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昨日は仙台市の“茂庭荘”で「熊本県人会の芋煮会」があった。 参加は妻の様子を見て、昨朝決定。 会場は広瀬川を見下ろす広場に大きな屋根をかけ、ドラム缶で作ったかまどとバーベキューコンロに手作りのテーブルとベンチがセットになっており、10組ほどが所狭しと並んでいる。 川原では子どもたちが水切りをして芋煮ができるのを待っている。 カマドの上の鍋の中には宮城流芋煮の材料が入り、コンロの上にはバーべキューの材料が並んで準備万端。 我が県人会もメンバーがそろい、着火。 妻は邪魔にならないように車イスに座らせ、テーブルの端に陣取る。 同級生のKさんが作ってくれた熊本の「いきなりだご(団子)」2種類とミソパンも彩をそえ、腹いっぱいに。 つい、近くのテーブルを覗くと ホタテあり、 イセエビあり・・・さまざまだ。 みんな秋の一日を楽しんでいた。 集合写真撮影のあと、温泉につかって帰った。 みなさんの配慮に感謝!
2015.10.31
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妻のデイサービスの車を待ちながら上を見るとアケビの実がぶら下がっていた。 剪定ばさみを伸ばせば届く高さ。 少し時期が過ぎ加減だが、まだ食べられる。 そこでデイサービスにプレゼント。 午後、Mさんが世話になった包括支援センターにお礼に回る。 駐車場にはサクラの紅葉。 蔵王颪が冷たくなった。 岳の上は雪らしい・・・
2015.10.30
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今日が十五夜さんだった。 東の空を眺めながら帰った。 Mさん、28日午前に白石市のT病院に移っていった。 義理の兄親子が東京より駆けつけてくれた。 一度顔を合わせておきたかったが、午前に生健会の役員会を予定していたため会えなかった。 会議を中座してでも会っておくべきだったと悔やんでいる。 会議後急いで帰り、妻に昼飯を食べさせてMさんの病院に出かけた。 Mさんはベッドに横になり、ペットボトルの水を飲んでいた。 「兄に会えてよかった」と喜んでいた。 疲れているようなので短時間で切り上げ、“ぼちぼち村”に上った。 南蔵王の標高600mはカエデ類の紅葉が盛りとなるところ。 白石スキー場のAコースブナやダケカンバはすっかり葉を落としていた。
2015.10.28
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今朝は、会う人ごとに『良かったね!』(県議選─共産党議席倍増で)が挨拶となった。 おとといから続いた強風も止み、蔵王連峰すっきり。 もやの中に見えるのは、初冠雪! 気象台も、やや遅れて発表。 朝、Mさんの病院から『元気になってきたので28日に白石市の病院に転院することになりました』という連絡。 午前、“県南社保協”の役員会。 午後、Mさんを見舞い、ワーカーに会って詳細を聞く。 夕方、西の空に光る夕焼け。 2機の飛行雲も光っている。 東の空には十四夜の丸い月が昇ってきた。 穏やかな一日だった。
2015.10.26
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宮城県議選は25日に行われた。 NHK午前0時のニュースでは『共産党が倍増の8議席と大きく伸ばしました』を繰り返していた。 投票率が40.03%と過去最低だったのが悔やまれるが、 自民党は過半数の30議席を割り、共産党が倍増した。 明らかに風の向きが変わりだしたのだ。 「県政」についても「女川原発再稼動」や「原発廃棄物処理場」の問題も“ノー”の声が大きいことが証明された。 私の選挙区は競争選挙に持っていけなかった。 残念だった。
2015.10.25
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先日「蔵の陶器市」をやった隣の「村田町」で「戦争法反対」の集会と 町史初の“デモ”が行われた! 参加者は56名だった。 11月は角田市、12月は白石市で予定されている。 仙南2市7町で、月に1回ずつ“デモ”が行われるようになるといいと思う。
2015.10.24
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秋晴れの中を隣の小学校の遠足の一行(1年生か?)が、我が家の前の五間堀の土手を通っていった。 小休止をとっているところ。 目的地は柴田小学校 きょうの黄昏は、明日も秋晴れを約束する夕焼け。 <Mさんのこと> 妻はデイサービスお休み。 午後、妻同伴でMさんを見舞った。 きょうは起きていた。 あいさつをして入ると、ニコニコと話しかけてきた。 「あさ、ご飯を少し食べたよ」言葉もはっきりしている。 「それで元気なんだね! よかった よかった」とほめると 「甘いジュースを買って来てほしい」と言うので自販機から2本買って置いてきた。
2015.10.22
