「朝青龍はなぜ強いのか?」
日本人のためのモンゴル学
宮脇淳子 2008/02 ワック 新書 233p
Vol.2 No.308 ★★★★☆
朝青龍云々は、つかみであって、サブタイトルの「日本人のためのモンゴル学」が本題である。宮脇淳子には「さらに深くチベットの歴史を知るための読書案内」の中の「オイラト・ジュンガルを知るために」として、 「最後の遊牧帝国」 がある。
モンゴル、ジンギスカン、というと、見識のない私などは、ジンギスカン料理とか「ジンギスカン=源義経」説などくらいしか話題がでてこないのだが、最近の大相撲での外国人力士、とくにモンゴル出身の力士の活躍は、おおいにモンゴルを身近なものにさせてくれたと言える。
第4章「日本とってモンゴルは大切な国」においては、「ジンギスカン=源義経」説について20ページほどを割いて紹介している。ジンギスカンの出自がいまだに明確でない部分がある限り、かの奇説も一概に否定されるだけではないとは思うが、一定程度のステロタイプの情報以外、この奇説の事実、あるいは、論調の本流に属するような新しい情報はなにもない。
人種区分という考え方が生まれたのは、そんなに古い時代ではなく、じつは19世紀になってからだ。ドイツの人類学者ブルーメンバッハ(1752~1840)が初めて世界の人種を分類したのだが、彼は、コーカソイド、ニグロイド、モンゴロイドの他、アメリカ先住民とマラヤ人(太平洋の人びと)を別の人種と考えて、人類を五大人種に分類した。
その後研究が進み、アメリカ先住民も太平洋のマラヤ人もモンゴロイドだということになったので、コーカソイド・ニグロイド・モンゴロイドの三大区分だけがいまだに使われている。それで、この区分は単純に白人種・黒人種・黄色人種ということだ。
この本一冊を読めば、朝青龍がなぜ強いのか?がわかる。わずか260万の国民しかいないモンゴル国から、なぜにこれほど幕内力士が続出するのか。最近は、ロシア出身の力士たちの大麻騒動で、大相撲は朝青龍以外にも話題を提供する力士が増えてきたが、それまでのハワイ出身の力士たちなども含め、日本の国技・大相撲は日本とはなにか、国際とはなにか、地球人とはなにかを考えるよい機会をあたえてくれる。
1578年、アルタン・ハーンは、当時のチベット随一の高僧ソェナム・ギャツォと青海で会見し、彼に「ダライ・ラマ」の称号を贈った。「ダライ」はモンゴル語で「大海」のことで、知識が海のように深いという意味である。これがダライ・ラマの誕生であるが、すでにソェナム・ギャツォには前世の高僧が二人いたので、いきなり、ダライ・ラマ3世と呼ばれる。 p170
ダライ・ラマ問題は「日本人のためのチベット学」を、朝青龍問題は「日本人のためのモンゴル学」を切り開いてくれていることは確かなようだ。現在の朝青龍は、戦後日本の 力道山 にも匹敵するような本国での人気を誇っているようだが、長い目でみれば、地球上の文化が広く交流し、次第次第に、 One Earth One Humanity の文化が醸成されていくことは、好ましいことだと思える。
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