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今回ほど、オリンピックみてないなぁ~と思うことはない。時差の関係もあるが、だいたい、開会式をはずしてしまったことからスタートが遅れてしまう。具合すぐれずテレビもほとんどみていなかったこの頃、ようやく最後にして、フィギュアだけでも!とようやくテレビの前に。冬はやっぱりフィギュアが一番!美しいものはやはりいい~。アメリカ国籍で出場したペア、井上選手の話も泣けた。が、やっぱりソロはみもの。しみじみと荒川静香の演技を鑑賞。ちょうどNHKスペシャルでも特集したのでセットで鑑賞。技術よりも芸術性にこだわるその姿勢はかたくなで、みていて真の強さを感じた。最後に結局「イナバウア~」を採用する決断までの葛藤は重々しかったが、自分らしさというものを大切にする滑りにとても感動する。あらためて、演技を堪能。最後のエキシビジョンの曲は泣けた~。ずっと前から好きな曲だったため、じ~ん・・・・美しすぎた。コスチュームのセンスもすばらしかった。あ~素敵だったなぁ~~。・・・・・・・・・「ただいま~」と、久しぶりに実家へ。玄関あけたら、は、母が。。。。「イナバウア~~」してた(~_~;)
February 26, 2006
久しぶりに小曽根さんのコンサートへ。かれこれ、かなり昔からのファン。以前はそんなにメジャーではなかったが、CMやラジオで一気に人気沸騰し、最近は大変有名になってしまった。彼のいいとこはジャズピアニストだが、非常に音が繊細で、ときにクラシックっぽい演奏もあるとこ。自身、結構クラシックの勉強も洗いなおしたりして、なかなか熱心である。以前は、よくブルーノートへでかけたが、たいていトリオになるので、ソロピアノはなかなか聴く機会がない。そんな中、久しぶりのソロコンサートだったので、楽しみにでかける。しかも!ホールは東京文化会館(小)で、なんともすばらしい音響であった。小曽根さんも初めてここで演奏したらしく、かなり気に入っていた。やっぱり弾くのも気持ちよくなるホールはいい~!相変わらず、快調な口調で、つぎつぎと演奏がこなされ、時間はあっという間に過ぎてしまう。いや~、やっぱり彼はソロがいい!CDでも1枚しかでてないから、もっとだしてほしいなーっと思う。素敵な一夜だった。
February 25, 2006
「cafemarsさーん、お友達でどなたかご存知ですか?」・・・・・・と、オケ仲間に聞かれた。同級生がある試験を受けるらしい。イエメン赴任中の友人を介して就職試験のアドバイスを転送したのがふと昨年末。そんな矢先に「う、う、受かったんですよ~!」とまた嬉しい報告が舞い込む。そうなんだ~!!よかったよかった!と私も喜んだ。~月日はたち、赴任先がなんと私も身近な国であったのもあり、出発前に祝賀会がてらお食事しましょう~という事で会が催される。「しかもですね~。その子もcafemarsっていうんですよー」へ~。同じお名前。なんだか親近感わき、3人で会うことに。ちょうど偶然なのだが、今月末、私も出張で同じ国へ行く事になったのもあり、なんだかタイミングいいぞ!現地でも会えそう~っと話は盛り上がる。ふたりは大学の同級生。もっともまだまだと~っても若く、これから将来への展望は熱い!横目で「いいなぁ~夢があって・・・」と半分思いつつも、すっかり若さのパワーに自分も加わって元気におしゃべりする。話題は、就職試験から当のオケ仲間のP君がいかに現職に就いたか?という就職活動への道レクチャーをしてくださる。思えば、ふだんオケでそんなマジメな話なんてしないので、びっくり!!き、気がつけば、「P、P、P君って偉いんだね~~!!」と二人cafemarsはただただ、「ほほぉ~~~!」脱帽。すごいなぁー。で、ところで、干支ってなんだっけ?「はい、ボク酉です~」「え~~~~~!!!」そ、そ、それって・・・・ひ、一回り違うって事!?いや~。今夜はPセンセに大変な講義を受講させていただきました。ま、さておき、「では、次回は現地でおいしいレストランでもご一緒しましょうね♪」
February 21, 2006
早くも先日丸の内女声合唱団再会飲み会をして1ヶ月。この時に、ふとハンカチの忘れ物発見。持ち主探したところ、発見された為、では、お渡ししましょうーと、いうことでまたお食事会が企画された。今日はわりにこじんまり。お互い一緒に参加した仲間を誘う。実際のところ、お会いするまでは、誰が誰だかさっぱりわからないものの、会えば懐かしい合唱話で盛り上がった。一緒に参加したのは地元、長崎の高校時代の同級生だったらしく、県職員の一方が1年限定で東京転勤となり「期限付き丸の内OL」となった記念に参加とのこと。「もう、六本木ヒルズにくっついて帰ってこないなんていわないでねー」と何やら地元からは盛大な送別をうけて上京したそう。「さすがに東京はちがいますねー」とその気合は熱い。