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実生活もブログもお引越ししました探しても見つからなかったら、メッセージ下さいね
2012.09.08
テルマエ・ロマエを見たいと言い出してから、えらく時間が経った。 その間、実家の大掃除のヘルプ、首の寝違えで鍼通い、挙句の果てにきんきんに効いたデパートのエアコンで風邪をひき、思うように出かけることができなかったのだが……。 やっと、先の映画の日に、出かけることができた。長い道のりだった もう見たい人は概ねご覧になっていると思うので、ネタバレしちゃいますので、ご注意を古代ローマのテルマエ技師(お風呂の設計技師ね)であるルシウスが、ひょんなことから現代日本(というより、昭和な日本だったけれど)にタイムスリップしてしまい、そこで 見た現代日本のお風呂技術に感銘を受け、そこで知り得た知識古代ローマに持ち帰り、時の皇帝に珍重されることになるが……といった奇想天外なお話。 いやー、面白かったそしてみんな顔が濃いっ 北村一輝なんて、そのまま白塗りしてトレビの泉あたりに置いてあったら、彫刻として十分通用するんじゃーないだろうか。 また、劇中、阿部寛演じるテルマエ技師・ルシウスが真剣に悩めば悩むほど、こちらは可笑しさがこみあげてくるしかし、この映画、ただただ面白おかしいコメディで終わってはいないのが素晴らしい。 うっかりタイムスリップしてきてしまった日本人たちがテルマエづくりに協力する姿を見て、 平たい顔族はなぜ、(無関係の自分たち・ローマ人に)協力するのだ? 平たい顔族は、自らの名誉も顧みず、個人を犠牲にして働く……と、古代ローマ人であるルシウスが、現代の日本の風呂にまつわる技術に感動したのと同様に日本人の働きぶりに感銘を受けるところが真骨頂と言えよう。そしてこれがルシウスの最後のセリフにつながるのであるそれにしても、なぜか「平たい顔族(我々のことですがな)」の中に一人混じっているあまり平たくない顔の竹内力と、その演技もツボに入ったあー、上映中に見に行くことができて本当によかった~
2012.06.01
早々とチケをピックアップして、公演前に無くしたり、どこにしまったかしら~~~なんて ことになるよりも、当日、行きがけに発券すればいいわーなんて思っていた私だが、予約番号を確認しようとメールをチェックして真っ青に「発券期限は前日23時まで」の文字が うっそ~~~んいつぞやの『TLS』チケがない騒動と同じくらいの衝撃 慌ててローチケに問い合わせるが、電話がつながらないっいやー、死ぬかと思うほど、焦りました。が、結果は、開演までは発券できますとあっさり言われ、ほっと胸をなで おろす。そんなところで妙なサバ読まないでよっ きっとオペレーターのお姉さんは、私のあまりの必死な声に、あとで笑ったに違いない。 年末の渋谷は、来たことを後悔するほどの人・人・人で、しかもiphone片手にぐずぐず歩いている人が多くて、蹴散らしたくなったそんな騒動の果てにたどり着いたパルコ劇場。『90ミニッツ』は、三谷幸喜生誕50年記念として今年書下ろした4作を締めくくる作品である。 実は今回も予備知識はまったくなくて、『90ミニッツ』というくらいだから きっと公演時間は90分なんだろう、という程度の知識で出かけた。今年の芝居は初日直後に見ることが多かったが、今回は終盤にほど近いせいですでにお花は少なくなっていたが、つよぽんからのピンクのユーフォルビアの寄せ植えを発見。 あら~、つよぽ~んと思ったら、数鉢隣に慎吾から贈られた二段仕立てのポインセチアの大鉢がっ。スマップ、気が合うわねーっ残念ながら写真撮影は禁止なので、心の目に焼き付ける。 で、本編。開場入口の看板によると、公演時間は当然のごとく90分。 西村雅彦と近藤芳正の二人芝居。いったい何を見せてくれるのか。 セットは至ってシンプル。デスクが1つあり、正面にベンチシートがあるだけ。 