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今日、あやは、幼稚園の同じクラスの男の子に告白された(?)ようです。お弁当を一緒に食べるグループのS君が「あのね、O君ってあやちゃんのこと好きなんだって」と、あやに耳打ちしたそうです。なんだか私が小学校3~4年生頃の放課後にも似たようなことがあったような気がします(笑)最近の子は、やっぱりかなりませているのね。。。だけど、幼稚園児と小学校3~4年生だと、その後の反応が全然違うんですね。普通は、「えっ?本当???」って、何となく意識するようになるじゃないですか?まぁ、その男の子が嫌いなタイプの子だったら「もうっ!止めてよ」と、なりますけどね。。。じゃあ、幼稚園児のあやは、どうしたかと言うと、お弁当が終わったら、とことことこっとO君のところまで歩いて行って「ねぇ、ねぇ、O君、S君が言ってたんだけど、O君ってあやのことが好きなの?」と、問い詰めたそうです。「まぁ!!なんてことするのかしら?!」って、その話を聞いて、笑ってしまいました。「それで、O君は、何て言ったの?」と、笑いながら聞くと、「うん、やっぱりあやのことが好きなんだって」と、あやは笑顔で答えてくれました。夫が帰ってきた時に、ことの顛末を話していると、ぼそりとあやが「でもさぁ~。あやはK君が好きでしょう? それで、O君はあやが好きでしょう?どうしてO君じゃなくて、K君があやを好きって言わないんだろうねぇ?」と、早くもこの非常に複雑な「好きな人には想われず、どうでもいい人からは想われる」と言う、男と女の摩訶不思議について考えることとなったようです・・・本当に、自分が好きになった相手が、自分を好きになってくれて、自分が好きじゃない人は、好きにならないでくれたら、世の中、とっても上手くいくと思うんですけどね・・・
2003年10月31日
夫が、あやの顔をしげしげと見つめながら「最近のあや、誰かに似てきたと思ったら、僕が昔付き合っていた人に似てきた。顔はすごく可愛い子だったなぁ~」と、言いました。まぁ、この場合、考えられるのは「夫にも好みというものがあって、似たような顔の人を好きになるので、その人と私の顔が似ていた」とか、「夫は自分自身の顔が好みの顔で、付き合う相手も自分と似た顔の人になってしまう」等ですよね?(他にも考えられるのかもしれませんが、思いつかなかったので、適当に切り上げました)まぁ、いずれにせよ。そう問題はないように思います。夫のこの発言。さて、もし仮に私が夫と同じ発言をしたとしたらどうでしょう?「あやって最近、私が昔付き合っていた人に似てきたわ~」多分、これって爆弾発言ですよね?(笑)きっと、似てきたと思っても、やましい人は(やましくない人も?)、口に出して言わないでしょうね?この場合、真っ先に考えられることは「結婚後もずっとその男と続いていたのか?!」ってことですよね?なんだか不公平ですね・・・私の好みが似通っていて、同じような顔の人とばかり付き合っていただけかもしれないし、私自身の顔が好みの顔で、自分と同じようなパーツの持ち主と付き合っていただけかもしれないのに・・・
2003年10月30日
今日、あやの幼稚園にやって来た転校生の子の家に遊びに行ってきました。社宅だそうですが、ものすごく綺麗で立派なマンションでした。余談ですが、うちの夫の会社もバブルの頃に建てた億ションと言われる社宅があります。外観は、全面タイル張りで出窓とかもあって、お洒落な雰囲気です。中は見せてもらってないので分からないのですが、最新式の設備が整っているそうです。占有面積も100㎡以上あるし・・・そんな社宅だったら住みたいですよね(笑)子供が、転校生のNちゃんって「○○ねん」とか言ってたから、きっと関西の人なんじゃない?と、言うので、聞いてみたら、四国からいらしたようですが、ご主人は私と出身地が同じでした。「わ~、すごく偶然」と、盛り上がり、もしかして・・・と、思った私は、「ご主人の高校って○×ですか?」って、厚かましく聞いちゃいました。