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Mさん受け入れ病院見つかるか? 今朝3回の電話あり。 1回目:午前1時過ぎ糞詰まりがひどくて救急車を呼んだけど、声が元気なのでと断られタクシーで緊急医療センタ ーへ行った。治療が終わって明け方帰ってきてほとんど眠っていないの。 2回目:この前お借りしたお金、この病院往復でなくなった。 はいている紙パンツを見たら真っ赤になっていた。息んだから切れたんだね。 病院が開いたら電話してどうしたらいいか訊いてみる。 3回目:今日の11時に予約が取れた。 主治医に診てもらうことになった。 ということで時間を見計らって病院へ行く。 受付でMさんのことを聞くと診察は終わっていると言う。 薬局へ行ってみるが来ていないとのこと。 電話を入れてみるが出ないので、夕方連絡が入るのを待つことにする。 それから、福祉事務所に回って支援を受けられる方法はないか相談をする。 関係機関と連絡をとってみることになる。 次にMさんの世話をしている包括支援センターへ行き、いきさつを話し協力をお願いする。 夕飯の支度をしているとMさんからの電話。 4回目:今日は肺の写真を撮り、血液検査をして、点滴をやって4時過ぎに帰ってきたの。 そして隣町のT病院に入院することになったので、身元引受人を頼まなければいけないのだけ ど、はとこのSさんは引き受けてくれるか分からない。 一応お願いするように勧める。 5回目:やっぱりSさんからは断られた。お前の頼みは今後なにもきかないって言われた。 しかたがない、高齢だけれど義理の姉兄さんにも訊いてみてね・・・で終わった。
2015.09.29
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今夜は“スーパームーン”(今年最大に見える満月)と呼ぶより 「十六夜」“いざよい”と呼んだ方が風情がある。 白雲の海を渡っている。
2015.09.28
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今夜は“中秋の名月”。 空全体に真綿を伸ばしたような薄~い雲が広がっているが、観賞するのに支障にはならない。 月明かりの中で眠る。 タカを施設に戻した。 次の帰省は2週間後。
2015.09.27
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今朝Mさんから「朝食べたものを吐いてしまった。病院に電話したら何度も吐くようだったら救急車で来てくださいといわれた。」と電話あり。 そういえば昨日の診察で、主治医は『嘔吐することもよくあることなので気をつけて下さい』と言っていた。 トラブルが多くなってきた。 更に話を聞いていると、用件の中心は『救急車で行っても、帰りはタクシーを使うしかないので、タクシー代が工面できない』ということなのだ。 そこでタカを施設に迎えにいく途中Mさんのところへ回って用立ててきた。 彼は年金がでると必ず返してくるので安心なのだが・・・
2015.09.26
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きのうのこと <町の“健診”> 午前中に妻と町の“健診”を受けに行った。 ずいぶん混みあっていた。 毎年のことだけど、曖昧な問診で引っかかる。 毎年指摘しているが、改善されない また、腹囲測定は意味がないので拒否している。 これに対しては2、3人の担当者が走り回ってうやむやに決着する。 今回は隣の老人も(小生も老人だが)興味を持って話しかけてきた。 担当職員も指摘に同調するのだが、国に連絡しているのか分からない。 ときには回答しても言いのに・・・と思う。 <Mさんのこと> 今朝早く電話あり。 『足がパンパンにむくんだ。11時に予約が取れたので診てもらいます』とのこと。 健診が終わってから、病院で面会する。 12時を少し回っていたがまだ診察は終わっていなかった。 30分待ってようやく診察。 「足のむくみは肺がんからきていると思われるし、背中の痛みも肺がんが転移したものと思います」 そして「当面、痛みを和らげるために麻薬の量を増やし、この副作用から来る便秘を解消する薬も増やします」 ということになった。 Mさんの足はふくらはぎがなく、私の二の腕くらいの太さの棒のように見えた。 緩和ケア病棟に入れないか訊いたが、 「まだ自宅で生活ができているし一人で病院にも来れる。まだその状態ではない」と言う。 患者思いの主治医だが、これではMさんの不安は広がるだけのように思う。 遅い昼食をとりながら、一度仙台のホスピスを受診も考えてみたらどうかと話した。
2015.09.25
