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今朝の蔵王連峰は霞の中。 里は花の季節に。 我が家のヤブツバキは間もなく満開。 ウメとヤブツバキのコラボも。 そんな中、妻は散歩に。 調子よさそう。 右すねはまくり上げてるんるんるん・・・
2015.03.29
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いい天気! 今朝の蔵王連峰 屏風岳に雪崩は起きていないようだ。 田んぼの用水溝にタニシ 昨年まで見かけなかったところだ。 そういえばこの冬、ドジョウ掘りのじいちゃんの姿を見かけなかったなぁ・・・ まだ動き出してはいない。 妻、落ち着いている。 昨日の“カミナリ”は忘れてしまったようだ。
2015.03.28
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朝から『アタマニキタ!』 今日はデイサービスの日。7時半を過ぎたので女房を起こして着替えさせた。 ポータブルトイレで小便ていたのでバケツを洗いに行った。 4・5分後に戻ったら、バケツのないトイレにまたジャー(とにかく頻繁に“オシッコ”なのだ。) つい今しがた出したばかり、そして掃除に行ったのも見ているのに!コノヤローだ。 一体型のポータブルトイレ、全体を風呂場に運んでシャワーで流し、タオルで拭いて・・・ デイサービスのお迎えが迫る。 急いで居間に行くと、さっき着替えさせた服を脱いで、洗濯にまわしていた服にまたまた着替えていたのだ。 そこへデイサービスのお迎え。修羅場を見られてしまう。なさけなや・・・ 大急ぎで薬を飲ませて送り出す。 病気だとは言え、こんなことがたびたび起こるとつい「ゲンコツだ!」とコントロールができなくなってしまう。 本人の気持ちを思うと自分の未熟さが情けなくなる。 介護する側の心の安定(精神衛生)をどうするかは大きな問題だ。 ああ~後味が悪い。心おだやかに過ごしたい。。。 <心を静めよう> 昨日の朝の蔵王連峰 尾根は強風で荒れている。 今朝の蔵王連峰 おだやかだ。 昨日の風は止んで、里は春の陽気に包まれている。
2015.03.27
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エッ! ゆうべ星空を眺め、明日の朝は遅霜で真っ白になると思って寝たのは12時過ぎ。 今朝カーテンを開けたら銀世界。 我がポンコツ車も春の淡雪で化粧をしていた。 蔵王連峰は雪雲の中。 こんな雲のときは、地吹雪だ。
2015.03.24
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今夜の星空はきれいだが冷える。 我が家の周辺ではウメが満開になってきた。 日当たりの庭ではフクジュソウが咲き、 昨年までより株が4分の1くらいに小さくなった。 日陰ではキクザキイチゲガ清楚な姿を揺らしている。 こちらは南蔵王山麓の「ぼちぼち村」から移植したもので年々増えている。花はなよなよしているようだが一輪に挿しておくと半月くらいはもつ。北蔵王の笹谷地区の子どもたちは雪解けの中から咲き出たこの花を『アメフリッパ』と呼び、摘もうとしたら『雨が降るからやめて!』と叱られたことが忘れられない。 <Rさんの相談> 11時ころ仙台の「若林生健会」のT会長から電話あり。 『いま、生活保護を受けたいという大河原のRさんのところに来ているので紹介したい。』とのこと。 問題になったのは、“同居している娘さんとの生計分離が認められるか”だった。 (つづく)
2015.03.23
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今日は朝から上天気。 なのに、妻は3分、5分おきに小便だ。うんざりする。 午後、妻はお出かけをせびる。 しかたなくイオンモールに連れて行く。 心配が的中。 帰ろうとすると、また小便。 なかなか戻ってこない。 トイレの前を行ったりきたり。 これまでには逆方向に出ることが何度もあったので、そちらへも。 でも、見つからず。 もしかしたら、探し回っている間に車に戻っていることも、と車の鍵を開けて引き返す。 それでも分からないので、もう一度車を確認して いなければ、インフォメーションで「迷ばば」捜索を頼むしかないと駐車場へ。 いたいた、車の中にちょこんと座って・・・ 怒る気にもならず。 こ一時間が過ぎていた。 あ~あ つかれた
2015.03.22
