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【 小野正嗣 / 九年前の祈り 】先月、久しぶりに友人のMさんと会った。お互い県内の西と東に分かれて住んでいるため、そうそう会うことは叶わない。今回は、県内の中部に当たる静岡で待ち合わせをし、久能山東照宮に参拝に行って来た。お互い、御朱印を集めてホクホクする仲なので、バスやロープウェイを乗り継いで行くのも厭わない。天気にも恵まれ、足取りは軽やかだった。国宝にも指定されている社殿を前に、私たちは帽子を脱ぎ、賽銭を投げ、柏手を打って、頭を垂れた。すんなりと頭を上げてしまった私の横で、Mさんはまだ頭を下げていた。一体何を祈っているのかは分からない。だが私の脳裏には、彼女のたった1人の息子さんのことが、ふと、過ぎる。息子さんは重度の知的障害者だった。その日は息子さんをデイサービスに預け、お迎えはご主人に頼んで、静岡までやって来たのだ。そんな折、私は小野正嗣の『九年前の祈り』を読んだ。あらすじは次の通り。今年35歳になるさなえは、息子の希敏(ケビン)を連れて、九州の田舎に戻って来た。希敏は少し他の子どもとは違い、スイッチが入ると大声で泣き叫んだ。まるで不当な酷い仕打ちを受けているかのように。そんな中さなえは、経済的にも心理的にも母子2人で東京で暮らすことに限界を感じていたのだ。九年前、国際交流のため町にやって来たカナダ人のジャックの案内で、カナダ旅行へ行くことになった。旅行メンバーは、町の社協職員と特養に勤めるヘルパー仲間だった。旅行は皆でワイワイ楽しかったが、移動で利用した地下鉄でハプニングが起きる。土曜日の午後ということもあり、地下鉄は混雑しており、仲間の2人を見失ってしまったのだ。皆を案内しているジャックは、友人のフレデリックと話し合い、ジャックだけ逸れた2人を探しに行くことにした。そして残った皆はフレデリックに連れられ、いったん地上に出て、ジャックが逸れた2人を連れ戻って来るのを待つことにしたのだ。そして、ふと目にした教会に、吸い込まれるように入っていった。そこではクリスチャンらしき人々が祈りを捧げている。さなえを始めとする日本人も、そのマネをして、一刻も早く逸れた2人が見つかるように祈りを捧げる。だがその中の1人、みっちゃん姉だけは、みんなが祈りを済ませてもまだ祈り続けていた。さなえはその長く祈りを捧げるみっちゃん姉の姿を、九年後になっても忘れられず、記憶として鮮明に残っていた。希敏の父親というのは、この時、カナダ旅行の現地で案内役を務めてくれたジャックの友人フレデリックであった。作者の小野正嗣は、1970年生まれ、大分県出身。東京大学教養学部卒。本作『九年前の祈り』で第152回芥川賞を受賞している。代表作に、三島由紀夫賞を受賞した『にぎやかな湾に背負われた船』がある。私と同世代ということもあるのか、内容がすんなりと頭に入って来て、琴線に触れるものがあった。文体は上品でしかも丁寧。おそらく第3の新人と呼ばれる戦後の新しい作家群の作品を読み耽ったのではなかろうか?祈りが単に願望、欲望の域を出ないものであったとしてもなお、人間が人間であり続けるための営みを描いた遠藤周作の『深い河』に通じる何かを垣間見た気がする。私は『九年前の祈り』を読み始めたとき、すぐに思い浮かんだのは、共生・共存への理解というテーマだった。例えばそれは外国人との共生だったり、発達障害などの様々な要因に対する理解、あるいは支援。言わば福祉の観点から描かれたヒューマン・ドラマなんだろうと推測していた。だが違った。それはモントリオールの教会で、みっちゃん姉が誰よりも長く祈り続ける姿を見た主人公のさなえが、九年後の未来に自分の姿と重ね合わせるところで理解する。みっちゃん姉には一人息子がいて、その息子は普通とは少し違っている。さなえにも希敏がいて、やはり普通とは違う。母と子の絆と言ってしまえば聞こえはいいが、キレイゴトとして捉えられてしまうので、この際もっと露骨に言ってしまおう。これは、切っても切れない縁、言わば因果なのである。そこにある事実から目を背けることはできない。そしてどうすることもできない状況に直面したとき、人々は跪き、祈りを捧げる。信仰心や奇跡を起こそうというものではない。もはや人間にとって最後に残された手段、それが「祈り」なのだと。私は、主人公のさなえが九年前に目にしたみっちゃん姉の祈る姿をずっと覚えていたと言う意味が、九年後になって初めて(点と線が)繋がったと思った。人は成長する。年月とともに変化し、物事を柔軟に受け入れるようになる。『九年前の祈り』は、人が祈りを捧げるときの本来の意味を教えてくれるものである。追記: 文庫本では、本作以外に『ウミガメの夜』『お見舞い』『悪の花』の計4編が収められている。これらはどうやら一本の線で繋がる関連した作品に思える。どの作品にも人間の深い業が描かれているものの、悪人は登場しない。『九年前の祈り』小野正嗣・著(講談社文庫)第152回芥川賞受賞作品 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ どうも、筆頭管理人です。記事とはまったく関係ありませんが、吟遊さんから「このごろ熱中しているもの」を二つお聞きしました。傑作でしたので、皆さんにもご披露しますね(^_-)その一、当初は「そんなの努力義務でしょ」と鼻で笑っていた吟遊さんですが、思うことあってヘルメットを購入したそうですよ!意気揚々と走る吟遊さんの姿を想像するに易いもんです(*^_^*)それでね、自転車の運動量(カロリー消費)にすっかり感激し、こまめに運動量をチェックしているようですが、自転車によって余計に食べた分が計算に入っていないから、結構なプラスになっていたりして(>_<)その二、チャッピーに夢中とか。でもね、変なプロンプト入れてチャッピーを困らせ、それで思い通りにならないと悪態ついたりと、傍若無人にふるまうもんだから、最後にはチャッピーもけつをまくったそうな!結果、AIと人間がトンチンカンなやりとりしているみたいですよ(*'ω'*)以上、皆さんには吟遊さんの近況をご案内致しました、おそまつでしたm(_ _)m ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2026.07.04

【 原田宗典 / おきざりにした悲しみは 】こちらの筆頭管理人も、すでに前期高齢者と区分される社会的立場となりました。いずれ私も近い将来その領域に達するので、傍観者のような立場ではいられません。作者である原田宗典は、同じ世代ということもあり、筆頭管理人も何か思うことがあったのでしょうか。『おきざりにした悲しみは』が令和6年に発刊されてすぐに購入したそうです。その後すぐにそれを私に貸してくれたのですが、読む機会を逸して今に至ります。最近になって「そろそろ返して欲しい」と言われ、読まずに返すことは私の読書人としての信念が揺らぐため、慌てて読んだ、と言うのがこれまでの経緯です、はい。では、ここから本題ーーー原田宗典の作品は、初期の『優しくって少しばか』を読んだことがある。現代版の雨月物語をイメージさせる怪異的な作風だった覚えがある。そのインパクトが強かったせいもあり、『おきざりにした悲しみは』を書いた作者が同一人とは信じられなかったと言うのがホンネである。『優しくって少しばか』に収められた「雑司ヶ谷へ」のインパクトはスゴいものがあった。恐怖心を煽るような、ホラーチックな作風でもあったからだ。それだけに人間も加齢とともに、良くも悪くも変化していくのだということを証明したとも言える。『おきざりにした悲しみは』のあらすじはこうだ。現在、65歳の長坂誠は、バツイチ独身。酒とドラッグに溺れた三十代を過ごした。今は物流倉庫の仕事をしながらその日暮らしをしている身だ。もともとは絵を描く才能があったことから、絵描きとして身を立てるつもりだったが、上手くはいかなかった。食べるためにはいろいろやった。最近は官能小説を書いてみたりしたが、締切に間に合わず、結局、創作意欲を失った。疎遠になっていた父親が、いよいよ危ないという連絡を妹から受けた。両親はもうずいぶん前に離婚して、父は大阪の老人ホームに入所していた。そんな折、玄関扉の脇に設置してある洗濯機の水道から水を盗もうとした隣人のことが気になった。アパートの隣の住人は、本来なら母親と中学生の娘、小学生の息子の母子家庭のはずだが、どうやら母親が不在のようだ。異常な蒸し暑さの中、電気が止められているようで、冷房もついておらず、夜も真っ暗だった。水も止められているのかトイレが流せず、異臭が漂っている。気になって隣の子どもたちに「いっしょにカレーを食べよう」と声をかけた。話してみると、どうやら母親が姿を消して20日ぐらい経つようだった。娘は真子と言い、弟の方は圭と言う名で自閉症があるとのこと。警察に通報したらどうかと提案してみるが、激しく拒否され断念。こうして長坂と隣の住人である姉弟との奇妙な生活が始まった。この作品は、つくづく読者を限定していると感じた。おそらくはこちら吟遊ブログの筆頭管理人を含めた同世代の方々に向けた、ハートフル・ストーリーである。まず冷静に読んでいると、読者は必ず疑問が生じるはずなのだ。このご時世、東京の郊外とは言え、アパートの隣人のことなど気にとめるだろうか?百歩譲って、隣人の尋常ならぬ状況に同情を隠せず、一度や二度の食事の差し入れぐらいはしても、自分が生きるだけで精一杯なのに、何日間も他人の子どもの面倒をみることが可能だろうか?まずは警察への通報、あるいは児童相談所への連絡からではないのか?等々、一般常識から言って、この作品の主人公の行動はだいぶ逸脱している。だが、それでいい。作者の原田宗典の根底に流れるのは、ある意味で幻想、夢と希望、摩訶不思議な世界観なのである。これだけ世知辛い世の中なら、非情な現実から目を背けたくもなるし、なんならそんな現場から一刻も早く逃避したくもなるのが人間の性(さが)というものであろう。吉田拓郎の奏でる四畳半フォークを愛する昔の若者たちは、純粋に過去への懺悔と孤独を受け入れる覚悟を持って生きているのかもしれない。彼らは内容うんぬんより、同じ時代を生きた同志たちとの共鳴、残された人生への応援歌(エール)を聴くような感覚で、この作品と向き合っているのだと思った。読者それぞれに可もなく不可もなく、感想があってよし。あなたの感性が、この作品のすべてである。『おきざりにした悲しみは』原田宗典・著(岩波書店)※筆頭管理人から一筆啓上。拓郎さんは「おきざりにた悲しみは」で歌います。これが実に刺さるわけですなぁ(^^;)このまま逃げられると思ったら大間違い。それに気づいた初老の男は、たいそう屈託しそして何かしらの思いを抱くわけです。ちっぽけではありますが、自分なりの宗教観、とでも言いますか・・・作者と同じ歳の私は、拓郎さんのこの一節が小説のモチベーションになっている、そう確信しました。1960年前後生まれで、たとえハンパな生き方をしてきても、我が越し方にきちんと向き合いたいと思う御仁は、どうぞご一読あれ!それでね、あれこれ言ってますが、しじゅう鼻歌するほどの吟遊さんですから、さっそくギター片手に『おきざりにした悲しみは』を歌ったことはいうまでもありません(と思います、間違いない!)。余談まで、吟遊さん若かかりしころのお話し。盛り上がったカラオケ会場で、意気揚々と「世情」を熱唱し、周囲の心胆を寒からしめたという逸話をお持ちです(^^;) それで本人は悦に入っていたというのですから、ホント吟遊さんらしいお話しです(*'ω'*)プププッ★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2026.06.06

【 今村夏子 / こちらあみ子 】私はこれまでこういう小説を読んだことがない。ハッキリ言うが。固定観念が邪魔するせいで、名だたる文士・文豪の作品でなければ、読んでいても残るものがないと考えていたからだ。ところが最近は、肉体的にも精神的にも丸くなったのか、世の中で支持されている小説(いわゆるトレンド的なもの)も読んでみようという気になった。例えばそれは、本屋大賞を受賞したものとか、若くして芥川賞を受賞した話題の作家のものとか。最初の数ページで読むに耐えないものは除外するとして、何となく惹かれるものは買ってみる。文庫本なので大抵は¥1,000以内で購入しやすい。今回は、今村夏子の『こちらあみ子』を手に取った。例によって最初の数ページをスルスルと読むにつれ、「これは福祉教育の啓蒙かな?」と思った。息子が福祉の道に進んだこともあり、興味を持った。冒頭の感想に戻るが、こういう小説を読んだことがなかったので、とにかく度肝を抜いた。一体何なのか?これを今風にざっくり表現すると、「イタイ」というのだろうか?まずは『こちらあみ子』のあらすじを紹介する。あみ子は小学1年生。2つ上の兄がいて、両親がいる。だが母親は後妻で、あみ子や兄の本当の母親ではない。母は自宅で書道教室を営んでいるが、あみ子が習字をやることは禁じられている。教室に入ることもだ。だからあみ子は、バレないように襖の陰から覗くことしかできなかった。教室には数人の子どもたちの中に混じって兄もいた。字のキレイなのり君もいた。あみ子は大抵、兄といっしょに登下校した。兄は両親から妹が学校の行き帰りに悪さをしないよう見張ることを言いつけられていたのだ。あみ子は給食でカレーライスが出されると、「インド人のまね」と言って手で食べた。もちろん家でもだ。ある時、あみ子は赤ちゃんが生まれてくることを知った。弟か妹ができるのは、なんとなく楽しみだったが、しばらくして周囲がそろって赤ちゃんのことをとても悲しいことだと言った。いろんな人から「残念だったね、元気だしてね」と何度も声をかけられ、その都度あみ子は「そうよ、ほんまにがっかりしたよ」と答える一方で、兄は「うん、まぁ、はい」と返事をしていた。学校からの帰り道、あみ子は字のキレイなのり君に、「弟の墓」とマジックで書いて欲しいと頼んだ。それは墓を建てる木の札だった。のり君はイヤで、ずっと渋っていたが、根負けしてしまい、あみ子から札とマジックを受け取ってしまう。あみ子はのり君の書いた札を「金魚のおはか」の隣に差し込んだ。そのキレイな字を見せたくて、台所の母をつかまえ、連れて来た。「きれいじゃろ」とあみ子が指し示す先を見つめ、母は声を上げて泣き出した。それを聞いた兄が慌てて駆けつけ、引き抜いた木の札を持って父のところへ行った。著者の今村夏子は学歴を公表しておらず、大阪市内の大学を卒業しているという情報しかない。(Wikipedia参照)興味を引いたのは、大卒でありながら、その後は清掃のアルバイトなどを転々としたという経歴。1980年生まれの彼女が、どんな思いでこのデビュー作となった『こちらあみ子』(あたらしい娘・改題)を書き上げたのかは想像の域を出ない。本書は、第26回太宰治賞を受賞し、後に『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞する。『こちらあみ子』を読んでいると、読者はすぐに主人公のあみ子が発達障害か何かなのだろうと想像する。だが作中ではそういう背景が語られない。時代設定も、昭和のことなのか平成初期の頃のことなのかハッキリしない。おそらく作者にとって、そんなことはどうでもいいことなのだろう。ただそこに、無垢で純粋、しかも悪意のない小学生の女の子が存在するだけで、周囲が疲弊していく様子が描かれている。あみ子は悪気がない。自分に正直に生きているだけだ。だけどその生き方は、いわゆる常識から逸脱している。そのことで誰かを傷つけ、迷惑をかけ、しまいには家族をバラバラにしてしまうが、本人は至ってへっちゃら。それがあみ子の個性なのだからしょうがない。現代は多様性を重んじ、共存・共生の時代である。だが家族の中に、あみ子のような存在がいた時、自分ならどう対処するのか?平然としていられるだろうか?私たちは多様性という言葉に対して、余りにも無関心なのではなかろうか?あるいはその言葉の意味について、じっくりと考えることを避けて来たのではなかろうか?私自身、この問題については、あまり触れたくはなくて、どちらかと言えば表面的にサラリと流してしまいたい衝動に駆られる。この小説は、現実から目を背けた大衆に、これでもかと言うほど痛みを突き付ける。多様性、共存、共生なんて、実は幻想なのだと、鋭い痛みと共に思い知らされる作品なのだ。『こちらあみ子』今村夏子・著(ちくま文庫)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~※筆頭管理人さて吟遊さん。呻吟の末にこれを脱稿したのですが、その後は大好きな園芸作業に勤しんだそうです。それでね、このごろはすっかり夢中になっている吟遊さんで、花々に叱咤激励(本人は話しかけという)しつつ、水くれに勤しんでそうな。ヤバッ(^^;)また寸暇を惜しんで草取りにも精を出しておりますが・・・運動不足の身体には実に堪えるようで、すっかり疲労困憊してしまうこともあるそうです、プププッまあ、それはいいのですが次の日の出勤の折は、電車で「立ち眠り」する始末だそうで(*'ω'*)でも、そんなことは意にかえすそうな吟遊さんであるはずもなく、次の休日に隣の奥さんに褒められ、すっかりその気になってるようですよ。天下泰平、よいかなよいかなぁ~以上、吟遊さんの近況でした(^_-)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2026.05.09

【 村田沙耶香 / コンビニ人間 】今年の冬は、言うほど寒くはなくて、気象庁の予測通り暖冬だったと思う。その分、心配なのは、それだけ早く夏が訪れそうなことだ。とは言え、自然現象を人の力でどうにかすることも叶わないので、自分にできることなんて、予想に備えて気持ちを引き締めるぐらいだろうか?一方で、私事で恐縮だが、息子がこの春、転職した。今の時代、転職なんて大して珍しくもないし、私自身、何度となく繰り返した。だから「ふーん、そうなんだ」と、何でもないことのように振る舞いたかった。それは親としての矜持でもあるから。だが、ショックだった。大学時代、就職試験に向けて寝る間も惜しんで勉強していた息子の努力を見ていた。地元の福祉系の大学からの進路は、ほぼほぼ決められていて、本人もつぶしが効かないことに気付いていた。何が何でも希望の職に就いて、それこそしがみついてでも頑張るつもりだったに違いない。だが、人生とは、そうそう希望通りにはいかないし、ましてや親の願望通りには進まない。全てが予測不可。神のみぞ知る世界。それが人生である。結局、息子は7年間勤務した職場を去ることにした。今は民間企業に転職し、研修を受けつつ1日も早く新しい仕事に慣れようと必死だ。しかし彼はやはり再び福祉の道を選んだのだ。そんな折、私は『コンビニ人間』を読んだ。世の中の価値判断がどうであれ、一定のルールに従って、マニュアル通り合理的に働くことのできる環境を良しとする主人公が、嬉々としてコンビニで働く中、成り行きでコンビニ店員を辞めることになった。だが改めて自分とは何かを模索する中で、やはり自分にはコンビニしかないと気付く、という内容だ。作者は村田沙耶香で、1979年生まれ、玉川大学文学部卒である。2003年に『授乳』で第46回群像新人文学賞を受賞し、デビュー。2016年に、本作『コンビニ人間』で第155回芥川賞を受賞している。作品の傾向としては、ジェンダー文学とも言えるし、ディストピアとも言える。一般的な純文学とはだいぶ違うような気がするので明言を避けたい。作品のあらすじは次のとおり。恵子は幼い頃から奇妙なところがあった。公園で小鳥が死んでいるのを見つけて、友だちは皆かわいそうだと言って泣く一方で、恵子はせっかくだから「これ、食べよう」と母に提案する。母はギョッとするが、恵子としては至って真面目。父が焼き鳥が好きなので、焼いて食べるのがいいと思ったのだ。また、小学校の頃、男子が取っ組み合いのケンカを始めたところ、誰かが「止めて!」と言うので、恵子はすぐに反応して、用具入れからスコップを取り出し、一方の男子の頭を殴って止めた。その後、自分の行為のせいで両親が困惑し、悲しんだりするので、皆のマネをするか、誰かの指示に従うようにして過ごす。それからはカウンセリングを受けたりするものの、特に変化はなかった。大学生になっても変わらなかった。ある時、オフィス街で、新規オープンのコンビニ店員募集のポスターに気付く。恵子はすぐに採用された。コンビニの仕事は全てがマニュアル化していた。皆が同じ制服に身を包み、服装チェックのポスターに従い、身なりを整える。アクセサリー類を外し、「いらっしゃいませ!」と笑顔で挨拶すれば、コンビニ店員の出来上がりである。他にも、温かい物は冷たい物と分けて袋に入れたり、ファーストフードの注文があった場合は、手をアルコール消毒するなど、全てが決まり事となっていた。恵子はこの環境の虜となる。ここにいれば、恵子は「普通」なのだ。世界の正常な部品として起動しているのだった。私はこの作品を読んだとき、何とも言えない空虚な気持ちに苛まれた。でもそれは主人公・恵子に対する同情ではなく、むしろそういうことは表立って出てこないだけで、実は日常生活の中にいくらでもあり得ることなのだと思う。常識という物差しを作ったのが、政治家なのか法律家なのかは分からない。人間が集団で生きていく何年もの長い期間を経て出来上がった倫理なのだろう。おそらくは。だから多くの人たちが普通だと思えることが正義であり、そうではない少数派というのが、いつの世でも奇妙に思われ、果ては変人扱いを受けて来た。現代では心療内科(精神科)の分野も進んで、様々な傾向とか特徴を内包する人格に、病名も付くようになった。恵子にも何か性格的問題を抱え、家族を心配させる障害を持っていたに違いない。だけど問題はそこではなさそうである。この社会に常識というものが暗黙のうちに存在することで、その枠から少しでも外れたら奇異な目で見られる。恋愛をして結婚し、子どもが2人いて、夫が公務員というスタイルが勝ち組なのか?万年コンビニで働くバイトの店員は負け組なのか?一体、人生とは誰のためのものなのか?私たちは生きている限り、人目に晒され続ける。常識にとらわれない生き方なんて、ほぼほぼ不可能に近い。(大胆な人はそれもやってのけるかもしれないが)せめて他人様に迷惑をかけない程度に生きていくなら、どんな職種でも、未婚でも、無趣味でも、大目に見て欲しいと言う筆者の心の叫びを聞いた気がした。『コンビニ人間』は、日本の小説には珍しく、男女の情念や行間に感じられる心の機微のようなものは皆無である。空虚なことすら気付かない程に渇いた文学である。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~※筆頭管理人先に吟遊さんから「遅ればせながらコンビニ人間を読んでいる」と言われました。するとタイムリーなことに、週刊文集の一面カラー広告を目にしたもので、吟遊さんにお知らせしました。飛んで火にいる夏の虫(*'ω'*)こちらも「一刻も早く」掲載準備をさせられることになりました(^^;)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2026.04.18