合唱話はもちろん大変楽しかったのだが、彼女の精力的な東京探検はかなりのもの。九州からは遠い東北旅行はもちろんのこと、ほぼ関東県は制覇。大晦日の本番後はやっぱり、明治神宮へ初詣へ。皇居へ年始参拝や翌日は箱根駅伝も旗片手に応援へでかけたらしい(ただ、さすがに銀座にて)「ほぅ~~~!」残り東京生活者はかなり感心・・・あと、これも制覇しました!と東京メトロスタンプラリーを教えてくれる。100近い駅のスタンプ集めるとグッズもらえるらしい。そして先週は三鷹のジブリ美術館へ。いやぁ~。東京人より東京探検堪能しているーっと感心してしまった。そこに、生粋丸の内OLが「ぜひ、丸の内ツアーは参加したら○」とまた情報。地下鉄ネタでは、メジャーな線はキヨスクでオリジナル○○線クッキーが販売されているらしく、食べた後の缶は記念になるのよ~♪と。・・・そうですね。最後に隅田川クルーズでしょうか。と、彼女は残り少ない来月までの期限にあれこれと予定満載のよう。~本当にいろんな方が参加していたんだ!としみじみ。結構みんなドラマがありそうで、裏話はわりに楽しいエッセイ集にでもなるのではと感じた。一方、肝心の今後の合唱団動向についても話はつきない。200人以上もいると、それぞれいろんなグループが結成されており、センセのファンの集いしたり、掲示板作ったり、再演を!!と署名運動したり、ホント丸の内女性パワーはすごい。個人的には、今回の演奏会について、事務局がフィードバックを集めたり、さらに、結構な人材がそろっているが故に、もっと参加者たちのブレーンを活用したら、とてもクリエイティブなグループになるのになぁ~と感じた。結果として初めての企画は大成功だったが、もっともっと柔軟にかつ、参加者の良い面を利用しつつ、さらに丸の内エリアを盛り上げる企画を提案できると思った。一番の問題は資金面かと思うが、これも、意外と参加者に投げかければ、みんな参加費は払うと思う。最後の方はすっかりみんなで、今後の運営についてなどなど、マジメに語る。次回は、しつこいが・・・・(~_~;)ぜひ混声で!さらなる丸の内活性化になることはまちがいない!マーケティングとマネージメントの的を得れば、さらなる成功を生めると確信している・・・・と、ついついまたビジネスプランは熱くなっていた私であった。
February 15, 2006
とにかく、朝の通勤ラッシュは混んでいる。わたしの乗る電車はその中でも5本の指に入るのではないか?と日頃思う。本日もそんなワケで飛び乗った。~ん、でもいつもよりちょっとラクな隙間ありでぼーっとしていると、となりで朝から熱く、ご一緒のようなおばちゃまに語っている方がいらした。「昨日はね、国会でセカンドスクールの事を話して・・・」とわりにはきはき。なんとなく、お顔を拝見すると「!?」あ!も、もしや・・・最近議員になった83会メンバーのひとり。この近辺なら誰でもよくご存知の方。議員前から、支持者は多く、長年市政の舵取りをしてきた方であった。以前、その市に住んでいたこともあり、政策の行動力や市民に対するまちづくりはかなりのもので、非常に尊敬していた。電車に乗っている事に驚いたが、なんともフツーの装いで、こういうのがスマートなのよね。。。などと思いながら、結局ず~っとおとなり同士で揺られていった。(こんな近くでお会いすることはないからなぁ・・・)などともんもんとずっと考えて、お声かけてみようかなぁ。。。とずっと考えた。でもさすがに電車の中はまずい。見事にまわりは誰もきがついてない。うーん、どうしよう・・・、議員なら降りる駅は一緒だ。と思い、駅まで待つ。・・・・が、ドアがあいたとたん、すーーーっと右方向へ。私は左方向なので、「あ、あのぅ~・・・・・」とはい、言えなかった。あ~あ、残念。・・・ま、でもご縁あればいつか会えるか。と、気をとりなおし地下鉄へ。またまた混んでるこの電車。ふぅ~っとまたぼーっと。2、3駅過ぎ、ドアがあくと「あ、あれ?」ま、また気になる人が乗ってきた。今度は、先日でかけた音大仲間の演奏会で演奏した友人の弟くんがいらしていて、あまりにカッコよくなっていたので、みんなで驚いた経緯があった。そ、その彼が乗ってくる。似てるな~。。。とじーっと見ていたが、彼は大変眠そう。ちょっとかわいそうかな・・・と、あれこれ考えているうちにまたドアが開く。さーっとでてしまった。「あ、あのぅ・・・・」うーん、なんか不思議な朝だった。今度こそ・・・・
February 9, 2006
