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※静岡県猫譲渡会の猫姉妹1月27日しいちゃんのアトリエ舞踏581幸福に関するある統計食べて歩く老人の健康法※すみません掃除機ルンバもどきは重複してました。幸福に関するある統計いろんな統計がある。ネットでみた人が幸福を感ずる状態に関するある統計だ。幸福を感ずる 一位 セックス 二位 会話 三位 夕食 四位 リラックス 五位 ランチ 幸福を感じない 一位 通勤 二位 仕事 三位 夕方帰宅 四位 子供の世話 五位 家事となっている。なんとも女ならわかる気がする。積極的に行動する時は幸福だが、義務づけられた途端に不幸になる。しかし人間生きていくには、好きな事ばかりじゃやっていけない。日本の子育て中の職業を持った女性は、不幸のど真ん中にいるともとれる。最新の国際調査の発表で日本は地球上の国々の中で、女性の待遇が遅れてるビリ組の124番目に今年も堂々?入った。 政府も昨年に引き続きこの手の統計には相変わらずノーコメント。人手不足を外国人頼みにする前に、政府も保育の問題、出産の問題などなど働く女性の環境整備に身をいれてはどうかと思う。また女性もあえて厳しい条件で働く気もないのかあまり声をあげているようにも思えないのだ。 この統計をみれば、無理もない気がしてきた。出来るものなら家で子育てでもしているほうが、楽でいいと考えるのも無理はない。と言うわけで、この調査は非常に正直だと思った。話題転換,子供の教育、老後問題が若者の結婚や未来への最大の不安と言われる。結果、結婚しない子を持たない若者が増加し独身世帯は、近未来には確実に50%に到達すると言われている。いずれ日本人は滅びるとさえ言われだしたのだが・・アンケートの幸福を感ずるセックス、会話、夕食、リラックス、ランチの時間を倍増させ、幸福を感じない5項目を夫と協働、有料の人に助けてもらうことで暮らしの質をあげれば、日本の人口が減り続けないのではないかと・・国の繁栄を望むなら、一口で言えば女性を大事にしろと言うわけです。スマホ健康法落してガラスがわれたので、新しいスマホに変えた。なんでも出来る機械だそうだが老人の使える機能は増えるわけではない。今日娘のところの二匹の猫の動画と写真がスマホに送られてきた。レオナルドがテレビの中の森の小鳥にさかんに飛びついている。新しいダンボールの取りっこで,珍しくレオナルドとドナは大喧嘩。客嫌いで絶対姿を見せないあの幻のドナがあ? 唖然とした。 毎日歩く歩数をスマホは勝手に記録する。いつも日に一度外出をこころがけておおよそ4000歩から7000歩を目的に歩く。特別歩くためには歩かない。歩くために歩くのは続かない。買い物や郵便局などの用事をゆっくりとすませる。家の中の労働は数えない。それを足せばもっと多いはずだ。薬も飲むがなんとか血圧が正常範囲で、体調はまあまあだ。今年はいのしし年で84歳になる。また遠くに連れてってくれと息子に言うとそういつまでも元気でいるわけにはいかないよと、言われた。それもそうだ。80歳の後半はけっこう体がきついらしい。一日5000歩から7000歩を歩こう。そしておいしくご飯を食べよう。このふたつで人生元気にいこうと思ったのでした。
2019年01月27日
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1月22日しいちゃんのアトリエ舞踏580ひとりじゃないさインフルには紅茶ひとりじゃないさダスキンのルンバもどきの自動掃除機SIROを使っている。勝手に走って二本の髭で床のゴミをかき集める。それがなかなか思う方向にいかない。床に置いてある椅子や物を片づけて見張っていると何回も同じ場所にいったり、半分やらないで次の部屋に行こうとする。しかたないので見張って足で蹴飛ばして方向を指図する。これじゃあ掃除機でやるほうが断然早いと思う。それでもルンバもどきに命令しながら、机の上の片づけや部屋の植木に水をやり新聞をかたづけたりするのは、もどきを相棒だと思っているのかもしれない。どっちがって? もちろん私がだ。老人一人家庭の家事はひとりでやるに決まっている。足腰を痛めて支援や介護になるとたいてい週二回の掃除を頼む人が多い。