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なんとなく気が向いたので引っ越しました移転先はこれですhttp://yashiroyakumo.blog89.fc2.com/というわけでここは凍結モードに入りまっす4年間のご愛顧・・・してくれた人がいるかどうかは疑問ですがありがとうございました!
2009年10月03日
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色々あって鬱になってましたが一応生きてますとりあえず大学のテストがやっと終わったので一段落・・・正直今までの人生の中で前期が一番長かっただろう辛い時期を乗り越えた感じですとりあえず来月八日には熊本に帰るのでそれまでこっちの方でダラダラして過ごすつもりですいや・・・まぁ・・・正直毎日寝て過ごしそうな気がするけど・・
2009年07月30日
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今日は新歓が無いので何となく明治神宮まで行って来ました都内に行くのは路線の乗り換えがあって面倒なんですけど小田急線からだと路線の乗り換えは無いので非常に便利でした、本に集中してて新宿まで乗り越してたけどな!! で、まぁ、集中していたのが今回紹介する八つ墓村なわけで横溝正史著「八つ墓村」 戦国時代に三千両の黄金を携えた落ち武者達を金に眩んだ村人達が惨殺し、その後祟りに見舞われた不気味な八つ墓村で、遺産相続の為に訪れた「私」の身の回りで降りかかる連続殺人 というのがこの本の内容で、犬神家の一族に並んで有名な作品ですけど、この作品よ読んでて感じたのが、まだ昭和期の迷信等が存在した時代の村人の昏さや醜さでしたねねー、まず序盤に(作中から28年前だから大正時代か?)19歳の娘が分限者(金持ち)の家の主人に無理やり攫われて土蔵に閉じ込められ、ひたすら犯されたのに周囲の人々ははばかってなにもしない、多分警察にも知らせてないような状況なんでしょう、後に娘が逃げ出しても周囲の人々は主人が怒るのを恐れて娘をその家に連れ戻す、最終的に娘は主人の手の届かないところに逃げ出したんだけどそれに逆上した主人は猟銃を手に持って村中の人間に襲い掛かって結局32人もの人が殺される・・・・・ で、時代は下って作中の「今」になるわけですが、その主人と娘の息子である「私」がその村にやってきた際に村中の人々が「私」に対して人殺しの息子が戻ってきたという形で迎え入れる、中にはあたかも疫病神扱いするものもいた で、「私」の赴くところでどんどんと殺人事件が起こっていく、証拠も無いのに殺人犯と疑われ、警察や役場に「私」が殺人犯であるといった何の根拠もない投書や張り紙がされる、そして村人の疑念が高まり誰かの扇動によって村人達は具体的な証拠があるわけではないのに、ただあの主人の息子であるというだけの理由で「私」を私刑にしようと襲いだす、その後警察の説得にもかかわらず(警察はいつもいつも事後にしか動かないと罵るが、そもそも娘が攫われた時点で警察に働きかければ事件はおこらなかったのではないか?それでいて罵るなんて怠慢だと思う) 「私」を包囲する動きは止まず、村の住職の説得でやっと村人の大半が矛を収めるがそれでも止めようとしない二人はひたすら「私」を殺そうと襲い掛かる。まぁ、最終的に「私」は助かるのですが、この村人達には非常に腹が立つ、上のものにへつらった結果28年前の事件が起きたのに娘を助けようとしなかったことに反省しようとしない、被害者ぶる(まぁ、被害者ではあるけど)。作中でも「私」を殺人者の息子としてしか見ようとしないから簡単に扇動されるそして警察が来ても反省しようとせず警察の怠慢だとなじる無責任っぷり因習や土地に縛られた人間の昏さが非常に浮き出ているような気がしましたあー、これってまったく書評になってない・・・感想じゃないか!!
2009年04月05日
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二ヶ月程日記の更新を忘れるようなことばかりしてました例えばいきなり箱根に行ったりとかとりあえず行き成り書評します京極夏彦著「魍魎の匣」今まで名前は知っていたもののあまりの本の分厚さに読むのを控えてましたが箱根に行く際の暇つぶしに購入(結局家に戻ってから読んだが・・・)少女は彼女に憧れた・男は匣の中の少女に恋をした・男は自分の恋に気付かずに恋をした・そして少女はバラバラにされた・そして男は彼岸へ逝き、少女はホウと笑った連続するバラバラ殺人事件・匣の中にいる少女に魅かれてそれを求める男・謎の宗教団体・わずかの間に寝ていた手術台から消える少女何の関連性も感じられない出来事がある一点を元にして収束して行く、それは魍魎・・・タイトルとカバーイラストから怪談モノかと思っていたが違う・・妖怪はまったく登場しない、全て人間模様が織り交ぜるミステリーだったそれでありながら妖怪よりも恐ろしい人間の狂気を錯綜する視点交代と作中の作品によって幻のように映し出している。それでいながら人の狂気を読者から乖離させない・・・非常に身近に感じさせるような書き方をしているこれはミステリーなのか、それともミステリーの名を借りた幻想小説なのか判別がつき難い、それでありながら現実性を感じさせる怖さ、京極夏彦氏は妖怪を使わずにそれを超えるホラーを作り出すことに成功しているように思えるこれに近い作品言われたら江戸川乱歩の少年探偵団が出ない作品のどれかとしか答えようがない(江戸川乱歩の作品を一部しか読んでないからというのもあるが)それほどの狂気があり怖さがあり悲しさがあった最後に一言、読後瞬間の感想を乗せる・・・・「人間を辞めた男は幸せになった、だけど私はこれを幸せと思いたくなかった」
2009年04月03日
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サークルのスキー合宿も終わり、2ヶ月ぶり位に実家に帰ってきました、多分三週間位いるはずなんで知り合いはメールでもしてな! 以上、私的報告でした
2009年02月18日
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メンドクサイから更新してないだけだよ!!(明らかに間違った言い訳)まぁ、一ヶ月に一回ペースになってるのは確実にそのせいだし・・・ところで「批評」という言葉は「批判」という言葉と「評する」という言葉が繋がって出来ている言葉だけど、「批判」という言葉は非常にマイナス色の強い言葉だと思う。基本的に批判という言葉自体は相手の欠点を指摘して正させるという意味合いがあるけどなにより、批の字は否にも比にも被り、そこには「何かと比べて否定する」という意味合いにとることが出来る、つまり「批判」と言う言葉は常に何かと比べて「●●と比べて~だ」という風に使われるものであって、そこには常に比較されて貶されるモノが出てくる。そう考えると批判という言葉は負のイメージが強すぎて使いたくないと感じる。で、ここからが本編。↑のようなことを考えたのはまったく関係ない別の本を読んでいてのことなんですが、同時に考え付いたのが自分の言葉で何かを主張するのは難しいということ。大体今まで主張してきたようなことは大概何かの本を読んでの感想だったり、新聞を読んでの影響だったりする。そこには著者の考え方が少なからず介在しているわけで、語尾の使い分けによって無意識的に伺い知ってその影響を受けているんだと思う。その結果、何かを主張する際に「~にあるように」とか「~が発言しているように」とおくことで自分の責任をあやふやにして発言することがあると思う。ただ、この考え方も一方で弊害がある。人間の知識は先人の積み重ねてきたことであり、自分自らが発見する知識と言うのは非常に少ない、その結果「●●が言っているように~だ」というのもある種の己の知識である。だからそれを「●●の言葉に借りずに自分の考えを主張しろ」と言われても非常に難しい。つまり、何かの知識を得てそれを主張する際はその知識元が間違っていたとしても知識元のせいにせず、それを信用し、参考にした自分の責任として受け取るべきだと言う事なのさ。あれ?確か悪意のある本や、やたらと自分の主張の激しい本を参考にして主張するのは何だか間違っていると書くつもりが何でこんな結論に???まぁ、いいか。
2009年02月09日
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明日から大学だと思うと軽く欝です・・・しかも会合でサークルのタバコ問題について話し合うから帰るのはかなり遅くなりそう・・・二十歳最初の日からハードル高いっすよ・・・・これが大人の階段ってやつですか!? とりあえず、正月らしいことを書いてみます年が明けて最初の行動・・・くしゃみ4回、その後テーブルに思いっきり脛をぶつけて悶絶する年が明けて初めての記憶に残っている夢・・・やたら強いゾンビの大群に襲われて洋館に閉じこもりながら二進も三進も行かなくなる今年のおみくじ・・・塩屋八幡宮=末吉 八代宮=小吉 妙見宮=大吉 ・・・ことしは妙見さんに頼るか・・ 以上、今年の正月らしい行動でした。・・・異論はまぁ認めるよ
2009年01月05日
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はいおめでとうございます m(__)m 相変わらず更新の遅いうちのブログですがご愛顧のほどをお願いします 2009年元日、八代ゆめタウン、31アイスクリーム前にてアイスを渡されるのをまちながら
2009年01月01日
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これでやっと高2からのクロ歴史なアレとおさらばだぜ!!(メルアドは変わってないがな・・)しかしまぁ、今までニックネームを変えられることを知らなかった俺って・・・orz何はともあれこれからも地味に更新していこう・・地味に!
