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(年も明けましたが出産レポの続きです。)回復室で分娩を待ちつつ、午前を過ぎてくるとダンナさんもだんだん眠くなってきていましたが陣痛が起きるたびに私が「今、何時?」と聞いて起こしていたのでした(^^;)。左手の点滴は陣痛を起こすために取って頂けたのですが、今度は右手に、出血が多かった場合の輸血が合うかどうかの注射をされました。その注射によって、輸血が大丈夫そうとわかったので、右手に輸血準備用の針を刺されたまま陣痛をこらえる事になりました。普通の妊婦さんはどうなのかわからないのですが、私は貧血が酷かったのでその用意をされたのかもです。そうそう、陣痛が頻繁に起こる前にダンナさんに近くのコンビニで使い捨てカメラを買ってきてもらいました。出産後にわかったことですが…、NICU内でも写真撮影できるようになったのですが、一度パッケージを開けてしまった使い捨てカメラは使えないのです。無菌に徹した部屋なので、もちろん家から持ってきたデジカメも使えず、カメラはデジカメと違ってちゃんと撮れているか確認できないのが残念でした。実際、カメラを使うのは久々で、あまりうまく撮れていなかったり…(^^;)。私は陣痛と陣痛の合間にトイレに行ったり、回復室でもしばらく陣痛と戦っていたのですがさすがにこれは…という感じの陣痛が来て本当に息ができない感じになり、担当看護師さんに来ていただき、車椅子に乗せられて分娩室に行ったのは午前3時40分ころでした。破水を見て頂いた女医先生がそのまま担当になって良かったです。分娩が始まると「足の位置を変えて」とか「お腹に力を入れて」とかいろいろ注文されるのですが、自分の体であって自分の体でないような感覚で、どこをどう動かすか、またそれ以前にどこが一番痛いのかもわからないような感じでした。ダンナさんに付いてきてもらって分娩台に上がったらなんと15分で生まれました…。午前4時5分、元気な男の子でした。(ちなみに出産に掛かった時間は全部で6時間とのことでした。19日の夜からの陣痛がカウントに全く入っていないのが微妙ですが…安産の域という事で…)分娩室に入ってから出産までに1~2時間はかかると言われていて、…ダンナさんは分娩室に入る直前にうちの父母に電話していたのですが父母は病院までタクシーで20分くらいのホテルに泊まっていたにもかかわらず、間に合いませんでした…(^^;)。予定より40日くらい早い出産となり、肺機能が心配だったのですが、生まれてくると同時に大きな声で泣いたので安堵しました。小さくて少し細めな赤ちゃんでしたが、とても元気に泣いていたので嬉しかったです。分娩室ではNICUと違って生まれたての赤ちゃんをデジカメでも撮影できたのですが、ダンナさんがフラッシュをたいてないかったので真っ暗な仕上がりに…(--;)。赤ちゃんは生まれてすぐにNICUに連れて行かれました。私は出産後、胎盤を出す手術をしていたのですが、私が出産した病院は大きいところで、分娩室に居ると、次々に母親や赤ちゃんの泣き声が…。私は他の人に比べると余裕がある感じだったようで、先生にも「痛みに鈍いのかしら…」とか言われたのでした(汗)。3日前くらいから赤ちゃんに陣痛の練習をさせられて(?)いたからでしょうか…。よく考えたら、出産30分前にも陣痛の合間を見計らってトイレに行っていたのだな~と…。なので、余裕(?)あると思われても仕方ないですね~。「出産後は分娩台の上で2時間安静にしていてください」と言われて、私はそのまま横になっていたのですが、その間に父母が来たのでした。NICUに入った赤ちゃんには祖父母は1か月に1回しか面会できないそうです。うちの父母は生まれた日に見に行ったので、それから退院まで見られないという感じでした。一旦、父母とNICUに行ってから先に分娩室に戻ってきたダンナさんは「自分の小さいころに似てるね~」と言って喜んでいましたが、その話を聞いていない母がNICUから戻ってきて「まー、生まれたての赤ちゃんは皆ブサイクよ~」と笑いながら言ったのでウケました…。私が横になっている間は、担当看護師さんが何度も来てくれて「これが胎盤です」とか赤ちゃんの身長、体重など教えてくれていました。身長は45.5センチ、体重2142グラムと言われました。