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今朝は5時起き。 妻の転院の日だ。 今度の病院は仙台方向と逆の福島と境を接する山元町にある独立行政法人「宮城病院」。 窓から被災した海岸を見渡すことができるゆったりしたところ。 朝が早かった眠くなった。 続きは明日。
2011.06.30
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ゆうべはぐっすり眠れなかった。 妻の事故や大震災の後もこんなことはなかったのに? 蒸し暑くなったためか・・・今日は真夏の暑さとなった! 昨日、生健会の支部の事務局長のTさんと会った。 彼はこの前(16日から25日まで)ピレネーを旅してきたのだ。 留守中の引継ぎをして、旅の話を聞く。 ピレネーといえば思い浮かぶのはピレネー山脈のことくらい。 フランスとスペインに挟まれた山間の小さな国に行ってきたのだ。 牛や羊が山の傾斜に放牧され、昔のヨーロッパの農村風景画が感じられる。 雪をかぶった尖がり山は標高2785mだそうだ。 (絵葉書より) ガウディの教会も。 バルセロナやパリにも足を伸ばしたとのこと。 彼は3月に奥さんを亡くしたばかり。 奥さんと対話しながらの旅になったことだろう。 異国の情緒を垣間見ることができた。 お土産に「COSTA NEGRA」というチーズをいただいた。 小生はチーズよりそれを入れた買い物袋の方が興味があった。 現地の人の温もりを感じるのだ。
2011.06.29
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<突然ですが・・・転院先決まる> 病室に入ると、看護師からナースセンターに行くように言われる。 お見舞いの人が来たか妻に確認をしていると、待ちかねたように担当看護師がやってきて 「転院先が決まりました。6月30日10時半までに山元町の「宮城病院」に入るようにという連絡が先ほどありました。」とつげる。 待っていた連絡ではあったが、もう少し居てもいいような気もあったのでちょっぴり複雑? 変なものだ、たまたま同室になった人たちが仲間になったのだ。つまり同病相哀れむなのだろう 明日は転院の準備。 <母連からお見舞い> 午後、母連の仲間4人が妻の見舞いに。 いつもはかなり“しつない(うるさい)”おばさまだが、いざという時にはありがたい。 病室は狭いので、1階の喫茶コーナーに移って小一時間過ごす。 みんな回復ぶりにおどろいてくれた。 妻はよほど嬉しかったのだろう終始にこにこと溶け込んでいた。 こうして少しずつ“現実”に戻ってくれるとありがたいのだが・・・
2011.06.28
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<母連の会計簿みつかる!> 妻は“母親連絡会”(母連)の支部会計を引き受けていたようだ。 間もなく総会だそうで、なんとか捜してほしいという連絡あり。 妻に訊いても分からず・・・記憶のひきだしが見つからないのだ。 これまでも捜したが見当たらなかったので、その旨連絡はしておいた。 でも、切羽詰ったのか今朝も電話あり。 見たこともないものだからこれ以上分からないと返事したものの気になった。 3・11で崩れた妻の書類を片付けてみた。 下から見慣れぬ大き目の手提げ。中から会計簿と現金の入った袋。 どうもこれらしいと事務局に連絡をして届ける。 なんとか一件落着 <公園散歩できず> 今日も雨で外へ出れず。 本人はすぐ歩行器にしがみつくので歩行器なしで院内を歩くことに。 1階に下り、介添えなしでロビー→玄関→コンビニ→パン屋→NICU前→CT・MRI前→ロビーのコース。距離にすると250メートルくらいか? 1周目はすいすい。途中2・3回休むが2周目の後半は疲れてきたので腕をとって病室へ。 よくがんばった!