2008年12月08日
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前回の日記から一ヶ月以上たっちゃってるよ・・・まぁ、基本的にこっちの方は何もするときが無いときくらいしか更新しないからなぁ暇はもてあましているというのに(ボソッ)と、まぁそんなことはおいといて 続きを覚えている限りで書くよ!! 二日目・・・午前四時に起床、昨日の霧が嘘のように見晴らしは良くなっていたが風が強かったとりあえずテント内で焼きそばを作って食べてから撤収の準備を行い6時前には準備が整い、6時に出発する、このときの調子は朝食の焼きそばが胃にもたれてあまりよくないのと、前日の行動の際にストレッチをしていなかったために股関節が痛くてアンニュイな気分に・・。出発してから40分後、雲取山頂上に到着(近!!)とりあえず休憩を取って記念撮影しようとしたら、ものすごい勢いで天候が悪くなり・・・まさかの雨・・・・起きたときからの風とあいまってあっという間に周囲の気温が低くなり、頂上にいた他のグループもあっという間にいなくなってしまった・・・。まさかの雨神様降臨とりあえず自分の天候運の無さ(大学上がってから6回の登山すべて悪天候もしくは前日の天候の悪さによる被害を被っている・・)を笑いつつ、急いで写真を通りがかりの人に撮ってもらってから雨天装備を行い、山を越えて下山開始・・・。そうしたらあっという間に止む雨・・・・ある意味おいしすぎる状況であった。 下り始めて30分程の場所にある雲取山荘で休憩、この間に麓にタクシーを呼ぼうと電話するが通じず・・・ひたすらかけてみたけど通じず・・諦めてから8時10分から下山再開しばらく歩いたところの分岐を右に曲がり、谷にそって歩くルートに・・・左は絶壁、右は崖と地味にデンジャラスなコース(しかも3~4回も落石起こしてしまった・・・崖下が人のいるような場所じゃなくて本当に良かった)を進むこと約3時間弱(その間に休憩したり、休憩中にメンバーが居眠りしてたりwww)、どうにか林道にでる、ここからあと少しだと張り切ったもののひたすら同じ道の繰り替えしで精神的に悪い!山道から出た林道から終点までもう一つ別の林道に入るのだがいつ入ったかも気づかない始末・・・おかげで途中ダレて1時間くらいぼんやりしてしまったよ!!まぁ、そんなこんなありつつも林道に出てから3時間歩いたことには終点まで着いて登山終了。その直前につながったタクシーもいい具合に来てくれたので何無く奥多摩まで帰還することに成功、ついでにゆっくり温泉に入っていたため、登山終了の連絡が遅れてしまったがな!!まぁ、そんなこんなで別段大きい失敗もなく初CLとしての山行は終了したのでした。
2008年12月06日
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今回の登山は初めてのCLでの登山。この山に登ることを決めたのも自分でコースを決めたのも自分、予定、食糧なども自分で計画したので責任は重大な・・・はず?結構メンバーに頼って登ったけどとりあえず記録を残すぜ!! 一日目(10月25日土曜日)朝5時半に起床して、こまごまとした荷物をザックに詰めてから6時半前には出発の準備が大体済んだが、メンバーの一人から電車が人身事故の影響で遅れるとメールがあり、PCを立ち上げてから遅れた場合の電車を確認するが、予定の電車を逃したら残りは特急しかないと勘違いし(特別快速なんてわかりづらい表記はやめてほしい!)、残りのメンバーにお金を多く持ってくるようにメールを送る・・そんなことしてるうちに6時半になり出ようとしたら忘れ物に気付いて慌てて用意しなおし、今度こそ出発しようとしたら山靴をはかずに出たこにに気づき、家に慌てて戻り結局家を出たのは6時50分・・集合場所の立川駅に着いたのは大体7時20分で予定時間より20分遅れる・・メンバーの一人が遅れていたから影響は与えずに済んだものの通常だったらすべきではないことである・・すこし反省する。 次の電車が来るまでに遅れていたメンバーも無事到着し、8時11分発の奥多摩行き特別快速に乗る。1時間程電車に揺られて9時20分に奥多摩に到着、駅をでてすぐに登山口の鴨沢行きバスが出ることに気付き急いで乗る(本来はタクシーをここで予約するはずだったけどすぐにバスに乗ったために出来なかったという事態があったが、後に下山が予定より遅くなったことを考えるとけがの功名になった) バスに30分以上揺られて鴨沢に着く、が、山道を結構荒い運転で進んだので車酔いを起こしトイレで(以下省略)する・・・おかげで少し時間をとることになり、山に入ったのは10時半頃となる・・。 最初のうちは車酔いの影響が残っていたものの歩いていると少し気分が回復してきたが、小休止をとってじっとしていると再び気分が悪くなってくる、先輩の忠告にかかわらず山行の一週間前以内の徹夜したのが体に響いているのではないかと後悔する。 山行を再開するとまた気分は良くなった。が、堂所分岐まで目印とするものがあまりなく、現在位置を見失ってしまう。そのためペースがあっているのかわからなくなり、精神的に疲れる・・が小休止を一回はさんで堂所にたどりつく、堂所で小休止を取ってから七ッ石小屋の手前の分岐まで進んで小休止、このとき霧が出てきて視界が悪くなる。七ッ石小屋を通り過ぎて次の分岐で霧と小雨が降ってきたため、コースについて話し合い、本来通るはずだった七ッ石山を通らず、迂回して行くルートを選ぶ。そこから進むこと1時間以上、小休止を一つ挟んで奥多摩小屋に到着して今日の日程は終了。外はまだ明るかったが霧のせいで視界はあまり良くなかった。 テントを張ってから夕食、今回はいつもレトルトですましていたカレーをルーから作って食べる・・少し辛かった。それからずっとUNOをし続けている間に闇が訪れて、外は完全に真っ暗に・・さらに霧も引いてないため視界はヘッドランプを利用して5m確保できるかどうかだった。とりあえず21時半に就寝。
2008年10月29日
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もう先々週になるのかな?9月26日から群馬県の方の谷川岳って所に上ってきたのでご報告 1日目(26日)午後4時半に新宿駅に集合、早速学割キップを買ってからコンビニに夕食を買いに何人かでいったけど何故かコンビニが近くに無く、駅に戻った時には列車の出発ギリギリの時間。すぐにホームに行ったけど乗車位置を間違え、その間に空っぽだったはずの電車の中は人でギュウギュウに・・・5人全員が同じ車両に乗ることは不可能となり、バラバラに別れて乗ることに・・・全員のれたのか心配になる。それから電車に揺られること数時間・・途中乗り換えを経て土合駅に到着。土合駅は日本で一番のモグラ駅らしく、下り電車のホームが地下数十メートルの地点にあった。当初は下りホームで寝る予定だったけど、貨物列車が通るたびに轟音と衝撃波が発生することが判明して、約500段の階段を登ってから改札前で就寝 2日目、午前4時に起床、食事をすませてから6時に出発・・この際水を補給するのを忘れ、後で気づいて冷や汗を流す。駅から10分ほど歩いたところで登山道へ・・・昨日雨が降っていたため道は泥濘が多く、コース上にある沢も増水していて一苦労する。そんなこんなを繰り返して3本目の沢、芝倉沢に到着するが、増水がひどくどうやっても渡れなかったため諦めて引き返すことに・・・・結局昼前には再び土合駅に・・・・とりあえず夕食まで自由時間となったので辺りをうろちょろ・・・・・。 そして夕食・・、今回はCLの趣向により闇鍋が行われる・・といっても翌日も登山を控える身、便所スリッパやたわし等の定番アイテム(?)はあるわけが無く、きくらげ、とり団子、春雨、ゆばなど無難な物ばかりがそろい、闇鍋というよりは普通の鍋といった感じであった(普通の鍋に入ってるようなものは入ってなかったけど・・・白菜とか)。だが、鍋を食べ終えた後の雑炊こそが闇鍋だった・・雑炊にミートボールを投入!!なによりご飯が固く炊いたため味が不思議な感じに・・雑炊というよりリゾットに近かったとはメンバーの一人の言。それとミートボールが何故かトマトの味がしたのは不思議だった・・・6合あった雑炊をみんなで頑張って何とか処理する。それから翌日の行動日程を話し合って谷川岳に登って下りはロープウェーで下ることに決定する。そして就寝までひたすらUNOをし続ける。 三日目、午前5時に起床、荷物の軽量化を図るべくいらない物を駅舎の中にたてたテント(駅は無人駅で他のパーティもテントを建てたりしてました、そうでないと不便)にいれる。おかげでザックの形が変なふうになる・・・ 午後6時に出発・・登山口についてからはしばらく急登が続く、きつかったので途中で拾った木の枝を杖にして登る・・・非常に役に立ってくれた。らくだの背と言うピークを越えてからまもなく岩場にたどり着く、滑らないように気をつけながら登る・・この時は杖が非常に邪魔であった・・。 午後11時ごろにようやく谷川岳頂上に到着、しばらくの間休憩して昼食をとる。それからロープウェー駅のあるところまで別の道を下り始める。途中小屋があり、そこで休憩中に山岳隊員の人の話を聞く・・・聞くところによると冬には何Mも雪が積もるらしく、小屋も埋まってしまうらしい・・・ 1時過ぎにはロープウェー駅に到着して早速下山。駅に着いたのは1時半で急いで荷造りを行い、2時半の電車で2駅となりの水上というところに降りて、温泉で二日分の汚れを落とし、夕食も食べてから6時半頃の列車で新宿まで帰還して終了・・・・今回はデジカメを持っていっていくつか写真を撮ったんだけど楽天のウップローダーが一枚につき500KBまでしかUPできないので画像をUPすることが出来なかった(写真は一枚6~700KBあった)・・・いろいろと楽天は不便だなぁ・・・デザイン変えたりするよりこういうところを向上させればいいのに・・・・