父は保育器越しに「30センチくらいに見えた」とか言っていたのでちょっと心配でしたが、思っていたより身長があって良かったです。そういえば妊娠中に超音波で見て頂いていたときには、身長も体重も毎回グラフのド真ん中というか、ド平均だったのでした。私の子宮の戻りは早い方だったらしく、安静2時間後にお腹の上から触診して頂いたら、「ほとんど戻っていますね~」と言われました。実際2時間後に車椅子でまずトイレに行くのですが、そのために起き上がったら、お腹が元に戻っていて、少しさびしいような…(戻ってくれたのは嬉しいのですが…)という感じでした。(トイレはちょっと怖かったですが…無事に済んで?良かったです)夕方から個室に移れると聞いたのですが、とりあえず、出産前に居た6人部屋に戻ると、同室の方々から「お疲れ様~」と言われて嬉しかったです。実は…「子宮口が7センチも開いているのに普通に過ごしていた人」と話題になっていたそうです…。それから…、土日に出産となったので、ダンナさんも会社を休まず済んで、「家族思いの赤ちゃんだね~」と言われました。日曜の早朝扱いなので微妙でしたが…(^^;)。部屋では朝食が用意されていたので、少し食べたのですが、あとはひたすら寝ていました。一仕事終わったという感じで、寝て起きたら、全身筋肉痛になっていました。起きたときに赤ちゃんが隣には居ないので、本当に出産したのか??という思いがありました。そして、お腹に赤ちゃんが居なくなったのが寂しい気もしました…。とりあえず点滴など針をすべて体から外せたことが凄く嬉しかったです。NICUは午後と夕方と面会時間が決まっていて、この日は一旦帰宅したダンナさんが14時くらいに来ると言ったのでそのときに一緒に赤ちゃんに会いに行きました。NICUにはマスクやエプロン、帽子をして入ります。赤ちゃんはフニャーッとした感じで、ずっと眠っていて、たまに目を覚ますという感じでした。小さな手足に点滴をされていたのが、私の代わりになってしまったようで可哀想でした。(点滴は翌日から取れたのでホッとしました。)保育器にはうちの苗字と「35週0日」の文字が書かれていました。こちらの病院では2300グラム以上、37週以上になるとNICUを出られるそうです。2週間くらいで出られると分かり嬉しかったです。寝ている赤ちゃんに保育器越しに「ケーキ好きですか?」と聞いたら、偶然と思いますが、ニンマリして口をモグモグ動かすような顔をしました☆私はそのときが一番可愛いと思ったのでした(^^;)。この日は午後から搾乳も始まり、回復室で陣痛をこらえ、午前4時に生んでから殆ど起きていたためか、本当に長く感じる一日で、夕方過ぎると、生んでから何日か経ったような錯覚に陥りました。NICUに赤ちゃんが居て、オムツ交換は看護師さんがやってくれていて、その分、普通に生んだ妊婦さんよりはラクだったのかもしれないですが赤ちゃんがすぐ近くに居ないのは寂しかったです。夕方過ぎに個室に移れました。3時間置きに搾乳しなければならないので、ずっと寝ているわけにはいきませんでしたが、個室にはシャワーもあり、久々にシャワー出来て良かったです。そして私はこのまま1週間、赤ちゃんはプラス1週間入院したのでした。
2004.10.24
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この前日の夕方、担当医の方にお腹の張り具合を診て頂いたら落ち着いてきていたそうで、「このまま順調にいけば、25日には退院できます。安静にしていてください」と言われました。退院できる=早産を防げる=点滴を外せると思い、嬉しかったです☆ただ、母は私が退院したらまたすぐに出歩くと思い(さすがだ…)、近所の病院に入院手続きをするようにと、密かにダンナさんに話していたそうです…。この日は担当医の人ではなく年配の先生がお腹の張り具合を診られました。「少し張っている気がしますが如何ですか?」と言われ、確かに朝方1時間ほど下腹部の痛みもあったのですが、もうすぐ退院できると思い、軽く考えていました。「今日からもうシャワーも出来ますよ」と看護師さんにも言われましたがダンナさんが着替えを持ってきてくれると言っていたので、それを待っていました。