「マルクス・ラジカリズムの復興(ルネッサンス)」
荒岱介 1993/5 御茶の水書房 単行本 292p
No.990
★☆☆☆☆
著
者の一連の著書に触れた範囲で言えば、著者の本のタイトルは、ついにはスローガンにすぎず、絵に書いた餅、実現不可能な絵空事のことが多いのではないだろうか。一番最初に触れた、
「がんばれマルチチュード」
にしても、 「自由的アクティビストの冒険」
にしても、それって、本当にマルチチュード?、それって本当に自由的アクティビスト?・・・・と、はてなマークを連発せざるを得ない。
マルチチュード、だったらいいのにな。自由的アクティヴィスト、だったらいいのにな、という静かなため息は聞こえてくる。しかし、それは、理想的なラべりングであって、本人自身、あるいは、その視野に入っている人々は、必ずしも著者の思うようなカテゴリを全うするような動きではない。
「新
左翼とは何だったのか」
という近著にしても、本当に「新左翼」を総「ソーカツ」できているとはとても思わない。したがって、この「マルクス・ラジカリズムの復興」にしても、著者自らが「マルクス・ラジカリズム」を体現できていたわけでもなければ、それを「復興」できたとはとても思えない。
巻末に文を寄せている、廣松渉という老マルクス主義哲学者との交流においても、著者が全面開花した、とはとても思えない。それは、あとから書かれた本人の著書に現れているばかりではなく、同時代を生きてきた同時代人のひとりとして、ごく当たり前な見方をしてみれば、ごく当然のことのように思う。いずれにせよ、著者全体を拝見する意味でも、公立図書館に入っている本くらいには、とにかく目を通しておく必要を感じたので、これをメモしておく。
かけがえのない人間 2008.05.22
生きる意味 2008.05.21
「生きる力」としての仏教 2008.05.21
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