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◎【元田川市々長の二場氏と 現職の永原大任町町長との深い関係が分かるサイトのご紹介】今、田川市長は、村上さんという方ですが、その前は、二場公人という方が、当時の田川市長でした。この二場氏は、(マル暴密接交際者と目される)・永原譲二大任町長の深い関係をうかがい知れるサイトがあります。https://news-hunter.org/?p=14607↑をクリックしてご覧下さいませ。元田川市長のこの二場氏は、永原大任町々長と 義理の兄弟 ですね。ご参考迄。筑豊という炭鉱町とくに、田川地区の一端を知る事が出来ます。Ken's Office
2024.02.16
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下記の内容は、2022年の10月の情報です西日本新聞記事から~~ 田川市石炭・歴史博物館は、落盤や炭じん爆発など常に危険と隣り合わせだった採炭現場の安全対策をテーマにした企画展「炭坑のセーフティ-炭坑の事故と保安と」を開催している。炭坑絵師・山本作兵衛の記録画28点のほか、水巻町の炭鉱で掲示された啓発パネルや教本なども展示している。20日まで。 同館によると、記録に残る明治中期から戦前までの約40年間に、筑豊地区では10人以上が亡くなった炭鉱事故が50件以上発生した。こうした事態を踏まえ、炭鉱会社の意識は「生産第一、保安第二」から「保安第一、生産第二」へ変わり、事故の際、生存者の捜索などに当たる救護隊の強化へつながったという。一酸化炭素中毒など二次被害を防ぐため、専用器具を装備し、訓練を積んだ同隊は、各地の現場で活躍した。 同展では、流入した地下水をくみ上げる作業などを描いた作兵衛の初期作品とみられる墨画(1958年、個人蔵)を初めて展示した。このほか、水巻町にあった日炭高松炭鉱で、絵を用いて安全対策を分かりやすく解説し、坑道の入り口付近に掲示した啓発パネルや、鉱員と救護隊用の安全マニュアル本などもある。 同館の担当者は「炭鉱会社が安全対策を徐々に強化していった歴史を知ってほしい」と話す。 月曜休館。午前9時半~午後5時半(入館は午後5時)。観覧料は一般400円、高校生100円、小中学生50円。同館=0947(44)5745。
2024.02.16
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福岡県直方市の全市立小11校のの3年生が「石炭と鉄道のまち 直方」をテーマに学ぶ本年度の「社会科見学」が始まった。授業の一環で、市石炭記念館と同市のNPO法人「汽車倶楽部(くらぶ)」が協力し、11月末まで実施される。 社会科見学は、石炭積み出し港や製鉄所に中継する鉄道輸送基地があり、石炭産業の終焉(しゅうえん)まで国の経済発展を支えた直方の近代を学習する独自の取り組み。市教育委員会が2014年度からカリキュラムに取り入れた。 本年度は11日の上頓野小から始まり、児童は汽車倶楽部が動態保存する「国鉄バス」(いすゞ自動車製キュービック)に乗って、市石炭記念館を訪れた。「燃える石」と呼ばれた石炭が燃焼する仕組みを教わり、炭鉱主らが集って売価を決めた本館(旧筑豊石炭鉱業組合直方会議所)や、救護隊の訓練に使われた救護練習所模擬坑道を見学した。 汽車倶楽部では、石炭輸送で活躍した貨物用蒸気機関車(SL)の9600形59647号機の汽笛を聞き、運転席に座ってブレーキの疑似操作を体験。車体のブレーキが動く様子も観察した。 徳田優月さん(8)は「SLを初めて見て大きさにびっくりした。いろんな人が力を合わせたおかげでSLが動き、筑豊で働いていたことも知り、乗り物に興味を持った」と話した。
2024.02.16
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◎これは昨年の7月20日付西日本新聞からです下記の内容は、すべて、2023年の7月20日付のものです~~~炭坑絵師の山本作兵衛(1892~1984)にインタビューをしていた旧山田高(福岡県嘉麻市)の元生徒たちが7月23日、半世紀の時を超えて、取材当時の作兵衛のカラー写真や肉声の録音テープ、提供された記録画などの資料を田川市石炭・歴史博物館に寄贈する。専門家は「1970年代前半の作兵衛のカラー写真は希少」と話す。 寄贈するのは、中原和生さん(68)=嘉麻市牛隈=や写真家片山文博さん(66)=福岡市博多区=ら1975年に卒業した同窓生たち。作兵衛にインタビューしたのは2年生だった73年9月。きっかけは「炭鉱をテーマにした高校の文化祭」だったという。 当時、旧山田市(嘉麻市)も炭鉱閉山によってピークの59年には4万人近くいた人口が急減。