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日本の次に低いのはノルウェーであったが、その割合は65・6%であり、唯一、世界中で日本だけが異様なまでに「批判的思考を促す」教育を行なっていないことが明らかになった。
批判的思考とは、政治体制、行政機関、マスメディア、大資本などあらゆる「権力」への批判的精神を指す。要するに「お上」やそれに類する権力集団は前提的に嘘(うそ)つきであり、彼らの言うことにはまず疑ってかかるべきで、それを批判したり対抗したりするだけの最低限度の知識や経験を身に付けておけ、というのが骨子である。
先の尾崎の例に戻ると、まさしく筆者の世代こそがこの、「批判的思考を促す」教育がほぼゼロになった教育環境で、人格形成の最も重要な季節である10代を過ごした初期の世代である。この年代における賢い生き方とは何か。「お上」、つまり学校教育にあっては内申書を製作する直接の担当者である教員に対して、如何に機嫌を取るか、である。
実際、私の中学校時代にはこのことに心血を注いでいる級友たちが星の数ほどいた。教師が臨席する前だけで、率先して催事への参加や清掃当番に夢中になる生徒。あるいは逆に、「○○君がこんな粗相をした」と頼まれてもいないのに告げ口をする生徒。多少なりとも内申書の心証を改善させようと生徒たちは必死に、教師という権力者に迎合して忖度(そんたく)する魂魄(こんぱく)が心底で沁(し)みついていく。
◆溶けている民主主義の前提
このような筆者の原体験を踏まえたとき、この世代の権力に対する態度というのは、刑務所に似ている。筆者は所謂「刑務所モノ」と呼ばれる読み物が好きだ。ちなみに刑務所に於ける受刑者の日常を扱ったエッセイや漫画などは、市井の人間には知る由がないがゆえに根強い人気を誇っており、最近では獄中生活にグルメ要素を足したものとして花輪和一の『刑務所の中』などが著名だ。
とりわけ花輪の作品に於ける受刑者の態度は興味深い。刑務官を「先生」と呼ぶ受刑者は、どんな些細(ささい)なことでも逐一先生に報告する。如何に自分が刑務作業を頑張ったのかを声高に発声し、懲罰とは関係のない回房受刑者の生活様態までをも報告する。
圧倒的力関係のある「お上(刑務官)」と「受刑者」という関係性の中で、少しでも仮釈放を貰(もら)いたい受刑者による涙ぐましい「努力」は、巨視的に見れば合理的ではある。しかし、それは獄中生活という特異な環境での話であり、市井の市民には関係のないことであるはずだが、幼少期から「お上」におべっかを使って、少しでも利を得ようとする行為こそが賢明で合理的な生き方である、という処世術しか知らない筆者の世代にとっては、それがどんなに滑稽(こっけい)な姿であっても、結論としては良い生き方になる。当時、そんな環境にどっぷり浸(つ)かった生徒が今や40代の有権者になっている。
おおむね49歳以下の有権者における政治家や政党への評価も、これが根本になっている。それがどんなに真っ当なものであっても、批判すること自体が悪という認識だ。民主主義社会において、野党の役割の第一は当然批判であるが、そういった観念は通用しない。批判すること自体が悪だ。悪である以上、政策の良し悪しは関係がない。「批判ではなく対案」という陳腐なフレーズも、この世論の機微を汲んだものだが、本質的には民主主義の本義を完全に無視している。「批判と議論」という概念自体が有権者の側に存在していない。よって左翼やリベラルが禁忌されたか否か、という分析自体に意味がない。兎(と)に角(かく)、権力にモノ申す政治家や政党は悪で馬鹿であり、その悪口の矢面に立っている政権与党は「可哀そう」となる世界観である。民主主義の前提が溶けている。
権力者を批判することは悪いことであり、空気を読んでおらず、合理的ではないし損だ……。そんな環境で育ってきた現下の49歳以下の有権者にとって、中道は害悪でしかない。
他方高市自民が被害者として同情を誘うのは頷ける。政策や正論とは関係のない世界で彼ら有権者は投票所に行く。如何に正論を言ってもそれは徒労であり、権力への微温的な肯定こそが「賢い生き方」だ、と刷り込まれた筆者以下の世代にとって、この感覚は最早覆しがたい「事実」になっている。
はてさてこの前提を踏まえたうえで、政権与党を批判する野党に復活の道があるのかは相当疑わしい。常識が溶けた世界で、それでも正気を保っている人間や政党が、このさき生き残るか否かは未知数だが、それでも巨視的に見れば正論と正義が勝つのが歴史の教訓であるのならば、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)という言葉が最も相応(ふさわ)しいであろう。私たちは思慮深く、原則を曲げず、時流に迎合せず、同じ方針を愚直に継続するしかない。
<ふるや・つねひら>作家、評論家。
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