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今朝(21日)の南蔵王連峰 山の雪にも春の足音。 昨日は11時から中核病院でMさんの診察に付き添う。 Mさんは一足先に来て肺の撮影を終わらせて診察室の前のイスに尿袋を持って座っていた。 週末のせいか患者さんが多い。 4・50分待ってやっと呼ばれる。 一週間の様態を聞きながら、肺の写真を準備。 先週と比べるとさほど変わってはいないようだ。(一週間では変化は見えにくいそうだ。) だが、『両肺が間質性肺炎になっている』と一週間前にはなかった気になる一言が。 肺炎の進行を抑えるくすりの量を増やしてもらって咳は少なくなってきたが、この薬は糖尿病や血圧を悪化させたり感染症に罹りやすくなるなどの問題があるし、Mさんは喫煙歴もあるのでできるだけつかいたくないのだそうだが今回は様子を診ることになりそのままに。 排尿管の付け根が痛いと訴えたら、咳止め用の吸引薬が悪さをするようだからと外してくれた。 主治医は、今年いっぱい持つかどうかと言う。 もう限界に近いのだから、「入院させてほしい。本人も希望しているので」と口ぞえしたが、『この病院は生活するところではないので動ける間は家で・・・酸素吸入が必要になれば・・・90以上あるから難しい』と。 もう一つ、Mさんは身体障害4級というので肺の疾患と合わせて3級とか2級になればどうかと水を向けたが『今の段階では無理。ただ、良くなることは期待できないので、その時がきたら診断書を書きます。』ということになった。 それから皮膚科へまわって太ももなどにいっぱいできた5ミリ大の紫斑を診てもらう。 原因は分からない。 昼をすぎたので、院内のコンビニで弁当を買って食べる。 Mさんの食欲は心配いらない。 その後、医療相談センターに寄ってソーシャルワーカーに支援の方法はないかと訊いてみるがこれといってなし。 それから薬局に回って薬をもらい、自宅に送る。 近くに福祉事務所があるのでまわる。 窓口の若い職員(県職)では知識が乏しく通じにくい。 仕方がないので役場の福祉課に行く。 ここでも窓口の職員では通じにくかったが、上司に相談して介護認定を受けて支援を増やしてもらうことになる。 帰りに「まもる新聞」(生健会の機関紙)を配達して、デイサービスから帰ってくる妻にようやく間に合わせることができた。
2015.03.20
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一週間ほど前、阿武隈川下流の右岸(亘理町)の田んぼで餌をついばむコハクチョウの一群が 差と山の下は阿武隈川の土手(堤防)。 少し遅いがこれから北帰行? まだ余裕があるのかつつきあい? 2月にはこんなに群れていたのに・・・また会おう! 上は南蔵王。中ほどは白石スキー場。 今ごろ、どの辺を飛んでいるだろう
2015.03.18
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3月12日(木)妻の実家のあった山元町中浜に慰霊に行った。 墓地の跡に建てられた慰霊塔「千年塔」。 後ろのエゾエノキに新しい黄色いハンカチが下げられていた。 右の建物は「旧中浜小学校」。幸いにこの小学校では児童も職員も全員無事だったが閉校になった。 校舎は後世に残されることになった。 この地区だけで175名の方が亡くなられた。 その中に妻の甥も含まれている。津波を確かめに行って巻き込まれたそうだ。 旧中浜小の斜め前、旧常磐線を超えて我が家の畑がある。 フキノトウが一株開いていた。 タネツケバナは盛りとなった。 少し西では新しい常磐線の工事が進んでいる。 新坂元駅と新新地駅(福島県)の間。平地は高架になっている。
2015.03.16
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昨日は「3・13重税反対統一行動」の日。 民主商工会が主催。“生活と健康を守る会”も共催の仲間に入れてもらっている。 例年生健会の宣伝を兼ねて挨拶をさせてもらっているのだが、今回はできなかった。 小生の所得税の申告は12日に終わらせた。なんとかなった。 両肺を患ったMさんが呼吸器科を受診するというので付き添うことになったのだ。 左は肺ガンで、溜まった水から癌細胞が診られるのだが場所を特定できないそうだ。 右は間質性肺炎で、癌より大変でこれから命をとられるかもしれないと担当医はMさんに話しかける。 レントゲンを観ると最初の受診時から一月とちょっと経つが白い雲が濃くなっている。 進んでいるのだそうだ。 素人目からすると、もう入院させたほうがいいと思うのだが、中核病院のあり方上、家で過ごせる間は家で療養してもらうことになると言う。 これからの治療は、 間質性肺炎の薬を2錠増やし(あまり使いたくないけれどと断りながら)1週間様子を観る。 芳しくなければ、酸素吸入を家庭で。 更に調子が悪ければ、入院できる他の病院を紹介する。 それでも思わしくなければ、ここの中核に再入院。 診察が終わってMさんを廊下に出し、医師と二人で話をした。 『今年いっぱい持つかどうか分かりません』という診かただった。 Mさんには身よりはいないし、次の診察までの1週間だってもつかどうか分からないのに・・・。