暗転すると、スクリーンにタイトルが出る。 そして、実在の出来事に基づいているが特定の某を非難するのもではない、といった文字が浮き出る。ほう。 西村雅彦がデスクに座って電話で話しているところから物語は始まる。 電話では業務とまったく関係のない話をしているし、この最初のシーンでは白衣を着て いないのだが、この人は医者だな、と観る者に判らせるのが彼のスゴイところだ。 やがて話が見えてくる。 交通事故にあった子供を助けるため、手術の承諾書に同意のサインを求める医師とそれをある事情で(劇中では地域の風習としていた)拒む父親。手術をすれば、まず問題ない事故だが、このままでは出血により死に至る。医師が父親を説得するために残された時間は90分。 なるほど。ミタニン、今回は「時間の枠」という制約から書き始めたんだな。 「何か制約がないと面白くない」とプロフェッショナルで言っていたミタニンを思い出す。 重くなりすぎないよう、ところどころにクスリと笑えるポイントを織り込んではいるものの、基本的にはシリアス劇だ。 「倫理」と「立場」でせめぎ合う二人の男の会話劇。キャスティングの妙が光るが、残念ながら、取り上げられているシチュエーション(というか、二人の立場と葛藤)にどーーーーしても共感することができなかった私としては、最後まで後味の悪い芝居であった。 チケットを取るときに、クリスマスに取れたらいいのに~なんて思ったけれど、 いやいや、激戦日を選ばんでも……と思い直して、別日程を申し込んだのだが……。 正解だった。クリスマスに見る芝居じゃないよなー。 なーんて。クリスマスに見る人もいるのよね。ごめんなさい 帰り道、今朝、忙しい時間にピンポーーーーーーンとやってきた、エ○バの証人と思しき二人組を思い出した。
2011.12.21
本日は映画の日。ということで、大好きな三谷幸喜の新作『ステキな金縛り』を観ることに落ち武者の幽霊を法廷へ、証人として引っ張りだす、という奇想天外なこのお話。愛犬とびのお散歩中にひらめいたと聞いたような気もするが、もうそれを思いついただけでミタニンの勝利ではないかと思っていた。ダメダメ弁護士を演じる深津絵里の最初の法廷シーンや、物語の核となる殺人事件を担当することになり、山奥の怪しげな宿へ向かう途中で出会った村人の鼻歌など、しょっぱなから古畑任三郎が好きな人なら、クスリとしてしまう小ネタがちりばめてある三谷組とも言える浅野和之、戸田恵子はもちろん、出てくるどの役者さんもいい味を出しているが、生瀬さんはもう卑怯とののしりたくなる可笑しさで登場今回、三谷映画初出演となる阿部寛も期待を裏切らない面白さ本当に豪華なオールスターキャストである。さすが三谷幸喜生誕50年記念の映画が、しかし、豪華なキャストなだけに若干、話が脇にそれすぎて、残念な結果になってしまったような気もしないでもない。宣伝用番組で自ら明かしていたが、身内感覚の相島一之などは名古屋ロケまで行ったにもかかわらず、最終的にバッサリとカットしてしまい、なんと傍聴券を狙って並んでいるほんの一瞬しか残らなかったという。それ以外に、そこそこ時間を割いた役者さんの中にも、あの「役」は本当に必要だったんだろうか、その分ほかをもう少し掘り下げたらよかったのではないか……と思うシーンもあった。いい役者さんを使っているだけに勿体ないようなちなみに、今回の映画はストーリー自体は至ってシンプルである。それ故に番宣でやCMであまりにも見せ場を見せすぎてしまった感があった。落ち武者の幽霊を見ることができない裁判官たちに、その存在を信じさせるための工夫を凝らすわけだが、その肝心なシーンをTVのスポットで見せてしまっているのは勿体ないまた終盤の、ハートウォーミングで涙を誘うシーンは少々冗長に過ぎた気がする。そして、このシーンで重要な役割を担う草なぎ剛は、役になりきれていなかったように思う。本来、もっと入り込むタイプの役者なだけに残念。