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婦人科であまり良い結果が出なかった事を膠原病内科の担当医に報告したんですが、婦人科の先生が話してくれたことは考え過ぎだよ!というようなお返事で、不妊治療をしても大丈夫だというのです。私の気持ちを無視するかのように、薬を出来るだけ減らすために…小作り前提の話をしてくる。一度、考える必要がありますねっていう言葉が出てくると思っていました。こんな私に、女性としてのプレッシャーを与えてくる担当医。「でも、この数値が出てるってことは、こういうことですよね?」ってわたしが聞いても、他の数値をみると大丈夫だから~というのです。でも…、ここのところ、体調も良くないの知ってますよね?喉の痛みがずっと続いて、咳が止まらなくて、声が出なくなってしまいます。異常な倦怠感が出たり、体中、アチコチ痛みが出たり。この症状を訴えても、「ベーチェットとは直接関わりがない症状は診れなから」と。地元の内科に行けとか、喘息の見れる地元呼吸器科に行けとか、地元の耳鼻科に行けとか、言うからどこに行けばいいのか分からなくなって治療が受けられない現状。血液検査の結果だけ見て、100%を判断する担当医の言葉は私にとって信用度が低くって。こんな、体力的にも子育てに自信がなくなってしまっている中、担当医の対応。あたしが根性がないって言いたいの?もしかして自分の担当患者で、ベーチェット病でも子供が産めたという実績をつくりたいの?大丈夫、大丈夫、って他人事のように言う担当医に不信感が倍増。先生と接するたび、気力がどんどんなくなってしまっている事にこんな環境で不妊治療なんてできないよ!もぉー迷わない!絶対に 不妊治療はしない!自然にできたらラッキー!ってことにしよう!決めました。 前の担当医は、「万が一私が体調が悪くなった時に助けてくれる家族がいるか?」 とか心配してくれたし、「少しでも体調が悪くなったら一時中止しよう」 と 今の担当医とは逆に 妊娠には慎重で「精神的にも大変だけど、がんばれるか?」 と心のこもった言葉をくれる人でした。旦那と不妊治療をしないと決めたことを担当医に報告。???何か違和感のある残念顔をした担当医。ま、いいや。今は、咳やのどの違和感を直したい。年に何回も声がでなくなる苦しみから解放されたい。ネットであれこれ調べました。「上咽頭炎」なにこれ?私の今の症状にピッタリじゃない!え!治療をしてくれる病院がすごく少ないって?ベーチェット病の方で 上咽頭炎になっている方が多いって!?あ、因果関係は立証されてないのか…。それじゃ大学病院じゃみてもらえないな。あ”!!!職場の隣町に専門医があるじゃん!ってことで。上咽頭炎を見てもらえる耳鼻咽喉科に科かってみることにしました。今は、自分の体を 大事にすることに 力を注ごうと思います。
2014.05.22
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婦人科の検査結果が出ました。とはいっても、再検査になったので、また2週間後に結果を聞きにいきますが。とりあえず出た結果は最悪でした。抗核抗体の数値が2500以上をたたき出してました。通常は40以下なので、どれだけ異常か。先生がびっくりしてました。不妊治療とかいう場合じゃないらしいです。子作り中止です。子宮がん検査も、ちょっと不安な結果が出て再検査。こちらは、あまり心配ないと言ってましたが、すでに何度目かということになると今後要注意だそうです。再来週、膠原病内科の先生とどういう話になるのか不安。それよりも。何のために、店を構えたのか。何のために、こんなに苦労をしてきたのか。子供が出来るかも!という期待感が支えていたので、何だかぷっつりした感じ。そんなせいか、急に具合が悪くなった。でもこれは多分 気圧の問題なんだと思う。とりあえず、次回の受診次第で、今後の生活がかわるのだろう。
2013.06.14
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あれから。体調は良くないけど、検査結果が良い日はつづき。思い切って子供は作れないか?と担当医に相談して、様子見ながらチャレンジすることに。薬を徐々に減らして、薬のない生活に耐えております。実は、それもあって居酒屋経営に踏み切ったわけ。すでに高齢出産になるし、一回りも年上の旦那が定年なんてある職業についていたら子供を育てられないから。そんなこともあって何とか踏ん張ってきたのですが。子供が出来ません。2年たったので、相談しにいきました。たまたま、不妊治療の最前線で活動している名医に見てもらえました。そうしたら。私の病気(免疫疾患)で、精子を攻撃する体質があるかもしれないと。検査結果が悪ければ、その時点で子作り計画は終了。検査結果がよければすでに人工授精にチャレンジする猶予がないから、不妊治療するのであれば、体外受精になるとか。やっても3回が限界かなってことに。持病あるしね。でも、私の年齢では すでに不妊治療もあまり期待できないとのこと。やっと子供が作れる!と思った時点で、既に妊娠さえ厳しい状況だったなんて。落ち込みました。でもこれで先が見えてきました。今年いっぱいで、子作りに関しては 問題が片付くかもと思うと逆にスッキリ。まずは 来月の結果次第だね。
2013.05.15
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私にはやりたいことが山ほどあります。だけど、今の状況では自分の事が全く出来ません。睡眠を削れば、少しは自分の時間が持てることは分かっています。だけど、今の私には睡眠を削ることは生活費を削ることに直結します。体調がすぐに悪くなるのです。病気をするということは、行動できる時間にも制限が掛かるということなんですよね。せめてあと1時間、睡眠時間が削れればなぁ…と最近強く思うようになりました。
2011.10.24
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本当ならリハビリに通ったほうが良いのでは?と思うぐらい足腰が良くない状態です。だけど、通う暇なんてありません(笑)だけど、だけど、ここ数日に気が付いた、急激な筋力低下により、体重の増加が著しく、体重計に乗るのが恐怖です。少し腹筋などしてみるのですが、数日後には筋肉痛ではなく、腹痛や全身の脱力感に悩まされ、筋トレをするまえより筋肉が落ちてしまい、悪循環。わたし、運動したり、筋トレしたりするの、結構~好きな人でした。若い頃は、筋肉ムキムキで温泉の更衣室で、周りから注目を浴びるぐらいでした。姿勢がスゴク良いと良くほめられ、女性ばかりいる場所で立ち方の見本として前に出されるぐらいでした。それがどうでしょう。コノ間、父に「お婆さんみたいだな」といわれる始末。贅沢は言いません。今より少しだけ筋力をつける方法…教えてもらいたいものです。
2011.10.10
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足腰が急激に弱ってきてしまった。何でもない所でよく転ぶ。踏ん張れない。おかげさまで自転車で転んでしまった。左の肘はヒビが入っていそうだ。病院に行きたくても暇がない。あ~困ったー
2011.10.09
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起床後すぐに、何だかヘンな感じがした。それから時間が経つにつれ眠気が増す。寝不足ではないハズなのに。職場に行って、ある程度まで仕事をした後、車で横にならせてもらった。なのに眠れない。だけど、体が沈み込むように重い。中々起き上がれない。仕事に戻って、何とか終わりまで無事にやれて。そこから更に強い眠気が。帰宅後、横になっても眠れない。眠気と戦い続けてこの時間。眠れますように。
2011.10.07
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検査結果が担当医の想像以上に良かったので、予定よりも1週間も早く退院しました。だけど、1ヶ月前から続いている喉の痛みと酷い咳が止まりませんでした。すぐに倒れる原因も低血圧以外見つかりませんでした。実際に酷い倒れ方をした時で無いと分からないそぅです。何となく納得いかずに思っていましたが、今まで今後慎重に見守る必要があった症状が急に消えてしまいましたお医者様もビックリと言う事で…忙しい毎日が早くも再開してしまいました。入院中は絵を沢山描こうと荷物を持っていってたのですが、ほとんど描けませんでした旦那様のお仕事の手伝い…頑張ります
2011.05.21
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月曜日から検査入院する事になりました。定期検査では、特に目立った症状も無く普通に生活出来ていますが、急に視力が落ちたり、視力が毎日不安定になったり、立ちくらみや失神する回数が増えたので、念のために精密検査をする事に。ゆっくり準備をする時間がないので、昨日から少しずつ準備を始めてます。
2011.05.07
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現在…一年前には全く想像もしていなかった状況になってます。居酒屋でママやってます難病かかえてやる仕事じゃないですよね。しっかりと新しい夢に向かって歩いていたハズなのに。掛け離れた世界にいるのです。おかげで何度も体調崩して危ない目にあいながら、目茶苦茶体力が付きました。まるで荒行。ストレスも増幅中!だけど、ストレスに対しても少しずつ免疫がついて来たみたい。こちらも荒行ですが。今日もクタクタ。あ…私って、のんびり暮らせない運命なのかなぁ仕方ないので…明日もがんばります。
2011.05.01
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一番輝いていた頃かぁ。私の場合、友人は全く知らない別の顔をもっていた頃…23~26歳かな。医療関係の学校に入りたくて、昼も夜も働いて。毎日バテバテだったけど充実感もすごくあったし、何より…一番モテ期でもあったから。ものすごーく必死になって頑張っていたから、「コノ子を助けてあげたい」って思ってくれたやさしい人が自然と増えていたのでしょうね。アチコチの社長さんからお付合いを求められて、あげく…求婚されて。なのに、当時彼氏に選んだ相手はサラリーマン。優しい人だと思ってたのに、後から最悪な本性が出てきて、私はドン底。いろいろあって、夢がたたれました。長い付き合いだった友人達とも離れなきゃいけなくなってだけど、その後 本当に優しい人と結婚出来て一段落。今は平凡な主婦です♪すごく私らしい♪生死の間際を体験後、新しい夢をみつかけて、やっとスタートラインに立てたばかりの 今の私。数年後「今の私が一番輝いているわ!」って思えるようにがんばります!最大5000PTが当たる【フラワーガーデン フェア】に行く▼
2010.06.17