2008年10月06日
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「(今何時!)そうね大体ね (今何時!)ちょっと待っててwowwowwow (今何時!)まだ早い!」 気付けば夏休みも後1週間を切りました・・ほかの大学は10月まで夏休みなのになんでうちの大学は八月五日から九月二十日までと高校の頃と夏休みの長さが大差ないのだろう・・・?多分春休みがまる2か月もあって無駄に長いからだろうなぁ・・・そしてものの見事に宿題が全然終わってないという有様・・・高校の頃はした覚えが普通にないが大学の宿題は単位に直結しているから怖いんだよなぁ・・・とりあえず昨日今日でレポート一つ何とか片付けます・・そしてもうひとつのレポートも何とか・・英語の宿題は・・・まぁ課題だし(前期のテストがボロボロだったので単位落ちの危機があるというのに・・) 見事に夏休みに遊んだつけが来ていますがまぁガンバロ・・久方ぶりの曲紹介はサザンオールスターズより「勝手にシンドバッド」です。夏といえばこの曲だと思うのに、何故かサザン系の歌で夏の代表曲とされているのが「TUNAMI」だったり「波乗りジョニー」だったりで非常に遺憾ですとも!親友のスイマー曰くカラオケで歌ったら引かれたとか・・・・こうなったら俺も次カラオケに行く機会があったら歌ってやろうと思います!(季節感ドン無視)
2008年09月15日
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13日目・・午前二時半に起きる、天気はまぁまぁだと思ったのもつかの間、朝食のカレーうどんを食べてから用意をしていたら雨が降ってくる、用意が終わっても止む気配はなく、今日の目的地、甲斐駒ケ岳まで出発。まだ草木も眠る丑三つ時、ヘッドランプだけではそうそう簡単に正しいルートを見つけられず、数回道を間違えて数メートル歩いては間違いに気付いて戻るを繰り返しながらも仙水小屋に到着、ここで休憩するはずだったが小屋の中に入ることは出来ず、また雨もやむ気配を見せなかったのでこのまま仙水峠まで進み、その時の天候次第で進退を決定することにして行動再開。仙水小屋から十数分歩いてから道は木の根が入り組んだ土から岩場へと変わっていった。岩場を歩くこと十数分、真っ暗で周囲を確認することができないことから本当に正しい道を通っているのかパーティ内で問題となり周囲にマーキングがないか探し、無事マーキングを発見して進み始める。そのころには土砂降りだった雨もやんでいて、引き返すという選択肢は消滅していた。 岩場を歩くこと約20分、仙水峠(分岐)に到着、ここで小休止をとってから甲斐駒ケ岳に続く駒ヶ峰まで数百メートルを一気に駆け上がる。途中で日が昇り始めて明るくなるも、雲が多く、頂上の見晴らしはあまり良くなさそうに思えた。駒ヶ峰まで登って小休止をとってから駒ケ岳に向かって歩みを進める・・・駒ヶ峰から駒ヶ岳まで直線距離はそれほどないのだが、間に二つのピークを挟み、それを越えても駒ケ岳頂上まで急登となっているので、キャンプ上から駒ヶ峰までと、駒ヶ峰から駒ヶ岳までの所要時間が同じであり、それを考えるだけで嫌になっていた。 二つのピークを越えるのはそれほど疲れることでもなかったが、駒ヶ岳までの直進コースである急登が完全な岩場であり、ロッククライミングを強いられることとなった・・・。3点確保を忠実に行いながら片手でつかまれそうな部分を探し、岩に密着しながら登るというのは体力的にも精神的にも(落ちたら最低でも捻挫をしそうな高さであり、死ぬんじゃないかと本当に心配だった・・・)つかれながらも必死で登り、なんとか駒ヶ岳頂上まで辿り着いた。 駒ヶ岳頂上は晴れてはいたものの、雲が周囲の山々を被っており見晴らしは悪く、また3000mに近いだけあって寒さも相当なものであった。ここに40分程(確かそうだったような・・?)滞在して(じっとしてうずくまっていたら20分程寝ていた)から今度は迂回路を通って下山開始(さすがにあのロッククライミングを下りで行うのは自殺行為だ・・)、迂回路は直登コースとは異なって、緩やかな非常に登りやすそうなコースであり、こっちから登ればよかったとパーティ全員が考えつつゆっくり下ってから再び二つのピークを越えて駒ヶ峰まで辿り着く。 駒ヶ峰からは行きに通ったルートとは異なるルート(双子山方面)から下山し、そこから休憩することなく約80分で下山は終了したこのあとはテントをたたんでから小屋でもつ煮食ったり、甲府まで戻りついてから銭湯を探して30分くらいさ迷い歩いたり、数日後のお疲れ様会に行くために数時間かけて信州松本までいったりしたのだがメンドイから省略!!
2008年09月04日
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11~12日11日目 この日は移動だけだったのでバスが来るまでキャンプ場でゆったりして昼飯を小屋で食べて(この時たべた桜丼は絶品だった)から2時前にバス乗り場まで移動、チケットを買ってからバスに乗り、30分の行程を経て長衛小屋に到着、しかしここがキャンプ地ではなく、そこから500mほど歩いた所にある北沢駒仙小屋にいってテントをたててこの日の行動は終了。このキャンプ場は広河原のキャンプ地より500m高地にあったので少し頭がクラっとしていたので体を出来るだけならそうとぼんやり歩いたりした。翌日は2時起きだったので6時に就寝する、他のキャンプ客がうるさく、眠れるか心配だったが何とか眠ることが出来たが、夜半に鼻が出てきて目を覚まして暗闇の中でザックをまさぐってティッシュを取り出し何度も鼻をかんだりした。12日 本来は2時に起きるはずだったが一緒に寝ていた先輩も自分も目覚ましをいれていなかったので40分に隣のテントで寝ていた先輩が用意が出来たか聞きに来るまで目が覚めなかった。すぐに昨日炊いていたご飯に茶漬けの元をふりかけて熱湯を注ぎいれてから朝食をとって、服を着替える。 3時には用意も終わって出発、長衛小屋までは別の奴に先頭を歩いてもらい、仙丈ヶ岳の登山口にて先頭を代わってもらいペースメーカーとなる。まだ周囲は真っ暗でヘッドライトの明かりだけが頼りだったがその電池が切れかけており、あまり先が見えず背後の奴のヘッドライトの明かりを頼りにして進んだ。 だいたい5時ごろに5合目に着き、二度目の休憩をとる、この時少し頭が痛かったので頭痛薬を貰って服用する。5合目にあった分岐から馬の背ヒュッテ方面に歩みをすすめ、藪沢小屋を経由し、馬の背山荘にたどり着いて3度目の休憩。ここに水場があったので少しだけ水を補給する。 馬の背山荘から少少急な坂を登って仙丈小屋に到着、標高2900mあたりにありながらも設備は結構整っており、特にトイレが綺麗だったのには感心した。ここで体を高山に慣らすために休憩を多く取ってもらう。その際に小屋でシーフードヌードルを食べる。 休憩が終わり、20分ほど登ってから仙丈ケ岳頂上に到着。今回の登山で初めての頂上であり、同時に今回初の3000m越えだった。幸いにも天候がよく、周囲の景色が綺麗に見渡せた。ありがたいことに富士山もかすかに見えて「富士山ってやっぱり青いんだなぁ」と、初めての富士山の雄姿を見ながらそんなことをぼんやりと考えていた。 頂上で40分ほど待機してから、小仙丈ケ岳を越えるルートで下山開始。その途中、標高2500m以上にしか生息しない雷鳥(天延記念物)がいることを他の登山客に教えてもらい、しばし鑑賞する。下山途中に中高年のやたら長いツアーに巻き込まれた(2~30人程いて存在自体が結構邪魔だった・・・登山のツアー旅行者にはあまりいい感情はもてない)以外は特に無く、3時間程掛けて下山完了。長衛荘で飲み物を飲んでしばしくつろいでから、北沢駒仙小屋まで戻って昼飯を作り(マッシュポテトとマーボー春雨)を作ってしばしのんびり、その後4時ごろに夕食(何か忘れた)を作って食べて再び6時ごろに就寝した。