ダンナさんが病室に17時頃に来たので、ベッドに座って翌日の三陽セールの話をしていたら(入院中にもかかわらず気になっていた)、なんと破水しました…。当然、シャワーどころではなくなりました。2日後には退院できるかもと聞いていたので、最初は破水と思いませんでした…。でもよく考えたら、子宮口は既に3センチ開いたままで入院したので、そのときまで全く破水していなかったのが不思議なくらいだったのかもです。正直、私は退院したかったので、破水を破水と認めたくなかったのですが(爆)、こればかりは自分で止められることではないので…、どうしようもなく、看護師さんを呼びました。父母に知らせなければと思い、ダンナさんに電話してもらったのですが、デパートで買い物中でした…。私は車椅子で運ばれて、破水の検査をすることになったのですが、検査室に入った途端、地震が…。それは新潟県中越地震での揺れだったのでした。思えば、最初の陣痛は大型台風の前夜でした。そして大きな地震の直前に破水したことは今でも不思議な感じがします。担当医は休みだったのですが、私の希望は元々女医先生で、運良く非常勤の女医先生が診断してくれることになり良かったです。地震で何度か中断になりつつも、診断して頂いたら、やはり破水とのことでした。子宮口はなんと7センチも開いていると言われました(^^;)。「破水してしまったので、もう40週まで保たせる事は出来ないです。近々ですね」と言われました。私はどうしても退院して40週で産みたいと思っていましたが、もうどうしようもないと分かり、不安というより赤ちゃんに申し訳ないという気持ちの方が大きくなりました。破水検査後、陣痛を起こすため、左手の点滴を外す事になりました。私は同室の方々に「頑張ってね」と見送られながら、19時頃に車椅子で分娩室の近くにある回復室に連れて行かれました。その頃やっと父母が買い物を終えて病室に到着しました(^^;)。母がやってきてデパートで買った赤ちゃんの服やデパ地下のお惣菜やケーキを置いてホテルに帰っていきました。看護師さんが「初めてのお産でしたら、分娩室に入ってから1~2時間は掛かります」と言われたので、分娩室に入る前に母に電話することになったのでした。左手の点滴を外したら、入院前のような陣痛が始まりました。ダンナさんの付き添いは許可されたので、陣痛を時計で測ってもらいました。私の場合の陣痛は、酷い生理痛みたいな感じで1回につき20秒~30秒続きました。回復室では担当になった看護師さんが私のお腹にベルトをして何度もお腹の赤ちゃんの心拍を診察しにきてくれました。そのうち、心音が聞こえる位置が下がって来て陣痛間隔が6分になった、「22時をお産開始としましょう」と言われました。34週6日めの夜で、赤ちゃんがまだ2200g未満で小さいので、頭の直径も40週の子が10センチとするとまだ8センチ位で、頭部が固定できず、なかなか下に降りて来れなかったようです。23時過ぎにはお腹だけでなく腰も痛くなり始めましたが、「赤ちゃんが生まれるときにお母さんの骨盤を開こうとするからですよ」とか言われました。心拍検査するたびに赤ちゃんは元気と言われ安心しました♪「息が出来ないくらい苦しくなったら分娩室に行きましょう」と言われました。気を紛らわすために、陣痛と陣痛の間に母やお友達にメールしてました(^^;)。なので、ダンナさんにはかなり余裕があると思われていたようです。本当は立つのもやっと…という感じになってきましたが、看護師さんに「尿を溜めたら赤ちゃんが生まれにくいので、途中でトイレにも行きましょうね」と言われ、それならば陣痛と陣痛の間に行くしかないと思い(汗)、少しでも早く歩けるよう頑張りました。それが、看護師さんには、余裕あり普通に歩いているように見えたようで「すぐに生まれそうな人はそんなにスタスタ歩けないから安心して」と言われました。(私ってなんだかちょっと損?してるような感じが…)私は陣痛に耐えながら、母が「火曜はホテルが満室で無いのよね~」と言って帰ったので赤ちゃんも日曜のうちに生まれるよう頑張っているのかな…とか、母に買ってもらったマタニティワンピは一枚も着てないな~とか考えていました…。
2004.10.23
