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昨夜からの雨が止み、曇り空の下でミンミンが合唱している。 <風呂場に灯りが!?> ゆうべ、風呂に入れようと2階から下りて行くと、風呂場に灯りが点いてシャワーの音。 もしやとのぞくと、妻がしゃがんでシャワーを浴びている ビックリ!!!転んだら大変なことになりかねない。 後のことをタカに言いきかせ、あわてて支援に入る。 手を煩わせないようにという配慮だったようだけど、無事上がらせることができた。 寝床に連れて行ってからタカと二人でゆっくり入った。 風呂上りのタカとの一騎打ちは、心地よさそうな寝息の妻の横でいつものように行われた。 オレとタカの至福の時である。
2011.07.31
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<外泊だ> 今日は昼からタカを連れて妻を迎えに行った。 きのうのようにバッグにいっぱい詰め込んでいた。 妻にしてみると楽しい外泊だ。 タカの顔を見るとにっこにこ! タカはてれてしらんぷり。 今夜は入院後初めてのカレーライス。 先週からのお約束で、妻の厳しい指導が入る。 女性は自分の場所となると、がらっと強くなるもののようだ。 おかげでまずまずのうまいカレー完成! 妻もタカもぺろり うまかった!!! さあ、今度はおふろだ。
2011.07.30
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<おひっこしするの> 病室に入ると、バッグの中に荷物がいっぱい詰め込まれていた。 「どうするの?」と訊くと「おひっこしするの」。 「どこに?」 「わからない。じゅんびしているの」。 そこへ看護師入ってきて「おひっこしはしないよ」で一件落着。 部屋を見回すと、大声で騒いでいたSばあちゃんのベッドが空いている。 「どこにいったの?」 「わからない」 後で妻が居ない時、治療をする病室に移ったのだと教えられる。 それでは自分も引っ越さねばならない、と思ったのかもしれない。 Sさんは妻の実家の隣の家の人だそうで、妻は分かっていたようだ。 実家同様Sさん家も津波で流され、嫁さんが一人で面倒をみている。 やりきれないなあ~~ 今日はタカと妻が帰ってくる。 楽しいけれど、忙しい。
2011.07.30
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<わたし かいだんのぼってきたよ!> 散歩の帰りに4階までの階段をゆっくり休まず上った。 病室に行く途中、すれ違う看護師毎に 「わたし、かいだん のぼってきたよ!」 と自慢げに声をかけていた。 きのうで3度目の階段の上り下りだったのに。 自信が湧いてきたのかな・・・ 嬉しかったんだろう。
2011.07.29
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<高次脳機能障害について話をする> きのうは夕方5時頃病院に行く。 珍しくテレビを見ていた。 「待っていたの・・・」と言うので、前日に頼まれていたヘヤブラシとヘヤピンをわたす。 間もなく夕食なので、直ぐ散歩に(歩行訓練)。 階段で1階まで下りて玄関前のベンチに腰を下ろし、仙南保健所(県の出先機関)で「高次脳機能障害」について聴いたことを話す。 <待っていてね> 表情がくもり「そんなに重いの?・・・待っていてね・・・」と泣き出してしまった。 前から何度も重い脳のけががあることについて話していたので、ショックはあまりないと思っていたのだがよく理解できていなかったのだろう。 この話もどの程度記憶に残るかわからないけど・・・ 「わかったよ。まっているよ」と言うと落ち着いた。 不安でいっぱいなのだろう。 病室にもどると夕食が届いていた。
2011.07.28
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きのうの夕方、病院から帰ると オニユリの葉の裏でアブラゼミの艶やかな羽化のショウが展開されていた。 朝、無事飛び立っていた。 子どものころは、近くの神社の境内で採って来たアナゼミ(幼虫)をカヤの内側にはわせて、神秘的な羽化の様子を眺めていたものだ。夏の妖精だった。 あのころは楽しかったなぁ~
2011.07.27