2008年08月24日
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9~10日9日の午後四時という早い時間に(山では大体午後6時には寝る必要があるからそれほど早い時間でもないが・・)寝たということと、岩のあるような場所に無理やりテントをたてていることで背中がゴツゴツするということから夜中に何度も目が覚めては寝るを繰り返す。途中で尿意を覚えたものの、テントの外に出るには先輩をまたいで出なければならず、その時に先輩を起こさないでいる自信も無いので我慢していたら。外で何か動物の動く気配がし、熊じゃないかとおびえる(翌日もう一つのテントに寝ていた奴から鹿が鳴いていてうるさかったという話を聞いて、夜中のアレは鹿だったのかとわかった)が、どうしようもないので再び眠りに落ちて行った 翌日10日の午前4時ごろに起きる、すでに外は明るくなっており、昨日の被害状況を確認する・・・ありがたいことにザックに被害は無かったが、岩の上にテントをたてて寝ていたことが原因でシュラフに幾つか小さい穴が空いていて中から羽毛が飛び出していた。とりあえず朝食を食べて体調を整え、テントをたたみ、荷物を整理してから下山することに。二俣までは一本道で昨日と同じコースだったが、二俣からは白根御池小屋という最も近い小屋に向かって歩みを進める。二俣分岐から30分ほど歩いてから白根御池小屋に到着、早速CLが下界に連絡を行い、その間しばらく休憩。そして連絡が終わってから再び下山開始。自分の調子は悪くなく、むしろ降りて行くにつれて楽になっていった。 下山の途中で東北のどこかの県の高校の山岳部とすれ違う・・・IHの時期にここにいるということは総体で優勝できなかったんだろうかと考えながら下山を続け、小屋から大体2~3時間程で広河原キャンプ場にたどり着く。とりあえずここで一泊することにして今後の計画を話し合う。それからは自由時間となったので、その間に昨日濡れた衣服等を近くを流れるかわで洗ってから岩の上において干す。あと、今回の登山にパンツを持ってくるのを忘れていたのでパンツを売店にて購入する。そうしているうちに夕方になり、食事をとってから6時前には就寝した。
2008年08月22日
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合宿1日目、前日は甲府駅で11時に駅で野宿したものの、無駄に明るくうるさい駅であり、ついでに硬い床の上に直に寝ているからろくに寝れず1時半には目覚める・・登山口まで行くバスが出るのは4時なのでそのあいだぼんやりすごす午前4時に駅前のバス乗り場にて広河原行きのバスにのる。まだ朝早いというのに多くの人が並んでいて、そのため3台ものバスが出ていた。そこから広河原まで休憩をはさんで1時間56分(バスガイドさんが正確に言っていたせいで記憶に残っている)の行程を経てから南アルプスの登山の起点の一つ、広河原に到着。3年ぶりである。降りた場所で準備運動をしてから登山開始、今回の合宿で俺はSLでありペースメーカーを務める。通ったコースは以前通ったコースと同じであり、昔と重ね合わせながらのんびり歩いていたが、二回目の休憩をとって歩き始めてから体の調子がおかしい・・具体的に言うと心臓の鼓動が早くなって息苦しい・・そのためガクっと行動速度が遅くなり、結局ペースメーカーを別の奴にやってもらって、俺はその後ろからついていく事に・・二俣という分岐までなんとかたどり着いてから北岳肩の小屋に行くルートに入る(前回とはここで別ルート)、しかし俺の体調不良が足を引っ張って、なかなか目的地に着かず・・・往生しているうちに豪雨が襲ってきて、仕方が無くツェルトをだしてビバーク・・その間に雷、冷気、挙句の果てに雹まで降ってきてメンバー全員の心が折れる・・・本当に怖かった・・ほとんど遭難と言っていい状況で、山に登っていて初めて死ぬかも知れないと考えるほどだった・・しかし初めてツェルトを使ったがこんなにも役に立つものとは思わなかった。結局雨がやんだのを見計らってから無理やりテントを張って、ザックは放り出してからもぐりこみ、午後4時には眠り込んだ。
2008年08月18日
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高尾駅に8時に集合、見送りにきた先輩達からの差し入れ(何故リコーダー?)をもらってから41分の列車で甲府まで…10時過ぎに到着近くのコンビニに行った後、11時には駅構内にて寝ようとするが…暑い…明日は3時起きだが寝られるのだろうか…?明日が合宿で最もきついそうだから眠れないなら命に関わるだろう…心配だ…
2008年08月08日
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という事で明日から合宿で南アルプスを縦走してきます。高2のとき挑んで、北岳しか登れなかった(顧問の先生の腰が大変なことになったので)ので今度こそ雪辱をはらそうと思います。問題は体力・・・・高2の時に比べて確実に落ちているから途中でばててしまわないか非常に心配・・・・せめて高山病にはならないように気をつけよう・・・これが終わったら帰省できるんだから気張っていかないとなぁ
2008年08月07日
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ヤフーニュースで韓国の与党が「対馬も韓国領」だと寝ぼけた事を言ってるみたいですねまぁ、それはどうでも(よくないけど)いいんだけど、たまに出るコメント欄のコメントが「完全に朝鮮人はイカれたね!恥かしくもなくよく生きてるよね…」「日本には内政干渉しておいて内政干渉されたときは大騒ぎ。まあ下品な蔑まされた民族ですから。未だに植民地からの脱却を試みているのでしょう。植民地根性万歳!!!」「韓国は品格の無い国だということがハッキリわかった。」「チョンみたいな屑国があるからアジア全土が低く見られるんだよ」なんて酷いのが幾つかあってこのコメントを書いたであろう人物と同じ日本人であることが恥ずかしくなった。侮蔑、民族差別、侮蔑、旧帝国時代的な国粋主義的差別発言・・・・・このコメントを書いた人たちは自分が如何に差別的発言をしているのかわかっているのだろうか?全ての韓国人が全て同じ事を考えているわけではないのにこれだけで韓国人は全てこのようなことを考えていると考え、こんな発言を平気でする。在日の人たちが全て韓国に住んでいる人たちと同じ考えをしていると思い込み、すぐに「在日は出て行け」なんて平気で言う・・・在日の人達だって好きで日本にいるわけじゃない、戦時中に強制連行されて連れてこられ、戦後戻ったら戻ったで同国人から日本で暮らした者と蔑視の目で見られ、いまさら戻りたくても戻れない、祖国を失った人達じゃないか、その過ちを忘れたが如く平気で在日は帰れや日大弁論部のような差別を平気で行う、そして最後のコメント見たいに自分の国が優れたと思い込み他国の存在をアジアの地位を低くする原因と非難する・・・・ネット上のコメントだと言うことを考えるからに老人ではなくて若者だろう・・・そしてその事実が非常に悲しくさせる・・・・ 一体、あの敗戦から我々は何を学んだんだ!!関東大震災の時の虐殺、戦時中の創氏改名に強制連行、全て上記のようなコメントの考えを日本人のほぼ全てが持っていたからあのような悲劇が起き、侵略が起こり、戦争が終わった。数百万人の無辜の民が死んでいったあの戦争から今年で63年・・・まだ63年しか経ってない・・・・それでいてその過ちを忘れたが如く、平気で民族差別的な行為を繰り返す、そして何より怖いのはこのコメントをしたものが平時には差別反対、部落差別反対などと言っているのではないだろうか・・・・・もしそうだとしたら非常に怖い対馬まで韓国領と言った与党の定見の無さには腹が立つが、腹が立つなら与党だけ非難すればいい、何で国民、在日全体にまで差別の目を向けるのか!!