中原さんは「人がどんどんいなくなる街を見る中、文化祭で炭鉱をテーマにした展示をしようとなった」と振り返る。 まずは市内の実情を知ろうと、生徒たちは商店街や炭鉱住宅(炭住)を訪ね、生の声を集めた。写真部長だった片山さんは取材風景を丁寧に活写。「いろんな人を撮った。プロカメラマンになろうと思ったきっかけだったと思う」と話す。 そうした活動を続けるうちに、作兵衛と縁がつながった。 当時、炭坑絵師として知名度を上げつつあったが「そんなにすごい人とは知らなかった」と中原さん。田川市弓削田の自宅で取材に応じてくれた際の印象について「とにかく記憶力がすごかった。戦前の文化や物価の推移、炭鉱特有の風習などをよどむことなく話してくれた」と述懐。用意したテープレコーダーの録音時間が途中で終わるほど話してくれたという。 カラー写真はその際に撮影した。片山さんは「自分が撮ったものなんだろうが、まったく記憶にない」と笑う。作兵衛は十数枚の記録画も気前よく提供してくれたという。 生徒たちの活動は、きちょうめんだった作兵衛の手帳にも残っていた。手帳の内容を読み解いた県立大の研究報告叢書(そうしょ)第54巻によると、73年の9月9日、16日に高校生たちが来訪したことや、文化祭翌日の10月2日に絵の返却のため彼らが訪れたことが記されている。中原さんによると、今回寄贈する記録画は作兵衛にプレゼントされた1枚という。 テープや写真、記録画などの資料は生徒たちが長年、各自で保管していた。中原さんは「散逸することへの不安が年々大きくなっていた」と寄贈の理由を説明する。 作兵衛の記録画について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界の記憶(世界記憶遺産)への登録に尽力した1人でもある県立大の森山沾一名誉教授(地域社会学)は「カラー写真や肉声テープは貴重なもの。公的機関が安定的に管理することになって良かった」と話す。寄贈式は23日午後0時半から、のがみプレジデントホテル(飯塚市)で開かれる。山本翁の音声は、このURLをクリックして、出現する当該新聞記事からどうぞ!
2024.02.16
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「女坑夫」の生き様とは 「火を産んだ母たち」著者と芝居演者がトークセッション 福岡・小竹町筑豊炭田で働いた女性たちの言葉を残した聞き書き集「火を産んだ母たち」(1984年初版)の著者井手川泰子さん(90)と、作品を基にひとり芝居を演じる遠藤久仁子さん(69)が福岡県小竹町でトークセッションに登壇した。過酷な環境でたくましく生きた当時の「女坑夫」たちの姿は、強く生きるメッセージを現代に伝える。 筑豊から炭鉱の火が消えて半世紀近く。「掘った石炭は積まにゃならん。産んだ子は育てなならん」と、相次ぐ坑内事故におびえながらも真っ暗な地底の坑道で過酷な労働に耐え、子を育て、必死に生きた女性たちの汗を、作品はつづった。 井手川さんは旧小倉市(現北九州市小倉北区)生まれで鞍手町在住。訪ね歩いた「女坑夫」たちは80人以上。多くが80歳を過ぎていたという。漬物や焼き魚を持ち寄ったり、歌って踊ったり…。みんなつらい過去を笑い飛ばしてみせた。学校にも通えなかったが、「『恥ずかしい』という人は誰もいない。堂々とした姿に心を打たれた」と振り返った。 遠藤さんは鞍手町出身。現在は京都市で劇団「二人だけの劇場 セザンヌ」を主宰する。40年もがきながら劇団を続ける中で、井手川さんの作品が心の支えになった。「筑豊に生まれたことを誇りに思う。私の生きざまとして作品を大事にしたい」と力を込めた。 井手川さんと練った芝居の脚本は全て筑豊弁。2年前の初演以降、公演は京都や筑豊などで30を超える。 井手川さんは現在90歳。「あと2、3年生きられるかどうか」としながらも、「私には、今はもう聞くことができない話を聞いた責任がある」と言明。不登校、自傷行為、オーバードーズ(医薬品の過剰摂取)…と若者たちが生きにくさから逃れようとする現代社会に、「女坑夫」の姿を「後へ後へと伝えていくべきだ。何かの形で多くの人に伝えていきたい」と願った。 そうした思いを継ぐ遠藤さんは「現代の人たちは助け合いの精神が薄れ、暗い闇の中に入っていこうとしている。(炭鉱で働いた女性たちが)地の下の闇の中でどう支え合い、立ち上がったのか知ってほしい」とした上で、「一生を懸けてこの作品を芝居で伝えていく」との決意を示した。 トークセッションは直方市の「劇団やしゃぶし」が11月25日、小竹町勝野の「絵本館木のうた」で主催。当時の「女坑夫」を体当たりで演じる遠藤さんのひとり芝居も披露された。
2024.02.16