そして一番いただけなかったのは、最後の最後。ドリフのコントではないのだから、客席に話しかけて終わるのはあまりにもあんまりなっ三谷幸喜生誕50年を祝うお祭り映画として十分楽しめるものではあったが、個人的な好みではあるが、『ザ・有頂天ホテル』や『ザ・マジックアワー』を超える映画ではなかった。とびのお散歩をしてる三谷さんを捕まえて、ぜひとも感想を伝えたい気もするが、先日の「ステキな隠し撮り」のちょっとけなされると猛烈に凹んでしまう映画監督の姿を見てしまうと、万が一出逢えても、感想は伝えられそうもないしかし、そんな中、ここまでやるかっ?!(いや、やらせるかっ?!とも言う)という熱演を 見せてくれた中井貴一はさすがっそして、なんだかんだ言いながら、三谷作品は大好きなので、次回作に期待したいと思います
2011.11.01
今日はPさんと『泣き虫なまいき石川啄木』を鑑賞。出先から新宿に向かう電車の中で、ふと気づいたあ、紀伊国屋シアターの正確な場所、確認するの忘れた~滅多に使わない文明の利器・携帯で検索して、初めて気づいた紀伊国屋って私が思っていた紀伊国屋じゃなくて、タカシマヤの隣だったのね~!言われてみれば「サザン」シアター紀伊国屋のどこがシアターなんだ?なんて思っていた私ってうすらぼんやりしすぎだわ。でも、いやー、びっくりしたなー、もうっで、舞台。見ていてキーッとなるくらいイヤーな「啄木の親父」を演じる段田安則が圧巻そして意外にも(意外言うな?)渡辺えりがよかったなー。吾郎ちゃんももちろんよかったのだけれど……なんかちょっと『ぼっちゃま』と被らないか?今回の啄木はタイトルほど泣き虫にも生意気にも描かれていなかったし、笑わせたいのか、泣かせたいのか、ハートウォーミングに仕上げたいのか、哲学させたいのか、今一つはっきりせず、決して難解なストーリーでもないのに、すっきりしない気持ちで終わったのが、少々残念だった。個人的な好みはあろうが、「啄木」を題材にした芝居としては、井上ひさし&段田安則の本作品より、三谷幸喜の『ろくでなし啄木』に軍配が上がった。
2011.10.18

ランチを終えて、再度シンデレラ城前のカメラマンをチェックする。おー、いたいた~腹ごなしもかねて写真待ちの列に並ぶ。今ならお化粧も直した直後だしね~この列に並んでいる間に、スペースマウンテンのファストパスをゲットしにYちゃんが走ってくれた20分ほど並んでIのっちのミッションをベストポジションで果たしたあとは、胃袋をシェイクされないで済むアトラクションから再開すべし、ということでお待ちかねのキャプテンEOだっ!ニューバージョンはシアターに入る前にメイキングを見ることができるようになっていた。「25年前にこの……」というアナウンスに時の流れを感じる。メイキングに出てくるダンサーの練習風景があまりにも時代を感じさせてくれて可笑しい。みんなフラッシュダンスみたいだし、みんなファラ・フォーセットみたいな髪型なんだものーここではマイケルは足元と、一瞬全身が映るのみで、なかなか焦らしてくれるシアターに入り着席すると間もなくして、マイケルの、一番キラキラしていた頃の映像が。マイケルの屈託のない笑顔にちょっと泣けちゃうでもこのころにはすでに、マイケルの死の遠因にもなったやけど事故は起こった後なんだよな、すでに痛みを抱えていたんだろうな……などといろいろな思いが交錯したりして。メイキング映像では時代を感じたが、やっぱりマイケルだけは全然古臭くないのがすごい。かっこよかった古い映像を見ても古臭く見えないのは、マイケルと清志郎くらいなもんだよなー。一方で、そんな思いとは別に、午前中に見た3D映像と比較して、この25年間の映像技術の進化も感じることができて面白かった。EOを出たのち、さて、どうしよう~とふらふら歩き出す。ちょうど近くにあるからと、スターツアーズに行ったような気がするのだが、このタイミングだったのか、ちょっと自信がない私あれはいつの出来事~その後、ちょうどパレードの時間にぶつかった。