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どうも皆様お世話になります。いまやすっかりおとなしくなってしまった感のある労組ですが、昔は戦闘的な組合でした。 同時に、これほどまでにお花畑が咲き乱れた組合もないでしょう。 そんな左翼ウオッチングの星、日教組の資料を大量に鹵獲しましたことをここに報告します。 現地人の給料並のメシをたらふく喰いながら書いたであろう賛美ばかりの訪朝記や訪中記はもちろん、沖縄における自衛隊員子弟入学拒否、大学締め出し、住民票不受理など、自衛隊差別を得々と誇っていたりと、まるでオウムみたいな扱い、差別への怒りから、脳がやられそうです。 あまりにもすばらしいので、委細はまたメルマガにして出したいんですが、こんなのが教師やれるんだから日本がいかに自由で民主的かが、よく理解できますた。 そんな中で、マトモな日教組資料もゲト出来ますた。八鹿高校事件についての資料なのですが、部落解放同盟の皆さんに半殺しにされまくった「差別教師」の皆さんに、日教組関係が多く、これもまた興味深いものがありました。「日本共産党VS部落解放同盟」ホムペ作りたいなあ。作れそうだなあ。 つーことで、当部落は、電子化、ハイパーテキスト化なぞをして下さる、ボランティアの皆さんを随時募集しています。 それでは、また。
2006.01.21
なかなかたのしそうなイベント情報が手に入りましたので、思わず紹介。--トリッキング・ポップ 秋山祐徳太子 【新作ブリキ彫刻とパフォーマンス記録の展示】 Gallery-58(銀座4) http://www.gallery-58.com/ 2006年1月16日(月)~2月4日(土) 赤瀬川原平氏とのトーク、豆まきなど、イベントが盛りだくさんです。 -- 典型的な「ショム系」、選挙にも出ている「公人」です。選挙公報も見れます。 楽しみ♪
2006.01.14
どうも皆様、お世話になります。私が「書評」なんぞやると、ダラダラ長ったらしいのが困ったところです。少しでも喜んでくれる人がいると嬉しいんですが、ときどき手ごたえを感じられずに困ったこともあります。 さて、そろそろ〆たいんで、これはと言うべき同書の特色はと申しますと、動労千葉に対する思い入れが強いという点です。 動労千葉というと、今では千葉のローカル線をときどき止めるローカル組合だと思っている御仁がおられるやもしれませんが、とんでもありません。総武線という重要なエリアを握っている労働組合です。しかも、連中の動かす貨物船は、成田空港で使う燃料なんかも運んでいます。すげいんです。 なにせ「…空港の血液、空港の動脈が国鉄労働者、動労千葉にがっちり握られているということであり、空港にとって致命的打撃になるということである。八一年三月動労千葉の動労千葉のジェット燃料阻止決戦大ストライキは、そのことを実証した偉大なたたかいであった。空港ののどもとをさらにしめあげ、われわれは空港の死命を制するであろう。」などとほざけるんです。すげいでしょう。 とはいえ、ホントにガッチリ握って離さないレベルとまでは言えなかったような気もするうえ、会社の動脈まで握っているため、お給料を握られている通勤客の支持までは得られなかったのが辛いところです。事実、動労千葉の大ストライキを伝える中核派のびらまき部隊が、当の一般民衆にとりかこまれてしまったというハナシも、伝え聞いています。 それはさておき、、やくみつるは以前、成田空港の広告に登場し、「飛ぶ前からワクワク」「成田空港評論家」なる称号を名乗っていたそうですが、それを見た人たちがやくみつるを嫌いになるという例は…どの程度あるんでしょうね。 かつて、成田闘争の象徴的人物、戸村一作委員長は、闘争を「敷地内の地域闘争に止めてはならない」ことを強調されていましたが、ちょいとこのあたりは、後の成田闘争を想起すると、辛口の点数になってしまいそうです。 それでは、また。失礼します。
2006.01.12
どうもお世話になります。 実を申しますと、さる極秘ルートにて、部落差別発言録音テープというのを入手しますたのですが、これがすげい。 独特の押し付けがましい断定口調で超ウルトラ差別発言、恫喝がネチネチ延々と続くというシロモノでして、これが1時間以上ぶっとおし。しかも応対している側が「はあ、そうなんですか」というトボケタ感じで妙に冷静なのが対照的です。こんなんが1時間以上続くんで正直脳をやられそうです。今も耳鳴りがして困っています。マジで誰か助けてください。 あまりのすさまじさに、これは是非、解同の中でも特に戦闘的な皆さんや、中核派=解同全国連の皆さんにも聴かせてあげたいのですが、ちょいとまだマズイとのこと。まあ、出す側でもタイミングてえのがありますんで、まだ保留です。ちなみに、解同全国連はタレコミの際でも名前をしつこく訊かれたりしますので要注意です。中核派HPの「安心メール」とは正反対だよなあ。 つーことで委細を知りたい皆さん、ごめんなさいです。 少しばかり引用しますと、「…××てえのはなあ、エタなんだよ! …てめえもエタかおい! …部落解放同盟とか新左翼とかが(ry」てえシロモノです。しかも自分のことを「多才な人間」とまで大絶賛。まるでどこかの東京大学経済学博士のようなお方(はあと) おっと、これ以上言及すると「ネタバレ」になるんでやめときます。情報ルートは大切にしないといけません。再度ごめんなさい。前進社「三里塚~」レビューの続きは、後日やりますね。