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宇部の長生炭坑について山口県宇部市沖の「長生炭鉱」で、朝鮮人を含む183人が犠牲になった海底坑道の水没事故から82年となる2月3日、近くで追悼式が開かれた。県内の中学生や韓国の犠牲者遺族ら約130人が参加。主催した地元の市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子共同代表(73)は、遺骨発掘に向けた調査のため「今年中に坑口を開ける決意だ」と話した。 事故は1942年2月3日午前、坑口から約1キロの沖合で発生。海水が流れ込み、朝鮮人136人と広島や沖縄出身などの日本人47人が死亡し、遺骨は今も海底にある。 参加者は小雨が降る中、刻む会が建立した追悼碑に黙とう、献花した。韓国遺族会の楊玄会長(76)はあいさつで、日本政府に対し「積極的な科学的探査をすれば遺骨発掘は可能だ」と述べ、「遺骨収集は日韓が発展的な未来に向かうため重要なことだ」と訴えた。 中学2年縄田志歩さん(14)と吉松奏水さん(13)は取材に「遺骨を早く遺族に返したい。日本政府は調査をしてほしい」と話した。 林芳正官房長官は先月の記者会見で、遺骨の埋没位置や深度が不明のため「調査は困難」と述べた。 長生炭鉱 山口県宇部市の床波海岸で大正初期ごろに開鉱した海底炭鉱。「山口炭田三百年史」などによると、宇部にあった中小規模炭鉱のうちの一つで、最盛期の1940年には約15万トンの石炭を生産し、992人が働いた。多くの朝鮮半島出身の労働者が働き、強制労働があったとの証言もある。戦後に閉山となり、現在は2本の排気筒が残っている。
2024.02.16
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福岡県宮若市(旧宮田町)で操業し、筑豊炭田の採炭の幕を下ろした貝島炭砿の蒸気機関車(SL)の姿などを記録した写真展が直方市石炭記念館で開かれている。撮影者の竹谷俊彦さん(65)=大阪府茨木市=が自費出版した写真集「炭礦(やま)の軌(みち)」とともに写真を昨年夏、同記念館に寄贈。閉山直前だった1976年3月から4月にかけての貝島炭砿やまちの様子がうかがわれる。3月10日まで。 写真展は「炭礦の軌-貝島炭礦のSL達(たち)」。竹谷さんは、撮影したコッペル32号機が同記念館に静態保存されていることを知り、寄贈を思い立ったという。館内には、SLが煙を吐きながら貨車を引っ張る姿や貝島炭砿の施設群、商店の店先で遊ぶ子どもたちの様子などを収めた18枚が並ぶ。 竹谷さんは自らを「撮り鉄」と呼ぶ。高校生の頃から北海道や九州などでSLを撮影する旅を楽しみ、貝島炭砿には高校3年となる76年春に訪れた。既に国鉄のSLは全国から姿を消していたが、「福岡の貝島炭砿で今も走っている」と耳にして、国鉄宮田線と貝島炭砿専用線が交わる筑前宮田駅前の旅館を拠点に撮影を続けたという。 「東京や長野などから来た撮影者と出会い、その中の一人とは今も年賀状を交換している。どの写真も私にとっては青春時代の記録。展示で地元の皆さんに見てもらえるのはうれしい」と竹谷さん。当時のSLが静態保存されていることに「守り続けるのは素晴らしい。行政や市民の力で短い距離でも動かせるような動態保存にまで進展するよう、期待したい」と話す。 宮田町誌などによると、貝島炭砿は73年11月に坑内掘りが姿を消したのに続いて、76年8月の露天掘りを停止して閉山した。専用線は採炭を終えた坑内を埋め戻すための土砂運搬を目的に敷設され、コッペルやアルコ号などが閉山まで石炭や資材も運んだ。 同記念館の八尋孝司館長は「貝島炭砿で働いたSLたちも筑豊の炭鉱史の一ページとして記憶したい。写真を通じて当時を知る人たちには懐かしく思い起こしてほしいし、若い人たちには炭鉱があった時代を知ってほしい」と来場を呼びかける。入館料は一般100円ほか。祝日を除く月曜休館。同記念館=0949(25)2243。
2024.02.16
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◎明日2/17、下記の記事の通り、直方市頓野の有限会社しまや様にて 持ち帰り式の子ども食堂が開催されます テーマ:地域から発信!ローカル情報(569)カテゴリ:◎【鯰田浦田子ども食堂】からの情報提供⇒ひとり親子育て世帯を助けるために◎>明日は子ども食堂 直方市頓野にて皆さま、いつもご覧いただきまして、有難う御座います明日、下記の記事の通り、直方市頓野の有限会社しまや様にて持ち帰り式の子ども食堂が開催されます如何でしょうか?仕出し屋さんのおつくりなされる弁当なので、お味はおいしいと思います。ご参考迄にどうぞ末次通訳事務所・慈善事業部石炭産業資料所広報Feb.16 2024
2024.02.16
