内してきたんです。 でも、ナナは一向に姿を見せる気配がないし、新聞屋に忍び込むにはちょっと時間が早すぎる。 それで、ここの屋根から様子を探ることにしたんです。 そうしたら、ナナのやつめ、それをどこかで見ていて、子分をつれて、ぼくたちの後からこっそり屋根に上ってきたんです。 なんて卑怯なやつだろう! それでもお姉さんは、ナナと穏やかに話をしようとしたのに、ナナは、ろくに話も聞こうとせず野良猫軍団を使ってお姉さんを脅しつけたんだ。 きっとお姉さんはとてもショックを受けたと思います。 そのショックも、うまく宙返りできなかった原因のひとつかもしれません」