掃除が簡単に見えて難しいのは、私も経験をしている。ひとりの掃除をルンバもどきと一緒にやるのは、実は楽しい。終わると本場ルンバは充電ステーションに自分で戻るらしい。しかしこのもどきはステーションに戻してやらなければいけない。戻るとステーションに充電の赤いランプがつく。お疲れ様でした。またね。私はひとりじゃないさと呟くのだ。インフルには紅茶ぼんやりテレビをみていたら、医学博士がインフルエンザ菌を紅茶がやっつける実験の映像を流していた。この前は風邪博士がこまめに水を飲み、喉の風邪菌を流し込んでしまう話をしていた。画面でたしかに紅茶にインフル菌は消滅した。信じていい映像だった。すでにインフルにかかった人が飲めば効果的だ。幼稚園や小学校の学級閉鎖がはじまった。名古屋についで静岡が多いらしい。昔のこと獣医さんがそろそろ安倍川をジステンパーが渡ってきたから飼犬を外に出さないように言われたことがあった。犬猫の流行病はきまって西からやってきた。名古屋のとなりは静岡だ。とりあえずインフル流行期はコーヒーをやめて紅茶にすることにした。どうもミルクで薄めないのがいいというが、ミルク派だからなあ。この間内科に行ったら、マスクしたインフル患者らしい人が一杯待合室にいた。柱の影の隅の椅子に腰かけて、読むふりして新聞を広げて空気を遮断した。家に帰りうがいして着ていたコートと帽子を干した。なんとか伝染しなかった。雨が降るとインフルもおさまるのだが、室内湿度を60%維持のため外出を控え洗たく物を部屋干しにして、加湿器を常時かけている。外にでれば七人の敵と言うが、老人は外にでればインフルの敵だ。コワッ。
2019年01月17日
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※ 写真は静岡県猫譲渡会の猫1月18日しいちゃんのアトリエ舞踏579今年はカラフルなTシャッでいこかITは人の生き方を変えるか今年はカラフルなTシャツでいこか私は一年中黒からグレーの色の服を着てきたが、そろそろ変えてみようかなと思うようになった。昨年の夏にとりあえず明るい派手な服を着てみようと思い立ち、黒地に金ぴかまじりの色彩が爆発した半袖Tシャツを着てみた。人の反応はだまっているが、興味ある表情をしている。しめた。予算の点もあるが、この路線を拡大するぞ。フイレンツェで黒地にモナリザが微笑み、人生はジョークだと英語が書いてあるTシャツを買う。その後この夏のカラフルな図柄でラージサイズのTシャツはまだ出てない。色彩革命を思い立ってから,店先の服の色が気になってきた。84歳、パッと明るい服でこれからの老後を生きていこいこ。ITは人間の生き方を変えるかたしかに21世紀はIT革命による目まぐるしい変化の世紀になるだろう。しかしそれは人間が生きるための仕事の変化、経済の仕組みの変化であって人間の本質が変わるとは私は思わない。教育のありようや、経済や職業の種類はたしかに変るだろう。それが従来の人間そのものの生き方を変えてしまうことはあり得ない。一昨年Y紙主幹の講演を聞いたことがある。すでに揺れ出した世界経済の行方と言う演題だったが、終わりは雪国の田舎でひとり生涯を閉じた自分の母親の話だった。なにか話せない事情でもあったのかと、少し腑におちなかったが偉い人も最後にいきつくところ母の愛なのかと妙に納得した。IT時代の嵐にキョゥィク界も激しく翻弄されている。IT革命の世では、たしかにキョゥィクもITに対応しなければならない。それはそれで当然のことだろう。ただ新たなIT文明の波で日本人が受け継いできた文化を全面否定するのは危険に思う。今まで何回か訪れた産業革命に、翻弄されながら人類は生き延びてきた。そのことと、人類の長い長い営みは別のもの・・それは人間が生きると言う、もしかして猫や犬と同じことかもしれない。そんなことを言う人間は古い思想の持ち主だと思われるとしても私は勉強も仕事もそして人の愛も同じように大切なものだと考える。およそ社会的には馬鹿な人間の私が、こうして無事に生きているのは人生ひととおりじゃないってことか。人間を成功か不成功にわけて1%の成功者と99%の失敗者を作る社会を私は肯定しない。それぞれより自由に健康的に生きる道があっていいのではないか。敗者の弁だろう。それでも私は自分を生涯幸福者だと思っている。