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白露の季節 白い玉が「終わりの草」に点く。 ヌカキビの穂に点いた白露。 スギナに点いた白露。 <午後3時5分ころ地震あり> Mさんを見舞って、病院のロビーで一息ついていると揺れだした。 あの時(3・11大震災の大地震のとき)の揺れ方に似ていた。 がたがた音がした割にはさほど大きくなかった Mさんはきょうも眠っていた。
2015.10.21
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夕方、Mさんを見舞った。 先ず相談室に寄る。 担当ワーカーには合えなかったが、「様態は先週と変わらず、転院できる状態ではない」とのこと。 結局、引き延ばし 引き延ばしで動けない状態になってしまったのだと思いながら病室へ。 眠っていた。激やせが目につく。 酸素吸入だけで点滴などナシ? 食欲がなくて食べられないと言っていたが・・・ 名前を呼んだら直ぐ反応。浅い眠りのようだった。 彼は、両腕や人差し指2本でバッテンをつくりダメ表示を交えて話すのが常で、弱々しくなった声で息が詰まること、タンが詰まること、腰が痛いこと、新たに右肩も痛み出したことを訴えた。 ひとしきり話したら、紙パンツとジュースと水を買って来てほしいと言うので近くのホームセンターで買ってきた。(病院のコンビ二は種類が少ないし高いので) 彼はまた眠っていた。(浅い眠りを繰り返しているみたい) 「買ってきたよ」と声をかけるとすぐ目を開け、水類は冷蔵庫に入れてくれと言う。 10本入れるといっぱいに。 カードを入れて冷やしてくれと頼む。カードはテレビの下。 次に残度の多いカードを、バッグを取って、お金を渡すから買って来て・・・となると大変だ 我が女性事務局が「私たちは召使じゃない」と敬遠したくなる気持ちが分かる。看護師に頼んでも忙しくて手が回らないと言われるし・・・ やっと妻がデイサービスから帰ってくる時間に間に合った。
2015.10.20
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きのうは近隣の町で様々な催しが行われた。 妻は町内(柴田町)で行われている仙南医療生協主催の「健康まつり」に行きたいと言うので午前中に出かけた。 いつもながらかなりの人出。 車を隣のスーパーの駐車場に停め、妻は車イスに乗せ、タカに押させて会場へ。 久しぶりに95歳になる九二一つあんとこんにちは まだまだ元気だ! 顔見知りの人たちが次々に声をかけてくれる。 妻が通うデイサービスも出店。ウメジュースと梅干しを購入。 日差しが強かったのでお昼前に帰り、我が家で昼食。 タカにリンゴ、ナシ、甘柿、イチジクの甘露煮、ミカンを食べさせて施設に戻したかったから。 午後は隣の村田町へ。 ここでは「第15回 蔵の町村田 陶芸まつり」(16~18日)が行われた。 タカはポルトガル人陶芸家のジョゼさんに会いたいのだ。(81の窯元が出店) 会場の通りに入ると聞き覚えのある競り売りの声。 なんとジョゼさんが沖縄のシーサーを調子よく競っている最中だった。 ジョゼ窯を探していくと あった、 接客中の奥さんを見つけて妻が声をかけた。 奥さんはタカに声をかけた。 忙しそうなので互いの健康を確かめ合って失礼した。 私の調子が芳しくなくなってきたので、早々にタカを施設に送った。 カゼの調子はだいぶ回復してきた。 これからMさんの様子を聞きに医療相談室に行く。
2015.10.19
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1週間くらい前からのどの調子ががおかしくなった。 おとといからのどが痛み出しセキとタンもでるようになった。 でも我慢できる状態だったが、きょうの夕方になるとうまくない 急遽晩飯前にカゼ薬を買って来て食後に飲んだ。 カゼが流行っているとはTVなどで知ってはいたが、自分がひくとは情けない。 Mさんの様子も観に行けない。
2015.10.18
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10月8日に退院させられた?Mさん、連絡が取れなくなった。 もしかして連絡が取れない状態かもしれないと、15日(火)に病院に行った。 受付で確かめると「入院しました。ナースセンターで訊いて下さい」とのこと。 確かめると、前回と同じ病室だ。 彼は口を開けて気持ちよさそうに眠っていた。 起こしちゃ悪いと思って医療相談室を訪ねた。 ちょうど担当のワーカーも連絡をとりたいと思っていたところだったそうで、今回の顛末を知ることができた。 8日はヘルパーさんが来る日なのでこの日にあわせて退院してもらったけれど、9日の午前6時にはタンが切れず呼吸困難になって救急車で病院に戻ってきたのだそうだ。 苦しかったんだろうなぁ~。 自宅で酸素吸入しても間に合わなくなっているんだろう。 