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子作り計画のため、一時的に免疫抑制剤やコルヒチンなどの投与を止めていました。体調が悪化した時点で計画中止!という条件の上で、医師と相談しあいながらやっと上記2点の薬が止められたばかり。コルヒチンの効果が完全になくなるのに半年かかるそうなので、このまま状態がかわらなければ、数ヵ月後から子作りのチャレンジが出来る!~というところまで来ていました。なのに今月…突然 検査結果が急激に悪くなってしまったので、Drから薬の復活を進められました。・・・悩みました。薬を復活したら、また1年後まで 子作りが出来ません。そうなると…年齢的にも、もう二度と子作りが出来なくなるかもしれません。悩んだ上で出した結論。「あと1ヶ月様子を見させてください!」「来月の検査結果も悪かったら あきらめます」とDrにお願いしました。Drからは、「少しでも病状が悪くなったら即来院すること!」を条件に了承もらいました。・・・来月。とにかく無理が掛からない程度に行動を抑えよう。ストレスにならない程度に、ブログでグチっちゃおう。何とか来月、薬を再開しないで済みます様に・・・
2010.06.16
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やっと卒業したというのに、やることが沢山ありすぎて落ち着きません。やることがいっぱいアリ過ぎて、全部が思うようにはかどりません。なので、余計あせる。あせって、テンションがダウン。悪循環。時間がぜんぜん足りないよーーーと思っているとこrに婦人科・眼科・膠原病内科・歯科…あちこちの科へ通院しなやきゃ行けなくなって。しかも、私だけじゃなく、旦那様も。内科・皮膚科・整形外科・歯科。通院だけで何日時間がつぶれるのだ???病人ってほんと忙しいね。
2010.05.30
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1年半通ったWebスクールですが、昨日で卒業しました!体調を崩して通えなかった期間を除くと1年。今年に入るまで、「まだ都内まで電車で通える体調ではなかったなぁ…」と高額な費用を出して入学したことを後悔する日もありました。でも卒業してみれば、無理して通ったおかげで大分体力もついたし、難病を持つ体になってしまったことで暗い未来しか見えなかった自分が、今は今後やりたいこと、やらなきゃいけないことがたくさん出来て、将来が楽しみで仕方が無い自分がいます。本当に大変だったけど、入学して、よかったなぁと思います。卒業したとはいえ、私の場合は、アルバイトも就職も無理なので、当面はフリーで活動できる基盤つくる作業が続きます。事業といえる環境が出来るまで、もうしばらくかかりそうです。今後は期限などないので、無理しない程度にのんびりやっていこうと思います。卒業したことで、肩の荷がひとつ下りました。
2010.04.16
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体重計に乗るのが怖くなってきた今日この頃。すぐに体調を崩すので運動も続けて出来ない。。。ということで、腸の調子が少しよくなってきたとたん、体重の増加が加速中。この体系じゃ水着姿も恥ずかしい…。痩せて…昔のように「顔はともかく、スタイルは良いよね♪」と笑ってからかわれるぐらいになりたいなぁ。
2010.04.16
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無茶な状態で入学したWebスクールですが、何とまぁ…あと1ヶ月で卒業です。なのに、卒業までに仕上げなくてはいけない作業が全く進んでいません。急なお仕事が入ってしまったので、一緒に…となると、頭が混乱してどっちつかずになりがち。何とかせねば!そんな中、結婚9年の記念日。半年以上前から計画を立てていた小旅行に行ってきました。途中体調を崩したりして、思いっきり遊ぶ…というわけには行きませんでしたが、長時間外出が出来る様になった事だけで凄い成長だと思います。それなりに楽しかったし♪雨の日のディズニーランドも中々楽しいものでした。
2010.03.07
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とうとう2月に入ってしまいました。かなり無理して通い始めたWebスクールも、もうすぐ卒業です。卒業とはいっても、用は先生に教えてもらえる期限が切れるってことなので、学べる事は学ばなくては!ってことで大変焦っております。本来なら、卒業後は アルバイトなどをしながら、実践を積んで 腕を上げて、それからフリーになるものらしいのですが、私の場合は、この身体ではアルバイトなんて、絶対無理です。卒業後、フリーで活動出来る様に、出来るだけのことは教えてもらってこなくてはいけないということで、自分なりに色々と考え 卒業までに学ぶべき事を自分で探しながら、作業を進めている最中です。卒業したら、大抵の事が出来る様になれるんだと思っていた私は本当に甘かったです。もっと自分にあった学校や教材を選ぶべきだったと反省しています。だけど、あのときに思い切って行動したことで、今の私があるので、悪かったことばかりではありません。卒業後、協力体制をとっていただける事になった生徒さんとも知り合いになれましたし。無理に外出していたおかげで、体力もついたし、気力もつきました。精神的に不安定になる日も、少しずつ減って居る気がします。最近は、薬の量も少し減って、以前より体調を崩す日が減り、その代わり、体重が急激に増えて、人生初めて「ダイエット」というものを本気で考えている状況です。これから、もっと、もっと気合を入れて頑張るぞ!って思ったところだったのですが、昨日から急に首の痛みが酷くなって、ムチウチ状態このまま悪化しないで納まってくれる事を祈っています☆がんばれ!わたし
2010.02.03
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私は子供の頃から 父親と折が合わず、私が絵や書道で賞をとっても、スポーツで良い成績を残しても、勉強を頑張っても、ほめられたことがありません。それだけなら言いのですが、「お前がやれるんじゃ、大したこと無いな~」とか、「お前なんて才能があるわけじゃないんだから、何をやったって無駄だ!」とか、それ以上の悪口を、涙がこぼれても、気分が悪くなっても、言われ続けました。だから、良いことも怖くて報告できず、本当に辛い子供時代でした。私は本を読んだり、絵を描くことが好きでした。お小遣いをもらっていないのに、本も筆記用具も買ってもらえませんでした。年に一度、ほんの少しだけもらうお年玉で、私は毎年、何とかやりくりしていました。学校の図書館にも行きましたが、親が無理やりスポーツばかりやらせるので、疲れて本を読むことが殆ど出来ませんでした。「勉強するために参考書を買いたい」とお願いすると、「女が勉強して何になる」と言われました。親戚の子が絵を習い出したことに対しては「立派だ」とめちゃくちゃ誉めるくせに、「私も絵がもっと上手になりたいから、絵を習いたい」というと、「お前の為に無駄金を出す気はしない」と。親に勝手に入れさせられたスポーツも、素直に頑張っていると、調子が上がった頃に勝手にやめさせられたり。視力が悪くなり、めがねが必要と言われたら、めちゃくちゃ怒られ、眼科にも行かせてもらえず、めがねを買ってもらえないどころか、夜に明かりをつけて勉強することも禁じられた時期がありました。結局、親にはめがねを買ってもらえませんでした。こんな両親ですが、妹に大しては間逆な態度でした。お小遣いも妹にはあげていたようです。習い事も好きなようにやらせ、わがままもスンナリ通ってしまう。たまーに何か少し成績が良いものがでると、めちゃくちゃ誉められる妹。はじめは、喘息のひどい妹に対し、親がかわいそうと思ってしている事と思って我慢していました。だけど私も、異常なほど低血圧で、そのせいか、よく気を失って倒れる子でした。だけど私が倒れると、そのたびに、怒鳴られるので、「これは何か間違ってる!」と思うようになりました。さすがに小学校・高学年頃から、自分に対する態度は異常なものだと気づき、何度も自殺をしようと思っていた時期がありました。だけど、楽しく過ごせる友人がいたおかげで、実行するまでにはいたりませんでしたが、「このままだと自分はダメになる!」と本気で思うようになり、反抗期へ突入。それから20年間…殆ど口を聞かなくなりました。私は、本も勉強も大好きなのに、大人になるまでに呼んだ冊数は、ほんのわずかです。おかげで、理解力や記憶力が 全然ありません。何度も読まないと理解できなかったり、楽しく読んだことも、すぐに忘れてしまいます。辛かった事を徐々に忘れていくことでしか、親と一緒に暮らせなかいぐらい辛かったから、子供の頃の記憶が殆どありません。日記や詩や写真に残っていることで、子供時代の嫌な時期を覚えている…といった感じです。記憶が無くなる事が多いことに不安を覚えた時期、精神科に診察を受けに行ったこともありました。先生には、親のことは一切言わなかったけど、「もしかした、子供時代に何かありました?」と何度も聞かれましたっけ。もしかしたら…、ただ単に、よく倒れて頭を何度も強く打ち付けていたからかもしれません。もしかしたら、今の病気の影響が既に子供時代から出ていたのかもしれません。だったら親のせいにするのはお門違いだと思うのですが、どうしても親のせいだと思ってしまうのが、これまた自己嫌悪に…。嫌なことだけが100%消えてしまうならいいのだけど、心のどこかに眠っているような感覚はつねにあり、突発的に「たすけて!」「ごめんなさい!」など、勝手に声が出てきてしまうことが毎日何度もあります。良いことも、楽しかったことも、簡単に忘れてしまうので、それもとっても寂しいです。私は良いことをしても、悪いことをしても怒られるので、言葉がうまく表現できない人間になってしまいました。以前、親友に何度も注意を受け、直そうと努力は続けていますが、あまり成長はせず、いまだに悩みの種です。私は音楽に走りました。抽象的な言葉に音楽をのせると、何となく相手に伝わるから…。独りで音楽に触れている間は、本当に気持ちが楽でした。だけどそれも、高校生まで。家を出てからは、学も資格もない女が独りで生活することで必死でしたから音楽を続けるのは厳しかったです。いつも親の顔色を伺って育ってきたせいか、人との付き合い方も上手ではありません。人が大好きなのに、寂しがり屋なのに、人と接する事がどこかに恐怖として感じてしまうみたいなんです。みんなと楽しくおしゃべりした後、自宅に変えると、頭が混乱してすごく苦しく、辛くなります。頭痛、吐き気がすることもあります。楽しかったハズなのに…。飲み会なんて最悪です!すごく楽しい思いをしても、帰宅後は自己嫌悪に陥ります。それでも飲み会は大好き!だけど、最近は、苦しくなる度合いがひどくて、恐怖心の方が強くなってきている気がします。メンタルトレーニングや、コーチング、啓発セミナー、色々な事に積極に参加し、自分に暗示をかけようと催眠を覚える学校も受けようとしました。何とか自分を変えようと 独りで必死に頑張ってきました。家を出てからずーっと、ずーっと。おかげで、少しは強くなれた気がしていたのですが…。