その学区では一番の進学校だったので(だって××って会社に勤めていることからしてそこそこ優秀じゃないと入れないだろうから)、恐らくそうだろうと予測した私の勘は誤りではありませんでした!果たして、同じ学校でした(笑)ただ、学年が違っていた(私よりも2歳上)ので、名前を聞いても分からなかったのですが、すごく盛り上がりました。ここで、「高校の時、付き合ったいた人だ~」って、ことになったら、もっと盛り上がったかもしれません・・・いや、もし仮に、そうだった場合でも、こういった時は、言わないものなのでしょうか?どうなんでしょうね???「うちの主人は、全然もてなかったから分からないと思うんですけど、△さんってものすごくもてていたそうだから分かるんじゃないですか?」って、言われたけど、分かりませんでした・・・う~ん、私って上級生に憧れて、きゃ~きゃ~言うタイプじゃなかったからなぁ。友達にだったら、そういう子がいたので、色々上級生の人のことを知っていたかも知れないと思うんですけどね。。。でも、私の高校は、体育祭が、すごく大きなイベントで盛り上がっていたから、体育祭のチーム(応援団)が同じだったら、もしかして知っているかもしれません・・・そう言えば、ここでも言ってました? 私、高校の体育祭の時は、チアガールしていたんですよね(笑)今となっては、とってもとっても懐かしい思い出です。(この年になってもミニスカート履いているのは、この頃の名残かも)あの頃は、楽しかったなぁ~。。。今だって、それなりには、楽しいけどねっ(笑)
2003年10月29日
今、私の手元に少々古いリビング(無料で配布される地域の情報誌)があります。面白そうなことが載っていたので、紹介しますね♪不況が続く中、リストラや賃金カットに動揺し、悩みながらも毎日会社へ出掛けて行く夫を戦国武将に例えるならば、彼らを勇気付け送り出す戦国妻は私達と似ているかもしれません。と、言うことで「落ち込む夫を立ち直らせる方法」から推測できるあなたのタイプは誰タイプか判断してみてください♪まず最初は、「まつ」の場合。秀吉に出世レースをリードされて落ち込んでいる利家に「(信長は)あなたを誰だと思っているのでしょうね。男の中の男“前田利家”なのにね」と持ち上げて勇気付ける妻・まつ。弱音や悩みを受け止め、そこから前進できるよう背中をポンと押せる包容力が「まつタイプの魅力です。切り札は、「貯金」夫の苦境をサラッと受け止められるまつタイプ。多少の貯金があればなおさらデーンと構えていられます。そして次は「おね」の場合。わざと高価な買い物に走る悪妻を演じ、「妻のために働く哀れな夫」を周囲に印象付けた豊臣秀吉の妻・おね。おかげで秀吉は、同僚から妬まれることなく出世レースを驀進します。「おねタイプ」は、常に周囲への気配りを欠かさず、冷静な判断力の下で夫を操縦します。切り札は、「離婚届」緻密な計算のもとに夫を奮い立たせることが出来るあなたは、脅し(誓約状、離婚届など)も有効活用しちゃいます。ただしくれぐれも度を越さないようにね。そして「はる」の場合。戦場の夫の身を案じ、女武士となって戦場に駆けつけようとするなど、愛する夫を信じ尽くし抜く、佐々成政の妻・はる。自他共に認めるラブラブ夫婦を認めるのならばあなたは「はるタイプ」です。切り札は「メール」ラブラブ夫婦の必需アイテムはメール。動画付なら効果も倍増すること間違いなしです。さて、さて最後は「つね」の場合。義弟・利家が家督を継ぐことになり、夫・子供とともに城を去る際に呪いをかけて前田利久の妻つね。夫を叱咤激励しながら、怒りを解決のエネルギーに変えられるのは「つねタイプ」です。切り札は「涙」勝気なつねタイプが感極まって見せる涙が、瞬時に夫を立ち直らせることもあります。ちなみに、今日「頭が痛い。熱がある。ふらふらする。会社休む」と、ぐねぐね言っていた夫に「ふざけるな。さっさと会社に行け~。あんたのは怠け病だ~」と、活を入れて送り出した私は、きっと、「おねタイプ」でしょうね・・・
2003年10月27日
