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原発を安全に保つ一義的な責任は、国と電力事業者にある。 地元同意の妥当性に議論が集まるほど、柏崎刈羽原発で言えば本来問われるべき国と東電の責任が隠れてしまいます。
原発事業は「国策民営」です。ただ、歴史的に重大な事故が繰り返され、近隣社会の不安が高まった結果、自治体が安全確認に介入できるようになり、「地元自治体同意制」と呼ぶべき慣習が成立しました。
地元同意は立地自治体と電力事業者が結ぶ「安全協定」が基盤ともされますが、法的根拠を持たない紳士協定にすぎません。 自治体は事例ごとに場当たり的に手続きを模索し、実行するしかないのです。
それにもかかわらず、慣習上の手続きの流れによって、自治体が再稼働の最終決定権者のように見なされている。あいまいな手続きの陰に隠れて、国と電力事業者が再稼働の責任を自治体に「転嫁」していると言わざるを得ません。
国策民営の下では、自治体は同意を引き延ばすことはできても、実質的には拒否しづらい状況にあります。柏崎刈羽原発は重大事故を起こした福島第一原発と同型炉です。しかも、その電力は地元で消費されません。こうした事情が積み重なり、歴代知事は同意を「回避」するような姿勢も示しましたが、それにも限界があるということです。
自治体としては、住民の不安を少しでも和らげるための「条件闘争」にならざるを得ません。国と東電は今回、新たな地元支援策を公表しましたが、外堀を埋めることで知事に「圧力」をかけたと見る方が実態に近い。知事自身も、国と電力事業者の責任回避・転嫁によって板挟みの負担を強いられる「犠牲者」と見ることもできるのです。
国が「地元の理解」を重視すると言うのであれば、自治体が関与する手続きを明確に法定化すべきです。すでに慣習として行われている内容を前提に「同意」手続きを制度化すれば、事案ごとに自治体が翻弄(ほんろう)されることもなく、国の責任も明確になります。
その際、どこまでを地元とするかという問題もあります。福島事故の影響は30キロ圏を超え、放射性廃棄物の問題は次世代を拘束します。「地元=当事者」と捉えると、範囲の設定は難しく、制度化の過程で改めて議論すべき課題です。
(聞き手・中島嘉克)
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<いずみ・かおる> 1964年生まれ。九州大大学院法学研究院教授。柏崎刈羽原発のほか、九州や四国など各地の原発について再稼働の過程を研究。
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