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今日はナースセンターの中で看護師と二人で七夕飾りを作っていた。 声をかけると「あぁ~目が疲れる」と言いながら出てきた。 <えっ 右目が見える!?・・・> 「右目が眩しいからじゃないの?眼帯をしたら見やすくなるよ」と水を向けると、 「眩しくないよ。見えるよ。」と答える。 「ホント?左目を隠して。何本?」・「3本。」じゃこれは?」・「1本」 まなこを覗くと、にごっていない! ほんとに見え出したのか? 「おい、この美男子(オレ)が見えるのかい?」「見えるよ。」だって あした、もう一度確かめよう。
2011.07.26
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<また?もう転院だって!> 妻を散歩させていると看護師長と会う。用をたして来ると言う。 病室で待っていると、「たらいまわし(転院)」のこと。 勧められる転院先はこの前精神科の診断書を書いてもらったS病院。 一方的に紹介状を渡されていたのだから、覚悟はしていたものの、見放されるような感じ。 そのつもりではいたものの今のM病院に移って来週でやっと1カ月。 師長は、リハビリはもうマックスだという判断。 これからは今の状態をどう保つかが勝負になるから、自宅で過ごした方がリハビリになると付け足した。 初日から冷たさを感じていたのだから未練はないが、S病院ではリハビリは期待できない。 年内に自宅に引き取らねばなるまいと心積もりはしていたので条件整備に取りかかる。 <自宅介護のためにー1> 帰ってから整備工場のS社長に会う。 部屋の工事は近所のH工務店に相談し、車は中古車の手ごろな物を探してもらうことに。 彼と話していると考えが整理されるのだ。
2011.07.25
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外泊2度目ではあったが、てんてこまいの連続だった。 食事の準備、入浴、排泄。 なんとかなると思っていたが、あまかった。 先ずは介護ベッド、携帯トイレ敷きカバーなど・・・ <転倒3回> 食器洗いをしようとして転倒。 風呂に入ろうとして紙おむつがぬげなくて転倒。 外に出ようとしてバランスを取れなくて転倒。 幸いけがはなかった。 きのう今日とよろめきガ多かった。 <おもらし> おねしょ・・・またやられちゃった。 「トイレ~」、間に合わず。 近くにないとだめ! など反省いっぱいの外泊となった。
2011.07.24
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妻、外泊。 途中おばの所に寄る。 運良く埼玉の身内も居て話に花が咲く。 晩飯は9時となる。 おかずをそろえるにてんてこ舞い。腹がへってへとへと・・・ 段取りがまずかったのだ。 これから入浴。 あと一踏ん張りだ!
2011.07.23
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休耕田に花ハスの苗を植えてもらって3年目。 見事に咲いた! てるおさんの愛情が咲かせた おしつけた甲斐があったというものだ
2011.07.22
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台風6号は東北南部にはひやひやとさらっとした肌寒い一日をもたらした。 今日の午後は塩釜市で県生健会の理事会。 途中、仙台医療センターに回って妻の「診断書」と「診療報酬明細書」を取った。 相変わらず患者でにぎわっていた。 理事会で気になった報告。 <生活保護難民> 震災後生活保護申請者が急増していること。 理由としては震災で仕事を失って次の仕事が見つからないのは勿論のことだが、仙台市周辺の市町村では申請を出してもなかなか認められないため、仙台市に移住して受給しようとする人が増えているという。まさに<生活保護難民>である。 そんな中で<権利を剥奪される>恐ろしいことも。 ある申請者が窓口で「申請取り下げ書」を書かされたこと。 却下されたのなら対応を考えたり不服を申し立てるなど法的な救済措置が補償されるが、これは行政が意図的に権利を奪うという許しがたいことが起きている。 ぎりぎりのセーフティーネットを平気で切るような末端の福祉行政は断固正していかねばならない!