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<きのうのこと・お墓参り> 朝のニュースを見ていた妻が『彼岸の中日』を聞いて「お墓まいりにいく」と言い出した。 特に予定はしていなかったが、言われればもっともではあるので昼から出かけた。 お寺には昨年行った。 細い道路をくねくね上った山の中という記憶。 国道6号線から右折して細い舗装路へ。 少し先には砂利が置かれて通れない。 その少し下にも細い道。それを入ると雑草の迷路。 10m先にT字路が見えるが、手前に道路を横切る草の帯。 迷ったが突っ切ることに。 ガッタン! 隣に座っているタカが「ウ~ン」と唸る(怒ったとき) 降りてみると30セントくらいの段差あり。 大震災のときの陥没だ。 バックしても上がれない。仕方がない、前進を試みる。 ガッタン!今度は尻がぶつかった音。 なんとか脱出目立つ傷はなかった。 更に下って広めの道を左折。やっと<徳本寺駐車場>の表示。 妻の実家の墓は、あの津波で流されたので集落ごとここに移転したのだ。 駐車場から墓地へは階段。妻は車から降りないというのでタカと下りる。 昨年、実家の墓を見つけられず、住職夫人から教えられたが分からなかった。 新しい墓石が増えていたが、跡継ぎはまだ仮設暮らしで墓石をたてる余裕がないのかも知れないと思った。 妻には何も言わなかった。 墓参に来ている人は去年よりずっと少なく感じた。 <被災地の秋> 帰りに浜の畑に回ったところ、目の前を〇〇台のダンプの列 中央の高架橋は新常磐線。 被災後2年目(2013年)の様子と比べて・・・ 被災した田んぼの復旧は全てではないが黄金色に。 建物は排水機場。 白いのは堤防。ほぼ完成しているが、海が見えないのは寂しい。 震災の年(2011年)の秋、被災者は農地の草刈りや瓦礫拾いで日銭を稼いでいた。 ここが今、実りの秋を迎えている。
2015.09.23
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穏やかな秋日和が続いている。 この前の水害で流木につぶされそうになったヒガンバナ 水があるうちに丸太を押しやった。 曲がりながらも すぐにあせたが秋空に向かっていた。 水に浸からなかった畑の隅では、いつものヒガンバナがはぜた。 シロバナと キバナのヒガンバナも咲いた。 ヒガンバナはいつも、なんともいえぬ郷愁を誘うものだ。
2015.09.21
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アベ自公政権は、ついに多くの国民の願いを踏みにじった ゆるされない! テレビに映る安倍首相の顔はだんだん無表情になっていったように思われたが・・・ 私の町宮城県柴田町には陸上自衛隊船岡駐屯地がある。 そこで「自衛隊を 戦争に行かせない!」を若い人たちが企画し、昨日19日に行われた。 JR船岡駅脇の公園に約70名が集まり集会。私は妻と2人で参加。 集まった多くは昔若い人たちだったが、若者が動き出したことに喜んでいた。 デモ行進は駐車場が思うようにないのでコースの途中のコンビニに止めデモ隊と合流。 妻を車イスに乗せ、赤文字の抗議文を持たせて行進に参加。 自衛隊の正門前でシュプレヒコールと思っていたが、先導のパトカーは手前で左折し県道を船岡駅へと戻るので、途中で隊を離れた。 安保法案強行可決でムカムカしていたのでいいタイミングだった。 更に昼から妻を連れて「ぼちぼち村」へ上った。 今年はクリが豊作。200メートルの通路で10キロくらい拾った。 母屋の裏にも大粒のクリがいっぱい落ちていたが、処分に困るのでこの次に。 今のところクマさんは出てきていないようだ。 食べかすからすると“ハクビシン”か? マイタケの圃場を見に行ったら古いほうに流れかけの白っぽいマイタケが草の中から顔を出していた。 この姿からすると、うまくなさそうだ。 帰りにキノコ屋のうめんつあんに見てもらったら、ここでは捨てるようなものが多かったと言う。 天候のせいだそうだ。
2015.09.20
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先日14日に全生連(全国生活と健康を守る会)から 「何としても戦争法案を廃案へ、14日~18日までの行動提起」 のファクスが届いた。 13:00~17:00までの“国会正門前の座り込み行動”の呼びかけだ。 自公政権に任せるわけにはいかない。 飛んでいって参加したいのだが、ままならぬ せめて気持ちだけはとテレビを見ながらシュプレヒコール・・・
2015.09.16
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今朝、里山の頭は霧の中。 2歩3歩外へ出ると、庭の木の梢から サア~ッとムクドリの群れ。 やがて霧がはれ、前の田んぼで稲刈りが始まる。 泥水をかぶった田からは土煙が上がっていた。 どんな影響が出るのかな~
2015.09.15
