地球人スピリット・ジャーナル1.0

地球人スピリット・ジャーナル1.0

2007.05.19
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カテゴリ: レムリア
「幻のレムリア大陸」 南海に消えた謎の古代王国 ルイス・スペンス著 浜 洋訳 1968/4 大陸書房

 レムリア本に目を通すなら、まずはこの本に敬意を表しておかなくてはならないだろう。日本におけるレムリア本の草分けであろうと思われる。

太平洋上から忽然と消えた謎の大陸に、”レムリア”の名称を与えたのは、いったいだれであろうか。それは著名なイギリスの博物学者、フィリップ・ラトレー・スクレーター(1829~1913)その人であった。当時、失われた大陸のあるらしいことは、多くの人々が認めていたが、スクレーターは初めてそれに”レムリア”なる名称を冠したのであった。その根拠は?
 失われた大陸は、地質学者によると、地球上で最大のベース(大陸の基礎大地)をもつ大陸塊であった。スクレーターは長年の研究の末、その大陸にかつてレムール(狐猿の一種)が棲息していたことを実証した。狐猿の進化の過程を調べるうちに、その結論に到達したのである。かれはレムールがモザンビクからは目と鼻の先にあるマダガスカルには棲息していながら、アフリカ大陸にはいないこと、そこからインド洋を経て、はるかセイロンやスマトラには棲息した形跡のあることをつきとめたのであった。スマトラから発掘された化石は、約5千万年前(近生代初期)のものであることも判明した。そこでスクレーターは、マダガスカルはアフリカに属するのではなくて、むしろインドからアジアと同じ地続きではなかったのかと考えたのである。ということは、かつてそこにマダガスカルからインド、東南アジアにわたる大陸が存在したのだと確信した。
 こうしてレムリアの名前が誕生したのであった。この名称は”失われた大陸”にもっともふさわしいものとして、多くの人々の賛同をもって迎えられた。
p14

 マダム・ブラバッキーについてもふれているが・・・

ブラバスキー女史は極めて異色の学究である。彼女の発表する論文は、いつもかなり個性的で独特のものである。女史は熱心な神秘学者ではあるが「神秘の理論」なる著書の中で、レムリア民族について述べている。
 「・・・・レムリア人は両棲類であった。パプアやホッテントット、オーストラリア原住民はこのレムリア人の進化したものである・・・・・」
 ブラバスキー女史のこの結論の根拠をもうすこし詳しく読むと次のようだ。
 レムリアの名称は、先史時代の生物学上の基礎的研究から、P・L・スクレータ氏がつけたものである。氏によればその大陸はアフリカの一部をふくみ、マダガスカルからセイロン、スマトラまで広がっていた。他方、インド洋からオーストラリアの方へも連なっていた。今日残っているのは、その大陸の丘の部分だけである。それは地質学の第三紀代には北方の大陸ともつながっていた。そして始新世第三代の前に沈没した。
p108

とにかくこのような大昔に存在したレムリアの人種は半獣半人だった、というのが女史の主唱である。レムリア人は巨人で、のちになって類人猿に進化したともいう。また女史は、二つの大陸のことにもふれ、黄色人種と黒人種がそれぞれ住んでいたという。p109

 神秘学がどのような宇宙観と体系を持つのか筆者には不明だが、人類(らしきもの)は初め極地方に誕生した。地球は生成の混とんとした時代、自転の速度の影響を大きく受けて、次第に現在のような形になったというのである。
p109

ブラバスキー女史の考えはほとんどインドのサンスクリットを土台に、神秘学上のコスモロジー(宇宙論、世界観)を加味したもので、寓話以上の域を脱し得ないことは、もう賢明な読者にはおわかりと思う。 p110

 と手厳しい。あるいはシュタイナーや、チャーチワードについても言及する。

スタイナー氏の説はおよそこのようなものである。これの真意は筆者には理解しがたいのであるが、要するに、レムリア大陸の年代的な古さ、また完全に哺乳類として独立進化していない人類が住んでいたことを主張するもののようである。筆者にすれば、これらの考え方は全然、ナンセンスで問題とならない。科学的な真剣な態度を放棄した仮想の物語にすぎないといえる。
 また有名なチャーチワード大佐の「失われたムー大陸」は部分的に非常に優れたものと思われるのだが、その出発点にすでに誤りがあるのではないかと考える。
p111

 まさに科学者として一目置くに値する著者ルイス・スペンスだが、あるところでは、意外と甘い点数をつけている。矢追純一の 「失われた世界への旅」 にもでていた、1932年にエドワード・ランサーという記者が「ロサンゼルス・タイムズ・スター」に書いた記事について、長々と紹介し、ほとんど全面的に肯定的な評価を下す。

シェスタ山中で働くある樵夫の話である。レムリア人の子孫たちは、チベットのラマ僧のような術を心得ていたらしい。望めばいつなんどきでも、自分の姿をかき消すことができた。 
 しかしいつでも逃げるように消えることだけではなかった。かれらは近くの町へ歩いて山を降りてきた。背は高く髪は短く切っていた。衣服はインドの高貴な婦人が身にまとうような白い長衣であった。その容貌には、どことなく近寄りがたい気品が漂っていた。
p125

かれらはシェスタ山中に、豊富な金鉱を持っていたに違いない。かれらが他国人を近づけないのも、一つにはそれが理由かも知れない。レムリア人はその富を独り占めにしようとしたのでは決してなかった。チャリティーショーのときなど、どうしてその開催を知るのかわからないが、巨大な金塊を寄贈したりした。戦争中には、赤十字にも寄付した。日本の大震災のときには赤十字を通じて多大な金塊を送っている。かれらがレムリア人の子孫であることを筆者は信じて疑わない。 p126

 なんと、レムリアの子孫たちが、(関東?)大震災の時に日本に多大な金塊を送っていた、というのが事実なら、これは大変なことだ。ひょっとすると、第二次世界大戦後の復興にも協力している可能性もある。にわかに、チェロキー少年・多火手の親方の仕事と連動してくる可能性がでてきたのは驚きだ。

かくて、金髪人種は賢人、魔法使い、偉大なる建築家、芸術的センスに溢れた彫刻家、太陽崇拝者ということが理解されたと思う。広大なレムリアには時代を経るにしたがって人種の混交、移動もあったが、金髪人はその支配者であった。そして太平洋こそ、かれらの生誕の地であったといえる。 p126

 私は
「ガラス玉演戯」 を手にして、「レムリアに都市計画者という仕事があった」だろうか、などと思案にふけっていたが、ここではあっさりと、「偉大なる建築家」はいた、と断定されてしまっている。ホエ~・・・ 私は、この本の著者のルイス・スペンスのような科学者的マインドを豊富に持っている人間ではないが、ここまで来ると、こりゃぁ何かあるなぁ、と直感的にそう思う。

メキシコに入ると、ここにもいくつかの古代文明がみられる。テオチワカン、トルテカ、アステカがそれである。これらとマヤ文明の関連性も多くの学者が認めている。 p242

 ここまできて、ようやく個人的にも、マヤのカレンダーを研究する気がおきてきた。2012年まではまだ時間がある。

 そして、最後に著者は、二十カギ括弧でこう断言している。

筆者は結論する。
『レムリア大陸は仮想のものではなく太平洋上に実在した』と。
p257 





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Last updated  2009.01.21 07:33:58
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