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「高市さんは決して他党の悪口を言わない」
これが高市自民に票を投じた多くの有権者の心底にあった、決定的な投票動機である。政策の妥当性や整合性は最早関係がなく、考慮されない。投票所に行く有権者の多くは、政策ではなくイメージと空気で投票先を選んでいる。
選挙結果を受けて、やおら「左翼リベラルの壊滅」とか、「教条的な左派が如何に有権者に嫌われたか」などと、したり顔で語る向きが喧しい。
しかし結論から言えば、総選挙の結果は左翼やリベラルが蛇蝎の如く嫌われたからそうなったのとは程遠いのであった。 政策や争点が無視され、SNSを基底にして作り出された「高市さん良い人じゃん」「高市さんが頑張っているのに虐められて可哀そう」という、児戯にも似た感覚で高市自民を選んだ結果が、自民圧勝の顛末であった。
◆尾崎豊がギャグになる世代
興味深いのが世代別の投票先だ。『朝日新聞』の出口調査によると、とりわけ49歳以下の有権者で中道改革連合(中道)への比例投票率は軒並み1割を大きく割り込んでおり(反対に国民民主への投票率はきわめて高い)、この事実こそが中道壊滅≒高市自民圧勝の原因となっていそうである。
というのも、49歳以下の平均投票率を4割と仮定しても、この世代の人口は約6000万人存在し、投票権を持だない18歳未満を除いた有権者人口は、実に約4000万人に達するからである。簡単な算数で、これに0・4を掛ければ約1600万票になる。自民は今回、比例合計で約2103万票を獲得。対して中道は約1044万票を取ったことを考えれば、国政政党の浮沈を左右するには十分すぎる母集団だ。
かくいう筆者も、この世代のちょうど真ん中に位置する43歳である。この年代における中道への「異様な」までの禁忌感とはいったい何なのか。
私の世代は、ちょうど「不良」「ヤンキー」が絶滅危惧種になっていた時代に、義務教育と高校教育を受けた。1970年代後半から90年代劈頭(へきとう)に於いて、全国の小・中学校や高校で、「校内暴力」の嵐が吹き荒れた。それは生徒対生徒の暴力沙汰に留まらず、生徒対教員(学校)に発展した。その背景には管理教育があった。管理教育とは集団規律の徹底・体育会的指導の横溢・教育者(学校側)の精神主義的教育方針の専横などを指す。
この過度な管理教育への反発として、青少年は荒れた。無論、都道府県や自治体の教育委員会の方針によって濃淡はあったが、90年代に入ると管理教育への反省から所謂「ゆとり教育」が優先となり、学校の治安は一服して現在に至る。
管理教育への生徒側からのカウンターの象徴は、ミュージシャンの尾崎豊(65~92年)であった。尾崎の代表作のひとつである『15の夜』は、<盜んだバイクで走り出す>というサビの歌詞が有名であり、続いて『卒業』では、<この支配からの卒業>というフレーズが知られる。前者は83年、後者は85年にリリースされた。まさに校内暴力の真っ最中で、体制への反逆こそが若者のあるべき精神とされ、尾崎の熱狂的なファンが全国に生まれた。だが不幸なことに彼は『卒業』ベスト版リリース直後の92年4月にわずか26歳で早世した。
そんな短い尾崎の人生と入れ替わるように、90年代中盤以降に青春時代を迎えたのが筆者の世代である。 98年に札幌市内の公立高校に進学した筆者にとって、尾崎的な反体制・権力批判のアーティストは、かいつまんで言えば「馬鹿」と見なされた。 このとき、尾崎の死後10年も経っていないにもかかわらず、 権力者や体制に反逆するのは損であり、権力に迎合しておこぼれ(内申書の差配など=大学への推薦入学)を貰う生き方こそが、最も合理的な選択で賢明だ、 という共通認識が出来上がっていたからだ。
よってカラオケで尾崎を歌うとき、級友たちは爆笑した。筆者の世代では、尾崎が人生を以て示した反権力や反体制の精神は、最早ギャグでしかなかったのである。
(つづく)
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