「失われた地平線」
ヒルトン、 増野正衛・訳 1959/12 新潮社 文庫
映画版
「失はれた地平線」
を先日みていたので、いくら小説苦手な私でもなんとか、この文庫本は一気に読むことができた。映画版と原作は、他の映画でもそうだが、微妙に、あるいは大きく異なる。この本の場合はどうなのだろう。原作のほうが、より素朴で、シャングリラという「チベット文化」に対する理解は薄い。ここに書かれているラマ僧たちは、中国文化と日本文化と、ごっちゃになって、いかにも、西洋的「シャングリラ症候群」元祖という感じだ。しかし、それを怒るまい。そんな時代考証や文化考証よりも、この小説が巻き起こしたシンドロームのほうが、大きな意味がある。
張(チャン)老人は、ほとんど囁きに近い低声で、ゆっくりと語りだした。
「そのことをごく簡単に要約してもうしますとですな。われわれの信仰の主流となっておりますのは、中庸ということだと申せましょう。われわれは一切のことにおいて、行き過ぎを戒めることを徳としておるのです。逆説めいた言い方をお許しいただかねばならんのだが、徳そのものの行き過ぎをさえ自戒せねばならんのですよ。みなさんもすでに御覧になりましたあの渓谷、あそこにもわれわれの命令に従って数千人の人たちが居住しておりますが、そこでも私どもは中庸の徳が人間の幸福に大いに資するものであることを教えられました。われわれはここで適度の厳格さをもって支配し、その返礼として適度に服従されて満足しておるのです。ここの住民たちは適度に真面目であり、適度に貞淑であり、適度に正直であると、こう申して決して過言にはならぬと思いますよ」
p102
張老人に連れられて主人公コンウェイは大ラマにあう。
「切り抜けて、生きながらえる・・・と申しますと?」
「その望みはあるのです。おそらくこの破局は、あなたが今の私ほどの年齢になられるよりも前に、やってくることでしょうから」
「それで、このシャングリ・ラがその破局を免れることができると、そうお考えなのですね?」
「おそらくはな。われわれは御慈悲を期待するものではありませぬ。しかし、当地が見逃されることは、わずかに希望することができましょう。われわれはここにあって、書物や音楽や冥想を守ってゆくのです。滅び去る時代のひよわく優美な遺物を擁しつつ、人類の欲望の炎がすべて燃え尽きた後に、新しい世界が必要とするに相違なところの叡智を追求しつつ、ここで生きながらえてゆくのです。ここには、われわれが育み護って、やがて残し伝えるべき遺産があります。その時がやって来るまで、お互いに人生を楽しみ味わうことにしようではありませんか?」
「そして、その時がきましたら?」
「その時には、よろしいか、強者どもが相互にむさぼりあって果てたその時には、初めてキリストの倫理が履行され、柔和なるものは幸福(さいわい)なるかな・・・ということになるのですよ」
囁きに似た大ラマの声には一抹の強調が加えられ、コンウェイはその声音の美しさにうっとりさせられた。
p216
コンウェイはなおも沈黙していた。
「わが子よ、シャングリ・ラの資産と運命とを、私はあなたのお手に委ねますぞ」
遂に緊迫した空気は破られ、コンウェイはその彼方に、温和な、恵み深い説得の力を感じたのである。大ラマの言葉の余韻が室内にただよい、やがてそれが消えてゆくと、残るはただ銅鑼のように高鳴る彼の胸の鼓動だけだった。やがて、その鼓動を遮るように、再び言葉が続いた。
「わが子よ、私はあなたがおいでになるのを、久しい間お待ちしておりました。私はこの部屋に坐って、多くの新来者の顔を眺めてまいりました。その眼を見つめその声を聞きながら、常に私はあなたのような人が見いだせるようにと念じておったのです。私の仲間はみな年老いてから賢明になりましたが、まだ年若いあなたは、すでに賢明になっておられる。コンウェイ、私があなたに委ねる仕事は、決して成し遂げがたいものではありませぬ。われわれの宗団には、わずかに絹糸にも似た絆しかないのですからな。柔和で忍耐強くあること、心のゆたかさを愛し、吹きすさぶ外界の嵐を余所にして、叡智と秘密とによりこのシャングリ・ラを主宰してゆくこと---これらはすべて、あなたにとっては楽しく容易な仕事である筈です。そして、あなたは必ずやこの上なき幸福に恵まれるでありましょう」
p270
ヘッセの水彩画 2007.11.04
ヘルマン・ヘッセ 雲 2007.11.04
わが心の故郷 アルプス南麓の村 2007.11.04
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