2019年01月17日
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※猫の写真は静岡県のネット里親公開募集から1月15日しいちゃんのアトリエ舞踏578団十郎最中破壊の時代※ 歌舞伎座団十郎最中戦後長いこと静岡市の今の青葉公園通りの突き当りの常磐公園沿いに団十郎最中を商うおばあさんの小さな店があった。もとは写真館だったらしく、写真館と書かれた表の看板の文字ががほとんど剥げていた。ドアーを開けて声をかけると、しばらくして奥から「ハーイ」と声がして小柄なおばあさんが出て来た。一段上がった板張りの一部がカウンターになっている。十個お願いしますと伝えるとハイハイとおばあさんはカウンターの中に入ると、ゆっくりと団十郎の屋号成田屋の四角の型をした二枚の最中の皮に餡を木へらでびっしりと詰めると、二つを合わせる。うす暗い店先でのんびり待っていると、そのうち最中が出来上がり箱に並べ紙で包んでくれた。いくら払ったか覚えてない。当時、呉服町の私の家のむかえに、新月堂菓子店があり登呂遺跡の家の型の登呂最中が人気だった。団十郎最中を特別食べたいわけではなかった。ただ人気役者の最中を、おばあさんが一人で商っていることが気になった。それからあまり買いにいかないうちに、いつのまにか最中は売らなくなった。今朝新聞で市川海老蔵の団十郎襲名の記事を読んで思い出したのだった。まだ20代の海老蔵がまだ新之助と呼ばれ、今の松禄が辰乃助、そして菊の助の三人が次世代を担う期待の若手三の助と呼ばれ新橋演舞場に出演した。私は友人とでかけて誰のファンになるか大騒ぎしたことがある。私は地味な辰の助だったが、他の友人たちはそろって今の海老蔵の新乃助だった。案の定新之助はたちまち大役を演じ海老蔵襲名、今の歌舞伎界を担う役者となった。海老蔵襲名の源氏物語を名古屋の御園座の前列で観た時のことだ。舞台を降りて通路を歩き客に目線を流すと、客席がざわめいた。男の色気がむんむんとしていた。父親の団十郎は顔も丸いが体も丸い。海老蔵ははたして、この父親の子だろうかと疑問が今も消えない。弁慶をやると今の幸四郎の父と団十郎とでは全然違う弁慶になった。団十郎は東京で12月に忠臣蔵討ち入りを決める評定の場面で大勢の中に混じり、地味な役で少し台詞を言うだけの舞台が最後となった。そして五月京都の南座での公演の途中で休演、ほどなく亡くなった。あの最中の団十郎は先々代だったのか、先代なのか今ではわからない。日暮れの早い夕暮れは、忘れたことをらちもなく思いだしている。破壊の時代再び破壊の時代が来るのだろうか。日本の80代の人間はみんな恐ろしいあの破壊の時代を体験している。 日本中で町が空襲で跡形もなく破壊された1945年、戦に散った500万人の兵士と市民あれから75年が過ぎた。あの戦争を体験すれば、あの飢餓を体験すればそれからの平和がどれほどありがたかった事か。じわじわときなくさい匂いが迫ってくる。昔、東西の壁に分けられた東ベルリンに行った記憶がある。厳しい検査をうけバスで東ベルリンに入った。突然通りは人通りも少なく森閑としていた。破壊された建物の瓦礫をそのまま公園の小山にして、痩せた木が生えていた。異空間から戻った西ベルリンも教会の残骸をそのままに、となりにステンドグラスの美しいニューチャーチが建ち、日曜日の朝はオペラ歌手と合唱団が出演する荘厳なミサがあった。神父は声をあげてドイツ語で説教をした。それはドイツ語を理解できない私には,怒っているように聞こえたのだが何年か後に東西の壁は壊された。どんな時も人は希望を失わず生きていくものだと思う。84歳、ふと生き過ぎたかなと思う。※申し訳ありません。画面がすぐ現れません。上にスクロールして出してください。
2019年01月15日
