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日本学術会議の問題から、民主主義と国民主権の破壊が、とうとうここまで来たかという感じがします。安倍・菅政権は、”選挙に勝てば、何をしてもいい”と、まるで独裁権を持ったかのような勘違いをしています。国会も法律も軽視してきました。国民があくまで主権者であるにもかかわらず、国民を下に見て、自分たちが上であり、政権に従えばいいというふるまいです。根本的に誤っています。
◆法治主義の否定
ローマ時代も最初は法がなく、神官が「神のお告げ」として政治的な判断を行っていました。判断の基準は全く説明されません。
同じく、菅首相は任命拒否の理由を明らかにしません。学術会議からすれば、拒否された理由がわからなければ誰を推薦していいかわかりません。説明しない姿勢は、古代ローマの神官政治と同じで、基準は神=菅首相のみぞ知るです。現代でこんなことが許されてよいはずがありません。日本はいつから神官政治に逆戻りしたのでしょうか。ローマでは紀元前450年に法が成文化されたことで、神官の権力は無くなります。法は恣意的な判断を排していくためのルールです。菅政権の「説明しない」姿勢は学術会議法の基準を無視した法治主義の否定です。
任命拒否問題は、「学問の自由」にかかわる問題です。 中世から近代への進歩の大きな特徴は権力と学問の分離です。 西洋の場合は、 時の権力である教会から学問が分離されたことで、一挙に科学が進展しました。 菅政権の姿勢は、時の権力に学問を従わせようとする中世への時代の逆行です。こんなことをするようでは、日本は世界の進歩から取り残されてしまいます。多くの学界が反対の声明を出しているのはこの危機感からです。
◆戦時中と同じ轍
日本は戦時中に、時の権力に迎合する人たち=「イエスマン」だけを集め、権力に反対する人たちを弾圧、排除した歴史を経験しています。そして、侵略戦争に突き進んだのです。菅政権は、同じ轍を踏もうとしています。
(聞き手・若林 明)
<ふじたに・みちお> 1958年広島県生まれ。慶応大学文学部教授。専門は西洋古典学、中世イタリア文学。著書に『ダンテ「神曲」における数的構成』、共訳『神曲地獄篇(第1歌~第17歌)』など。
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