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2009.10.03
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安岡正隆『山下奉文正伝―「マレーの虎」と畏怖された男の生涯』(光人社NF文庫,2008) その1


総合評価  ★★★☆☆


同郷の歌人によって戦後に書かれた山下奉文の評伝です。
著者は歴史家でもノンフィクション作家でもなく元高校の校長で歌人とのことで、予備士官学校出身という軍歴はあるのですが、本職の軍人と言うわけではありません。

本書は著者が死去したために未完となっており、山下奉文の祖先や出生に関する記述から始まるのは良いのですが、最後は満州での軍司令官としての勤務のところで途切れたように終わってしまい、ルソン戦や戦後の戦犯裁判が一切扱われていないのが残念なところです。

しかし、逆に言えば生い立ちから満州での軍司令官勤務までだけで文庫本約650ページという分量は類書と比べても圧倒的かと思います。

特に、著者は山下奉文の出生地の近隣に居住しているということを活かして、近隣の古老に対して山下の両親、幼少期、その当時の近辺の様子などについて丁寧な聞き取り行っており、山下の幼少期と育った環境を理解する、という点において本書は最も優れた評伝ではないかと思われ、これが本書の最大の特徴となっています。

この点に関しては、山下が自身の実家や幼少期に関して周囲の人間に多くを語らなかったという事もあるために、他の評伝では幼少期に関する記述が多くないということもあり、本書は価値があるものかと思われます。


本書においては山下の軍人としての事績よりも、私生活を記述することを通じて人物像や人となりを描き出すことに重点が置かれており、特に山下の義妹本人から著者が得た証言をもとにした山下奉文とその義妹の不倫関係に関する記述には多くの分量が割かれているのですが、この両者間で山下の海外駐在中にやり取りされた手紙、とりわけその中に書かれた短歌についての解釈や評などは著者が歌人ならではのものと思われ、この点に関しては今後本書を越える書籍が出ることはまず無いと思われます。


その結果、軍事的な事績に関する記述はやや薄く、宇垣軍縮、支那事変初期の四十旅団長時代、北支方面軍参謀長としての活動などについてはごく表面的な記述にとどまります。



なお、本書ではこの部分には限らないのですが、沢田茂や有末精三(本書ではこの2人からの聞き取りが最も出てくる頻度が高い)その他の各級軍人や親族への独自の聞き取りの結果が随所にちりばめられており、ありきたりな焼き直しや二番煎じの評伝ではないという事は高く評価されるべきかと思います。



 ◇ 著者について

大正14年4月2日、高知県香美郡香北町橋川野出身
平成12年2月13日没

自宅が山下奉文の生家と川を挟んだ反対側であった為に興味を持ち、近隣の古老などにも取材して本書を書き上げたそうですが、歴史家ではなく、また歴史小説家などでもなく歌人とのこと。予備士官学校を出ており陸軍での軍歴はあるとの事です。

聞き取りの範囲は地元の古老、山下の身内、旧軍人(有名なところでは沢田茂や有末精三等)にまで及んでいるのは著者が高校の校長だったというので地元では信頼があったからかと思われます。


 ◇ 本書について

文庫で約650ページ。平成12年に『人間将軍山下奉文―「マレーの虎」と畏怖された男の愛と孤独』と題して同じ光人社から単行本として出版されたものの改題文庫版です。

改題前のタイトルの方が内容をより正確に表しているのではないかと思います。

まえがき、あとがきなどはありませんが、本書の編集者である高城肇氏(『信濃!』の翻訳者)による付記が巻末に付されており、そこに本書の出版に至るまでの経緯の概要が説明されています。
また、文庫版のあとがきなどはなく特段の記載はありませんが、著者は既に平成12年に死去されているとの事ですので単行本から改変は行われていないものと思われます。

この巻末の付記によると、高城氏は坂井三郎氏の紹介で著者と知り合い、著者が書いた草稿を見た高城氏が雑誌『丸』エキストラ版への連載を勧め、連載時の編集作業にも高城氏自身が携わったとのことで、1981年12月号から1988年6月号まで合計38回にわたって連載され、更にそれを単行本化することとなったが完成前に著者が死去した為、最終的には残された著者による確認済の校正刷りを元に出版されたのが単行本、ということです。
(連載するための編集の際に当初原稿用紙2500枚あったものが1200枚まで削られているようです。)







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最終更新日  2009.10.04 01:42:47
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