難病を発症してから、また精神的に ものすごく弱くなってしまった自分に苦しんでいます。記憶力の低下も著しく、自分でもこのままではヤバイんじゃないか?と思うことが最近とても増えてきました。せめて、私の基礎能力がもっと高かったら…少しぐらい病気のせいで能力が落ちたって、今より苦労せずにすんだのに。今更 親を憎む気持ちも無くなってしまいましたが、心のどこかでモクモクしています。もっと本を沢山読みたかった。もっと沢山勉強をしたかった。音楽も絵も、真剣に学びたかった。自分に自身がもてる気持ちを育てて欲しかった。人と楽しく会話の出来る豊かさ育てて欲しかった。もっと感情豊かな心を持ちたかった。これからだって私は、自分を変えるために努力をし続けるつもりでいるけど、独りになると心の叫び声が、勝手に声になって、もれてきてしまいます。自分でも この精神的弱さは、おかしいと思います。私は、子供の頃に受けた傷をいつまで引きずらなきゃいけないのでしょう???もぅ親を憎んでもいないし、仲良くやっていきたいと思っています。なのに何故、毎日心が苦しいのでしょう?病気のせいなのかな?私が親になれる確率は、病気があるので 殆どないのですが、もし、私が親になれたら…たくさん本を読んであげたい。たくさん絵を描かせてあげたい。たくさん音楽を聞かせてあげたい。子供が頑張ってやっていることは、精一杯応援してあげたい。やれば出来るんだってことを教えてあげたい。子供の基礎能力を出来るだけ上げてあげたい!私が親になれたら…って子供の頃からずっと思っていた事がたくさんあったのに、この夢も病気のせいで叶えられそうもありません。特に優れた技術も能力も無いのに、普通に女として、未来に命を渡すことも出来ないわたしって、何の為にうまれてきたのでしょう?生まれ変われるなら、心の強い人間になりたい。自分の命を亡くしてもいいから、なんとしてでも子供を生みたい!と思える強い心が欲しい。親になれたなら…の夢も、いっそ消えてしまえば楽になれるのになぁ…
2009.11.01
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以前勤めていた、町の小さな総合病院のリハビリ課に久々に行ってきました。私が勤めていたのは、丁度 リハビリに対する医療制度が大きく変わった頃で、病院側としては、一人でも多くの理学療法士さんを入れたいということで、私の職場…リハビリ課には、どんどん理学療法士さんが入ってきて、その代わりに 今まで勤めていた、柔道整復士さんや針灸あん摩マッサージ士さんが次々退職していった時期でもありました。長い間通っていた患者さん達の気持ちに反するシステムに、新しく入ってきた理学療法士さん達に体制をどんどん変えられてしまい、課内で、もめごとが多く出た時期でもあり、受付をやっていた私のところに、患者さんからのクレームが殺到して、超ー板ばさみ状態。 新しい上司には、かなり 刃向いました。。。 若かったなぁ…。私の立場は…というと、治療補助&事務経理、様は雑用係りで、私の立場も危くなり、院長から「看護士になれ」と支持が出て、あまり体の強くない私は看護士として勤められる自身が全く無く、理学療法士になれる方法を模索しはじめ、先生方に相談に乗ってもらったり、…でも結局、一人暮らしをしていて只でさえ金銭面ギリギリの状態で、どう考えても「無理」ということになり、他の資格を探したりして、悩んでいるうちに、微熱を毎日出すようになって、その内 全身に雷が落ちたような痛みが走るようになり、ひどい下痢も起こるようになり、夜もバイトをしていたこともあり、体の限界を感じてしまいました。 なんとか直そうとしたのですが、「膠原病の疑いはあるが…原因不明」という事で治療法も見つからず、さすがに勤め続けることが出来なくなり退職した…という経由があります。私は、出来ればずっと病院勤めをしていたかったので、心残りの有る職場でした。今回、久々にお邪魔したのは、私の足が、冬になると、 膝の力が急に抜けて、転んでケガをしたり、足が前へ運べなくなってしまったり、痛くてたっていられなくなったりするので、冬の間は外出が殆ど出来なくなってしまう悩みをどうにかできないか?という相談をしに行きました。先日、歩いて数分のところにある実家から帰る途中、急に冷えだしたねーとか旦那と話していたら、急に膝の力がカクンと抜けて、危なく膝を道路にたたきつけるところでした。ギリギリのところで旦那に支えてもらいセーフ! その後は、膝になかなか力が入らなくなって、旦那様の支えが無いと 前へ進めない状態に急変してしましました。やっとのこと自宅に入れた後は、冷や冷やした気持ちがずっと残っていました。私は今、新宿まで学校に通っていますが、去年の冬に通っている途中で、やはり膝の力が抜けて、怖い目にあってから、通えなくなり、ずっと休学していたのですが、今回は 学校側に特別処置をとってもらい、延期してもらったばかりで、さすがにもぅ一度、延期の申請は出せない!ということで、休んでもいられません。私の通っている病院には、リハビリ課というものが特に無く、急遽必要な人だけが活用できるような中途半端なリハビリ部というものがあるだけなので、相談できるところがなかったんです。フと依然勤めていた先生達に相談してみたくなり、電話を入れたところ、私が知っている先生は、週1回臨時で来ているという、私が最後にお世話になっていた上司が残っていました。みっともなくてもいいから、装具とか、杖とか 何でもいいから、なんとか学校に通える手段を!と必死の思いで 相談に行ってきました。10年ぶりに入ったリハビリ課は、まったく変わってしまっていて、従業員の数もすごくいっぱいいて圧倒されてしまいました。「先日電話で連絡させて頂きました、以前ココに勤めていた○○ですが…」と言おうと思っていたのに、自分の名前も言い忘れ、直接 先生の名前を告げて呼び出してもらいました。先生は、とても親身になって相談に乗ってくれました。現在は、ある理学療法士育成の学校の先生をしていて、週に1度だけ この職場の様子を見に来ているということでした。先生はすごく出世していました。先生に、色々話を聞いてもらって、筋力や体の動きをみてもらってから、本当にたくさん、アドバイスをもらいました。私は、変形性膝関節症でもなく、レントゲンでも異常が見つからず、神経にも異常も見つかっていないので、「ただの関節痛」と担当医から言われてますが、冬になると トンでも無い事になるのはどうして???とずっと思っていました。担当医に相談しても「関節痛がひどくなるからでしょう」と。対処法などは「温かくしてください&無理しないように」が定番で。痛み止めをもらっていますが、痛みが軽くなる程度じゃー膝の症状はあまり変わりません。この膝の症状を元上司の先生は「たぶん、それは 膝折れという症状だろう」と言っていました。痛みがある程度までひどくなると、これ以上動かさないよう予防策として、脳が「力が入らなくする指令」を出して起こる現象が「膝折れ」なんだそうです。膝折れには、 どんな強力なものでも、サポーターでは対応できないだろうと先生はおっしゃっていました。だからといって、膝折れを支えるような装具をつけるとすると、ガチガチなものが必要になるだろうし、それじゃぁ 私みたいに普通に歩くことも出来るような者が使うと筋力が落ちる原因にもなるし、膝を曲げられなくなったり、動くことが相当不便になるので、装具も向いていないだろうとのこと。だから、まず は テーピングを試してみては?といわれました。スポーツ選手がやっている筋力のサポートや、動きを良くするためのテーピング法とは異なり、異常が起きる寸前に、皮膚や筋肉に刺激を起こすためのテーピング法。膝の下…内側にから徐々に外側へ、膝を丸く囲う感じで、モモの外側(付け根近くまで)に筋肉の筋にそって1本。反対方法へもう一本。(膝の下…外側から、股の内側へ)膝が急に力が抜け切ってしまう寸前に、皮膚に対して刺激を与えて、 ひどい膝折れになる前に 自分が膝折れがおきる瞬間を気がつくことが出来るので、地面に膝をたたきつけるようなひどい膝折れにはなりづらくなるだろうし、反対側で少しは踏ん張ることも出来るだろうし、杖をもっていれば、杖を握り締めることもできるだろうから、やってみる価値はあると思うよ!と。張り方を詳しく丁寧に、何度も繰り返して教えてもらいました。杖は、心の支えにもなってくれるから、いつでも持ち歩ける折りたたみ式が良いよ!と。貴方は、「今日は膝がやばそうだなぁ」…って感覚は何となくわかるでしょ?そういう時に杖を出しておけばいいんだから、医療用みたいに、しっかりした高価なものじゃなくていいから、フっと力が抜けた時に、軽く支えになってくれるものであればいいので、折りたたみ式のかわいいのデザインの物を探してみたら?とアドバイスしてもらいました。それから…東洋医学的対処法としては、お尻の上の真ん中(ウエストより少し下)に ホカロン等で暖めてみるのも良いかもしれないよ?と。両足の神経の交じり合うツボみたいなものが そこにあるので、 ここを暖めることで 足の冷えの対処にもつながると言われているそうです。だから、膝に古傷を持ってる人とか、冬になるとウズク人にも良いそうです。「東洋医学なので、専門ではないけど、足の悪い私も、腰を痛めた妻も、試して良い感じだよ」と教えて頂きました。弱りきった膝の、筋力UP法も教えてもらいました。先生言わば、「筋力をUPしようなんて贅沢なことを思わずに、維持するつもりで頑張っていれば、気づかぬうちに筋肉が良い反応をしてくれるようになるから、あせるなよ!」と。地面に座った状態で、足を伸ばし、つま先を天井に向けて座り、1,2センチ地面から上げる運動を疲れない程度に、チョコチョコやると良いそうです。「今、簡単に言ったけど、やってみると結構大変だぞー。ちゃんと様子を見てやれよ!」と。膝折れで倒れずらい姿勢も教えてもらいました。お仲を前上に突き出す感じで、背中を上にピンと伸ばす感じ。私の場合、お腹の調子が悪いと、姿勢をキープできなくなるので、いつも…というわけにはいかないけど、お腹の調子が悪くない時は、心がけようと思いました。これだけ色々アドバイスいただけると、心が パ!っと晴れた感じになり、心が軽くなった気がしました。治ったわけじゃないのにね(笑)先生は最後に、「お前は宴会部長で、仕切り屋で、にぎやかな癖に、気が弱いところがあったり、小さなことでも気になる神経質なところがあって、世話のかかるヤツだったなぁ」「お前の事だ…今までもずっと ギャーギャー騒がしく やってきたんだろう? もぅ歳も歳だし、少し落ち着けって神様からの指令だったのかもな」~と仙人みたいな白髪&白ひげのお爺さん姿になっていた元上司に言われて、何だかとても恥ずかしいやら、うれしいやら。「お前は、もう歳とったんだから、昔のようにパワフルになりたい…なんて思うなよ!」と何度も釘を刺された事が 今でも心にやさしく残っています。無茶ばかりする私のことを覚えていてくれたんだなーと思うと すごくうれしかったです。今思うと、あの頃の私は、会社組織というものをキチンと理解していなかったと思います。長く働いていたら偉い!みたいな感覚を、最初のスタッフに教えられていたて、やっとその立場になった時期に、一気にスタッフが変わってしまい、新卒の人が数名一気に入ってきました。