私は日本人と韓国人の間に生まれ、みずからのアイデンティティに悩んだ作家、鷺沢萠を知っている・・・・だからこそ平気で国粋的な発言を繰り返し差別をする人が許せない、差別発言をしている場を見つけたらいきり立って殴りかかりたいほどに嫌いだそして、このような国粋主義的な考えが未だにたくさん存在することが怖い、そしてこのニュースを見ていて一番怖いコメントがこれ「やっぱ戦争できる軍隊を持たないと頭おかしい国にも舐められるんだなあ 日本国軍隊結成・徴兵制復活希望」 お前は先の大戦で何百人の血が流れたのかわかっているのか!!その血も乾かないうちに平気で徴兵制復活希望・日本軍復活など平気で話すのか!他にもイスラム教の経典に基づいて「目には目を、歯には歯を」と普通学生時代に勉強していたら間違えようもしないような低脳な発言(目には目を・・・はハンムラビ法典であってイスラム教の経典ではない)をしている馬鹿者もいた。 何だろう・・・このコメントを書いた人は真面目に勉強しなかった特殊な事例なのだろうか?それとも多くの人がこの人と同じように歴史を学ぶことが無く、過去の過ちを知ることも無く、上記の発言を繰り返すのだろうか?もしそうなら私は歴史を学ばないものを憎む、過去の過ちを繰り返そうとするものを憎む、愚かに生きるものを憎みます。 私は確かに大学に入ってから真面目に勉学に勤しんでいるわけじゃないが、高校時代にある程度の歴史は学び、過去の過ちを学んできた。だからこんな奴らとは違う・・絶対に違う・・・
2008年07月16日
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今日は木曜日で家にテレビの無いMが「ラストフレンズ」の最終回を見に来る日なのですがお前一人で見てろと鍵だけ渡しといて多摩センまで「カスピアン王子の角笛」を見に行きました! 今からレビューするから見てない人は気をつけてね! まずは原作と大きく違うところを列挙 ・カスピアンが大人!(原作では結構子供-12~14歳位だったのが18歳位と非常に大人びてます) ・カスピアンとスーザンの軽い恋愛あり(まぁ、原作では歳の差が結構あるからそういうことは起こりえなかったんですけど・・しかし続編の「朝開き丸東の海へ」でカスピアンが星の娘と結婚するのに、なんか蛇足気味だった感があるなぁ) ・カスピアンとペペンシー兄弟の出会うタイミング(これはまぁ、本編の感想の中で語ります) ・城内への奇襲の追加(途中で観客を飽きさせないための追加シーンという感にも受け取れますがこれが白い魔女を呼び出す伏線になっていたりで結構重要なシーンでっす) それで、本編ですが物語の開幕はカスピアンの叔父ミラースに男子が誕生するところからになります原作ではそれまでにカスピアンの幼少時代の乳母の交代というコルネリアス博士が出るまでの伏線があるのですが省略(まぁ、仕方ないか)されています、それで早速ミラースが邪魔になったカスピアンを殺そうと刺客を差し向けるのですが博士の機転によって城から脱出するのですが、その際にタンスの裏の抜け穴から脱出するというのが前作「ライオンと魔女」のオマージュに感じられます そして追手を受けながら森へと逃げるカスピアン!ここからもう感動のあまり胸が一杯になってきました!そして予想どうり余所見をしていて枝に頭をぶつけて転倒するカスピアン(笑)しかし気絶せずに逃げようとしたら、近く住処から出てきたトランプキン、ニカブリク、松露取りと追手が鉢合わせ!そしていきなり角笛を吹くカスピアン(速いって^^;笑)と追手に立ち向かっていった結果あっさりつかまるトランプキン(これも速いって(笑) そうしてペペンシー家の四兄弟がケア・パラベルのお城に呼び出されます。そして廃墟となったお城の宝物庫を探索する彼ら・・エドマンド・・早く懐中電灯出してあげなよ(笑)ちなみに剣を手に入れたピーターには是非「これぞわがリンドンの剣!」といって欲しかった!そうしている間にトランプキンがミラースの兵に連れられて河に沈められそうになったから救います。 一方カスピアンは松露取りの家で解放されますが早速ニカブリクと一悶着・・しかし映画版のニカブリクはやたらと性格が邪悪だなぁ、ナルニア復活のための味方を集めようとした際も逆に皆を扇動してカスピアンを殺させようとするし・・・ちなみにこのときもカスピアンは追っ手を差し向けられてますが我らが待ち望んでいたネズミの騎士リーピチープ!によって助けられてます!カスピアンももう少しで殺されかけたけど(笑) そして場所は変わってペペンシー4兄弟、まぁこっちは原作通りにゆっくり進んでいます(え~)、途中ミラース軍の陣地に迷い込んで出て行った際にはミラースが無駄に冷酷に活躍してます、多分あの後将軍の後ろにいた兵士3人は斬られたんだろうなぁ・・・そしてやっとペペンシー兄弟がカスピアン軍に合流!でも最初にミノタウロスに斬りかかろうとするピーター(笑)まぁ、仕方ないよね!前作では敵だったんだし!ちなみに原作ではカスピアン軍がミラース軍との戦いで疲弊した後に角笛を吹いて呼び出すから早すぎる合流です!まぁ、見せ場が必要だからしかたないよね!! 合流した後は早速見せ場の城内奇襲!でもカスピアンによって計画は大失敗!あんな時に博士がカスピアンの父がミラースに謀殺されたことなんか言うから・・・・狙ってたのか??そしてここでもっとも活躍したのは無名のミノタウロス(後パンフでアステリウスという名前と判明!)!!自分の体を張ってまで落ちてくる門を支えてカスピアン達を逃がしてから力尽きます!せめて「お前の名前を教えてくれ!一生忘れない!」位声を掛ければいいのに・・・しかしこのミノタウロスにも色々あったんだろうなぁ・・・ナルニアが滅びた後も白い魔女の眷属だからってナルニア人からも嫌われて多分鬼婆や狼男や黒小人(ニカブリクの同族)なんかと一緒にひっそりと暮らしていたんだろうなぁ、そしてカスピアン王子がナルニアを復活させようとした時に自分たちの一族がナルニア人に認められるチャンスだと思って体をはって頑張ろうと思ったんだよ!!そして、城の奇襲で門が閉じられそうになった時も皆の役に立つことを考えて門を支えたに違いないんだ!そしてカスピアンが脱出したのを見届けて力尽きたに違いない!(妄想終了)で、この際に多くのナルニア人が死んでいったんだよなぁ!多分あそこには谷嵐の息子たちもいたに違いない・・だから谷嵐の奥さんらしき人が号泣してたんだ! そして、計画をぶち壊したカスピアンに怒るピーターと元々計画が杜撰だったと開き直るカスピアン^^;どうみてもカスピアンが悪いだろ で、喧嘩したカスピアンはニカブリクに付け込まれて、狼男と鬼女によって白い魔女(ジェイディス)を呼び出す儀式を行われます!そしてよみがえろうとするジェイディス!そこへピーター達が乱入してニカブリク達は殺されますがピーターまで誘惑しようとして手を伸ばすジェイディス!ピーターも誘惑されそうになるけどそこでジェイディスを斬って、救ったのが前作でジェイディスに利用されていたエドマンドだった!「兄さんなら勝てると思ったけど」と言ってるけど多分ジェイディスに勝てたのはエドマンドだけだよ!!くぅ~、かっこいいなエドマンドは!そういや原作ではこのあたりでやっと4兄弟が合流するわけか・・・遅いなw そして石舞台に攻めてきたミラース軍に決闘を申し入れるピーター!部下の挑発で簡単に相手になるミラースですがやたらとかっこいいし邪悪だ!(褒め言葉)こんなにミラースがかっこよくちゃだめだよ!ミラースはひねこびた細身の中年親父だと思ってたのに・・・なんか悪の渋みを出してるし!(妄想)で、予想どうりピーターが決闘に勝ったもののミラースの部下の謀略でミラースが殺されて全面戦争へ・・・このときに奇襲作戦で前軍を撹乱させるけど歩兵部隊(ローマ軍のファランクスみたいなの)を投入されてからは一気にピンチに!このあたりは前作と似た大味さがあるなぁ!このとき心の中で「ナルニア人よ!今こそナルニア人として死ぬ時だ!突撃!」位叫びそうになった俺がいた(えー)そしてカスピアンが将軍(名前忘れた)によって殺されそうになるが将軍が躊躇を覚えたその瞬間!森が動き出してナルニア人に加勢した!!(=アスランが帰ってきた!)この時再び「見よ!アスランが帰ってきた!今こそナルニアを取り戻す時だ」と心の中で叫んでいた俺(ry そして台円団、この際にリーピチープが尻尾を失ったから部下が全員抜刀して副官(多分名前はピーピチープ)が「隊長が尻尾を失った今、我々も尻尾を持ちません」と言って斬ろうとしたシーンが再現されてるのには感動した!そしてテルマール人がこっちの世界(現実世界)から来た人々の子孫で今なら誰もいない先祖の地に帰そうとアスランが言って希望者を募るんだけど、その際に1番に出てきたのがカスピアンを殺そうとした将軍とミラースの妻子、何か上手く伏線を回収した感じがしたね!で、4兄弟も帰ろうとするんだけどその時にスーザンとカスピアンがキスを・・・・しちゃだめだろ!多分次回作の「朝開き丸東の海へ」でカスピアンは嫁さん見つけちゃうんだぜ!そのあたりどうすんだよ・・と思いつつも映画は終了。続編は多分「朝開き丸東の海」か、リーピチープ大活躍なんだろうなぁwww そして映画館からの帰り、ドラマを見終わって帰りかけのMとすれ違ったので互いの感想を言い合いました。M曰くドラマが鬱展開なのにハッピーエンドで終わったのが気に入らない様子。でもドラマって所詮ファンタジーなんだし別にいいと思うな・・現実と一緒だったら誰も見ないと思うし・・・まぁ、DV加害者の夫が死ぬことを結論としたことには俺も納得いかないと思うけどな あ~、疲れた・・・書き終えるのに2時間かかるなんて・・・