2011.07.21
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台風6号の影響は弱く、小雨の中を病院へ。 出歩く(徘徊する)ことが多いとナースセンターで軽作業をさせられていたが、ここ数日はおとなしく病室にいることが多くなったようだ。 <右目がまぶしい> 日記帳を見ると、読みにくい字だが『目がまぶしい』と書いてある。 きくと「昨日から昼間まぶしくなったの。主治医や看護師さんには言っていない。」と。 「光を感じるようになったんだ。そのことは伝えておこうよ。」と担当看護師に伝える。 まぶたが開き始めたのだから、視力も回復し始めたのではと思いたくなる。 医療センターの主治医は多分だめだろうと言っていた。 彼らがここまでの回復を奇跡というのなら、右目にも奇跡が起こるかも・・・ <階段で筋トレ> 昨日から散歩に階段歩行を取り入れた。先ずは4階から1階までの下りだけ。 今日は4階からの上りにも挑戦。1階から3階までの上ることができた。 がんばっている。
2011.07.20
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昨夜から台風6号の影響が出始めたが、涼しい風。 今朝になって雨が降りだす。 ミズキの枝が低いうなり声を上げだした。 <ケイタイ見当たらず!> ゆうべ電話をしようとしたらケイタイが見当たらない。 1階も2階も車の中も、何度捜しても見つからない。 苦しくなって帰ってきていた長男と次女に電話を入れて確かめるが分からず。 二人にかけてもらうが、呼び出し音聞こえず。 とすると、3日間借りた車の中か病院? 朝一番に整備工場に行くと、「あったよ。これだべ。」と持ってきた。 あった あった! よかった よかった 妻の事故以前はほとんど使わなかったが、あれ以来ないと困る状態になってしまった。 困ったものだ・・・
2011.07.20
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<散歩> 今日の散歩には会談下りを取り入れた。 4階から1階まで階段を歩いて下りた。 手すりにつかまりながらだけど無事下りきる。 <私、どこに行くの?> 散歩から戻ってロビーで休んでいると、 「私、ここからどこへいくの?」と訊く。 真意を図りかねていると、 「私、思うようにできないから・・・」という。 そこで「あなたの帰る家は我が家だよ。」と言ってやるが、しばらくするとまた訊く。 病室に戻って、日記帳に 「あなたの戻る家は、我が家です。我が家で過ごせるようにリハビリをしているんです。」 と書いてやる。 うんうんとうなずいていた。 ここまで心配できるようになったのだ!
2011.07.19
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長男は名古屋に帰っていった。 これでもとの静けさに戻った。 今朝、生健会の事務局長Tさんから「隣町の中核病院に緊急入院した」との電話あり。 午前中に様子を観に行く。 「大腸がん検診に行ったら、家にも帰されず即入院となった。腸閉塞で手術をすることになった」のだそうだ。 痛みはなく、思いのほか元気。 「護る新聞」の配達体制や今後の日程について打ち合わせをする。 3月には奥さんを亡くし、先月アンゴラ(フランスとスペインの間の小国)を旅してきたばかりだというのに、なんというめぐり合わせぞ・・・
2011.07.18
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今日も真夏の暑さ。 <外泊2日目> 妻、朝5時に目を覚ます。 「トイレ?」と訊くと「ちがう」と言う。 布団をなでると・・・濡れていない! 2回分くらいでうまくいった!!! 昼食後、次女は東京へ帰っていった。 それから長男とタカを連れて、妻の実家の会った中浜集落を視察し病院に戻る。 長男は4時に友人達に会うと言うので早々に病院をあとにする。 現在軽トラしかない小生一家に、気持ちよく車を貸してくれた車屋のSさんに感謝!
2011.07.17
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<外泊1日目> 昨日の夕食は、妻と次女で小生希望の“肉じゃが”を作ってもらう。 (妻入院後、じゃがいも料理は作っていなかった。なぜだか億劫だった。) 食後はスイカやサクランボを食べてうまくいった。 難関は「おフロ」。 段差はあるし、転げると打撲症。これだけは避けなければならない。 緊張する。 事前に準備したイスが役に立つ。 15分ほどで完了。 夜は2階で次女と二人。 ひと安心と思いきや、「おしっこもらしてびしょびしょ!」と早朝からどたばた。 これはうっかり。おねしょパットは考えないわけではなかったのだが・・・うっかり。 敷布団はチェンジしてその場をしのぐ。 日差しが出てきてベランダに干しておく。 朝食はパン。 その後一休みしていると「タカに会いたい」と泣き出す。 次女は今夜変える予定。長男は夕方帰ってくるという。 いくつかのパターンを検討した結果、午後タカを迎えに行くことにして治まる。