今回は雨で短縮バージョンではない模様。ただU-Tさんが指摘していた「止まらない」バージョンにはなっていた。 雨、降っていないのにね~と言っていた私たちだが、我々の前を通り過ぎてからしばらくして雨が降り出したおお、止まってショーなんぞをやらないで正解だったのねーパレードのあとはビッグサンダーMのお時間に。これはSちゃんはパスということで、後程、ホーンテッドマンションで合流を約束し、いったん解散。ちょっとファストパスの時間には早かったので、トイレへ行き、ついでに雨合羽を着る。トロッコに乗って山から出てきたら土砂降りでスプラッシュより濡れた~なんて嫌だものねー。ここでもファストパスの力をいかんなく発揮し、ゲートをくぐってから5分後には乗車カチカチカチとトロッコが上っていく先が水で煙っているあ、そうだ、これも一瞬濡れるんだったと、おもむろに雨合羽のフードを被ったところを、背後からYちゃんがチェックしており、後で笑われる羽目に。ヒャッホウ~とばかりに両手を挙げて(私は片手はフードを押さえていたけど)Mちゃんの最大の目的であったビックサンダーMをクリアし、Sちゃんと合流すべくホーンテッドマンションへ今回のお楽しみの一つでもあるホーンテッドマンションは、ハロウィン&クリスマスの特別仕様・ホリデーナイトメアーなるものになっている。アトラクションのお化けたちもやけにかわいらしくなっていた薄暗くなってきてからホーンテッドマンションに入ったが、出てきたら外は既に真っ暗。日が落ちるのが本当に早くなったなあ。もう冬だよ、冬まださほどお腹は空いていないが、タイミングとしては今だよね、ということで、クイーン・オブ・ハートのバンケットホールへ。ここはホールのケーキがあるということで、U-Tさんもおすすめだった店である。本来、Happy Unbirthdayと書かれたプレートが乗っているのだが、スタッフに声を掛けるとHappy Birthdayのプレートにしてくれるという折よく、外での待ち時間は5分もなかった。30分近くかけてオーダーのカウンターへ。一人ずつしっかりオーダーするとケーキを食べることができなくなりそうだったので、4人でメインを3つ、サラダを1つ、ご飯を2つ頼んで、ホールケーキに備える。これが大正解だった。ところで、これまでお誕生日シールの力をいかんなく発揮してきたのだが……。ここのキャストはなかなか誕生日シールに気づかず、ケーキのプレートを誕生日仕様にしてくれと頼んだにも関わらず、黙ってバースデー仕様のケーキを差し出されたのは、あくまでも本来はUnbirthdayを祝う店だからですかねこれはレジのキャストも同様で、Yちゃんの明らかな誕生日アピールにも全く動じることがなかったぼやっと君には、少々呆れたゆとりか?しかし、まあ、仲間内では楽しくお食事を済ませ、エレクトリカルパレードに向けて歩みを早める。通りに出るとちょうどパレードが到着。グッドタイミングどうやらミッキーの乗っていたフロートは見逃したものの、その後のほとんどを見ることができたようだ。もう、今日の私たち、完璧なスケジューリング&ルーティングじなんてゃな~いパレードが終わると、引き潮のように出口に向かう人波が。この風では花火は中止、とみなした人が多いのかも、とSちゃん。なーるほど。やっぱりこんなお天気の日に張り切って来る人は「悪天候がチャンス」とばかりにやってきているマニアが多いのかもしれない。そこで夜になると空くというトゥーンタウンへ行く。行列になっていなかったロジャーラビットのカートゥーンスピンへ。ところがこれがびっくり。建物内へ入ってからが長い、長いなまじ途中で一度乗り場が見えるものだから、あらもうすぐねなんて勘違いをさせてくれるが、それが大きな間違いで思いがけず時間がかかった。