2008年06月19日
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眠りについたのはいいものの夜半、非常に大きい雨音で目が覚める・・・ これくらいの雨なら登らないで引き返すかなぁと僅かな期待を抱くも、残念ながらまた眠りに落ちて再び雨音に目を覚まされた時は弱くなっており、登ることになりそうだなと心の中で小さく落ち込むことになる その後も数回にわたって起きては眠りを繰り返し、4時に起床、それから朝食のラーメンをコッヘルでゆでる・・偶然にも皆「サッポロ一番」だったのには何か運命を感じた(ぇ・・でも味は味噌、塩、醤油とバラバラではあったのだが(でもサッポロ一番は断然塩だと思うんだけど そして、5時過ぎに雨の中軽装備で出発、レインウェアーは高いから未だに防水のコートを使用しているから雨の中を嫌なのだが、その代わり気温は低下していて汗をかくことも無くばて難い状態だった。 休憩を含みつつ1時間半位進むと鎖場に・・が、傾斜もそれほどでは無く、手でつかめる箇所も豊富にあったので鎖にそれほど頼ることなく登れたが、それを進んだ先、山頂手前にある鎖場は見た感じ直角にそびえているような印象を与える崖であった、何よりも登るのを躊躇させたのは登り始めに足場を確保するような窪みが無く、鎖に全身を預けるような登り方を強いられたことだった、1~2m登ったところでやっと鎖に頼らない登り方をすることが出来たが、それでも足を踏みはずせば間違いなく捻挫以上のケガをするような恐怖があった・・・。 崖を登りきるとようやく山頂にたどり着いたが、あいにく雨風が強くそれほど長居はせず、別ルートから下ることに・・・ところがこのくだりが曲者で、雨水が流れる中に足が使っていたせいで、靴に水が染み込み、さらに片方の靴紐が解けたがスパッツを取って結ぶ気力が無くそのまま歩いていたら、岩場で足を滑らせて左足をひねることになった・・・・そんな中何とか小屋まで戻りついてから休憩・・・それから今度はフル装備になってから下界への下山・・小屋に居る時に左足にテーピングを施したおかげで痛む事も無く降りることが出来た・・・・ とりあえず下界への下山は特筆するほどのきつさもなく降りられたので割愛・・・今回の登山はほぼ3ヶ月ぶり、フル装備で登ったのはほぼ8ヶ月ぶり位だったが特に支障も無く登れたのは良かったことだった・・・ただ・・・問題は未だにふくらはぎの筋肉痛が取れないことくらいである・・・
2008年05月27日
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金曜日から高尾にいって先輩の家に泊めてもらう翌日土曜日、6時頃に高尾駅に、7時20分頃の各停に乗って塩山へ、9時頃に塩山に到着、それからバスで乾徳山登山口まで… 着いて準備を整えて登山開始…高一の時から登山をやっていて初めてのペースメーカーだった。やはり慣れないものか最初の方はペースが早かったようだ…1日目の登山は避難小屋まで二時間に満たない行程のはずが久方ぶりの登山のせいか非常にきつくて、着いた頃には12時を余裕で過ぎていた…、この日泊まった避難小屋は地図に荒廃と注があるとおり、入り口の扉が壊れて中に倒れこんでおり入りにくい構造だった…、ここで四時までひたすら大富豪…それから気象を先輩が行っている間寝袋に潜っていたら暫く寝入ってしまった…結構疲れていたようだ…それから夕食、メニューはちらし寿司と非常に珍しい(登山生活の中で初めて)もので成功するから気になったが無事おいしい食事ができた。食後…先輩が水を汲みに離れた水場に行ってる間また寝る…先輩が帰ってきてから8時まで大富豪後半戦…後半は一回しか富豪以上に上がれなかった…、そして8時に就寝…雨が降り始めていて翌日の登山が上手く行くか不安だった…(次回に続くといいな)
2008年05月26日
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ということで明日から山に行ってきます、明日は午前7時集合という強行軍なので今日のうちに先輩の家に泊めてもらってから起こしてもらうことにします!(何という他力本願)昨日いきなり風邪をひいたりしたけど寝たら何だか治ったし(今日の授業は休んだけど)、久方ぶりの登山かつ新しく買ったザックの初使用!楽しい登山になるといいな!!
2008年05月23日
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今週の水曜からGWとなります、一週間休みです本来なら大阪のいるNOMUのところに遊びに行くはずだったんですが・・・・・ バイトの休暇とって実家に帰っちゃったよ!!(´・ω・`)にょろ~ん まぁ、去年の夏に行くはずだったのに俺の都合で2度も延期したので文句は言えません(いや、言う気も無いですが)まぁ、これ幸いと横浜中華街や神田にでも遠出しようと思います・・・ 1人でな!!! (´・ω・`)にょろ~ん
2008年04月27日
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先週の金曜から土曜にかけてアルヴァレスト(ドイ語わかんない)の家にいって狩ってきましたとりあえずメンバーはクロ(俺ですね)、アルヴァレスト(A君とも表示されます)、アリカ(A君のダチ)の3人!!1戦目対G級ザザミ亜種覇笛作って回復大をひたすら吹いてたのについ色気をだして攻撃していたらボコられて、挙句に笛吹いているところをやられて1死・・・そのあとも何故かアルヴァレスト2死でクエ失敗・・・・・いきなり散々な出だしだな・・・2戦目ザザミリベンジハンマーでフルボッコ&全部位破壊でリベンジ成功、以上3戦目ガノトトス大剣で挑戦、クエ開始直後にアルヴァレストはやられちゃってキャンプ待機を命じられてしまった(´・ω・`)にょろ~んその後も死にグセがついたように死ぬわ死ぬわ(主に俺とアルヴァレストがな)Gコンガ亜種にクロが一回Gゲリョス亜種2頭 皆1死して二回失敗・・・・・3回目でやっとかったけどアルヴァレストが死んでいた悔しいので勢いでGゲリョス1頭を6分で討伐そのあとのGクイーンランゴスタはあっさり討伐そしていよいよアリカとアルヴァレストの二人をG級に上げるために絶影にチャレンジ!!俺は補助役に回ろうと取り出したのは片手剣メラルーガジェット!(攻168麻痺400)さすが麻痺に弱いだけあって4~5回はナルガクルガを麻痺させてその間にフルボッコ!でもアルヴァレストが尻尾振り下ろしで死んでたのは秘密なそして、2戦目、調子にのって攻撃も使用かと取り出したのは双剣祭囃子(麻痺100・・・)まぁ、そんなもん使ったせいか麻痺しないたりゃありゃしない・・・気付けば3落ちで失敗・・素直にメラルーガジェット取り出してリベンジしましたとさそれから休憩で森丘と火山の素材ツアーしていたらまさかの3落ち!!トレジャー用の軽装備の俺はともかくリオソウルUでクックに二回もやられるアルヴァレスト・・そして裸なのにまったくしなないアリカ・・・とりあえずG2に上がった二人とガルルガ装備を作るためにガルルガを討伐!その次は武器を強化したいアルヴァレストのために上位ティガ狩り・・・なのに何故か3落ちする俺たち・・・ティガにリベンジした後、何故か上位ザザミを倒す俺たち・・うん、まちがえたんだ次はしっかりG級ザザミを狩りました・・・ところで上位ザザミ倒すのに3分、G級は4分で討伐って・・・・・それからはひたすらガルルガマラソンとフルフルマラソンしてましたしかし、あれだな、アルヴァレストが特選アルビノが欲しくてフルフルマラソンしていたのに1個も出ない罠wwそして、既に手に入れて必要の無い俺に限って3個以上でるなんてwwおかげでフルフルZ装備を手に入れましたwしかし、以上をみて思うのは一つ・・・koushirouのとこの狩りと比べてレベル低!!