【 小野不由美 / 鬼談百景 】平成10年に現在の居住地に、建売住宅を買って現在に至る。当時は真新しく、親戚や友人らからうらやましがられたものだが、二十数年も風雨に打たれ続けた我が家も、あちこち綻びができて来た。一人居間でゴロゴロしていると、ピシッとかカタッとか、物音がする。その音源は不明。息子は外出中で、屋内は自分一人のはずなのに、はて・・・?と考え、「家鳴りかな?」と結論を出す。それだけこの家も古くなった証拠なのだ、仕方がない。とは思いつつも、こう頻繁に二階で、いるはずのない人の気配がすると、怖気が走る。息子が在宅の際には、居間で、思わず2人顔を見合わせる。「なんだろうね?」「ヤバくね?」一瞬だけそこに意識はいくものの、すぐにテレビの方に向き直るのだから、楽観主義にも程がある。そんな折、小野不由美の『鬼談百景』を読んだ。内容は、タイトル通りではなく、九十九話の怪談が収められた、現代の怪談本である。とは言え、『雨月物語』のようなおどろおどろしさはなく、モダンで読みやすい。作者の小野不由美は1960年生まれで、こちらのサイトの筆頭管理人と同い年である。大谷大学文学部卒。作風は主にラノベを中心に展開しているが、代表作に『十二国記』があり、歴史ファンタジー小説なども手掛けている。今回読了した『鬼談百景』は、読者の体験談をもとに作ったショートショート作品集とのこと。そのため一話一話が短くまとめられているので読み易い。背筋の凍るような恐怖感はないけれど、「なんだかわからないけど、ちょっと怖い」的な内容となっている。私が特に好きなのは、「遺志」と「軍服」である。「遺志」は、父親が亡くなった後に起きた不思議な現象について。「軍服」は、ミリタリーグッズを収集する変わった趣味を持つ男について。前者は、なんとなくホッとするようなアットホームな感じさえするのに比べ、後者は、本当に怖いのは幽霊などではなく、生身の人間の方だと警鐘を鳴らしている。興味深いのは、巻末の解説を稲川淳二が寄せていることだ。稲川淳二と言えば、かつてはイジられキャラのお笑いタレントだった。(80年代)また、自らを恐妻家として、気の小さい弱々しい夫を演出して(?)、お茶の間を楽しませてくれた。それがいつ頃だろうか?怪談芸人へとシフトしていくのだ。そんな稲川淳二が、一端に解説を担うだなんて・・・ちょっと驚きを隠せない。これはあくまで私個人の感想として聞き流していただきたいのだが、『鬼談百景』そのものよりこの稲川淳二の解説を読む方に意義を感じたのだ。(つまり、怪談入門として効果的なレビューとなっている)日常生活の中にひっそりと息づく不思議な出来事や、昔から伝わる迷信的な噂話。どこまでが事実で、どこからが作り話なのか、ぼんやりと曖昧なこと。そういう小説が廃れつつある現代。昨今の人は「事件の怖さは分かっても、怪談の怖さが分からない」と言う。稲川淳二は、怪談を知ることで、生きていく上での大切なことが分かると語っている。この怪談ストーリーテラーの稲川淳二の解説に、触れるだけで何となく日本の怪談文化が分かったような気持ちになるのだから不思議だ。小野不由美の『鬼談百景』は、万人が許せる範囲の怖さを提供してくれる、ショートショート作品集なのだ。『鬼談百景』小野不由美・著(角川文庫)※筆頭管理人記すさて冒頭で吟遊さんは、ジャージ姿で読書に勤しんでいるわけですが、その所以は!何やら思うことがあったようで、吟遊さんはこのごろ体操に励んでいるのです(^^;)歩いたり跳ねたりするのは誠に結構なことですが・・・寅さんの主題歌がふと頭をよぎりましたとさ。プププ★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2026.03.21

【 辻村深月 / 鍵のない夢を見る 】概ね失敗がなく、作品の完成度が高いからだ。そう言う意味で手に取った『鍵のない夢を見る』は、見事な心理サスペンス作品だった。5つの短編が収められたアンソロジーで、私が特に好きなのは、「美弥谷団地の逃亡者」と「芹葉大学の夢と殺人」である。作者は1980年生まれの辻村深月で、私より10歳程若いため、なかなか作品を手に取るまで時間がかかってしまったのだが、一たびページをめくると、読了までにさほど時間はかからなかった。つまりは「おもしろい!」。言うまでもなく『鍵のない夢を見る』は、第147回直木賞を受賞している。「やはり」「さすが」としか言いようがない。辻村深月は山梨県出身で、千葉大学を卒業。作品ジャンルは主に心理サスペンス的なものを手掛けている。直木賞以外にも、『ツナグ』で吉川英治文学新人賞を受賞し、『かがみの孤城』で本屋大賞も受賞している飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子作家なのだ。(異色なところで2019年公開の『映画ドラえもん のび太の月面探査記』の脚本も手掛けている。※Wikipedia参照)「美弥谷団地の逃亡者」のあらすじを少しだけ紹介しよう。美衣は高校を卒業後、バイトをしたりしなかったりと定職にも就いていない。出会い系サイトで26歳の陽次と出会い、付き合うことになった。仕事が長続きせず、自分がダメ人間だと自己嫌悪に陥る美衣を、陽次は相田みつをの詩集を紹介し、慰め励ます。これまで付き合って来た男たちとは違う陽次に惹かれる美衣だが、しだいに陽次の束縛が激しくなっていく。美衣のバイトが決まって働くようになると、陽次と会える時間が減り、そのせいで暴力をふるわれた。美衣の住む団地の花壇の前で、歯がぐらぐらになり、血が出るほど蹴られたのだ。だが、蹴ったり殴ったりした後の陽次は優しかった。ダッシュでコンビニに氷を買いに行き、泣きながら謝って冷やしてくれた。美衣は母親と2人暮らしだが、彼から受けたDVの話をすると、母親は身体の痣を確認し、「警察に行こう」と、美衣の手を引くのだった。この短編の結末は、いわゆる〝メリバ〟(メリーバッドエンド)というものだ。ストーカー、DV、殺人と、様々な負の要素が盛り込まれ、心理的に息苦しくなるような閉塞感を覚えるのだ。主人公2人の交際は出会い系サイトがきっかけだが、作者は特にそれを糾弾するのが目的ではない。誰の心にも内包する捉えどころのない闇が、大きく負の方向へベクトルがシフトした瞬間を捉えている。団地住まい、母子家庭、高卒、相田みつをの詩集。主人公(美衣)の背景を知るキーワードがいくつか挙げられるが、それこそどこにでもありがちな設定である。だが、だからこそ怖い。日常に潜む狂気だからだ。辻村深月の作品は、この文庫本一冊だけしか読了していないが、もっと読んでみたいと思った。私の大好きな漫画家の山岸凉子が小説家だったら、きっとこういう作風なのではとイメージしたり、読後の余韻が止まらない!読み出したら止まらない、心理サスペンス作品として秀逸なのだ。『鍵のない夢を見る』辻村深月(文春文庫)※第147回直木三十五賞受賞作品★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2026.03.07

【 エイリアン・ロムルス 】『貨物船コーベランの航海日誌。目的地はユヴァーガだが、無事に辿り着けるのか、どんな運命が待ち受けているのか不明だ。でも、何があろうと立ち向かう覚悟がある。唯一の生存者、レイン・キャラディン。報告、以上』明けて新年、吟遊ブログは映画レビューから始めようと考えていた。年始にamazonプライムで『エイリアン・ロムルス』を見たからだ。ところがいざレビューを書こうと思ったら、なかなか書けないものである。『エイリアン』シリーズには、ものすごく熱い(?)ファンがガードしているから、下手な感想は書けない。冷静かつ客観的に捉えて、真摯にレビューしなくてはと思ったのだ。そうこうしているうちに、ロムルスを見てからひと月以上が過ぎてしまった。まずは記憶を呼び起こすためにも、簡単なあらすじを紹介しておこう。西暦2142年。ウェイランド・ユタニ社が植民地とする鉱山で働くレインは、任期を終え、惑星ユヴァーガへの移住の手続きをすることにした。ところがユタニ社の都合で、労働者の契約期間が延長されてしまい、レインはユヴァーガへの移住が叶わなくなってしまう。そんな折、友人のタイラーから連絡があり、相談があるというので会うことにする。タイラーの目的は、ユタニ社から飼い殺しのように鉱山で働かされることからの脱出で、惑星ユヴァーガへの逃亡を果たすことだった。それには軌道上に放棄されたユタニ社の宇宙船から冷凍休眠装置を盗み、宇宙貨物船コーベランでユヴァーガへ逃亡するという計画。メンバーは、タイラー、ケイ(タイラーの妹)、ビヨン(タイラーの従弟)、ナヴァロ(ビヨンの彼女)、アンディ(旧型アンドロイド)そしてレインの6人である。レインは姉弟のように寄り添って生きてきたアンディを利用するような形になり、計画には乗り気ではなかったが、ユヴァーガへ行きたい一心で計画を実行することにした。最初は簡単そうに思えた計画だったが、ユタニ社の宇宙船が小惑星と衝突することが判明。慌てて冷凍休眠装置を貨物船に運び出そうとするものの、無人であるはずの宇宙船内に、何か動く気配がある。その原因と助かる手段を知るための手掛かりとして、無惨な姿で横たわるアンドロイド(人造人間)のアッシュを起動させることにした。私はこれまで見て来た『エイリアン』シリーズでは、『エイリアン3』が本命である。つまり、『エイリアン』は最初の3作品までが王道の叙事詩であり、あとは番外編的なものとして捉えるというのが私のホンネである。だがロムルスの完成度の高さを見れば、ちょっと引いてしまうぐらい臨場感いっぱいのSFホラーに仕上がっているから、しょせんはB級作品だなんて、口が裂けても言えない。とは言え、この作品の全体から漂う退廃的な雰囲気は、何ともやりきれないものがある。相変わらずの日系企業ユタニ社の、労働者を人とも思わない過酷な労働環境と、そこから脱出したい若者。相手が誰かも分からず身ごもる少女。都合が悪くなると旧型アンドロイドののんびりとした優しさを求める人間のエゴ。(通常ならアップデートされるのを良しとするのに)もともとウェイランド・ユタニ社の植民地にも志しを持って移住したのだろうが、理想と現実は違い、現状から逃げ出したくなったのだろう。自由を求めての逃亡だったが、例によってエイリアンに阻まれ、最終的にはたった1人の少女だけが生き残った。おそらくはユヴァーガへ移住したところで、姉弟のように生きて来たアンディとは一緒に暮らせなかったであろう。(アンドロイドの移住は認められていない法律があるらしい)そんな行くも地獄、止まるも地獄という状況で、エイリアンに対する恐怖なんて、霞んでしまいそうに感じた。この重くのし掛かるような圧迫感、言いようのない虚無感は、他の『エイリアン』にはなかった。旧型アンドロイドのアンディ(アップデートされる前の状態)を懐かしむ様子なんて、まるで古き良き昭和のアナログ時代を懐かしむそれに似ていて、何とも言えない気持ちにさせられた。『ロムルス』は、見る季節も真夏の暑苦しいときや、日常生活に刺激が不足しているときなど、自身の状況を鑑みた方が良さそうだ。それにしても、リプリーのような、知性と勇気に溢れる女戦士が出て来ないものなのか・・・嗚呼!2024年公開【監督】フェデ・アルバレス【出演】ケイリー・スピーニー、デヴィッド・ジョンソン他※映画の「スケッチ」も、近年は「備忘録」になってたりして(^^;)
2026.02.21

さて、皆さんは年末に、1年の締めくくりとして神社やお寺に出向いたりしたのでしょうか?年頭の初詣は、もはや日本人の定番スタイルのようになっていますが、年末に参拝するというのは、多忙な現代人にとってはまず限られるかもしれません。私はほぼほぼ毎年、年の瀬になると参拝するのですが、昨年末は三嶋大社にお詣りをして来ました。何しろ三嶋大社は私にとって、深い思い入れのある神社なのです。自分自身の七五三詣りはもちろん、成人のお詣りも三嶋大社、さらには息子の初宮詣りも三嶋大社なので、こちらの神社とは長いご縁を感じています。三嶋大社は恵比寿様をお祀りしていることでも有名で、地元の商店主や企業の経営者から広く尊崇の念を抱かれています。ただ、ご祭神は山の神様である大山祇命(おおやまつみのみこと)と恵比寿様のニ柱となっています。そんな三嶋大社ですが、年末から多くの参拝客で活気にあふれていました。さすがは商売繁盛の神様です。まずは南側に位置する大鳥居をくぐり、神聖なる結界の中へと入らせていただきます。参道をはんなり歩いて行くと、すぐに神池が見え、その中央付近にに弁財天がお祀りされていることに気付きます。ここは春になると桜が満開になるゾーンなのですが、冬なので枯れて枝だけを伸ばしていました。次に総門を通り、少し歩くと、はい、右手にお約束の腰掛石を発見。源頼朝が源氏再興を祈願した際に、北条政子とともに腰掛けたと伝わる石なのです・・・が、この類は熱海の伊豆山神社境内にもあります(笑)その腰掛石の左手には神馬舎があります。傍に立てられている案内板には、それについて詳しく書かれていたと思いますが、ちょっと内容を忘れてしまいました。悪しからず。そこからすぐに神門があるのでそこを通ると、真正面に見えるのが舞殿(ぶでん)。文字通り、ここで神様に奉納する舞いが行われるのでしょう。そして一番奥まったところに位置するのが本殿なのです。ご祈祷が行われるのは、ここ本殿。息子の無病息災をご祈願した初宮詣りをしみじみと思い出しました。今回は年末ということもあり、職人の方々がしめ縄の設置に勤んでおられました。こんな作業風景は、ふだんなかなか見られるものではないため、大変貴重なところを拝見する機会を得られました。(ありがたや、ありがたや)ささやかなお賽銭を納め、手を合わせ、ゆく年令和7年を無事に過ごせたことへの感謝と、くる年令和8年の平穏無事をご祈願させてもらいました。ちゃっかりした私のことなので、このまま帰ることはなく、売店(福太郎本舗)で福太郎(お茶付き¥300)をいただき、ちょっとまったり。あちこち歩いた後の甘味は本当に癒される!三嶋大社はアクセスもしやすく、JR三島駅南口より徒歩15分〜20分のところにあります。(もちろん駐車場も完備)三島の門前町は明るく活気があり、何より街並みがキレイです。私が行ったときは沿道にお花(ビオラ)が整然と飾られて、花と緑であふれる街並みに感激しました。何という意識の高さだろうかと、目を見張るものがありました。何と言っても私の母校(高校)が三島にあるため、誇らしさやら何やらで胸がいっぱいになりました‼︎皆さんも、伊豆国一宮である三嶋大社へご参詣の際には、門前町をはんなりと散策されてはいかがでしょうか。オススメです。◆筆頭管理人から実は、吟遊さんと連絡が取れずにいたところ、それは長い休みの不摂生を解消するべく、体操教室にこもって慣れない運動に励んでいたようなのです(^^;)それでさっそくGeminiくんにその様子をイラスト化してくれるよう頼んだところ・・・これを描いてくれました。傑作!!ということで、今年はGeminiくんにアレコレお願いしながら、吟遊さんのリクエストにお応えしたいと思います(*^_^*)皆さんも一緒に笑ってくださいね、プププそうそう肝心な一枚!Geminiくんに吟遊さんが神社でお願いしているところを描いて、と依頼したらコレ↓を描いてくれました(^_-)
2026.01.17

《 吟遊映人 ア・ラ・カルト 2025 》まぁ今年も上半期から途切れることなくいろいろとありました。それはきっと私だけではなく、似たような慌ただしい状況だった方々は他にも五万とおられることでしょう。それら全てのことが良いことばかりなら問題ないのですが、まず8〜9割は心身のすり減るようなことばかりなのでどうしようもありません。そのおかげで(?)1〜2割しかない奇跡のような小さな小さな幸せがよけいに有難く感じられ、年の瀬となった今の心境は、ただただ感謝の気持ちなのです。まずは今年も無事に一年間を過ごせたこと、神仏に合掌。さて、私こと吟遊映人の今年一年を振り返りますと、何しろこれまでの私と言えば、庭は草ぼうぼうでもへっちゃらだし、植木鉢一つない殺風景な玄関周りが通常運転でした。ところが春先にもらった朝顔と風船かずらの種を蒔いたことがきっかけで、庭の手入れを始めたのです。残念ながら朝顔(ヘブンリーブルー)については、葉っぱばかりが旺盛に繁り、一つも蕾を付けずに終わってしまいましたが。その代わりと言ってはなんですが、クレマチスの紀三井寺という品種が大輪の花を咲かせてくれました!その気品あふれる花を見たときは、不覚にも泣きそうになってしまいました。さらに初夏になると、ホームセンターでヤマアジサイ(藍姫)を購入し、庭の片隅に植えました。これがまた清楚な美しさで、我が家の痩せた庭にもちゃんと根を張ってくれたのがとても嬉しかったです。味をしめた私は、玄関周りにも花を添えてみようと、耐暑性のある鑑賞用のトウガラシ(パープルフラッシュ)を鉢植えしたのです。紫というシックな色味なので、真夏の暑さでも周囲を涼しげに感じさせる魅力があり、日本の夏にオススメしたい強健種なのです。園芸は一人で楽しめるので、私にはピッタリの趣味。今後もムリのない範囲で庭の手入れをしつつ、種を蒔いたり花苗を植えたりして楽しんでやってみようと思います。他方、当サイトの筆頭管理人にも一年を振り返ってもらいましょう。何か収穫となるものはあったでしょうか?あるいは筆頭管理人にとって、ささやかな幸せを感じた瞬間とは何でしょうか?筆頭管理人記すおかげさまで、前期高齢者デビューを果たしたのを機会に、誰はばかることなく好きなことをして過ごしております(*^_^*)好きなこととは、すなわち歩くこと。若いころから山頭火に私淑し、山頭火の後をたどってきました。年のはじめに『一週間で100キロ、月に400キロの踏破を!』そう目標に掲げましたが、達成は叶いませんでした、残念(^^;)でも、山頭火に想いを馳せ五里を夢中に歩けた時は、ささやかな幸せを感じたものです。毎日歩くと、山頭火の言葉がストンと腑に落ちました(*^_^*)残念ながら詩心がなく、句作は真似できませんが、歩くことは真似ができます(^_-)なお、山頭火の言葉のみならず、歩いていると賢者の言葉にも合点がいったものでした。余談まで。ものぐさの吟遊さんは、『歩くことなどまっぴらごめん』と取り付く島もありません(>_<)見識ある皆さん!お歩きになってみませんか♪ときに五里は「夢中」でしたが四里だと「滅裂」でして、何か物足りない気分になりました。ところで前期高齢者になって、こちらもささやかな幸せを感じました。各種予防接種が格安で提供されるのです。私はさっそく『肺炎球菌』と『帯状疱疹』の両ワクチン接種を受け、師走前にはいままでの半額で『インフルエンザ』の接種を受けました\(^o^)/ささやかな幸せを感じ、そして日本の社会制度に感謝の念を禁じ得ませんでした。最後に!こうして吟遊さんのお手伝いが出来たことも、私のささやかな幸せです。なんてね♪お後がよろしいようで。筆頭管理人今年はある意味、これまでの習慣や傾向を裏切った年廻りでもありました。本一冊処分するにしても、これまでの私ならブックオフへと持ち込んで、たとえ¥50でも得してやろうと思っていました。ところが今年は読まなくなった書籍を、母校の図書館へ寄贈する手段を考え、ある程度整理し、目処がついたら年明けにでも送ろうと考えています。他にも、『古着deワクチン』という活動を知り、家庭から出た不要の衣類や靴、バッグに至るまでを送り、その収入益がラオス共和国の子供たちへのポリオワクチンになるという事業に協力させてもらうことにしたのです。私が『古着deワクチン』に賛同した理由は、決してこの事業が単なるボランティア活動の一環ではないからです。なので、家庭の古着を無料で(寄付として)送りつけて終わるわけではなく、有料で引き取ってもらうサービス内容となっています。全国から集荷される衣類の選別作業が、国内外の障害のある方のお仕事につながったり、現地での販売作業に若者たちの雇用が創出されることが、私なりにできる小さな社会貢献なのではと思ったのです。(協力だなんておこがましく、本当に微力ながらの参加ではありますが)客観的に見れば、あんなこともこんなことも自己満足に終始しています。でも、それでいいじゃないかと自分に言い聞かせているのです(笑)今年は日本初の女性総理大臣が誕生した年でもあります。これまでずっと日本は「Noと言えない」国家だと世界から軽んじられて来ました。これは島国日本の「和を重んじる文化」として、良くも悪くも日本らしい「空気を読む」という性質を反映しています。しかし、今後は正しい歴史認識と、毅然とした外交、さらには徹底した防衛政策を打ち出してくれるのではと、期待値も高まります。私は大人になってからもますます『ムーミン』が好きです。もっと言ってしまえば、『ムーミン』に登場する様々なキャラクターが個性豊かで大好きなのです。特にリトルミィ。彼女の言葉をここに引用させてください。本年も当ブログをご覧いただきまして、誠にありがとうございました。来年も皆さまにとって、幸多き一年となりますよう心よりお祈り申し上げます。
2025.12.31

1年ぶりに高校からの長い付き合いであるMさんと会った。お互い、伊豆生まれの伊豆育ちで、都会の水を飲む機会もなく今に至る。Mさんは伊豆市(伊豆修善寺)に嫁いで、現在は専業主婦としてご主人を支え、障害のある息子さんを立派に育てている。私が伊豆から県西部へ引っ越して来てからも、定期的に付き合いがあるのは、もうMさんぐらいだ。今回は、11月も下旬に突入してだいぶ紅葉も進み、散策を楽しむにはいい頃合いだと思って会うことにした。当初計画していたのは、浜松市浜名区の北から西にかけて広がる県立森林公園を、はんなりと歩くことだった。Mさんは今日のために、ご主人から借りたと言うリュックを背負い、それにスマホや財布を入れたサコッシュを肩から提げ、駅の売店で買ったと言う白湯の入ったペットボトルを片手に、意気揚々と浜松駅に現れた。私たちはまず、遠州鉄道に乗り、新浜松駅から岩水寺駅まで電車に揺られた。岩水寺駅は無人駅で閑散としていて、私たち2人以外に降りる客はなく、周囲は住宅地で長閑にもスズメがチュンチュンと鳴いていた。「ここから歩いて森林公園に行こうという人はいないみたいだね?」「まぁ、車社会だからねぇ」「とりあえず岩水寺を目指すよ。朱印帳は持って来た?」「うん、もちろん」私はMさんと共通の趣味でもある神社・仏閣巡りも計画に入れていたので、まずは龍宮山岩水寺を目指すことにした。ふだんろくに歩くことのない私たちは、最初こそムダに張り切って笑い声をあげながら会話に興じていた。だが、そのうち口数は少なくなり、「なかなか看板が見えてこないよね?」などとGoogleマップの位置情報を何度も確認したりして立ち止まった。ようやく看板が見えて来たときはお互い本来の目的地が森林公園であることなどすっかり忘れていた(汗)スマホで時間を確認すると、岩水寺駅より歩いて40〜50分程経っていた。境内に入ると、まず鐘楼堂がある。「鐘、ついてみようよ」「うん、いいね」私は財布から100円を取り出して、さて鐘をつこうとしたところで注意事項が書いてあることに気がついた。〈(鐘をつくのを)ご希望の方は寺務所に声をかけてください〉「ちょい待って! これは勝手にやったらまずいパターンだよ!」今まさに100円を賽銭箱に入れようとしているMさんの伸ばした手を止め、注意書きの方を指差した。私たちはお互い顔を見合わせ、「ま、いっか」と言ってすごすごと鐘楼堂を後にした。それから道なりに歩いて行くと仁王門があるのだが、工事中のため、別の出入口から中へ入る。それから手水舎で手を洗うと本堂へ。ここは国指定重要文化財である厄除子安地蔵尊がお祀りされている。季節柄、七五三の可愛らしい着物姿の女児が、両親に連れられ、本堂の前で記念撮影をしていた。(その様子を微笑ましく眺めていたら、本堂の外観の写真を撮るのをうっかり忘れてしまった)受付で私たちは念願のご朱印をいただくと、岩水寺のパンフレットを見ながら境内をぐるりと一周してみることにした。参道の脇に並ぶ樹木は、ところどころ紅葉していて、あと1〜2週間もすればピークだろう。お腹も空いて紅葉を愛でる気持ちも半減していたのだが、赤池地蔵尊のところで漲るエネルギーをいただき、再び気合いを入れた。また、十一面観音立像を拝むと、ありがたい気持ちで満たされた。それから薬師根本堂まで歩を進めた。何と言ってもこちらのお寺の総本尊は薬師如来なので、それがお祀りされている根本堂にはどうしても行かねばと思い、頑張って歩いた。その時、すでに足はフラフラだったが、せっかくここまで来たのだからと、Mさんと励まし合い、奥之院本殿にある六角堂や五角堂まで足を伸ばした。だがもう私たちの足は限界だった。最終目的地は森林公園なのだから、もうひと踏ん張りせねばと、もはや会話らしい会話もなく、ただただ淡々と目的地までGoogleマップを頼りに歩き続けたのである。だから森林公園の看板を見つけ、さらにはレストランまつぼっくりを発見したときは、2人で狂喜乱舞という状態だった。どうにかランチのオーダーストップ目前にして入店することができた。お腹ペコペコで食べた天ぷら御膳は、本当に美味しかった!衣はサクサクだし、ご飯はアツアツ。大満足のランチだった。この後、私たちはもはや森林公園を楽しく散策する余力もなく、時間的余裕もなかったため、早々に帰路に着いた。帰りはやっぱりGoogleマップを頼りにサクサクと駅までを急いだつもりだったのに、天竜浜名湖鉄道の岩水寺駅に行ってしまうと言うアクシデントに見舞われた。(私たちが目指したのは遠州鉄道の岩水寺駅)ようやく電車に乗ることができた私たちは、とりとめのない話で盛り上がり、思わず高校時代にタイムスリップしたような感覚になった。「友だちっていいなぁ」と、しみじみ実感した瞬間だった。次に会えるのは、おそらくまた1年後ぐらいになりそうだが、こうして交友を続けて、お互い白髪のおばあちゃんになるまで仲良くできたらいいなぁと思う。非日常が暮れてゆく時間帯は、物悲しさ、孤独感で気持ちが塞ぎやすい。でも、楽しかった日中のあれやこれやを思い出しつつ、今後の日々の生活の糧にできればと思い直す。Mさんを駅の改札口まで見送った後は、急に一人ぼっちになってしまってような寂寥感でいたたまれないが、それも含めて非日常なのだ。この豊かな感情が私を作っているのだと、自分に言い聞かす。「さて、次はどこへ行こうかなぁ?」こうして、もう次のことを考えながら、家路に着く私だった。追記: Mさんと星乃珈琲でティータイム。栗のスフレパンケーキ(シングル)をいただきました。※筆頭管理人から日ごろの運動不足がたたってか、吟遊さんは激しい筋肉痛に悩まされたそうです。でも「次の次の日」に出てくるというのが笑える、プププ※追記(令和八年一月十八日)投稿したときは、岩水寺の仁王門は工事中でしたが、すでに完了しておりました。ご参考まで画像を添付致します(^^)v
2025.12.06