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入院2日めは精神的には大分元気になっていたので、大きな点滴台を引きながらでも、自分が緊急入院した病院内を見て周ろうと思っていたのですが…、実はそのときまだ私はトイレと洗面所しか移動してはいけなかったそうで…、後で看護士さんから言われて驚きました。(説明をちゃんと聞いてなかっただけかも?…汗)歩くのは自由と思っていたのでした…。トイレと洗面所がすぐ前にある部屋になったのは、そういう意味だったのだとそのとき初めて気づきました(恥)。なのでトイレのペーパーが無くなっていたのを伝えにナースセンターまで歩いて行ったらかなり驚かれました…。21日の朝から点滴を左手首付近に打っていたのですが、22日の午後くらいに痛いと思って見たら、肘の内側辺りまで腫れてきていました。でも、「皆、こんなに痛いのをガマンしているんだな~」と思って、そのまま過ごしていたのでした。そう思っていたら、同室の人に「それ、腫れてないですか?聞いた方が良いですよ」と言われて…、看護師さんに相談する事になりました。大げさなのかもしれないと思いつつ看護師さんに見せたら、「漏れていますね。すぐに打ち直しましょう」と言われました…。手首の内側辺りだった点滴は肘の内側辺りに打ち直しになりました。点滴の針は太いので、痛いものなのだと思っていたのですが「普通は痛くないんです。漏れていなければ…。次に痛くなったら今度はすぐに言ってくださいね」と言われました。ここでもまた私の判断ミスが…汗。この日は、ダンナさんが珍しく13時過ぎに会社を出て、必要品を持って病室に来てくれたり、父母も新幹線に乗って、病院まで来てくれました。母からは、新幹線からのメールで、知らせるのが遅いと怒られただけでした…。父母は私が好き嫌いが多く、病院の食事を殆ど食べていない事を知っていて、デパ地下にお惣菜などを買いに行ってくれて…感謝の1日でした。入院は正直イヤで、早く家に戻りたかったですが、普段、携帯メールが苦手な母やダンナさんがメールをくれるのが嬉しかったです。面会時間が終わり、夜になるとまた寝返りをうてないくらい左腕が痛くなったので、見回りに来て頂いた看護師さんに相談したら、なんとまた「漏れています!」と言われてナースセンターに車椅子で移動になりました…。ただ、もう左手は血管が見え易いところに打てなくなったとかで、打ち直しの際に一度、「すみません、失敗しました」と言われたり…(^^;)。「今度は右手にしましょう」と言われたのですが、点滴中、左手が殆ど使えなかったので、利き腕が使えなくなると困ると思い、「出来れば左手で…」とお願いしました。そして最終手段(?)と言われる左手の甲に点滴の針をさすことに…。とにかく、この日もなんとか赤ちゃんはお腹の中に居てくれたので安堵して寝ましたが、皮膚が弱いからか、この翌日から私の左腕はアザだらけになりました。因みにこの日記を書いているのは12月末ですが、私の左腕には未だに全ての針の跡が残っています…。注射は不妊治療中にも何度も打ちましたが本当に慣れないものですね~。そして…左手の甲に点滴をしたら、顔を洗い難いという事に翌朝やっと気づいたアリーでした…。
2004.10.22
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ずいぶん前の話のようですが…、出産入院話・第1弾(?)です。楽天日記に書いていなかったのですが、私は2年近く不妊治療を受けていたので、妊娠したと分かったときはとても嬉しかったです。ただ、安定期に入るまで周りにも知らせない方が良いと母に言われてアッという間に日にちが過ぎていき…。(実はつわりが無く、お腹もあまり大きくならず、周りの人にも殆ど気づかれませんでした…)9か月めに入ったので、そろそろ日記にも書こうと思っていた矢先、予定日より1か月以上早く出産することになったのでした(汗)。10/19にお友達とケーキバイキングに行って、新宿で買い物してから帰ったのですがその夜から両足の付け根辺りが痛いな~と思いつつも、まさか陣痛とは思わずその後2日も痛みを我慢してしまい、危うく21日に出産するところだったのでした。実は19日、20日 (この日は担当の先生がお休みだったので…)と痛みを我慢していたところ、20日の夕方に出血があり、これはさすがに…と思って、通院中の病院に電話したら誰も出ず…、1日待って、21日の朝に電話したら、すぐに来て下さいと…。