継続は剛力なり~前田剛力のあなたの一日を豊かにするヒント

継続は剛力なり~前田剛力のあなたの一日を豊かにするヒント

2008.03.22
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カテゴリ: カテゴリ未分類
チベットで始まった暴動が拡大する中、台湾では残念ながら
国民党の馬候補が総統当選確実、になったようです。

明日はわが身と思わないのでしょうか。

これは日本も同じことですが。


◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。

○にっぽんの知恵(高田公理)
○日本人の矜持(藤原正彦)
○新しい歴史教科書の絶版を勧告する(谷沢永一)
○漂流五千粁(坂端藤一)



○いつも見ていた広島(田家秀樹)
 たまたま図書館で見つけた本。
 僕たちの世代のヒーロー吉田拓郎が「吉田拓郎」になる前、
 さんざん悩みながら一歩一歩もがき進んでいた青春の物語です。
 僕の知らなかった拓郎がそこにいました。

 彼は仲間と「ダウンタウンズ」というバンドを組んで広島で
 有名になり、東京を目指しますがあえなく挫折、その後も曲を
 作り続けながら自分の道を模索して、ついにフォークに
 たどり着きます。

「ダウンタウンズ」というバンド名はペトゥラ・クラークの
「恋のダウンタウン」から取ったとありました。

「恋のダウンタウン」は少し前、僕もラジオ英会話の中で
 聴いて気にいった曲。
 40年の時を超えて拓郎と僕が共感できた、と感動しました。

 物語の最後でダウンタウンズは解散し、拓郎は広島フォーク村
 を立ち上げることになります。

 思いますので楽しみに待ちます。

 各章が拓郎の曲になっていて、懐かしく自分の青春を思い出し
 ました。ほとんど歌える歌。(下手ですが)

○猶太難民と八紘一宇(上杉千年)
 佐藤守さんのブログで知って読んだ本です。第二次世界大戦中、
 ユダヤ人を救った外交官杉原千畝さんのことはテレビなどで
 少しずつ知られていますが、あくまでも杉原さん個人の英雄的
 活動として扱われ、外務省はその勝手な行動を戦後、罰した
 ような扱いが主です。
 ましてや、日本全体、日本軍がユダヤ人に対して人道的扱いを
 して大勢を救ったことなどは言われません。

 しかし実際は杉原さんが外務省に言われたのは、最低限のお金
 を持ち、落ち着き先のある人のみにビザを渡しなさい、という
 ことだけ。
 その厳格なルールを柔軟に活用してより多くを救ったこと
(昭和15年)について注意されているのであり、外務省自身も
 日本の方針、五相会議で策定した「猶太人対策要綱」を遵守して、
 反ユ一色の国際世論に同調せず、彼らを受け入れたのです。

 そしてその「猶太人対策要綱」策定に大きく貢献したのが軍人で
 ある安江仙宏陸軍大佐であり、さらに「流氷の海」で紹介した
 オトポール事件(昭和13年3月)の樋口季一郎少将、
 上海ユダヤ難民を保護して彼らをして「上海は天国でした」と
 言わしめた犬塚重海海軍大佐の活躍があったのです。

「猶太人対策要綱」(昭和13年12月)では人種平等の精神にて
 対処すると決める。これは安江大佐が板垣征四郎中将に
「わが国は八紘一宇を国是としており、ユダヤ民族に対しても
 これを例外とすべきではない」と説得、陸軍大臣提案として
 決定した。

 真珠湾奇襲は騙し討ちにあらず。開戦責任は米英にもあり。
 太平洋憲章を発表した時点でチャーチルはルーズベルトから
 対日戦への協力を取り付けるのに成功し、「たとえ米国自身が
 攻撃されなくても、米国は極東で戦争に入り、最後の勝利を
 確実にするであろう」との確信を得た。

 ルーズベルトは「我々自身が過大な危険にさらされることなく
 最初に一弾を撃たせるような立場に日本をいかにして誘導
 するか」だけを考え、そのためにハルノートを出した。
 そのハルノートは実はアメリカ中枢部にもぐりこんだソ連の
 スパイ、ホワイトが書いたそうです。

 アメリカは日本軍の動きも読んでいて、スチムソン陸軍長官
 自身、12月1日には攻撃される可能性がある、と日記に
 残していたとのこと。

 大東亜大戦は自衛戦争であり、開戦通告は不要。そこは
 アメリカ代表もヘーグ会議ではっきりと宣言して、各国も
 異議を唱えず。
 さらに言えば、アメリカのほうが宣戦布告もせずに中国に
 フライングタイガーズを送って日本との戦いを始めているのだ。

「バターン死の行進」は誤解。一生懸命輸送手段を準備し、
 食事についても考えたのだが、なにしろ投降者が多すぎた。
 しかも死んだ多くはフィリピン兵士(1200名のアメリカ人
 と16000名のフィリピン人が行方不明)であり、
 篭城期間中にアメリカ軍兵士との差別(食糧事情など)が
 あったのもある。

 南京大虐殺は嘘、ということはこのブログでは何度も渡部昇一
 さんの著作などを引用しております。南京には30万人も
 いなかったし、事件の直後に20万人以上の住民が集まっていた、
 あれだけ小さな誤爆にも抗議を繰り返していた戦争中の
 蒋介石政権が一度も南京の問題を抗議しなかった、日中戦争の
 期間中、多くの戦闘がありながら南京事件以外に虐殺と呼べる
 ものは一度もなかった。
 一方、中国側は通州事件や逆南京事件など何度も中国らしい
 虐殺を繰り返していた。等など。

 日本は東京裁判にこのユダヤ人を守った3人の軍人を証人
 として出すべきだった、という上杉さんの指摘は鋭いですね。
 そうしていれば、日本の精神が明らかになり、人道の罪は
 消滅してしまうはず。
・今こそ戦後の国民教育を転換すべきとき。12月6日を
 人道の日にすべし。これは昭和13年12月6日に五相会議で
「猶太人対策要綱」を決めた日である。
・少なくとも日本の教科書にはユダヤ難民を救出、保護した
「日本」と「日本人」のことを明記せよ。その通りだと思います。





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Last updated  2008.03.22 22:09:29
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前田剛力 @ Re:都市対抗野球(08/28) くさなぎさん お久しぶりです。 番組に…
くさなぎ@ 都市対抗野球 番組の内容ではありませんが、前田さんの…

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