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読者の皆様のご愛顧により、このHPも30000を超えるアクセスと、交流の輪が広がりました。本当に、ありがとうございました。明日は、午後に新年のご挨拶をさせていただきます。みなさま、どうか素敵な年越し、そして新年をお迎えください。
2004年12月31日
この休みには、鳥取県片山善博知事の県政改革に関する本、宮城県浅野史郎知事の「豊かな福祉社会への助走」、そして、「大阪府庁の総務事務改革」を読もうと思っています。また、読みかけの網野善彦さんの本3冊、山口昌男さんの本も読み終えたいと思います。
2004年12月30日
ここのところ、住民のみなさん、NPO関係者を対象とする会議に、何度か出席しています。その中では、この指定管理者制度に対して、かなり期待をもっている声がある一方、公民館や自治会という側と、NPOや市民団体という側とのせめぎ合いを懸念する声も聴きます。公民館のグループや自治会では、これまで使っていた条件で、施設を使いたいと考えています。対して、NPOや市民団体では、せっかくの制度だから、これまでどおりの運営ではなく、施設を使いたいと考えています。公の施設の活用を図るためには、これまでの硬直化した利用方法では不十分な面が多いと思いますが、まず最初には、試行段階と考えて、よりいい制度の運用に結びつけていければいいと思っています。ちなみに、長野市には、公設民営(運営委託)の市民公益活動センターがありますが、かなり充実した運営がなされています。わたしも、以前は公民館主催の講座には出かけていくことなどありませんでしたが、このセンターの講座等には、何度か参加しています。
2004年12月29日
きょうは、仕事納めです。企画課では、一年を振り返りながら、打ち上げを予定しています。12月の冒頭に、忘年会が済んでいるので、なんだか久し振りに、酒を飲み、よもやま話ができそうです。それにしても、仕事納めの式というのは、何か違和感を感じますね。式までやる意義が、どうもないような気がします。それよりも、一日一日の区切りのほうが肝心ではないでしょうか。
2004年12月28日
日本の農村の原風景を保っているむら(集落)であっても、人口が何十万、百万以上の大都会であっても、国民としては等しく生きられなければ、民主主義の根幹を揺るがす事態に陥ります。とかく1人当たりの地方交付税が、小規模町村にいくほど手厚くなるということが、国会議員からさえ言われることがあります。地方交付税の財政調整機能すら理解されていないのかと、暗澹たる思いになります。しかも、これからは、不交付団体を増やしていくとの報道もされています。地方交付税制度のもっている役割を知らないで、検討されているのではないかと、危惧します。また、この国を全国的にどう築いていくのか、道路はどうする、河川はどうする、森林は、防災は、教育は・・・・そういった議論も、国会ではされていません。単に、国管理の河川は災害に強かったが、都道府県は弱かったとの言われようもされました。そして、地方財政の単純な縮小による国家財政の再建を目標にされています。法律でがんじがらめの現制度は、ひとつひとつ解きほぐしていかないといけませんが、1歩前進2歩後退の感を覚えます。法律に特例を認める構造改革特区も、あくまでも国の了解を得る必要があるので、徒労の感を強くしている自治体職員も多いのではないでしょうか。
2004年12月27日
県政において、今年の後半、とくに9月議会以降は、山口村の越県合併が大きなテーマになってきました。また他にも、合併の構想がいくつも立てられましたが、協議が調わないケースも出ています。しかし、国のさまざまな制度、組織、財政構造は、ある意味温存されたまま、市町村を合併させて、それでこの国のくらしは、よくなるでしょうか。地方自治がしっかり進まない限り、国の存立も危ういと、わたしは、思いますが。市町村にしろ、都道府県にしろ、地面に線が引かれているわけではないのに、国がそこに線を引くことに一生懸命で、住民のくらしには関心がないとすると、とても危うさを感じます。そして、12月議会も終わったこの年末も、山口村のみなさん、そして県民も、落ち着かないですね。市町村合併は、国策なのでしょうか。国策であるなら、この国は、何度国策を誤れば、進むべき道に進めるのでしょうか。
2004年12月26日