2011.06.27
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今日は終日雨。 <「生活保護についての学習会」> 午前中、塩竈市で県生健会が主催。タカ同伴。 震災義捐金などをもらった人は、生活保護が打ち切られるという問題が起きていることに対する対処の仕方について学んだ。 コンパクトで役に立った。 その後、病院へ。 <ハンドバッグ騒動> 数日前からハンドバッグを探し出した。 その中に重要書類が入っているという。 「病院にはそのような物は持ち込めない」と言っても納得しない。 幻聴があるのではないかと気になる。 散歩に連れ出し治まる。 <サイフがない> 院内のコンビにの前で「サイフはどこえいったの?」と訊く。 「家に置いてあるよよ」と答えると「ふ~ん」と納得。 今日は公園散歩ができないので、1階をぐるぐると歩行器なしで散歩。 タカがサポート役。にこにこと喜んでやっていた。 二人にとっては至福の時のようだ。 タカは夕方施設に戻って行った。
2011.06.26
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昨日は1週間ぶりの「ぼちぼち村」。 “もちトウキビ”と“カボチャ”と“ハナマメ”の種を蒔く予定。 ところが、上に上るほど雨が強くなる。無駄足になりそうだと思いながら行く。 時期的にはぎりぎりのタイミングなのだ。この次は1週間後、ダメ。 屋根からはざーざーと雨水が落ちる。 インスタントコーヒーを飲みながら粘っていると、風が吹き出して小雨となる。 西の空が明るくなった。この合間に蒔くしかない。 雑草が伸び始めているので抜きながらだが、水はけがいいので土はべたつかない。 背中は濡れたけれど、予定した3種類の種を蒔くことができた。 帰りに施設に寄ってタカを連れてもどる。 このときのタカはルンルンだ。 午後、タカと病院に行く。
2011.06.25
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雨が止み、生暖かい北西風が吹いている。 今日は病院には行かないで「ぼちぼち村」に上り、昔の“もちトウキビ”の種を撒いて、帰りにタカを連れてくる。 タカが喜ぶ晩飯のおかずをどうするか・・・ 焼肉にするか、刺身にするか・・・焼き魚、ハンバーグ? あついからなぁ~ ま、でたとこ勝負だな。 綱は、拘束ベルトで拘束されて過ごすことになる。 むし暑い・・・
2011.06.24
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<散歩コースを公園に伸ばして昨日で3日目> 仙台育英の陸上部の生徒の姿が見受けられる公園。 ここを1周すると460メートルあるそうだ。 途中ベンチで1回休むだけで1周できる。 病室からの往復を入れると1km近く歩いていることになる 昨日は仙台でも最高気温が32℃を超えたが、前日より速く歩けた。
2011.06.23
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「エッ!おれんちが火事!!!?」 昨夕のこと。 病院から帰ってきたのは午後7時前。 近くのスーパーに納豆と油揚げを買いに出ようとすると、遠くから消防車のサイレンと鐘。 どこに行くのだろうと眺めていると、我が家に向かってくるではないか。 門口に立っていると目の前で止まる。 こちらは「火事はどこなの?」と訊きたくているのだからナイスタイミング! しかも消防士、降りてくる。 緊急時なのにわざわざと思いながら近づくのを待っていると、 「〇〇さんですか?通報があってきたんだけど、薪で風呂を焚いていますか?」と。 「エッ、なんだおれんちが火事なの? 薪で風呂を沸かすような贅沢をしてみたいものだね・・・」と返すと、 「おかしいな?・・・」と地図を見ている。 隣の人たちも出てきてそれぞれの家を確認し合うが異常なし。 そうしているうちに大小の消防車がどんどん集まってくる。 隣の家の前の広場と周りの道路に集結。 こうなると住人には迷惑である。 そこへ区長やってきて、 「私のところに煙が出ていると連絡があったので、外へ出てみると〇〇さんちの煙突(薪ストーブの煙突のこと)から煙が出ているように見えて消防に通報したんです。ごめんなさい。 Kさんちでまたゴミを燃やしたって。黒けむがもくもく上がっていたので・・・」と説明。 東北電力も警察も駆けつける。 Kさん、これまで何度もゴミを燃やして環境課から注意を受けているのになぁ・・・ 老夫婦だからなぁ。今回は大変だ・・・ (我が家は右奥のあばら家) 集まった消防車は誤報だと分かると次々戻って行った。 この騒ぎで晩飯は9時を過ぎた。
2011.06.22
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蒸し暑い! ラジオ、テレビが「梅雨入りした」と叫んでいる。 ベランダでは今年も大輪の花が咲いた。 白花のクジャクサボテンと 2本目のアマリリス。 主は病室の中。
