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2006.07.02
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テーマ: たわごと(27647)
カテゴリ: うちそと系
満月の夜、森の奥深く、キツネは夜空を見上げる。満月はうすくもやがかかるようにして、それでも天空にある。こんな夜にはクラバヤシが降りてくる。キツネはとくにすることもない。自分はやっぱりクラバヤシを待っているのだろう。

キツネは人間全般がさほど好きではない。それでもクラバヤシが降りてくることは、いつの間にか抵抗がなくなった。クラバヤシは物静かな青年だし、少しのことであわてふためくこともない。なにより自分の話をしない。揺れ動く感情をそのままキツネにぶつけたり、どうでもいいような(最初から答えが出ているような)相談を持ちかけることもない。それはクラバヤシがもう生きているのではないからだろうか。キツネにはよくわからない。キツネは生きていたころのクラバヤシを知らないのだから。

その夜もクラバヤシは静かに降りてきて、キツネの身体におさまった。そうしてクラバヤシはおずおずとその感覚をひらく。キツネの身体をとおして、森のにおいを嗅ぎ、森の音に耳を澄ます。そして暗闇に目をならす。そんなときのクラバヤシは、物静かではあっても微かに震えるようになる。それは新しく生まれたものが世界に触れる驚きのようにも感じて、キツネは少しだけ嬉しくなった。

やがてキツネは歩き出す。その日は間もなくして、人間に出会うことになる。耳慣れない物音が聞こえ、森のにおいではない、人間の放つにおいが鼻につく。キツネは少しだけ迷って、それでも確かめるようにして、人の気配のするほうへと近づいた。

しばらく歩いていくと、キツネは一本のクヌギの老木によじ登るようにしてうごめいている人間を認めた。まだ若い男だ。クヌギは根っこの部分に祠のような空洞をもっていて、その部分の幹が大きく膨らんでいる。青年はそこに足をかけ、手を高く伸ばして枝にロープをかけていた。ロープの先は輪のように丸い形をしていたので、これからなにが始まるのかは、キツネの目にも明らかだった。
青年は荒い息をしていて、冷え込む夜でもあったのに、たくさんの汗をかいていた。
キツネは不快だった。キツネは人間のにおいのことをある程度知っていたが、それでもこの青年が発しているにおいはこれまで嗅いだこともない種類のものだった。キツネは自分のお気に入りの森が汚されるようにも感じていたが、青年に関わる理由もなかった。そこで引き返そうとしたのだが、そのとき、クラバヤシの声を聞いたように感じた。

これは恐怖のにおいなんだ。

クラバヤシはそのように言って、キツネの身体ごと、青年のほうを振り返った。その動きで、青年はキツネがすぐ近くにいるのを認めた。青年の動きはとまり、キツネと目を合わせた。キツネは不本意だったが、青年の次の行動を待とうと決めた。それは逃げるように思われるのが嫌だったのかもしれないし、クラバヤシの意志のようなものだったのかもしれない。とにかくキツネはその場を動かなかった。


やがて青年は、地べたに座り込み、しばらくするとすすり泣き始めた。
その頃になるとキツネには、少しずつ、いつもの森の音やにおいがもどってくるように感じた。
もうこの場を離れようというように、キツネはクラバヤシの気配を感じようとしたが、クラバヤシは動かなかった。最初に青年を見かけたとき、キツネはクラバヤシの感覚がさざ波のように揺れたのを感じた。だが今はそれもない。

クラバヤシ、おまえはどうしたいんだ。

キツネは問いかけてみた。ふだんはしないことだ。する必要もなかった。これまでキツネもクラバヤシも、たがいに何かを確認しあうことがなかった。そのことにキツネはこのときはじめて気がついた。

いまでは青年は、ほとんど泣きやんでいた。クヌギの根元に横たわるようにして、枝枝の間にわずかに見ることのできる月をぼんゆりとながめているようにみえた。キツネはしばらく辛抱強く待った。そうして青年の呼吸が眠りに落ちるようにゆったりとしたのを感じると、突然ひと声吠えた。青年はびくりとして身を起こし、キツネを見つめた。それは信じられないという表情のようであり、先ほどとは別種の恐怖が浮かんでいるようにもみえた。キツネはもうひとつ吠えた。それは威嚇だった。青年は機敏に立ち上がり、それでもキツネから目を離さなかった。わずかな時間、睨み合いが続いた。やがて青年の身体から緊張が去り、ゆっくりと首を左右に振った。それから確かな足取りとは言い難いが、とにかく青年は歩き出した。

キツネは青年との距離を詰めず、しばらくその後を追った。青年はしかし道を知らなかった。キツネは、ため息をつき、時折青年の前に出て、振り向いた。当てずっぽうに歩く青年が沢に落ちるのも面倒なことだとキツネは思った。この頃になると、青年はキツネの意図のようなものを感じるようになっていた。それは信じがたいことのように思ったが、青年は深く物事を捉えるには疲れすぎていた。とにかく従うしかない、そのようにして歩き続けた。

数時間後、突然、視界がひらけたかと思うと、そこはアスファルトで舗装された道路だった。青年は疲れ果てていて、道路に座り込んだ。アスファルトは昼間の太陽光線からの熱をその内部にため込んでいるようで、青年は手のひらにじんわりとその熱を感じた。数十メートル先には街灯が点っているのが見える。戻ってきたんだ、青年はそんなふうにつぶやいた。それから突然思い出したように、森を眺めやった。目をこらしたが、そこにはもうなんの気配も感じられなかった。

キツネは森を歩いていた。そろそろ夜が明ける。クラバヤシは帰って行くだろう。認めたくはないが、キツネも少しばかり疲れていた。体力の消耗というより、慣れないことをしている、という感覚のせいだ。それにこれだけのことに、いったいどれだけの意味があったというのだろう。
キツネははじめて自分から、クラバヤシに向けて話しかけてみたいと思った。いや、今夜はもう二度目になるわけだ。

クラバヤシ、おまえもあのような青年だったのか。


クラバヤシは答えない。
身体からはクラバヤシの気配がしだいに遠のいていく。まあいいさ、問いかけたところで、なにがどうなるものでもない。だがそれにしても、人間はなんとやっかいな動物なのだろう。人間は自分で自分の問題をわざわざややこしくしているようにも思える。他者も見えず、無駄にあがいたかと思えば、あるときは成算もなく他者に手をさしのべる。


キツネはひとり笑ってみる。それからひと声吠えてみる。声は森の奥に微かに共鳴するように響き、やがて消えていく。そうしてキツネはおもむろに走り出し、しだいにスピードを上げる。






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Last updated  2006.07.03 00:44:48
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★みゆきち★@ 性感エステってもったいないよね ムラムラってきたら性感エステに通ってた…
ウラガエル @ お久しぶりです。 suiさん どうされているのでしょう。 …
紫陽花ロック @ 鎧駅は 海に向かって断崖絶壁に駅のホームがあり…
ウラガエル @ そーですか? 育児・子育て きらりさん 「そーです…

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