2011.07.16
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次女、東京より帰省。 妻を見舞う。 妻、今日初めての外泊。 それで、病院近くの妻の実家のある集落跡を見せて我が家へ。 今夜は次女と枕を並べることになる。
2011.07.15
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今日はすごい暑さになった。 先日、熊本の両親の菩提寺から菓子とそうめんが送られてきた。 こんなことは初めて! お礼の電話を入れると、「大震災のお見舞いです・・・」と。 その菓子は熊本銘菓となっているが、いままで聞いたことがない。 おこし風のものを水飴状の物で固めたもの。 特に珍しいものではないが、挨拶書きが気に入った。 「うちはですね、加藤清正が創られた新町で仕事を始めたのですよ。 ♪あんたがたどこさ~肥後さ・・・♪の洗馬(せんば)橋に近いのですよ。 もっこす仕込みこの菓子は、心をこめて作った味ですよ。」 これから名前が売れて好まれるようになるといいな。
2011.07.14
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昨日午後から、妻をS病院に連れて行く。 <S病院にて> 1時間近く待って診察。 担当医は、新しく院長になった若い(前より)医師。 3月まで主治医だった医師は、隣町の精神科の嘱託になっていた。 診察は10分程度。 診断書は直ぐ書いてもらうことになった。 M病院からの紹介状を見せたら、M病院からこれ以上無理だといわれたらいつでも引き受けるといわれた。でも、リハビリ科はないので喜べない。 薬は3種類30日分出してくれたが、薬局では精神科の薬は(強そう)よだれが出たり手足が震えたりすることがあるので、その時は直ぐ連絡をするようにとアドバイスされた。この薬はちょっとヤバイ(合わない)感じがする。 帰院時刻に間に合わなくなったので、電話を入れると夕食をどうするかと。 今からでもキャンセルできると言う。妻は食べて帰りたいというので了解をもらう。 これで時間に余裕ができたので、一旦我が家に戻る。我が家まで車で10分足らず。 <うんこがもれていた> ずっとトイレに行っていなかったのでトイレを勧めるがノー。 変だと思って、入りやすい2階のトイレを勧めると行くと言う。 2階への階段は20段ばかり。それに手すりもついていない。 下りは先日病院の階段で体験させ問題なかったが、階段を上るのは事故後初めて。 でも、両手をつきながら一気に上る。 さすがにフーフー言っていたが、イスで2・3分休んだらトイレに行った。 我慢していたのだ。薬局でも車から降りようとしなかったのはもらしていたのだ。 しばらくして出て着たのでお知りを拭いてやろうとしたら! 紙パンツにはウンコがべったり。 そして、ウンコがまだ肛門から出きっていない!。慢性便秘!押し出せないのだ! どうしたらいい?アメキヨさんのブログを思い出す。 とりあえずティッシュペーパーで取れる部分は掴み取る。 取れない分は仕方がない、直腸に押しもどすしかない。さもなくば拭くこともできない。 タオルを濡らしてやっと拭き取り、紙パンツを脱がせる。 代わりの物がないので、これまで履いていたパンツを持ってきてはかせて一件落着 子どもたちの尻拭きで慣れていたからなんとかなった! 階段は下りるときが大変。転げ落ちないように慎重に慎重に降ろす。 一息ついて、隣町の回転寿司屋に行く。自分の財布を持って。 早食いの妻だが、思うように似見込めないのでこぼれる口元を手で隠して食べていた。 妻は8皿ほど食べてごちそうさま。 しめて1880円也。自分から払いに行った。 ごちそうさまでした 帰宅したり、外食や買い物も大事なリハビリになるのだと思いながら病院に戻った。 転院は不安ではあるが、なんとかなるだろう。 病院に着いたのは8時を過ぎていた。
2011.07.13
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今日も夏空ほろガルも、海風入り心地よし。 <もう転院だって> ところで、妻がM病院に転院して2週間足らずでもう天運の話が出されてきたこちらだって今の医療行政は3ヶ月でたらい回しを迫られることくらいの常識?は持ち合わせているよ。 それにつけても、ようやくリハビリらしいリハビリが始まったところなのに・・・ この話は昨日、妻の障害者(精神障害)年金の診断書提出でM病院には精神科がないので、やっと長年かかってきたS病院で書いてもらえることになった。それに当たっては、本人の診断が必要だということで、外出許可をとりたいとケースワーカーに相談に行ったときのこと。 ケースワーカーからは、外出許可はいいでしょう。ではS病院に行くならついでにS病院への転院依頼の紹介状を持っていってもらいたい。 理由は、高次脳機能障害なのでここでリハビリを続けても回復の見込みはあまり期待できない。もう介護をどうするかの段階なので。直ぐにとは言いませんが8月頃には・・・と。 主治医は、入院当日に臭わせていた「これ以上のリハビリは無理だ」と言っていたのを思い出し、やる気はないんだと感じた。 まだあっぺとっぺな(ちぐはぐな)言動もあるが、小生の観察ではその揺れ巾が小さくなり始めているようにみえるのだが・・・ これから妻を迎えに行き、S病院で診断書を書いてもらう。