2011.06.21
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<妻の事故から100日を越えた> 90日を超えて入院しているときは給食費の減免は更新せねばならないと云われた。 それで午前中に、役場の国民健康保険課に行って減免の手続きをする。 最近、跡でやろうとすると書類がどこへ行ったか分からなくなるので直ぐやることにした。 <こんなとこにいた!> 午後、病院に行く。 病室に入るといない。 隣のばあちゃんに声をかけると、看護婦さんと散歩に行ったという。 ナースセンターの事務員に減免の書類を渡しにいくと、なんとここにいた 乾いたおしぼり?を丸める手伝いをしていたのだ。 ありがたい配慮に感謝! <公園デビュー> おしぼりの一つの山が終わったところで散歩に出る。 初めて、道路の向こうの公園に行く。 アンツーカーの周回コースはランニングやウォーキングの人たちでにぎわっている。 歩行器につかまりながらではあるが、ベンチに一休みしただけで一周を完歩。 病室からの往復を入れると上出来である! 汗がぽたぽた垂れていたが、息は上がっていなかった。 定時の検温と血圧測定もあったが異常はなかった。
2011.06.20
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梅雨入り前の上天気! 昼飯はタカと二人で病院の駐車場の木陰で取る、 <ただいま妻は子ども中> 病室へ一歩入ると、こぼれんばかりの笑顔。 同室の患者さんや付き添いの人たちから「よかったね」と声がかかる。 ということは、妻は今幼子になっているのだ。 今日もメロンを持っていった。 みなさんにもおすそ分け。 これからどうなっていくのか分からないけれど、いい関係ができつつあるようだ。 散歩中、意味不明の言動がみられる。 幻聴があるのかと気になるがそうではないらしい。 みなさんからは、日に日に良くなっているよと言われる。 タカを施設に送って行く。 いつも、このときが一番つらい。 これで一週間が終わる。 夕もやに包まれる南座王連峰。 縄文の時代、手前の平地は干潟になる入り江であった。
2011.06.19
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タカと病院へ。 妻は、秋保温泉名物のあんこいっぱいの「おはぎ」を隣の人からもらって食べていた。 小生はこのような物のやりとりは気を遣うので好きではないが、妹弟たちが送ってくれた熊本のメロン{肥後グリーン」を持っていったので直ぐお返しをした。 歩行器を使って散歩に行ったが、雨が降り出したのでロビー周辺を回って終わる。 途中一休みしたところから歩行器はタカが独占。 結果、彼女は普通に歩かねばならなくなった。 というわけで200メートルあまりを普通に歩くようになったのである、
2011.06.18
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先日の「うどん炊き出し」終了後、気になっていた「釣り堀」の経営者Oさんを訪ねる。 彼の「釣り堀」は山形との県境に近い。国道286号から林道を3キロ入った所にある。 こんな山の中だけど、なかなか人気の穴場なのだ。 今回大震災にあった太平洋岸から関東の人たちまでやってくる。 でも、昨年相棒が亡くなり、今年から一人でがんばることになった。 林道の入り口に営業時間縮小の看板が立てられていた。 たくさんの人に親しまれてきただけに、残念だったろう。 ほら、そこらの若葉の枝を揺らしているのは相棒だよ。 見守ってくれているのだよ。 エゾハルゼミの合唱が響いていた。
2011.06.17
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午後、生健会の常任理事会があるので、朝8時半前に家を出て病院へ。 ベッドは空っぽ? 隣のばあちゃんと話していると、リハビリの訓練師と戻ってきた。 歩行訓練に行っていたのだそうだ。にこやか。 しばらく喋って外へ散歩。 初夏の光がまぶしい。 小生の昼食は、近くの沖縄料理店の「沖縄そばランチセット」500円。 午後、県生健会の常任理事会に出席。
2011.06.16
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朝から地デジのアンテナ工事。 国とNHKの補助つきで矛盾を感じるが・・・ 建てる場所は裏山。 ここは20cmの表土をはぐと厚い岩盤。スコップでは刃が立たない。 若い業者たちは道具を持っていない。 そこで仲間のSさんに電話を入れてピッグ(岩やコンクリートを崩す機械)を借りることにし、直ぐ借りてくる。 1時間経ってもやっと25cmの穴を掘るのが精一杯。 これじゃダメかと思って昼からの様子で続行するかを判断。 彼らは“やる”と言う。 2時間半後、穴の深さはようやく1mになり、柱を立てるほどになった。 これから先は1時間ほどでケーブルを張り終わる。 大変な仕事だったが、よくやってくれた。 ただ、国の政策に乗ったことに割り切れない気持ちが残った