先日、久しぶりに家族3人で夕飯を食べていると、夫が「むふっ。可愛い女の子、隣にはべらせてご飯食べれるって幸せだなぁ・・・」と、にやにやして言いました。さて、ここで問題です。我が家には、可愛い女の子(と、思しき人間)が2人いますが、ここで言う可愛い女の子とは誰を指すと思いますか?正解は、あやのことでした・・・ある一定数の家庭ではそうだと思うのですが、娘のことをものすごく溺愛する父親って存在しますよね。あやの友達のお父さんなんか娘さんが男の子からラブレターらしきものを貰って帰って来ただけで「誰だ~。こういうことするやつは」って、ぷりぷりしているそうですからね・・・せめて、あと7~8年は、大人しくしていて欲しいものです。ちなみに、うちは、別に、そういうタイプじゃありませんけどね・・・機嫌がよくて、あやの顔が可愛い状態のときだけこんな風に言うだけですから。数日前には、こうやってへらへらしてあやのことを「可愛い。可愛い」と、言っていたのに、今日は「一緒にお風呂に入ってあげて」と、言っても「嫌」だもんね。10年後に頼んだら(あやが嫌がるに決まっているけど)、喜んで一緒に入りたがるんだろうにね(爆)息子さんをもつ母親の心境ってどのようなものなのでしょうか?我が家には、男の子がいないので、そういう気持ちは良く分からないのですが・・・母親にとって息子は「永遠の恋人」って、言う人がいますよね・・・これって本当なんでしょうか??? (@@;;;) そう言えば、なぜか父親にとって娘を「永遠の恋人」とは、あまり言いませんよね。これって、ある程度の年齢になれば、娘の方が親離れしちゃうからでしょうか?その点、男の子は、多かれ少なかれマザコンだもんね(笑)
2003年10月25日
あやが「私、縄跳びが跳べるようになったの」と、言うので、華麗に(?!)跳ぶところを見せてもらおうと、近所の大きな公園に行ってきました。なんだか前に前に進んでいくような奇妙な跳び方でしたが、20回くらい跳べるようになっていました。確か以前(夏休み?春休み?)「跳べるまで特訓だ~」と、言って、練習していた頃は、あまり跳べなかったはずなのに・・・「すごいねぇ~。あや。いつのまに跳べるようになったの?」と、驚いて聞く私に、「う~ん、あやね。。。久しぶりに跳んでみたら跳べたの」だそうです。そんなもんなんですね。別に無理やりさせなくても自然に出来るようになるときは、出来るようになるものらしいです。「じゃあさっ。ママは連続100回跳んで見せるよ」と、私もチャレンジしてみました。ふっふっふ。久しぶりでもすんなりクリアしました。課題が簡単すぎたかしらね(笑) 次回は、200回にチャレンジしてみよう。機嫌よく2人で公園で遊んでいたら、急に怪しい空模様になってきました。「あや~。まだ帰らないのぉ~」と、言ってもあやは聞く耳持ちません・・・ついに本格的に暗くなってきて、周りの人達も帰り始めたので、私達も家路を急ぎました。しかし、ここの公園、近所とは言っても、結構遠いんですよ。大きな公園で池に鴨がいたりして、いい雰囲気なので、運動がてら7~8分くらい歩いて来たんですよね。。。帰りにしっかり雨に降られて、大粒の雨だったこともあり、結構、濡れてしまいました・・・大慌てで洗濯物を取り入れ、ほっと一息ついて「まぁ、あやもゆっくりゆっくりとだけど成長しているんだなぁ」と、のんびりほんわかした気分の一日でした♪
2003年10月23日
この5日間くらい、添削のバイトで家にいるときもめちゃめちゃばたばたしていました。その他に、外出の予定もちょこちょこ入っていたので、余計に忙しかったんですね・・・ま、そんなこんなで、あやには寂しい思いをさせてしまいました(いつものことか・・・苦笑)兄弟もいないあやは、連日ひとり寂しくりかちゃんとジェニーちゃんで遊んでいます。ドレスを着せて、パーティーに出掛けさせたり、寝かしつけたりと結構楽しそうに遊んでいます。なんだか学校に行って授業を受けていたり、普通の生活をなぞっているって感じ(当たり前???)そのうち、あやが、2人に向かって「りかちゃん、ジェニーちゃん、働かざるもの食うべからずと言ってね・・・・」と、お説教をしていました(苦笑)これって私の口癖?(爆) 弱冠5歳の幼稚園児のセリフじゃないよね。。。