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昨日、まだ道路が冠水しているうちに排水作業は打ち切られた。 たぶん、ここはサイフォン式排水になっているので自然にまかせることになったと思われるが・・・? しばらくはクリークのような状態が続いた。 泥水をかぶった稲穂は黒ずんでいる。 アメンボや ザリガニは 水といっしょに下った。 それらをエサにするサギたちも場所を変えた。 近くの通学路の脇と幼稚園の裏山が小規模ながら2件のがけ崩れが発生していた。 たんぽぽ幼稚園の裏山。 ここは繋がった崖岩の基礎の上に表土が乗っかっているだけので大雨で浮き上がったのだろう。
2015.09.14
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今朝、やっと通行ができるようになった 県道に出る直線農道。(我が家のメーン道路) 小学校への通学路。 地区のメーン道路につながる道。 朝から何人もの人が訪れてくれた。
2015.09.13
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昨夜は真っ青に晴れ、星がい~っぱいだった。 その星が、湖面に輝いた。 我が家は“湖畔の宿”になった。 目覚めは、まぶしい光の中。 外は台風一過、お日様に目を向けられない。 足下の水は 一晩たってもわずかしか引いていない。 自宅前の田んぼ 1 田んぼ 2 五間堀の向こうは、もう引いている。 (昨日の夕方には、頭が出始めていた) 昨日の午後仕掛けた排水ポンプが唸りっ放し。 我が家の方は今日の午前10時ころ、やっと稲穂のてっぺんが顔を出し始めた。 (※妻のデイサービスの施設長が心配して、途中から歩いて様子を見にきてくれたが深いところがあるの で引き返してもらった。) 夕方になって ↓ ようやく息をつけるようになってきた。 裏の様子も見に行けるようになってきた。 お隣の田んぼはまだまだ水の中。 こっちからの脱出も、まだ不可能。 脱出路?は3ヶ所あるのだが全て×なのだ。 今日はタカが施設から帰ってくる日だが、陸の孤島を脱出できないので今週はキャンセルすることに。 ちょっと残念。 今日も新聞届かず。 あしたは何とか通れるようにはなりそうだ。 通勤も通学も、通院や買い物も心配が消える
2015.09.12
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おとといから吹き荒れていた風はきのう午後3時ころに静まってきたが、雨は断続的に豪雨となり夕方にはあちこちの道路で冠水し始めた。 雨音は暗くなってゴーーーーーと連続し、強くなった。 その音を子守唄にして眠りについたのは0時半。 つけっ放しのラジオから「3時20分、宮城県に大雨特別警報が発表された」と聞きながら眠っていた。 目が覚めたのは6時過ぎ。静かになっていた。 予想したとおり、周りは湖になっていた。 車の後部車輪の半分が水に浸かっていた。 慌ててエンジンキーをひねったら元気よくかかったのでいっぱいまで前進。底から水が流れ出た。一安心。 アメンボやカエルやオケラが泳いでいる。 お隣は夜中に玄関前の高台に移動していた。 さすが! 周りを見渡すと コガネの稲穂がほとんど水の中晴れたら稲刈りに入るとこだったのに・・・ 県道も一部冠水。 しばしためらって、つっこんでいく 震災地にかさ上げ用の土砂を運ぶダンプ(この色は旭川ナンバー)も JRのトラックも水しぶきを上げて走り抜ける。 サギたちが、顔を出した堀の土手で餌がくるのを待っている。 10数年前の「8・5水害」の時にはなかなか水が引かず、自衛隊のボートを出したり、海からカモメが飛んできたりしたこともあった。(この辺は、縄文から弥生にかけては遠浅の入り江が続くところだった) 今回は3年ぶり。 そのときは、アメンボが気持ち悪くなるほどいたけれど、今年は数えるほど。極端に減ってしまった?心配なり。 郷里の同級生から心配の電話あり。 こうしているうちに国会では「改正労働者派遣法」の強行採決が煉られているかと思うと、穏やかではない。 う~~ん やっぱり やられた! 今日は新聞届かず。
2015.09.10
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今日は台風18号の影響で、朝から雨と強い風が続いている。 風は夜に入って強さを増し、ゴーゴーと唸りを上げ我が家を揺すりだした。 <肺疾患のMさんからの連絡> 『気持ちよかったぁ~・・・ デイサービスに行って、久しぶりに風呂(湯船につかった)に入ったの。 ほん~とに きもち よかったぁ~ 今さっき帰ってきたの ご飯も食べたし よかったよ~・・・』 うれしくって うれしくって仕方がない幼児みたいで、言葉をはさむこともできないのだ。 デイサービスは初めてだったのだ。 これまでお誘いは何度かあったようだけれど、息切れがひどくて行けなかったそうだ。 今度は自宅で酸素吸入ができるようになって、身体的にも精神的にも余裕ができてきたようだ。 こんなに喜ばれると、回りにも嬉しさが広がっていく。 <県生連からは訃報が> 『Msさんが亡くなりました。 昨日、家族だけの葬儀が終わりました。 彼は沖縄出身だったので、きょうだいの人たちが沖縄に埋葬したいと連れて行きました。 だからおまいりする所は仙台にはありません。心の中で冥福を祈るだけです・・・』と。 Msさんのご家族は、沖縄戦で何人も犠牲になられたと聞く。 あの世から沖縄の基地を追い出し、平和を取り戻す活動を見守ってもらいたい。 彼は、仙南の施設を訪問するなどの活動もしていた優しい、思いやりのある人だった。 沖縄の海と空、ご冥福をお祈りします。
