「絶対無の戯れ」
ダンテス・ダイジ 1990/7 森北出版
「ニルヴァーナのプロセスとテクニック」
、
「アメジスト・タブレット・プロローグ」
に
続く、雨宮第二の第三冊目。この本もダンテス・ダイジの死後にでている。この本では、誕生日が1950年2月12日となっているので、結局、これが正解なのだろう。この本は、彼が自分の「悟境」を自由詩にして歌った詩を一冊にしたものと思われる。
本だけ読んでも、実際の人柄やその悟境のすべてについてわかるものではないが、しかし、その表現物だけを手がかりに、何事かを知る、ということも有り得るだろう。彼の本を三冊読むと、それなりにアウトラインが見えてくる。
この本には、前二作にあった「当社の許可なく本書の全面または部分的な複写・転載を禁じます。」の文言がなかったので、あえて一つだけ、引用させていただく。
私はクリシュナ
私は一人のサニヤーシン
現代文明は私を不適応者と呼び
時に生活無能力者と唾棄する
だが私は一人のサニヤーシンにすぎない
私の目的は生活を便利に
また豊かにしたりすることではなく
人間が人間である限り
決して避けるすべのない
人間生命の不如意と不条理を
また病いと老衰と死の虚無とを
超えること離脱すること
久遠の愛という至福を生きること
何かに対しての自由ではなく
すべてのものから自由を実現することだ
それゆえ私は
私の衣食住に執着することなく
因縁に従って出で来る一切を
受容し祝福する
私の世界への愛情は
人々への深いやすらぎと
不滅の智慧とを示唆するばかりだ
私の眼には肉体の死は映らず
それゆえ私は
この慈愛に生かされて
餓死も十字架上の死も毒盃も
いとうものではない
愛と自由の顕現は
自己保存のあらゆる合理性を無視し
私自身の思いのままに
大宇宙のいとし子なる私を生かしめる
偉大な社会人達よ
時に私の生き方に見られる
非常や狂気を許したまえ
あなた達偉大な社会生活者がいなければ
私はないのだから
ただ私は私の道を行く以外にない
それは私だけの道であり
決してあなたの道ではない
私は一人のサニヤーシンにすぎない
(後略) p14
「ダンテス・ダイジについて」
という
サイトでの情報もある。
<異説>親鸞・浄土真宗ノート 2009.03.15
意識は科学で解き明かせるか 2009.03.14
感じる脳 2007.09.10
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