まさか、これがあやの座右の銘じゃないよねぇ。。。また、ある時は、お気に入りの絵本『ナイチンゲール』を熱心に読みながら「ママ、あやね、大きくなったらお医者さんになりたいの。だからナイチンゲールの本読んでいるんだよ。この本読んだらお医者さんになれるんじゃないかと思って・・・」と、真顔で言うのです。う~ん、なんてかわゆいことを・・・しかし、ナイチンゲールは看護婦さんだ(笑) 『本当にお医者さんになってくれたらいいね』ってことで「じゃあ、あや、一生懸命お勉強しないと駄目だね。お医者さんになるには、いっぱいお勉強しないとね」と、応援すると「うん、あや、いっぱいお勉強して立派なお医者さんになろうと思うの」と、思慮深げに(?)答えてくれました。しかし、しばらく考えたあやは「ママ、あや、おいしゃさんになるんだったら、みんなと一緒に○○小学校に行けないよ。お医者さんになる小学校に行かなきゃ」と、言いだしました。う~ん、今現在の日本では、普通の小学校に行っても、お医者さんにはなれるんだよね・・・と、言うことで「大丈夫だよ。大学に行くときに、そういうお医者さんになるための学校に行けばいいから」と、教えてあげると安心して、また、お絵かきか何か(お勉強だったかもしれない・・・)を始めました。ところが、急に、またがばっと顔を上げたあやは「ママ、お医者さんの学校に行くためには、たくさんのお金がいるんだよ。大丈夫?うちにそんなお金あるのっ?」と、またまた5歳児らしからぬ発言・・・「大丈夫だよ。あやが、学校に行くためのお金くらい、きちんとパパとママが貯めているから、あやは、一生懸命、お勉強すればいいんだよ」と、諭しました。ホント、しっかりしすぎた子供を持つと苦労しますね・・・夜に家に返ってきた夫に向かって「パパ、うちには、あやが学校に行くお金がいっぱいあるんだね。いっぱいのお金がいるからママも働いているんだね」と、神妙な顔で言っていました。私から昼間のあやと私の会話を再現された夫は、「あや、でも、国立にしてね。私立に行くお金はないからね。ただ、地方に行くお金もないから、あやは東京の国立の医学部にしかいけないからね・・・」と、これまた大変な課題をつきつける夫。う~ん、そう考えると、確かに、東京って、大学はたくさんあるけど、狭き門なのね・・・(泣)あやには、もっともっとしっかりしてもらわないと・・・p(*^-^*)q
2003年10月22日
あやの運動会は、無事に終わりました。あやも私が思っていたほどには、走るのが遅くなかったようです。まだ、この年頃だと、みんなあまり勝つことに拘っていないんだなって思いました。まぁ、楽しく競技出来ればいいって感じでした。それは、それでいいことだと思うのですが、でも、一言、言いたい!ほとんどの競技は、来賓席(通常正面ですね)を向いてするので、私達親が見ている観客席からは、子供のお尻しか見えないんですよ。これってどうなんでしょう?運動場がそんなに広くないから、こうなってしまうのかもしれませんが、正直、言って、来賓の方々よりも、親の方が、我が子の勇姿を見たいんじゃないかと思うんですけどね・・・さて、さて、最近の私は、また添削のバイトに励んでいます。先週から始まったのですが(去年よりも早い?)、また思いっきり悪態をつきながら添削しています。意味不明な文章も多く、どう添削すればいいのか悩みます。かと言って、内容そのものを変えてしまう訳には行かないので(変えてしまいたい人もいるんですけどね・・・)、悪戦苦闘しています。幼稚園の小冊子の発行も迫っているし、忘れていたんですが、今学期の親睦会の幹事でもあったようです・・・2学期って、何かと忙しいのね・・・
2003年10月20日