雨でタクシーも居ないかな、とか、近所だし…と思い、ダンナさんと一緒に歩いて病院に行ったところ…(爆)、内診で子宮口が3センチも開いている事が分かりました。(赤ちゃんって子宮口10センチで生まれるんですよね)助産士さんに、「どうして前日にでも電話しなかったの?」と言われたので、20時頃に電話したと話すと、トイレに行っていたのだそうで…、「そういえば、電話があったけど受話器を取る直前に切れた…」と言われました…(^^;)。その後にもう一度掛けていたら出てもらえたのかもしれないのですが、私は私で、個人病院なので誰もいないと思って一度しか掛けなかったのでした(^^;)。その病院には早産に対応できる設備(NICU)がないので、先生が病院を探してくれて左腕に張り止めの点滴を打たれたまま、救急車で運ばれ、大きな病院に緊急入院することに…。まだ34週半ばなので、助産士さんから「肺の機能が出来ているか微妙ですね」と言われたので私も心配になって「もしかして今日生まれますか?」と聞いたら、「この点滴が効けば大丈夫なんだけどね…」と…。もし19日に病院に行っていれば、「注射だけで済んだかもしれない…」と先生に言われました。まだ赤ちゃん用品どころか、心の準備も出来ていなかったので、かなり不安になりました。ダンナさんと先生も一緒に救急車に乗り、一人でないのが救いでした。大きな病院で内診してもらったら「切迫早産の可能性があるのでこのまま入院してください」と言われました。でも、赤ちゃんはもう肺の機能まで出来ているとのことで、「このまま生まれたとしても大丈夫」と言われ、不安感はあるものの、少し安堵しました。でも、出来れば少しでも延ばした方が良いとか、延ばす方法は点滴しかないと言われて効いてくれることを祈るばかりでした。ダンナさんは会社に電話して、私が入院したので会社を休むと言ったら、「おめでとう」と言われたそうで…「いえ、まだ生まれない方が良いので…」と返したそうです。朝から一日中、左腕に点滴をして、なんとか21日の出産は免れました。ただ、この病院は都内だけでなく近県の人も来るらしく、とても混んでいて最初は個室を希望しても、夜には私の体調も落ち着いてきたとのことで4人部屋から車椅子で6人部屋に移され…。(トイレは点滴台を引きながら行きました。)生まれるときに36週2300g以下の場合はNICU対応になるそうで、私が21日に超音波で見てもらったときはまだ34週2172gでした。後3週間お腹で保ってくれれば保育器は必要ないので前の病院で対応出来たそうですが…。個室に入り易く近所なので前の病院に戻りたいと思いつつ入院1日めを過ごしました。入院中でも病室で携帯メールは使えるらしく、ダンナさんにメール出来るのが救いでした。やっと妊娠できたのに、私の判断で早産になると分かったら母に怒られるだろうな~とか赤ちゃんにも申し訳ないという気持ちでいっぱいで…。うちの実家にはダンナさんに電話してもらうことにしたのですが…。(私は電話できない状態だったんですね…。通話はサロン室でしかできないらしくて私はトイレまでしか行ってはいけないと言われたのでした。)…ダンナさんも怒られると思ったのか22時頃までしてくれず…(^^;)。家に帰ったダンナさんから、「連絡が遅い」と母から怒られたというメールがありました…。とりあえず、この日は生まれずに済んで良かったと思ったのでした。
2004.10.21
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株主セール初日の日記にレスを頂き、どうも有難うございました(^0^)/。また後程お返事させて頂きますね。この日は2日めでした。雨は降っていなかったのですが、肌寒かったです。初日が台風だったので、断念された方々が2日めに行くと思っていたのですが、初日より混んでいなかったような…??。意外でした。そして、品揃えも初日の方が良かったような…(^^;)。それと…、業者は午前中で帰るので、業者対策の為に午後から良い品物を出すとか聞いた事がありますが、最近の業者さん達は午前中だけでなく結構終わりくらいまで居るような気がします…。私達が最初に入ったのは初日にコートが掛かっていたコーナーです。初日にゲット出来た内側チェック柄のダウンやライナー付きのブルゾンは無かったです。