2011.07.12
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夏空広がる。 「ぼちぼち村」の近く。 狐窪(きつねくぼ)という湿地あり。 この淵には“ノハナショウブ”が咲く。 花の色はいまいち・・・ 毎年楽しみにしているのだが、今年は3株だけ。 少なくなっている。 棒を立てて保護を呼びかけようと思うが、侘しさを与えてしまうとためらわれる。 野にあればこそなのだが・・・ 近くの木々にはモリアオガエルがたくさん産卵するのに、今年は少ない。
2011.07.11
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<中国語の教室はどこ?> 午後、タカと見舞う。 ナースセンターをのぞくと特別席で折り紙を折っていた。 見ると8月の七夕用の飾りのようだ。 「迷惑をかけますね。」と声をかけると、 「こちらこそ助かっています。」と作品を見せてくれた。 けっこう難しいのを追っているのだ 病室に戻るとテーブルの上に日記帳。 「中国の食べ物おいしかったです。/中国の・・・はありがたいです。」 と書かれていた。 しばらくして1階へ散歩に行くと、部屋の出入り口を覗いて回る。 訊くと「中国語の教室を捜しているの。どこか知らない?」と聞き返す。 「ここは病院だからそんなのはないよ。」と言っても納得しない。 出会う看護師毎に訊いていた。 タカを施設に戻す時間になったので、ナースセンターの特別席に戻してバイバイした。 こういうのが高次脳機能障害の症状なのだろうか。 脳をちょっといじくってやったら、現実(今)と繋がる感じがするのだが・・・
2011.07.10
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今朝も快晴。ムワットした風が入ってくる。 この陽射しのもと、キイチゴの仲間は赤や黄色の宝石をちりばめている。 コバノフユイチゴか? 五つ六ついただく。 甘くてうまい 今は、食べる子どもたちは見かけない。
2011.07.10
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真夏の日差しがさんサンさん。 日中は東よりの海風があったので助かった。 毎年この時期になると“太陽の花”が開く。 ウチワサボテンの仲間。 花の径は7~8cmの大輪。 朝開いて夕方にはしぼむ一日花。 次から次と開くので結構楽しめる。
2011.07.09
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今夜の蒸し暑さは真夏なみが。 くしゃみをしただけで汗がにじむ。 夏至を過ぎて間もなくの北蔵王「雁戸山」に沈む夕日。 手前は阿武隈川と槻木大橋。 ニイニイゼミも鳴き出した。 沖縄那覇市に引っ越したFさんからパッションフルーツが送られてきた。 名前は知っていたが、食べるのは初めて。 飛び上がるほどではないが、甘酸っぱい。妻は喜んで食べていた。女性向きなのかな? 種もカリカリと食べるように書いてあったので忠実に食べる。邪魔にはならない。 これからタカと風呂に入る。
2011.07.08
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「ぼちぼち村」のある南蔵王山麓では“ヤマボウシ”が満開!(7月2日) ヤマボウシが咲き出すと水辺では“モリアオガエル”の産卵が始まる。 まだ「ぼち村」の水槽では見かけないが、旧不忘分校のプールではもう流れだしていた。 彼らはプールの角と排水口が好みだ。 パイプの下にオスのモリアオガエルが1匹。乾いた声で鳴いていた。 メスを呼んでいるのか雨を呼んでいるのか、コロコロと大きく響いていた。 かわいそうだがパイプの中の卵塊は干からびていた。 こちらでは赤ん坊オタマがダイブ。 水の中ではアカハライモリが待っているのだが・・・ しかたがない。 毎年繰り返される梅雨時の光景。
2011.07.07
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妻の闘病は、今日で4ヶ月となった。 あの時を思うと随分回復した。 <リハビリが始まった> 今週から始まった本格的なリハビリ。 病室から作業療法訓練室までくねくね通路を走るように運ばれていく。 訓練室では訓練士が待っていて、プログラムに合わせて訓練開始。 今日は、右腕の麻痺を軽くするものだったようだ。 <へ~、役割り分担だった> 患者を運ぶ人はそれだけを仕事としているのだ。 訓練が終わった患者は、訓練士が病室まで戻すのだ。 それで運び屋さんは、走るようにしていたのだ。
2011.07.06
