地球人スピリット・ジャーナル1.0

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2007.10.20
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カテゴリ: チェロキー

「網野善彦を継ぐ。」
中沢新一 /赤坂憲雄 2004/06 講談社 単行本 126p
No.834 ★★☆☆☆

 このブログは別に評論のためでもないし、読書のためのブログでもない。日記といえば日記、雑記と言えば雑記、あるいはメモ。なんでもいいが、とにかくブログありきで、まったく平凡なネットワーカーである自分が、ネット社会の中になんらかの孤塁を守るとすれば、手当たり次第で手にした本に、プロボークされた自分の心象を書き留めていくしかない、というあきらめと言えばあきらめ、開き直りと言えば、これまた、開き直り以外のなにものでもない。

 学者達が、どんな縁があったにせよ、一人の先輩にあたる学者の死を惜しんで、追悼の一冊を作ったとして、それが学術的にどれほどの価値があったとしても、はっきり言って門外漢の私には、でもそんなの関係ねぇ!(って小島義男かよ・・オッパッピー!!)。 というわけで、このブログはこのブログで、勝手にやりくりしていくしかない。

 マルチチュードつながりで
「僕の叔父さん網野善彦」 読んだついでに、こちらも覗いてみたが、こちらは二人の対談、ということもあり、分量も少なめなので、必ずしもマルチチュードそのものについて触れられているところはない。ただ、イメージを重ねることができる部分はある。対談者である赤坂が言っている。

赤坂  ぼくは歴史をずっと掘り下げていくということと同時に、水平軸でね、東北に身をずらしていったときに、西の方で自明とされているような天皇が東北には存在しないことにきづきました。  p86

 この本において中沢は、聞き手に回っているが、彼には彼
「哲学の東北」 という 著書がある。まったく無視、無知というわけではなく、いわゆる東北学というものに食指を伸ばしてはいるのだが、やはり、こちらの痒いところに手を伸ばしてくれているわけではない。続けて赤坂は言う。

赤坂  ・・・・あるいは天皇ないし天皇制というのは、東北の地にどのように根を下ろしてきたのか。そして、それは時間的に考えれば、古代蝦夷の時代には「まつろわぬ民」ですから、千年、せいぜい千二百年くらいなんですね。その千二百年前に植民地化されて以来の歴史のなかで、天皇ないし天皇制的なものがどのように東北に浸透していったのかということをずっと考えてきましたが、やはり西の方と比べれば、圧倒的に希薄なんですね。それとパラレルになるのかどうかわかりませんが、差別のシステムというのも東北では底がひじょうに浅いし、部分的ですね。  p87

 差別という単語で思い出すのは、1972年にヒッチハイクで日本一周した時、たしか神戸に住 まいのあった
村上知彦 氏を 訪問した時のこと。彼はまだ関西大学の学生だったが、当時ミニコミ「週刊月光仮面」などを発行していて、ある意 味、 奥野卓司 的に 有名な人だった。18歳の世間知らずの少年だった私は、無遠慮にご自宅を訪問して歓迎してもらったのだった。

 あの時、何を話したのかは、正直言うとだいぶ記憶が薄れてしまったが、はっきり覚えているのは、父親
村上三郎 氏のことば。三郎氏は当時たしか「瞬間芸術家」と称していたのだっと思うのだが、ある種の ダダイズム に通じる パフォーマンサーであったと認識している。当時の関西では、横断歩道などには「部落差別をなくそう」というような幕がかけてあったりして、ヒッチハイカーの旅人であった私には、ちょっと珍しい光景だった。その話題に触れ、私は、自分の地方では「部落差別問題」などはないように思う、と言ったときに、三郎氏は、「東北全体が部落のようなものだからね」とおっしゃった。

 決して「差別」的に発言されたわけでもなく、またこの話題だけが中心だったわけではないのだが、やたらとこの言葉がいまでも耳の中に残響として残っているのである。その後、ずっと後のことだが、関西の友人が、いわゆる生地にかかわる事由で結婚問題に波風があったことを話 してくれた時、
岡林信康 「チューリップのアップリケ」 思い出した。まぁ、私の「部落」問題は、ほんのその程度の理解しかない。ことほど左様に、じつは、この「差別」問題については、あまりいまでもピンとはこない。

 まぁ、そんなこんながあって、網野論争も、いろいろ表面的な「学術的」な面白さは感じるのだが、その根っこの「血」の部分、「骨」の部分においては、赤沢や中沢とは、どこか決定的に通わない異質な違和感が私の中にはある。これはどうしようもないもので、この差異性は乗り越えられないものでもなければ、乗り越えなければならないものでもない、と思っている。情念といおうか、オルギーといおうか、マルチチュードを根底から支えている、いわゆる「底」の部分で、深い共通項をつなぐことができる日は来るのだろうか。

 私がここに生まれたからそのような差異性をもっているのか、もともと転生魂としてそのような差異性をもっていたからこそ、ここに生まれたのか。明確に知りようもないが、私は私の中で腑に落ちる生き方を選んでいかなくてはならない。





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Last updated  2009.02.11 09:53:07
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