資格が上であれば、新人だって上司になるんです。なのに当時の私はそれがすごく気に入らなかった。 お金が無くて学校に行けなかった悔しさもあり、心から受け入れられるまですごく時間がかかってしまいました。でも、今の私なら 喜んで迎えられるだろうなーと思います。しかもあの頃…20代半ばの私は、新しい風が吹いたら、風の吹き方に合わせた乗り方に変更しなきゃいけないということをまだ知らなかったんです。法律が変わり、少しでも利益が取れるよう頑張っている院長や上司が あれこれ試しだした事に、私の意見も少しは聞いてくれたのに、それだけじゃ満足できなかった私。器が小さかったわぁ…。当初、リハビリ課で古株ということだけで、各部署が集まる会議にも出席させてもらっていましたが、今考えれば、ただの事務員なのに偉そうにして…ホントに未熟者でした。こんなわけ分からない者のいる部署に配属されちゃった当時の先生は、本当に大変だっただろうなーと今は心から思えます。厄介者に近かっただろう私のことを、こんなに暖かく迎えてくれる元上司に、ただ、ただ、頭が下がるばかりです。でも、不思議と、対立した事の記憶より、先生のニコニコした仙人の様な笑顔ばかり、頭に浮かんでくるんですよね。やっぱり、この職場、楽しかったんだなぁ…。今思えば、前院長が生きている時、「リハビリ専属の看護士になるという目標で、看護士を目指してみないか?」という言葉、真剣に考えてみるべきだったのかも…と思います。もぅ今更のことですけどね。※血をみたり、点滴漏れをおこし膨らんでる手を見るだけで貧血をおこす私…、本当に看護士になれる自身がなかったんですぅぅ(T_T)昔のことが一気に楽しい思い出として降り注いできたような、何だかとても うれしい一日になりました。
2009.10.31
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闘病生活の為に実家の有る町に戻ってきてから3年が過ぎました。はじめは田舎過ぎて、買い物をするにも、ドコへ行けばいいのかも分からなかったですが、今では良い買い物が出来るお店を沢山見つけ、なかなか楽しい暮らしが出来るようになりました。最近では、この地で一生を迎えようという計画を旦那と話すようにまでなっています。…と田舎暮らしに慣れてきたところでしたが、昨日!一晩中鳥肌が止まらない騒動が★近所に豚小屋があるのですが、普段よほど風が強い時じゃないと我家までは匂ってこないのですが、昨日は特に強い風も無いのに、強烈な臭さを町中に充満させていました。窓を開けていると部屋まで匂いが入ってきました。こんなに匂ってくるのは始めてです。参ったなぁ…。夕方、食事の支度を始め、ディビングのテーブルを片付けようとした瞬間!鳥肌第一弾!小さい羽有がウジャウジャギゃー!!!!!台所の料理を一時避難。虫スプレーを片手に、虫たちと奮闘!どこから入ってきたのか?と頭を悩ませていると、白い壁にも沢山いるじゃないですかぁ!しかも天井にまで!!!!Σ(=∇=ノノヒィッッー!!反泣きしながら、ティッシュとスプレーで退治していると…旦那の帰宅。ピンポーン!助けを求めるように玄関に駆け寄ると、旦那がもぅスピードで玄関から入って、ドアをピシャ!っと速攻閉めた。「すごい虫だぁ!!!」どうやら、外が虫だらけになっているようだ。その後、実家で食事を一緒にすることになっていたので、虫を避けながら歩いて実家へ向かった。実家の両親…「ここまで匂ってきたことがなかったのに、今日はすごいわぁ!ここまで豚小屋の匂いがプンプンしてきたわよ!」(o゜ロ゜)あ・・・、もしかしたら、虫は豚小屋のせいかも!!!きっと、豚小屋の大掃除をしたのでしょう。そんな感じです。だから、いつも異常に虫に対して恐怖感があったんだわぁ!私の病気、治療の為に免疫を抑えている状態なので、きっと知らぬ間に体が反応してたんだ!…そう思った途端、益々 鳥肌がぁぁ。昨日の晩は、体中がムズムズして、頭の中もそわそわして、全然眠れませんでした。都会の車の騒音も辛かったけど、それよりも虫騒動の方が辛い!と思った一日でした。。・゜゜・(≧д≦)・゜゜・。
2009.09.23
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子作りに向け、薬を減らす計画が始まって2ヶ月がたちました。夏の暑さのせいか、頭痛は続くし、ダルダルになってしまう日が増えてしまいました。常に首を閉められているような感覚が続くようになってしまい、明らかにおかしいと思える状況です。真夏日に通学中、2度も立て続けに調子を悪くして、独りで都内の炎天下の中を歩くことが怖くなり、学校に通う事が出来ず、休学してしまいました。9月に入り大分涼しくなったおかげで、体も随分と楽になってきましたが、頭痛は続いていたので少し不安を抱えながら、先週 診察を受けてきました。私の場合、最悪な状況になるまで血液検査では特に目立った異常が見つからないのですが、今回の診察でも特に異常は見つからず。夏の暑さのせいだったのかな?と聞くと、先生は「薬を減らした影響だと思うよ」とハッキリ。ただ、血液検査では悪化がみられないので、前回1錠減らした状況でもう二ヶ月様子を見ましょうといってくれました。次回、今よりも悪化しているようだったら、薬を元に戻す。もし、今と変わらない状況であれば、痛みを我慢する条件をつけてもう一錠薬を減らしてみる。思ったよりも子作りの準備が出来るまでに長い時間がかかりそうです。始まったばかりの子作り計画…2ヵ月にして不安が増加中です。。。
2009.09.21
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金曜日、久々にMRI撮影にて検査してきました。結果は…一ヶ所、細くなっている場所があるようですが、今のところ心配ない程度。頭痛も増えてきてたし、マヒが何度か起きたり、記憶力があまりにも落ちてしまっていたので、少し心配してたけど、ホッとしました。ということで…。思い切って、先生に子作りの事も改めて相談してみました。1度目の入院後に、医師から主人と一緒に「退院後の指導」を受けた際、私の場合は、薬を止めれば 症状が直ぐに最悪な状態まで悪化してしまう可能性があると告げられ、子作りは難しいといわれていました。無理に妊娠したとしても、出産前に おなかの子供と一緒に母体が死ぬ確立も高いので、子作りは諦めて下さい。~っとハッキリ言われました。主人は、両親も兄妹も祖母・祖父も早くに亡くしていて、血の繋がりの有る親戚とは全く縁も無く、身内と呼べる人が誰もいない人です。子作りを諦めなきゃいけないことよりも、私が死んでしまう事のほうが恐怖だと言って、主人からも子作りはあきらめようと説得されていました。ココ最近、以前よりは体調が良いと感じる日も多くなって来たので…、「このまま調子がよくなってくれれば、子作りも出来るようになれるのでは?」と心の中でチョット思うようになっていました。主人にポロっともらしてみたら、「気になるなら先生に聞いてみなさい」と。「無理に作るつもりは全く無いからね」と優しい顔で言われてしまい、中々先生に相談することも切り出せずに居ました。今回、担当医が変わって4人目となり、他所の病院から移ってきた先生だったので、「いくらカルテに履歴があっても、きっと一番初めに発症した当時の私の状態は詳しくは分かっていないだろう」とは思ったので、少し相談しやすくなりました。今回の検診で、MRIも特に目立った症状もなく、血液検査でも「今までで一番良い」と言われたので、思い切って相談してみました。妊娠中、絶対に飲めない薬が、私のメインになってる薬であることを告げられ、最低でもメインであるこの2種類の薬を飲まずに居られることが条件と言われました。しかも、私の場合、薬を飲用した途端に発熱と潰瘍が落ち着いたので、薬との相性がスゴクいいといわれていたのですが、この件はキチンと引継ぎされていたようで、「薬を止めた途端に症状が悪くなる可能性もある」と、初期に担当だった先生と同じ事を言われました。でも…、「少しでも可能性を見てみたいというのであれば、徐々に薬を減らして経過を見て判断しましょう!」と。☆(*^o^)ノヤッタぁ!!早速、今回から免疫抑制剤を1錠減らしてみることになりました。少しでも症状が悪化するようであれば、この計画は中止!ということを先生とお約束をして始まった子作り計画。旦那に話したら、喜びの言葉は無く「え!もぅ薬減らすの始まったの?」と驚きの声と共に、「無理するなよ…」と心配されてしまいました。親族が誰も居ないという恐怖は、両親も兄妹も健全な私には想像も出来ませんが、よほどのことなのでしょう。私が普通に生きていられる事が何よりも主人の願いなのだと改めて気付かされました。益々、無理をして症状を悪化させてはいけないと思いました。だから、薬を減らして症状が悪化すると分かれば直ぐに計画を中止しようと思います。なのでこの計画は、直ぐに終わってしまうかもしれないから、誰にも…両親にも内緒にしていくつもりです。この計画が、途中 止まってしまっても、今まで心のどこかに抱えていた「先生にダメだといわれたからと言って諦めてしまっていいのだろうか?」「女なら、自分の命を削ってでも子作りに挑戦すべきなのでは?」…と誰かに言われているような心の声の苦しみから開放されることを期待しています。同じベーチェット病の方が、「出産した」「諦めなくて良かった」とかブログに残しているのを見るたびに、苦しい気持ちになっていました。みなさん、励ましのつもりで書いているのでしょうが、高齢出産年齢に入った私からすると、希望というより嫌味に聞こえてならないのです。同じ病気でも、症状によっては子作りは絶対無理な人だっているって頭では思っているのに、自分が弱虫と言われているようで、本当に辛かったです。なので今回のチャレンジは「やれることはやってダメだった」という『諦めの材料』となればという気持ちで居ます。闘病中に、高齢出産になってしまう年齢に入ってしまったことを諦めの材料としようとしてましたが、今の時代、40代でも初産する人が多い為、諦めの材料にはなりませんでした。だから養子についても、「病気を持つ夫婦には難しい」というネットでの調べを「今は行動できる状態では無い」と勝手に決めつけ、行動を起こす事が出来ませんでした。でも、養子を受けるにも暗黙の年齢制限があるようで、私たちの年齢も既に条件ギリギリに入ってきています。来年には、病気がどうの…と言う前に、一度相談しに行かなくてはという年齢に入ってきたので、丁度良い切っ掛けになりました。この計画が途中で終わってしまったら、潔く養子について施設に相談しに行こうと思います。もし、計画通りに子作りが出来るようになったら…。こんなうれしいことは無いでしょうが、今は考えるのはやめようと思います。薬を徐々に減らす計画ですが、『絶対に飲めない薬』というのが4錠あるので、順調に2ヶ月ごとに1錠減らせたとしても、8ヶ月。その後は他の薬を徐々に代用出来るものへ変えていくそうなので、妊娠OKが出るまでには最低でも1年はかかるのかな?と勝手に想像しております。いつも「もしかしたら…、もしかしたら…、」と心の中で思っていた気持ちに、とうとう決着を付ける計画が始まったという感じです。どっちに転んでも、気持ちの整理が出来るので、私にとっては嬉しい計画!来年の今頃には、スッキリ出来きてるかなぁ~♪今からドキドキです