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産学の連携 飯塚市+九工大+APU テーマ:地域から発信!ローカル情報(562)カテゴリ:カテゴリ未分類下記の記事をどうぞ本日、2/5付の西日本新聞筑豊版ですAPUは、大分県の別府に所在なので、距離的に無理かもしれませんが、九工大(九州工業大学)と提携をしているのでしたら、同大学の食堂を子ども食堂に活用したら良いのになあ。地域課題解決には、こうした取り組みもあるはずです。また、産炭地特有の問題も、これらの学術機関を活用して解決に持っていって欲しいどんな産学の展開ができるか、見ものですね。大した事はなかろう!末次通訳事務所・慈善事業部Feb.05
2024.02.05
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再掲⇒現在休館中の嘉穂劇場に関する私の意見です。飯塚市がいろいろとするよりも生きたまま活かす方策を取って欲しいですね。勿体ない事を飯塚市はしとります筑豊炭鉱産業資料所・なお、嘉穂劇場に付いては、元々の創業家である伊藤家もその責任は大きいです。怠慢経営と云われても致し方ないですね。
2024.02.04
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嘉穂劇場の再活用については、いろいろと飯塚市が主導的に会合を重ねておりますが無駄なことですね飯塚市に任せたらろくなことはありません。また、利権を得ようとする一部の人だけが得をするという結果になりかねないです。飯塚市の 生涯学習のイーマナビ事業のように。末次商店=筑豊炭鉱産業資料所:FEB03 2024
2024.02.03
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令和06年度の 【国土交通省行政モニター募集開始】の情報ですわたくし、末次達也は、国交省の行政モニターを務めておりますアンケートに回答し、年度末には、謝礼が振り込まれます金額は、5千円くらいですこの度、新規の来年度令和6年度の国交省行政モニターの募集が始まりました皆様もいかがでしょうか?ご応募:次の通りご覧下さいませ==国土交通行政インターネットモニター 各位日頃より国土交通行政にご理解・ご協力をいただきありがとうございます。2月1日(木)より、令和6年度国土交通行政インターネットモニターの募集を開始しました。引き続きモニター活動にご興味がある方は、ぜひご応募ください。また、お近くの方にもこのような制度があることをお知らせいただけると幸いです。モニターの選定については、申し込み内容を審査のうえ決定させていただきます。申込期限:令和6年2月29日(木)ご応募についてはこちらから↓インターネットモニターホームページhttps://www.monitor.mlit.go.jp/令和6年度モニター募集要領https://www.monitor.mlit.go.jp/pdf/R6Yoryo.pdf以上、今後ともご理解とご協力の程、よろしくお願い申し上げます。−−−−−−−−−−−−−国土交通行政インターネットモニター事務局=====当該情報共有者→筑豊炭鉱産業資料所FEB01 2024
2024.02.03
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令和06年度の 【国土交通省行政モニター募集開始】の情報ですわたくし、末次達也は、国交省の行政モニターを務めておりますアンケートに回答し、年度末には、謝礼が振り込まれます金額は、5千円くらいですこの度、新規の来年度令和6年度の国交省行政モニターの募集が始まりました皆様もいかがでしょうか?ご応募:次の通りご覧下さいませ==国土交通行政インターネットモニター 各位日頃より国土交通行政にご理解・ご協力をいただきありがとうございます。2月1日(木)より、令和6年度国土交通行政インターネットモニターの募集を開始しました。引き続きモニター活動にご興味がある方は、ぜひご応募ください。また、お近くの方にもこのような制度があることをお知らせいただけると幸いです。モニターの選定については、申し込み内容を審査のうえ決定させていただきます。申込期限:令和6年2月29日(木)ご応募についてはこちらから↓インターネットモニターホームページhttps://www.monitor.mlit.go.jp/令和6年度モニター募集要領https://www.monitor.mlit.go.jp/pdf/R6Yoryo.pdf以上、今後ともご理解とご協力の程、よろしくお願い申し上げます。−−−−−−−−−−−−−国土交通行政インターネットモニター事務局=====当該情報共有者→筑豊炭鉱産業資料所FEB01 2024
2024.02.01
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