ワーカーと1時間くらい話してわかってきたことは ・歩くことができなくなった、それで電話も掛けられない状態 ・もう家に戻れないだろう ・やっと転院先を具体化する時期にきた こんな言い方は本意ではないけれど、そこまで引き延ばされて?(悪化するまで) ─国の医療体制、病院の経営体質などの問題がるにせよ・・・ ・義理の従兄弟さんと連絡がとれて、今後のことが相談できるようになった ─こと 病室に戻るとまだ眠っていた。 ワーカーは夜 眠れなくるから起こしていいですよと言うので大きい声で起こした。 ずいぶん痩せた。 会話はできる。 「食欲がなくて食べられなくなったし、便秘がひどい。 歩けないからよけいひどい。 背中はまだ痛い。痛み止めの薬(麻薬─モルヒネ?)を飲んでも効かないようだ。このせいもある。 歩かないと、おれはだめになる。」と生への希望は強い ひとしきりしゃべってから 「棚のバッグの中に返すものが入っているから取ってけさい。」 と言われて渡すと、 「今回借りていたもの。ありがとうございました」とお金を取り出した。 そういえばこの日は年金支給日。 大変な状況の中でよく気が回ったものだ。 どうやって引き出したの?と訊くと 「病院のATMまで連れて行ってもらった」とのこと。 そのあと、緊急な場合の義理の従兄弟との連絡のとり方を教えてもらった。 がんばれ Mさん!!!
2015.10.16
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庭のミズキの幹にはい上ったミツバアケビが大きな実をつけた。 その下にも小さな実が数個 美味そうだけど・・・届かない。 この前の暴風雨でも落ちなかった。 鳥はまだ気がついていないようだ。
2015.10.15
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今夜は冷える。 風はなく、星空が美しい。 初霜が降りそうな感じ。 夜になって、寒さに弱い植物を室内に入れた。 家の周りでは、去年大不作だった柿の実が色づいてきた。 我が家のトヤマガキ。大粒の渋柿で、干し柿用として人気があるが若い人たちはあまり食べない。 まだ渋いのにヒヨドリがつつきだした。 今年は大豊作になりそうだ。 お隣の柿も大豊作だ。 小粒の渋柿で、ほとんど食べられていない。
2015.10.14
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あたらしい(中古車)軽トラに 「アベ政治を 許さない」の表示を貼り付けた。 雨にもはがれない方法を考えたのだ。 日本国民よ、このまま安倍政権の暴挙を忘れてはいけないのだ このまま、続けさせてはならぬのだ
2015.10.13
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朝からず~~っとおだやかな秋晴れ。 東の太平洋岸を除いて ぐる~っと ほとんど雲なし 我が家のカラタチ 鈴なりだ! おとといの夕焼け 次の日、きのうは午後から雨。
2015.10.12
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きのうの夜中、帰省したタカを風呂に入れ、やっと上がると居間に明かりがつきテレビまでついている。 アレッ!タカかな? とのぞくと、妻なり。 「どうしたの?」と訊くと『ウンコもらしたの』 エッと訊きなおす『うんこ もらしたの』 パンツもズボンも汚れていると言う。 「もう あしただよ。着替えを持ってくるから・・・」 取ってくると『脱げない』と言う。 「ぬがないと着替えができないよ」と言うとぬぎ始めた。 柔らかい、水っぽいウンコが床の上にぼたぼたボタ 「ア~!」と叫んでもどうしようもない 脱げないわけはこれだったんだ タオル数枚とバスタオルを持ってきて尻を拭く。 これが簡単にはいかない 時計は午前2時。 床に落ちたウンコは踏んづけないようにタオルをかけて持ち越し。 ハァ~疲れた。 妻は2階で寝かせることにした。 床の片付けは、なんとか午前中に終わらせた。 同じようなウンコ騒動は先月もあった。 排便のコントロールは大変難しい。
2015.10.11
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「チチッ チチッ・・・」 鳥の声で目が覚めた。 あれっ? 外で鳴いているんじゃないぞ。 起きて見ると案の定部屋の中だ。 驚かさないように様子を見ていると、外に出たがっている。 スズメだ。 窓と戸を開けて部屋を出る。 しばらくして戻るといなくなっていた。 きのうはどこも開けていないから、いつ どこから入ったか分からないが 驚くとパニックになって暴れだし、壁や窓にぶつかり 死んでしまうこともある。 弱っていなかったから群れに戻っていくだろう。 きょうは穏やかな秋晴れになりそうだ。 周りの田んぼでは、朝から“わらくず”を燃やしている。 一時は禁止されていたが、大雨が降ると下流の田んぼではゴミとなって積もり田うないの邪魔になるため緩和されたようだ。
2015.10.10