なのにカートが出発したあと、ブラックライトで自分の鞄やMちゃんのTシャツが光っていることを観察していたら、アトラクションをずいぶん見そこなっっちゃたそして本日のトリとなるスペースマウンテンに向かうが、ファストパスまでは少々早く、かといって並ぶとファストパスを使うよりも時間がかかりそう、ということで、先に写真をピックアップしに向かう。プロカメラマンのお姉さん、写真を撮った際、我々の確認なく一発を出したが、さすがプロという仕上がり。これならIのっちに見せても恥ずかしくないぞ~きっとIのっちも、Mちゃんの(そして我々の)楽しそうな顔を見て、喜んでくれることだろう。ここでコースターの苦手なSちゃんをワールドバザールに残し、3人でスペースMへ舞い戻るよっしゃ~、これで見事、三大マウンテンすべて制覇だっ本日のミッション、また一つクリアすっかり満喫した我々は閉園より一足早く帰路につくことに。そして、その前にいよいよ最後に残されたミッションの遂行である。本来ならディナーの時に渡したかった(が、レストランから遠かったので断念)Iのっちからのプレゼントの贈呈である。ひゅ~ひゅ~コインロッカーから荷物を引っ張り出し、ベンチに座ってもらったMちゃんにジャンジャジャ~~~ンと紙袋とバースデーカードを差し出した。「えー、最後に、Iのっちからお預かりしたプレゼントをお渡ししたいと思います」と言う私にMちゃん、「えーっ……え、預かったってことは……、会ったの~いつ~」「へへへへ、先日、朝、駅の改札で~」密会だ、密会だ~とはやし立てるYちゃんとSちゃん。Mちゃん、すんません、確かに密会してました「せっかくだからここで開けたほうがいいかな」と言いながら、まずはカードを開くMちゃん。ひゃーん、お手紙つきなんて本当に素敵よねーそしてなぜかカードの中にさらに入っていたカードを発見し、広げる。そういえば駅で会ったときに、Iのっちは小さい封筒を大きなカードの入った封筒に入れていたっけ。思えばなぜ二重なんだろ?「あ、ちょっと待って。今日の記念にって、みんなにも何かあるみたいだから」とMちゃん。えぇぇぇぇぇなんと、厳重に封をされていたスワロフスキーの紙袋には、スワロフスキーの小箱が4つ入っていたのだったMちゃんから渡された箱を開けてみると、私の頂いた箱にはかわいいクリスタルのチューリップがしかも私たちにまで本日のお礼のお手紙付いや~~~~ん、Iのっち~~~~。最後の最後に、Mちゃんサプライズ企画に協力していたつもりの我々にまでサプライズが用意されていて、サプライズ好きのIのっちにしてやられた4人なのだった。そして、こんな楽しい一日を我々にまでプレゼントしてくれたことにひたすら感謝あー、楽しい企画&一日だった~ちなみに私の頂いたチューリップはこんな感じ。可愛い~~~ヒカリモノと同じくらいガラスものが好きな私(ガラスも光るからね)。大事にガラスもののお飾り棚の、ガラスの靴のお隣に飾らせていただこうと思います。Iのっち、本当に楽しい一日をありがとう。そしてMちゃん、Happy Birthday
2011.10.15
Mちゃんと日比谷線で合流し舞浜に向かうも、強風にあおられた京葉線は遅れるわ、徐行運転だわで、だ、大丈夫なのかーっという気になるシーンもあったが、無事舞浜に到着。本来なら八丁堀で合流するはずだったYちゃんとは降車後に合流。途中、車で来るので現地集合の予定だったSちゃんから「早く到着したので、チケット買っておくねー」というメールが入り、さらに「なんとレストランの予約が受付中になっているから、先に入って予約をしてくる」というメールが。おおっ、今日は空いているらしいそうよ、みんな朝の悪天候で本日のTDL行きを諦めて頂戴と自分勝手なことを考える私。無事入口で、レストラン予約を済ませたせつこままちゃんとも合流し、4人が揃った。いざ出陣!Sちゃんがすでにお誕生日シールもゲットしておいてくれたので、電車の遅れを取り返すことができそう。