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黒い故に、黒地を彷徨える・・・左には、盾を持った黒い騎士が、右には、天を指差す白い老天使が、自分の陰陽の象徴の様に感覚的に見る。ウィーンの町に、音楽の喜びと、繁栄の美しさ、そして、絶望の黒と死を見てきた。全ての人々のとても巨大な、噴射される、青白く、赤い、怒りのエネルギー巨大な柱となって、地中から天空を目指す。この、偉大なるパワーは・・・何故に存在し、どうしてあげるのがいいのだろう・・・怒りを、どうしたら、どの様にとらえたら、平和的に、創造的へ・・・変換できるのだろう・・・と、良しも悪しも色々と考えてしまう。昨夜の夢は、ある人の、怒りのエネルギーと対話していた。そのエネルギーは、刃をむき、私を傷つけようと、私に切りかかってきた。私も、剣を持ち、向かい合った。怒りの悔しさや、憤り、腹立たしさ・・・を共感し、剣を向かいあうと両者の刃が取れて、ただの棒になった。悲しみの姿に変わり、只・・・悲しんでいた。共に、悲しみ、悲しみ抜いたあと私は、そのエネルギー体に向かい「あるべき、本来の場所へ帰るか?」と聞いた。その、モノは、「はい。」と告げると天空へと、旅立っていった。只の夢なので、何の意味があるのか・・・顕在意識で完璧に理解するのは不可能に近いだろう・・・でも。味わい尽くす。体感すること。生きる事へ、浄化への道・・・には自分で恐れずに、自分自身へ愛を捧げるか、もしくは、恐れずに抱きしめてもらえる、他者からの愛・・・「愛」が必要なのでは・・・向き合い、認め合う・・・共感の形。だれもが・・・そして、死すべきあとでさえも、愛を、求め続けているのだろうか。。。心許せるほどの人に出会うとどうしても、自分の重荷を、私自身を理解してもらおう・・としてしまう。全てを理解してもらい、私の偉大なる苦しみを、重荷を、しばし、背から下ろしたくなる。。。その様な姿勢から、今まで幾度となく友人関係を終わらせてきた。今は、はっきりとは解らないが、これらのフィーリングと、黒龍の叫びが・・・私の中の何かを、思い出させようとしている。「愛する事を、恐れずに。」火山が噴火するごとく、嘆いている足元で人知れず咲き出す花に真実があるのだと。黒くある事を恐れずに、正しき道や、すべきことではなく、自分の在るがままを認める勇気を持ち、全てが、全てに、存在そのものへの愛の形を認めよう。
2009年12月31日
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もうすぐ冬至。町中、天使や馬小屋で生まれたキリストのシーンがある。Cathedrale st.-Michelレイラインが交差する・・・というが活気にあふれた、教会と感じた。黒人の人々の木琴の4重奏と歌声が地球の言霊の響きに感じ、涙が溢れた。 ~~~~~讃えなさい・・・喜びと祝福を。死や苦しみを嘆くのではなく祝福を、溢れるばかりの祝福を解き放ちなさい。 ~~~~~冬至をすぎると日照時間が延びてくる。新しいサイクルの始まりだ。
2009年12月20日
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この頃の自分が楽しい。一人ぼっちなのを、覚悟するほど。全ての存在が愛なのだと、新しい言葉を知る。子供や夫の接し方で悩むが、逃げている時は、旅行の計画の決済が降りずにいたする。どうするのか。自分が何をしたいのか。自分にとって大切にしたい事は何なのか。きちんと自分を見て、自分で決めてゆくだけだ。もちろん、色々な出来事の度、色々な感情が溢れ出てくる。その感情のままに流されて、上手に対処出来ない事もあるし、色々な理由をくっつけずに、その感情をただ、思いっきり味わう事もある。私は、聖人でないから、色々と感じるし、「自分の責任」として全てに対応もまだまだできない。そして、何より、ジャンクフードや様々な欲求も生きている喜びとして、味わっている。自分への縛り感がなくなったのかな~?色々な自分を楽しんで、かつ自分をきちんと見て、誤魔化さずに生きて行きたいと思う。
2009年12月13日
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