ホワイトモカケーキ【スイーツ】婦人公論は昔からよく読んでる雑誌だが、毎月欠かさず買うほどではない。表紙の見出しを見て、おもしろそうだなぁと思ったら手に取る、という具合だ。だが中には「これは捨てられないなぁ」というお気に入りの記事が載っていたりするので、そういう場合は保管しておく。印象に残っているのは、ブレイディみかこというライターの書いた記事である。このライターは、料理をやたらスマホで撮影する人たちのことを否定的に捉えていたのだが、あることがきっかけで物事を記憶する方法の一つとして、実は視覚型の脳を持つ人々が世の中には多くいることを理解するのだ。私はこの記事を読んだとき、特に衝撃を受けたわけではないが、ふだんはなかなか口にできないような美味しいもの、オシャレなものを前にすると、ついついスマホでパチリと撮っていたので、「ああ、私もきっとこの手の人たちから否定的な目で見られているのか」と思ったものだ。だから、今日スタバでホワイトモカケーキを前にして、スマホで撮影した際には、(ポスト)ブレイディみかこ的存在を意識してしまった。~~~~~~~~~~~~※筆頭管理人記すどうでもいいけど、「チーズ」なら百歩譲って許容できるとして、「バター」なんて寅さん以外に聞いたことはありません(^^;)余談ついでに。寅さんを信奉する吟遊さんは「真面目にこつこつ」を人生の指針とされています、プププ(*^o^*)~~~~~~~~~~~~とは言え、こちとらすでに五十代半ばに差し掛かろうとしているオバちゃん世代。「まぁいっか」てなもので、数枚ほど撮影した後は、スイーツをじっくりゆっくり堪能する時間に充てた。ホワイトモカケーキは季節的にもこれからクリスマスシーズンへと突入する今ごろが一番麗しく感じられる。(もちろん年間のいつ食べても美味しいスイーツであることは変わりないが)まずは見た目が洗練されていることに、田舎者にはグッとくる。フォークを入れたとき、弾力があってフワッとした手ごたえがあるのに、いざスポンジを口に入れてみると、しっとりとしているのだからそのギャップでイチコロだ。スポンジを覆っているクリームは、ほんのり茶色がかっているし、コーヒー風味もするので、「ああ、だからホワイトモカケーキというネーミングなのか」と納得する。ケーキの表面にパラパラとふりかけられているのはアーモンドを細かく砕いたつぶだろうか?アクセントにしているのかもしれない。私はここ数年ホールでのクリスマスケーキを注文したことがない。幼かった息子もすでに成人し、私はクリスマスを〝ぼっち〟で過ごすことが多くなったからだ。だからわざわざクリスマスのために余計な節約を強いられる必要もない。クリスマスにはまだ1ヶ月も早いけど、スタバでスイーツとあったかい飲み物で至福の時を過ごす。とても贅沢な時間である。ホワイトモカケーキ(¥540税込み)は、私にとって少しだけ早いクリスマスケーキとなった。ちなみに私は、スタバでは、ティーラテをよく注文する。スタバのアールグレイティーラテは、正に逸品だったからだ。だがそれも10月31日で販売終了となってしまった。残念。顔なじみの店員からもと言われ、これからは新メニューであるアールグレイブーケ&ティーに代わるとのこと。スターバックスコーヒージャパンの経営戦略として、現状維持ではなく、常に進化し続けることの一環かもしれない。今後、ますます楽しみが増えていくスタバのメニューなのだ。
2025.11.15

【 教皇選挙〈コンクラーベ〉 】「これはコンクラーベだ。戦争ではない」「れっきとした戦争だ! だから君もどちらにつくのか立場をはっきり決めろ!」毎日茹だるような酷暑を乗り越え、朝夕肌寒ささえ感じられるようになってきた。静岡県伊東市長の学歴詐称疑惑は、言ってしまえばこんな愚にもつかない内容にもかかわらず、全国ネットで放送され、地元住民にとっては「なんだかなぁ」という複雑な心境なのではと、お察し申し上げる。本来なら、伊東と言えば、東伊豆における熱海に次ぐ観光スポットであるし、もっと伊東の魅力の何たるかを全国に発信したかったに違いないからだ。こちらの報道をざっくり言うと、伊東市長である田久保眞紀市長が「東洋大学卒」と、うたっていたのだが、実は卒業していなかったのでは?と言う顛末。その疑惑に鋭く反応した市議会議員らが、こぞって田久保おろしを始めるのだ。それはともかく、ちゃぶ台返しのように流れを変えたのは、議会の解散。田久保市長、恐るべし・・・これにて伊東市は、市議選に突入することとなった。そんな折、私は『教皇選挙』コンクラーベを見た。(こんなことを言ってはアレだが、伊東市における市議会議員選挙とはスケールが違う)あらすじは次のとおり。世界三大宗教の一つであるキリスト教。そのうち最大教派であるカトリックの総本山がバチカンである。その最高指導者であるローマ教皇が死去した。ルールに則り、教皇の座をずっと空席にしておくわけにはいかない。すぐに新教皇を決めるべく、教皇選挙〈コンクラーベ〉が行われることとなった。全世界に14億人以上の信徒を有するカトリック教会だが、その中から100人を超える候補者たちがバチカンに次々と集まって来る。彼らを取り仕切るのは、首席枢機卿であるローレンス。一筋縄ではいかない候補者たちのスキャンダルの数々に、ローレンスは苦悩し、半ば絶望的になる。世界中が固唾を飲んで注目するコンクラーベは、実は聖職者同士の熾烈な戦いであった。ここからはネタバレになるのでご注意を。主人公ローレンス枢機卿が、その立場上、一番教皇に近い存在であるにもかかわらず、自分は俗っぽい人間なのでとうていそのような大役を務めることなど不可能だと言い続ける。敬愛して止まない前教皇の素晴らしさを思えば、自分などその足元にも及ばない、と謙虚に拒否し続け、同じ一派であるベリーニ枢機卿を教皇に推すのだ。ところが人間なんて皆同じ穴のムジナなのだ。スキャンダルやら何やらで票が割れてしまい、やる気満々の候補者らが次々と倒れていく中、ローレンス枢機卿に票が入るのだ。なんと、敵対しているテデスコ枢機卿と決戦投票にまで持ち込んでしまう。その際、おそらくローレンス枢機卿も「教皇」という座に心が揺れ、野心が見え隠れする。ベリーニ枢機卿から「教皇となった暁には名前(教皇名)はどうする?」と聞かれ、ローレンス枢機卿は思わず「ヨハネ」と答えてしまうのだ。あれだけ「その気はない」と言い続けて来た御仁なのに、「ローレンス、おまえもか」と思わずボヤきたくなってしまった。それで視聴者は、やっぱり主人公ローレンスが教皇となり、人間の業の深さみたいなものを漂わせてこの作品の幕が閉じるのだと想像するのだが、大どんでん返し!カテゴリがサスペンス映画となっているだけのことはある。結論を言ってしまえば、ローレンス枢機卿は教皇の座を逃す。その座に着いたのはダークホース的存在であった、アフガニスタン出身のベニテス枢機卿なのだ。しかもこの人物、肉体的に完全なる男性ではないことが判明する。子宮を摘出するか否かで悩み、結局は、神が創造した肉体を改造するのではなく、すべてを受け入れて生きていくことを決意するのだ。つまり、女性(少なくとも肉体的には)がローマ教皇の座に着くことになりそうなラスト。この問題はとても繊細な部分に触れることにもなるので、あまり思い切ったレビューは避けたい。だが一つ言えるのは、これも時代の流れとして受け入れなくてはならないという覚悟を突き付けるものであること。男女平等というものが、実際のところきちんと機能するのかどうか曖昧なのに、このまま画一的に推し進めていいものなのかはわからない。おそらく世界の「何でも平等」指向の波に呑まれて、日本も女帝が誕生するのも時間の問題かもしれない。だってそうだろう?歴史と伝統とガチガチの男社会であるバチカンで、ローマ教皇に女性が即位したら、それこそ右へ倣えで世界中がこれまでのしがらみを捨て去らなければならないからだ。さて、皆さんはこの問題をどう捉えるだろうか?※筆頭管理人から吟遊さんに「コンクラーベがいいよ!」とすすめると、最初はトンチンカンなことを言ってました(^^;)でもそうはいっても甘い物を我慢できる吟遊さんではありませんでしたとさ。2025年公開【監督】エドワード・ベルガー【出演】レイフ・ファインズ、ジョン・リスゴー、イザベラ・ロッセリーニ
2025.10.18

令和7年の夏も例外ではなく、酷暑が続いています。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?吟遊映人もこちらの筆頭管理人も、どうにかこうにか生きております、はい。※それにしても今年の夏はホント暑かった!ご参考まで、今年の6~8月の気温は平年のそれより2.36℃も高かったそうです(^^;)筆頭管理人の住む爽やか信州の風は、もはやいにしえの記憶になりつつあるようで、ついぞ清涼地としての自慢話を聞くこともありません。 さて、少し前のことになりますが、今年の夏をどう過ごそうかと考えていた折、久しぶりに二俣のお祭りにでも出かけてみようかと思い立ちました。二俣のお祭りというのは、浜松市天竜区二俣町の夏祭りです。というのが正式名称のようです。母の実家が二俣にあるので、毎年母の帰省に合わせて私も同行し、従姉妹たちと一緒にお祭りを楽しんだのが懐かしい思い出です。(明治生まれの祖母も、昭和一桁生まれの母も、すでに鬼籍に入っています)例外でなく過疎化の進むこの天竜区にあり、これだけの規模を誇るお祭りは「スゴい!」の一言。幼いころには気付かなかった二俣に根付く歴史と伝統を、肌で感じるのです。※筆頭管理人記す。吟遊さんのことですから・・・舌を中心とした五感で感じたことでしょう(*^_^*)耳をすますと聴こえてくる太鼓や笛の音に誘われて、親戚の邸宅に寄せてもらっていた私は、いそいそと軒先に立ち、瞠目するのです。諏訪神社の氏子たちが恭しく神輿渡御の行列を作り、それに随行する帽山連の大屋台。(令和7年の年番長)彫刻や刺繍入りの幕で装飾された大屋台は圧巻です。この勇壮な、それでいて優雅な大屋台の曳き回しは、12台の屋台で成り立ちます。2年前だったか、笹若連の屋台が引退しました。理由はご想像どおり。お祭りを盛り上げる若手(後継者)不足は、笹若連に限ったことではないのですが、こればっかりはどうしようもありません。どこもかしこも高齢化が進み、若い世代の参加や育成が難しくなっているからです。 テレビや新聞などで見かけるのは、町おこしのために地域住民や自治体がプロデュースする新しい観光企画や産業開発の取り組みなどです。とても前向きな活動には違いないのですが、高齢者が増え、若者が減っていく現実と、新しい産業プロジェクトが上手くリンクしているようには思えないのは、私だけでしょうか・・・?全国にはそういう新しい企画が成功した例もいくつかあるのは事実です。しかし、地域にもともとから根付く伝統あるお祭りを、この先の未来に残していくためにはどうしたら良いのか、それを考える方が急務であるような気がします。地元住民から長く愛される二俣祭りを、未来永劫残していくために、一体私たちは何ができるのか、何をしたら良いのでしょうか? 私にとって二俣祭りは、継続を中断してはならない、北遠最大の祭典だと思います。どうかこのまま、子々孫々の未来まで、引き継がれていきますように! ◆余談ですが、12台の屋台が出発するのは、二俣諏訪神社です。そのすぐ北隣に本田宗一郎ものづくり伝承館があります。また、南隣には清瀧寺があります。この清瀧寺、言わずと知れた松平信康の菩提寺です。徳川家康の嫡男でありながら、切腹を命じられ、非業の死を遂げた信康の顛末は諸説あるようですが、いまだに本当のところは解明されていません。歴史愛好家の方々、ぜひ一度、足を運んでみてはいかがでしょうか?
2025.09.13

【 みうらじゅん / アウト老のすすめ 】本年4月に発売されて、いまだに書店の目立つところに燦然と輝いているのが『アウト老のすすめ』である。本当のことを言うと、最初は買うつもりなんてなかった。言ってもみうらじゅんの著書だし、内容はなんとなく想像もつく。でもそういう問題じゃないのだ、きっと。みうらじゅんがまた何か面白いことをやり出した(言い出した)となると、とりあえず買っておくか、という気持ちにさせられるから不思議だ。『アウト老のすすめ』は、ちょっとした隙間時間でサクッと読める。何も考えなくて良い。「ふーん」てなものだ。難しい話題なんて一つもないし、あるのはみうらじゅんの考える独特な世界観だけである。私がぜひここだけは一読してもらいたいと、オススメしたいのは、ピンポイントで「はじめに」のところである。この文章を読むだけで生きる力を授けられる。「たまたまこの世に生を受けた」だけの、何者でもない自分が、何を恐れ、悩むことがあるのだろうか?その通りだと思う。もはや終活だなんて言ってる場合じゃない。私はみうらじゅんを師と仰いで、みうらじゅんのあらゆる著書をコレクションする「集活」を始めようかと思ったほどだ(笑)ところでみうらじゅんの著書をありがたがって読む世代は、五十代より上だろうか?きっと若かりし頃、ヤンキーに憧れていたけれど、学校の校則とか破るに破れない臆病なタイプとか、主要5教科より音楽や美術などの実技教科の成績が良かったタイプ・・・などがみうらじゅんを崇め奉るのではと想像してしまう。(かく言う吟遊映人はそのタイプに当てはまる)人前で「みうらじゅんのファンなの〜」などと口が裂けても言えず、友人らには「松任谷由美(ユーミン)が好き」と言ってしまう私は、みうらじゅんには大変申し訳ないけれど、いまだに胸を張って公言できないでいる。さて、そんなことはともかく、『アウト老のすすめ』を読んで、思わず賛同せずにはいられない記事を見つけたので紹介しよう。それは、〝今後の言語表現〟という記事である。ざっくり言ってしまえば「カワイイ年寄りになる」と言うものだ。人間は年を重ねると、頑固になり、怒りっぽくなるので、赤ちゃん言葉を使ってカワイイ年寄りになる、という発想。なんか小バカにされてるような気がしないでもないが、年寄りがこんな赤ちゃん言葉を使うようになったら、老人福祉施設の離職率がグッと下がるかもしれない(?)いろんな考え方がある中で、みうらじゅんのような人を喰ったような発想は斬新でユニークだ。ファンであってもなくてもたまにはこういう世界観を堪能してもいいのではと思う。本屋で立ち読みなんて無粋なマネはせずに、ぜひとも購入して、寝る前のひとときに、笑いをかみしめながらページをめくって欲しい。「老いるショック」は誰もが通る通過点であることを、知るべくして知るのだ。『アウト老のすすめ』文藝春秋刊・みうらじゅん著追記.令和七年八月十日(筆頭管理人)吟遊さんから『イラストを描いたので入れておいて!』と連絡がありました(^^;)おおかた、先般の酷暑で、きっとこんなことでしょう(-_-;)それで以下の三枚が送られて参りました。謹んでご披露申し上げます!何やら文言も添えられており、みうらじゅんに触発されたとは思うのですが、どうして漱石?なぜあの三人?ともかくも、吟遊さんの依頼により追記致しました。なお蛇足まで。「動くに動けない」吟遊さんではありますが、うかがうと食欲だけは旺盛だそうで、加えて高カロリーなアイスを一日一個食べてるようです(^^;) 以上★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2025.07.26

4月になると、少なからず環境が変わる。私の場合、職場において、担当する仕事がガラリと変わった。この年になると、なかなか新しいことを覚えるのがおっくうになる。好きなことなら多少の苦労も糧となり、未知の作業がむしろワクワク楽しく感じられるに違いない。でもたいていの場合、好きとか嫌いという以前の問題で、「それが仕事だからやるしかない」という気持ちである。ストレスも溜まる。憂うつにもなる。じゃあどうしたら良いのか?考えても答えなど出ない。そんな折、さる公共の施設の窓口で種をもらった。〝ご自由にお持ちください〟と書いてあったので、とりあえず『風船かずら』の種を一袋だけもらうことにした。私には園芸を楽しむ趣味なんてなかったのだが、これをきっかけに、庭の草むしりでもしながら風船かずらを育ててみようという気になったのだ。何もかも物価が高騰している昨今、タダでもらえるものならば、たとえ枯らしてしまってもショックは少ないだろうという打算的な思惑もあったのだが・・・ゴールデンウィークはどこにも出かける予定がなく、物置に使い古しのプランターがあったのを思い出し、さっそく種を蒔いてみることにした。種袋を開けて、風船かずらの種を手に取ってみると、これがまた可愛い!なんと、種がハートになっているのだから!(私と同世代の方ならご存知だと思うが、昔、戦隊ヒーローモノで〝ゴレンジャー〟という番組があった。そのゴレンジャーの中に、紅一点、モモレンジャーというメンバーがいたのだが、そのモモレンジャーの顔に似ている)私のことなので、時々水をあげるのを忘れたりしながらも、恵みの雨のおかげでどうにか芽が出た。ひょっこりと土を持ち上げて発芽しているのを見たときは、本当に嬉しかった!そのうち双葉となり、本葉が4枚程になったのを見計らい、花壇の方へ地植えしてみた。これから梅雨に突入するが、根腐れしないでどうにか持ち堪えて欲しい。この風船かずらの植栽に成功したら、私は今後、園芸を趣味として継続していくことになるかもしれない!?※筆頭管理人から飽きっぽい吟遊さんだから、園芸熱もいつまで続くか怪しいものですが(^^;)、何であれ気が紛れれば多いに結構(^_-)産経新聞のコラムに、「人間の方はといえば、入社や異動など年度替わりの環境の変化に、心や体の疲れが出やすい時期だという。〈六月病〉と呼ばれている。」とあり、いまごろの不調に喚起を促すものである(-_-;)そういうことで、六月病の予防になれば園芸だろうが文芸だろうが、どうぞ心ゆくまでお楽しみください♪
2025.06.14

熱海市伊豆山で発生した土石流災害は、令和3年7月のことなので、もうすでに4年が経ったことになる。被害が甚大となったのは、違法盛り土の崩壊とのことで、全国的にも話題となった。何しろこの土砂災害において、28名の尊い命が奪われてしまったのだから・・・遅ればせながらこの場をお借りし、ご冥福をお祈り申し上げます。その現場近くに、伊豆山神社という霊験あらたかな神社がある。私は春のお彼岸にお墓参りに出向いた際、帰りに熱海まで足を伸ばして伊豆山神社まで行って来た。最近はめっきりご朱印ドライブから足が遠のいてしまい、久しぶりの参拝となった。~~~~~~~~~~~~※ご参考まで、伊豆山神社で拝受した御朱印です。~~~~~~~~~~~~伊豆山神社は過去に何度もお参りに来ているが、今回はお天気にも恵まれ、暑くも寒くもない陽気だったので、思い切って本宮のある山頂まで登ってみることにしたのだ。走り湯神社からの参拝コースはさすがにキツいので、駐車場に車を停めて、180段ぐらいの階段を登って境内へ。まずは手水舎で口をすすぎ、手を洗うのだが、これがまた独特な手水舎なのだ。赤白ニ龍の口からトクトクと水が流れていて、もうそれを目にしただけでご利益がありそうな気分。さらにはウソか誠か源頼朝と北条政子が腰掛けたという「腰掛け石」まである!恋愛成就の神社と言われているだけあり、若い女の子たちの参拝する姿が目立つのだ。しかし私は声を大にして言ってやりたかった。と声をかけてあげたかった。本宮への登り口は、本殿の右奥にひっそりと細い道が伸びている。足場がちゃんとセメントで固められていて登りやすいだろうと思いきや、それは入り口から数十メートルのみ。本宮社までの所要時間はだいたい1時間程だが、私のような山登りに不慣れなオバちゃんは、もう少し時間がかかる。天気の良い日、体調の整っている時にお参りされるのがベストだろう。とにかく木の根っこがそこらじゅうに盛り上がっていて歩きづらい。思わず躓きそうになるので、足元には充分気をつけなければならない。ほうほうの体で目的地に着いたかと標示板を見ると、なんとそこは白山神社で、まだ先は長いのだと思い知らされる。再び細い山道を登っていかねばならない。この辺りまで来た頃だろうか、健脚な地元のオバちゃんが「こんにちは〜」と、鼻歌まじりに私を追い抜いて行き、その背中を見送った。そこで私は思うのだ。と。そんなふうに己を見つめ直したり、にわか詩人になりつつ険しい山道を登って行くと、結明神本社の鳥居が見えて来る。だがここもまた目的地ではない。目的地はあくまで本宮社なのだから、さらに山道を登る。道なき道。階段にもなっていないような整備されていない、ゴツゴツとした岩に足を置き、体勢を整えて登って行く。やがて現れるのがちょっとした広場のようなところにこじんまりとした拝殿。その入り口には石造りの鳥居があるのみ。次にここへ来られるのがいつになるかわからない私は、思わず写真を撮った。とにかく記念に撮影しておきたかったのだ。すると不思議にも円を描く光のようなものが写っていた。まるで「ご苦労さん」と労われているような、あたたかな陽射しである。もうヘロヘロになりながらも、山頂の神聖な空気を深く吸い込むと、たちまち心が洗われた。ただただ達成感に浸る数分間。こんな高揚感は久しぶりのことだった。四十代より上の、日ごろ運動不足を肌で感じている方々、ご利益目的というより、健康を目的とした本宮までのハイキング兼参拝はいかがだろうか?本宮社までの険しい山道を登り切った後の清々しさは、何にも代えられない究極の癒しとなること間違いなしである。〈筆頭管理人〉何やら美味しい土産を購入してご満悦のようだが、こちらへはついぞ回ってこなかった(-_-)◆追記
2025.04.05