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1月13日しいちゃんのアトリエ舞踏577冬は40年間同じ服を着る景気ってなんのことと思っていた頃冬は40年間同じ服を着る考えると40年間冬は同じ服を着ている。寒い朝の公園の散歩や外出には、厚地のウールの黒杉綾柄のジャンバー。衿と袖口に黒毛糸。衿裏に HANAE MORI PARIS。娘がスキー場でストーブで焦がした跡が背中の下にぼんやり残っている。 とにかくこれを着ると寒さ知らず。ボトムはたいがいユニクロのグレーのスェットパンツにスニーカー。人と会う時はグレーニットのスリムパンツに黒ブーツ。コートは何枚かあるが、人間がおしゃれをするのは見せたい自分が存在するからで老人はそろそろそんな思いも失せて、面倒な服は着なくなる。太った時に、娘にスーツやブラウス、ワンピースを着てもらい家にはジャケットやコートのような、サイズにゆとりのあるものだけ残った。寒さしのぎの小物も時代物だ。ケンゾーの帽子もイタリアの黒毛糸のマフラーも40年もの。手袋だけは失くすので去年の黒の指なし毛糸。食べ物はどんなにおいしくても食べれば消えてしまうが服は捨てないかぎり永遠に残る。去年フィレンツェで黒のTシャッを一枚買った。モナリザが微笑み、人生はジョークだと英語で書いてある。夏はツモリチサトのキラキラ派手なTシャッを着た。たまにはパーンとはぜるのもいいかと、今頃になって自己主張のある服を着てみたくなったのは,人生いよいよ第三楽章にはいったからか。空色やカラーのパンツを今年の夏ははいてみようかなと思う。景気ってなんのことかと思っていた頃勝手な屁理屈は言うが私はずっと景気ってなんのことかと、よくわからなかった。景気が世界を一変させることを、この頃ようやく知った。お金が支配する社会の、肝心なお金が動かなくなることだと言うから人間の体で言えば心不全になることなのか。よくわからないが、流れるお金が減るわけでなければ誰かのところに集まってしまい、他は貧乏になることなのかな。日本の老人は大丈夫かなあ。心配でみんなお金を使わないとますます悪いことになってしまいそう。コワイコワイ。みんなが不安になり暗い世の中になっていくとしたら・・・景気ってなんのことかと思っていた頃が懐かしくなるのかな。
2019年01月13日
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1月11日しいちゃんのアトリエ舞踏576忘れた頃に花が咲いた駿府公園の堀端のティールーム忘れた頃に花が咲いたもう20年になるか、かつて小説を書いていたことも最近は忘れていた。思い出す。はじめてのテレビよりでかいワープロの中古を娘が送ってくれ置き場所もなく田舎住いの玄関に置いて、寒い冬の夜は凍えてキイを叩いた。そのうち仲間を組んでアトリエ舞踏と名乗り、B6版手製の小さな私的文芸雑誌を隔月発行。仲間との楽しいラリーが10年続いた。欲をかいて大型のカラー表紙版にしたところ、経費倒れで消滅した。印刷屋さんが本の発行が終わってから、私が送っていたその雑誌を厚さ6㎝の三冊の厚い本に製本して,紺の布製のカバーをつけてくれた。、立派な本三冊となって、10年間の仲間の作品記録が残った。メンバーだったAさん。旦那さんの転勤で静岡、秋田、北海道、今は千葉に住む。現在56歳の猫好き、パチンコ麻雀は名人級。かつてのメンバーが、これからは小説を書くからその三冊の本を読みたいと言われ・・必ず返してよ宅急便で送って三年たった。自作を読み返し新たな小説を書き、住んでいる千葉のK市のコンテストに出す。二年前入選、去年二位、今年とうとう一月発表で一位をとった。賞金一位10万円、二位5万円だと言う。地方都市では破格の金額だ。喜びの電話で千葉名物落花生と菓子をつけて「舞踏」を返すと電話があった。地元作家ののベストセラーをいくつか出したこともあり,出版はけっこうやったが、小さな手製の雑誌「舞踏」が今も生きていたことに本当に感動した。考えるに礼儀正しく真面目な人は小説はむかないかもしれない。決まり切った法則でそつなく生きていれば、世の中への不満もなく叫びたいこともないのだろう。それがハチャメチャに生きると本人には当たり前のことでも世間とぶつかる。何が悪いとほざきたくなる。ひょっとしてそれが詩や小説になるのではないかと、勝手に考える。とにかくおめでとうおめでとう。なかなか人間の裏の心理をついたいい作品だったよ。今年は久しぶりに古い仲間と組んで小説舞踏を出してみようと思った。駿府公園の堀端のティールーム喫茶店は減り続けて、いまでは市内の喫茶店は数えるほどになった。