明日は、あやの幼稚園の運動会です。年長さんになるとリレーがあるんですよね・・・足の遅いあやのことだからとても心配です。「あやね。とっても走るの速いんだけど、バトンもらったときは2番だったのが、あとで見たら3番だったの。でも、あや、とっても走るの速いんだよ~」と、訳の分からないことを言うあや。う~ん、すごく不安です。少なくとも抜かれるのは止めて欲しい。バトンもらったままの順位で次の子にバトンを渡してください・・・昔、昔、忘れもしない。私の通っていた小学校では、月に1回、リレーがあったんですよ。メンバーは出席番号順。だから、遅い子と同じチームになると悲しいことに負けちゃうんですよね・・・まぁ、そんなものに熱くならなくても・・・って、今だったら思いますが、当時は、クラス一丸となって熱く燃えていたんですよ(笑)当時、走るのが速かった私は「ちりは、速いからアンカーね」と、言われて、負けず嫌いな私は、放課後、みんなと練習した後に、家でも黙々と走る練習をしてましたね。でもね、私と出席番号がすごく近い子に「まゆ」って子がいたんですよ。この子ってものすごく内股で(今にして思えば足が悪かったんでしょうね)、人並みはずれて走るのが遅い子でね・・・この子のせいでトラック半周分以上遅れて、バトンが渡されるんですね。だから私がいくら足が速いといっても、普通よりは速いってレベルなので、これだけ遅れていたら、どんなに一生懸命走っても追いつく訳ありません。。。アンカーってことは、後ろに誰もいなくて、みんなが見守る中、う~んと遅れてゴールするんですよ。ものすご~く嫌でしたね。一生懸命練習して、一生懸命走って、そんなに遅い訳がないと信じていた私は、いつもいつもその子と同じチームになるたびに「あんた、人より遅いんやから、人の何倍も練習しぃ~な」と、放課後、無理やり走らせていました。今にして思えば、残酷なことをしたなって思います。。。きっと、彼女は、今も私のことが大嫌いなんだろうな・・・きっとその罰が当たって、あやは走るのが遅いんでしょう。今まで生きてきて、色々人を傷つけてきたから、その報いをあやが受けるんだったら、きっとあやってどうしようもない子になるんだろうな・・・
2003年10月17日
胡同(フートン)というのは端的に言うと、「路地」っていう意味で、北京の昔ながらの街並みを残しているところです。そこへは、大通りまでは、バスで行き、路地は輪タク(?人力車ですね。要するに)で散策してもらいました。本来は、この人力車は二人乗りですが、私達は、3人で行っていたので、3人で乗せてもらいました。他の人力車は、みんな二人乗りなのにお気の毒です・・・まぁ、私の体重とあやの体重をあわせても夫の体重には及ばないので(本当か?笑)、成人男性の二人連れを乗せたと思えば、許せるか・・・その人力車で、狭い路地を行くと、間口の狭い一軒の民家(?)の前で、降ろされました。そして民家へ突入!じゃなくて、お邪魔させていただきました(笑)これは、旅行会社がこちらの民家を拝見させていただくという契約をしているのだそうです。家の中は、間口からは想像もつかないほど立派で広かったです。子供部屋なんか、テレビゲームみたいなものがあったり、立派なオーディオ機器があったりと、日本の子供部屋と変わりませんでした。ダイニングや書斎も広くて立派でした。う~ん、日本で言うところの中流家庭って感じ???お風呂は、なぜか五右衛門風呂みたいな感じでした。この辺は日本とは違うのね。日本だとシステムバスが普通だもんね。こちらのお宅は、余った部屋を民宿(?)として貸し出しておられるようでした。よく分からないけど、一泊2食付で2500円程度みたいでした。これが一部屋の値段なのか一人当たりの値段なのか聞き忘れてしまいました。まぁ、いずれにせよ安いんじゃないでしょうか?日本だといくらくらいするんでしょうね???ホテルだと普通に泊まるだけで1万円以上はしますよね? まぁ、多少、中国の中流家庭の雰囲気に触れさせていただいて、狭い路地をもと来た道を大通りまで人力車で戻りました。料金は、一台辺り10元(150円くらい?)でした。 安いよね~。鎌倉に行ったときに「乗って。乗って」って客引きされたけど、5000円か1万円だったような気がします。乗らなかったけどね(笑)日本の観光地にもあちこちにこういう人力車が走っていますよね。きっと、日本だとどこもこのくらいの値段なのでしょうね。世界遺産のような派手さはなかったんだけど、意外と、この散策は面白かったです。もしも中国へ行かれたら、体験してみてはいかがでしょう?