【 村上春樹 / 女のいない男たち 】久しぶりに1冊紹介しようと思う。読書案内は、このブログの定石ともなっているカテゴリだが、過去に自分がどんな本を読んでどんな感想を書いたのか、だいぶ忘れつつある。村上春樹の作品はいくつかレビューしたような記憶もあり、今回紹介しようとしている『女のいない男たち』も、とっくにブログアップしたような気になっていた。ところが読書案内をリサーチしてみたところ、なんとまだ記事にしていなかったことが判明。今回慌てて再読して自分なりの感想を述べていこうと思った。『女のいない男たち』は、村上作品には珍しく短編集となっている。村上春樹ご本人は長編を得意とする作家のようだが、『東京奇譚集』を読んだとき、私は村上春樹が両刀使いであることを確信した。つまり、長編にしろ短編にしろ、作品の出来栄えに何ら問題はないということである。いつもの村上節は健在だし、登場する主人公の男性が皆紳士的で育ちの良い優雅なムードを醸し出している。そしてお相手となる女性は、取り立てて目立つ顔立ちはしていないけれど、どことなく薄幸で憂いのある背景を持ち、肉体関係を持ったところで恋だ愛だのにうだうだすることなく、曖昧な関わりの延長線上にあるものを観念的に追求していく物語である。巻頭を飾る〈ドライブ・マイ・カー〉は、2021年に公開された同タイトル映画の原作となった小説である。カンヌ国際映画祭で脚本賞等を受賞し、一躍有名となった。私はこの映画が公開される前に、すでに購入し読了済みだったが、再読してみるとあの頃とはまた違った味わいを感じる。それは、私を取り巻く環境の変化によるものかもしれないし、年を経て孤独と向き合う強さを味方につけたからかもしれない。さて、『女のいない男たち』には6つの珠玉の小説が収められているのだが、私が注目したのは〈独立器官〉という作品である。ざっくりとあらすじを紹介しよう。独身貴族を絵に描いたような渡会(とかい)医師は52才になるが、女性がいなくて不自由を感じたことも寂しさを感じたこともない。なのでもちろん、婚歴はなく、子どももいない。美容クリニックを経営しているが、極めて順調で高収入、高学歴で育ちも良く、話題も豊富である。女性に対しておくてなのではなく、逆に女性に不自由したことはない。渡会は若いうちから結婚に興味がなかった。家庭を持つということに自分は向いていないと確信していたからだ。そのため渡会が選ぶガールフレンドは、たいていが人妻かあるいは他に「本命」の恋人を持つ女性に限られた。渡会の友人たちのほとんどは、結婚していて子どもたちもいたが、羨ましいと思ったことはない。「紳士とは、払った税金と、寝た女性について多くを語らない人のこと」と渡会は言い、女性に敬意を払い、礼儀正しい対応で多くの女性たちから支持された。ところがそんな渡会にも転機が訪れる。ある日、思いもよらず、深い恋に落ちてしまったのだ。相手は十六才年下で、結婚していた。子どもも一人いる。彼女の夫は外資系IT企業に勤務していて、夫との離婚は考えておらず、家庭も壊したくないとのこと。渡会は食べ物もろくに喉を通らないほどに彼女を深く愛してしまうのだった。この作品を読んだとき、思わず三島由紀夫の『金閣寺』を思い出した。※『要約』で掲載しています。コチラをご覧ください。内容も脈絡も全く異なる二つの作品で比較の対象にするのもおかしいが、注目すべき点は、自分を裏切った女性に対する男性側の態度である。『金閣寺』における主人公は、近所に住む美しい娘に一方的に思いを寄せていた。暗い衝動に駆られて娘を待ちぶせしたような形となり、主人公は娘から大いに警戒され、果てはそのことを親に告げ口されてしまうのだ。この状況はどう考えても男性に非があるとみなすべきだが、主人公は己の行為を小指の先ほども反省せず、逆に娘を呪い、その死を願うようになるのだ。ここでの女性は、べつに裏切ったわけではなく、男性の不気味なつきまといに恐怖して、親に一部始終を話してしまったという状況である。このあたりのニュアンスは、読み手の捉え方でだいぶ変わってくるとは思うが、筆者の女性に対するかなり激しい何か得体の知れないものを彷彿とさせる件である。(嫌悪のようなものかもしれない)一方、村上作品の〈独立器官〉における渡会は、自分が心から愛した女性にまんまと裏切られ、最後は衰弱死してしまう。しかし最後の最後まで女性への憎悪や復讐心は微塵も感じられず、むしろ己の抱える苦悩と苦痛を甘んじて受け入れる。それはもはや己に向けられたどうしようもない絶望なのである。三島作品にしろ村上作品にしろ、男性が恋の思念のような幻想に取り憑かれてしまうと、思いもよらぬ行動を取ることに気付かされる。渡会医師は女性との交際に関して、それまでの楽しく自由なスタンスを守っていれば、衰弱死という結末を迎えずに済んだであろう。本気にならず、深入りせず、恋を冷静に客観的に見つめてさえいれば良かったのだ。だが一方で、都会の片隅で心地良い情事を楽しみ続けるだけの、平坦で味気ない人生が良いのだとは、誰も言えない。だからと言って「食べ物も喉を通らなくなるほどの痛切な恋に落ち、まったく新しい世界に足を踏み入れ」ることがベストだとも言い切れない。どちらの人生も結局のところ本人の選んだ道なので、というより自分の知らないところでまるでそうなることが決まっているかのように引っ張られていくので、どうしようもないのだ。この作品は、一人の男性が本人の意思ではどうすることもできない独立した器官が作用した結果、恋に落ち、恋に破れ、恋に死んでいくストーリーである。短編ゆえに、小説の旨みがギュッと濃縮されたような深い味わいのある大人の小説なのだ。『女のいない男たち』村上春樹・著(文春文庫)★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2025.03.22

【 くるみ菓子花岡 くるみ最中 】「立春の候」という時候のあいさつから書き始めようと思っていたのに、最近の寒波による極寒を考えると、いまだ春が遠く感じられます。ブログの更新が遅れがちになり、せっかく固定化されつつあった読者の方々が、離れていってしまうのではと毎回心配になります。皆さま、お変わりないでしょうか?2025年初めての更新となります今回は、吟遊ブログの目玉(?)ともなりつつある、最中についてのレビューです。最中に関しては、昭和生まれの方々にとってはお馴染みの和菓子で、田舎のおじいちゃん、おばあちゃん宅へと遊びに出かけると、必ずと言っていいほど仏壇にお供えされていたものではないでしょうか?らくがんなどもそうですが、とにかく日保ちするお菓子なので、夏場の暑いときでも1週間〜10日ぐらい平気で仏壇に置きっぱなしでも問題ありません。孫がおやつ欲しさに仏壇をのぞいても、最中が鎮座されていると、伸ばした手を引っ込めるーー最中とはそういうものなのです、はい。ところが最近の和菓子ムーブメントは、最中にも席巻しているのです。それは多岐にわたっていて、ミルクボーイの漫才のネタになったり、みうらじゅんのモナカグランプリを発表したりするといった具合なのです。もちろん、最中が現代のトレンドとまでは言いません。あえて言うなら〝静かなブーム〟と表現させていただきます。さて今回は、くるみの産地信州が誇る『くるみ菓子花岡』の銘菓「くるみ最中」をご紹介します。こちらの最中は、筆頭管理人が「お正月のお菓子に」と吟遊映人に送ってくれたものなのです。実際に届いたのは12月だったのですが、つまりは、そのぐらい美味しかったということです。「くるみ最中」の特徴は、なんと言ってもそのフォルム。くるみの形をしています。いや、本当に癒される!くるみの練り込んである白餡は、思いっきり甘々です。ガツンと来る甘さを求めている方、ぜひご賞味ください。必ずや虜になってしまうことでしょう!!花岡はくるみを使ったお菓子に定評があるので、くるみ饅頭やくるみのゆべし、くるみ大福にくるみ団子まで取り揃えられています。私はくるみ饅頭もいただきましたが、これも申し分のない美味しさでした。全国各地にそれぞれ特徴のある最中が販売されていますが、信州のくるみ最中は、味も見た目も最高の逸品でした!!~ご案内~●くるみ菓子花岡 くるみ最中●くるみ菓子花岡 くるみ最中●くるみ菓子花岡 くるみ饅頭
2025.02.11

《 吟遊映人 ア・ラ・カルト 2024 》令和6年、今年は元旦から石川・能登で震度7という巨大地震にみまわれました。遅ればせながら被害に遭われた皆さまに、この場をお借りし、お見舞い申し上げます。丸一年が経過し、かなり復興は進んだことと思いますが、突然の自然災害による爪痕は、なかなか簡単には消えるものではありません。ただただ一日も早く、心身ともに健やかな日常を取り戻せるよう、心よりお祈り申し上げます。一方で、7月の猛暑のさなか、パリ五輪が開幕しました。コロナによる影響で華やかさに欠けた東京五輪とは打って変わり、スタイリッシュでクールなパリに相応しい洗練されたオリンピックだったように思います。(解説:すっかり感化された吟遊さんは、にわかにジョギングなど始めたものでした。筆頭管理人)まずは選手の皆さんに「お疲れさまでした」と拍手をおくらせていただきます。(今さらですが・・・)さて、吟遊映人にとっての一年はと申しますと、とにかく仕事中心となった一年のように思います。人事異動により、4月から上司陣がガラリと一新したことで、これまでとは違った空気感に慣れるのが大変でした。年明けのことを考えると、憂うつな気持ちは払拭できませんが、クヨクヨしたところで始まらないので、今はもう「なるようになるさ」という心境なのです。今年の年頭に立てた目標は、でした。しかし、〝云うは易く行うは難し〟とは言ったもので、残念ながら達成することはできませんでした。その代わりと言ってはなんですが、下手の横好きと笑われるのを覚悟の上、イラスト付きでモナカのご紹介などができたことは、とても嬉しかったです。今後も、ヘンテコリンなイラスト付きで、古き良き日本のソウルフードであるモナカのご紹介ができたらと思うしだいであります(笑)来年は巳年。一説によれば、ヘビは金運に恩恵のある神の使いとされています。思い起こせば、亡父が「白ヘビがスーッと懐に入り込む夢を見た年は、人生で一番景気が良かった」と話していたのを覚えています。皆さんも、この巳年の金運にあやかり、財布の新調や、弁財天(※)をお祀りする神社などに、足を運んでみてはいかがでしょうか?※ヘビは弁財天の使者とされる。本年も吟遊映人のつたない記事を読んでいただきまして、本当にありがとうございました。皆さま、どうかお身体大切になさってください。健康であれば、少しぐらいのムリも効きますが、健康を損ねてしまうと何をやっても楽しくありません!来年も吟遊ブログをよろしくお願い申し上げます。では、良いお年をお迎えください。
2024.12.31

~自然派化粧品のすすめ(その4)~私が学生時代のころ、アムウェイ・ビジネスについて誘われたことがありました。もう30年以上も前の話ですが、このビジネススタイルはアメリカから入って来て、日本でもすっかり定着しました。端的に言ってしまえば、店舗がなくて、口コミで商品の情報を聞き、アムウェイから直接商品を買う、というイメージです。いわゆるマルチ商法というものでしょうか。このビジネススタイルは、健康食品やサプリメント、化粧品から生活雑貨に至るまで、アムウェイ以外でも様々な企業で成功をおさめています。(もちろん、すべての企業とは限りませんが)私がお伝えしたいのは、そんなアムウェイの話ではなく、れっきとした日本の化粧品メーカーであるアザレプロダクツ のことです。いわゆるアザレ化粧品は、過去に会社が分裂した経緯もあり、イメージ的にはあまり良いとは言えません。なにしろ、アザレプロダクツ とアザレインターナショナルに分裂後、さらにシナリー化粧品という新しい別会社にも分裂しているのですから。アザレは大きなコマーシャルを放送することもなく、ドラッグストアや百貨店に商品を卸すこともなく、とにかく口コミによる情報で知ることが唯一の手段です。もちろん以前と違い、これだけデジタル化の進んだ時代のおかげで、スマホで自然派化粧品を検索しているうちにアザレのことが出ては来ますが、そうは言ってもたくさんあるオーガニック化粧品の中に埋もれてしまっているのも事実です。女性にとっては、肌に直接つける化粧品は絶対に安全なものであって欲しいし、肌のトラブルは避けたいものです。私は敏感肌で、若いときは化粧品のことでずいぶんと悩まされました。そんな私にとって、アザレとの出合いは正に奇跡でした。五十代の私がこれからを生きる若い子たちにお伝えしたいのは、とにかくお肌を労わって欲しいということです。お肌を労わることは、すなわち自分を大切にすることにもつながります。誰かに自信を持ってオススメできる化粧品を選ぶことは、美味しいスイーツをインスタグラムで紹介するのと同じことなのです。ぜひ、化粧品の内容成分を見て、肌につけて、その心地良さを実感してみてください。アザレプロダクツ の製品は、メイドインジャパンの優れた国産化粧品なのです。ーーと、ここまで絶賛すると、何やら私がアザレプロダクツ からマージンをもらっているようにも受け取られてしまいますので、ここではっきりと否定させていただきますが、私は正規の化粧品をアドバイザーさんから定価で購入しています。また、むやみやたらに知人・友人らに売りつけたり勧めたりするようなことは一切していません。さて、そんなアザレプロダクツ の化粧品の中で、今回は3点だけご紹介させていただきます。まず一つめ。セゾンパクトです。ベースメイクとして欠かせないのは、仕上げ時に使う固形のファンデーションです。カラーは全8色あり、自分の肌に合ったファンデを選びます。ちなみに私の場合、若いころはピンクベージュを使っていましたが、年を経て、少しでも肌を明るく見せたいこともあり、ライトベージュを使うようになりました。主にシミやくすみをカバーするのと、出先で化粧直しをしたいときに、これを持参していると便利なのです。以前ご紹介したフェイスパウダーも使いますが、バッグに入れて持ち歩くには不便なので、こちらのセゾンパクトが重宝します。次に二つめ。ペンシルアイブロウです。友人の中には、眉毛は描ければ何でも良いという人もいますが、私の場合、プチプラのコスメだとなぜか痒くなるのです。おそらく配合されている何らかの成分に反応してしまうのだと思われます。アザレのペンシルアイブロウは、天然植物とワックス成分のおかげでトラブルもなく、安心して使えます。ブラシで眉毛を描くタイプのものではなく、ペンシルタイプになっているので、別売りのペンシルホルダーに差し込んで、直接眉毛を描きます。(慣れても慣れなくても、左右の眉毛が均等に描けないのは、あるあるですね・笑)最後に三つめ。スキンケアUVです。これはいわゆる日焼け止めローション(SPF15/PA+)です。何と言ってもアロエが主成分となっているのが嬉しい!しかも化粧下地としても使えるので一石二鳥!サラッとしてベタつかない使用感も秀逸です。こちらは今回イチオシのアザレ製品です。若いうちはいろんなメイクに興味を持ち、様々な化粧品に手を出しては途中で飽きてしまうことの繰り返しでした。たまたま私が出合ったアザレプロダクツ の製品は、私の肌にしっくりと合い、30年もの長きに渡り使い続けることとなりました。ただ、いつも思うのは、このデジタル化が進んだ時代にも関わらず、販売手段が逆行しているのです。今どきネット通販をしていないという最大の弱点です。代理店のアドバイザーさんの説明やアドバイスを聞き、手渡しでの購入のみが許可されているのが正規のルートとなります。でも、中には対面形式ではなく、ひっそりと買って試してみたいと思われている方もいると思います。アザレプロダクツ の製品をもっと多くの方々に知ってもらうためにも、門戸を広げ、販売スタイルの改善を願うばかりです。【追記】アザレのベーシックケア製品のパッケージが変わりました!※Wバリアコンプレックス配合(学会に発表)◆おせっかいな管理人より吟遊さんの場合!冬太り解消のためにも、身体を動かしましょう!以上※過去記事の〈自然派化粧品のすすめ〉その1はコチラを、その2はコチラを、その3はコチラを、どうぞご覧あれ♪
2024.12.07

【 リト@葉っぱ切り絵展 】晩秋の候。少しブログの更新をサボっていたら、もうこんな季節になってしまいました。来月は年の瀬。令和6年も幕を閉じようとしています。ふだん、趣味らしい趣味のない私は、近所のショッピングモール内にあるスタバで、まったりするぐらいがつかの間の癒しですが、皆さんはどんな趣味をお持ちでしょうか?日頃、溜め込んだストレスは、どうやって発散させているのでしょうか?職場の同僚(N子さん)が一枚のチラシをくれました。どうやら切り絵展が開催されるというチラシで、N子さんは鼻息を荒くしてと力説してきました。作者はリトさんという男性で、葉っぱを切り絵にした作風が注目を集め、メディアに取り上げられたのだとか。こんな機会はめったにないので、騙されたと思って行ってみてください、とまで言われ、無料券もいただいてしまい行かないわけにもいかず、この企画展に出向いてみることにしました。少しだけ作者のことを調べてみたところ、1986年生まれでまだ私よりだいぶ若い!!葉っぱを切り絵にするという創作スタイルは、2020年からとのことなので、年数的には短いようです。特筆すべきはこの作者、「自身のADHDによる偏った集中力やこだわりを前向きに生かすため」に制作を始めたと。作品を見れば一目瞭然なのですが、とにかく緻密です。驚くほど繊細で作者の世界観が鮮やかに表現されているのです。一つの切り絵から始まるドラマ、物語が、見る者の心を鷲掴みにするというのは、なかなかありません。私が好きなのは『森のピザ職人』や『朝のきのこのスープ』ですが、森に棲む生きものたちが腕をふるってピザやスープを作るという夢のある空間が何とも言えません。どれもこれも可愛いし、ユニークで抱きしめたくなるような作品の数々でした。〝癒し〟というにはあまりにも拙い表現で恐縮ですが、つかの間のいやしと安寧をいただくことができました。葉っぱの切り絵が紡ぐ森の動物たちの世界は、渇いた心を潤すようなオアシスでした。ちなみに私は、作者ご本人がサイン会をされているリアルタイムに行くことができ、購入した作品集にサインをいただくことができました。(ちゃっかりご一緒に写メも撮ってもらいました!)緊張して何を話したのか忘れてしまいましたが、ふんわりとした笑顔で、優しそうな方でした。余談ですが、私の購入した『いつでも君のそばにいる』という作品集の帯を見て欲しい!なんとその帯は、一流コピーライターの糸井重里氏の文言が!!私、それを見てこの作品集(¥1300税別)を買ったと言っても過言ではありません(笑)小さな葉っぱは、どんなに大きくても小さな葉っぱ。そこから、いつまでも終わらない物語がはじまっていく。ーー糸井重里
2024.11.23

【 自分へのご褒美!?】だいぶ更新が遅れてしまいました、、、トホホ。今年の目標は月イチのブログ更新だったのに、面目無いです。久しぶりにペンを取る気になったのは、最近ゲットしたものを皆さんにご紹介したくなったのです!毎日毎日生活のために頑張っている自分に、ご褒美をあげたくなった私。※管理人の推察です、間違いない!!かと言って、それほど高い買い物ができるほど潤沢な資金もないので、分相応というところで手に入れたものたちです。今回は3点ご紹介したいと思います。まず1つめ。リサ・ラーソンの食器(美濃焼)です。皆さんご存知のリサ・ラーソンは、スウェーデンの人気陶芸作家です。 今はそれも落ち着いてきて、たまに誰かのバッグにマイキーのキーホルダーがぶら下がっているのを見つける程度です。今回私がゲットしたのは、そんなリサ・ラーソンの代表的人気キャラのマイキーが描かれた食器です。近所のショッピングモールで美濃焼の陶器市を開催していたところ、その逸品を見つけました!定価¥1100(税込)のところ、半額の¥550!!思わず食器に頬擦りしたくなりましたよ〜(笑)ちなみに最近、この食器で親子丼を食べました。我が家にはどんぶりがないので、わりと深みのある器が今後も重宝しそうです。次に2つめ。タリーズハニー(はちみつ)です。正直に言いますと、これを買ったのは成り行きというか、勢いというか、とにかく思わず買ってしまったものです。先日、婦人科検診のため総合病院に出かけたところ、早々に終わったのはラッキーだったのですが、まぁバスの本数が少ないこと少ないこと!!(交通手段なのです)仕方ないのでバスを待つ間、院内にあるタリーズで時間をつぶしたのですが、そこの店舗にはズラリとはちみつが並んでいました。その様子を見たら、思わず一つ手に取ってみたくなりました。私は小さい頃からはちみつが大好きで、パンにつけたり、ヨーグルトにかけて食べたりするため、食卓には常時置いてあるのです。なのではちみつそのものを買うのは珍しくはないのですが、タリーズのはちみつを買うのは初めてということでご紹介します。500gで¥1230(税込)なので、お手頃価格だと思いました。まだ封を開けていませんが、早く味わいたくてたまりません。そしてラスト、3つめ。『リンネル』12月号です。今さらですが、私は五十代のオバちゃんなので、『リンネル』の読者層(二十代〜三十代の女性)からかなりオーバーしてます(汗)しかし私は、付録のムーミン柄4種のポーチがどうしても欲しかったのです!(私と同世代でムーミンが嫌いな女子なんて、まず、いないのでは?!)昭和の頃、ムーミンの声を演じたのは岸田今日子でした。この女優さんの語りは、吸い込まれるような独特のムードがあり、よく下手なモノマネをして遊んだものです(笑)そんな思い出の残るムーミン柄のポーチをゲットできて、本当に幸せです。4種類もあるので、何を入れようかと悩んでいるのですが、それもまた楽しいひとときです。余談ですが、『リンネル』には増刊号というタイプもあるようで、そちらはムーミンのがま口ポーチが付録となっているみたいです。しかも、セブンイレブン限定の販売とのこと。特別価格¥1400です。というわけで、以上3点を自分へのご褒美として買った私ですが、当ブログの筆頭管理人は何かゲットしたものはあるのでしょうか?最近の自分へのご褒美は、何でしょうか?管理人です(^^)v 吟遊さんにそういわれましたが(^^;)・・・でもねぇ、僕らの世代(前期高齢者)は自分を律するよう教育を受けましたので、「自分へのご褒美」は馴染みがないんですよねぇ~。だからご褒美はありませんが、スマホを iPhone16ProMax にしました(*^_^*)
2024.11.09

【 川端康成 / 山の音 】●はじめに吟遊さんから『暇だから川端のイラストを描いてみた。だから過去の投稿を再アップして!』と依頼を受けました(^^;)まさに「小人閑居して不善を為す」を地で行くものですが、それを言ったら『私って有閑マダムなのよ』ですってさ(*'ω'*)ともあれ、過去の投稿を再アップ致します。秋の夜長に、川端をお読みいただけるきっかけになれば、誠に幸いです(*^_^*)※イラスト 令和六年初秋◆戦後日本の中流家庭を描く川端康成という作家は稀にみるナショナリストで、こよなく日本を愛する文豪だ。ノーベル文学賞受賞作である『雪国』も、東北のひなびた温泉宿における芸者との淡い恋心を描いたものだし、『伊豆の踊子』も伊豆で出会った旅芸人の踊子に、苦悩を抱える旧制高校の男子が癒されていく話だ。この『山の音』でさえ、日本の「家」を舞台にした二世帯同居家族と、出戻りの娘に翻弄させられる父の姿があったりする。戦後、お茶の間を賑わせたホームドラマとは全く趣が違い、主人公の息子の嫁に対するほのかな恋心や、息子が浮気をしていることへの怒りなどを盛り込みながらも、老いへの恐れ、若さへの憧憬、生きることへの疲労感など、実に文学性の高い作品に仕上げられている。「家」という日本独特の家族のあり方から生じる苦悩は、おそらく西欧社会にはなかなか受け入れられにくいデリケートな問題なのではなかろうか?そんな中、川端康成は果敢に「日本」を描いていこうとする姿勢が窺える。それは孤高でさえあり、他の作家を寄せ付けない品格に溢れている。川端康成 北山杉を背にさて『山の音』だが、この小説はあまりにも有名で、様々な文芸評論家から高い評価を得ている。私自身、川端作品の中でこの小説が一番好きかもしれない。とりわけグッと来るのは、主人公が、息子の浮気に耐え忍ぶ健気な嫁に声をかけるところだ。「菊子は修一に別れたら、お茶の師匠にでもなろうかなんて、今日、友だちに会って考えたんだろう?」慈童の菊子はうなずいた。「別れても、お父さまのところにいて、お茶でもしてゆきたいと思いますわ」長年連れ添った古女房なんかより、長男の嫁の方が若いし綺麗だし、何より意地らしい。息子の浮気が原因で離婚してしまったら、そんな恋しい嫁とも別れて暮らすことになってしまうのかと思うと、内心、平常ではいられない。このあたりの心理描写は、さすが川端だ。嫁との関係はあくまでも潔癖なものだが、ほのかに漂う恋の調べが、耳もとで聴こえて来そうな気配なのだ。また、主人公の夢の中で、顔のない女を犯しかけるくだりは、一気に読ませる。本当なら嫁の菊子を愛したいのに、夢でさえ良心の呵責をごまかすため、顔のない女の乳房を触るのだから。『山の音』に関しては、皆が口を揃えて傑作と評価している。もちろん私も異論はない。平成の世となった昨今、これほどの最高峰を登り詰める作家がどうも見当たらない。ぜひとも、何とかして、ポスト川端康成が登場してはくれまいか? 平成の川端を待ち望んでやまない、今日このごろなのだ。『山の音』川端康成・著★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2024.10.05