その少ない喫茶店が去年二軒増えて、駿府公園の堀端は三軒になった。駐車場が問題で、歩き客が多いから店が混むわけではない。老舗は草深橋を渡ると右側にあるこじんまりした店。馴染み客や公民館アイセルの客でにぎわっている。駐車場あり。コーヒーも販売、私はアメリカンをまた薄くしてもらう。奥さんの焼く焼き菓子がとてもうまい。コーヒは400円、月曜やすみ。内堀の体育館横にあるランナーズ・ステーションはシャワーもある。コーヒーは250円、城址の堀にむいたロケーションは最高。無休。去年秋に開店した草深橋交差点の堀にむかい左すぐの喫茶店。11~5時,日月休み。昨日はじめて入ってみた。こだわりの古民家ムードを志望らしい。チャイを本格的に淹れる。ケーキは大きな食べ応えのあるイチジクのブラウニー。隣のランチ客のメニューをみた。ダイエット食に近い野菜中心のワンプレート。1000円くらいか。店主は客があまり来ても困る風情の40歳あたりか、毛糸帽子をちょこんと頭に載せた女性。店内に自然生活の本が多数。グリーンがもっとないとなあ。グリーンに埋もれてしまうほど・・家の百円のグリーンが2メーターになり大混乱。寄付するかなあ。
2019年01月07日
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1月2日しいちゃんのアトリエ舞踏575新年おめでとうございます犬を愛する人たち新年おめでとうございます12月はなんだかんだと慌ただしく過ぎていきました。子供たちに連れていってもらったローマで、本場のオペラ「リゴレット」を観て帰って歌舞伎座で壱太郎の「お染久松」を前から7番目の花道脇の席で一人で観ました。クリスマスにはその子さんとお子と三人で 渋谷のオーブで本場ブロードウェイ・ミュージカルを観ました。今年もはじけるような本場の歌とダンスの2時間を楽しみました。その後三人で焼き鳥を食べて別れました。足を悪くした老友との忘年会は流れましたが、若い友人と天婦羅を食べにいきました。娘とは4日に神奈川県民ホールのニュー・イヤー・コンサートを聞いてその後家族6人揃って、いつもの中華街お大食いはじめをする予定です。貧しい老人がこんなにやりたい放題食べたい放題をしてはいけないと思います。こんな贅沢をまとめてやってしまったら、あの世から迎えが来てしまう。とこわご恐れながら過ごした12月でした。でもまだ生きています。私はみんなでわいわい楽しく過ごすことは、体にいいことだと思います。共通の楽しい記憶が、人と人をとても近づけてくれます。でもこんなことってあまり人には言えません。友だちに黙っています。だって貧乏な老女がこんなにハジケてはいけないのです。でもでも気がつくと、よく歩けるようになりました。体調もふしぎといいのです。ええーっ? 老人もいっぱい遊んでいいのでしょうか?さて正月の泊り客のために掃除や布団準備やら、大働きの元旦でした。犬を愛する人たち土日の朝は、息子と鳩のエサやりに駿府公園に行く。するといろんな犬種に出あう。飼い主は手入れの行き届いた美しい犬を連れて、優雅に散歩をしている。最近はディズニーの゛百一匹ワンちゃん物語゛の水玉模様のダルマシアンによく出あう。犬も美しいが飼い主の男性もすらりと背丈があってなかなかのハンサムだ。私は右手でハーイと、さりげなく犬に挨拶をする。すると犬がハーイと可愛いい顔で反応をする。飼い主が気づいて、にっこり私に挨拶をする。スマートで背の高い茶毛のセッターも素敵だ。堂々としているが私が右手てハーイと挨拶すると、通り過ぎてから何度も振り返る。飼い主もまた背が高いハンサムな男性だ.どうやらスマートな洋犬を飼う男性は、飼い主もスマートのようだ。人気上昇中の柴犬の飼い主は、中背のおじ様が多い。公園の土日の朝の散歩は男性が多い。一匹白い毛足のとても長いスピッツの大型のようなすごい美犬に出会う。思わず「ワッ美しい犬ですね」と挨拶してからこれまた美しい飼い主の紳士は、会うたびにニコッと笑顔を返す。褒めると飼い主たちは、実にいい笑顔をする。庶民の老人に,土日の朝は実に贅沢な時間だ。
2019年01月02日
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