2011.06.15
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石巻で被災し、現在「川崎町青根温泉」の旅館やホテルで避難生活をされている36名を招待して「うどん炊き出し」があり、生健会も交ぜてもらった。 主催者は、川崎町で活動している5つの団体。 開会前の準備の空き時間に、生健会の説明を聞いてもらいチラシを渡す。 石巻は、宮城の生健会で最大の会員を擁するところ。 なのに知っている人はほんのわずかだった 参加者は2つのグループに分かれて、昼食作り。 主な食材は、酪農家で生健会会員のKさんちの「しぼりたて牛乳」と「自家製小麦粉」、そして山菜は皆さんの持ち寄り。 「しぼりたて牛乳」はひたすらシェイク、シェイク。 30分間降り続けるとペットボトルの中に塊りができる。 「無塩バター」の出来上がり! こちらは力仕事「手打ちうどん」作り。 被災者の人たちが“こねて、踏み潰して、伸ばして、切る”。小生は疲れた人のを手伝う。 やがてバター作りの人たちが助っ人に入る。 厨房では山菜天ぷら作りに女性スタッフが汗を流す。 コシアブラ、タラの芽、ウルイ、ギョウジャニンニク、ウドなど。 「冷やうどん」の出来上がり! 『いただきま~す!』 腰の強い、うまいうどんになった。おかわりしたかったが遠慮 腹いっぱいになったら、懐かしい歌でひと時を楽しむ。 右端のハーモニカ伴奏がKさん。左下の柑橘は生健会の差し入れ。 フィナーレは、「故郷」・「影を慕いて」(古賀政男が青根温泉で作曲したといわれる)、そして石巻で太平洋に流れ込む「北上川夜曲」の3連唱。 石巻の方々には、一息ついてもらえる集会になったと思う。
2011.06.14
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午後、宮城の団十郎さんを訪問。 妻の交通事故と大震災とが重なり、時間が取れなかったのだ。 着くと直ぐ、被災地を何度も取材して生まれたという最新曲を視聴させてもらった。 映像はつらい被災地だが、詞と曲は温かみと明るさを感じさせるものだった。 小1時間ほどしていとまを請う。 その時、お茶請けに出された当地(村田町)名産「そら豆)のさや焼き」の残りを妻への土産にいただいて病院に向かう。 今日の妻は昨日より落ち着いていた。 いただいてきた「そら豆」を出すと、うまいうまいと食べてしまった。 喜んでいる様子だが、何としゃべっているのか聞き取れない。 散歩で下に下りる。 昨日は、受付けだの診察だのと落ち着かなかったが、今日はいつものカエデの木の下へ。 足取りもしっかりして、引きずる音がなくなってきた。 ベンチに座ってしばらくしたら、雨が降り始め強くなったので研修棟の玄関で雨宿り。 間もなく西の空が明るんで上がる。 病室に戻るとリハビリ師が待っていてリハビリ開始。 終わるのを待って帰路につく。
2011.06.13
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今日もタカと病院へ。 今日も楽天の応援が響く中で散歩と歩行訓練。 前半は、受付けをして診察をせねばならないと1階のフロアを30分も巡っていた。 言って聞かせてもやめないので、気がすむまで歩かせた。 タカはにこにこしながらうまく付き添ってくれた。 こういうのを意識障害というのだろうか。 新しい段階に入った。
2011.06.12
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今夜も間もなく10時。 仕事もしていないのに、一日があっという間に過ぎていく。 午後タカと病院へ。 昨日次女が見舞いにきていたが、もうすっかり忘れてしまったみたいだ 高次機能障害の一つの現われか? 右目は確実に開き始めた。 見えているかどうかは分からないが、間近に半眼程度に開いているのを確認した。 今日の目つきは、最近になく険しく感じられた。 これからタカと風呂に入る。
2011.06.11
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今日は「ぼちぼち村」の畑に、ナスと雲南百薬(うんなんひゃくやく)を植えに行った。 母屋の前ではハマナスが咲き出した。
2011.06.10