【 刑事モース〜オックスフォード事件簿〜case1 】◆華麗なる賭け先にお断りしておくのは、毎回映画レビューをする際、冒頭に気に入ったセリフを紹介がてら入れるのだが、今回は割愛させていただく。(というのも、amazon primeで無料の視聴を一度しただけなので、ご容赦を)さて、刑事モノや探偵モノは、やはり人気が高い。特にキャラが際立つものは、見ていて飽きないし、面白いからだ。もちろん視聴者各人の好みもあるし、ストーリーの良し悪しもあるので、一概には言えないけれど、一話一話完結していてシリーズ化されているのは、安定感があるし、落ち着いて視聴できるのでありがたい。私にとって刑事モノと言えば、ピーター・フォーク主演の『刑事コロンボ』が大好きで、いまだそれを超える刑事モノを知らない。探偵モノなら金田一耕助シリーズで、特に市川崑監督作品が素晴らしい。とにかくキャラクターが見事に完成されていて、ブレがない。何でもそうだけど、キャラが際立っていなければ見ていて面白くないので、これは重要なポイントと言える。『刑事モース』は、イギリスのテレビで放送された刑事ドラマである。私にとってイギリスで放送された人気ドラマですぐに思い浮かぶのは、『シャーロック・ホームズの冒険』である。主演はジェレミー・ブレット。日本語の吹き替えは露口茂なのだが、正に、ホームズの格調高く優雅で紳士的ムードを正確に表現することに成功していた。そう言う洗練された名作に数多く出合ったおかげか、本当の意味でミステリーを堪能させてもらう機会に恵まれた。『刑事モース』は英国の歴史と伝統と、ちょっぴり辛口な国民性を垣間見せてくれるイギリスチックな作品だと思う。とは言え、制作が2000年代に入ってからの、比較的最近の作品なだけあって、1960年代の英国を舞台にするには、ちょっと画面がキレイ過ぎるような気がした。あらすじはざっくりさせてもらうが、なにぶん1回のみの視聴(amazon prime)なので、記憶違いがあるかもしれないのでご容赦を。1960年代のイギリスが舞台。カーシャル・ニュータウン警察の新米刑事モースは、退職届を出すつもりでタイプしていた。死体を直視できないし、血液の飛び散った凄惨な現場に立ち会うのが苦手だったからだ。(他にも理由はあるが)そんな折、メリーという少女が失踪したことで、モースも捜索のためオックスフォードへ出向くことになった。同時期に、オックスフォード大学の学生マイルズが死体で見つかる。一見、自死にも見えるが、断定はできないでいた。さらには失踪と思われていたメリーも、その後、死体で発見される。そのメリーという少女は、15歳という若さでありながら、男性遍歴があり、オックスフォード大学の学生であるマイルズの他に、教授のストロミング、自動車整備士のジョニーと関係があり、誰の子かは不明だが、中絶した経験もあった。モースがストロミング宅へ聞き込みに行くと、ストロミングは留守だったが、その妻ロザリンドとばったり遭遇した。見れば彼女は元オペラ歌手であることがわかった。モースは彼女の熱狂的なファンなので、見間違えるはずもなかった。この作品、あらすじを書くのに手間取る。というのも、いろんな伏線があって、最後に回収されていくのだが、単純な犯人探しの推理ドラマと違うからだ。ポイントとなるのは、一般的にホワイトカラーと称される立場の大学の教授や官僚らが、つまらない賭け(ゲーム)をやったことが発端となる。一方で、作中、警視正の娘が怪しげなパーティーで一服盛られて、恥ずかしい写真を撮られて、父親の職業上、真実をなかなか明かせないという、要所要所で捜査が劇的に進展しない理由が詳らかになる。私はわりと刑事モノとか推理ドラマは、気軽に楽しくサラリと見るのがモットーなので、最後まで犯人は誰なのかとドキドキしながら見るのは苦手である。その点、『刑事モース』は、ハマる人はハマる作品だと思われる。英国製らしく、品はあるし、絵的にもキレイで、それでいてドロリとした人間の業を表現している。だがあくまで私個人としては、たまに見るなら雰囲気に酔えて楽しめそうだけど、毎週放送されるTVドラマとしては、見忘れることもありそうだ。きっと私が求めるようなユニークなキャラクター設定ではなく、どこまでも大衆受けするような人物像におさまっていたからかもしれない。私の中で一番は、やっぱり『刑事コロンボ』なのだ。2012年放送【監督】コルム・マッカーシー【出演】ショーン・エヴァンズ、ロジャー・アラーム、フローラ・モンゴメリー
2024.09.14

【むらせや 二俣城最中】皆さま、残暑お見舞い申し上げます。今年の静岡県一帯はどうなっているのでしょうか?先月は連日のように全国最高気温(40度超え)をたたき出して、束の間の栄誉を勝ち誇っていました。 私は運動不足解消ために、近所の郵便局まで徒歩で出向いたところ、知らぬ間に脱水症状を起こしていたのか、途中から足腰に力が入らず、慌てて自販機でアクエリアスを買って一気飲みしたというハプニングもありました。暦の上ではすでに立秋も過ぎましたが、とうてい秋の気配など感じられません。まだまだ暑さ対策は必要なので、自分に合った適切なやり方で、この夏を乗り越えましょう! さて、そんな中、私は甘い物を欲する気持ちを抑えようもなく、遠州天竜は山東にある昔ながらの和菓子店に出かけて来ました。それは〝むらせや〟という老舗の和菓子店です。(洋菓子も充実しています)こちらのお店でどうしてもおさえておきたいのは、何と言っても『二俣城最中』です。現在、二俣城そのものはありませんが、そのお城にまつわる悲劇は何回となくNHK大河ドラマで放送されてきました。知る人ぞ知る、ここ二俣城で、家康の嫡男信康が自刃したのです。その二俣城をモチーフにした最中は、ロングセラー商品として地元の人に愛されています。全国に様々な最中はあれど、そこに秘められたドラマの感じられる最中は、この『二俣城最中』をおいて他にはありません。ちなみにむらせやでは、『信康餅』という商品も扱っているのですが、これも逸品!二俣城最中とあわせて買い求めたい天竜のお土産なのですーー さて、こちらのむらせやには他にもいろんなオススメ商品があるのですが、何度となく通ってアレコレと食べ尽くした経験のある私がイチオシなのは・・・じゃーん! 『ふなぎらダム』です。(「船明」と書いて、ふなぎらと読みます)もちろん、当ブログは主に昔懐かしい最中の美味しさを広めていこうというのが趣旨ではありますが、最中ではないお菓子なのに、思わず記事に書かずにはいられません。コレ、大・大・大好き‼︎こういう素朴なお菓子が巷から段々と消えていくのが悲しい・・このお菓子だけは残したい‼︎お店のHPに載っている商品説明をここにも紹介しておくと、「バター・練乳・小麦粉・卵、素材にこだわった生地で黄身あんを包みホイルで焼き上げた」お菓子、それが『ふなぎらダム』なのです。 そうそう、むらせやで扱っている最中に『鮎っ子』という最中もあります。こちらは小豆餡ではなく、白餡に抹茶を混ぜたお茶の餡を使っているのですが、お茶の産地に相応しい商品です。こちらもオススメです。ここからは余談ですが、占い師ゲッターズ飯田氏が令和6年静岡県のパワースポットは、ズバリ、天竜にある光明寺とおっしゃっています。(すでに今年も下半期で、今さら話題にするのもアレですが)この光明寺というのが、むらせやと目と鼻の先にある距離なのです。光明寺は国内最大の大黒天をお祀りしていることもあり、金運アップ⤴️間違いなしです‼︎さらに、光明山古墳も見学できるので、併せてご覧くださいね。夏の思い出(?)にどうぞ。 ※御朱印ガールの喜びそうな切り絵の御朱印もありますヨ~ご案内~●むらせや 二俣城最中●むらせや ふなぎらダム
2024.08.17

【 太宰治 / 女生徒 】●はじめに新聞のエッセーで太宰治の詩に目がとまった筆頭管理人は、さっそく吟遊さんに一報を入れる。感動した吟遊さんはといい、つらつらと太宰のイラストを描いたそうな。なお吟遊さんに言うには、『このイラストは太宰が女生徒を書いたころをイメージして描いた』とな。そして『以前に女生徒の記事は投稿しているので、イラストを添えて再度アップしてほしい!』と依頼を受け、本日の運びとなった次第です。※太宰イラスト 令和六年盛夏◆新感覚でヴィヴィッドな小説太宰治の著書は片っ端から読んで、何やら青春の虚無感とか孤独感にどっぷりと浸かっていたような記憶がある。『人間失格』は青春のバイブルにもなっていたし、持っているだけでカッコイイ気がした。そういう意味で、坂口安吾も似たような感覚のニヒリズムとデカダンスを備えていた。私の知人などは、内容もろくに知らず、読みもしないのに坂口安吾の『堕落論』を、コートのポケットやバッグに忍ばせていたとか。もうこうなると、文庫本一冊といえども、ファッションの一部なのだ。それを持っているだけで、クールに生まれ変わった錯覚を抱いてしまうのかもしれない。太宰治の小説は、戦前→戦中→戦後と、その時代によってかなり作風が変化している。とりわけ評論家から賛辞を受けたのは、戦時下での小説で、『新釈諸国噺』と『お伽草子』だ。それらは、“珠玉の短編”と評価されている。さて『女生徒』。この小説は女性一人称スタイルを取っていて、語り手が女学生である。新感覚でヴィヴィッドな言い回しの中に、核心をついているのだが、例えばこんな具合だ。「朝は灰色。いつもいつも同じ。一ばん虚無だ。朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。いやになる。いろいろ醜い後悔ばっかり、いちどに、どっとかたまって胸を塞ぎ、身悶えしちゃう。朝は、意地悪」どうだ、この感性! この小説が出版されたのは、太宰30歳の時。現代の30歳の男性が、多感な女子高生の心理状態を、これほどまでにリアルに想像できるだろうか?! 他にもこんなところがある。「私がもらった。綺麗な女らしい風呂敷。綺麗だから、結ぶのが惜しい。こうして坐って、膝の上にのせて、何度もそっと見てみる。撫でる。電車の中の皆の人にも見てもらいたいけれど、誰も見ない。この可愛い風呂敷を、ただ、ちょっと見つめてさえ下さったら・・・」可愛らしいもの、素敵なものを、誰かに自慢したい気持ち、少しだけ認められたい気持ち。このウブな女子の感性を、当時30歳の太宰治が見事に表現していて、それがまた驚くほどの完成度の高さなのだ。『女生徒』は、物質的には不自由を強いられようとも、つましい生活の中にささやかな幸福を感じたり、あるいは嫌悪を抱いたり、女子のデリケートな心理を鮮やかに表現した小説である。もしも私が、何か一冊バッグに携帯するとしたら、この『女生徒』にするかもしれない。ファッション・アイテムとしての『堕落論』より、数倍は私をクールにさせてくれる作品だからだ。『女生徒』太宰治・著●おわりにご参考まで、太宰治の「女生徒」を投稿したのは平成24年(2012年)10月20日で、すでに12年も前の話です。思えば吟遊さんもチャッキチャキの中年女性でした・・・ということで、人生五十年で言えばすでに老人の域ですな(^^;) それでこのごろは暴飲暴食のツケにおおいに慄いていらっしゃいますが、そろそろ真剣に健康と向かい合わないといけませんね(^_-)老婆心ならぬ老爺心まで(*'ω'*)ときに、仏壇で般若心経を諷経する身で、『オーマイゴッド!』はいただけませんな(>_<)★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2024.07.27

【竹風堂 栗もなか】世の中で、〝正統派〟というスタイルがあまり際立たなくなって久しいですね。例えば、文学の世界で言うと、もちろん芥川賞が存在する限り純文学は生き残るとは思いますが、じゃあそれこそが正統派なのかと言われると、そうでもないような・・・音楽の世界なら、日本人の魂を揺さぶるはずの演歌も、一定層には支持されてはいるものの、正統派とまでは言えないような・・・いや、正統派というのは浄瑠璃のような日本の伝統芸能を指すのだと言われてしまえば、もう何も言えないけれど・・・でもお菓子の世界では、まだまだ正統派スタイルが残っているのです。はい。今回私がリポートするのは、竹風堂の栗もなかですが、この最中を正統派と言わず何と言うのか⁈ぐらいのインパクトがあるのでご紹介します。上記のように、栗の形を模しているだけでも可愛いのに、中に入っている餡もしっかり栗を使った栗あんのみの純栗もなかなのです!今どきレモンケーキだってレモンの形はしているけれど、色は着色料を使用しているし、レモン果汁さえ使われていないことが多いのに、そんな中でも竹風堂の栗もなかは正に正統派と言えます。さらには最中の入っている袋。これもまた絵柄が栗なんです。栗以外の余分なイラストなんか入っていませんからね!この栗へのこだわり、栗愛(?)はスゴいですよね。正に正統派。*昔、スズキ自動車が何の迷いもなく〝Kei〟と名付けた軽自動車には驚きました(笑)そのまんまじゃん!正統派とは、実はそういうことなんでしょうか?竹風堂のダジャレに思わず笑ってしまうのですが、ネーミングの面白い商品を一つご紹介。竹風堂は本店が長野県の小布施(おぶせ)にあります。そこから商品名を考案されたのだと思うのですが、いわゆるブッセというお菓子に、『おーぶっせ』という商品名が付けられています。なんかもう、正統派というより、ベタな「お約束」と表現した方が良いのでしょうか?(笑)ちなみに私が気になるのは、ナガノパープルがサンドされた『おーぶっせ』。これ、ぜひ食べてみたいなぁ。私(吟遊映人)がこのおーぶっせを口にすることができるか否かは、筆頭管理人の懐事情と気前の良さにかかっているのです。~ご案内~●竹風堂 栗もなか●竹風堂 栗もなか袋●竹風堂 おーぶっせ
2024.06.15

【 ノック 終末の訪問者 】「レドモンドは〝恨み〟、エイドリアンは〝養育〟、サブリナは〝癒し〟、レナードは〝導き〟。黙示録の四騎士だ。僕らは彼らの死を感じる必要があるんだ」「なぜ僕らが?」「特別なことなんかじゃない・・・わかるんだよ」2011年に起きた東日本大地震による被害者・行方不明者は、2万人を超える激甚災害となった。また、中国は武漢を起源とされる新型コロナウィルス感染症の世界的な蔓延。さらにはロシアによるウクライナへの本格的な軍事侵攻。パレスチナ問題・・・etcそれこそいろいろありすぎて、にわかに信じられないが、これらは全てわずか十数年の間に起きた歴史的事実なのだ。こんな状況が続いていると、オカルトや新興宗教など小指の先ほどの興味もない私でも、「すわ、世の終わりか⁈」と心胆寒からしめる心境に陥ってしまう。こんなときは、もう四の五の言わずに、シャマラン監督の作品を見るしかない、と思って私が選んだのは、『ノック終末の訪問者』なのだ。シャマラン作品の根底には、宗教的なニオイがプンプン漂っている。キリスト教の教義から引用させてもらうと、それはイエス・キリストがその身を犠牲にし、十字架の死を受け入れ、人類の罪を「あがなう」という行為。いわば、その尊い命を代価として神に差し出す代わりに、全人類の罪を赦されたということ。この解釈は、キリスト教圏ではない日本人にはあまり馴染みがないので、理解するのが難しい。日本古来の風習に例えるなら、人身御供のもっと神聖なものとして捉えたらどうだろう?要するに、自然災害などで甚大な被害が出ないようにするなめ、その土地や川を司る神様に、生娘や巫女などが生け贄にされたのである。(女性に限らず僧侶や罪人なども)現代ならそんな風習は科学的根拠がなく、人権侵害も甚だしいと一蹴してしまうところだが、古の人々の考え方はもっと原始的で自然に則っていたのだ。人が勝手に神様の持ち物である土地に築城したり、川に橋を架けたりするのは、神様を怒らせてしまうのも当たり前。「何とぞこの◯◯を生け贄として捧げ奉るので、その怒りを鎮め給え」と、人柱を立てたのである。前置きが長くなってしまったが、自然あふれる人里離れた山小屋に、アンドリューとエリック、それに養女のウェンが遊びに来ていた。もうすぐ8歳のウェンは、外でバッタを捕まえ、観察日記をつけていた。そこへ、スキンヘッドで両腕にびっしりタトゥーを入れた大男がやって来た。見かけによらず優しげな物言いで、ウェンと一緒にバッタを捕まえてくれる。ウェンは警戒心を持ちつつも、少しだけその大男と会話を交わすが、遠くから武器を持った見知らぬ3人が近付いて来るのに気が付いて、慌てて山小屋に逃げ帰る。ウェンには2人の父親がいて、どちらも養親である。アンドリューとエリックはゲイだった。2人は子どもを育てたいと願い、乳児院でウェンと出会った。結果、3人は家族となったのである。慌てて家に帰って来たウェンの話から、アンドリューとエリックはただ事ではないと、すぐに臨戦体制を取るが、結局、アンドリューもエリックも椅子に縛り付けられ、拘束されてしまうのだった。突然訪れた彼らは意外にも神妙な面持ちで、ウェンに対してはもちろん、アンドリューやエリックに対しても、拘束以上のことは何もしなかった。そして、4人の訪問者を代表して、大男のレナードという者が、「世界の終わりを防ぐために来た」と静かに言った。どうやら4人の訪問者たちは、この世界を救うために己を犠牲にする覚悟を決めているようだった。さらには、アンドリューたちにも、家族3人の中の誰かが犠牲となる決断をして欲しいと懇願するのだった。「辛い決断だが、選んだ者を殺さなければいけない。そうしなければ70億を超える人類は滅亡する」1.水が街を沈める(津波)2.未知の感染症が蔓延3.空が落ちる(飛行機の墜落)4.神の手が大地を焼き払う(落雷)ここからは私なりの考察になるが、M.ナイト.シャマラン監督のブレないテーマは「再生」である。これはシャマラン作品のどれを取っても感じられる生と死の宗教的ドラマなのだが、どんなに文明科学が進んでも、信仰に背を向けることはできないのだと断言する。要は、神の存在をクローズアップして、科学では割り切れない超自然的存在と向き合う作品スタイルを構築しているのだ。とは言え今回の作品は、いたるところに張り巡らされた伏線が上手く回収されていないのが気になった。世界の人口が80億を超える中で、なぜ4人の訪問者とエリックが命を賭すことになったのか。彼らを選んだ神の目的は一体何だったのか。そもそもアンドリューとエリックがゲイカップルという設定は必要だったのか。きっとその答えは、この作品を見た視聴者1人1人に委ねられているに違いない。2023年公開【監督】M.ナイト.シャマラン【出演】デイヴ・バウティスタ、ジョナサン・グロフ、ベン・オルドリッジそして!
2024.06.08

【田子の月 最中】最中の紹介を昨日今日やり始めたブログだと勘違いされるといけないので、念のため言っておくことにします。最中についての個人的な記録は、すでに10年以上も前からコツコツと書きためているのです。たまたま当時撮影した画像や記事が、ブログ用としては不完全なものなので、筆頭管理人と相談した結果、もう一回やり直そうということになりました。ついては、下手の横好きで始めたイラストなどをブログに載せてみようじゃないかと【もなか党】を発信することになったのです。と言うわけで、今回は第二回目。田子の月もなかについて語っていこうと思います。私の故郷は伊豆の片田舎で、近所にちゃんとしたお菓子屋さんがありませんでした。なので、ここぞというときは、三島や沼津まで出向いて、老舗の菓子店かあるいはデパートで小洒落た菓子折りを買ったものです。(今はそのデパートも撤退してしまいましたが、、、)ところが今から40年ぐらい前に、私の故郷にも〝田子の月〟というお菓子メーカーが出店したのです。おかげで法事はもちろん、来客のときや手土産に持参するときなど〝田子の月〟のお菓子が重宝されるようになったのです。特に最中は絶品で、当時としては、餡の中にお餅が入っているタイプは珍しく、子どもからお年寄りまでかなりの割合で愛されていました。〝田子の月〟のお菓子は何を選んでも美味しいのですが、その理由の一つに、使われている「水」があります。何しろ製造工場が富士市にあるため、富士山の湧水を使用しているのです。このポイントは非常に高いと思われます。お菓子は口に入るものだし、美味しく味わうもの。そのエネルギー源に富士山の湧き水を使っているなんて、それだけでもご利益がありそうです(笑)〝田子の月〟は最中以外にもいろいろな生菓子を扱っています。私が好きなのは、夏季限定のあんみつやチョコロール(ケーキ)、そして何より富士山頂というユニークな形をしたお菓子が大好物なのです!田子の月では〝富士山暦もなか〟という月替わりで最中の餡を変えた商品展開をしています。ちょうど新緑の今は、煎茶を練り込んだ餡の入った最中を販売しているのですが、これが美味しいのなんのって!もちろん、スタンダードの小豆餡も好きですが、私のイチオシは、実はこの煎茶餡かもしれません⁈~ご案内~●田子の月 最中●田子の月 最中中身●田子の月 富士山頂
2024.05.18

【吟遊映人が影響を受けた五人】最近よく耳にするのは「推し」という言葉。職場の若い女の子たちが使っているのを聞いているので、何となく意味は理解できた(笑)要は、積極的に支持したい、皆に推薦したいぐらいのお気に入りの人物のことを「推し」と言うのだとか。うん、それなら私にもいる。でも「推し」と言ってしまうほどミーハーな気持ちではないので、あえて「影響を受けた」と言う硬い表現にさせてもらう。(とは言え、「推し」の5人と表記を変更しても良いのだけれど・笑)ここに記載する5人は、少なからず私の人生において指標となった人物で、この場を借りてもっと私の「推し」を多くの人に広めたいと思っている。①②③④⑤私の「推し」は上記の5人だけれど、皆さんの「推し」と被る人物はいるだろうか?自分が何者かを知りたいとき、影響を受けた人のことを頭の中に浮かべてみて欲しい。~ご案内~★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2024.05.04