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Mさんから、6日の朝電話あり。 「今週中に(また)退院することになったので、荷物を自宅に運んでほしい」というのだ。 なんだか様子がおかしい感じなのだ。 私は今週は時間を取れないので『ヘルパーさんに手伝ってもらえないか支援センターか相談室に相談して』と断った。 相談室のワーカーに確かめると、本人が退院を急いでいて、7日にヘルパーが入ることになっているからと引き止め、一度に運べない道具は次の診察時に持ち帰るように話をして納得してもらったと言う。 きのう(7日)確認すると、午前中に退院したとのことだった。 これでは今後も入退院を繰り返し、動けなくなる日を待っている医療のような感じを受ける。 きょう(8日)は何も連絡はなかった。
2015.10.07
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おとといの日曜日、 テレビで隣の角田市の『ずんだまつり』の案内をしていた。 それを見た妻が「ずんだもちを食べたい」と言う。 3時半までやっているというので昼食を済ませて出かけた。 会場は丸森線の角田駅前の広場。 つきたて餅に黄緑色のずんだ(枝豆に砂糖を加えてすりつぶした物)をたっぷりつけた“ずんだ餅”を予想していたのだが、遅かった <売り切れ ごめん>。 隣の“玉こん”も売り切れてザンネン
2015.10.06
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きのう きょうと冷える。 お隣から「甘柿」をいただいた。 パリッとしたゴマ入り甘柿には目がないのだ。 さっそく「いただきます!」 ???まだ時期尚早か・・・ 多少渋があり、甘味がうすい。ゴマが入らない種類のようだ。 と言いながら、3個たて続けに食べてしまったのだった。 今年の柿は大豊作のようだ。 きょうの夕焼けはきれいだった! 無事終わりました
2015.10.05
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昨日(3日)午後「宮城県南社会保障推進協議会」(通称 県南社保協)の設立総会を開く。県内でも遅い設立である。 私の所属する「仙南生活と健康を守る会」も参加することになった。 自治体と交渉するときなど、複数の団体といっしょに交渉できるメリットが生まれる。
2015.10.04
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1日からの暴風雨。雨は2日の明け方に止み青空が広がるも西風がゴーゴーと吹き荒れた。 2日の朝、蔵王連峰は雲の中。こういうときの尾根筋は立って歩けない。 平地でも吹き飛ばされそうだった。 交通機関は各地でストップ。休校したり始業時間を遅らせる学校も続出した。 妻のデイサービスのお迎えも遅れた。 2日の昼、連峰が姿を見せる。風は少し弱まる。 2日の午後3時ころにはそよ風に。 今回の低気圧の情報は数日前から繰り返し出されていたので、蔵王連峰の様子を観察していた。 1日の朝。雲が西から東に流れ出している。 1日の午後になると雲が暴れだし、夕方には雨が降りだし、暗くなると風が出て嵐となった。 9月30日の夕方。 30日の昼。 30日の朝。低気圧の影響が出始めた。
2015.10.02
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先月の中旬、後継の「軽トラ3号」が車検を終わってやってきた。 「2号」と同じ“スズキのキャリー” 製造後10年たっているが走行距離は3万1千キロ。 オートマだが、パワステではないのでハンドルの切れが重いのが難点。 震災後間もなく亡くなった仲間のTさんが使っていたもので、彼の遺志も同時に引き継ぐ。 長年私の足としてがんばってくれた愛車「軽トラ2号」は走行距離が21万キロを越えた。 これが私のところへ来たときは5万5千キロを超えていた。 大震災後は会員が栽培してくれた野菜“だいこん・はくさい・ねぎ”を被災地の仮設や生活保護の人たちににずいぶん運んだ。 「2号」は来年の4月まで車検が残っているので、一時体調不良で車を処分した仲間のKさんに貸すことになった。 もちろん、任意保険は入ってもらうことにして。 この「2号」を手放すことを決めた1月前から排気音がうるさくなり、馬力も弱くなった。 整備工場で見てもらったら、水タンク?が壊れているというので部品を交換する。 滑らかなエンジン音になり、走りもよくなった。 これならまだまだ5万キロは走れそうだ どなたかブログで愛車を手放すと決めたら故障した?と書いておられたが、ほんとにそうみたいと思い別れた。 Kさんは整備士の資格もあるので大事に乗ってくれるだろう。 私は車は何かない限り洗わないので荷台以外は緑のコケに覆われたエコカーになっているのだが、工場の若社長『おらの気持ちだ』ときれいに洗って渡してくれた 気持ちときもち 感謝!
2015.10.01
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