2009.07.19
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2年前…まだベーチェット病と診断される前、原因不明で高熱が下がらず、アッチこっちで出血し始めて、マジに死にそうになっていた時に、昔 親友だった 友人の事を沢山思い出して、「生き残ることが出来たら手紙を書こう」と思いました。病気になるまで、彼女の事は あまり思い出すことも無く、10年近くが経っていたのですが、死にそうになって初めて、彼女との事が 心のどこかに嫌な形で残ったまま放置してしまった自分に気がついたからです。何度も入退院を繰り返しましたが、大分 家の中で動けるようになってきたころ、手紙を書き始めました。だけど、ケンカした理由が、■元親友:「今度、彼が職場の飲み会があるっていうから、チョット前まで同じ職場で働いていたんだから、私も行きたい!って言ったら拒否られたんだよ!おかしいとおもわない!?私を連れて行けない事情があるんだわ!」 …という彼女が私が理解できない理由で怒りながら相談してきたものだから、私は真剣に彼がかわいそうだと思ったので、■私:「当たり前でしょ?あなた大した理由も無くバイト辞めちゃった人なんだから。彼だって店長という立場があるんだから、彼女だからって職場の集まりに呼べるわけ無いじでしょ?もっと彼の立場を考えてあげなよ。店長さんのお仕事、大変そうだったの知ってるんでしょ?」 …とあまりにも自分勝手な彼女に対して、少々怒りながら注意をしたら 、■元親友:「貴方は立派ですよ!貴方と一緒に居ると私が惨めになるから嫌い!」 …と逆切れされ、そのまま…さようなら!という状況だったもんで。ナゼこんなことでココまで嫌われなきゃいけないのか、まったく理解できない状態で、彼女とは会う事も無くなってしまったので、そんな元親友に対して、イザ 手紙を書こうとしても、どうやって手紙を書いてよいものなのか、本当に悩み、悩み…。なかなか内容が定まらず、何度も、何度も、時間があるときに手紙を書き直している間に、1年が経過してしまいました。でも、あの死にそうになった時に「生き残れたら~」と思ったことをそのまま放置する事が出来なかった自分は、20回以上も手紙を書き直していました。今日は、本当に良い天気で、目の前にある桜間並木に桜祭り用の提灯が点き、気分がとてもよかったので、思い切って今日、手紙を書き上げてしまおう!と心に決めました。明日、ポストに入れてこようと思います。私の願いはひとつ。彼女が今、幸せであってほしいな~ということです。手紙を何度も書き直している間に気づいたことは、「私は彼女の事を何らかの理由で苦しめていたことがあったのかもしれない」ということでした。そうでなければ、くだらない理由で突然「もう二度と会いたくない」なんていわれることは無いでしょうから。反省をこめた内容と、彼女の幸せを願っていることを伝えた手紙を書き終えました。これで、今度マタ、 死にそうになった時に 彼女の事を思い出しても、今度はスッキリした気持ちで「懐かしい想い出」として思い出している自分がいるといいな~と思います。難病という体に生まれ変わってから、初めての「心の整理」でした。
2009.03.31
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トイレで踏ん張ると、体中に痛みが走る…という症状は、昨日は足まで来てたのが、腕に痛みが集中するようになっていた。特に、ヒジの裏。 よく採血を取るところが、特に痛む。今日は、痛みが随分と続くよ。大丈夫か?わたしのからだ。そういえば、3日前から パソコン作業で固まった体をほぐそうと、かる~く柔軟体操を始めたけど、それが原因か?でも、本当にかるく やってみただけ~程度だから、そんなに酷くなることは考えずらいし。本当に大丈夫か?今まで体験したことがない症状が出てるときって、すごく不安だ。3日前の血液検査では、大丈夫!と言われたばかりだしな…。病院へ行っても、無駄な気がするし。しかも、病院までも少し遠いいし、常に「重症になったら見てやる」って感じが漂う病院なので、気軽に行けるような病院でも無いし。はぁ…。これじゃ~トイレが恐怖の時間だわ。スッキリ気分も味わえないよ。
2009.03.29
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今日は、Webスクールで、CGIを再受講してきた。その後、少し復習の為にフリーでパソコンを使用させてもらってから帰宅。夕方前の西武新宿線はワリと空いていて気が楽だ。この日から体のおかしな現象が発症。トイレで踏ん張ると、途端に 腕や足のふち?に電気が走ったように痛みが走る。その後、腕はしばらく痛みが続いて、動かしたり、触ったりするだけで痛い。しばらくすると、忘れてしまう。コレが、トイレで踏ん張るたびに起こる。こんなことは今まで体験したことがなかったので、すごく心配だ。学校へ行く時はいつもは新宿駅を利用するのに、今日は、西武新宿の駅を往復使ってみた。帰りは、電車の時間がギリギリだったので、慌てて歩いたので、かなり疲れていたことは分かっていた。けど…たった15分の間の話だもん。 こんなにバテるとは思いもしなかった。夕方から、体調がおかしくなって、ダルダルが久々に発症。夕食の料理をテーブルまで運ぶのも手伝ってほしいほど、だるくなってしまった。せっかくやる気が上がってきているのに、体がついてこなくて、ものすごく悔しいのなんのって。元気だったら、今の3倍は勉強だって、仕事だって出来たはずなのに。頭痛や体中の痛みも追加して、もう何だか哀しくなってしまって…泣いてしまった。すごい、ハンデがあるような気がして。私よりも大変な体を持っている人は、たくさんいるのに。。。なんて情けない。でも、体力が無いって、本当に辛い。折角体力をつけようと軽い運動を始めると、必ず 調子を悪くする。これでも2年前よりは、体力も付いたのだけど、元気な頃に比べれば、全くダメだわ。これから先も、私の体は こんななのだろうか?
2009.03.28
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実は、前回…金麦が当選しました!旦那がすごく喜んでくれて~(っ´∀`)っバンザーイ!今回は、コチラを応募してみました♪森と水のクイズ2009
2009.03.25
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本当は今日、楽しみにしていた授業の日でした。しかも、今日を逃すと次回この授業を受けられるのは2ヶ月以上先になってしまうというのに、学校へ行くことが出来なかった。学校を卒業できる日がマスマス遠のいてしまった。。。家で復習したくても、頭が痛いし、ダルダルで、勉強する気も起きないし、頑張ってノートを眺めてみてもチットも頭に入ってくれない。体調が3日前から良くなくて、関節痛が酷くて歩くのもやっと。とにかく体がだるくて、動く気が起きない。「こんなんじゃ ダメだ!」って気合入れて、家事をしてみるも、すっごく疲れてしまう。旦那は「病気で体調が悪い時なんだから休んでろ」って言ってくれるけど、自分がダラシナイ人間に思えて…情けなくて涙が出てくる。
2009.01.18
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商業用のモバイルホームページが作れるようにとWeb学校へ入学してから、早2ヶ月目。やっと基礎からプログラミングの授業へと移りました。休み、休み、にはなってしまっているけど、持病がなんとか持ってくれて、入院せずに通えていることだけでも、嬉しいです。電車通いのおかげか、少しは体力も付いて来た気がします。思い切って、入学を決めてよかったな。でも…基礎授業の中でやった、スタイルシートも、Javascriptも、全然自信がありません。教科書身ながらやって、何とか…。それでも分からないこ事がまだあったり。実際に作りながら、覚えていきますよと先生はおっしゃっていたけど、実際、ホームページを作った分だけ覚えられそうな気がします。沢山出てくる「タグ」…については、全然覚えられず、あまたが混乱しています。。。先週から、CGIの授業が始まったんですが、これまた難しい。。。理解できたようで、実際やってみると 理解できてないことがわかって、出来たと思ったら、スペルミスのオンパレード。間違え探しに時間を費やす状態です。今まで、本当に無知だったんだな~と学校へ通うようになってからつくづく感じるようになりました。あまりにスペル間違えをするので、昨日、「特打」とおいうソフトを買って 今日からやり始めました。実は「特打」持ってたんだけど、ソフトがどっかに行ってしまって、買い直す形になったのだが、英単語も少しやりたかったから、「特打ちクラッシック」の方にした。久々にやってみたら、全然ダメで、あまりの酷さに自分でもビックリ!いつの間にか、下手になっていました。しかも、変なクセがついていることを発見!…おかしいなぁ~~。いい機会だから、頑張ってタイピング技術もあげてしまおう!がんばるぞ!
2008.12.21
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今日は、夫が 仕事の研修で1泊中。この外泊が決まったのは何と二日前。40代半ばで、新しい職場に勤めるのはやっぱり色々とストレスが多いらしく、研修中ということもあり、新しい仕事&人間関係…など、相当苦労しているようで、勤務時間も長く、寝る時間もあまりありません。せっかく病気が安定してきたのに、また悪化しないか心配です。でも、体重が日に日に落ちて、体脂肪も一気に減ったようで、顔のラインもスッキリして、それはそれで、嬉しいらしいです。私はと言うと…「こんなハズじゃ~ない!」と、勉強がなかなか進まず、頭を抱えております。こんなに、集中力がなくなっているとは、ビックリ。記憶力に関しても完全に衰えを感じます。あまりにボーっとすることが多いので、もしかしたら、薬のせいもあるのかもしれないなぁ~と思うようになりました。でも、何度も何度もやっているウチに覚えてくれるだろうと願って、将来に向かってがんばります!今日は、旦那が居ないので、食事やお弁当の支度をしなくて済むので、一日パソコンの前に座って、インターネットを使ったお仕事について、アレコレと調べていました。Webのお仕事をしている人って多いんですね!当然かぁ・・。昨日で、HTML言語の基礎授業は終わったんですが、コミュニティーサイト等でのやり取りをしている内容を見ても、あまり分かりません。…こんな状態でよく、今までアフィリエイトで収入摂れてたなぁ~と自分たちに関心しちゃいました。捕らえた時期が早かったからでしょうね。何事も早くやったもん勝ち。でも、やる人が増えてくれば、やっぱり専門知識の有る人たちには叶わないわけで、収入が落ちるのは当然の事。今度は、安定した収入が取れるような仕事をしなきゃ!病人だって、やれることはある。それをこれからいっぱい見つけてみせるぞ!
