「神学・政治論(下巻)」
バルーフ・ド・スピノザ /畠中尚志 2007/02 岩波書店 文庫 307p
Vol.2 No.0007 ★☆☆☆☆
ちょっと長文の感想を書いたところで、気を緩めたら、ミスタッチキーで、すべてが失われてしまった。あの文章をもういちど書くことはできない。すでに頭の中で、思考は一巡してしまっている。だから二順目として、すこし冷めたスープのようなメモになるが、残しておく。
まず、私には、聖書を批判し、表現の自由を求めようとする渇望は、スピノザが置かれていた状況とは比較の対象となりえないほど、ほとんどない、ということだ。聖書を忌み嫌うなんてことはほとんどないし、また、生活のなかで聖書が必要だということもない。聖書もキリスト教にも触れたが、私はやっぱり、生来の日本文化の中で育った人間なので、仏教や禅の話のほうがすきだ。
表現の自由についても、戦時下の言論統制ならいざ知らず、当ブログにしてからがそうだが、むしろ私たちの時代は、表現の自由を叫ぶより、自由をいかに表現できるのか、と言ったほうがより緊急の課題だといえる。
そして、マルチチュードという概念を、どこに求めるか、ということだが、もうスピノザがどうした、という次元ではなく、ここではやはり、ネグり&ハートの著書に戻って、より今日的な言論の中で、原寸大で理解していくことが一番楽で楽しそうだ、ということだ。
ということで、Vol.1では、当ブログの大きなテーマであったこの課題を、原点に帰って再考するとともに、それなりの終結点をみつけるべき時に至っていると感じるようになった。スピノザがどのような文脈のなかでそのマルチチュードという概念を登場させたか、とか、スピノザはどのようにして日本についての情報を学んだか、などについては、当ブログの進行からすると、特段に重要な話題ではなくなってしまった感じがする。
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