2015.09.09
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6日、仙台弁護士会主催の 「みんなで止めよう 安保法案 みやぎ3000人 大集会」 昼食後、タカと参加した。 妻は昼寝をしたいというし、雨はぽつりぽつりと降りだしていたので留守番ということにする。 いつものように長町のモールに車を置き、地下鉄で仙台駅へ。 そこから歩いて会場の西公園へ向かったが、雨はだんだん本降りになった。 途中アーケード街を通ったが、あとはタカとの相合傘。 タカは濡れるのが楽しいのかニコニコとついてくる。 会場に着くころにはデモ隊は出発を始めていた。 せかされたせいか表情が硬いタカ。 でも「生健会」の幟旗を見つけて中に入ると慣れたもの。 おばちゃんたちに声をかけられてニコニコ。 仙台一の繁華街を抜けて仙台駅前で流れ解散。 (この前はここで迷子になったけれど、今度はだいじょうぶ。) 少々濡れたが、この集会はすっぽかすわけにはいかなかった。タカもがんばった タカは夕食を食べて施設に戻ることにしていたのでモールの食堂ですます。 施設に着いたのは7時半を過ぎたが、担当者はタカに「シャワーを浴びよう」と誘ってくれた。ありがたい。 車のラジオで、NHKのローカルニュースが(珍しく)「安保法案反対の集会に3500人参加」と報道。 妻には帰ってから夕食を作るのはいやなので、途中のジャスコで彼女の好きな「おいなりさん」を買う。 7日の河北新報では1面と24面で、しんぶん赤旗でも大きく扱ってくれた。 地元紙の応援を感じる。
2015.09.07
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先ほど、釣堀「グリンパーク不忘」のオーナーTさん栽培のスイカを食べた。 きれいなピンクで、市販のより甘くはないが、さっぱりしていて妻もタカも喜んで食べた。 半分は来週。 未明の雨がやんだので、昼から戦争法案反対「仙台3000人集会」に行ってくる。 我が家は3人参加の予定。
2015.09.06
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おととい、ひと月ぶりくらいに蔵王連峰が見えた。 また「ぼちぼち村の近く、標高600mで栽培されたスイカを釣堀のTさんからいただいた。 あす、タカが帰ってから「いただきます」だ。 3日、我が家の周りで稲刈りが始まった。 ここの田は昔ながらの手刈りで、はせ掛けだ。 4日には、コンバインで刈り始まった。
2015.09.04
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雨続きで脳みそにカビが生えそうだったが、昨日は半月ぶりの青空が広がった。 室温は21℃だったが、外へ出ると西からの熱風に包まれた。 この晴天にじっとして居れなくなって、昼から「ぼちぼち村」に上った。 クリのイガがたくさん落ちていたが、見上げると、まだまだたくさんのクリが生っている。 草刈り機を持っていったが時間がなく、釣堀をやっている友人のところへ顔を出す。 そこから見る「不忘山」(1705m)の山頂は“風雲”の中。 中腹でもすごい風が吹き出した。 こんなときの尾根は立って歩けない。四つん這いで移動するしかないのだ。 あしたは友人との話を紹介します。
2015.09.03
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8・30(日)雨の中の草刈りのできばえを紹介します。 低地排水路の下流方向。 堀の中の植物は「ショウブ」と「マコモ」がほとんど。 連日の雨で水が深く切り株が目立つ。 上流方向を見ると、草ぼうぼうの休耕田が気になる。 ここは昨年まで作付けをして美田だったところ。 手を入れないと1年もたたないでこの有様となる 朝食後取り掛かるのは、少し大きな用水路。 ここは腰まで浸かる深さで悪戦苦闘! ここへ来て約30年。何度か陸の孤島には遭遇しているが、刈り残しをしたのは初めてだ。 左にハス田が見えるが、私の仲間から苗を分けてもらったものが増えて育ったもの。 遅咲きのハスの花も見える
2015.09.01
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