白のブルゾンが1着だけ残っていたので買いました♪その後、一応、カットソーなどが入っていたワゴンに並びましたが、そこも初日の方が品揃えが良い感じでした…。…と言いつつ、フード付きの白いカーデ(1万9千円→7千円)を買いました。バッグも初日の方がたくさんあった気がします。白ベースチェックはポーチと横型手提げしかありませんでした。バッグを出た所でブルレの手袋やストール、マフラーがあり、手の平部分が革で手の甲部分がチェック柄になった手袋が気になったのですが…革の部分が汚れていたので気になって止めてしまいました。ちなみに1万7千円→9千円でした。でも代わりに(?)、初日に悩んで買わなかった、かなり小型の折りたたみ傘を2本買ってしまいました…。小さくて可愛いかったのでした…。途中で出たときにはすぐに無くなってしまい、最後に少し出てきた時にダンナさんに取ってきてもらいました。1万6千円→6千円でした。他にロンドンのチェック柄ストール(税別1万5千円→7千円)とカシミヤ100%のマフラー(2万5千円→5千円)を買いました。2日続けてのセールだった為、いつもより早起きした私は途中で眠くなって、イスに座るとウトウトしてしまい、その間にダンナさんにも何度か紳士物を覗きに行ってもらっていたのですが、相変わらず何も買わずで…(^^;)。私も2日めはそんなに買わなかったので、送らずにダンナさんが持って帰ってくれました。喫茶も寄りました♪帰宅したら、夜に初日の戦利品が届きました。因みに、画像の上から2段めの左端はプレゼント用です。父にロンドンの長袖ポロシャツ(税別1万4千円→7千円)母にロンドンのストール(1万5千円→7千円)頼まれ物の子供用のダウン(3万9千円→1万2千円)母用のストールは、一番下の段の左端の画像のストールと色違いです。赤チェックがカシミヤ100%です。上から2段目の右画像の白ベースチェックのバッグ、店頭にあった頃から気になっていたのでゲットできて嬉しいです。ただ…、これに6300円のハート型で同じチェック柄のキーホルダーをつけたらもっと可愛いだろうな~と…(^^;)。もう完売かもですが…。今回、一番の目当ては画像の一番上の段の左端と中央のブルゾンでした。白が無かったのですが、色違いで2着買えて満足です☆(6万6千円→1万5千円)株主はいつも価格があまり下がっていないのですが、昨年もコートを買い捲った気がします。今年も目当てのコートをゲットできて嬉しかったです。はっきり言ってかなりの金欠ですが…、またセールに行きたいです~。
2004.10.10
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今日の東京は今年最大級の台風が直撃した日でしたが、100円ショップのレインコート持参で(爆)、夫婦で株主優待セールに行ってきました。父母が今年の春に三陽の株を買ってくれたおかげで(私がそれだけ「セール」という言葉を連呼していたのか…汗)、今回から株主優待セールチケットを落札しなくても良くなったので、是非2日続けて行きたいと思っていたのでした。父母からは前日に「外出禁止」「ニュースを見なさい」と電話が掛かっていましたが…(^^;)。私は買い物を悩む方で、つい最後くらいまで居てしまうのですが、今日はセールの途中で台風ニュースと蛍の光の音楽が流れ、普段より1時間早く終了したおかげで、無事電車が走っている時間に帰ってくることが出来ました。外出中に両親から在宅確認の電話が掛かっていなかったので良かったです(爆)。結構早めに並んだつもりでしたが、台風でも転売屋の人は皆来ていて、開場前にはかなりの人数の割り込みがあり、ダンナさんは憤慨していました。そうそう、ブルレの限定物に並んでいると、後ろで子供に「今日は仕事だからね」と言い聞かせている親が居ました…(--;)。店頭で販売されていた頃からずっと気になりつつも、定価が約7万円で、とてもショップでは買えず、今までのセールでは一度も見かけなかった、中綿・ファー&フードが付いたショートブルゾンが、最近、オークションに何着か出ていて、私が行かなかった9/22のセールに出ていた事を知りました。オークションでは高値になるので、セールに出るなら是が非でもセールで買いたかったのですが、株主セールはたいてい今期物なので、諦めつつ会場に入ったら、なんと最初に行った限定コーナーでその黒が掛かっていたので、すぐに取りました~!