11月に講演会でお会いした宮城県の浅野史郎知事は、こうおっしゃっていました。「三位一体の改革と名付けられているが、3つ(税源、地方交付税、補助金)がそろってこその三位一体ではないのか。」また、「三位一体の改革というネーミングに、だまされてはいけない。本当は、地方財政自立改革というべきである。」とも。また、ニセコでの講演会以来のおつきあいである北海道の逢坂誠二ニセコ町長も、「国が政策で失敗すると、とんでもないことになる。自治体は、失敗することもあるが、うまくいくこともある。政策を選択する自由まで奪うことは、地方自治の本旨に反することだ。」とおっしゃっています。今年一年、さまざまな意見をこの日記にも書きましたが、いよいよ来年は、わたし自身も正念場です。
2004年12月25日
読者の皆様は、年末を迎えて、やり残したことはありますか?わたしは、挙げればキリがありませんので、ここには書きません。いずれにしても、あっという間の一年でした。
2004年12月24日
年賀状は、自らが属する世間を確認するために、役立っているものであるという阿部謹也氏の分析を読んだ記憶があります。これは日本社会において、かなり重要な所作のひとつとも言えます。毎年、年末が近づくと、テレビや新聞の広告にも、年賀状を書きましたか?出しましたか?という言葉を見聞しますが、決してそういった宣伝がされているから、年賀状が残っているものではないと思います。やはり、年に一度であっても、自らの属する世間を確認したいという欲求を、おおっぴらに叶えてくれるのが、この年賀状の交換と言えます。今や、電子メールも普及する中、年末の習慣に残っていることからも、それは見て取れます。わたしは、例年のとおり、これから作り始めますが、この年賀状から、新しい何かが(久し振りに、旧友の消息を知る、連絡がとれるといった、ささやかなこと)という期待を持ちつつも、何か義務感も感じているところです。
2004年12月22日
三位一体の改革の中で、義務教育費国庫負担をどうするかの議論が出ていたが、ことが教育だけに、議論はさまざまに展開した。講演会でお話を聴かせていただいた宮城県の浅野知事のように、「義務教育に国が責任を持つことと、教員の給与を負担することは、直接に関係しない。国は、学習指導要領などで、責任を持つべき。」との考えも成り立ちますし、わたしのように(浅野知事と並べて書くのも、大それていますが)、「義務教育は、すべて国庫負担として、市町村は住民の要望や、市町村の要望を国に伝えて、負担金として自治体の財政力に見合った分を納入する。当然、国の施策が不足していたりしたら、負担金を減額したりして、その改善を求められる。」との考えも成り立ちます。いずれにしても、教育と防災といった分野は、国全体の受益と負担を議論すべきだと思います。さて。今日も県議会は、続いています。この先に、どんな展開が待っているのでしょうか。やはり、9月議会では、県民全体を対象にした住民投票を提案すべきだったのではないでしょうか。※わたしの日記は、社会的影響力、全然ないからなぁ~。
2004年12月21日
読者のみなさまのおかげで、このHPも30000アクセスまで、あとわずかになりました。30000アクセスを記録された方は、ぜひ記念のメッセージをお寄せください。よろしくお願いいたします。
2004年12月20日
中野氏は、米国のNPO事情について、ご自身でまとめた新聞記事を題材にしながら、講演された。寄付による財源の確保、税制上の優遇措置、少数者への支援、貧困の克服、市民社会のリーダーの育成、NPO支援を担う中間支援組織であるNPO・・・・。わたしは、お話を聴く中で、米国のNPO事情は、日本と重なるところも少なくないと思った。もちろん、NPOを取り巻く状況の中には、日本ではみられない米国の特質もあることも確かである。そうしたお話を締めくくる言葉として、地域社会の課題解決にNPOが果たしうる役割が多いことを挙げられていた。わたしは、質疑で、次のように質問をさせていただいた。「中野さんが思い描く市民社会とは、どういう社会か?」「行政は、市民のニーズに即応できない。それは、行政の特質といってもいいかもしれない。そうした中で、その行政にくみ取られるニーズに入れなかった市民のニーズは、どこが解決するのがいいのか。」この講演会の様子は、主催者である長野県NPOせんたーから、たぶん広報されると思いますので、参加されなかったみなさんも、ぜひその報告書を楽しみにお待ちくださいませ。