2003年10月16日
本日は、1998年に世界遺産登録された「頤和園」について書きますね。北京市から西北に約12km離れたところにあり、1750年に築造が始められ、1886年に再建 された「頤和園」は、古代中国の皇室園林建築の代表作と言われているそうです。面積は、290万㎡で北京最大の公園です。主体となる昆明湖と長さ700mにおよぶ「長廊」は漢白玉石の欄干で連がった美しい絶景でした。地元の人たちが、のんびりと合唱していたり・・・パフォーマンスなんでしょうね。大きな毛筆で延々と石畳に水で字を書いている人もいらっしゃいました。ものすごく綺麗に書けていて、すぐに消えちゃうのが勿体無いような気がしました。背景となった西山の峰々、玉泉山の宝塔、昆明湖、十七孔橋などはすべて頤和園 の中に溶け込まれて、美しい頤和園の景色を彩っていました。写真がないのが本当に残念です(泣)一言で言って、スケールが違うって気がしました。すごく壮大です。ここで、ガイドさんが「遊覧船に乗りますか?」と、おっしゃって、みんな「乗る!」と、言ったので、乗りました。ボートに乗っている人もいたので、私はそっちの方がいいと思ったのですが、団体行動なので、自分だけ好きに出来ないのが辛いところです。のんびりとボート漕ぎたかったなぁ・・・
2003年10月14日
またお休みしちゃいましたが、今日は、「故宮博物院」のことを書きますね。こちらの博物館の財宝は、ほとんど台湾に運ばれてしまっているので、残っているのは建物のみです(笑)華僑の試験が行われたのもここです。華僑の試験に合格すると言うことは、ものすごいエリートとして認められるということで多くの人がこの試験を目指します。建物の中に軟禁状態で3日間かけて、泊りがけで試験を受けるんですよ。精神的にも強くないと持たないですよね・・・カンニングに使われた、ものすごい細かい字でびっしりと毛筆で書かれた服(ベスト?)も展示されていました。「素晴らしい!」ここまでしたこの努力だけでも買うべし!って私なんかは思っちゃいましたけどね(笑)建物自体は、本当に素晴らしくて、多くの役人が国を治めていた当時がしのばれる壮大なものでした。ただ老朽化が進んでいるとのことで、資金を集めて修復作業が行われるとのことでした。そして今、その資金集めをしているとかで、立派な作品群(7点くらい?)と、それを収めたケース(?)がセットで98万円で売りますってせっせと売り込まれました。確かにすごく立派でリビングとかに置いたら映えるだろうなって思いましたが、旅行に来てこういうの買う人ってそうそういないような気がするのですが・・・「家宝になります。中国政府から認定証をさしあげます」って、説明してくれた人は言っていたけど・・・我が家は、ちょっとご遠慮申し上げました(笑)同じツアーの年配の夫婦が、ちょっと興味ありそうな感じで話を聞いておられました。。。「息子夫婦も1週間後に来るから云々・・・」って、結局、買ったのかなぁ。気になります。とっても(笑)
2003年10月12日