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この日は5月31日。前日は台風2号崩れで大雨の後。 午前中は生健会で亘理町、岩沼市、名取市の被災地を視察したが、午後時間が空いたので一人で出かける。 我が家の浜の畑があるのは山元町の坂元地区。福島との県境。 堤防も防潮林もなくなった浜に高波が打ち寄せる。 砕けた波は波の花となって砂の上を滑っていく。 重機が瓦礫の山を築いている。 周りには、例えようのない臭いが漂っている。 集落の墓地。 全部倒れたお墓のさお石?(名札石)は随分片付いていた。 家々は一軒残らず流された。妻の実家も・・・ 隣は「中浜小学校」。 りっぱに建っているようだけど、そばに行くと・・・ 校舎も(2階まで)体育館も、津波にぶち抜かれていた。 3時を過ぎると波しぶきもあってガスってきた。 常磐線坂元駅の跨線橋がかすんでいた。 と?ファインダーを覗くと、な~に!?「こいのぼり」! この前きた時にはなかったのに・・・ 「中浜小学校」のぴかぴかの1年生になる直前だったのか、などと勝手な想いが駆ける。 磯浜漁港に、1隻の漁船が泊まった。 明日につながることを祈る。
2011.06.09
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先日グランドピアノを運び出したら、妻の在宅介護に使う予定の部屋の一部が3・11の揺れで傾いていることが判明。 午前中、町役場に回り支援は受けられないか相談する。 いいあんばいに「町づくり推進課」が被災の相談会をやっているというので寄ってみる。 我が家は一部損壊に該当するとのこと。 20万円以上の工事に10万の補助が出るそうだ。 午後、病院へ。 今日も散歩。 暑かったため、病室に戻ってからも汗が流れ落ちていた。
2011.06.08
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エッ そりゃ~ないよ! 今日、妻の入院から3ヶ月。 主治医とケースワーカーから呼ばれた。 転院の話だ。 半月ほど前、主治医からR病院を紹介され、底への転院を予想していた。 ところが、見事にはずれ! 理由は、“統合失調症”だから。そこには精神科がないので断られたのだそうな。 もう一つの理由は、発症してから2ヶ月以内という決まりに合致しないため。 こんな条件があるとは全く知らなかった。 そのことから、他のリハビリ病院も同じだろうから見込みはないので、これまで長年かかっていた精神病院を勧められた。 とんでもない 「リハビリが大切だと言っていたのに。統合失調症も今は落ち着いているし、精神病院に入院させるのはマイナスにしかならない。」 と言うと、ケースワーカーは、ここだけの話だと断って、 「リハビリ病院に入っても2ヶ月くらい。精神病院の空きを待っている間(ひと月からふた月の間)ここにいてそれなりのリハビリを続けるという方法もあるのです。」と。 そういうことであれば、ベターな方法かと承諾するが、県南の2つの病院にも打診をすることを要請する。 2つのうちのK町の病院に勤める知り合いの看護師Oさんに電話で訊くと、そこには精神科とリハビリ科があるという。 そして、統合失調症は問題ではなく、発症後2ヶ月というのが問題だと調べてくれた。 妻の病院は、県内の情報を十分集めていないようだ。 患者サイドで調べるのは大変だ。
2011.06.07
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字が書けた! 先日短い文を書いたことをお伝えしたが、どの程度かをお知らせしよう。 最初は4月の中頃? 言葉が出始めて間もなくの頃の文字。事故後初めて書いたもの。読めない。 何と書いたのか訊いても聞き取れなかった。その後しばらくあきらめていた。 6月2日、ペンとノートをわたされて書いたもの。 皆は元気でーーー(?) 今日はくもりで残念 皆すこしづつ成長しているのにびっくり 6月3日、この日は小生がいけなかった日。 今日はトイレです。 しっこできました 皆元気でなにより よろしくね・・ 感情面の回復も感じられる。
2011.06.06
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今朝は5時半から「江刈り」(えかり=“いかり”と訛るー堀の草刈りのこと) 小生にとって朝の5時半というのは大変緊張する時間である。 そのため11時には眠りについた。(めったにないこと) ハット目が覚めて、外を見るとかなり明るい。 しまった!と跳ね起きて時計を見ると5時半を過ぎるところ。やばい! と跳ね起きた。2回から下を見ても誰もいない。 おかしいと思って出て見たが、来る気配もない。 日時を間違ったか?集合場所が変わったのか?と不安になって、軽トラで回るも変化なし。 仕方がない。せっかく早起きしたのだから、と道端の草刈りを始める。 しばらくすると、人の声。 声のする方へ目をやると、いつもの所に集まりだしていた。 挨拶をしながら近づいて時間を訊くと5時半だと言う。 エッ!1時間間違っていたのだ ああ~ なんともったいないことをしてしまったのだと悔やまれることしばし!! ビフォー(刈り払い前。マコモの若い目が1mくらい伸びている。) 左の田んぼは、この辺では初めての“直播き”栽培。右の苗と比べると一目瞭然。 “直播き”の水田。こんなにか細いのだが1週間もすると追いついてくるのだそうだ。 アフター(さっぱりした堀。) 夕方には・・・、すごいマコモの芽が3cmほど伸びていた 逞しい成長力である。 ショウブの繁殖力もすごい。 また昨年まで見かけなかったキショウブの黄色い花が目に付くようになったのが気になる。 生態系が少しずつ変わってきている。