2004年12月19日
長野県NPOセンター主催の中野弘之氏の講演会が、もんぜんぷら座で開催され、わたしも参加しましたNPOセンターの告知によると、現役の新聞記者が米国NPOを鋭く描写! 米国NPO事情の調査を目的として6月から2ヶ月間、「米日財団メディアフェローシップ」の奨学生として渡米。大学の研究者を始め、NPO団体の代表者に、現場でのナマの声を取材。NPO先進国といわれるアメリカ。新聞記者のするどい視点から見た、アメリカNPOの現状を語ります。との講演会です。参加の感想は、19日の日記に書きます。
2004年12月18日
政策の「種」は、どこにでもあります。目の前にあることもあれば、何気なく聴いた話の中にも潜んでいます。それを、まずは地域から考えてみるという視点が、大事です。行政の政策の先進例は、市町村から多く生まれています。それを、自分の所に引き戻してみたときに、どうなのか。また、それを解決するのに、一番いいやりかたはどうなのかをしっかり考えていく必要があります。
2004年12月17日
県税使途指定制度の検討が止まってしまったことは、頻繁に行われている県の人事異動による後退であると、わたしには思えます。県職員全員が、必ずしも均一の能力、志向、興味や関心を持っているわけではありません。確かに、一定の競争試験を経ているわけですから、採用時は一定のレベルが保たれているでしょう。しかし、勤務経験を重ねる中で、その特性が育まれていきます。そういう独立独歩的な職員集団が形づくられて行く中で、県の組織以外のひととの人間関係の築き方という点で、他の組織(例えば 民間企業)に比べて、かなり見劣りする組織管理になっています。前任者が築いた人間関係は、後任には、あまり活かされません。一度切れた交流は、二度と元には戻りません。前任者の集めた資料も、あまり活用されません。数年後には、集めた意図もわからなくなって、廃棄されてしまいます。一定の検討をしてきた成果が、構成員の交代で、ゼロに戻ります。場合によっては、マイナスにもなります。そうした中で、住民との政策課題の検討や研究は、わたしの見る限り、ほとんど頓挫しています。住民、NPOのみなさんとお話をすると、ほとんど同じように、「県職員と、時間をかけて、一定の関係を築いても、短期間の人事異動で、せっかくの関係が途絶えて、それまでの蓄積がなくなってしまい、残念である。」とか、「もう、親身につきあうのは、後で悔しくなるだけだから。」とか、失望の声を聴きます。政策を作るのは、県職員の机上だけでは無理だと知っていれば、こんなことにはならないと思うのですが。によって、検討が止まってしまいましたが、その意図とするところは、政策の実現を図るための主体と、その対価の検討という、かなり深い問題が含まれていました。
2004年12月16日
政策は、タイトルにある4つがそろわなければ、実現できません。政策がどういうものか。そのための裏付けになる法律(条例も含みます。)、予算。そして、どう具体的に進めていくのかを示す、制度。これらは、1つ欠けても、政策は実現できません。
2004年12月15日
この日記でも、何度か取り上げてきた「県税使途指定制度」も、政策の実現のひとつの手法でした。県では解決できない、あるいは県よりも別の主体に解決してもらったほうがよいという、住民の困りごともあります。県税使途指定制度は、その解決する主体に、公共サービスを担っているNPOを想定して、住民自身が、自分の県税の使途を指定して、困りごとの解決を図ろうというものでした。実は、同じようなシステムは、もういくつもできています。例えば、イオングループが、買い物客のレシートを活用して寄付をするということを実施しています。また、このHPからリンクしている「クリックで救える命がある。」でも、クリックするだけの簡単な寄付が可能です。県税使途指定制度は、わたしから見る限りでは、県の人事異動による後退によって、検討が止まってしまいましたが、その意図とするところは、政策の実現を図るための主体と、その対価の検討という、かなり深い問題が含まれていました。
2004年12月14日