これは、私が日記のネタに困っていた時に、あやが「あやが小説を書いてあげるから、それを書けばいいよ」と、言って、考えてくれた小説のタイトルです。まだ本文は出来上がっていないようなので、出来上がったらまた紹介させていただきます。そして、今日の日記は・・・・今日は、うちにあやのボーイフレンドが遊びに来ました。その子が、「お母さんは来なくていいよ。僕、あやちゃんの家まで一人で歩いていくから」と、宣言したので、あやとY君と私の3人でうちまで歩いて帰りました。うちに着くと、2人で仲良く遊びだしたので、私は、仲間はずれになってしまいました。おやつの支度をしてしまうと、後は、1人で本を読んで過ごしました。夕方4:30頃になってY君が「そろそろお母さんが迎えに来る頃かなぁ。手紙書くから紙ちょうだい」と、言うので、あやとY君にペンと紙を渡してあげました。2人は「書くまで見ちゃ駄目だからね。あやは、こっちの部屋で書くから、Y君はそっちの部屋で書いてね」と、秘密裏に手紙を書きっこしていました。あやは、私に見せてくれないで、直接Y君に手紙を渡しちゃったので、あやが書いた手紙の内容は分かりません。Y君のくれた手紙は、じゃ~ん。ここにあるので、紹介しますね。あやちゃんへあやちゃんすきだよ。いっちばんすきなのわ(「は」が正しい)あやちゃんだけだよ。(はあと) ほんとうにほんとうにだいすきだからね。ちゅ(はあと)。ちなみに、このY君は、あやが去年のバレンタインデーにチョコレートをあげた子でも、ずっと格好良すぎる~、好き好きって騒いでいた子でもありません。このY君ってあやの何人目のボーイフレンドなんでしょう?(笑)と、言うか、Y君も一体、何人の女の子に同じようなラブレターを書いたんでしょう?(笑)ホント、私も幼稚園に行きたいなぁ~(爆)
2003年10月09日
ただいまっ☆と、言ってもあちらでSARSの疑いありって言われて、今日まで帰って来れなかった訳じゃないよ(笑)とっくの昔に帰って来ていたんだけど、ショックなことがあって、しばらく書かなかったら、今度は日記書くのが面倒になっちゃって、しばらくお休みしていました。ショックなこととは・・・夫が帰りの空港かどこかでデジカメを無くしました o(ToT)o ダーせっかく撮った300枚の写真が全てパーです。ツアーだったんですが、ツアーの人たちで一緒に撮る記念写真(万里の長城等で撮った!)も購入していなかったので、写真は一枚も手元に残りませんでした(泣)しかもこのデジカメ、買ってから、まだ一年も経ってなかったんですよ!メモリカードも張り切ってたくさん写真が撮れるように買ったのに・・・観光の目玉はやっぱり万里の長城かな?行ったことがある人からは、「すごく急で結構大変だから、歩きやすい靴を履いて行った方がいいよ」と、言われていたので、「え~!!!あやに登れるかなぁ」と、ちょっと不安でしたが、あや曰く「私はおばあちゃんと一緒に山登りしているから大丈夫だよ。登れるよ」と、なんだか訳が分からないけど自信満々でした。果たして万里の長城は、急で思ったよりもたくさん歩かされました。しかも、東京に比べて中国は寒いと思っていたのに、この日は、いいお天気ですごく暑かったです。中国って気温は日本よりも低くても日差しがきついんですよ。ものすご~く。照りつける日差しが寝不足の私の体を鞭打つ・・・あやの手を引いて、階段になっているとは言え60~70度くらいの勾配をよたよたと登りました。途中、景色のいい(見晴らしのいい)ところでは、「転がり落ちたら死ぬな」と、いう恐怖に震えながらにっこり笑って壮大な景色をバックに写真を撮りつつ登りました・・・写真がないのがとてもとても残念です。最近ネタに困っているので、ひとつずつ小出しにしていきます(笑)
2003年10月08日
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