計画通りスプラッシュマウンテンのファストパスをまずはゲットするのだと、スプラッシュMへ向かおうとアーケードを左折したところで、なんとミッキーに遭遇子供たちに囲まれるミッキーを逃すまいと囲みこむYちゃんと私するとミッキーがMちゃんのお誕生シールに気づき、おめでとうリアクションをしてくれた。これ幸いと、2ショット写真を撮らせてもらう。2ショット写真を撮って安心したYちゃんと私の隙をぬって、ミッキーがMちゃんにハグをしたーあーーーーーー、シャッターチャンス逃しましたーーーーーー我々とも握手をしてくれたミッキーと別れて、スプラッシュMへ。ファストパスは10:45~のものが取れた。幸先いい~続いてシンデレラ城前でプロカメラマンを探すが、いなーいどうやらこの悪天候で、まだ始動していないらしい。こうなったらミッションを果たすべく、ミッキーの家に行こうとするが長蛇の列を見て挫折天気の回復を待つことに。近くまで来たのでついでにショーの抽選をするが、バースデーの張本人であるMちゃんが外すという失態を犯すその間にもYちゃんは、隣の男数人組が誤って一人ひとり別々に抽選して、メンバーのうちの一部が当選、一部が落選という憂き目にあっていたのをしっかり目撃していて、歩き出してから報告してくれて、大笑い。あほだ~次はモバイルサイトを使って最新情報をチェックし、比較的待ち時間の短かったフィルハーマジックへ。35分待ちという行列に並んでいる間にYちゃんと二人、トイレへ走る。戻ってくるときに迷子になりそうになったり、並ぶアトラクションを間違えそうになったり(よくわかっていない二人が一緒にトイレに行ってはいかん)しつつ目的地に戻るも、並んでいるはずの二人が見つからなーいなんていう、ちょっとした騒動があったりしたが、なんとか無事合流それにしても最近の3D技術ってすごい。某ライブでは全く飛び出てこなかった私でもいろいろ飛び出して見えた~。まあ、今後もうちのTVを3Dにする気はありませんが。丁度時間となりスプラッシュMへ移動以前、コドモッチに「ウサギが可愛いよ」と騙くらかして乗せた挙句、「二度と乗らないっ」とひんしゅくを買って以来のご無沙汰というMちゃんに、これだけはなんとか乗れるというSちゃんもお付き合い。ファストパスのラインも混むことなく、スイスイ進み、あっという間に乗り場へ。なんと案内された席は最前列と2列目。「これはもう、お誕生日のMちゃんとスプラッシュMデビューのHANOIでどうぞ~」というYちゃんにまんまと騙され、乗り込んだ私。Mちゃんは気づいていたらしいが、スプラッシュMの先頭車はずぶぬれになるのだった二人してかわいそーーーな感じの前髪になり、末代までの恥となるような写真を撮られ(もちろん、買いません)爆笑のスプラッシュMとなったのだった。が、気づけばSちゃんが無口に。大丈夫か~~~?!山を下ってくると、ハロウィン&雨で縮小バージョンのパレードがちょうど通り過ぎていくところだった。その後は、速やかにビッグサンダーMのファストパスを取ったのち、新生・カリブの海賊で大海に出たり、ジョニー・デップ扮するジャック船長を見つけたり(ウソです、Sちゃんに教えてもらいました)して、進化するTDRを実感。合間の時間を利用して土産物を物色。Mちゃんの下されたミッションである「子供たちにお土産を買ってくること」を果たしておきたいし。Mちゃんがお土産を物色している間に、Sちゃんが、お誕生日シールよりさらにド派手なお誕生日バッチを発見し、購入。うーん、Mちゃん、ますますの羞恥プレイを強いられるのね次なる目的地はランチ上手いこと予約が取れたイーストサイドカフェへ。日ごろは子供中心でファストフードに走りやすいというMちゃんは、ゆっくり食事ができて大喜び。ここではデザートのジェラートをお誕生日仕様にしてくれた。Mちゃんが恥ずかしそうだったので、もっと恥ずかしがらせようとハッピーバースデーを歌う私たち。おばちゃんたち、童心に返る、の図。ぷぷぷぷ。まあ、仮装でいらしている方もいるくらいだし、夢の国では許されちゃうことでしょう。この調子で、午後も飛ばします