住民の困りごとにも、いろいろなものがありますが、その解決についての主体(誰が)やその方法の議論の中で、よく言われるのが、自助、共助、公助といった分類、補完性の原則、「あれもこれも」から「あれかこれか」への変化といった話です。その困りごとを、だれが政策に結びつける検討をするのかでも、議論が分かれます。・行政に任せておけば、間違いない。・行政に任せるのだけではなく、自分たちもその検討に加わりたい。・行政に任せてはおけない。自分たちこそ、この問題に通じているのだ。・行政の側でも、自分たちしかこの問題は解決できない。・いや、自分たちだけでは不安。他の参画、関与がほしい。・自分たちでは、手に負えない。そういった思惑が、関係するひとりひとりの中に生まれます。
2004年12月13日
タイトルに挙げた4つは、政策の実現に必要とされるものです。行政の仕事は、一言で言ってしまえば、住民の困りごとの解決です。そして、その解決方法が、政策です。しかし、政策がありさえすれば、困りごとはなくなるかというと、そうではありません。政策は、いろんなところから生まれますが、行政の意思決定にするには、首長の決断が必要です。選挙の公約に挙げられるものもあれば、任期中に作り上げられるものもあります。首長からのトップダウンもあれば、職員からの積み上がっていくこともあります。いずれにしても、住民の困りごとを解決するために、一定の政策が作り上げられます。
2004年12月12日
タイトルにある「(住民が)県税の使途を指定するということ」は、実はかなり踏み込んだことです。まず、現在の制度では、思いつくだけでも、○ 住民に、直接使途を聴く対象がない。○ 住民に、直接使途を聴く必要性を感じているひとが、少ない。○ 住民は、使途の指定を検討するために十分な情報を持っていない。○ そういった使途指定制度を導入しても、結局議会の議決を経ないと予算執行できない。といった状況にあります。それをあえて、県税使途指定制度を導入するには、それだけの理由、住民合意、しくみづくりが必要です。もちろん、首長の導入への熱意と、プラン提示はある意味、前提条件といえると思います。
2004年12月11日
思いつくままに。○ 県税使途指定制度の検討は、県側、市民(団体)側で、まったく違った思惑で進められてきた。○ 県側の建前は、市民社会におけるNPOの役割を拡大したい。○ 県側の本音は、ハンガリー方式という目新しいものに、とにかく飛びついてみたかった。○ 市民(団体)側にも、この制度を単なる資金源の拡大としか見ていないということはなかったか。○ また、本来使途指定ということだから、そこには多く受け取るところと、まったく受け取れないところがあって当然なのに、みんなが一律に受け取れると誤解したところはなかったか。○ まだ、住民の間にNPOの認知が不十分で、そこへ財政的な支援をするだけの理解が深まっていないのに、どうやってやるのかの議論に入ってしまったのは、早すぎたのではないか。※ だから、県民税のどれを充てるか、どうやって充てるかという技術論に陥り、県の逃げ腰を許すことになってしまったのではないか。こういった議論をするには、まず入り口の「負担とサービスのありかた」をよくよく詰めておかないと、議論はだんだん迷走していきます。ましてや、県の担当者も、ころころ入れ替わっていて、人が替わるたびに、拒否反応が強くなりがちです。わたしは、自分が県職員であるだけに、こういった検討が結果的につぶされていくのも、よりわかります。そこで、今後の進めかたの提案をしたいと思います。
2004年12月10日
長野県が続けてきた使途指定税制制度の検討が、どうやらいったん止まったようです。この制度は、納税者が自分の納めた税金の使途(使い道)を指定できるというものです。いろいろな角度から検討がなされ、一時はその指定の根底には、公益ということへの共通認識が必要だとして、公共サービス全般にかかわる検討も行われました。きょうの新聞報道を読めば、県当局は、技術論で「×」という判断を下したようです。何か書きかけの話題が多いのですが、このことについて、この日記で、まとまった連載を始めようと思います。
2004年12月09日
滋賀県のサイトを見てみると、「滋賀の風景」という情報が掲載されていました。滋賀の風景http://www.pref.shiga.jp/shiga-photo/滋賀県の風景だけでなく、民話も収集しています。とても参考になりました。
2004年12月08日
