2012/06/06
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 【民族の興亡】をテーマに掲げ、匈奴・突厥・モンゴル等の史実を眺めてきた。

 不思議にも 現在 中央アジアに民族主義的に立国しているテュルク系諸国家(トルコ共和国を含め)、これらも民族の故地はシベリア東方のバイカル湖近隣である。

 千数百年の歴史の中で 国を起こし、栄華の後に(約200年周期だろうか)衰退し 西に追われている。

 東北で勢力を高めた新たな民族が 彼らの王国を侵略し、滅亡に導き西に追放するる。

 ユゥラシア大陸的規模でのゲルマン民族の大移動はバイカル湖を震源とするドミノ現象でしょう。

                           ・・・・・・ さて、ウイグルの話をしょう。

中国譜

 私にはウイグル族の友人が多い。 彼・彼女らは欧州系と言い得る外貌で 総じて髭が濃い。 顎鬚などは勇壮であり、知り合いの女性など良く見れば薄っすらと髭がある。



 また 中国の餃子・シュウマイを含め、肉・小麦の料理法は北方民族のものです。 イタリヤ料理のなどはウイグル料理の伝承ではないかと思う。 

 事実、ウイグル族はローマ帝国が崩壊するまで各地の王朝・王国の中枢で有力な地位を占めてきた。 唐はウイグル族がいなければ存在しえなかった。 大蒙古帝国もウイズル族の存在が非常に大きい。
ウイグル

 回?(ウイグル)の祖先は南シベリアからモンゴル高原北辺にかけて居住していた丁零(中国資料にて)と言われている。

 その内 東部にいた遊牧集団が回?となり、西部にいた半農半牧の集団が突厥になったとされる。

 『旧唐書』や『新唐書』では、迴?/回?の祖先は匈奴であるとしているが不詳であり、 テュルク系の集団の文献は北魏(386年 - 534年)の時代から勅勒(テュルク)、高車などと記され始めた。

 ウイグル(袁?)は 高車を構成したとされる六氏族(狄氏、袁?氏、斛律氏、解批氏、護骨氏、異奇斤氏)の中に見え、 柔然に服属していたらしい。

 605年、鉄勒(テュルク)諸部は 西突厥の泥?処羅可汗(デイカツショラカガン、在位:603年頃 - 612年)の攻撃を受けた。

 特に薛延陀(センエツダ)部(遊牧民族鉄勒の有力部族)のひとつにいたっては叛乱の疑いがあるとして渠帥など数百人が生き埋めにさせられた。

 そこで韋?(ウイグル)部は僕骨部,同羅部,拔野古部,覆羅部などとともに西突厥の支配から脱して回?(ウイグル)部と号し、鉄勒(テュルク)諸部の部族長はみな俟斤(イルキン)を称した。

 このとき、回?の部衆は薬羅葛(ヤグラカル)氏の特健俟斤(トクケン・シキン) を推戴して回?部の俟斤(イルキン:部族長)とした。



 回?(ウイグル)部の 吐迷度 (ツマイド)が諸部とともに薛延陀(センエツダ)部の多彌可汗(タヤカカン)を大破したため、単独で鉄勒(テュルク)諸部の盟主となった。

 貞観21年(647年)、回?(ウイグル)部は唐の羈縻(キビ、中国の唐王朝による周辺の異民族に対してとった統御政策)支配下に入り、燕然都護府(エンゼンゴフ、唐代に外モンゴルに置かれた軍事行政機関)に属することに成った。

 しかし 662年、回?(ウイグル)部は同羅(ドウラ)部,僕固(ボッコ)部と共に唐の国境を侵し、唐に対して反旗を翻した。

 唐の高宗(在位:649年 - 683年)は鄭仁泰(テイジタイ)に命じて僕固(ボッコ)らを討たせ、回?(ウイグル)の比粟毒(ビソクド)を敗走させる。



 武周・武則天(ブソクテン、高宗の皇后)の時代(690年 - 705年)、東突厥第二可汗国が 再び草原地帯の覇者となると、

 回?(ウイグル)部を始めとする九姓鉄勒(トグス・オグス)はその圧迫を受けるが、第二可汗国の衰退と共に再び勢力を増していった。

ウイグル版図

吐迷度 (トゥメド/ツマイド、? - 648年)は、回?(ウイグル)部の俟利発(イルテベル:部族長。 氏姓は薬羅葛(ヤグラカル)氏で、名は吐迷度(トゥメド)。


 貞観3年(629年)、菩薩(ブサツ、回?部の英明な部族長)が死去すると、その酋帥である胡禄俟利発の吐迷度は諸部とともに薛延陀部の多彌可汗を大破し、その余衆と領地を併合した。