定価税込6万9300円→1万5750円でした~(^^)。私の第一希望は白でしたが、白は元々出ていなかったと思います。迷った末、黒とベージュを1着ずつ買いました。2着買ってもお買い得で、凄く嬉しかったです♪それから…、上のブルゾンと同じ時期に発売された、中に取り外し可能なボーダー柄のカーデガンが付いているショートブルゾンも発見し、黒を買いました。実はそれも前から気になっていたものでしたが、同じく今まで一度もセールで見た事がなかったもので…、台風の中を頑張って行った甲斐があったと思い、嬉しかったです(^^)。ちなみに、今日ブルレは全て限定コーナーに入っていて、私が最初に入った、コート、ワンピース、ブラウスが掛かっていたラックの限定コーナーは一人5点まででした。私はダンナさんと一緒に入ったので10点まで良かったのですが、私が珍しく5点しか取らなかったので、ダンナさんに「2人で入った意味ないじゃん」と言われました…。(重いコートを持ってもらっただけでも私には意味があるのですが…)そのコーナーは最初はブルゾン、コートが沢山出ていて、今期物もありましたが、今期物は3万円~4万円以上していたのと、あまり好きなデザインではなかったので、取らなかったのでした。チェック柄のブラウスも9450円と少しお高めでした。セール終了前にそのコーナーを見に行ったら、メンズブルレのコートも出てきていて、ブルレではチェック柄のワンピースがたくさん出て余っていました。その向かいは、トップス(ニット、カットソーなど)の限定コーナーで、一人3点まででした。こちらも最初はダンナさんと入りましたが、あまり欲しいと思えるものが無く、店員さんに「チェック柄物のカットソーなどはありますか?」と聞いたら、「今日は無いですね~」と言われました。今期のロゴものとか、デニム生地とファスナーが中央についたデザインの半袖などあり、面白いので手にはしましたが、結局買いませんでした…。9月初めのセールに出たものが多かったです。株主では確か2箇所に分かれてブルレが販売されているはず…と思い、もう1箇所を探しに行こうとしたら、途中のワゴンにブルレのマフラーが…。全体が白で、マークもあり、一部ボーダー柄になっているものが5千円だったので買いました。その後、行列が出来ているところに行ったら、ブルレのバッグコーナーでした。今期のチェック物などあり、一人3点まででした。私は白ベースチェック物に弱いのですが、横長の手提げバッグと縦型手提げバッグ、2way(?)ポーチがあったのでとりあえずそれを全部取って、ダンナさんと二人で合計6点持って出ました。ベージュチェック物は無かったです。その後、父用にバーバリーロンドンのポロシャツ、母用にバーバリーロンドンのベージュチェック柄のストール(各7350円)を買い、ダンナさんにも好きな物を見てきてもらったりして、時間がアッという間に過ぎていきました。特に今期物のブルレバッグは値引率が悪く…、最後の最後まで悩んだのですが、蛍の光が流れて、ダンナさんがイライラし始めたので、また明日行けば良いか…とか思って白チェックの横型バッグとポーチは置いて帰りました…。帰りにバッグコーナーをちらっと見たら、横型手提げは結構残っていました。買ったのは、白チェックの縦型(?)手提げ、ピンクチェックの肩掛け、水色チェックの肩掛けです。株主セールなので、喫茶店券付きでしたが、クッキーの種類が4月より減っていた気がします…(^^;)。ダンナさんは何度も紳士物を見に行ったのですが、結局、「気に入ったものが無い」とか言って、何も買わず(勿体無い…?)、帰りは暴風雨の中を歩きながら「今日も奥さんの自己満足を満たすためだけに付き合った」とか言われました…。父母のものも含めると17万円使っていたのと明日も行く予定だったので、言い返す言葉が無く…(^^;)。17時半頃に家に着きました。帰りはギリギリだったと思いますが、電車が普通に走っていて、ミスドに寄る余裕もあり、本当に良かったです。長くなりましたが、商品は配送してもらったので、画像はまた後日に…。
2004.10.09
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