「知の歴史」
ビジュアル版哲学入門 <3>
ブライアン・マギー /中川純男 1999/9 BL出版 単行本 240p
「キ
キリスト教と合理主義の間に挟まっているのは、「近代科学のはじまり」p64~p81だが、コペルニクスやガリレイやニュートンなど、おなじみの「科学者」たちが登場する。だが、「キリスト教と哲学」については、勉強不足であまりピンとこない。 「アウグスティヌス、プラトン主義とキリスト教の融合。アウグスティヌスは、アリストレス以降、トマス・アクィナスが現れるまでの約1600年間において、だれよりも傑出した哲学者だった。」
p50
という表現が見える。
ア
ウグスティヌスがプラトン主義とキリスト教をうまく融合させることができたひとつの要因は、キリスト教が哲学ではなかったということにあります。キリスト教の信仰は、哲学よりむしろ歴史に根ざしています。すなわち神は、世界を創造した後、そこでひとりの人間として生きんがために、パレスチナの町にイエスとして生まれ、紆余曲折の人生を送ったというものです。
p51
アウグスティヌスは、プラトンの哲学には、聖書では扱われていない現実のさまざまな問題についての貴重な真理が含まれていることに気づき、プラトン主義をキリスト教の世界観に取り入れようとしたのです。しかし、そのためには、キリスト教と矛盾する可能性があるプラトンの説はあえて排除しなくてはいけませんでした。なぜなら、キリスト教の教えは神からの直接の啓示であったからです。キリスト教徒にとって、少しでもキリストの教えに反したことを信じるのは、異端を意味します。
p51
な
にはともあれ、アウグスティヌスの名前を覚えておこう。それと、もうひとり、トマス・アクィナス。
アクィナスの偉大な業績は、それまでの西洋思想のとくにすぐれた考えをすべて統合し、それがキリスト教教義と何ら矛盾していないと示したことでした。彼はそれを達成するために、ユダヤ教やイスラム教の思想の一部さえ取り入れています。 p59
そ
して、近代科学がはじまり、合理主義哲学者たちへとつながっていく。ところで、 木田元
は、私にとっては至極わかりやすい話しをしてくれている。
「哲学」といっても、ソクラテス/プラトンあたりからヘーゲルあたりまでのいわゆる超自然的思考としての「哲学」と、ソクラテス以前の自然的思考や、そしてそれを復権することによって「哲学」を批判し解体しようと企てるニーチェ以降の「反哲学」とは区別して考える必要があります。それを一緒くたにして考えようとするから、なにがなんだか分らなくなる。
「反哲学入門」
p23
と
いうことは、ヘーゲルやニーチェ以前のスピノザは、古代ギリシャやキリスト教や他の伝統を引継ぎながら、近代合理主義の波を受けながら、やがて「反哲学」という流れの中での、最後の哲学らしい哲学を展開した、ということになるのだろうか。
スピノザと並べ称されることの多いライプニッツ(万能の天才)p96、この二人は、いろいろな意味において対照的な存在でもあるようだ。
<エ
チカ>は、すべてをひとつの相互に関連した思想体系によって理解しようとするすぐれた試みであると評価されていますが、これほど遠大な思想をユークリッドの幾何学のような構成にしたため、実際は無味乾燥な印象を与えます。また、その論理の展開あ、スピノザの時代には有効であっても、今日では時代遅れの仮説(たとえば神の存在は自明のものだとする考え方)から導きだされたもので、現在の基準から見ると、論理的な証明であるとはとうていいえないでしょう。しかしこの著作の真価は、詳細な証明の仕方にあるのではなく、その結論、すなわち全体のヴィジョンにこそあります。
p95
なるほど、「エチカ」を読み進めようという企ての役に立ちそうな評価だ。かたやライプニッツについては、こうある。
ラ
イプニッツは、多忙な職務をこなすかたわら、自分の書斎でただひとり、孤独な知的研究をつづけました。書物としてまとめられることもなく、存命中に出版さえることもなかった研究で、彼が整然さに欠ける自分の執筆を説明した文章には、なかなか人間味のが感じられます---「私は何かを書いて2,3か月もすると、そのことをすっかり忘れてしまうのです。索引をつけて分類するような暇はとてもなかったので、何もかもが混ざった大量の原稿から探しだすよりはと、結局また最初から書きはじめてしまうのです」。たとえばスピノザが、自分の思想を綿密に構成したひとつの体系として大衆に示したのに対し、ライプニッツの読者は自分で彼の思想の断片をつなぎあわせて理解しなくてはなりません。
p97
地球人スピリットの探求に始まった当ブログ、 「マルチチュード」
と出会い、 スピノザ
へと降りてきたのはいいが、古代ギリシャやキリスト教を経て、さらには、20世紀の哲学、そして 「ニューエイジ」
へと、自分なりに俯瞰した地図をつくるには、まだまだ時間がかかりそうだ。しかし、足がかりはすこしづつではあるが、見えてきていることも確かなのだ。本書巻末で著者は言っている。
つ
い数年前に世界的な反響を呼んだヨースタイン・ゴルデルの
<ソフィーの世界>
(1991)は、小説という意外な形式で書かれた哲学史の入門書でした。このような本がベストセラーになるとは、一世代前には想像もつかなかったことです。
p227
正月の松の内は終わったとは言え、まだ一月。イロハかるたの「い」、犬も歩けば棒にあたる、から始めてみよう。ふらふらとあちこちぶつかっているうちに、なにかがつかめるかもしれないぞ。年の初めじゃ、楽観的にいこう。
つづく・・・かも
悟りへの階梯 2008.10.27
ツォンカパ チベットの密教ヨーガ 2008.10.26
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