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うちの息子が6歳になった。早いもので。1月の娘の誕生日のときから、自分の誕生日を心待ちにしていて、「あと5回寝たら誕生日~」とか指折り数えてて、前日と当日なんて、会う人ごとに、スーパーのレジのおばちゃんにも自分の誕生日の事を言ってた。2月から小学校に入り、同時に週2回6週間のスイミングレッスンも終え、すっかりたくましくなってきた気がする。水泳は、6週間前は顔を水につけるのがやっとだったのに、良い先生に巡り会い、15メートル、息継ぎしながらクロールで泳げるようになった。すばらしい(←すみません、皆さんのお子さんのほうがもっとすごいでしょう。親ばかっす)小学校はクリスチャンの学校でどうかと思っていたんだが、のびのびと育っているようだ。父兄懇談会で、聖書の一節を皆で読み上げ「アーメン」と十字を切ったのには参ったが。。。知らんっちゅーに。週に一回皆で教会に行って、お祈りの練習もしたり、先生がギターを弾いて賛美歌を教えたりもしているらしい。別に悪い事教えてるわけじゃないし、子供たちもお母さんたちもみんな優しくて上品な感じなのでね。いいと思ってるんだけど。先生には私は何もキリスト教のこと知らないって言ってあるし。毎日薄い本を一冊か2冊持って帰って来て、読む練習もしている。これはダンナの仕事である。私の真似してカタカナ英語になったら困るので。。少しずつ単語も覚えて来ているようだ。スピーチセラピストに足掛け2年もお世話になったとは信じてもらえないくらい、よく話ができるし、言っていることもわかるし、本読みも他の生徒のよりレベルを上げられているらしい。他にも、簡単な算数もやってるらしい。本人が何より新しい事を学ぶのを楽しんでいるので、良かったなあと思う。誕生日ということで、女の子2人から手書きのカードをもらって来ていた息子。人気もあるのか?たまたま息子は先週[Star of the week]という、今週のスターだったので、今日、その紙を持って帰って来た。これはすごくいいと思うんだけど、他の生徒が、その一人のスター生徒について、いいことを述べるのだ。いいことだけ。どんな子かって。これは自信をつけるのにすごくいいと思った。で、その述べた事を、先生が大きめの紙に書いて渡してくれた。(まだ生徒は字が書けないので)その中には、・彼は水泳がうまい。・彼は面白い。・静かに座っていられる。・本当にいい子。・ゲームが強い。とかがあり、プリスクールから一緒のママ友のお嬢さんは、・彼はハンサムと言ってくれてて、どうも息子はこれが一番嬉しかったようだ(笑)嬉しそうに言ってた。私が一番嬉しかったのは、彼の一番仲良しの男の子が述べていた、・彼は他の子が痛い目にあった(傷ついた)ときには、いつも助けている。という一文だった。今、私が勉強しているのは、学習遅延とか肢体不自由とかなんらかのハンディキャップを負った子供の教育についてだからか、余計感動した。プレゼントは、レゴブロックとマグネットと、プレステ2のソフトです。うちの親からは、また頼んでトミカのレスキューステーションシリーズを送ってもらいました。どれもものすごく嬉しかったらしく、誕生日は最高と言っていた。。息子はたくましくなったと思うものの、私の膝が空いてるとみると乗って来るし、寝る前には娘が寝たら(私はいつも娘のベッドで添い寝して寝かしつけてるので)自分の横で添い寝してくれと念押しして頼むし、眠ってて起きたら私たちのベッドまで入って来て寝直すような、大きくなったけどまだまだベイビーだけどね。
2007.03.22
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勉強しなきゃいけないのに、このニュースを見てからたまらずにいろいろ検索してしまいました。鴨志田穣(かもしだ ゆたか)さん。42歳で3月20日に亡くなられていたんですね。戦場カメラマンからエッセイストになり、アル中を克服したかと思ったら、腎臓がんになっていたなんて。私の大好きな漫画家の西原理恵子さんの元のダンナさんの鴨ちゃんとしての方が有名になっていた方ですが。西原理恵子の漫画はだいたい読んでいて、もう10年以上前にふたりがタイで知り合って、アマゾンに一緒に取材旅行をしたときからつきあっていてその後結婚した様子や夫婦漫才のような漫画を楽しんでいました。戦場カメラマンとしての鴨ちゃんの師匠は、イラクで亡くなられた橋田信介さんで、西原と知り合うきっかけは勝谷誠彦氏の紹介でした。勝谷氏は、よくさるさる日記で橋田さんとすごく親しかったように書いていましたが、本当は鴨ちゃんのほうが、ずっと橋田さんとは親しく、また鴨ちゃんは勝谷さんの事を嫌っているという噂もありましたが。。。鴨ちゃんは文章は確かにあまり上手じゃないし、すごい体験をしてもそれが描ききれてないような文章でしたが、好きでした、「アジアパー伝」。西原もすごく影響を受けていたと思います。西原と結婚してお子さんをふたりもうけられて、幸せだったのに。