2011.10.15
TDLに行くか、TDSに行くか、決定権を持つMちゃんは悩んだ模様。「悩んでいるんだけど、どちらに行きたいかリクエストはありますか~」とのメールが。TDRベテランのSちゃんはきっとどちらも詳しいだろうが、私はシーに行けば、10周年にしてデビューが果たせるし、ランドならマイケルに会えるYちゃんはなんせトゥーンタウンができてからランドには行っていないし、シーもすでに遠い記憶のようだし、どちらに行っても絶対楽しいTDRになること間違いない。なので、ぎりぎりまで悩んでもらってMちゃんの行きたいほうへ行こうと返信。しばらくして、「ランドに決めました」とMちゃん。ただ「激混み予報が出ているよー」と心配そう。日頃乗ることができない、絶叫系を中心に3つのマウンテン制覇目指しちゃうぞっ!と思っていたのに、激混み予報日~?!しかも、Sちゃんがコースター系は苦手だという意外な事実が判明あははははは~。なんてこったー。それにしても激混み予報日とはねぇ。天気予報は雨ですってば~~~。当日の現地ガイドはSちゃんにお任せすることにはなろうが、同じ添乗員として足を引っ張ってはいかーん!ということで、予習にはげむ私(他力本願な手法ではあるけど)。整体受付嬢U-Tさんに、今回の趣旨とMちゃんの希望(普段乗れないものに乗る!)、そしてIのっちからのミッション(全員でプロカメラマンに記念写真の撮影をしてもらってくること!全員楽しんでくること!!)も含めて相談すると、案の定、出るわ出るわ、アイデア盛りだくさん。今どきのファストパス人気の傾向と対策を含めた上手な利用方法、雨の日のパレード対策、モバイルサイトでの情報収集方法やお誕生日シールの存在などなど、もしかしたら詳しいみなさんはフツーにご存じなのかもしれないが、TDRビギナーの私には言われなければ一生知らずに終わったであろう情報てんこ盛り。中でもお誕生シールをキャストにもらい、胸に張っておくとレストランやお店はもちろん、施設内のすべてのキャストが、気づいたときに「お誕生日おめでとうございます」と声をかけてくれるというではないか。こりゃもうなんて素敵な羞恥プレイふっふっふっ、Mちゃん、嫌がるだろうなー(いぢわるな私)。とりあえず、チケットを買ったらお誕生日シールをもらってスプラッシュマウンテンのファストパスをもらったら化粧崩れしないうちに、プロカメラマンによる写真撮影という計画を立てた。計画と呼ぶにはあまりにもざっくりした計画であるが、まあ、O型の私の仕切りなんてそんなもんだ。できれば食事の予約もしておきたかったが、こちらはSちゃんが調べてくれたところ、すでに予約でいっぱいま、並ぶしかないね~ということになった。きっとこれで午前中は終わるよね。そして当日。案の定、空模様は微妙U-Tさんのアドバイスに従い、いちいち手のかかる折たたみ傘ではなく長傘を持ってお出かけの私。野外ライブ時のお守りである雨合羽も持ったぜっまってろよ、ねずみたちっ
2011.10.13
はじまりは、友人Mちゃんのご主人・Iのっち(某グループのイ○ッチのお兄さんといった風貌の彼を我々は勝手にそう呼んでいるのだった)からの電話だった。ベトナムのことでHANOIちゃんに聞きたいことがあるらしいので、Iのっちから連絡が行くと思います、という話はあらかじめMちゃんから聞いていたので、何かしら~、Iのっち、家族でベトナム旅行でも企画しているのかしら~なんて思っていた私。ところが。Iのっちからの話は、私の全く想像していなかった展開だった。「実は、21日が妻の誕生日なんでプレゼントを考えていて。うちはみんなTDRが好きで家族でよく行くのですが、子供たちが一緒だと妻が乗りたいものにも乗れないので、HANOIちゃんやお友達何人かで一緒に行って貰えないかなと思って。『HANOIちゃんたちと行くTDRツアー!』として、みなさんもご招待して来週末のツアー企画をプレゼントできたらと思っているんです。