2026.10.12
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テーマ: 読書(10279)
カテゴリ: 本


小学館
2015年10月26日 初版第一刷発行


♣︎僕=ラリー。
1981年11月11日生まれ。30歳を過ぎている
♣︎ジェニファー・テーラー
ラリーの恋人
♣︎祖父=元海軍士官

僕はプロポーズをするつもりで、ニューヨークの有名な店で7000ドルの指輪を買った。日本人はまるでハンバーガーを買うように、ブルーグレーのラッピングをした箱をポンポンと買ってゆく。

僕には父母がいない。僕が幼い頃に離婚してそれきり父母に会っていない。10年前に祖母が亡くなってからは、祖父だけが僕の家族だった。
祖父は誰からも姓名を呼ばれたことがない。人は皆、敬意を込めて「提督(アドミラル)」と呼んだ。

僕の恋人ジェニファー・テーラー。彼女はこよなく日本を愛している。


ジェニーは、指輪の箱を指先で押し返しながら言った。「今のあなたにプロポーズされても、私は答えを出すことができない。愛しているけれど、恋愛と結婚は違うと思う。結婚には価値観の共有が必要なの。プロポーズの前に、日本を見てきて欲しい。休暇をとって一人でゆっくりと。あなたが日本を理解して帰ってきたらそのときは、プレゼントを受け取る」という。そして、旅先からはメールではなく、あなたの手で書いた日本の感想を送ってほしい。あなたの感じたままの日本を知りたいのだと言った。

日本に向かう機内で、日本航空の白地に赤いロゴマークの鳥の名を聞いた僕に、キャビンアテンダントは「丹頂鶴」をデザインした家紋の一つであり、パスポートの菊のマークは「天皇家の紋章」であること。そして日本人の誰もが由緒正しき「家紋」を持っていることを教えてくれた。

燃え盛る紅葉の只中に建つ清水の舞台はどの角度から見ても美の死角がなかった。天然と人工物のこんな見事な調和を、僕はかつて知らない。
高級旅館では、あっという間に出来上がったベットメイキングショーに驚嘆。ジェニファーが熱く語っていたコンビニに入ってみて、品揃えと支払い方法の多様さに驚いた。ここはコンビニエンス・ストアではなくて、インテリジェンス・ショップだ。

日本は奥深い。コロンブスがアメリカ大陸を発見するより700年も前に、ここは日本の首都として営まれた。僕は1200年にわたって蓄積された京都の文化に翻弄され、わけもわからぬままに彷徨っているだけだと思う。極東の島国であるだけに外国の侵攻を蒙らず、固有の文化を形成し続けてきたというところが、ローマとは違うことを知った。

清水寺で出会った着物がよく似合う美しいマコトが大阪を案内してくれた。たった1日で大阪が大好きになった。ミナミの繁華街に入ったときはとうてい君の趣味じゃないなと思ったんだ。ても、人ごみの中を歩いているうちに、この町の魅力は趣味以前の問題だと気づいた。総じて知的水準の高い日本人が声を揃えて「適当にやろう」と言っているんだ。こんな素晴らしい文化都市が、いったい世界のどこにあるだろう。

僕には父がいないことで、父という重大な世代が欠落していた。とんでもないハンデキャップを背負っていると気付いたのだった。僕の心の中に、コンプレックスという異教徒がいた。ぼくはいつだって自分の航跡を振り返りながら、他人と語らずに自分自身と対話してきた。つまり甚だ常識を欠く。実害はないけれど面白くもおかしくもないコンサバティブだった。

だがジェニファーは違った。彼女はぼくの全てを愛し、許容してくれた。そして僕の気付かぬ失言や失態を、その場でたしなめ、説明し、時には叱りつけてくれた。だから僕も怖れずに、僕のプライバシーを包み隠さず伝えた。

嵐の中で黄昏てゆく東京の景色をぼんやり眺めながら、僕は祖父母に感謝した。彼らが僕と父母との絆を断ち切ったのは、父母の顔すら記憶していないぼくに、醜い諍いを孫にみせたくなかったからと知った。
旅に出て、様々な人との出会った。東京の街で出会った裕福な家庭で育ちながらも孤独な少年は、僕自身だった。その少年の母である魅力的なマダムが別れ際に言った言葉に、僕は呆然と立ち尽くした。
「私の故郷、北海道の釧路に行って、丹頂鶴の舞を見てきてほしい。プリーズ・ウォッチ・クレイン・ダンス」


ジェニファーが夜ごと熱く語っていた、その「鶴の舞」を見に、釧路にやってきた。日本に来てまだ2週間。それでも日本を堪能したというには程遠い。

僕が北海道に飛んだ最大の理由は、丹頂鶴のクレインダンスを見るためだけではなかった。美味しいシーフードをお腹いっぱい食べたかったのだ。降りしきる雪をものともせず、フロントの女性が教えてくれた閉店間際のフィッシュマーケットに踊り込んだ。勝手がわからずウロウロしていると、店を片付け始めていたおばちゃんが教えてくれた。Lサイズのライスの上に、ゴージャスなシーフードがてんこ盛り。他の観光客の3倍くらいある。一口食べた途端、僕は一頭の鯨になった。

おなかが少し落ち着いたので、雪景色を眺めながら、ホテルで教えてもらったもう一つの「炉端」へ行った。店では「おまかせ」と「アツカン」で通じた。熱燗の酒はこれまでに味わったことがない芳醇な味がした。塩辛もたちまち酒と溶け合った。店主が焼き始めた干物の名前を聞くが要領を得ない。すると、カウンターの袖で編み物をしていた謎の老婆が、思いもかけずネイティブな英語で言った。「ディス・イズ・ベスト・フィッシュ」。