2015.03.14
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今朝は綿帽子の雪景色になった。 枯れ木に花の里山。(この辺は縄文・弥生のころは入り江だった。) 県道を走る車は少なめ。 隣の岩沼市の大昭和製紙の煙(蒸気)が眠い目にはアクセントに。 冬の終わりの雪は重いので農業用ハウス(この辺では主にイチゴが多い)に被害をもたらしていたが、大半が津波で流され、今は大規模ハウスに集約されたので少々の雪ではつぶされなくなった。
2015.03.12
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昨日は水につかり、今朝は雪景色。 きのうの春の陽気は昼を過ぎると蔵王から雪が飛んできた。 朝には積雪1cm。 4年前の3・11。妻が交通事故にあって4日目。生と死の境をさまよいだしたころ。 妻を見舞って帰ろうと、1階ロビーのベンチに座って一息ついていると、これまでに経験したことのない大揺れ!長かった。身の置き場が分からなかった。つぶれたら終わりだった。 午後2時46分 東日本大震災。 外へ出ると、同室に入っている妹さんを車椅子に乗せたOさんがいる。 雪交じりの冷たい風が吹き付ける。 そこへ妻を見舞いに来てくれて一足先に出た事故の相手方の社長が慌ててやってきた。 『ラジオでは相馬港6mの津波と言っている。うちの会社は港の直ぐ脇にあるから大変んなことになっている。電話は通じないし・・・』と弱っている。道路は渋滞が始まっていたが『社長、帰るしかないよ』と背中を押した。 間もなく小生も渋滞の中に。片側3車線のバイパスでも進まない。 そのうち雪が激しくなり4・5センチ積もる。信号はどこもつかなかった。 我が家に帰り着いたのは10時ころ。 我がぼろ家は、つぶれているだろうと半ば覚悟したが、建っていた。 周りは闇。車のヘッドライトで灯りを取り、懐中電灯を探し2階へ。そこにはファンヒーターではない石油ストーブがあったし布団も十分あった。 こうして震災生活が半年近く続くことになる・・・昨日のことのように思い出されるのだ。 今夜も雪が積もった。 日が変わる前に晴れ渡り、月と星がひかっている。
2015.03.11
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昨日の朝から降りだした霧雨は夕方になって本降りになった。 買い物を済ませて戻るころには暗くなり車から降りると、オヤッ?雨音に混じってカエルの鳴き声。初鳴きだ!!! 夜中にはどしゃ降りとなった。 我が家は雨が強いと雨漏りするので気になるのだが、あきらめて眠った。 今朝は道路の冠水とまではいかなかったが水浸し。 西の蔵王連峰は雲の中。 手前の山は青蘇山。 東も 北(裏)も 特に被害はなし。 温い雨でウメの花が開きだした。
2015.03.10
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4年前の今日=2011年3月7日は、妻が交通事故で意識不明になって仙台の医療センターに担ぎ込まれた日。 彼女の誕生日から4日後のこと。 妻は意識不明の状態で集中治療室にいた。 脳外科医の説明では、こぶしくらいの内出血があるが手術は様子を見てからということだった。 (結果としては手術は行われなかった。) 説警察の説明では、妻が役場から国道に出ようとして右折しようとしたら、右から来た大型レッカー車が運転席のほぼ真横にぶつかった。運転席はつぶれていて妻を引っぱり出せないので救急隊が車を切断し服も切って出したそうで返された妻服はがぼろぼろだった。 あれからほぼ2ヶ月意識は戻らなかった。 そんななか、左手は毛布をぎゅっとつかみ繰り返し引っぱり、右足は曲げたり伸ばしたりをひっきりなしに繰り返していた。ひょっとすると、左手はサイドブレーキを引き?右足はブレーキを踏んでいるつもりだったのかもしれない? それから4日後=3月11日、妻を見舞って帰ろうと1階ロビーで一休みしているとき、これまでに経験したことがない“大きくてなが~い”グラグラ!東日本大震災がやってきたのだった。 今日は今から、帰ってきたタカを風呂にいれなければならないので続きはまた・・・ 今しがた、午後9時にMさんから電話あり。 「全身に蕁麻疹のような斑点ができ、また小便が詰まってしまったので中核病院にいって応急処置をしてもらって帰ってきたところだ」とのこと。月曜日までがんばってもらうしかない。
2015.03.07