1日、間違えてました。うるとびーずさんが、県議会の傍聴に来られるのは、昨日ではなく、今日でした。一般質問が、今日からなので、当然と言えば、当然。少々、迷走ぎみです。さて。うるとびーずさんは、議会を傍聴しながら、かなり落ち込んでいるご様子でした。それにもかかわらず、自分の用件をきっちりと、全部話してしまうあたりが、行政マンの悲しい?習性です。美しく豊かな信州の風景に関するアンケートを、うるとびーずさんのHPでも、広報いただくようにお願いして、さらにアンケートの回答もお願いしました。うるとびーずさんのHPを、何度か訪れればわかります。信州の風景に愛着をお持ちで、しかもいいタイミングで、記録に残されています。というわけで、来庁されるということで、もう待ちに待っていました。うるとびーずさん、きょうは、ありがとうございました。※ 忘年会、新年会の計画ですが、仕切直しでやってみます。※2 もんぷらのまりーさんのお店、今度行ってみます。※3 MLのひろせさんが手がけたビルですが、パンの宝庫として、新聞でも取り上げられてました。
2004年12月07日
日ごろの自分の仕事には直接関係のないと思えるような集まりにも、参加すると、必ず目を開かされる考え、言葉にふれることがあります。とくに、ここ何回か、そういった集まりにいろいろ参加した経験では、県職員であっても、ここに来る限りは、そんなこと関係ないという姿勢で話しかけてくるかた、それに応える県職員の姿が増えてきたように感じます。かつては、何かの集まりというと、出席している県職員は常に後列に控えていて、集まりの間、じっと無言で通して、閉会とともにそそくさと帰っていくというのが、定番?でしたが、そうではない光景にも立ち会う機会が増えたように感じます。
2004年12月06日
今週は、県会の一般質問が、始まります。どんな議論になりますでしょうか?このサイトと相互リンクしている、うるとびーずさんも県会の傍聴においでのようです。うるとびーずさんは、9月議会の時にも、企画課においでいただきました。あすは、流れてしまいそう?な某MLの忘年会のお話でもできますでしょうか。
2004年12月05日
この日記にも、既に書きました、センター主催の「協働を語る会」の記事が載ったセンターの広報紙が、ネット上で、公開されています。あのとき、グループ分けして、AとBに分かれましたが、わたしの入らなかったほうのグループは、かなり根源的な議論に入ったようでした。それだけ、協働は奥が深いのでしょう。わたしは、ここにも書きましたが、「協働は、それぞれをつなぐ世話役を務められる人材がいてこそ、機能する。」と思っています。もう一つ、センターの話題。市内の公益活動団体を紹介した「ハンドインハンドブック」が、完成してセンターで配布が始まりました。わたしも、さっそくもらって読んでいます。労作です。ぜひ、これを十二分に活用して、センタースタッフのみなさんの労苦に応えたいと思います。
2004年12月04日
先日、ある町役場を訪ねた際に、出た話題が、タイトルの「課税と徴収」です。市町村合併が、あちこちで止まっている状況があり、そのままでいくとすれば、どうしても小規模の市町村という枠組みは残ります。少なくとも、人口が多くない市町村は考えられます。そして、面積はというと、必ずしも狭いとは限りません。長野県の場合、集落が、例えば沢筋ごとに点在しているとか、中心部といえるところ自体がこぢんまりとしていて、人口密度が高くないところも多いのです。そうすると、市町村の課税と徴収も効率的にやらないと、収入の確保が難しいというものです。一つの案としては、広域連合での対応。また、広域自治体としての県の対応が考えられますが、そういった方策の検討をしっかりしていかないと、市町村財政はかなり厳しいものになっていきます。
2004年12月03日
きょうから、長野県12月議会が開催されます。県政に関するいろいろな問題が、この議会で議論され、決定されます。中でも、山口村の越県合併に関する長野県の方向性は、この議会で決まります。どういう結論になるか予想もつきませんが、山口村のみなさんと同じくらいに、この問題を考えるための情報を手にして、同じくらいに悩まない限り、どんな正論も空論でしかないと思います。
2004年12月02日
きょうから、12月。今年も、いよいよ最後の月です。今年のいろいろな出来事を振り返る番組や記事が、目に付くようになってきました。読者の皆様は、今年どんな出来事に出会い、どんな喜怒哀楽があったでしょうか。わたしにとって、一番大きな出来事は、7月の引っ越しです。
2004年12月01日
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