気がつけば、あっという間にやってきた。結局前の日も眠くてねてしまい、ぼぉ~っと通勤電車の中で読み返しつつ出勤する。前日には「落ち着いて!」と励ましメールが。ほ、本当は一緒に卒業しようって言っていたのだが、なかなかそう人生うまくいかず。昨年すでに卒業した仲間からは「ダイジョウブよ~」っと励まされつつ、夕方仕事を終えて大学へ。指導教授ともう1人の教授に公正な形で審査いただくために、3人で面接は始まった。が・・・なんともお茶すすりつつ、なごやかなムード。センセイ「では、卒論の概要を説明してください。あと、自分での出来はどんんな感想をもってるか教えて下さい。」わたし 「はい。まずは・・・・」 ~と長々と説明。審査のセンセイは個人的関心事もあり、いろんな質問をされていたが、ま、全般にご理解いただけたかしら?と。自身での出来具合は、うーん、なかなかあとからいろいろと修正したい箇所が増えてしまったが、まあまあかと感じた。面接というか、お話合いはあっという間に過ぎ、なんとか許可をいただけそう~。ほっと一息。わたし 「あのう~。わたし、面接終わる前に既に卒業式のために有給とっちゃいました・・・のでよろしくお願いします!」・・・と、最後のお願いを経て無事終了。おわったおわった(^.^)♪思えば本当にあっという間だったが、なんともあまり苦にはならず、とにかく大学は楽しかった。たくさんの仲間に出会い、一緒に勉強はちょっと、でもよく遊んだ。自分の大学であまりできなかった事がたくさん経験できて、本当によかった。はずみで入った大学だったけれど、可能性は未知であることを実感した。僭越ながら関連図書館へ寄贈させていただきましたので、よろしければご覧下さい。詳細は左手リンク大学卒業論文へ。
February 8, 2006
最近、便りが多くて嬉しい。真っ赤な光物カードが上海から届く。裏をみると・・・わ~!たいっへん懐かしい方からであった。そういえば、中国は旧正月だったんだ。「あけましておめでとうございますー」懐かしいちっちゃな字とたくさんの近況フォトが掲載されている。その昔、音大時代に教職免許をとるため、教育実習へ行き、担任の先生として大変おせわになった先生からであった。音楽は通常担任をもたないので、先生は理科の先生だった。たった2週間だったけれど、そのときに、わたし含め5人の実習生がおり、それはそれは、ユニークメンバーだった。1人はカメラマンに、1人はレポーターに、またまた1人は編集係りに・・・2週間の記録をまとめ、浸入レポートとしてビデオまで編集した仲間たち。学校も大変いい学校で、先生と生徒たちは本当に仲良しだった。あ~懐かしい!以来、先生とは年賀状の交流が今に至って続いている。いつもアクティブに子供たちを楽しませている先生の姿は大変印象的で、生徒が幸せだなあーっとしみじみ。数年前の年賀状に、「教師としてやりたいことがまだあります。それは海外での仕事です」と書かれており、結局、有言実行、上海の日本人学校へと赴任したのである。まさにこれから、発展する中国。学校は大変な子供の数で、ついに世界一生徒数の多い日本人学校になってしまったらしい。写真の中からも先生のご活躍はいっぱい想像でき、いつか本当にお会いしたい!上海にいらっしゃる間にぜひ!そう、元同僚も今は上海在住だし、みんながいる間にぜひいきたい!!また、先生、レポートお待ちしていますね!それにしても・・・よくオーストラリアはコアラをだっこして写真一緒にとりますが、となりでホンモノパンダを抱いて?(肩に手かざして)記念写真は結構笑えました~
February 7, 2006

思えば、ふたりとも遠くへいってしまった。ちょうど同じ頃に、1人はインドへ、1人はイエメンへと赴任していき、かれこれもうすぐ1年。同僚を介してすっかり仲良しになった我ら仲間はときにやってくる海外レポートも楽しみ。そんな中、最近、中継地点?のドバイでおちあったらしい。写真とともにレポートが。中東でも異様にバブリーな都市、ドバイ。そういえば、元同僚もいきなりこれから砂漠の国に屋内スキーリゾートが建設されるというので、いきなりドバイへ転職してしまった。何やら、国家として壮大なプランがあり、まさに世界地図をひろげたような巨大リゾート都市を作るらしいーいわゆるディズニーランドのxxxランドとか、・・・ランドとか。国名をそれぞれレジデンスにつけて分譲中とのこと。世界中のセレブがご購入中だそう。・・・いやはや、でもレポートはなんとなくやっぱり砂漠の国って感じ。近代化した光景とクラシックなとこが交叉していて、アラブちっく。この違和感を楽しめるのが通なのかも。~ドバイレポート~ドバイは、デリーに比べて、とても綺麗でリッチな街並みで、道路も真っ平らで、車もベンツが3割くらい占めていました。でも、何だか、人工的な街で、生活臭・人間味がないんです。デリーのように貧民街もドヤ街もありませんね(ちょっとインド人街やスパイス市場はありますが、観光客相手なんです。)これも、石油と観光業だけで成り立っており、農業、製造業等の1・2次産業が未発達なせいでしょうか。庶民の船着き場(アブラといいます)は人間味があふれていたので、用事もないのに毎日乗ってました。(~続く)・・・ほぅ~なるほど。不思議な感じ。いつか、ちょっとだけ覗いてみたい国かなぁと思った次第です。みんなで合流できるのは果たしてどこのお国かしら?また、楽しみにしていますね~!
