「1941」
先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
チャールズ・C.マン /布施由紀子2007/07 日本放送出版協会 単行本 621p
★★★★★
「いよいよ(14)国(92)が見えた!」で、コロンブスのアメリカ大陸発見は1492年ということになっている。だが、この本では、あえて、その前年、1491年を意味する数字をとって、コロンブスがアメリカ大陸に到る以前のインディアン(北米)やインディオ(南米)たちの世界や文化に焦点をあてる。もとより、呼称もさまざまな言い方があれど、この本ではあえてネイティブ・アメリカンとか、アメリンディアンなどを使わない。
ハリウッド映画の西部劇を見ると、1880年前後の北米西部に着想を得ていることが多く、その当時の文化を、開拓者達とインディアン達との比較でみることができる。その当時でも、インディアンたちの力はそうとう強く、開拓民たちの生活も、不安定で弱い基盤の中での暮らしぶりであることが多い。
1491年といえば、あの西部劇からさらに400年前のことである。大地に暮らしていた先住民達の生活や文化が、ヨーロッパから流れついた流浪の民達より、はるかに進歩した文化的生活を営んでいたことは、比較的容易に想像することはできる。しかし、それらの痕跡を、どのように描いたらいいのか。その点に、この本は力点を置いている。
わたしは、人類学、考古学、歴史学の研究者7人にこんな質問をしてみた。いまが1491年だとしたら、あなたはヨーロッパ人でありたいですか、それともホーデノショーニー族でありたいですか、と。尋ねられてうれしそうだった学者はひとりもいなかった。現代の価値基準で過去のよしあしを判断せよと言われたからだ。これは社会科学者が、"プレゼンティズム(現在中心主義)”と呼んで否定する誤った考え方なのである。しかしそれでも、7人は全員インディアンを選んだ。初期入植者のなかにも同じように考えていた者がいたようだ。
p580
当時のアメリカ大陸を想像することは意外に容易ではなさそうだ。かなりの記録や記憶が失われてしまっているからだ。しかし、そうした中にあっても、様々な研究で新たな当時の姿がわかりつつある。「実際は、いくつもの都市が築かれ、ヨーロッパより大きな人口を擁し、さまざまな言語と文化」が繁栄していたとしたら、いままで、描いていた歴史観が、大きく変化せざるを得ない。本書は「新世界に欠けていたもの---それは旧世界の病気に対する免疫力」だったのだ。
本書においては、西部劇の西部ばかりではなく、東部、あるいは、北米、南米の、かなり広い地域における先住民達の痕跡を追う。時間軸もかならずしも1491年にこだわっているわけではないので、いままでもってきた「新大陸」に対するイメージが、揺さぶられつつ、抜け落ちていたパーツが、もうひとつ埋められたジグソーパズルのように、さらに明確になる。
インディアンではない読者のみなさまに想像していただきたい。1491年の世界からタイムスリップしてきたホーデノショーニー族の人がひとり、目の前に現れたところを。曲線模様の刺青や、左右非対称に刈った髪、派手に飾り立てた衣服の下に、どこかあなたに似た面影が見えはしないだろうか。あなたはある意味で、ご先祖さまよりその面影のほうによく似ていはしないだろうか。
p583
このブログでも、1491年のホーデノショーニーという切り口ではないが、みずからを大地の先住民の末裔と見立てて旅を始めていたのだった。その旅は始めたばかりなので、以前五里霧中ではあるが、この本のような道標に出会うたび、さらに旅を続ける意欲が湧いてくる。
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