アル中が進んだのは、西原を養いたいのに西原のヒモとさえ言われてしまう生活に押しつぶされてしまったんでしょうかね。西原はそんなこと気にしてなかったと思うのに。。。あるインタビューで、鴨ちゃんと離婚した直後の西原が「彼がいなかったらお母さんになれなかった。心から感謝している」と語っていて、ジーンときました。離婚したのも、おそらくはアル中から断ち切って欲しかったんでしょう。前にも、「鴨は戦場で黒こげの赤ん坊とか、私が信じられないものを見て来てる。私はかなわない」みたいなことも語っていたし、尊敬し愛していたんでしょう。その後の闘病生活などで、どんなに西原が鴨ちゃんに尽くしていたか、今いろいろ読み返してよくわかりました。鴨ちゃん、最愛の娘さんの結婚式に出れなくて、良く似た息子さんの将来が見れなくて、無念でしょう。でもゆっくり休んで、大好きなお酒を天国で思いっきり飲めればと思いますね。ご冥福をお祈りします。
2007.03.21
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ワタクシ、大学生になりました。あんたダンナさんが闘病中ちゃうの?と聞かれそうですが。確かにね、一度は今年はあきらめようとした。補欠入学だと思うんだけど、いきなり、来週からオリエンテーションが始まるよん、再来週から講義よ~って言う週の木曜日になって、行きたいと思って(というかそこしかうちから通えそうな大学がなかったので)願書を出していた大学から手紙が来た。手紙の中には、アンタ来てもいいよ~入れたるよ~同封の説明書見て、ネットで手続きしてね~という手紙と、ネットにすぐいけるようにCDロムが入ってた。アクセスしてみると、その大学のサイトの中に、私のマイページがあって、私のデータと入学オファー中っていう状態のこととか、後では授業とか単位とか成績もここでわかるようになっていたり、授業料の請求書もここにあるって仕組みだった。あと、メールアドレスも支給されてて、大学のいろんなお知らせがここでわかるようになっていた。いやあ、驚いた。今は日本の大学もこんな感じなのかしら?私が行ったのはもう20年も前なので、全くわかりませんが。でも今は本当にお金もないし、私はオーストラリアの市民権がないから安いはずの授業料が安くないし、近くに住む日本人の友達が老人介護の専門学校に行き始めたけどとてもとても英語の授業についていけないから英語学校に来始めたくらいだし、きっと私も難しいだろうし、片道1時間ドライブしないと大学までたどり着けないし、そんなに運転したことないし、子供のこともあるし、ダンナも病気だし。。。。。ってわけで自分を納得させて、入学保留という手続きをとって来年から通おう、と決めた。で、保留の手続きをして、気持を切り替えていたら。また大学から手紙が来て、アンタが入ろうとしてたコースはねえ、保留は受付ないのよ~だから取り消すか、断るか、はたまたまた気が変わって受けるのか、もう一回教えて。もう講義がはじまって2週間だけど、明日の5時までに手続きすれば受け入れてもいいよ~てな内容だった。実はこの保留なんたらについては、ダンナがよかれと思って私に代わって大学に電話して確かめてくれたことだったのである。それが聞き間違っていたわけであった。責めてはいかん、いかんと知りつつ、せっかく曲がりなりにもつかんだ入学の機会なのに。。。と悲しくなり、いきなり自分がすべての犠牲になっているような気がして(←そんなこたあない)さめざめとしていたら、ダンナが、「フルタイムじゃなくて、パートタイムで行き始めたら?」と提案してくれた。こっちの大学では、例えば2年かかるコースを、同じだけの単位をとれば何年かかけても卒業できるって感じでパートタイムのコースにもなれるわけです。授業料は、私がもらえるかどうかわからないけど、オーストラリア政府から受けられる援助かローンに応募すると言うと、ダンナはだめなら売りに出してる家が売れたらって約束で姑に借金してもいいし、と言ってくれて、姑もオッケーだしてくれて。。。。。嫁の学費をだしてくれようなんてね。ありがたいっすよね。で、速攻でやっぱり行きます行かせてください!の申し込みをネットでやり、必要な単位のための授業を選択。が、オリエンにも行ってないので今ひとつわからん。子供の送り迎えとかを考えると、どれをとればいいやら。。。。と途方に暮れていると、薬の量を増やしたので副作用でここ2、3日調子がゲロ悪だったダンナがちょっとはよくなったから直接大学まで行って相談しようと連れて行ってくれた。で、事務の人に泣きつき、学部の担当を紹介してもらい、ここでもまたいろいろ事情を話して泣きつき。英語がまだ自信がないので、1つの単位から始めたい。ドライブは時間がかかるし、長い距離でこれまた心配だし、子供の送り迎えもあって。。。などなど。と、担当者は、じゃあ、1つだけ通信でもできる単位があるから、今期(6月末まで)は、それから始めたら?と神のようなお告げをくれた。それ!お願い。ゼッタイ頑張るから!とすがりつき、その場で分厚い教科書みたいなのももらい、うきうきで帰って来た。