February 5, 2006
久しぶりに何もない週末。と、いっても来週の試験に備えてゆっくりとお勉強ということに。1月は嵐のようだった為、たくさん寝られ、幸せな朝を迎える。先日、maychuさんからまさに今回の論文テーマに関係する専門の方を御紹介いただき、論文を納めさせていただいた。ご覧いただくにはあまりにも未熟すぎて、大変僭越ではあったが、アカデミックでない分野の方に目をとおしていただく機会はほぼないため、大変有難い事であった。しばらくして、メールが一通。論文の感想とともに様々な評価や参考資料含めて、長文のものであった。ひとつひとつ、ご指摘いただいた内容は大変勉強になることで、加えて、多くの資料を頂き、本当に感謝である。浅く広く文献をざっと読みしている私にとって、理論的、法的分野から論評いただくことは非常に意義深いことであった。今日は、頂いた膨大な資料とともに卒論読みつつ、とにかく、深いテーマだなぁ・・・・と久しぶりに読みふけった一日だった。あと、もう少し、読んで見よう~。
February 4, 2006
勧められてNHKスペシャルの再放送「移民漂流」を見る。もともと個人的にこの問題テーマは関心がある。少子高齢化も含めて人口問題には欠かせないテーマである。今回は、イスラエルに移民したいエチオピア人、イスラエルからドイツに移民したいイスラエル人、ドイツに移民したトルコ人の苦悩を3ヶ国同時にレポートしていた。エチオピアとイスラエルの関係はあまり知らなかったが、その他2カ国にある問題は把握しつつ、興味深かった。移民を受け入れる上で、問題なのは労働力確保という目的達成のために、発展途上国など第3カ国からの大量流入がある。この場合、ほとんどが低所得者となるような職業につき、いったん経済成長などを果たすと、使い捨てのように、政府にとって不要な人材となる。あくまでも一時的な確保という前提で、移民としての社会サービスの提供やその進展地で順応して生きていくようなシステムが確保されていない為、移民たちは、努力しても、高等教育を受けられなかったり、良い仕事に就けないその差別や不満から爆発して、暴動に発展するのである。確かに移民は国家の人口だけではまかなえない労働力確保という意味で、必要な手段であり、かつ、即戦力とうけとめられる。しかし、問題は移民受入れ後の社会的整備をいかにするかが、その後の国家を左右する。実質このレポートでドイツについては、いわゆるドイツ人たちが国の将来に落胆し、優秀な人材は外へ流出する傾向が高いとしていた。まさに、これは国家がいかに人材価値を認めて保護するか、非常に重要である。一方、先進国の中でも受け入れる移民の歴史が最も貧弱なニッポン。予想はしたが、ただでさえ、少子高齢化の人口減少が起きる中、国連報告書では今後64万人の移民が必要であると報告した。日本はいまだ在日韓国や朝鮮の方を含め、外国籍に対する社会保障の貧弱さ・遅れは先進国でもかなりお粗末である。ようやく最近少子高齢化問題に関連して、移民についても論議されるようになったが、この社会サービスの不十分な中での即、移民論議はかなり危険であり、かえって人口問題が移民政策で片付けられるのは楽観的と察する。まず、もっと現実的に社会全体の構造をみつめなおし、人口を増やすために何が一番大切か、企業や政府の男性に考えて欲しい。いかに、日本の雇用環境が女性にとって勤続しにくい環境か、民間が先駆者となり環境を変えることは可能と察する。また、移民については、個人的にはもちろん歓迎であるが、受け入れる前に、社会のしくみを確立させる責任が政府にはある。法律を改正するのが非常に遅いこの国で、明治維新ではないが、日本的フレキシビリティを回顧し、また他国の状況を比較しつつ、良い方策を導くことを真に願う。
February 1, 2006
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