2008年04月22日
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ということで、部屋を頑張って掃除しますせめて部屋中に散らばった本を何とか整理しないとな・・・・あぁ、もう一つ本棚が欲しいが置く場所が無い・・・あ、机も買わないとなぁ・・・
2008年04月13日
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一ヶ月くらい堕落した生活をおくっていましたが大体元気ですまぁ、気力のあるときくらいしかこっちで日記は書かないのでまぁ、元気なんだろう多分・・さて、明日から大学はじまります。といっても一週間は語学を除いてガイダンスなので本格的に始まるのは再来週からです。といっても明日イキナリ語学&一限目から授業・・・・もう寝るか・・・・ところでこの時期は新歓で忙しいです。去年は新歓されるほうだったのに今は新歓する立場になったと思うと・・・年月がたつのが早すぎる!!20歳になったらもういろいろと絶望的なんだろうなぁ(ぇそれじゃ、明日からまともな生活及びフル単位取得目指して頑張ります!(多分
2008年04月08日
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久しぶりにPCをネットにつないでの更新です・・まったく十日位ほっといたらコメントに掲示板、トラックバックと出会い系の記事ばっかり書き込まれて書く気が失せてくるなぁ・・・・それでも多分誰かが見ていてくれているはずなので更新は続けるのです、え?誰も見てないならどうするって?もちろんmixiオンリイになるに決まっているさ!!今日は街に行って帰りにふと江津湖に行きたくなって行って見ましたとりあえず寒かった。それと夕方だったから誰もいなくて非常に寂しい光景が広がっていました・・・うん、何で行ってしまったんだろうなぁ・・・・多分感傷に浸ってみたかったんだろう、うん・・・。そういや国公立の発表が始まりだしているみたいですね。とりあえず明々後日の発表が一番気になる・・・(汗 まぁ、こんなもんです
2008年03月07日
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パンフレットにバンダナにトートバッグにストラップにカレンダーにTシャツに、ここにはないけどフォト傘もかったぜ!!在庫が無くて一部返金されたけどかまわねぇ〓間違いなく俺は今絶好調だ!!
2008年02月21日
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偶然テレビを見たら甲斐よしひろがテレビで歌っていた!!「安奈、お前の愛の灯はまだ燃えているかい~♪」久しぶりに甲斐バンドの曲聞いたなぁ~、最後に聞いたのは・・・・あ、先月PCで聞いてたや・・・・;最近オーディオプレイヤーに2000曲以上入っているせいで昔の曲はほとんど聴いてません;;MDプレーヤー使ってたことはMD入れ替えるだけでよかったから平均的に聞いてたけどオーディオプレイヤーだとプレイリスト編集が面倒だったり、検索にも手間がかかるからなぁ・・・・何より問題は連続使用時間が間違いなくカタログスペックより短い・・・・・買って二年しかたってないのにもうソニータイマー発動っすか???・・・今のオーディオプレイヤーを使う気が無くしたら次は絶対Ipodを買うべきなんだろうなぁ・・・・
2008年02月20日
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気が付けば春休みが始まって大体2週間!!とりあえず一昨日から自動車学校通ってますしかし、一週間で仮免取得を目指すってどういうことよ・・・おかげさまで朝から夕方まで自動車学校に入り浸りだぜ!!昨日も学科3時間に実技講習が2時間だったしさぁ・・・・こんな詰め込みで仮免取得合格できるのか心配だけど、まぁがんばりますノシ
2008年02月07日
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こっち見ても掲示板やコメント欄に出会い系の広告ばっか乱立するから書く気が起きんのですよ・・・・というか取り締まれよ楽天!!なんとなく腹が立つから今年のイーグルスが最下位にでもなるのを祈ってやろうかいなぁ・・・クソッ、去年はホークスをカモにしやがって・・・・・ 今日は2時過ぎまでグッスリ寝ていたんですがチャイムの音で起こされてみたらお巡りさんが来てました!!話を聞くとどうも治安のために色々と書いてもらいたいものがあるとか・・・とりあえず警察手帳も見せてもらったし本物なんだろうなぁ、でも寝起きで寝ぼけてたから雑に書いてしまった・・orz色々と恥ずかしいなぁ・・・・さて、今日は何もせずに一日が終わってしまいました。明日はどこか出かけてみようかなぁ・・・
2008年01月28日
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はい、久方ぶりの日記です。去年日記書いてから色々あってしばらく書く気がしなかったのだよ。明日はセンター試験でだけどもう去年から一年たったと思うと・・本当に年取ったなぁって・・・、絶対時間の流れが高校の時より早い気がするのですが・・・(前も似たようなこといった気が・・・?)20歳になるまでと、20歳から死ぬまでの体感時間が等しいって噂は本当なのかも知れない・・・ところで明日から東京は雪が降るかもしれないそうです・・ただでさえエアコン使ってないから寒いのにこの上雪まで降ったら・・・・確実にコタツの中から出れなくなるだろうなぁ・・とりあえず明日から2日間受験生の方々は頑張ってくださいな・・・あの緊張感は本当に耐え切れないよなぁ・・・・
2008年01月18日
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こーしろーとひょんなことから確実であるものについて論争そうしてみると確実なものなどほとんど無いこの俺という人間で確実なのはRh+のAO型と言うくらい誕生日だって本当に1月6日かどうかなんて生んだ母親には分かっても生まれてきた俺にはそれを証明する手立ても無いそして俺が死んだら俺を知っているひとは減っていくのみで、死んで100年もしたら俺の存在は歴史の奔流の中に消え去り、誰もが忘れていくことになるだろう、一部を除いて数億数十億数百億数千億の人々がそのような歴史の流れに消え去っていっていると考えると人間って非常にちっぽけな存在だとおもうあと、こーしろー中国で史家は当時のことについて事実を書くことに命を懸けているんだから後の王朝で編纂された史書はともかくほぼリアルタイムで書かれている三国史なんだから多分三国史の英雄は実在しているんだぜ。ちなみに史官が事実を書くことに命を懸けている根拠は宮城谷昌光の晏子を読めば分かるので(多分読まないだろうがな)
2007年12月07日
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「そして夜が明けたらまた生きていくために 生活(くらし)を背負って歩き出す 疲れた体次第に何も 聞こえなくなる 感じなくなる だけど~♪」 うん、久しぶりの更新ですね・・・・最近更新が滞り気味なのはこのブログってちゃんと見られているのか気になっているのですよ・・・・足跡見ても楽天会員のは業者かアフリエイトしか載せてない守銭奴のようなものしかないし・・・その点mixiは足跡で誰が見てくれたか分かるから書く気力が出てくるんだろうなぁ(まぁ、こっちは家族に見られているから書きにくいってのも有るけどな・・・・)。 さて、今日は寝坊しました、授業いけませんでしたorz今日の授業はただディベートを聞いているだけでよかったから出なくても支障は無かったんだけど出席点が・・・・2限の体育が休講になっていてよかった・・・・。最近生活リズム崩れまくってるからなぁ・・・・とりあえず今日は12時か1時には寝て明日起きれる様になりたい・・・・・明日は必修の語学あるから落としたらまずいっ・・・・・とりあえず来月までの論文も書き始めなきゃいけないんだろうなぁ・・・・。部屋の片付けもしなきゃ・・・・・でもPCの前から動けない俺だった・・・久方ぶりの曲は浜田省吾「the best of shogo hamada vol2」より「家路」ですこの曲をはじめて聴いたのは確か高2か3の時にいった省吾さんのライブでだったなぁ、何故か聴いて「あ、これ家路だ」と思ったのは着メロだけはとっていたからだろううん。
2007年11月26日
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mixiで書いた日記をそのまま掲載してやります・・・・え?大概の奴はmixiみてるって?だがそんなの関係ねぇ!!こっちにも掲載するんだ 今日はGが出ました・・・、五ミリ前後の幼虫でしたがこいつが出たということは幼虫が何匹かいると見てよろしいでしょう・・・ああもう熊本だったら異常気象的な冷気でいまごろ並みのGどもは死滅しているというのに何でこんなに東京というところはあったかいのだろうか!!だいたいまだジャケット羽織るだけで十分過ごせるし・・・昼間は暑さすら感じるし四季に逆らって少しも恥じるということはないのだろうか・・ああもう反省するなら熊本並みの寒さになりなさい(流石に暑さまでまねられたら死にますが・・・だいたい毎日30度越えが基本なんてなんて非常識なのだろう群馬の40度越えなんて鼻で笑ってやる熊本の室内は下手したら50度は越えられる!!と)。 そうそう、今日やっと電気ケトルが届きましたよ、これで楽にお湯を沸かせてお茶を飲めます。しかしまぁ、電気ケトルがあるにせよ紅茶は淹れ難いんだよなぁ・・・まぁ近くの業務用スーパーで無糖紅茶見つけたから許しましょう・・・・
2007年11月14日
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ニドランオスが捕まえられるのはサファリゾーンと知って軽く絶望しましたが交換で手に入れました。名前が「ニドくん」だがそれは仕方ない(どうせニドって名付ける予定だったし)。しかしまぁ、全体的に難易度が上がった気がするなぁ・・・普通ならシオンタウンについてしばらくしてからフシギソウがハッパカッターを覚えたはずなのに既にサントアンヌ号に乗る時点で覚えてるし・・・ピジョンだって普通ならサントアンヌ号のデッキあたりで進化する頃なのにオツキミ山あたりで進化しちゃうし・・・・そんな俺のパーティは・・フシギソウ(フッシー)Lv30バタフリーLv24ピジョンLv25スピアーLv24ニドリーナLv24ニドキング(ニドくん)Lv27・・・ちなみに今まで使ってきたダグトリオとギャラドスを使わないで敢えてこのパーティで戦ってます・・・おかげで炎、雷、鳥には対策取れてないぜwww
2007年11月10日
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オツキミ山手前でニドラン♂を探しがてらレベル上げしていたらプッツン・・・・・全部で10は上げていたレベルが一瞬にして消えました・・・・だからもう不貞寝する!!