2008.12.17
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学校へ行き始めて1ヶ月がたちました。どうしても休み休みになってしまうけど、何とか1歩ずつ前へ進んでおります。今日から、ダーリンがトラックの運転手に戻りました。自営業者として頑張ってきていたのですが、自営業で稼げる収入が激減した為、お勤めすることにしました。会社へお勤めするのは6年ぶりになります。深夜とも言えるぐらい早朝からの出勤で、今まで「深夜まで仕事をして昼起き」の生活をしていた私たちは、どうしても早く寝ることが出来ず、案の定…寝不足。想像していた以上に大変な生活が始まったんだなと、少々心配。私も学校へ通うようになり、日によっては学校から帰るのが夜遅くなることもあります。今まで、たまにケンカをしながらも いつも仲良く24時間、二人一緒に、仕事も生活もしていました。それが…、これからは一緒に寝られない日も出るなど、今までと全く正反対の生活に。お互い、バラバラの時間を過ごさなければなりません。でも…このバラバラの期間は、私たち二人にはとても必要なものだと考えています。二人いつも一緒だと、交友範囲もドンドン狭くなってしまうからです。イザと言う時の為、友人は多いにこしたことはありません。あと、今の仕事をギリギリ続けていられたとしても、ずっと自宅でPCに向かっているだけの仕事では、体力も落ち、旦那のメタボも進む一方。少しでも体を動かす環境は必要だと思っていました。あげく…先月の健康診断では、不安を残す結果が出てしまい、自分自身で懸命に食事制限をしていたので、きっとこの状況は必要あってのことだと思っています。私も、学校へ通うことで、今まで諦めていたことが出来ると思うと、夢が広がりました!私が学校を卒業後、また自営業者として生計が立てられるようになったら、また夫婦二人で事業をしようと思っています。今度また夫婦で事業するんだったら…、・大手に食われない事業。・安定した収入が入る事業。・相手先があって、交友範囲が広げられる事業。・旦那が定期的にスポーツが出来る暇がつくれる事業。…以上の点がクリアできる事業内容に。そして…一生自営業者として働き続けられる環境作りをしたいです。今日と言う日が、後々…大きな基点の日になるよう これからまた頑張っていきます。
2008.11.18
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実は…先月からインターネット関連の学校に通っております。まだ一人で外出することさえ不安な状態だったのに、都内まで電車で通学なんて自分でも恐ろしく思っていました。ソレが何故?といいますと、仕事で行き詰ってしまったからです。主人と一緒に、自宅で携帯サイトの仕事をしていましたが、今年に入り大手がどんどん進出してきてしまい、個人でやっている私の力だけでは太刀打ちできなくなっていました。収入が激減した時に、よいアイディアが浮かび、一応形にしてみたら、周りからも良いアイディアだと絶賛されたのですが…、いざ実行させてみると、追加しなくてはいけない機能があることがドンドン出てきて、しかも…どれも、特殊な技術が必要なことばかりでした。チャレンジしてみたいことがあるのに、良いアイディアがあるのに、知識が無さ過ぎて…中途半端な状態が続いていました。私が知りたい知識を学べる本さえ見つけることが出来ず、どうやって勉強してよいのかも分からず、数ヶ月…悩みっぱなしだったからです。「俺の病気は落ち着いていることだし…」と、主人がまたトラック業界へ戻る決意をした時…、たまたま、私が身に付けたかった技術が学べる学校が見つかりました。卒業できるのか?この年齢から初めて勉強についていけるのか?そもそも、都内までの長距離を通えるのか?何一つ自信が持てない中…それでも、思い切ってチャレンジしてみることにしました。収入が激減している中、この高額な学費はある意味 「賭け」です。私の体も真夏の調子の悪さが抜け、大分体調が良い日が続いていたこともあり、決意したのですが…。急に寒くなった先週から体調を崩し、学校を休んでおります。夏の間、和らいでいた関節痛も、スッカリ以前と同様に…急にヒドイ状態になりました。あ…やっぱり治ってなかったんだなぁ。とショックを受け、少々落ち込んでいました。…きっと、学校が見つかったのが、「今時期」だったら、自分でも学校へ通う決意は出来ていなかったもしれません。決意したとしても、…旦那がきっと、応援してくれなかったでしょう。体調を崩して思ったのですが、タイミングとは恐ろしいものです。あの時、思い切って早急に決意出来たからこそ、のんびりペースとはいえ、学校に通う事ができます。やっと今日、体調が良くなってきたので、また明日から頑張って通おうと思っております。とにかく今は、無事に卒業することを目標に、頑張ります!
2008.11.11
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この家に引っ越してきて…初めての初夏を迎えるところです。 そこで最近、困っていることがあります。 お隣にお住まいの方は、ご夫婦共に、ベランダでタバコを吸っています。 小さなお子さんが居るからか、新築を汚したくないからか、喫煙中は窓を閉めてベランダでタバコを吸う事になっているようです。 でも、我が家では、暑いので 普通に窓を開けています。 お隣さんがタバコを吸うたび、我が家に煙が入ってきてしまうのです。 臭い匂いが入ってきて、気持ちが悪くなり、あわてて窓を閉めに行きます。 最近では、お隣さんのタバコの本数が増えているようで、あわてて窓を閉めに行く回数が増えました。 それだけでも、結構なストレスなのに、…窓を閉めたらやっぱり暑いので、冷房を入れなきゃいけなくなります。 窓をあければ済むことなのに、何とも言えない この歯がゆささ。 でも、お外でタバコを吸っている人に、「止めてください」とはいえません。 私たちが我慢するしかないのです。 でも…でも…。 ウチの場合、私の病気が悪化するんじゃないかって心配が。 病気になった時、医師から家族に 「タバコの煙は、症状悪化につながりますから、この子がタバコの煙を吸わないように気をつけてください!」 と厳重に注意された事もあり、我が家ではタバコというものに「恐怖感」があるのです。 私の事を大切に思ってくれている旦那様は、もぅ隣がタバコを吸うたびにイライラするようになってきました。。。 何かよい対策はないかしら? だれか、アイディアあったら 教えてください! ============= チョット予断。 蛍族…と言われているベランダでタバコを吸っている人を街中で見かけたとき、以前は「可哀想になぁ~」と思っていました。 でも、今では、そんな人こそが迷惑をかけているということに気が付きました。 きっと隣の人は、ウチがこんなに困っているとは気づかないでしょう。 たとえ、少しはタバコの煙が隣の家に行ってしまっていることに気づいたとしても、 「少し距離があるし、大したことは無いハズだ」と思っているに違いありません。 もし私がお隣さんに「タバコをベランダで吸うのを止めて欲しい」とお願いしたとしても、 「隣は神経質な家だ」と思われるでしょう。 でも、お隣さんが悪い人だから~という理由で私がそう思うわけではありません。 お隣さんはとても感じの良い方々です。 喫煙者というものは、本当にタバコの煙に対しての感覚が鈍くなっていますから、当然だと思います。 タバコっていうのは、本当に中毒だと思います。 タバコを止められない人は、意志が弱い!なんて絶対間違っています。 逆に、完全に中毒になってるのに止められる人というのは、余程意志が強い人なのだと思うのです。 私は最近…すごく理解できるようになりました。 ↓ 「タバコを吸わない人の気持ちは、喫煙者には絶対に分からない。」 私はカナリのニコチン中毒者でした。 喘息になっても止められず、喘息の発作で死にそうになりながらも、発作がおさまった途端、タバコを吸いたくなるぐらい。 たまたま 今回の病気で高熱が続いている間にニコチン中毒から脱出できただけで、あれがなければ、禁煙できていたか…自信はありません ですから、私の事を心配しながらも、タバコがなかなか止められない父を責める気持ちは全くありません。 家族中からモンクをいわれながらも影でタバコを吸う姿が、逆に可哀想に思います。 ニコチン中毒が直ぐに治るお薬があればいいのにな~と、最近、とても思うようになりました
2008.05.25
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「一度大きな病気をすると、なかなか元の体には戻れないんだな…」と、闘病生活の大変さを知ってから、1年を超えました。よく、芸能人やスポーツ選手で「こんなに大きな病気を克服し、短期間で、現役復帰!」みたいな事がたまに取り上げられるけど、これって 病気にかかった治療期間が短くて、しかも…特別なリハビリをしなきゃ無理だよ。私が始めて入院して、退院が決まったとき、「普通に歩くことも出来ないのに、何で、退院前にリハビリも無いんだ???」と不安に思ってたけど、今ならその理由が分かる。リハビリも出来るような体じゃ、なかったのだ。しかも、病状が不安定な状態じゃ~「やっても無駄」なのだ。自慢だったナイスバディーは、腹痛が始まってから崩れはじめた。戻したくても、腹筋なんてやってみたら、激痛がはじまる!しかも冷や汗&下痢付きで。自慢だった、姿勢の良さも、背筋を伸ばすだけで痛みが走るようになってしまって、今じゃ~「おばあさんみたいだから気をつけろよ」と言われる始末。「柔軟体操からはじめれば???」試してみたけど、やっぱり体調が悪くなる。こんな体にずっと悩んできたけど、そのうち、あきらめもついて、「普通に生活できるようになれればいいな~。」ってのん気に考えられるようになった。少しずつ…少しずつ…、旦那さんと外に出かけるようになって、少しずつ…少しずつ…、遊んで、そしたら、いつの間にか、買い物にもいけるぐらい体力が付いてきて、背筋を伸ばせる時間も増えてきた。少し運動しても、激痛が走る頻度が減ってきた。体が少し動かせるようになるまでに、1年かかった。でも、良くなることもあるんだと 明るい未来が見れるようになってきた。これが、何よりも最近嬉しいことです♪
2008.04.11