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午後3時、Mさんより電話。 「今、中核病院から帰ってきました。 肺の写真を撮って診てもらいました。 やはり心配していたように『左の肺ガンは進んでいて転移しているかもしれない。右の間質性肺炎の方はすこ~し薄くなってきたようだけど難しいですね』と言うだけで入院や手術は勧めないんです。なんとか手術してくれるところを探してもらいたいんだけど。お願いします。」と言うのだ。 一人ぼっちのMさん、心細いだろうけど こたえようがない。 小生にできるのは医療生協に相談することと生健会の役員で話し合うことくらい。
2015.03.06
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昨夜来の風の唸りはようやく静まった。 今夜は、月明かりがトチとミズキの枝を庭にくっきりと映している。 今日は妻のデイサービスはお休み。 昼から妻の携帯電話の解約にauの店舗へ出かける。 (妻は交通事故以来自分で電話を掛けられな。) 先客が5・6組。内、3組が相談中。 ところが1時間待っても、1時間半待っても一組も進まない。 これでは小生の仕事ができなくなる。 妻はいらいらしだす。 しかたがない。待っていた2時間近くは無駄になるけど次に移動。 生健会の「まもる新聞」(週間紙)を会員に配達。 小生の受け持ちは13部だけど、1時間以上かかる。 今夜のおかずの材料をスーパーで買って、晩飯の準備。 取り掛かるところへMさんから電話『ヘルパーさんが着てくれて体を拭いてくれて、掃除もしてくれた』とのこと。 主夫は忙しいんだよ!
2015.03.05
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昨日宵の口から降りだした雨は夜中に強くなり明け方まで続いた。 けっこうな雨量になったようで、この時期にはめずらしく堀は増水し茶色に濁って流れていた。 10時ころには青空が広がり、蒸気が立ち上った。 こんな子どものころの情景が広がると、網とバケツを持ってフナやドジョウをすくいに行きたくなる。 妻は4・5日便秘。 昨日の夕食後、病院からの便秘薬のほかに市販の便秘薬(コーラック2錠)飲ませた。 飲ませて間もなく『うんこ 出ちゃった!』と妻の雄叫び。 『エッよかったね!でも、今飲んだ分は明日の朝だゾ』 予想通り。今朝は下痢状の便が2度3度。便座にも床にもぺたぺた。 尻を拭いたりポータブルトイレと床の掃除をしたりのてんてこまい。 そうこうしているうちに「おはようございます」とデイサービスのお迎え。 朝飯の食パンをほお張りっている妻をなんとか送り出す。 ああ~ “主夫行”はたいへんだ! 我が家のヤブツバキも咲き出した。
2015.03.04
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今朝の蔵王連峰。 昨夜は冷えた! 水溜りはみんな凍った。 (堀の水際) でも春の足音が聞こえる。 ヤブウメが一輪 ぽっ。
2015.03.03
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妻の介護に追われているうちにもう3月。 弥生は雪の朝で始まった。 2月には生健会の会員で支部の役員をしているMさんが緊急入院。 地域の中核病院に付き添っていく。 右肺はうっすら白く、左肺は黒く写っている。 担当医は、『左には水が溜まっているから直ぐ抜きましょう。右は肺炎・・・まず入院しましょう。部屋を探しているうちに水を抜きましょう。』ということになる。 それで、肺炎は薬で治るし、水は抜けば遠からず治ると思った。 入院の準備は、地元の共産党の町会議員がやってくれる。 つぎの日に見舞うと『左にはガンがあるようだ。長くかかる』と言われたとのこと。 2・3日して見舞うが、なんとなくはっきりしない。 2週間近くたって退院。 3日後電話で『ゆうべ夜中に小便が出なくなった。痛くなって苦しくてタクシーで中核の緊急外来にいった。管を入れられて小便は出るようになった。近くの泌尿器科に紹介状を書いてくれたのでいってくる。』と言う。 つぎの日電話を入れると『小便が詰まったのは、中核で出された薬の中に原因があったのでそれは飲まないで、小便の出る薬を渡された。今度は3月2日にいくことになった。管を外すそうだ。』と。 エッ!中核の担当医のミス!まさか・・・ 獣医をしている会員とMさん家を訪問してじっくり話を聞く。 薬の問題はあったが、病気のことがはっきりしてきた。 左は肺ガンで右は間質性肺炎というのだ。 獣医は間質性肺炎の方が大変だとぽつり。 調べるとそうだ。治りにくいし肺ガンと併発する患者も多いという。 Mさんは一人暮らし、身内は東京にいる82歳の義理の姉だけ。 雪はやんだが氷雨が降り続いている。 寒い。
2015.03.01
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