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<ここまで回復したのは奇跡?> 昨日の“56”で書き忘れたことがあった。 担当医「ここまで回復したのは奇跡だよ。でも、このまま回復することはない。」と。 エッ!これまでの治療が奇跡をもたらしたの? そりゃぁ~、見方はいろいろあって否定はしないけれど、奇跡ってそんなに簡単なものかい? 治療は適切だったのだろうけど、まがりなりにも歩けるようになったり、飯が食えるようになったりしているのは、時間の経過に伴って自然に回復しているのだと俺は思っている。 だから俺は、担当医たちが言うような奇跡ではなくもっと自然に回復するのではないかと思うのだ。それを「なるようにしかならない」と言っているのだ。 誰だって奇跡は起きてほしいよなぁ~・・・ 『あれって なんなの?』 どうしても触れておかなければ「頭の毛がうずくことが二つある。 一つ目:佐賀・玄海町の岸本町長のこと なぜ再稼動を容認すると自ら申し出たのか? 裏でどんな動きがあったのか? 見えない。 二つ目:松本復興相のこと TVで観るあの言動にはビックリ! 麻生前総理もそうだったが、博多っ子だからと済ませられるものではない。 公人失格だ! 博多っ子が大迷惑しとるばい! 地元紙河北新報の「河北春秋」では、 『・・・松本龍復興相が「知恵を出さないやつは助けない」「あれが欲しいこれが欲しい ではだめだぞ」「何市がどこの県だかわからない」 被災地の心情を逆なでする無神経な物 言いに言うべき言葉は見つからない。・・・被災 地としての怒りの表明は、次の総選挙に取っておこう。 政治的な格言めいたものに「国民のレベル以上の政治家は生まれない」というのがある。 これは誤りだ。国民のレベルはずっと上だ。松本さんには、小学生が使う初等の地図帳でも プレゼントしようか。』とあきれている。 九州人としても情けない。
2011.07.05
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<どうしたいの?ー患者診ないでカルテ見て> 今夜、少し余裕ができたので書いておきたいことがある。 6月30日(木)、「独立行政法人 国立病院機構 M病院」に転院したことはお伝えしたが、担当医のことばに引っかかっている。 手術を終わってきた担当医に呼ばれていく。彼は中年。 「どうしたいの?」と訊くので、「家に戻れるようになるといいですね。」と答える。 以下一問一答。 「どうなったら帰れると思う?」 「歩けて、会話ができて、食事と排泄ができれば・・・」 「できるようになると思う?」 「さあ?リハビリをすれば・・・なんとか」 「受傷してからもう4ヶ月目に入っているし、統合失調症も持っているから無理だと思う。家庭で面倒をみてくれる人が居ればいいけど。」 「俺だけしか居ませんね。」 「それじゃあ金がかかるけど施設に入れるしかないよ。(金出せるって言いたそう)入れるったって引き受けてくれるところがあればいいけど、統合失調症もあるとなれば難しいよ。」 (この医者、何を言いたいのだ?こんなことをなんのために言うのだ?患者が統合失調 症を患っていると悪いのか?うまくいかないのは患者のせいにするためのもの?患者と 家族を押さえつけるため?・・・ 「ま、リハビリはやりますが・・・」だって。 (あなた、医者の医の字が分かっているのか。というのを飲み込んで) 「おねがいします」 患者を診ないでよくもこんなことが言えたもんだと呆れてしまった! 仙台の主治医も患者を「あの人」と呼び、「おつむの問題」だと言っていた。 こんな医者たちに任せねばならないのは、なんとも情けない。
2011.07.04
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今朝は8時前に家をでて「ぼちぼち村」のある不忘地区の草刈りに参加。 11時に作業を終了させる。 全体の作業は終わっていなかったのだが、小生の立場を思いやってのうめんつあんの配慮。 彼は小生のためにと野菜の苗を多めに作っておいてくれたのだ。 これは、うまい「ミニトマト」。 もう花が咲き出している。 これまたうまい枝豆の「チャ豆」。 またまたうまい「あかカボチャ」。 うめんつあんの推奨品種なり 種芋を都合つけてもらったジャガイモ。 遅く蒔いたが花が咲き始めた
2011.07.03
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妻の転院の前から、これといった仕事があるわけではないのに、足が地に付かない毎日。 疲れたのかなぁ・・・? 今日もタカと病院へ。 これから毎日のことだから。近道を教えてもらう。 阿武隈川を超えると、阿武隈山麓をしばらく走り峠を越えるというコース。 明日は9時から「ぼちぼち村」のある不忘地区の草刈り。 早く寝ないと、大仕事だ。
2011.07.02
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タカと夕方病院に行く。 昨日看護師から 「できる限り、拘束しないで 説明をされたように拘束されないでいた。 拘束がどんなにひどいかおもいしらされる。
2011.07.01
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