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この間の入院の時に、卵巣が腫れている事を発見してもらった。ついでに、反対側の卵巣にも 影があって 癌では無かったけど、注意必要とのこと。ベーチェット病の治療だけでも、子作りは厳しい状況なのに、追い討ちをかけるような結果。でも、お正月に妹が赤ちゃん+子供2名をつれて里帰りをしてきた時、やっぱりいつかは欲しいな~と思った。インターネットで高齢出産をした人のサイトをみて少し希望をもった。その直後…不正出血するようになった。生理予定日まで、まだ1週間もある。今まで予定日よりも早く来た事は一度も無い。その日から毎日、ものすご~く イライラし、体がだるい。出歩くのが大好きな私が全く家から出たいと思えないのも、今の自分がおかしい状況だということを把握出来る。中間出血というのがあるとNetで見たから様子を見てたけど、よくなる様子は無い。ベーチェット病だけでも、腹が痛くなるので、今ある腹痛が不正出血と関わりがあるのかも分からない。正月前から目の調子が急に悪くなり、ベーチェット病が酷くなったかと恐怖感を感じたが、ドライアイだった。今回の症状も、きっとベーチェット病とは関係がなさそうな気がするが、どうして こう いくつも体の異常が出てくるのか。。。
2008.01.09
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明けましておめでとう御座います。何とか無事に自宅でお正月を迎えられました♪いや~。。。12月後半になって目の調子がぐんと悪くなり、焦りました…。ベーチェット病と言っても、私は典型的な腸管型なので、口・のど・胃腸・皮膚・関節・等の炎症がメインで、目の方は症状が出て無いんです。それが、パソコンを見てると直ぐに 目が疲れるようになって…その内に目が開けていられなくなるほど 目が痛くなっちゃったんです。去年病院内で過ごした為、今年はスッゴク楽しみにしていたクリスマスなのに、眼科に行っていました。そしたら!ドライアイだって言われ 一安心。…一安心したけど、それからが戦いだったわぁ。専用の目薬をもらったから直ぐに良くなると思ったら、全然。。。途中モノモライが出来たり、頭が痛くなったり しながら、2週間たった今も症状は殆ど変わらず。夜になると、パソコンの画面から目をそらしながら仕事をしている始末。。。ドライアイって 以外に 辛い症状なんだって 初めて知りました・・・。みなさんも気をつけてくださいね。
2008.01.02
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さっきお風呂につかって 流れる汗を感じながら、「本当に薬の副作用が汗と一緒に出ていってたらいいな」~と思っていた。その時にふ と気づいた事がある。私は以前、サプリメントの販売をする仕事をしていて、栄養学等に興味がわき独自で勉強をし、同業者の人に簡単な栄養についての講習をしていたことがある。まだ、トクホだとか無い時代だった。当時の私は、本当に体調が悪い日が多く、関節痛がどんどん酷くなっていき悩んでいた。彼が、「この仕事に興味があって」…と、さりげなく置いてあった栄養について書いてあったの本を、彼が出勤中に読み込んで私の方が彼の何倍も興味を持ってしまい、栄養学の本を買いあさり、何日も徹夜状態で勉強した時期があった。私は、予防医学についての講習会へも何度も行っていたのだが、「薬の副作用が原因で死亡する人が意外に多く居る」等を聞いて、驚いていた。私も痛み止めの薬を常用していたので、とても気になってしまったのだ。ま、その後に色々とあって、簡単な栄養学を教える講師になるまでになったのだが、薬の副作用の事なんて、栄養学には関係のない話なのだが、栄養学の講習等の際に私は このことを多くの人の前でクチにしていたことを思い出したのだ。今、私の飲んでいる薬の量は、あの頃きっと想像も出来なかっただろう~ぐらいの ハンパ無い多さである。しかも、自己調整が必要なくらい、薬の副作用とお付合いをしている状態である。副作用から逃げようとすれば、逆に死ぬほど苦しい思いをしなきゃいけないことになるのだ。今、あの時の予防医学の講習会を聞いていたら 相当怖い思いをするだろう。だけど、副作用が怖くて今の病気と向き合うことなど出来ないし、薬を止めるわけにもいかないので、「すでに病気で大量の薬を飲まなくてはいけない私みたいのはどうしろというのだ!?」という気持ちになるだろう。…あの頃の私は、本当に病気で大変な思いをしている人の気持ちなんて全然わかっていなかったのだ。私は優しい人間になりたいといつも思っているが、とんでもない勘違いをして、人を悲しませたりする事が何度もある。思い込みが激しいのかもしれないが、あの時は真剣に人のことを考え行動していたので、あれで精一杯だったと思うしか無いのだろう。病気で大変な思いをしている人の気持ちは、実際に病気になって見ないと分からないもので、精一杯創造しても半分も理解できないものなんだと、病気になって知った。知ったことは、優しい人になりたいと思っていた私にとって、良い事だと思うことにする。そうじゃないと、やってられない。
2007.12.19
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先日、たまたま ディスカウントショップで甘酒が数種類置いてあったのを見て、飲み比べしてみる事にしました。甘酒が大好きで、酒かすから 自分で鍋いっぱいに作っては、独りで飲み干してしまうほど。だけど、酒かすから作るのって、カナリ手間がかかるから、年に数回しか飲めない。。。子供の頃、母は仕事に子育てに大変だったろうに、こんなに手間がかかる飲み物を本当によく作ってくれたな~と感謝しますという事で、たまに お湯に溶かすだけ…とか、ビンや缶に甘酒が作られたのが入っているものなど飲んでみるけど、イマイチ…。なかには、まずすぎて 飲めないものもありました。それからは、中々甘酒というものに手が出ない日が続いていましたが、急に恋しくなったんです。飲み比べの県ですが…どれも味が薄くて 砂糖水みたい。今日…最後の缶を開けて 一口…!!!!これだぁ!月桂冠の「あまざけ」完璧とまでいかないけど、完全に私の好きな味!値段もお手ごろで、更にGOOD!いいんじゃない♪いいんじゃない♪私と同じ思いしたこと在る人、是非 この月桂冠の甘酒飲んでみて欲しいわぁ!他に美味しいのがあったら、教えて欲しい★血圧降下や肥満防止、リラックスなどと関係があるGABA(ギャバ)15mg配合(当社従来商品比)。■送料無料■あまざけ190G×30缶入(生姜なし)
2007.12.06
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豪華プレゼントが結構な確立で当たるというので、クイズ答えてみました。時間は少々かかったけど、クイズをしながらお酒についてのちょっとした知識も付いて楽しかった♪自分がお酒に対して、強い体質か、弱い体質かが 自宅で簡単に調べられるパッチテストのやり方も覚えられたし。後でやってみよ~っと。クイズ!まるごとサントリー
2007.12.05
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最近、フっと思う事がある。 私に子供が居たら、私は幸せにしてあげられていただろうか? 明音と翼は、もう違うママのところで生まれ変わっているだろうか? 私のところには、もうどの子も来てくれないのだろうか? 私は 間違った生き方をしたのだろうか?いつでも必死になって 頑張ってきたのに。いつだって、将来子供が望むように生きられるよう、お金に困らない生活をしなきゃと心がけて仕事も頑張ってきたのに。今回の入院で、一時だけ同室になった同い年の女の子がいた。。乳ガンで片方の胸を全摘出した彼女が言っていた台詞を想い出す。「私は子供なんて欲しくないって思ってた。だからこんな目に遭ったのかもしれないって思う事があるの」とても寂しそうだった。「私もね、必死に仕事に追われてたの。だからかなって思う事あるよ」…私達はあのひと時だけ 同士だった。私は彼女が居てくれる事が嬉しかった。彼女が少しだけ心を開いてくれたことで、私はあの後から少し心が楽になった。でも、もう彼女とは会うことも無い。。。連絡先ぐらい聞いておけばよかったかな?そう思うと、やっぱり 独りの悩みとして また不安が襲ってくる。そして今回の入院では、先生から子供の事を真剣に考えた言葉をもらえた。今まで担当になった先生方はこの話題(子作りに関して)になると話を濁らせ、はっきりとした言葉をくれなかった。だから、今回の担当の先生には感謝している。私のことを真剣に考えてくれて、すごく嬉しかった。-----------------先生の言葉貴方は、突然 病状が悪化することがあるんです。一度ヒドイ状態になった貴方なら分かると思いますが、薬を止めればまたあの状態になる恐れがあるんです。今だって、体調が不安定なのに、妊娠などしたら、ますます不安定になるかもしれないでしょ?もし、妊娠中に体調を崩したら、貴方だけじゃなく 子供にも被害が及びます。最悪な場合、二人とも 危ない状況になるかもしれません。最悪な事態を考えると、旦那さんとしても辛いでしょ?だから、私は 薬を止めてまで 子作りをする事は進められません。-----------------旦那に話したら、「もう親も兄弟も居ないのに、由美までいなくなったら辛すぎる。一人になりたくないから、子供は要らない」って言ってくれた。でも、mixiの掲示板を見ると、「どうしても欲しくて…チャレンジした」という人が居る。その人の文章を読んでいると、「女なら死を覚悟で子作りをするもの」…と言われているみたいで、辛くなる。「子供は生めたけど、病状が悪化して子育てどころじゃなくて 悩んでいる…」と言った、言葉を目にしたほうが、私の気持ちが楽になってしまう。自分が冷たい人間になってしまったようで、悲しくなるが、こんな自分が本当の私。弱虫なのだ。初めてベーチェット病として症状が出た時の苦しみはハンパ無かった。「このまま治らないなら、今すぐ死にたい」って本気で思うほど、苦しかった。あれがまた来るかもしれないと思うだけで、女の部分がチジコマってしまう。私はもう 本来の女としての宿命を無くしてしまったのだろうか?それには意味があるのだろうか?きっと、こんなくだらない悩みが出たということは、暇が無いくらい働いていない証拠だろう。どうせなら、必死にもっと仕事に打ち込めれえばいいのに。どうしても、やる気が起きない。あんなに楽しくやっていたアフィリエイトなのに、最近ちっとも自分のサイト修正が進まない。これも、甲状腺ホルモンが異常な状態だからかな?早く、この不安だらけになる気分から脱出したい。早く、バリバリ働く強い女に戻りたい。
2007.12.01
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10月、お腹と胃の調子が 悪くなる日が徐々に増え、半ばに入り、とうとう嘔吐・下痢がひどく食事も取れなくなり、緊急入院していました。色々な検査をするたびに、大したことがないけど、小さな異常がチョコチョコ見つかって、どんどん入院が伸びていってしまった。小腸のカメラ検査は、痛くて2、本当に辛かったわぁ。。。最後の検査が終わった翌日…土曜日に退院することができました。完治する事が出来ないのが難病。家で過ごせるぐらい、体調が戻れば良しと考えるしかありません。病院に居るほうが安心できるかもしれないけど、やっぱりお家が一番いい!