他の客が帰ったころ、謎の老婆が僕に話しかけてきた。「ニューヨークから来ました」という僕の返事に、店主の手がとまり、店主の妻は、立ちすくんでしまった。
しばらく間を置いて、老婆はシガレットをくわえた。

明日観に行くつもりだと答えると、「湿原は広くて、丹頂鶴は少ないよ。あたしが案内してやろう」

静かな朝である。外は一面の雪景色であった。
雪のしじまを破って電話が鳴った。
「グッドモーニング、ミスタークラーク。お客様が一階フロントでお待ちです」老婆は、ボランティアガイドのカナコさんだった。
カナコさんは僕に言った。
「ミスタークラーク。あんたがシリアスな(切羽詰まった)目的で、ここまで来たとは思えない。だとすると偶然なのかね」
意味がわからないという僕に
「だとすると神様のお導きか」

ローカル列車に乗り合わせた観光客は、途中の駅でみな降りてしまった。走るほどに斑な雪景色が一面の純白に変わった。「湿原を見るだけならそこらでいいが、あんた1人に見てもらいたいんだ」
「ゴー・アヘッド」
そう呟いて足を踏み出すとじきに、百ヤード先のログハウスから、パイプをくわえた漢が出てきた。すり切れた皮のブルゾンを着た、日本人にしてはかなり大柄の初老の人物だった。
僕らはきらめく氷の帷を隔てて見つめ合った・・・。
そして、ほとんど同時に質問をした。
「ダディ?」「ラリー?」
それから考えるまでもなく、またほとんど同時に、「イエス」と答えた。

愛するジェニー。ぼくらはいま、ログハウスから張り出したウッドデッキに腰掛けて、コーヒーを飲んでいる。母の行方は知らないが、たぶんカンザスかオクラホマで幸せに暮らしているだろう、と父は言った。
それならそれでいいさ。差し当たっての問題は、父がどこから見ても日本人だという事実なんだ。英語はかなり錆びついていたけれと、会話は十分に通じた。君は会ったことがあるんだろうね。
父は1949年に、アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれた。進駐軍の落とし物だった。それ以上の詳しい話は、父自身も知らないらしい。かわいそうに生まれてすぐに施設に引き取られたからだ。
それからの事情は僕自身が拒んだ。限られた時間を大切ににしたかっただけさ。祖父母の消息だけを伝えたら、黒い瞳にいっぱいの涙をたたえて、俯いてしまった。「自分は親を知らなかったら、親になり切れなかった」と、詫びた。言った途端に、自分の都合で僕に同じ思いをさせたことに気づいた。
「ノープロブレム」僕にはハンデキャップは何もない。それより、クレイン・ダンスが見たいんだと言った。
父が住むログハウスの周辺は丹頂鶴のサンクチュアリだった。いまから30年前に、リタイアした先代の「不思議な人間」から父が家と餌場を引き継いだのだ。僕の容姿には日本人的な部分がまるでないし、父も外見は全く日本人なのに、僕らはガイドのお婆さんが「ひとめ見てわかった」というくらい似ているらしい。

父が指笛を吹いた。雪空に首をめぐらして、高く、長く。すると、はるかな地平線がごそごそと動いたと見る間に、ダイヤモンドダストを蹴散らして、一群の鶴が舞い上がった。
祖父が誉め讃える空軍のアクロバット飛行も、このレッド・クラウン・ダンスの編隊には遠く及ばない。

朧な夕日が湿原の西に沈むころ、別れの握手をかわしながら、父は思いがけないことを言った。
「ラリー。もう2度と来るなよ」
言った途端に父は剛直な口元を引き結んで噎せんだ。





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Last updated  2026.10.12 14:25:11
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Re:我が心のジェニファー・浅田次郎(10/12)  
  katananke さん
一時浅田次郎も読み漁ったので 読んだかしらんとおもったけど このあらすじを少し読み出して

その先を読むのはやめにしましたよ〜

昨日読み終えた 夏川草介も 読んだようなm、、とおもいつつかりたけど やっぱ 2年前に読んでいた〜

でも 詳しく覚えてないからもう一度読み終えたけど
2度読みしてみてよかった〜
その理由は、、 次のわたしのブログで 書いてみますね〜


(2026.10.12 21:43:57)

Re[1]:我が心のジェニファー・浅田次郎(10/12)  
  katanankeさんへ

以前の私は、「多読」というか「乱読」というか・・・。
私も、読んだような気がするけど・・・と、いうことが多くて、あなたと同じような状態でした(笑)

あるとき、自分自身の備忘録と、脳みその劣化防止のために
記録を取ることにしたのです。

書いた文章を何度も読み直して、どうまとめるか、散々思案してまとめています。
正直言って、読むより時間がかかるのよ。
誰のためでもない、自分自身で自分の状態を確認するためなんです。

(2026.10.12 22:26:25)

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☆末摘む花@ Re[1]:秋晴れの岡村公園(10/12) katanankeさんへ お互いに去年と今年は大…
  katananke@ Re:秋晴れの岡村公園(10/12) 秋晴れの日は どこかに出かけたくなりま…
☆末摘む花@ Re[1]:秋晴れの岡村公園(10/12) 曲まめ子さんへ 東京のお友達の気持ち、…
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☆末摘む花 @ Re[1]:我が心のジェニファー・浅田次郎(10/12)   katanankeさんへ 以前の私は、「多読…
  katananke@ Re:我が心のジェニファー・浅田次郎(10/12) 一時浅田次郎も読み漁ったので 読んだか…
☆末摘む花@ Re[1]:秋晴れの岡村公園(10/12) マルリッキーさんへ この季節、秋晴れの…
☆末摘む花@ Re[1]:秋晴れの岡村公園(10/12) ♪テツままさんへ 運動会のテント、朝の6…

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