難病夫婦 元気への道!

難病夫婦 元気への道!

2007.01.12
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カテゴリ: 病気
あれから、大変な苦しみと痛みを絶え…
やっと本日、長い入院生活が終わりました!

とは言っても、通院治療へと変わったので、病院へはチョコチョコ行くようですが。

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前回の日記の続き
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抗生物質も全く効果なく、解熱剤を使っても直ぐ熱が上がり…と、とにかく40℃以上の高熱が10日間 絶え間なく続きました。

原因不明と言われ、私を訪れる先生の数がドンドン増え、先生の対応も焦って見える。
しかも…

吐気・寒気・などの苦しみが1週間続くと、
「死ぬ」「頭が狂う」という恐怖が襲って すごく怖かった・・・。

あまりに苦しい時は、「助からないなら早く死にたい」と思ってしまった。

そんな私の姿を見ていた旦那は、もっと怖かったようです。

後から職場の人に聞いた話ですが、
旦那は、私を見舞いに来た後、夜勤へと出勤した際、同僚に
「由美、ヤバイかもしれない…」と言って、体をガタガタ震わせて 涙をこらえていたそうです。

高熱がとうとう41度を超えた日、突然 ヒドイ耳鳴りと共に、体全部、強烈な痛みに襲われた。
その後、解熱剤を使って38度後半代まで熱を下げた時…私の左目が真っ赤。

しかも、しゃべろうとしたら、口の中も喉も強烈に痛くて しゃべれない。
口の中一面に口内炎が出来ていたのだ。



翌日、陰部が痛み出し、しかも…その一部がトイレで紙を使ったくらいで出欠してしまい、出欠は少量ながらも出続けた。

お尻にも傷が出来てしまった様で、座っても寝てても痛い。

そしてヒドイ痔になった。

後で考えるとトンチンカンな話だが、
私はこの時…勝手に、

と、怒りも入った思い込みをしてしまった。

口の中や陰部などは「とうとう熱で粘膜がやられた」と思い、
お尻や顔の周りに出来た潰瘍は「お風呂に入れないから」と思っていた。

先生は私の想いとは裏腹に、明るい表情になっていた。
「原因不明」が「病名が分かるかも」に変わったからだった。

先生は、陰部の潰瘍の報告を受けた時点で、疑っていた病気の確信に近づいたようで、
「もしかしたらベーチェット病かもしれない。この病気を専門としている科がある病院へ転院した方が早く良くなるかもしれない!」
といって、先生の知り合いを通して「防衛医科大学」と翌朝、早々に転院することになった。

転院してからは、良くなっていくスピードがメチャクチャ速かった!

解熱剤が効いている時間帯が徐々に長くなって、熱も徐々に下がっていった。

口の中の痛みも、鎮痛剤の入った特別なうがい薬をもらい使い始めたら、日に日に痛みが減っていき、とうとう普通に声が出るようになった。

結局、担当医が疑っていた病気と判明。
病名は「ベーチェット病」。

約10年前に「膠原病疑い」といわれたのは違っていて、実は「ベーチェット病」だった。

私はとにかく今の苦しみから逃れられればよかったので、病名などは気にならなかったのだが、それを効いた家族や友人は「大変な病気だ!」と大騒ぎになっていたそうです。

とくに旦那の親は、15年も前の医学書を見たらしく「治療方法が全く無い」という文字を見て一晩寝られない日を送ったそうです。

驚いたのは、私の病名をネットで調べ、詳しくなっていた親族や友人がやたらに居た~ということ。

でも、それって何か嫌です。

しかも、「まだそんなこと聞きたくなかったのに…」ということや、「間違った情報」までも私の耳に届くんです。

大変な時代です。

先生方は、病人には、病気について、症状を見ながら、気を使いながら、徐々に色々教えてくれているのに、見舞いに来た患者が余計な情報を私に教えてしまう。

今の先生方って大変だ!

とにかく…高熱と、強度の痛みから解放されて良かった!

まだ、ぜんぜん完治はしてないけど、ドンドン良くなってきているそうなので、先は明るい!

「原因不明」と言われていたときは、お先真っ暗だったからね。





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Last updated  2007.01.13 02:14:33
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