【キュア〜禁断の隔離病棟〜】『我々は病んでいる。病が胆汁のように込み上げ、喉の奥に苦いあと味を残す。テーブルを囲む皆が病んでいる。だが我々は認めないのだ。体が心に反してこう叫ぶまで。私は病気だ!』昔はとにかく日本人の働きすぎる民族性を海外のメディアから非難されたものだ。例えば、都心の通勤ラッシュ時の満員電車なんか、今でこそ外国人観光客に面白がられ、インスタなどにアップされているけれど、昔はこの模様がかなり深刻に受け止められていたのだ。余談だが、学生時代、午後の講義を受けていると、先生の単調な話が子守唄となり、大半の学生が船を漕ぎ出す(笑)すると先生が苦笑いしながら「君たちにもシエスタが必要だなぁ」と言ったものだ。シエスタ(※)とは、スペイン発祥の昼休憩を指す時間帯のことだが、日本の昼休憩が約1時間であるのに対し、スペインはなんと3時間なのだ⁉︎※シエスタの慣習は、EU統合により廃止の傾向が見られる。(Wikipedia参照)もちろん、その国の持つ歴史的背景とか文化があるので、シエスタが良いか悪いかは一概には言えない。ただ、そうは言っても働きすぎることで、人には様々な弊害が生じるのは否めない。(例)過労死・家庭不和・精神疾患・自死etc・・・そんな折、amazonプライムを検索していたら、『キュア〜禁断の隔離病棟〜』という作品を見つけた。これは正に、冒頭からして過労死に対する警鐘かと思った。と言うのも、ウォール街のさる金融商社で、深夜まで働き詰めのビジネスマン(モリス)が、心不全で倒れるシーンから始まるからだ。あらすじは次のとおり。ウォール街の大手金融会社のエリートビジネスマンであるロックハートは、取締役会から呼び出しを受ける。そこではロックハートの不正を追求されるのだが、警察に突き出さない代わりとして、ある条件を突きつけられる。それは、スイスに行ってCEOであるペンブロークを連れ戻すというものだった。ペンブロークは休暇療養のためにアルプス山中にある療養所に入所しているのだが、会社には戻らないという手紙を送って来たのである。ロックハートは、CEOを連れ戻すのなら彼と親しくしているモリスの方が適任であると答えたところ、そのモリスが心不全で亡くなったと一蹴される。仕方なくロックハートはスイスへと旅立つ。スイスへ向かう途中、ロックハートは幼い頃のことを思い出す。かつて、パリパリの金融マンだった父は、心労による精神の崩壊で、車内に幼いロックハートを残したまま橋の欄干から飛び降りてしまった。そんな父の最後を目撃していながらも、皮肉なことに、自分も同じ道を歩むことになってしまった。毎日が仕事漬けでまともに睡眠も取れず、青白い顔をしているロックハート。スイスに到着してさっそく山奥にある療養所に向かうが、タクシーの運転手からその施設にまつわる言い伝えを聞く。それは、200年程前にはバロンという貴族の城があって、高貴な血を絶やさないようにと城主は妹と交わっていたというのだ。近親結婚を忌み嫌った村人たちは、バロンとその妹を火炙りにするという忌まわしい出来事のあった場所こそが、その療養所のあるところなのだと。さらには不思議なことに、その療養所に行く者は年間に何人もいるが、そこから出て来る人はほとんどいないというものだった。ロックハートは一抹の不安を覚えるものの、とにかくNYの本社へとCEOを連れ戻さねばならないと思うのだった。この作品そのものは、かなり評価の分かれるものだと思う。私も一回見ただけでは上手く消化できず、せめてもう一回見てから記事を書きたいと思ったぐらいだ。とは言え、娯楽であるはずの映画を小難しく考えるのも意に沿わないので、私なりのざっくりとした感想を書き留めておくことにした。この作品はおそらく、〝仕事のし過ぎには気をつけろ!〟と言いたいに違いない。あと、〝怪しげな健康飲料(水)には手を出すな!〟とも受け取れる。監督であるゴア・ヴァービンスキーは、日本のホラー映画である『リング』をハリウッド版にリメイクした人物でもあるので、『キュア』のカテゴリにはずいぶんと悩んでしまった。で、結局のところ【サスペンス&スリラー】として分類してみた。(でも本当のところは【ホラー】にも当てはまる)独特のムードがあって、場面ごとに闇を感じさせるのに、ストーリー展開が追いついていない。こういうのを支離滅裂とでも言うのだろうか。(ごめんなさい)なぜなのかは不明。脚本がイマイチなのか?素材が良いだけに、ものすごく惜しいような残念な気持ちでいっぱいだ。(ネタバレごめん)ラストのロックハートとハンナが療養所から自転車で逃げるシーン。2人は自転車をこいで山を下りるのだが、シビレを切らしてCEOを迎えに来た会社の役員連中とバッタリ遭遇してしまう。その役員らはロックハートに自分たちと一緒に戻るよう命じるのだが、それを断り、ハンナとともに走り去って行く。このシーンは、私には決して清々しいものには感じられなかった。多くのレビューでは、ロックハートが笑顔で走り去ると捉えているが、私にはそうは見えなかった。古い映画だが、ダスティン・ホフマン主演の『卒業』を見たことがある人なら、私の言おうとしていることに理解を示してもらえるかもしれない。ダスティン・ホフマン扮するベンジャミンが、式場から花嫁であるエレーンを連れ出すあのラストはあまりにも有名だ。その後、嬉々として路線バスに乗り込むものの、ふと我に返ったベンジャミンは、虚な表情を見せるのだ。それはまるで、将来への漠然とした不安を暗示させるものなのである。私には、ロックハートがハンナを連れて逃げ出すこの一連のシーンが、どうしても『卒業』のラストと重なって仕方がないのだ。2017年(米)(独)公開【監督】ゴア・ヴァービンスキー【出演】デイン・デハーン、ジェイソン・アイザックス、ミア・ゴス
2024.04.27

【善光寺鐘楼最中】昨今では、和菓子の知名度が海外で爆上がりだというのを、皆さんはご存知でしょうか?世界的な健康ブームの中、和菓子が注目されるのは、何といってもその原材料にあると思われます。水・米・豆という植物性の原材料を主に使って、どら焼きから煎餅、羊羹や饅頭に至るまで様々な和菓子が愛されています。そこで吟遊映人は、和菓子の中の和菓子である最中(もなか)について取り上げ、レポートしていきたいと思います。※数ある和菓子の中で、なぜ最中を?と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんので補足しておきますが、最中は日本人にとってのソウルフードだからです(笑)記念すべき第一回目は、こちらの筆頭管理人よりいただいた、二葉堂の最中です。形がユニークとのことで、バレンタインのお返しとしていただきました。老舗和菓子店である二葉堂が誇る【善光寺 鐘楼最中】は次のとおり。水飴、砂糖、小豆、栗などが主に使われていて、安心・安全の原材料。さすが日本の伝統菓子。余談ですが、小さいころ、可愛い包み紙を捨てずに集めていました。友だちが遊びに来ると、一枚一枚並べて披露するのです(笑)2019年にM-1グランプリに輝いたミルクボーイの漫才に『最中』というネタがあります。「うちのオカンが好きなお菓子があるらしいんやけど、(そのお菓子の)名前を忘れたらしくてね」「オカンの好きなお菓子なんて、味ごのみかぱりんこぐらいやろ?」「それが違うねんな。いろいろ聞くんやけどわからへんのや」「わからへんの? ほな、わしがオカンの好きなお菓子、いっしょに考えてあげるから、どんな特徴言うてたか教えてみてよ〜」この掛け合いのパターンは、『コーンフレーク』ネタと同じですが、本当に面白いのです。ユーチューブでも楽しめますので、ぜひご視聴ください。最中のことを題材にしていて、クスッと笑えます。※ご参考まで。こちらは上記の《七味噌カステラ》で、誠に珍妙で癖になる味です(^_-)-☆おせっかいな筆頭管理人(^^)v~ご案内~●善光寺鐘楼最中●善光寺鐘楼最中中身●善光寺鐘楼最中包み紙
2024.04.13

【ミッドサマー】【出演】フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー【公開】2019年(米)(スウェーデン)2020年(日)
2024.03.30

【吟遊映人が影響を受けた五冊】過去に《吟遊映人blog》では、「金閣寺」・「ノルウェイの森」・「わたしを離さないで」を扱いました。・要約・読書案内・要約 (上)・要約 (下)・読書案内人にはそれぞれ大切にしておきたい何かがある。例えば本だったら、私の場合は上記の5冊なのだ。それらがどんなふうに自分に影響を及ぼしたのかは、よくわからない。でも、間違いなく私はエーキョーを受けた。おそらく、きっとーー~ご案内~●著書●著者&著者名★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2024.03.23

【 村上春樹 / ノルウェイの森 】ハルキストたちを差し置いて、私のような五十代のオバちゃんが今さら『ノルウェイの森』について語るのも、おこがましい話である。なので今回は本当にざっくりとだけ、感想めいたものを語ることにする。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~私がこの小説と出合ったのは、すでに30年以上も前のことだ。あれから何度となく読み返しているけれど、ポイントとなるのは、主人公のワタナベとか、その周辺の人物たちは、ある一定の経済力のある家庭を背景にした、中流ないし上流に所属する部類であるということ。そんなこと特に関係ないと思われるかもしれないが、この経済的バックボーンを知らないと、そのオシャレな会話の意味するところも流れる音楽の雰囲気も、まるでつまらないものになってしまうからだ。度々、成り行きのように交接するシーンが出て来るが、それだって、貧乏人が他にやることがなくて、街で引っ掛けた年増の女を貪るような低俗な行為とは違う。やることは同じでも、そこにある種のドラマ(?)があるのだから驚く。でも決して愛情ゆえの繋がりではない。村上作品の中に出て来る交接のどれもに当てはまるが、ものすごく孤独めいていて、共鳴を深めたいとする男女の儀式的なものなのだ。快楽を求めるだけではない代わりに、愛とか恋とか、そういう幻想なども含まれない。経済的に不自由はなくても、満たされない精神の均衡を交接によって、かろうじて保っているという危うさ。種の継続のための生殖行為ではない交接の在り方を示すような、そういうシーンに完成されているのだ。『ノルウェイの森』を官能小説といっしょにするな! と、怒られてしまいそうだが、あえて言わせて欲しい。村上作品の交接の在り方は、思うに、〝儀式〟なのである。ここまで言っておきながらも私は村上ファンなので、たいていの作品は読了済みである。短編集『女のいない男たち』は秀逸。オススメだ。~ご案内~●本●著者「村上春樹」●著者ロゴ●著書「ノルウェイの森」タイトルロゴ『ノルウェイの森』村上春樹・著★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2024.03.02

Misdo meets Godivaミスドと言えば庶民の味方。ちょっとしたおやつや、友だちのお宅に手土産に持って行ったりするのにちょうど良い。死ぬまでに一度は食べたいと願うほどの逸品ではないけれど、老若男女、幅広い世代から支持されるおやつなのです。一方、GODIVAと言えばセレブの代名詞のような、スイーツ界の筆頭。年に一度のバレンタインにGODIVAのチョコを自分へのご褒美として拝むように食べるのは、私だけでしょうか?もっと言ってしまえば、A級の明治・森永・グリコのチョコに対し、GODIVAのチョコはS級なのです。(ちなみにB級はフルタとかカバヤのチョコかな? いやいや、侮っているわけではないのであしからず)そんなGODIVAがミスドとコラボしたのだから、私が放っておくわけがありませんよ、はい。今回、私が購入したのは2点。いろいろと種類があり、迷った末にトレーにのせたのは、ガナッシュショコラと、ガレット・デ・ロワ ショコラです。もはや商品名からしてセレブなのです。レシートを見て確認しなければ、五十代のオバちゃんにはとうてい記憶に留めておくことなどできません。(間違った商品名をこちらのブログで紹介するわけには参りませんので←正義の吟遊映人)◆ガナッシュショコラは何と言っても見た目の可愛さに惹かれました。黒い真珠のようなチョコがところどころに載っているのですが、これがまたオシャレ!中にはチョコレートクリームがサンドされているのですが、上品な甘さで、くどくありません。これはもうドーナツと言うより、ケーキですね!フォークを使って食べる方がいいかもしれません(笑)◆ガレット・デ・ロワ ショコラは、食感が心地良い!パイ生地をサクサクと楽しみたい人におすすめです。アーモンドの芳ばしい香りが高級感を誘います。(表面に紙でできた王冠みたいな飾りが載っていたのですが、コレって何ですかね?)GODIVAのチョコが季節限定でコンビニの棚に陳列されるようになったときも度肝を抜いたものですが、それだけに百貨店に出向く人が減ったという証拠でしょうか?GODIVAは贅沢の象徴なので、デパ地下じゃないと手に入らないのがこれまでの常識でしたからーーニューノーマル時代と言われて久しいですが、今後はますますGODIVAが庶民に近づいて来るかもしれません⁈でも、まずはミスドで、GODIVAとコラボした上質なスイーツを召し上がってみてはいかがでしょうか?※筆頭管理人からどうやら吟遊さんはイッキ食いしたそうで(^_^;)、さすがにヤバいと思ったらしく運動に勤しんだそうな。でもね、口の中が甘ったるくて、この後せんべいで塩味を補填したのですが、満腹と慣れない体操で眠気を覚え、しばし惰眠を貪ったらしいですぜ(>_<)ダメじゃん、それじゃ!なお座興まで、吟遊さんにPhotoshopの生成塗りつぶし画像を送ったところ、せっかくの〈 misdo meet GODIVA 〉が無くなっちゃって興ざめしておりました。それでね、画像のドーナツ見てまた食べたくなったようで、ミスドに駆けると言ってました(*^_^*)◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2024.02.24

【SWALLOW /スワロウ】「私は・・・(罪を犯して刑務所に入った)あなたと同じなの?」「いや、君はぼくと違う。君は何もしていない。君は間違ってないよ。君は悪くない」皆さんは「異食症」という病名を聞いたことがあるだろうか?「拒食症」とか「過食症」は聞いたことがあっても、「異食症」というのはあまり馴染みのない病名ではなかろうか?ざっくり説明すると、異食症とは「食べものではないものを日常的に食べることを特徴とする摂食障害」である。原因はいろいろとあるようで、例えば妊娠中に起こりやすくなったり、過度の精神的ストレスを感じたときなどに発症するようだ。私がこの病気を知ったのは、表題にもある『スワロウ』を見て初めて世間にはこれほどの深刻な病があるのかと、愕然としたのである。※swallowは「〜を飲み込む」の意。ニューヨークの郊外にある邸宅。プールと広い庭と自然にあふれた美しい住まい。そこに夫と住む新妻ハンターは、いつも浮かない表情をしていた。何不自由のない生活は誰もがうらやみ、悩みなどないはずであった。だが、ハンターは孤独だった。仕事で多忙を極める夫とはろくに会話もなく、夕飯時はせっかく夫婦の語らいの場となるはずなのに、夫はスマホに夢中で会話は中断してしまう。そんな中、待望の子どもができ、夫は大喜びで実家に連絡を入れる。夫の両親も交えたディナーでも、なぜかハンターは疎外感を拭えず、孤独に苛まれる。思わず目の前にあるコップの中の氷に手を出してしまい、人目もはばからずガリガリと食べてしまった。ハンターは自分でもわからないうちに鬱屈した何かを抱え、どうすることもできず、日々を過ごすしかなかった。そんなある日、ハンターの目に留まったのは、小さなガラス玉(ビー玉)だった。なぜか無性にガラス玉を飲み込みたいという衝動に駆られ、抑えることができず、飲み込んでしまう。そして後日、ハンターは自分の排泄物の中からガラス玉を見つけ、それを洗って、まるで戦利品のように鏡台の前に飾って置くのだった。主役のハンターに扮するのはヘイリー・ベネット。『ラブソングができるまで』で映画デビューを飾っている。申し訳ないことに、今回『スワロウ』を見るまで私はこの女優さんの存在を知らなかった。それにしても驚いた。いや、これはホンモノの演技派だ。顔立ちが童顔のせいか、おどおどした表情などついつい庇護欲を誘われる。『スワロウ』での役どころは、出生に秘密を抱え、いつも自分の居場所を求め孤独に耐える主婦。実業家でいわゆるセレブな夫に恵まれ、経済的には何不自由なく暮らすことのできる妻の座は、ハンターにとってはむしろ針のむしろだった。夫にとって必要なのは、見映えが良く、友人知人の前で機嫌良くニコニコしている「お飾りの妻」だったのだ。ハンターはもともと販売員として働いていて、取り立てて教養もなく、話術にも長けていなかった。しょせんホワイトカラーのお坊ちゃんの妻になど向いていなかったのだ。ハンターはレイプ事件によって生まれた子どもだった。母親が敬虔なカトリック教徒で、堕胎は許されず、この世に生を受けたという経緯があった。自分は望まれて生まれたのではないという絶望感がいつも胸の内を去来している。ハンターの中に広がる闇は、やがて食べ物ではない何かを飲み込み、排泄することで、えもいわれぬ達成感を覚える。その異常行為を夫やその両親に知られ、いよいよ自分の心の安寧を失ったとき、ハンターは、レイプという罪を犯した父親のもとを訪ねるのだ。この難しい役どころを見事に演じたヘイリー・ベネットは、フロリダ生まれのオハイオ育ちで、パリパリのアメリカ人なのに、なぜか、探せば日本にもいそうな顔立ちで親近感を覚えた。表情に憂いがあり、オーバーリアクションを良しとする西欧人とは異なる趣きで、視聴者の心を鷲づかみにしてしまう。とにかく素晴らしい演技力だった。この作品は、改めて、分相応という言葉を思い出させてくれるものだった。シンデレラのような立場を羨んではいけない。完璧な幸せなどこの世にはないのだから。自分には自分の立ち位置というものがあり、どんなに理不尽な状況にあっても、必ず手を差し伸べてくれる人がいて、歩むべき道はあるのだと教えてくれる。生き方は人の数だけあるのだから、目に見えるものだけが真実ではないと語りかけてくるようだった。ラストは、公衆トイレでハンターが流産するシーンだが、表情は心なしか晴れやかだ。孤独と絶望の中をさまよい、愛のない夫との間に授かった子どもにも素直に喜べなかったハンターだが、流産したことで人生のリセットが可能となった。やっと一歩を踏み出すことのできるささやかな幸せを噛み締めているように思えて仕方がない。さて、皆さんはこの作品をどう考察するのだろうか?2019年(米)(仏)、2021年(日)公開【監督】カーロ・ミラベラ=デイビス【出演】ヘイリー・ベネット、オースティン・ストウェル※筆頭管理人より蛇足までデンゼル・ワシントンのコチラも(有料ではありますが)Amazonプライムで視聴できます(^_-)吟遊さんには少し前におススメしたのですが(^_^;)・・・流行りというかストライクというか、筆頭管理人としては、そういうのもたまにはおさえてほしいところです。
2024.02.10

加齢とともに、寒さに対する耐久性というものが薄れてきます。トホホ、、、若いころは薄着でもへっちゃらで、むしろ着膨れして太って見えることの方が耐えられず、アウターはペラペラのコートを着ていたような記憶があります。ところが50歳を過ぎた今は、とうていそんな無謀なことはできません。とにかく体を冷やさないため、ババシャツは必ず着るし、ズボン下も履きます。※筆頭管理人 :「池田の猪買い」は桂枝雀師がおススメです(^^♪何なら背中とお腹に貼るカイロで完全防寒対策を取るときもあります。(とは言え、更年期のせいで妙に身体がフワフワしてのぼせるときもあるので、ケースバイケースですが)さて、加齢とともに失われるものと言えば、私と同世代かもう少し上の世代の女性の方なら、皆が首肯すると思うのですが、〝うるおい〟です。きっとある程度の年齢に到達してしまえば「こんなもんか」と落ち着くのでしょうが、いわゆる更年期世代にとっては、失われつつある外見的な見映えの衰えに苦悩するのです。私が最近になって実感したことの一つに、唇のハリがどうにもこうにも失われてきたことです(涙)寒さのせいで唇が乾燥するのはまだ仕方ないとして、ハリとかツヤが減少してくるのは辛いものがあります。アザレ化粧品のリップクリームは秀逸です!私は、さる大手企業の、ドラッグストアならどこでも取り扱っているようなリップクリームを使用したことがあるのですが、唇の皮がむけてしまいました。理由は不明ですが、たぶん、成分中の何かに反応してのことだろうと思われます。その点、アザレのリップクリームは自然由来の天然成分で、一度使うと、もう他社のものを使う気になれないほどです。このリップクリームの上に口紅を塗るのですが、まだうるおいを感じたい場合は、さらにこの上からグロスを塗ります。アザレのリップグロスはナチュラルピンクなので、口紅を省略してリップクリームのすぐ上からつけることも可能です。ただ、それだけだとかなり薄付きになってしまうので、私の場合は口紅に重ねて塗るようにしています。このリップグロスもそれはそれは自然でみずみずしい唇を演出してくれるので、大好きな逸品です。こんな具合で、私の年を重ねた唇も、どうにか体裁を保っているのです。それもこれもアザレ化粧品(アザレプロダクツ)のおかげです。感謝の一言です!ご存知のとおり、アザレはネット通販や店頭販売をせず、必ず販売代理店で対面して購入することになっています。私も例外ではなく、代理店のアドバイザーさんから自宅まで配達してもらい、定価で購入しています。今はこの方式で何の問題もありませんが、いずれアドバイザーさんも年を取り、車も運転しなくなると思います。むしろ、今でさえムリして足腰をかばいながら運転しているのだと思われます。お話を聞くと、後継者はいないようで、「私の目の黒いうちは・・・」とおっしゃってくれますが、近い将来が心配になります。新型コロナウイルスの感染拡大被害を経て、世界はニュースタイルに移行しつつあります。時代は変わるのです。この機にアザレ化粧品も、と思うのです。昨日今日買っただけのイチゲン客ではなく、もう30年も愛用しているファンからの提言だと受け止めていただければ幸いです。どうか一つよろしくお願いします‼︎※過去記事の〈自然派化粧品のすすめ〉その1はコチラを、その2はコチラを、どうぞご覧あれ♪
2024.01.27

【エリザベス】『私(エリザベス)は結婚します・・・英国と』新年最初の記事は、映画レビューにしてみた。息子がamazonプライム会員なのを知っていたのだが、一度退会していて、それ以降、再入会したとは知らなかったのだ。だが知ったからには、今後は、息子のご機嫌をうかがいながら、さりげなさを装いつつ、映画を楽しませてもらおうと思う。このお正月、インドア派の息子なのに、なぜか外出が多かった。おかげでTSUTAYAのお世話になろうとしていた私は、雨に降られることもなく、居間でぬくぬくしながら『エリザベス』を見ることができた。舞台は16世紀のイングランド。旧教のカトリックと新教のプロテスタントの争いで、国は混迷を極めていた。イングランドの女王メアリーには世継ぎがおらず、異母妹であるエリザベスの存在に戦々恐々としていた。そのためメアリーは一計を企て、エリザベスをロンドン塔に幽閉してしまう。ところが運命はエリザベスに味方した。メアリーが病死したのである。25歳という若さでイングランド女王に即位したエリザベスであったが、弱体化したイングランドを守るため、重臣たちからスペインかフランスとの政略結婚を突きつけられた。しかし、エリザベスはロバート・ダドリー卿と恋愛関係にあり、他国との政略結婚を受け入れられないでいた。そんな折、新大陸よりウォルシンガムが帰還する。ウォルシンガムは、スコットランドとの戦いに敗北したイングランドを立て直すため、まず英国国教会をして教義を統一するところから始めるのだった。この作品のスゴいのは、金に糸目をつけないゴージャスな衣装、舞台セット、島国とは思えない広大なロケーション。それらを「はわわ〜」と感嘆の声を漏らしながら見るだけでも価値がある。とは言え、史実に添った宗教弾圧である火炙りのシーンや斬首刑が生々しいこともあり、R指定となっているので、未成年の鑑賞には大人同伴が必須である。(まぁタテマエ的に)それはさておき、エリザベスに扮したケイト・ブランシェット。この女優さん、顔立ちが古風(?)のせいか、歴史的な作品によく出演するし、見事にハマっている。しかも演技派なだけあって重厚感ハンパない。代表作に『ロード・オブ・ザ・リング』や『アビエイター』『アイム・ノット・ゼア』などがある。本作『エリザベス』では、ゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞している。(アカデミー賞主演女優賞についてはノミネートされるに止まった)いろいろな見方、考え方があるので、それぞれの捉え方で構わないと思うが、私が注目した点は次のとおり。それは、宗教戦争の壮絶な殺戮である。同じキリスト教であると一括りに思いがちだが、ハッキリ言ってカトリックとプロテスタントは違う。(その背景を語りたいところだが、紙面に限りがあるので、ここでは割愛)だからそれに絡む利権争いはエゲツない。弾圧に弾圧を重ね、相手の息の根を止めるまで、執拗に追い込む。粛清というやつである。こういう宗教弾圧は、もちろん日本にもあった。わかりやすいところで言えば、江戸幕府下のキリシタン弾圧など、凄まじい拷問や処刑などを繰り返した歴史がある。(高校の日本史では、サラリと触れただけだが)そうは言っても規模からして、16世紀ヨーロッパの新旧の宗教抗争には遠く及ばない。現代において、イスラエルとパレスチナの紛争は未だ終着点が見えない。民族紛争であり、宗教戦争であり、そして利権争いなのだ。『エリザベス』では、言っても、そこまで深いところを掘り下げているわけではない。だが、華やかな英国王室も、元をただせば権謀術数渦巻く恐怖と絶望の歴史に打ち立てられた象徴なのだ。本作は、それを映画という世界観で垣間見せてくれる、貴重な作品である。さて、今年は映画レビューも積極的に記事にしていきたいと思う。新しい作品に次々と触れることは叶わないけれど、過去に見た作品で印象に残ったもの、見たいと思っていたのにうっかり見逃してしまったものなどを皆さんに少しずつご紹介できればと思う。吟遊映人は、今年も亀のような歩みで、だけど眠れる獅子のように研ぎ澄まされた感性を求めて頑張ります!1998年(英)公開、1999年(日)公開【監督】シュカール・カプール【出演】ケイト・ブランシェット、ジョセフ・ファインズ※筆頭管理人より蛇足までケイト・ブランシェットのコチラもAmazonプライムで視聴できます(^_-)吟遊さんにもお伝えしたのですが、ひとつことに移るまで何かと時間を要する吟遊さんは、まだご覧いただいていないようです。誠に残念な限り(>_<)
2024.01.13