 貞観20年(646年)、回?部は遂に南の賀蘭山を越えて黄河に臨み、唐に遣使入貢した。 唐の太宗は回?部が薛延陀部を破った功をもって内殿で宴を賜った。

 貞観21年(647年)、太宗は鉄勒諸部から13の部族を選んで13の州府を置いた。 このとき回?部は瀚海都督府とされ、吐迷度は懐化大将軍を拝命し、瀚海都督となった。

 時に吐迷度はすでに可汗を自称しており、外宰相6名、内宰相3名を任命し、都督、将軍、司馬の号も使って官吏を割り振っていた。

 貞観22年(648年)、突厥の車鼻(シャヒカカン)可汗の婿であり吐迷度の兄の子である烏?(ウイグル)は吐迷度の妻と姦通し、

 遂に同じく車鼻可汗の婿である羅勃(キュレビル)と謀り、夜に部下10余騎に吐迷度を謀殺させ車鼻可汗へ帰来した。

 吐迷度 = 薬羅葛(ヤグラカル)氏は 突厥可汗国が中央ユーラシアを支配した時代に、突厥可汗国の圧制に対して反旗を翻した部族の指導者となることから始まった。

 薬羅葛(ヤグラカル)氏は鉄勒(テュルク)の諸部族を纏め上げながら、徐々に自らの地位を確立していった。

 744年にはクトゥルグ・ボイラが 自らキョル・ビルゲ可汗(カカン)と名乗り、中国から懐仁可汗として冊封を得て、回鶻(ウイグル)可汗国を成立させた。

 可汗国となった後、薬羅葛(ヤグラカル)氏の氏族はより西方に領土を広げていった。

 軍事大国となり、唐と周辺民族の戦争では唐を保護するため兵力を拠出し、何度も戦った。

 一方で、中国や ソグド人 の影響で定住生活化が進み、遊牧民が多かった回鶻(ウイグル)に混乱が起きた。

 その後、回鶻可汗国の内部での混乱によって薬羅葛(ヤグラカル)氏は徐々に力を失っていき、懐仁可汗から数えて6代目の奉誠可汗の代で血筋が途絶えた。

 その後、回鶻(ウイグル)ではエディズ氏が立つことになるが、その“ヤグラカル”の名は非常に価値があったと考えられ、エディズ氏は自らをヤグラカル氏に擬制して権力を保ったため、

 ヤグラカル朝と自称し、また、甘州に分かれていった 甘州ウイグル たちはヤグラカル氏の可汗を立て、11世紀初期に 西夏 に滅ぼされるまでその王朝が続いた。

武則天

 ソグド人は、中央アジア、ゼラフシャン川流域地方に住んでいたイラン系のオアシス灌漑農耕民族です。 また、商業を得意とし、あまり定住にこだわらず、シルクロード周辺域で多様な経済活動を行った。

 シルクロードをシルクロードたらしめ、シルクロードを経済的に支配していたと言われています。

 居住地であるソグディアナがシルクロードの中間に位置することから、アケメネス朝支配下にあった頃より広く交易に従事し、

 マケドニアのアレクサンドロス大王の征服、その後のグレコ・バクトリア王国支配下においても、独自のアオドグ語を守り、ウイグル文字の祖であるソグド文字を利用していた。 ウイグル文字がモンゴル文字に成ります。

 宗教的にはゾロアスター教、のちに一部がマニ教を信奉して、東方のイrン系精神文化を中国にもたらした。

 その活動範囲は東ローマ帝国から唐の長安にまで及んだが、イスラム勢力の台頭により イスラム化が進み、12世紀にはその民族的特色は失われた。 しかし ウイグル族が文化的遺産を継承します。

 ソグディアナ地方はのちに、ウズベク人南下によるテュルク化が進んでいった。この地方は名馬の産地です。 漢の武帝は“血汗馬”を求めて20数余万の軍団を遠征させている。

 因みに、東京・上野公園のイスラム寺院の建立は ソグドの末裔、ロシア革命期の亡命者の子孫・在日ソグド人の組織です。 外人タレントのロイ・ジェームスさんは建立推進の中心人物が長子です。

甘州ウイグル



                                    _____ 続く _____






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Last updated  2012/06/07 11:51:30 AM コメントを書く


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