2011.06.05
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タカと病院に行く。 病室はお昼寝タイム。 4つのベッドから心地よさそうな寝息が聞こえる。 物音一つたてられない感じ。 廊下へ出たら看護師とバッタリ。 看護師は起こしておきたいのか、、直ぐ起こしにかかる。 この騒ぎで全員目を覚ます。 我が家は、先ず散歩。今日は初めて押し車式歩行訓練機。 本人は使いずらそうだが、タカはニコニコ♪母ちゃんのためならえんやこ~ら♪ 病室に戻ると汗がボタボタ。がんばったのだろう・・・ タカはこのまま施設に戻っていった。 明日の朝は5時半から昼まで、堀の草刈りなのだ。
2011.06.04
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5月のはじめ、喋り始めのころ、聞き取れない。思いついたのが筆記。 ノートとマジックペンを持っていったがミミズがはったような線で無理だった。 それから字を書くというのは無理だとあきらめ気味でいた。 昨日、者入れの引き出しを開けたらノートとペンが目についた。 「何か、書いてみない・・・」とノートを開いて出すとペンを取って書き出した。 “皆はがんばっている” “皆は少しずつ成長している” というようなことを書いた。漢字は読めるが、ひらがなはミミズがはっている。 そこで表紙に「〇〇の日記」と書いて、気が向いたら書くように渡した。 とにかく少しずつ回復している。 早くリハビリ専門の病院に移ったほうがよさそうだ。拘束ベルトはいらない。
2011.06.03
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昨日のこと 病室に入るとベッドにいない。 しばらく待つとトイレに行っていましたと看護師に付き添われて戻ってきた。 ベッドに上がると、パジャマを脱ぎ始める。 「着がえるの?」と聞くと「おふろ」と答える。 隣にいた看護師がやってきて「今日はおふろではないよ、昨日入ったでしょ。」と助け舟。 でも、しばらくすると立ち上がって出かけようとする。 「どこへ行くの?」「おふろ。シャワー・・・」意識障害というのか? これを数回繰り返し治まった。 忙しい看護師にとっては、患者の気持ちを聞き取る余裕などないから手のかかるヤッカイナ患者さんになる。だから病院の体制として拘束ベルトが当たり前になるのだろう。 散歩に連れ出すことにした。 看護師は車イスを持ってくるという。 小生の感覚では、手押し車?の方がいいと思うのだが、こだわられると仕方がない。 1階は寒いと思ったので持って行ったタカのウィンドブレーカーをはおらせる。 外の風にちょっと当てようと外へ出たが、寒くないと言うのでいつもの楓のベンチまで。 そこでホットコーヒーを飲んで、周りを一周歩行訓練。 背筋が立ってきてパタパタ歩きが改善されてきたようだ。 この日のリハビリは折り鶴折りだったようだが、リハビリ不足を感じる。 この日はKスタジアムで“楽天対広島”のナイター(第2戦)。 冷たい小雨の振り出した中を、観客は急ぎ足で入っていた。
2011.06.02
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台風一過のきのう、生健会の希望者6人で被災地を見て回った。 先ず、阿武隈川の橋を渡って亘理町荒浜の漁港のある“鳥の海”へ。 前回の時より田んぼの瓦礫や車は随分片付いて、油の臭いも消えていた。 しかし、堤防の下の住宅地の瓦礫はまだまだ。 あれからあと10日で3ヶ月。 堤防の補強が進んでいた。 ブルーシートで覆った上に、大きな土嚢?を並べ応急処置をしているところも。 地域の生活はいつ取り戻せるのだろう。 病院にも、 中学校にも、誰もいない。 あれっ。なんだ? 衣装ケースの中に写真がいっぱい! 前日の雨で水浸し。 どうする?誰かがここに置いておいたのでは・・・となり、そのままに。 でも気になって、先ほど亘理町役場に連絡をして対応してもらうことになった。 お心当たりの方は、亘理町役場へ。 漁港は壊滅。いつも釣り人で賑わう岸辺のフェンスは津波の一撃でなぎ倒されていた。 残ったのは、温泉つき保養施設「鳥の海荘」。 でも、津波は3回くらいまで来たと聞く。 (ここで働いていた奥さん一家が我が地区に越してきた。) この隣にあった「デイサービスセンター」は悲惨である。 来所者や職員の方々がたくさん亡くなられたそうだ。 これらの建物の裏には公園があり、防潮林があり、更に大きな堤防があったのだが・・・ 今は海が迫っている。 海水浴場もどうなっていることやら・・・
2011.06.01
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