今年もどうにかこうにか無事に暮れていこうとしています。こちらのブログをご覧いただいている皆さまも、おそらく平和な一年を終えて、ホッとひと息ついているのではと想像しております。もちろん、細かいことを言ってしまえば、グチの一つも言いたくなるような、あんなことやこんなこともあったと思います。でも、三度の食事と住む家と、清潔な衣類があるのだから、まぁ良しとしようではありませんか!令和5年は私にとって、どんな一年だったかを思い返してみますと、〝チャレンジの年〟だったような気がします。まずこちらのブログの更新を月に一度以上がんばろうと思って目標にしたところ!継続するというのは、意外にも難しいことで、私にとっては何事も苦行でしかありません。それなのに年始に設定した目標について、有言実行できた自分が「やればできるじゃん!」てなもので、嬉しい限りです(笑)そんなわけで、今年私が思い切ってやってみたことベスト3を発表したいと思います‼︎もうじき米寿を迎える叔母の同級生が生け花の先生をやっています。私はもともとお花が好きなので、50才を過ぎて初めてその先生に教えてもらうことになったのです。いわゆる〝五十の手習い〟というやつです(笑)先生もお年を召しているため、お稽古は月に2〜3回と、不定期ですが、いろんな花器に自分の好きなように草花を活けるのはとても楽しいものです。誰かに見せるためだけの生け花ではなく、空間を彩るため、自分を表現するための生け花は、私の生涯の生きがいになりそうです。先生は、さる流派の師範ですが、性格的なものなのか、年齢的なものなのか、形式にこだわる必要はないからと、伸び伸びお花を扱わせてくれます。なのでいつも私は教室に通うのが楽しくて仕方ありません。早いもので、今住んでいる我が家も25年という月日が経ってしまいました。引っ越して来た頃は、白くてピカピカのトイレだったのに、今や便座にヒビが入り、壁もシミだらけ、幼い頃の息子がガリガリやって壁紙をめくってしまい、トイレに入るたびに気になって気になって仕方がありませんでした。そこで今年は思い切ってトイレのリフォームをやりました!当初は息子と折半の予定でしたが、母の日のプレゼントも誕生日プレゼントもあげていないという罪悪感からか、全額捻出してもらえることに‼︎いやもう、母の日のカーネーションも、誕生日のケーキもいりませんよ。トイレのリフォーム代を支払ってくれるだけで、充分過ぎるほどです、はい。そして、そして!!21才のときにエリック・クラプトンとジョージ・ハリスンのジョイントコンサートに出かけたのを最後に、ミュージシャンのコンサートには行っていませんでした。というのも、自分を取り巻く環境が急変したことや、趣味を楽しむ余裕がまったくなかったからです。あれから30年以上が過ぎて、まさか息子から「ゴダイゴが来るよ」という情報を知らされることになるとは!私が車でゴダイゴの歌をよく聴いているせいか、気を利かせた息子が教えてくれたのです。小学生の頃、毎週欠かさず見ていた『西遊記』のテーマソングである、〝モンキーマジック〟や〝ガンダーラ〟はもちろん、〝ビューティフルネーム〟〝銀河鉄道999〟は、大・大・大好きなラインナップです。他のミュージシャンならどうかわかりませんが、すでに古希を迎えたゴダイゴのコンサートにはどうしても行きたくてチケットを取ったしだいです。タケカワユキヒデもミッキー吉野も(他のメンバーも)枯れてますますカッコいいおじさんになりました! ブラボー‼︎※筆頭管理人から補足吟遊さんはコンサートに先立ち、ゴダイゴの歌を復習ったとか(^_^;) 誠に吟遊さんらしいのですが、それにしてもサスガ吟遊さんの子だけあり、ご子息も若いのに奇特なことですなぁ(*'ω'*)なお吟遊さんご本人は、『若い頃はギター片手にブイブイやったものよ!』と鼻息荒く自慢しますが、その実はご実家も伊豆の山中のことですし・・動物くんたちとハモってたりしてね(*^_^*)さて、こんな感じで私の令和5年は幕を閉じようとしていますが、こちらの筆頭管理人にとってはどうだったのでしょうか?~~~~~~~~~~~ということで筆頭管理人です(^o^)/でもねぇ。吟遊さんに言われましても、小生すでに前期高齢者の列に片足を踏み入れた齢ですから、貴女の様に新しいことを企てる気は毛頭なく、どちらかといえば世をすねたように生きているもので、特段お知らせする事も無いのですが・・・あえて言えば、私の令和五年は「再」でしょうか。師走に発表された漢字は、どうもピンときませんで、それこそ「へんな感じ」と駄洒落に適したように思えましたが、私はコロナが収束したこともあり、「ふたたび」の再です。その最たるものが、かつての様に映画をシアターで見る事を再開しました\(^o^)/それでベストはこの二作でした(^_-)-☆こういう作品はシアターで見るに限ります! 何よりシニア割引の特典がありますからね(^_-)vそれと、二つ三つ再開したことがありますが、極めて私事でお話しするほどのことでもありません。ところで!来年も何ら気にすることなく、アレコレたくさん食べて、おおいに創作の糧としてくださいね♪~~~~~~~~~~~ーーと言う具合で、筆頭管理人にとっても、何かしらの一年だったようですね(笑)そうそう、今年のXmasケーキは結局、買いませんでした。今や値上がりの嵐で、おいそれとホールのXmasケーキも買えない時代となりましたものね。でもうちの息子、職場の忘年会のビンゴ大会で、ケーキを当ててくれたのです‼︎このケーキ、べつにXmas仕様ではないのですが、クール便で届いたのが24日(日)だったので、ちょうど良い按配でした! ありがたや、ありがたや、、、てなものです。本年も吟遊映人ブログをご覧いただきまして、誠にありがとうございました。来年も様々なカテゴリを皆さまと共有できましたら幸いです。どうか来年も、この吟遊映人ブログをよろしくお願い申し上げます。令和5年 大晦日
2023.12.31

スタバをエモい言い回しで賛辞を贈るとすれば、〝上弦のカフェ〟とでも言いましょうか。※『エモい古語辞典』(朝日出版社)参照さらに、タリーズには〝下弦のカフェ〟という賛辞を贈りましょう。元の職場の同僚が『鬼滅の刃』を貸してくれたのを思い出し、〝上弦〟とか〝下弦〟などのエモい表現を使ってみました。ちなみにこちらの筆頭管理人は、ちまたで『エモい古語辞典』が話題になる前に、どこかの新聞の書評から「今年のトレンドになるゾ」と予想して、私に紹介してくれました。そんなわけで、『エモい古語辞典』なるものが半年前より書店に並び始めたころから、すでにその存在はチェックしていました、はい。それはともかく、その〝上弦のカフェ〟であるスタバで、この冬イチオシのスイーツをいただいて参りました!商品名は『ストロベリーメリークリームケーキ』です。何というのか、見た目から洗練されているのですよ。一般的なイチゴのショートケーキなら三角形。モンブランなら丸型・山型。それが『ストロベリーメリークリームケーキ』は、そのふんわりした商品名を良い意味で裏切り、少しのムダも許さないような長方形なのです。もっと言ってしまえば〝スタイリッシュ〟という言葉が相応しいかもしれません。ただ甘いだけの生クリームではなく、酸味の効いたイチゴのムースと合わせることで、良い按配にバランスの取れた甘さに仕上げられています。スポンジは何というか、香ばしさが感じられ、一体何が入っているのだろうと調べてみたら、「アーモンドプードルを入れた」スポンジ生地と書いてありました。なるほど。私は田舎生まれの田舎育ちのせいか、と思い浮かべてしまう凡人のため、今年の春ごろだったか発売された『ミックスパフェケーキ』の方が今の時期に合っているのでは?と思ってしまいました。『ミックスパフェケーキ』はプチゴージャス感があって、「お盆とお正月ぐらいはこれぐらいの贅沢は許されるはず」(←春に食べたけど)と、ついつい自分に免罪符を切りたくなるようなラインナップでした。〝上弦のカフェ〟スタバのスイーツにハズレはありません。我々愛用者は、その季節ごとに発売されるラインナップを順番に愛でて、咀嚼し、メモして手帳を閉じる、、、の繰り返しでしょうか?そうそう、スタバへ出かけるときの私のバッグは、いつも就活みたいにたっぷり入ってます(笑)大きめバッグにスマホ・サイフ・ハンカチ・ティッシュ・本・筆記具・手帳、冬はマフラーなどを入れて出かけます。(たまに膝掛けまで持っていくときもあります)老眼の進んだ友人は、オシャレなメガネケースに老眼鏡を入れてバッグに常備しているとのこと。大は小を兼ねると申します。やっぱり安定の大きめバッグが私の味方です!(※つまり菓子パンの二つ三つが入る大きさ。筆頭管理人)〝上弦のカフェ〟スタバに出かけるときは、すでに家を出るところからドラマの始まりです。「今日はどんなスイーツに出合えるかな?」「あったかい飲み物にしようかな、それともガツンと冷たい飲み物にしようかな?」「窓側のあの席、空いてるかな?」私にとってどんな些細なことでもエモい瞬間なのです(笑)◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2023.12.09

【 カズオ・イシグロ / わたしを離さないで 】夏に叔母が亡くなった。秋になって従姉も亡くなった。2人とも心不全だった。心臓の機能が著しく低下し、やがて生命としての役割を終えたのだ。近しい人が忽然と亡くなると、ふだんは考えもしないことを妄想してみたりする。例えば日本のどこかで誰かが交通事故に遭い、脳死状態になったとする。私の従姉がたまたまそのドナーから臓器提供を受け、一命を取り留めたとしたら・・・?あきらめていた人生を取り戻せるなんて、起死回生の術を施されたに等しいものだ。だが叔母も従姉も臓器提供のシステムには消極的で、寿命に逆らわず、延命措置も施さず、ロウソクの火がスッと消えるように亡くなったのである。私はそれで充分だと思った。確かに亡くなったことは悲しい。できることならもっと長く生きて欲しかった。だけど助かりたい一心で誰かの死を望み、臓器移植の日を今か今かと待ち構えるような立場にはなりたくないとも思う。いや、それは私の偏見だ。世の中には想像もつかないような身の上の方々がいる。だから物事の一面だけを見て、臓器移植のことを批難したくないし、無責任なことは言うべきではないとも思う。この問題は本当に難しくて、答えを容易に見つけられないことに軽い苛立ちすら覚えてしまう。何が正解なのかはわからないけれど、事実を事実として受け入れる強さと、流れに身を任せられるしなやかさを持ち合わせていたいと思った。そんな折、私はBOOKOFFで買ったカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を読んだ。あらすじは次のとおり。ヘールシャムという特殊な環境でキャシーは生活していた。物心ついたときから両親という存在はなく、代わりに保護官により様々な教育を施されて来た。そこで仲の良い友だちとつるんで遊んだり、ケンカしたり、また仲直りするという繰り返しだった。キャシーがとくに仲良くしていたのはルースで、気が強く、誰にも負けていない激しい性格をしていた。一方、癇癪持ちのトミーは、その滑稽な振る舞いからイジメの対象となっていて、皆がトミーのモノマネなどしてからかう中で、キャシーだけはそこから一歩引いているのだった。キャシーとトミーはグループの輪からこっそり抜けて、2人きりで過ごすことがあった。2人は、皆の前では話せないような突飛なことを真剣に話したりする中で、特別な友人関係が作り上げられた。16歳になると、キャシーの周辺は性交についてとても混乱した意見が飛び交った。保護官のタテマエとしては、「肉体の欲求を尊重する」とのことだったが、実際には、女子寮から男子寮を訪問することは禁止されていて、またその逆も禁止されていたからだ。普通の人にとっての性交とは、子どもを作るための行為だが、提供者であるキャシーたちには子どもができないのだ。だが、仲間内では、性交しておかないと、将来、よい提供者になれないという意見がまことしやかに言われていた。腎臓やすい臓が正常に機能するには、人並みの性交が必要なのだと・・・さらには、深く愛し合う2人ならば、提供者となるまでにしばらくの猶予期間を与えられるという噂が流れた。そんな折、ルースはトミーとカップルになって、もちろん性交もした。ルースはトミーとだけでなく、他の男子とも性交した。その後しばらくして2人は破局したが、キャシーの仲裁により、復縁した。だが周囲の友人たちは皆、トミーはキャシーとカップルになるのだと思っていた。ルースとトミーは長くは続かないだろうと思っていたのだった。著者のカズオ・イシグロは日本人の両親のもとに生まれ、5歳のときにイギリスに移住した。すでにイギリス国籍を取得しているため、イギリス人である。代表作に『日の名残り』があり、英国最高の文学賞とされるブッカー賞を受賞している。映画化もされており、名優アンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンの出演により、数々の映画賞を受賞し、話題を呼んだ。2017年には、ノーベル文学賞を受賞した。こんなに華々しい経歴の作家が描く世界なんて、凡人の私には理解できるはずなどない、そう思っていた。どうせ何か社会風刺を効かせた、いわゆる反体制的な作品なのでは・・・?と。だがそれは大いなる誤解だった。いや、少なくとも『わたしを離さないで』においては、そういう胡散臭い類のものではないことは確かである。イギリスのどこか田舎の某所に、ひっそりとたたずむヘールシャム施設。そこではクローン人間が将来良き提供者となるため、一般人のように教育を施され、友情を育み、青春を謳歌する。物心ついたときから自分の臓器が誰かに移植されることを知っていて、それほど長くは生きられないことも何となく理解している。恋を知っても愛する誰かと生涯を共にすることは叶わず、子どもはできない。そんなクローン人間も、傷付けば涙は出るし、生(性)への欲望もある。物語はさも実在のことのように淡々と綴られていく。SF小説のようでありながら、淡い恋愛小説のようでもあり、実は若者向けの青春小説なのかもしれないとも思える。絵画でシュールレアリズムという世界観を表現するダリやマグリットのような、精神の均衡を脅かされるような恐怖感もある。とにかくスゴいと思った。私小説とは対極のところにあるジャンルなのに、どの場面を切り取っても真実に見えてしまうのだから不思議だ。この作品は、私がこれまで読了した本の中でも、生涯で忘れられない小説となるのは間違いない。『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ・著~ご参考~★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2023.11.25

早速ですが、まずは最初に問題です!※答えは最後を見てね♪米を主食としている日本人ですが、ほとんどの方がパンも大好きなはず。私の予想する日本人の愛する菓子パンベスト3と言えば、一にあんパン、二にカレーパン、三にメロンパンと言ったところでしょうか?パンと言えば、日本人の憧れ、おフランスから海を渡ってこの島国にもたらされたイメージが強いのですが、もはや上記のような菓子パンベスト3に至っては、帰化してこの国で生まれたオリジナルのソウル・フードなのです。特にメロンパンは全国津々浦々に展開するご当地メロンパンが人気を博し、度々テレビのグルメ番組などで取り上げられています。お墓参りか何かで東名高速を利用した際に立ち寄るSAでは、例外なくメロンパンを販売していますし、間違いなく絶品なのです。そんな折、当ブログの筆頭管理人から「コンビニのメロンパンは美味しいよ」と言う情報を仕入れ、さっそく食べてみることにしました。(ちなみに筆頭管理人は菓子パンが大好きな御仁なので、お昼はよく菓子パンを食べて至福のひと時を過ごしているようです)まず私が買ってみたのは、ローソンのメロンパンです。【じゅわバタ塩メロンパン】〜ローソン〜ローソンの展開するUchi Cafe シリーズは絶品ですが、このメロンパンも実に美味しい!周囲はサクサクしていて歯ごたえがあるのに、中は空気が入ってもっちりしているのです。塩気の効いたバター入りマーガリンの風味がアクセントになっていて、一般的なメロンパンとは一線を画しています。紙の容器に入っているので、最後はそれをはがして食べるような感じです。これはもうメロンパンと言うより、もはやスイーツです、はい。※ヤマザキ製パンが製造し、ローソンが販売。ローソンの推してるメロンパンがこれだけ美味しいなら、ファミマあたりはさぞかし苦戦しているのではなかろうかと、次はファミマのメロンパンを買ってみました。【バタークロワッサンメロンパン】〜ファミリーマート〜一般的なメロンパンと違って、生地がクロワッサンになっているため、バター入りマーガリンの風味を感じつつコクがあるのです。生地の表面にはザラメがふんだんに塗してあるため、これでもかと言うほどに歯ごたえがあります。(ビスケット生地を被せ焼き上げているようです)クロワッサンとメロンパンを一度に味わえるような贅沢な逸品です。美味しい意外の感想はありません。※ローソン同様、ヤマザキ製パンが製造し、ファミリーマートが販売。ローソンとファミマがこれだけのクオリティなら、強豪セブンは一体どれほどの変わり種を見せてくれるのだろうかと、次はセブンのメロンパンを買ってみました。【ふんわりメロンパン】〜セブンイレブン〜国産にこだわる消費者を意識してなのか、〝国産小麦〟を冠に付けた商品名でした。おそらく香料の匂いだと思いますが、袋を開けたときの素朴なミルクの香りに癒されます。日本人の追求するスタンダードなメロンパンへのこだわりを感じました。正に、シンプル・イズ・ベストというものです。セブンのメロンパンは意気込みが違うとでも言うのでしょうか。徹底したサステナブル感が滲み出ていました。※製造は(株)プライムベーカリー富士第二工場どれも甲乙つけ難く、美味しくないメロンパンなど存在しようもありません!ただ、私個人の好みを言わせていただくのならば、ローソンの塩気の効いたメロンパンが、頭一つ分、他者より抜きん出ていたような・・・(たかがメロンパンとは思えないような、洗練された味でした)とは言え、それもこれも人それぞれの好みによりますので、ローソンが一番美味しいと言い張るつもりはありませんのであしからず。果たして、みなさんはどちらのメロンパンに一票を投じるでしょうか?コレを食べるとメロメロになると言う推しのメロンパンがある方(メロンパンなだけに)、ぜひご一報くださいね〜!(笑)~~~~~~~~~~~~筆頭管理人から余談をひとつ。あろうことかあるまいことか(-_-;)、吟遊さんはどうやらメロンパン三つをイッキ食いしたらしいです(>_<)本人は「原稿執筆のため」とか言っておりますが、それでもねぇ・・・(-_-)それで武勇では続き、天下泰平!~~~~~~~~~~~~冒頭の回答です。皆さんわかりましたか?今日はコンビニのメロンパンをおひとついかが(*^_^*)◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆なおご参考まで。当ブログでは200冊以上の読書案内を投稿しております。ご覧いただけましたら幸いです。★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2023.11.04

仕事でうっかりミスをやらかしたり、頭が痛いのにロキソニンを切らしていたり、何かと不運続きの息子は平成8年生まれで八方塞がりという年廻り。もうすぐ令和5年も過ぎようとしているから、そんなにネガティヴになることもないのだと言ってやるのだけれど、ささいなことでもレアなハプニングが続くとメンタルにかなり響くようです。そこで私は思いつきました。神社・仏閣を訪れることが大好きな私ですが、比叡山はまだ行ったことがなく、息子の年廻りを気にしてというよりは、ほとんど私が行きたかっただけのような気もします。(←そして御朱印のゲット、それが本当のところでしょう。筆頭管理人)10月8日(日)は、朝から厚い雲に覆われていて、雲行きが怪しく、傘持参のお参りとなりました。一口に比叡山と言っても、ガイドマップにもあるように、かなり広域です。延暦寺は単体の建造物を指すのではなく、東塔(とうどう)・西塔(さいとう)・横川(よかわ)の3つの地域を総称して比叡山延暦寺と言うのだとか。こういうことまでは学校の授業では習わなかったので、「なるほどねぇ〜」てなものです。ちなみに今回私が行ったのは、東塔地域と西塔地域で、限られた時間内では横川地域まではムリでした。残念。参考までに、私の巡拝コースをご紹介します。【東塔地域】①根本中堂(国宝)2016年より10年間の大改修をしています。基本的に撮影禁止ですが、場所によって撮影可のところもあります。改修工程を見られるなんて、夢のようでした!最澄の教えを象徴する「不滅の法灯」が1200年灯り続けているのを目の当たりにするのは、感動以外の何ものでもありません。筆頭管理人です。実は宮澤賢治はこんな短歌を詠んでいます。それでね、根本中堂の脇に歌碑も建っています。「不滅の法灯」もいいけど、コレもおつなもんでしょ。でも吟遊さんは見逃したはず!ということで載せました(^_-)②文殊楼「立派な建物だなぁ〜」と思いながら、楼門をくぐりました。③大講堂伝教大師をはじめとする様々な宗派の開祖の人物画が、ズラリと並んでいました。さすがは日本仏教の発祥の地ではあります。御守りや数珠、お線香など、ここで購入できます。息子は八方除け御守りを購入。この1点だけでも比叡山を訪れて良かったです。④大黒堂大黒天をお祀りしているので、中に上がってしっかり拝んで来ました(笑)⑤阿弥陀堂声高らかな読経が、辺り一体に響きわたっていました。それを聞いただけでご利益がありそうな気になるので、不思議なものです。⑥萬拝堂千手観音の周囲に108個の数珠が並べられています。この大きな数珠を一つ一つ触りながら一巡しました。そうすることで、人間の煩悩が消えるそうです。【西塔地域】雨が酷くなり、霧も出てきたため、釈迦堂を参拝した後は、親鸞聖人修行の地、法華堂などをざっくり見るだけにとどめました。もっと時間に余裕があれば、坐禅の体験などしてみたかったと思います。ーーというのも、我が家の宗派は臨済宗円覚寺派なので、パリパリの禅宗系です。(それなら比叡山ではなく、円覚寺で坐禅体験しろとのご意見もありそうですが、そこはご愛嬌で)だいたい60分ぐらいの坐禅体験とのことで、にわか修行者にはたいへんありがたいです。他に、写経体験もあるようですが、最近老眼が進んできたせいで、暗いところで小さな字を読んだり書いたりするのがおっくうになり、こちらは遠慮させていただきました。以下、筆頭管理人です。吟遊さんは、横川をスルーしたようですからそこの御朱印はゲットできていないはず!ということで見せびらかすつもりはありませんが載せさせていただきました、フフフそして横川と言ったらこれでしょう!今ごろは地団太を踏んでいることでしょうが、前々から「叡山に行くなら説明するから」という申し出を袖にして出かけるから、ポイントを外すことになるわけですな、フフン。最後に髙橋新吉の詩、『比叡山』を載せておきます。あのダダイスト髙橋新吉の詩なんですよね~氏の言う「後の世の凡夫」にならぬよう、私は本坂を登って行きましょう(^_-)なお、最後の和歌は宗祖伝教大師のものです。
2023.10.28

