初読<5>からつづく
「魂の螺旋ダンス」
はるかなる今ここへ<6>
長澤靖浩 2004/12 第三書館
著者 からの
書き込み
はこの
部分についてだ。
そして黄泉の世界でのケガレを身禊する際に、数々の神が誕生するのだが、その中に王権に繋がる三貴子、アマテラス、スサノオ、ツクヨミが含まれるわけである。つまり、国土や自然の諸力は、男女ニ神の交わりと協同の中から生まれるのだが、王権につながる三貴神は、男性神が独りで生み出すのである。ここには、重要な思想が、期せずして正直に語られている。すなわち国土や自然の諸力を生み出す原理は両性の交わりの豊饒性であるが、王権を生み出すのは男性神の単独の力であることが、明らかにされているのである。
p63
なるほど、そう書いてあるのか。申し訳ない、日本人でありながら(たぶん)、「古事記」や「日本書紀」をまともに読んだことがない。その記紀神話から日本が成り立っているのだ、というフィクション(といってしまっていいのだろうか)はフィクションとして、そこから自分の存在、というものまでの繋がりを考えたことがない。
日本神話が、男性優位思想と障害者差別から始まっていることは、非常に象徴的である。この二点は、国家が軍事的な性格を強める際に、くり返し強まる性格を持っている。明治以降の大日本帝国もそうであったが、ナチスドイツの誤った優勢思想に基づく障害者大量虐殺もその最たるものであった。
p63
個人的な乱雑なメモに近いわがブログなど、もともと大して精緻な思索などできていないのだが、少なくともネット上に書いている限り、あまり込み入った不確かなことをむやみに書いていくのはよしておこうと思う。そういうことにはいっさい自信がない。しかし、この辺のabhiの文章に対して、そのような考察があるのか、と感心しつつ、どこかで、この神話の世界に対する拒否感がつよいのは、どうしてなのだろうか。
障害者についてもだが、とくに男性優位のくだりや、女性性のありかたと「秘された神」ツクヨミの関係などについては、あらためて納得することが多い。しかし、私自身は、自らの住んでいる地域性や、今までの教育のされ方などから、どうしても記紀神話には乗り切れていけないものを感じる。なぜだろう。
それは、まぁ不確かながら、自らは、「まつろわぬ」民の末裔である、と考えたほうが納得がいくからである。近くにある多賀 城の、
「アラハバキ」
神
などについても、詳しくはなにも知らないのだが、その質素な小さな社の前に立った時、皇居参賀や、伊勢神宮や出雲大社に参拝したときとおなじくらい、あるいはそれ以上のスピリチュアリティを感じるのである。
私の生家の屋号は、7つの島という意味を持っている。それは代々受け継がれてきたものだが、その由来は、近くにある遺跡にある。くわしくは省くとして、近くには7つの塚があり(今は住宅地になって、見る影もない)、小さな観音が祭られている。その塚のいわれは、安倍貞任と八幡太郎義家が戦った時、敗北した貞任軍が退却するさいに、武器を隠して埋めたとされている。
その当時から血脈が繋がってきているかどうかは確かめようがないが、私には、どうも記紀神話に対する根本的な拒否感がある。もっとも、まつろわぬ者たちほどの反逆性を持ちあわせてもいないのだが・・・。
さらにabhiはこう書いている。
現代の日本、特にニューエイジカルチャーにおいて「古神道」という用語は、検討もなしに漠然と使用されている。その言葉の理解の仕方は混乱しており、時には「天皇制成立以前の日本古来の信仰を古神道という」と信じられている。だが、それはまったくの誤解である。
では以下に「古神道」という用語の成立までの歴史を簡単に追ってみよう。
江戸時代、本居宣長は、それまでは『日本書紀』の影に隠れて顧みられることの少なかった『古事記』に着目し「古道」の名のもとに、「日本の固有の信仰」を復元しようとする。
この時に登場した「古道」という用語こそ、後に「古神道」という用語に繋がっていく言葉の初出である。
p72
なるほど。abhiの本には学ぶことがとても多い。なるほどと、しきりに納得する。しかしながら、私は、どうも性格なのか、このような言葉の精緻な使いまわしができない。例えば、アメリカ・インディアンというべきなのか、ネィティブ・アメリカンというべきなのか、という論争(というほどでもないか)も、興味は湧くが、結局、どちらも使って構わないようだ。あるいはインディアンとか、アメリカ、という言葉でさえ、いままでの理解よりもっと幅を広げて考える必要 があるようだ。(
北山耕平
による
)
私は、いわゆる古神道を自らの道としているわけでもなく、また、さらに遡って縄文人とよばれる人たちに強烈なシンパシーを感じているわけでもない。ただ、指標として、他者とコミュニケーションをする場合に、たがいのイメージの摺り合わせができる程度であれば、それで言葉は足りるとさえ思っている。もちろん、自分がこだわりをもっている部分については、こんな淡白な態度はとれないが、少なくとも、abhiにとって何が重要なのか、ということを、この辺の文章から推測していくことができる。
ところで、
「ツクヨミ--秘された神」
の中
に気になったところがあったので、転記しておく。
ツクヨミノミコトを祀る神社では最多の系統を持つ月山神社は、出羽山形の月山信仰がもとになっている。月山神社・羽黒山神社・湯殿山神社の三社を合わせて出羽三山神社と呼び、一体の信仰となっている。その中心が月山を信仰対象とする月山神社で、祭神は月讀命である。
しかし、もともとの祭神は「御祖神(みおやがみ)」「山神」であって、この地域を代表する三山への山岳信仰が原型になっている。のちに「月山」「月神」の縁で、月讀命を祭神に比定したものである。つまり、これは本来は月讀命と無縁の信仰である。
月山神社は全国に八一社ある。といっても高知の一社を除いてすべて東北地方にしかない。これは祭神が地方神であって、信仰に普遍性がない場合の典型例である。ツクヨミのような「天神」信仰にはあり得ないもので、「地祇」「国津神」の特徴である。
p33
この部分を読んで、なぜかほっとしている自分がいる。月山は月山であってほしい。月山は、金華山、恐山と 並ぶ、こちらでの三大霊場だ。
中沢新一
に指摘されるまでもなく、東北には東北のスピリットがある。
シャスタ山
をアメリカン・インディアン達が聖なる山として崇めたように、月山を聖地として崇めてきた人々がいたことは確かなことだ。それはアイヌの人々であったかもしれないし、縄文人や、あるいはベーリング海峡をわたって北米に渡っていった人々の先祖であったかもしれない。
マヤ・アステカ・インカ
の末裔の人々が、渡来人であるスペイン人たちが持ち込んだキリスト教に帰依しているように見えていて、実は、その以前の神々を礼拝している、ということもあるに違いない。チベットの民衆が、
ボン教
から仏教に改宗したことが(という表現がゆるされるかどうかわからないが)、ほんとにそれでよかったのかどうかは、わからないのではないだろうか。まぁ、この辺はabhiの
「グルイズムからシャーマニズム復興運動へ」p167あたりでも読み直して、ゆっくり味わいなおしてみようと思う。
この辺あたりから、実 は
SPS
につながってくる
話題もあるのだが、まぁ、とにかく、本来、スピリチュアリティは、組織化された外部にあるのではなく、ひとりひとりの内部にあるものであるはずだ、という思いは強い。
<異説>親鸞・浄土真宗ノート 2009.03.15
意識は科学で解き明かせるか 2009.03.14
感じる脳 2007.09.10
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