2007年11月06日
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うっかり別のリンククリックして書いてたのが消えてしまった・・欝だまぁ、気を取り直して書くと11月入ってすぐに学祭がありましたよ。俺は山サークルの方に参加(というか成り行きで手伝った)して焼きそば屋をしましたが何とか完売することが出来ました。考えてみれば高校時代は生物部につきっきりだったから文化祭には殆ど縁がなかったから初めての文化祭体験かも・・・でも正直疲れたね!!学園祭とかはするより行く方の方が楽しいねうん眠いからこれだけ・・・お休み
2007年11月05日
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あまりに痛々しすぎるので自重します(せめて音楽紹介位すればいいのに・・・・)あ、母親が東京に様子見に訪ねてきました。部屋のあまりの散らかりっぷりに駄目出しされました。そして数時間かけて掃除・・・・・とりあえず冬に熊本かえるまで散らかさないように気を付けよう・・・(無理かな・・・?)
2007年10月26日
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風邪ひいたみたいだから早めに寝たら風呂場の浴槽をアレが這いずり回るという嫌な夢を見てしまって起きてしまったよ。今日は今日でゾンビの大量に出た町から逃げようとして狼男に食われて死ぬなんて夢見ちゃったし……、寝過ぎでは無いのになぁ。とりあえず寝れそうに無いから山日記の続きを書いてみるよブロンソン。午前3時に起床。寝袋を畳んでから昨日炊いてた冷や飯に熱湯ぶっかけてお茶漬けを作って朝食。荷物を適当に積めてザックを外に放り出してからテントを畳む。出発準備をしていたらSLがデジカメが無いと慌てて探すが見つからない。M1が念のためザックの底を覗いたら出てくるデジカメ…どうやってまぎれこんでたんだ…?さて出発と思ったらこんどはCLが携帯が無いと慌てる。こんどはCL自信のシュラフの中に入っていた…さすがに三回目の騒ぎはなかったものの予定より1時間遅れの6時に出発。しばらく道を進むと富士山が見えたが霧か雲に包まれていてよく見えなかった。1時間程で大菩薩峠に到着、頂上すぐそばにある介在荘にて中休止。非常に寒かったので300円のカップヌードルを買って食ったが非常に美味しかった。ここからアップダウンのある道を3時間程歩き、石丸峠、榧ノ尾山を過ぎてから下りへ…更に3時間以上歩いて午後2時50分に小菅の湯に到着、山行終了。温泉に入ってから駅までバスに乗って、高尾駅まで行ってから解散。正直しんどかった
2007年10月19日
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12日夜に高尾駅集合、21時41分発の列車に乗って約一時間後に塩山駅に到着。終電の客がいなくなった12時45分に駅寝で就寝もほとんど眠れず・・・6時に起床予定ながら5時半には起きて朝食、7時半ごろのバスにて大菩薩登山口に・・・登山開始してしばらくはアスファルトの道が続き、最初の分岐にて服装を整えるために休止。予定コースに通行禁止の看板と工事計画の看板が立っていたため当初の計画を変更するか悩むが、他の登山者が皆通行禁止の看板を無視して登っていったため当初の計画通り進行、途中のロッジ長兵衛にて何をトチ狂ったか烏龍茶を買って500ml一気飲み・・登山再開後非常に後悔した・・。兵衛を出てから30分後、今日の宿泊地「福ちゃん荘」に到着、周囲は非常に寒く防寒着必需と計画書に記されていた理由を非常に痛感する。テントを張ってからしばらくしてから大菩薩嶺に向かって登山開始、道はなだらかな状態から急になり、中継地点の雷岩の前では大小の石が転がっていた。雷岩から10分程進んで大菩薩嶺に到着。頂上なのに木が生い茂って周囲が見えなかった。1時間程で福ちゃん荘に到着、疲れていたのか一人テントに靴はいた足を外に出したまま倒れこんで小一時間程睡眠、夕食のレトルトカレーを作って食べた後、翌日の朝食分のご飯を炊いてから7時に就寝。
2007年10月14日
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とりあえず明日から明後日まで大菩薩嶺&峠登って来ます。当然明日の英語は出られません、事前にも言ってないし公欠になるかどうかは微妙な所・・・とりあえず初駅寝になる予定・・・。尚、遭難はしないので(多分)期待した人達は存分に残念がりやがってください
2007年10月12日
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最後に作ったの8月の熊本に帰る前だったからかれこれ3ヶ月作ってなかったのか・・・ しかし豚キムチ炒飯作りすぎだろ俺・・・ ちなみに料理の熟練度を表すと 豚キム炒飯☆☆☆☆☆ クッキー☆☆☆ ケーキ☆☆ 他の料理☆無し ・・・・料理、めんどいなぁ
2007年10月03日
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時間たつの早いのかなぁ・・・・?ああ、でも中国語が2ともやばかった・・・ちょっと欝だ!!英語は高校時代よりも簡単だったから比較的楽だったんだけどなぁ。とりあえず中国語の勉強しないとな・・・うん。あと草濫もか・・・・・
2007年09月30日
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しかし正直言ってやる気がでねぇ!!なんかこう色々とメンドくさいなーちなみに料理をする気はまったくなく最近は学食、マック、サイゼリアに頼りっぱなし・・・カップ麺食うよかましだよな?そうそう水曜にバイトの面接行って来ますAmazonで買うものが多すぎてお金が足りないのだよ!!・・・・採用されるといいなぁあ、草濫一枚フリーページにのっけときましたから
2007年09月23日
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上京してきたNOMUとMと供に遊びまわってました徹カラもしたし漫画をひたすら読んでgdgdもした駄菓子菓子!!なによりびっくりだったのはNOMUの変貌・・・・温厚だったはずの彼はいつの間にか大阪過ごすうちに脅威の突っ込みキャラとなっていました・・・・・・。彼はもはやSキャラだ!!かくして周りにはこーしろー、M、ジャッカル、NOMUとびっくりなくらいのSキャラが集まり俺の苦労は倍加していくのでした・・・・・しかしこいつら皆一対一の時は至って普通なんだよな・・・観客がいると燃えるタイプなのか・・・・?あ、テキトーに写真はっときますところでこの一週間Gがですぎです・・・もはや驚く気力すら失せました・・・バルサン焚いたから全滅したはずだけど・・・もしかして卵が引っ越す前からどこかにあったのか・・・・?とりあえず室内全てのGが死滅していますように・・・・・・
2007年09月16日
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「トランク一つだけで 浪漫飛行へ InTheSky 飛び回れ このMyHeart~♪」・・・・実際のところ前の席で幼児がひたすら大音量で泣き続けて浪漫も何もなかったがな・・・。しかし、子供って本当に大きな声で泣くよなあ、泣くことが職業なだけはあるよ。ということで東京に戻りましたとさ。しかし今は台風だ!!何の備えもしていないのにどうせいと言うんだろうか・・・・まぁやばくなったら親友Mの家まで逃げればいいことだし(ここから25KM離れたところにあるがな・・・)。とりあえず晩飯をコンビニに買いに行ったら帰りに傘が風圧で曲ったよ・・。しかし、何で休みに台風が来るかなぁ・・・どうせなら大学始まってから来ればいいのに・・久方ぶりの曲の紹介は米米Clubより「浪漫飛行」です。「君がいるだけで」と同様に米米Clubの代表曲ともいえる曲です。確かJALかどっかのイメージソングだったような・・・?
2007年09月06日
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多分、実家帰ってだらけているからだろうな(mixiも更新頻度減ってるし)。今、NOMUとジャッカルと徹カラ中です(五時まで歌って1180円てのは本当に素晴らしい!!)。今回は高い声があまり出なくて思うように歌えないけど、適当に最近歌って無かった曲を歌ってます。しかし日付が変わったら多分暴走してアニソンに走るでしょう
2007年08月26日
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