2007.11.12
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ダーリンの母が亡くなり、少々気分も落ち着いてきて…。私の体調も安定する時間が増えてきたので、山形県に在る実父のお墓へいって来ました。ダーリンの実父は若くして亡くなってしまい、遠い~山形の実家のお墓に居ますが、お母さんは、ダーリンが大人になって自立した後に再婚したので、今の旦那さんと一緒に立てたお墓に入っています。再婚すると、入るお墓も変わるのね。当然の事だけど。お墓へはお母さんが亡くなったことを報告をしてきましたが「ずっと昔にあの世にいった父は、向こうで母に会えているのかな?」なんて、ちょっと疑問を持ちつつ~お墓参りを済ませました。ダーリンの家族はみんなあの世へ。父、母、妹、育ててくれたお婆ちゃん。「またダーリンを連れて行っちゃダメだよ」って、私はお墓の前で必死に願ってしまったのだ。ダーリンは、この晩、不思議な体験をしたそうです。夢を見ている様な感覚~目を開けると実父がニコニコと笑いかけてる顔が見える。実父の隣にもう独り、笑っている叔母さんがいたけど、母じゃない。お婆ちゃんかもしれないな~。目を開けると二人がニコニコ笑っている顔が見える。不思議に思ったけど、久々に父に会えて本当に嬉しかったと。両親が居なくなってしまったダーリンにとって、お墓参りは本当に大切なものになりました。今回のお墓参りは、私の両親も一緒。「山形県へ旅行に行きたい!」と言っていたので、お墓参りの後、蔵王→塩原へと温泉旅行もセットの旅となりました。めずらしく腹痛も出ずに、3日間にわたる旅を終える事ができたのは、きっと亡くなったお父さんが見守っていてくれたからだね。お父さん、これからもずっと二人を見守っててね。
2007.09.29
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引っ越してから、ず~っと美容室を探していましたが… 今日、やっと!髪を切りに行ってきました。 市内はもちろん、隣町まで車を走らせ、本当にアチコチと探していたのですが… 結局 実際に行った場所は「自宅から徒歩5分」のところ。 しかも、理容室 …美容室じゃ~ありません。 理容室は生まれて初めて ■理由:その1 「安いのに、良い材料を使って染めてくれる所が近くにあるから一緒に行ってみない?」 と、母が誘ってくれたので。 ■理由:その2 いくら探しても、理想な美容室が見つからず。 もう探すのも面倒になっていた。 ■理由:その3 免疫抑制剤を使用している手前、大勢の人がいる美容室は避けたい私。ココは完全予約制で基本1名というのを聞いて。 ■理由:その4 理容室なら「明日のジョー」状態になった産毛ちゃんの処理を教えてもらえる!と思ったから。 ■理由:その5 「ギターが沢山つるしてあるお店」 &「店員さんがギターを引いている人」 …という話をきいたから。 これだけ条件がそろったら、理容室だろうが関係ありません。 逆に「理由:その5」に関しては、私は興味シンシン ======= ★産毛ちゃん★ ======= とんでもない方向へなびくように生えてきた産毛ちゃんのこと…。髪を切る前 一番に、聞いちゃいました! …お酒入れた鍋を爆発させてしまい、その時、たまたま前髪を上げていたので被害は少なかったけど…前髪の一部と左側の産毛を燃やしてしまった私。やっと生えてきたと思ったら、左から右になびくように生えてきた。何をやってもゆうことを聞いてくれなくて、みっともない。私のような悩みを持った人はいないだろう~と思っていたけど…男の人でオデコに「ソリ」を入れた人が、同じ悩みを質問してくるそうだ。 …なるほど。鍋を爆発させなくても、自ら産毛を無くす人もいるのだ。 流れを付けられるようになるぐらいまで、とにかく産毛を伸ばすしか方法はないらしい。 明日のジョー似の産毛ちゃんとは長い付き合いになりそうだ。。。 ======= ギターのこと ======= 自分も以前、楽器をやっていたことを告発し、その後は 急に花が咲いたかのように盛り上がっちゃった店内。 ギターは趣味でやっていて、楽器を店内に飾った途端、ギターを弾ける方々が集まってくるようになったらしい。 なんと、この近辺にプロのミュージシャンが数名いるらしい。 しかも、その方々はココを愛用しているらしく、情報がワンサカ! 1回り上の世代の方だったけど、楽器の話や音楽の話は めっちゃ楽しい!!! こんなに自分にぴったりな場所が、こんなに近くに在ったなんて!!! こりゃ~音楽やらにゃ~いかんか?! とにかく、ベーチェット病になると美容室まで選ぶの大変。髪を切ったり、髪を染めたりするのにマスク外さないのは無理だもんね。引っ越してからの悩みがひとつ減りました。♪♪♪
2007.09.14
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ここのところ、ず~っと、旦那の調子が良い。今年の初め頃、頭痛やめまい、腰痛に悩まされていたが、「仕事疲れ」という結果になり、それが落ち着いてからは 腰痛意外に悪い症状は一切出ていない。そもそも、潰瘍性大腸炎に関しては、数回しか悪化していないのだ。ニュースキン(ファーマネックス)のサプリメントを知ってから、あれこれサプリメントを試し、大量に摂取。担当医も驚くほど一気に調子を上げた旦那。その代わり、お金、かなりかかりました他の会社の製品も 薦められる様になり アレコレ試すも、7年たった今、結局ファーマネックス製品の「ライフパック」と「オプティマムオメガ」のみで落ち着いた。ダイポール水(マイナスイオン水・双曲水)を我家に入れてからは、サプリメントの量を減らしても体調維持が出来るようになった。これは、私も同じ。私は、体調が常に不安定だったし、喘息がどんどんヒドクなっていってたから、特にサプリメントは沢山の人に薦められ、試しました。試すといっても、数ヶ月間続けないと効果が出ないのがサプリメント。効果が体験できた製品は、あまりなかったなぁ。。。夫婦そろって、サプリメント代には相当お金をかけました(>_
2007.09.10
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私は、すごい写真写りが悪い。 カメラを向けられていることを知らずに、誰かに勝手に撮られた写真はそうでもないのだが、 カメラを向いて写真を撮ってもらっている時は最悪。 せめて 普通に写って欲しい。 昔、お付合いをしていた彼のバンドの撮影会をしていた時… 彼の友達がカメラを私に向け、写真を撮ろうとした。 そしたら、彼が 「お前は笑うとブスに写るから笑うな!」と叫んだくらいです。 その叫び声を聞いて、逆に笑ってしまった私を移した写真が出来ああがって、 みんながその写真を見て「ホントだぁ」と笑われたくらい。 それから益々写真を撮られるのが嫌いになった。 だから、私が写った写真は殆ど無い。 最近 思う事がある。 その頃の 環境や 心情で 写真写りが違う。 とってもやさしくて、私のことを最大級に思ってくれている人と結婚をしてから、 私の写真が増えた。 そして、その写真を見ても嫌では無いのだ。 昔、ヤンキーの彼と付き合っていたときは、 あまりに彼の態度が厳しくてノイローゼになりそうになり、 化粧をした顔でさえ、鏡で見るのも嫌なほど、自分がブスに見えた事があった。 あの頃より歳をとり、病気の症状で顔に赤い斑点が出来、10キロ以上太った今は、絶対あのころよりブスのはず。 なのに、鏡を見るのが嫌では無い。 環境と、心情。 自分を磨く最大級のものなのかもしれない。
2007.09.06
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退院して、お腹の痛みが落ち着いてきた頃、眼の中にゴミが入っているような感覚になった。 何度眼を洗っても陰が変わらない。 飛蚊症? 友人も、旦那の母も飛蚊症。 特に治療法も無いと聞いていたし、「私もとうとう来たか…」と思うくらいでほって置いた。 先日、mixyで同じベーチェット病で 眼の症状がヒドイ方とメッセージのやり取りを始めるきっかけができて、ビックリ。 ベーチェット病の眼病の初期症状として、飛蚊症があるという。 !!! そしたら、前からマイミクだった女の子から、 飛蚊症が酷くなって~しかも腸管型の疑いが出てきたたという悩みを打ち明けられた。 腸管型も眼が悪くなる事が在るとは言ってたけど、私の場合はまず大丈夫だと思うと先生から言われていた。 とても不安になってきた(T_T) 最近、眼が直ぐに疲れるのだ。 次回の診察は10月に入ってから。 さぁ~どうするかな~。
2007.08.31
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昨日、実家にて 旅行の計画を立てることになり行って きました。 旦那のお母さんが亡くなった事を報告に 旦那の実父のお墓参りをする事にしていた私達。 前回、実父のお墓参りに行った時は、旦那の妹さんが亡くなったことの報告をしにいったんだった。 前回「今度は、楽しい旅行をかねて、お墓参りをしよう」と 話していたのに、チョット残念な状況になっています。 それとは別に「旅行に行こう!」とうるさく言っていた私の両親。 旅行を兼ね、一緒にお墓参りに行こう!と両親が言い出し この計画は始まりました。 退院後、初めての遠方への外出です。 大分 体力も付いたとはいえ、買物に行くだけで疲れてしまう私。 だから、今回のお墓参りには、余裕をもって計画を立て、のんびり旅行にしようと二泊予定していました。 それなのに、メチャ2元気な 私のパワフル両親。 せっかく2泊するなら~と行きたいところをアレコレ言い出し予定を組もうとしてくる。 自分の体が心配で、途中ダウンしそうな気がして 両親の言葉に私は、冷や冷や物…。 秋田へ行きたい!岩手へ行きたい!鍾乳洞へ行きたい! アソコへ行きたい。ココに行きたい。 早朝に出れば、ここまで行けるんじゃない? …結局、決まらず、私は一言。 「私が無理出来ない体だから、ゆっくりした旅行にしようと思ったのに!」 …。私達が計画した最初の予定に毛が生えたくらいに留める事に。 ふて腐れて 父は寝てしまった。。。 私の両親、本当に私の体のこと 心配してるのか??? 元気な両親を感じ、少々 うれしかったりも した。
2007.08.26
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先月で今までの担当医が転院してしまうとは聞いていたので、今日の診察はチョット どきどき。 しかも、引っ越してから 病院へ初めて行くので、道路状況とかも分からないので、早めに家を出ました。 …超~道が混んでる!!! 気持ちが焦りながらも、飛ばさないように…。 病院へは 何とか予約の時間ギリギリに到着。 今まで、数時間待たされていた待合室はガラガラ! …。すぐに診察が始まりました。 新しい先生は、入院中お世話になったことがる先生でした(^_^;) ホッとして、受診を受けたら 色々言いたい事があったこと、全て忘れてしまいました。 あって言う間に診察も終わり。 今まで あんなに待たされたのはナンだったのだろう?って位はやくおわってしまった。 フト… この病院に通っているベーチェット病の患者さんは何人いるのかな? みんなこの先生になったのかな? 一人は知っているんだけど、子作りのこととか どう考えているのか実際に会って聞いてみたいな。
2007.08.25
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先月末、引越しを終えてからというもの、毎日お買物。 古いものは処分し、出来るだけ荷物を減らしてきたので、足りないものがいっぱい。 新しい住まいと、以前の住まいとは部屋のつくりが全く違う為に 家具が置けず買いなおさないといけないものまで出現。 物選びは楽しいけど、予算内で自分の好みのものが なかなか見つからないとイライラしてくる。 昨日で やっと 最低限必要なものの購入が終わり、 あと、注文中の電話台が来れば 段ボールの荷物が片付きます。 早く来ないかな…。
2007.08.10
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自宅配達のCOOPでボリショイサーカスのチケットを予約し、随分前からチケットを手にしていた私たち。 まさか…引越しの準備中に行く事になるとは! もぅすでに少々疲れ気味。 でも、ずっと楽しみにしていたので、足取りは軽かった♪ さすがに子供が多かった! でも、見て思ったのだが… サーカスって大人が見たほうが 絶対に楽しめる!!! 久々の都内に来たので 買物や食事など ついでにアチコチ行きたかったけど、 引越しも もうすぐだし、病気が悪化してもいけないので、 早々帰宅。 それでも、久々の人ごみは 疲れたようで、自宅で休んでいると体が動かなくなってしまった。 …毎日都内へ通っていた私がこんな体になるとは…。 懸命に気を使ってくれる旦那さまのお陰で、疲れも一日で済みました。 家族って ありがたいです。
2007.07.24
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実は今年春に、喘息にプラスして病気を持ってしまった私のために旦那が、「10年間お掃除いらず」~という高機能なエアコンを買ってくれて、調子が悪い時に長時間居る寝室に設置してもらいました。 これが実に気持ちが良い…。 スゴク静かで、除湿機能があって28度でも涼しい。 しかも空気清浄機能もあって、嫌な臭いもせず、空気がキレイって感じがして 気持ちが良いのです。 だから昼間も、仕事場のエアコンは使わず、ワザワザ寝室のドアを開け、仕事場を心地よく温度調節してました。 しかし…今朝 起きてびっくり! 朝陽の入る「書類や本、楽器が置いてある部屋」が ものすごい暑さに。 この暑さでは、楽器がダメになってしまう!!! ※実は昨年、キーボード(電子ピアノ)を修理したばかり。 さすがに3部屋分を寝室用のエアコンで対処する訳にも行かず。 今年初めて~仕事場のエアコンを始動させました。 が!!! すごい臭い&汚い。。。 …忘れてました。 去年の年末は入院していたので、エアコンの中までは 掃除をしてなかったんです。 しかも!入院前までは 喫煙してたので、ヤニだらけ。 おぉぉぉこんなエアコン使えん(>_
2007.06.19
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