2006.01.04
どうもお世話になります。性懲りもなく、また「濃い」テーマの本を選んでしまい、反省しきり。 さて、本書の副題は「蜂起する革命的左翼と農民」です。三里塚闘争の主役は、どう考えてもどこの「革命的左翼」でもなく、ホントにそこで生活している農民だと思うんですが、そこはやはり中核派、革命的左翼が主役で、農民は血盟によって結ばれた戦友だという扱いになるのでしょうか。より重要なものを前に置く日本語使いとしては、気になるところです。 さて。過日、本をどういうふうにして読むか、というどうでもいいようなことで悩みまくったので、今回も「まえがき」から読んでみることにします。 一九八二年九月二日、現代のナチス・反革命カクマルが、謀略的デッチあげをもって三里塚闘争への新たな白色攻撃を開始したことが明らかとなった。われわれは、これを満身の怒りを込めて断罪し、その全面的粉砕のために総決起する。カクマルに怒りの鉄槌をふりおろす。 「白色襲撃」とは、革マルが敵対する人たちへのデマ記事を書いたことのことなんです。もしも革マルの記事がデマなら、事実をもってこれに対置すればいーじゃんとか思うのですが、そこは中核派、やはり革マルへの言辞といえば「ノーテン(脳天)バール」となるようです。すげいですね。 連中の歴史認識もこれまたすげいです。引用してみましょう。 七二年は、大反動期へのはじまりの年であった。青年行動隊への弾圧は言語に絶するすさまじさであった。国家権力は青行隊への大弾圧と暴力支配によって闘争そのものの壊滅をはかったのである。 このような時期に、カクマルの七一年十二・四反革命が凶行された。七〇年闘争を革命的にたたかったという一事を「罪状」としてかかげ、国家権力の破防法弾圧と一体となり「権力は首根っ子を、カクマルは急所を」と叫んで、革命派の隊列に襲いかかったのである。そして三里塚をはじめとする日本階級闘争が、国家権力の弾圧に抗し、必死に戦列を守り抜いている背後から白色テロルをほしいままにしたのである。ここにカクマルとその白色テロルの決定的な反革命性がある。カクマルは、革命派が七三年九月二一日正義の反撃に決起するまでは、まったく一方的に五四波の白色襲撃をくわえ、四名の同志を虐殺しているのである。われわれはこの事実を永遠に忘れない。 「七一年十二・四反革命」とは、中核VS革マル内ゲバ戦争にて、中核側にてはじめて死者が出た事件のことです。 しかし、「まったく一方的に五四波」って、まさか中核派への襲撃しか勘定していないんじゃあ…。革マルと内ゲバ戦争やってたといえば革労協もそうですし、殺し合いまでは行かなくても、抗争は他にもあるはずなんですケド。 つづく…。
2006.01.03
どうも皆様、明けましておめでとうございます。 著者は柴田浩行さん。発行は1982年10月です。反対同盟分裂の足音がタップダンスを踊っていた時期です。微妙な時期ですなあ。 同書は、これまでの成田闘争の歴史や概要を、個人情報を含め実によくまとめており、これから三里塚闘争に興味を抱く皆さんにとっても、必須の資料となっております。 しかも、自派のたたかいはこれ見よがしに目立つように描き、他派のそれは、それがどんなにオオゴトであれスルーという、連中ならではのエトスを見せ付けてくれる、党派闘争の論理と倫理を考察するうえで、実に萌え萌えな良書と言えます。 いい例が1978年3月の成田空港管制塔破壊事件です。どんなふうに解釈したとしても、連中の数少ない(?)勝利にわいた、ステキな闘いでした。管制塔インフラは徹底的に破壊、開港は延期、この闘いに加わっていなかった党派の連中でさえ、「管制塔戦士のようにたたかおう!!」などといい人寄せパンダに使われていた闘争、「三・二六大勝利」などと称されています闘いです。少し引用してみましょう。 三月二五日~二七日、開港阻止のための横堀要塞戦が展開された。北原鉱治事務局長、石井武本部役員、林葉哲救対部長を戦闘とする防衛隊は、戦闘的にたたかいぬき、中核派四戦士は最後まで鉄塔上でたたかった。この砦戦が、三・二六大勝利の大きな基礎をなしている。二六日、横堀での戦闘に呼応しつつ三里塚第一公園では開港阻止集会が開かれ、七七年四・一七につぐ二万人の大結集が実現された。一万四千の国家権力機動隊はこの対応に追いまくられることとなった、部隊が空港内に突入するするとともに一〇戦士が管制塔にかけあがり、これを徹底的に粉砕した。 …これだと一〇戦士がメインではなく、一〇戦士の名サポーターだった中核戦士がいたから、「三・二六大勝利」なんだというふうに見えてしまいます。 しかも中核派は、こうも書いています。 …われわれは、この一〇戦士の戦闘を心の底からたたえ、同時に、巨万人民の決起と固く結びついた革命的武装闘争をもって成田空港への突入・占拠・解体をかちとり、実力廃港へ追いこむことを全人民に宣言する。 スゲー。これは実際に三里塚戦士だった皆さんの歴史認識を聞いてみてえもんニダ。 つーことで、昨年はうまく接点持てなかった「旗旗」さんにトラックバック送りつけておきます。つづく…。
2006.01.02
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