ちらちら見てたら、おいおい、、吐き気がするくらい難しそうなんだが。。。ちょっと読むのに何度も辞書ひかなきゃならんし。さらに、これから、オンライン教授が出した課題に500語くらいで意見を投稿するとか他の生徒の意見に一度は意見するとかを4回やること、最後は2時間の試験とかあるんですが。もうね、京大出てからアメリカのいい大学で大学院まで終えて、経済学のドクターまでとったもりゆうかさんとか神様のように大尊敬です。でもま、仕方ない。やってみるしかない。もともと今年は始められないかもと思ってた大学が始められるだけでも大きいので。落ちてもともとでやってみることにしました。あ、ちなみに何の勉強かというと、日本語の教師です。こっちの中学校や高校で教えられる資格をとりたいので。私は日本で三流私立大学しか行けなかったんですが、一応国文学部国文科で教師の資格もとったので、そのおかげでこっちの大学の教育学部に編入というかできるみたいです。こっちの教育原理とか制度を勉強しないといけないんですがね。日本で大学に行かせてくれた両親に感謝です。今後なおさらこの日記の更新が滞るかもしれませんが、できれば息抜きで続けていきたいんですがね。どうなりますか。
2007.03.17
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ダンナの鬱病治療のために、治療薬を飲み始めています。毎日そんなに大変というわけではないし、結婚十年目で初めてお互いゆっくり向き合っているような感もあり、そう悪いものでもないんですが、あまりゆっくり1人勝手にパソコンに向かって日記を更新しているわけにもいかないので、更新は滞りがちですし、今度いつ更新できるかわかりません。すみませんがご了承のほどを。毎日覗きに来てもらっている方、申し訳ないです。サイコロジストとの面接と治療薬という二段構えの治療中で、サイコロジストからはまあ5月くらいまでには仕事を再開できるだろうと言われました。センターリンクという失業保険など社会保障を一括して扱っているところからは、もう少し長く休んでもいいと言われたのですが。こればっかりは現在治療中なので、まだわかりません。鬱病というのもの、私自身はいい加減な性格なので多分かからないと思うのですが、意外と親しい人にいて、今までも身近でないわけではなかったのですが。やはり配偶者がそう診断されると、知らなかった事が多くありました。それはダンナ自身もそうでした。サイコロジストとの面接について行ったり、勧められた本を読んでみたりして、ああ、確かに、と思う事が多くありました。以下、私の鬱病について理解した事柄で、記憶に残ったのは。。・原因というのは1つではなく、いろんな要素がからみあってなるものである。・今や5人に一人がかかる、とても一般的な病気である。・脳の中に、幸せだと感じる物質が流れる機能があるのだが、鬱病の場合、その機能が働かなくなっている。(だから薬が効く訳です)・よく、鬱っぽいとかいうが、それは単に「のってない」とか「元気がない」状態。だから人に励まされると嬉しいし、元気が出るような気がする。が、鬱の場合は、そういう励ましを拒否したくなる。・すべて自分のせいで起こった事だと自分を責めがち。・自分の個性が認められず、劣っている部分ばかり目につく。・症状が重くなると、自殺を考えてしまうが、それは自分などいなくなった方が皆が負担なく暮らせると思うからである.・「自分の人生なんてこんなものなんだ」と投げがちで、知らず知らずにうちに人に憎まれ口をきいたり、争うべきではない人とまで争ってしまう。・仕事に打ち込んでいると、他の心配事を考えなくてすむので、仕事を逃げ場所にするかのように、仕事に打ち込む。サイコロジスト、サリーによると、うちのダンナはのムード(気分かな?)は、すでに普通のひとの幸せとか不幸せを感じるムードよりも低い位置にある。だから、薬はその気分をあげるためで、普通の人の気分に近づける助けをするものらしい。当初ダンナも、薬物投与と言うと、気違いに薬をやるような感覚があるといやがっていたのだが、そうではなく、気分をあげるものである。気違いというのは、自分で自分のやってる事がわからない、コントロールができないし、しようともしていない人。鬱はコントロールしようとしている、それなのにできないからイライラするのである、的な説明も受けた。これ、まだ誤解している人も多いですよね。精神病=気違い、犯罪を犯しかねない、頭がおかしい、みたいなね。とにかく、まだもう少し落ち着かないんだけど、続けてみます。ちなみに読んだ本は、「 Taming the Black Dog]です。邦訳はないみたいだけど、漫画のような絵がついた薄くてわかりやすい本でかなり参考になりました。なんでもイギリスの名宰相といわれたチャーチルは鬱病に一生苦しんでいて、彼がその自分の鬱病のことをブラックドッグとよんで、手なづけようとしていたとか。
2007.03.08
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