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2026年01月15日
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テーマ: ニュース(96860)
カテゴリ: ニュース
戦後の日本は新しい憲法の下で民主主義の社会になったとは言え、自ら闘いとった民主主義ではなく、上から(つまり米軍から)与えられた民主主義だったので、その意味をよく理解できておらず、戦後になってもあちこちに昔の国家主義が残されていて、公務員採用試験に関わる国籍条項などもその一例であり、これを撤廃するのに50年近くかかったのであったが、その国籍条項を今さら復活させようとしている三重県の事例に関連して、元文科官僚の前川喜平氏は、12月28日の東京新聞コラムに、次のように書いている;




 外国人の公務員への任用を制限する根拠は、53年に内閣法制局が示した 「公務員に関する当然の法理として、公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには日本国籍を必要とする」 という見解だ。そんな「当然の法理」が日本の公務員制度を縛り続けている。そのため公立学校ではいまだに教諭以上の職には外国人を任用できない。

 日本人の出生数は今後幾何級数的に減少する。2024年の出生数は68万6173人、合計特殊出生率は1・15だった。このままいけば100年後には十数万人にまで減るだろう。外国人が来てくれなければ、日本の経済にも社会にも持続可能性はない。

 政府は28年度末までの外国人労働者の受け入れ上限を123万1900人とする方針を示したが、いつまでも外国人が来てくれると思う方が間違いだ。円安が進み排外主義が横行する日本は選ばれなくなるだろう。

 日本が生き残るには、多文化共生社会を形成して、外国人が生きやすい国にするしかない。「当然の法理」の撤回と国籍条項の撤廃は避けて通れない課題なのだ。
(現代教育行政研究会代表)


2025年12月28日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-三重県の国籍条項復活」から引用


 1953年に内閣法制局が示した「公務員に関する当然の法理として、公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには日本国籍を必要とする」という規定は、今から考えると日本語としてもおかしい。学校教員は、公立学校に勤務する限りでは公務員に相違ないが、彼の仕事が「公権力の行使または国家意思の形成への参画」であるわけがありません。しかし、1950年頃の日本は、まだ戦前の雰囲気を残していて、多分、教員は生徒やその父母の前で威張り腐っていて、「儀式の時は大きな声で君が代を歌うんだ」と命令して、それが教員として「国家意思の形成への参画に携わる公務員」として役責を果たしているとの「自覚」となっていたのであろうと想像されます。しかし、その後49年を経て、どうもこれはおかしいと、三重県当局も気が付いて、1999年に国籍条項を撤廃したのは「正解」だったのです。それを、今またどんな「事情」が発生したのか知りませんが、元に戻そうなどという「愚行」は、やめたほうがいいと思います。





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最終更新日  2026年01月15日 01時00分05秒


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