物事には概ね、専門分野というものがあります。病院でたとえると、おめでたなら産婦人科、吹き出物ができたら皮膚科、手首を捻挫したら整形外科ーーというように。なのでお願いごとの内容によっては、お参りする神社も異なるのではと思われます。もちろん、一般的なお願い(無病息災とか家内安全など)なら、ご近所の氏神さまに手を併せることで充分なご利益があると思います。けれどピンポイントで「何とぞ○○につきまして、一つよろしくお願い申し上げます」と、具体的にお願いごとが明確な場合は、その道の専門の(?)神さまにお参りした方が良いでしょう。私のこれまでの経験からして、庶民の懐具合と味覚に合った、美味しい飲食店というものは、たいてい雑誌やテレビなとでチヤホヤされているようなお店ではありません。郊外の、あまり人目につかないようなところで、気心の知れた夫婦や身内で、細々と経営しているようなところが多いような気がします。あるいは三国志において、名軍師と謳われた諸葛孔明は、四川省のド田舎に畑仕事などやりながら暮らしていました。孔明の庵は都からおいそれと行けるようなところではなく、草深い山奥にあったのです。つまり何が言いたいのかと言うと、今回、私がご紹介するのは、それはもう人里離れたところにある、知る人ぞ知る神社なのです。足神神社(あしがみじんじゃ)という名称の、標高800mほどのところに位置するこの神社は、その名のとおり、足の神さまとしてお祀りされています。私はこちらの神社に過去2回ほどお参りしたことがあるのですが、当時は有名なサッカー選手(おそらくジュビロ磐田)の絵馬が奉納されているのを発見し、どんなに活躍しているスター選手でも、神さまに縋りたくなるものなのだと、しみじみ実感したものです。そして、こんな草深いところを訪れてまでお参りするというのは、それほどまでにこちらの神社の有効性を信じて疑わない証拠でもあるのです。足神神社の所在地は、浜松市天竜区水窪町奥領家5005-1です。浜松の市街地からだと車で2時間以上かかる山奥です。(天気の良い日を選んでお出かけください)御朱印ガールの方々にお知らせしておきますが、社務所は平日無人となっています。幸運にも、私が出向いたときは日曜日で、宮司さんがいらっしゃいました。確実に御朱印をいただきたい方は、あらかじめネットで情報を精査してからお出かけいただいた方が良いかもしれません。神社のすぐ脇の方には、霊犬しっぺい太郎のお墓もあります。しっぺい太郎は、静岡県磐田市のイメージキャラクターであり、ゆるキャラ「しっぺいくん」として市民の方々から愛されています。愛犬家の方々は、この霊犬しっぺい太郎のお墓も合わせてお参りされるようです。「老いは足から」とも言いますから、歩けるうちにこの草深い足神神社を訪れ、健脚祈願をされてはいかがでしょうか?【追記】足神神社の湧き水は市民の方々から大人気で、ペットボトルなどに水を汲みに来られるようです。私もその清らかな湧き水で手を洗ったのですが、冷たいのなんのって!正に、清水でした。
2023.10.14

今年もまたマックの〝月見シリーズ〟の季節がやって来た!チーズ月見セットは、私の定番注文メニューで大好物♡いつもなら飲み物にカフェラテを選ぶところだが、今回はシェイクにしてみた。それも秋限定のシェイク。『月見マックシェイク長野県産シャインマスカット』は、口の中に残るような甘さはなく、スッキリとした味わいで、ほんのりと芳醇な香りがする上品なシェイクである。ぜひとも当ブログの筆頭管理人にも味わってもらいたい逸品なのだ。※「天高く吟遊肥ゆる秋」ってなことにならないようご注意を! おせっかいな筆頭管理人よりそんなわけで、食べることがますます楽しくなりそうな秋は、読書をするのにも適した季節。秋の夜長、お気に入りの一冊を手に取り、ゆっくりページをめくってみるのも一興かと。今回は特にテーマはなく、単にた行で始まる作家のおすすめ小説だ。例によって3冊ご紹介しよう。①高村薫『レディ・ジョーカー』この小説を読んだのは、もうずいぶんと昔のことになるが、とにかく衝撃的だったのは覚えている。単なるミステリー小説ではなく、いわゆる〝社会派〟という冠が付くジャンルのものだ。あらすじや感想などの詳細は、【読書案内】のページでも記述しているので、良ければ参考にご覧いただきたい。ちなみに『レディ・ジョーカー』は、1999年版(国内編)『このミステリーがすごい!』において、堂々の第1位を獲得している。②武田邦彦『フェイクニュースを見破る武器としての理系思考』この御仁を有名にしたのは、フジテレビで放送していた『ホンマでっか⁈TV』や、読売テレビの『たかじんのそこまで言って委員会』あたりの番組で人気を博したのだと思われる。最初の頃は胡散臭く見ていた私だが、ある時、「むやみにテレビに出ている〝専門家〟と呼ばれる人たちを信用しない方がいい」と武田氏が発言したことから、私の見る目が変わった。武田邦彦という人物の、主義・主張をもう少し知りたいと思った瞬間である。武田邦彦は、東大の教養学部基礎科学科を卒業。東大の工学博士の学位を取得している。耐震性を考慮した原子力発電の推進と、兵器にならない原子力発電所を開発。そもそも〝地球温暖化騒ぎ〟の発端は、朝日新聞の記事にあると糾弾した第一人者である。平成31年には、当時の首相(安倍総理)が主催した〝桜を見る会〟に出席。現在は保守派政党である参政党(2020年設立)のアドバイザーを務めている。※Wikipediaと著者プロフィールを参照さて『フェイクニュースを見破る武器としての理系思考』についてだが、この著者がスゴいのは、現代の日本人の知的レベルを実によく理解しているという点である。本来なら、学術的な内容かと読むのがためらわれるところ、蓋を開けてみると、高校卒業レベルなら誰でも理解できるように、噛み砕いてわかり易く解説しているのだ。そこから導かれる答えーー本書のテーマはーー必ずデータを見て、自分で考えることの大切さ、だと思う。とにかく、人の言うことに流されるな、鵜呑みにするな、という警鐘であると私は捉えたのである。③谷崎潤一郎『細雪』私の大好きな作家ベスト3には入るので、こちらは絶対にはずせない。谷崎作品の中で、圧倒的な完成度と優雅さと、さらには格調高さを誇るものである。長編なので、1日や2日で読了できるものではないけれど、ワンシーズン使って、少しずつ読み進めていくのも楽しいかもしれない。谷崎潤一郎の描く女性は、とにかく〝個〟がある。世俗の荒波に負けない強さがあり、しかも気高い。上方を舞台にした旧家の美しい四姉妹が織りなす人間模様は、さながら王朝文学である。谷崎作品の中で、代表作と言ったら間違いなくこの『細雪』しかあり得ない。人生に一度は読んでおくべき必読書と言っても過言ではないだろう。以上の3作品が、私のおすすめするた行で始まる作家の作品である。一方、当ブログの筆頭管理人はどんな作品をエントリーしてくれるのだろう?それでは最後に、筆頭管理人のおすすめするた行で始まる作家の作品をご紹介願おう! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! ってことで筆頭管理人です。「た行」といえばこの人しかありません。山頭火の詩人の心に触れたくて、彼を追い四国を歩き遍路しました。室戸では、山頭火の後ろに立って大海を眺めている気になりました。誠に、なんぼ眺めても飽かないものでした。座右本の山頭火日記と句集は手製のブックカバーをこしらえました。山頭火湯飲みはペンケースに使っています。なお、山頭火を世に出したと言っても過言ではない大山澄太氏の「山頭火の道」は近年古本で手にして以来、私の宝物です。季節もよくなりましたので、また山頭火を追って四国に行こうかと、画策中の私目でありました。~~~~~~~~ご参考まで(^o^)/はコチラです。はコチラです。はコチラです。そして!当ブログでは200冊以上の読書案内を投稿しております。ご覧いただけましたら幸いです。★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2023.09.30

世の中、空前の癒しブームです。猫も杓子も癒されたいと願う輩ばかりなのです。でもその気持ちはよく分かります。職場で、近所付き合いで、親族の集まりで、様々な状況で、程度の差こそあれストレスにさらされていると、ザラつく神経をどうにかしたいと思うものですから。癒しはやっぱり静謐なものの中に生まれるのでしょうか。人ごみや騒音の激しいところに、癒しはありません。身近なところでは、やはり神社やお寺などが人々に癒しを与えてくれるのに最適な場所と言えるでしょう。だからと言って、私の若い頃では考えられないことですが、お寺の境内がデートスポットとして若い男女で賑わいを見せているのも驚きです。もちろん、初詣に二人仲良く出かけるのは構いません。紅葉狩りを楽しむのも構いません。ですがイチャラブを見せつけられるのは、人によっては癒しどころかストレスに感じでしまう場合もあるので、充分なご配慮をーーさて、今回私がお参りに出かけたお寺は油山寺です。遠州三山(法多山尊永寺・可睡斎・油山寺)の一つでもあります。油山寺HPより静岡県袋井市にあり、真言宗智山派のお寺です。ご本尊は薬師如来で、目の霊山として敬われています。女性の厄年と言われる三十三歳の大厄の年には、迷わず、こちらの油山寺を訪れました。当時、あまり良いことがなく、体も不調続きだったので、藁にもすがるような思いで厄除けをしていただいたのです。それがきっかけとなり、厄除け以外にも、こちらの油山寺には散策がてらぶらりと出向くことが多くなりました。何回かお参りに行くうちに、ポイントとなる見どころを押さえたので、こちらに少しだけ紹介しておこうと思います。①山門(国指定重要文化財)もともと掛川城の大手門だったようで、その名残りが感じられます。私が参拝に訪れたとき、この山門の前で、年配のご夫婦が記念撮影をしていました。②驥山門(きざんもん)有名な書道家が書を刻んだ石柱門のようですが、私としてはここからてくてくと歩いて行く先にある本堂への入口だと思うことで、特別なポイントとなっています。③天狗谷本堂に続く参道は、ちょっとしたウォーキングコースです。小川のせせらぎを聴きながら、自然豊かな森林浴を楽しみつつ、のんびり歩きます。私が出かけたときは、ツクツクボウシやミンミンゼミが鳴いていました。他に鳥の鳴き声も聴こえたのですが、何と言う鳥かはわかりません。(日本野鳥クラブの人に教えてもらいたいと思いました・笑)④三重塔(国指定重要文化財)案内板に寄ると、ずいぶん昔に建立されたもののようで、圧倒的な重厚感に包まれています。安土桃山期の三名塔の一つとのこと。※ちなみに西国三十三ヵ所霊場の第三十一番の長命寺(滋賀県近江八幡市)にある三重塔も、三名塔の一つです。⑤薬師本堂(県指定重要文化財)油山寺HPより山頂にある薬師本堂をお参りしなくては、油山寺に来た意味が半減されてしまうので、私はいつもここまで歩いてお参りしています。眼病平癒はもちろんですが、足腰の守護をご祈願される参拝者に定評があります。以上、5点のポイントを押さえて、こちらのお寺にお参りすれば、かなりの充実感で満足できると思います。これから季節的にも、紅葉で燃えるような山内を散策するのも楽しいかもしれません。心に休息が必要なとき、どうぞ油山寺にお越しください。※ご参考まで、こちらは~~~~~~~~なお、当ブログでは200冊以上の読書案内を投稿しております。ご覧いただけましたら幸いです。★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2023.09.23

多くの女性はある程度の年齢になると、年に一度は婦人科検診を受ける必要があります。職場の方から指定病院の予約を取るよう促されるので、否が応でも受けなくてはならないのです。それにしても婦人科検診と言うのは憂うつなものです。出産経験があるからとは言え、慣れるものではありませんね。しかも私の場合、職場で指定されている病院が自宅からずいぶんと離れたところにあるため、そこへ出向くまでの労力やら帰宅するまでをトータルすると、だいたい半日がかりとなります。そんなわけで、緊張しながらも婦人科検診(内診・マンモ)を済ませると、バスの発車時間まで院内のタリーズで過ごすことにしました。※ちなみにバスは1時間に1本あれば良い方で、時間帯によっては2時間に1本の場合もあり、私のようなペーパードライバーにはほとほと不便な場所にある病院なのです。これまでスタバ一辺倒の私には、タリーズが二軍のような存在でした。それは決して蔑ろにしていると言う意味ではなく、気軽に行けるところにタリーズがなかったため、どうしてもたまに出かける程度の存在となっていたというわけです。さてタリーズで何を注文したかと言うとーー『アールグレイ香る英国のティータイムカフェラテ』と言うものです。院内で弱冷房とは言え、五十歳過ぎのオバちゃんである私の体はかなり冷えていたため、あえてホットにしました。塩気のあるカフェラテと言うのでしょうか?そこにたっぷりとホイップクリームがのっている感じです。さらにホイップクリームに柑橘系のジャムみたいなソースがかかっていて、嗅覚をくすぐるのです。イギリスを彷彿とさせるものかどうかは分かりませんが、確かに贅沢な味わいだなぁと思いました。ちびちび飲むつもりだったのに、喉も渇いていたせいか、ゴクゴク飲み干してしまいました。(ドールサイズ ¥660)私のバッグには、いつも文庫本が一冊入っているので、タリーズで1時間半ほどの時間をつぶしましたが、大して苦にもなりませんでした。返って、のんびりと読書の時間を与えられたことが有り難く思えるほど。そのぐらい日常生活は何かしら忙しなく過ぎていますからーーそれにしても病院内のタリーズは、何となく異空間でした。自動ドアを一歩外に出れば、無機質な病院の廊下で、その向こうにはお客さんであふれる受付窓口がズラリと並んでいるのです。ストレッチャーで運ばれていく人、点滴スタンドを引きながら歩く人、車椅子のお年寄り、とにかく何かしらトラブルを抱えている人が健気に交差しているのが病院です。ところがタリーズの自動ドアを開けた瞬間、ふわりと漂うコーヒーの香りと店内に柔らかく流れるジャズ。談笑する人、読書する人、ただ静かにコーヒーを飲む人、この空間だけは病院ではないのだから不思議です。スタバには度々出かけてコーヒーやスイーツを楽しませてもらう私ですが、意外にもグッズは買ったことがありません。一方で、たまにしか行ったことがないタリーズでは、なぜかグッズに目がいってしまい、ついつい買ってしまいます。数年前に買った水筒は、いわゆる一目惚れというやつです。その名も『フィーカ』。スウェーデンの生活習慣で、休憩を取ったり、コーヒーを楽しむ時間のことを言うのだそうです。水筒の絵柄もなんだか北欧っぽくてカワイイなと思いました。夏は職場に水筒を2つ持参しますが、そのうちの1つがこのタリーズで購入したものです。私の愛用品なのです。だいぶ話が逸れましたが、要は健康で美味しくご飯を食べるためにも、年に一度の婦人科検診を受けましょうーーと言うことと、タリーズに出かけて美味しいコーヒーとスイーツをいただきましょう! と言うものです(笑)追伸 : 病院の正面玄関に設置されているポストが、赤色ではなく金色(ゴールド)でした!※筆頭管理人より本人は悦に入って語っておりますが(しかも写メまでしてるし)、こういうのを「蛇足」と言う。金の銅像が病院のエントランスに建っていたとか、或いは病院の中庭に金のアヒル(置物)がいたとかいうなら面白いとは思いますが・・・もしかして!金がグラム1万円をこえ、吟遊さんは大儲けしたとか!!なんてね。~~~~~~~~なおご参考まで。当ブログでは200冊以上の読書案内を投稿しております。ご覧いただけましたら幸いです。★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2023.09.09

【 笹沢左保 / 愛と孤独と 】六十代の女性が美容院などで愛読する雑誌に『素敵なあの人』がある。(五十代の私なんかもわりと読んでいるけれど)その雑誌に連載している冨士眞奈美(※敬称略)のエッセイは白眉である。(わずか1頁の記事だけど)内容としては、著名な俳人の句と冨士眞奈美本人の作った句を取り上げて、日常のあれやこれやを語るのである。女優・冨士眞奈美は作家としての一面も持ち合わせ、その才能は多岐にわたる。私の卒業した高校の先輩であり、卒業生皆の憧れの的と言っても過言ではない。ところで今回なぜ冨士眞奈美の話題を冒頭から導入したかと言えば、『愛と孤独と』に登場するヒロイン光瀬亜沙子のモデルとなった御仁だからである。つまり、『愛と孤独と』は著者である笹沢左保の私小説なのだ。だが残念なことに、巻末の解説によると「(笹沢左保がこの告白小説を)書いていること自体が苦痛になって連載を途中で打ち切ってしまった」とのこと。私としては短編小説として捉えていたため、何ら違和感は覚えなかったけれど、本来なら続きがあるのだと言われれば、素直にその先を読んでみたい気もするーー内容はこうだ。作家の「ぼく」は、六本木のバーで売れっ子女優の光瀬亜沙子と半年ぶりに再会した。亜沙子は裏表のないサッパリとした性格で、知的な女性だった。自分とは十歳ぐらいの歳の差があるが、人見知りのぼくは、不思議と亜沙子の前では自然体になれた。その場限りの付き合いである知人なら何百人といるが、亜沙子とはそうではなかった。ウマが合うーーと言ってしまえばそれだけなのかもしれないが、ぼくと亜沙子の場合、それ以上の何かがあったことは確かだ。しかし忘れてならないのは、ぼくにはすでに妻も子もいるという現実なのだ。もちろん、2人の息子はかわいい。だが妻とはギクシャクしていて家庭内別居をして久しい。さらに、ぼくには宗方悦子という存在もあった。デザイナーであり、自立した女性だが、愛人と呼んでよいものか、男女の関係を長いこと続けている。この先、亜沙子との関係がどうなっていくかは別としても、宗方悦子とは遅かれ早かれ精算しなくてはならない。そんな折、亜沙子が長期の海外旅行(取材旅行)に出発することになった。それは数ヶ月にもわたるのだ。これまでのように、ぼくらは気軽に会うことはできなくなってしまう。週刊誌の記者から、亜沙子との密会をすっぱ抜かれ、追いかけられる日々の中で、自分はただただ小説を書くことに没入するしかなかったのである。笹沢左保と言えば売れっ子作家で、時代小説・ミステリー小説が何百本もTVドラマ化されるなど、その名を知らない人はいないと思われる。代表作に『木枯し紋次郎』シリーズ、『ドライバー探偵夜明日出夫の事件簿』シリーズなど多数ある。晩年のいかりや長介が出演し、主役に扮した刑事ドラマシリーズ『取調室』も、笹沢左保の原作である。それほどの売れっ子作家ともなれば、そりゃもう女性は放っておかないだろう。浮いた話がいくつもあって当然。大人の恋愛なので、誰も文句は言えまい。それにしてもモテる。ご本人は決して自慢のつもりではないだろう。週刊誌の記者から追い回されて、辟易しているのは文章から伝わってくる。苦悩の日々を送っていることもよく分かる。そうは言っても、、、モテる男の自慢話にしか思えないのは私だけだろうか?もしかしたら笹沢左保本人も、自分を客観的に捉えたとき、そこに気付いてしまったのかもしれない。だからこそ打ち切りという形でこの私小説にピリオドを打ったのであろう、、、などと私は想像してしまう。それにしても笹沢左保の受けた打撃は相当なもののようであった。スキャンダルとしてマスコミに騒ぎ立てられたことにより、食べ物が喉を通らなくなり、不眠症に陥ってしまった。酷い精神的苦痛を強いられたことにより、仕事にも支障をきたすようになったのである。昭和という時代性もあり、芸能人に人権なんてあってないような扱いだったのは、なんとなく私にも覚えがある。とは言え、その後の笹沢左保の残した多くの作品や精力的な活動を見れば、人生のどん底も一つの過程として上手く昇華していたことが理解できる。『愛と孤独と』は笹沢左保の中ではイレギュラーなタイプではあるが、作家の素顔が垣間見られて興味深い内容となっている。日頃、偏った読書傾向のある方など、純文学の箸休めにでもいかがだろうか?『愛と孤独と』笹沢左保・著★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2023.09.02

台風一過。今年も大型の台風に見まわれまして、全国のあちらこちらに傷跡が残りました。皆さんのお宅が、どうか無事であることをお祈り申し上げます。そんな折、私は定例のお墓参りに出かけて来ました。なにしろお墓を守るのは一人娘である私の使命ですからーーそのバトンを引き継ぐのは、やはり私の一人息子ですが、さて、どういうものでしょうか?盂蘭盆に対する意識は希薄だし、ましてや迎え火・送り火の儀式さえ私は教えず、ここまで来てしまいました。日々の生活に追われて、神仏を敬う気持ちを教えてこなかったと言うのは簡単ですが、突き詰めれば、もっと違う何かが私の意識を歪んだものにしたのかもしれません。先月半ば、母方の叔母が85歳で亡くなりました。朝、家族が気づいたら、ソファーでうたた寝をしているように息を引き取っていたとのこと。なんとも羨ましい臨終だと思いました。テレビが小さな音で点いたままだったと言うので、前の晩、ドラマか何か見ていたのでしょうか?そのうち眠くなり、まるでロウソクの灯りが消えるように、全うしたのでしょう。「ピンピン、コロリ」と亡くなるのを人生の目標に掲げる人は多いと思いますが、こればっかりは自分の望むようにもいかず、難しいものですーーさて、話を戻しますが、お墓参りの先は伊豆・韮山にある由緒正しいお寺。でもその日はよりにもよって、35度を超える酷暑に見まわれました。息子と2人で簡単にお墓の掃除を済ますと、お花を供え、お線香をあげて、早々に引き上げることにしました。とは言え、せっかく伊豆まで時間をかけて来たのだからと、少しだけ寄り道をすることにしました。最近はめっきり神仏への憧憬とか敬愛とか、人として大切なものをなおざりにしていた感覚があったので、『かんなみ仏の里美術館』まで足をのばしてみることにしました。それにしてもここまでは車と言えども遠い遠い。ナビがなければ、ちょっとすんなりたどり着けるような場所ではありませんでした。なにしろ周囲には目じるしのようなものが何もなく、山の斜面のようなところに建物があるのです。車一択でのアクセスと言っても過言ではありません、、、(電車・バスが近くまで通っていません)初めて訪れる人にとって違和感を覚えるのは、〝一体なぜ人里離れた限界集落のようなところに、このような華美な美術館が建てられたのか?〟と言うことでしょう。私も以前から不思議で仕方がありませんでした。入館すると、ボランティアの方が約20分ほど丁寧に解説をしてくれます。(頼まなければボランティアの方は付きません)解説によれば、この美術館のある函南町(かんなみちょう)桑原地区では、平安時代の薬師如来像や鎌倉時代の阿弥陀三尊像などを地元の人々が子々孫々にわたり守って来たのだそうです。ひとえに、仏に対する信心深さゆえでしょう。お薬師さんや阿弥陀さん以外にも、二十四体の仏像群が残されているのですが、それらも含めて後世に保存継承していくこととなったのが明治30年代。長源寺の裏山に薬師堂を建てて、そこに安置されることに。結局、これだけの貴重な文化財を地元住民の有志だけで守り抜いて行くことに限界を感じ、函南町に寄附されたと言う経緯だそうです。拝観できる仏像はどれも保存状態が良く、見事なものです。国指定重要文化財となっている阿弥陀さんと、その脇侍像もさることながら、県指定有形文化財のお薬師さんも、じっくり向き合っていたくなる不思議な魅力にあふれているのです。美術館の所在地がへんぴなところにあるため、決して気軽に行ける場所ではないのが残念ですが、向学のために足をのばしてみるのはいかがでしょうか?それにしてもこちらの美術館、お土産コーナーとか喫茶コーナーとか一切ありません。残念。外観はとても立派で綺麗な建物なのに、ポストカード1枚売っておりませんでした、、、集客数を増やすためにも、一考必要なのではと思われます。(私が出かけた時、他にお客さんはいませんでした)『かんなみ仏の里美術館』をもっと活気あふれる町の名所とするためにも、行政にはより一層の観光推進に励んでいただきたいと思いました。開館時間 : 午前10時〜午後4時半休 館 日 : 毎週火曜日観 覧 料 : 大人300円、小中学生100円※JAFの会員割引ありそして毎度お馴染み、お節介でオジャマ虫の筆頭管理人からはコチラ(^o^)/とはいえ当方は吟遊さんとは違い、仏像はあくまでも信仰の対象であり、拝んでナンボですけどね。南無観世音菩薩(^人^)~~~~~~~~なおご参考まで。当ブログでは200冊以上の読書案内を投稿しております。ご覧いただけましたら幸いです。★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから
2023.08.26
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