何人かお声かけしてもらえませんか?」きゃーーーーーっMちゃんったらなんて幸せ者~~~そしてどさくさに紛れて招待されちゃう私たちってどうなのよっでも、そういうことであれば、費用のことはともかく、ひと肌脱ぎましょうということで、さっそく、友人4人に趣旨を連絡あいにく急なことでスケジュール調整ができなかった2名は欠席となったが、2人が参加表明し、MちゃんとSちゃん、Yちゃんと私の4人でのTDR行きが決定何を隠そう、私は10年近く前にTDLに行って以来のご無沙汰ぶり。TDRなんてすっかり浦島よ~と思っていたら、もっとつわもののYちゃんがいた。Yちゃんはなんと、トゥーンタウンができてから行ったことがない、最後に行った時にもファストパスはなかったというではないか。あははははは~、どんだけ~~~と笑い飛ばしたら、「でもワタクシ、その間にシーには行きましてよ」と、いまだシーが未踏の地である私に勝ち誇ったように言うではないか。ああ、なんたるレベルの低い争いよでも大丈夫、我々にはSちゃんがいる!Sちゃんは一時、年間パスポートを持っていたほどのTDR好き。きっと当日のガイドは完璧に違いない。そして私にはもう一人、心当たりがあった。いつも行く整体の受付嬢、U-Tさん。彼女はディズニーマニアである。いろいろ教えてくれるに違いない。ふっふっふっ、始まる前からすでに勝ったような気になっている私こうなったら、なんとしてもMちゃんに素敵な誕生祝いの一日を過ごしてもらわねばっ。こうして我々の準備が始まった(って、大げさな)。Iのっちから、こんなツアーチラシを作りました、と添付ファイルが届いた。同行するYちゃん、Sちゃん、私の3人は添乗員という位置づけ。一人のお客に3人の添乗員がつくというお大尽ツアーである。これを子供たちが寝静まった10日の夜、Mちゃんにじゃーんと披露するという。Mちゃんの、えーーーーーーっとびっくりする顔と、Iのっちのドヤ顔が目に浮かぶわぁチラシをみたYちゃんからも「Iのっちのハリキリっぷりが判りました(笑)」というメールが。こりゃ、今回は大人しくIのっちの計画にのって招待されちゃおう、ということに決定。一方、Iのっちからは、当日の費用をMちゃんにほいと渡すのは味気ないので、HANOIちゃんに事前に預けておくので、お支払いをしてもらえませんか?という依頼があったので、快諾。現地係員としてばっちりお仕事致しますぜ支払いについてはミッション遂行後の精算で構いませんよーと言ってみたが、それは申し訳ないし、当日渡してほしいバースデーカードがあるということだったので、朝のIのっち出勤時に私の最寄駅で途中下車していただき、受け取ることにした。ところが当日、ツアー予算とメッセージカードを持って登場したIのっちはもう一つ、紙袋を持っていた。そして恐縮しながらこう言った。「荷物になってすみませんが、これも当日渡していただけませんか?」おおっ、Iのっちってば、プレゼントも別途準備をしたのかっ手提げの紙袋の中に入っているスワロフスキーの紙袋がなにやら厳重に口を閉じられている。スワロフスキーの割れ物だから?それとも袋とは全く別物のサプライズが仕込んであるのか?実はこのプレゼントは当日、私たちにまでサプライズを巻き起こすのだが、まだその時の私はそれを知る由もなく。承知!と、『新撰組!!』のオダジョーのような気分で荷物も預かる。帰宅して考えた。この紙袋を持って集合したら、みやぎちゃんは、HANOI、何、大荷物なんだろう?思うにと違いない。そこで、手持ちの大きな鞄に紙袋ごと詰め直し、カメラや上着が入っているかのような顔をして持参することにした。あー、なんだかすっごく楽しみなんですけど~
2011.10.06
大道芸を楽しんだ後は映画である。今日は『僕たちは世界を変えることができない』を見るのだ!今どきの医大生が、ひょんなことからカンボジアに学校を建てようと思い立ち、悪戦苦闘する青春(?)物語。誰に頼まれたわけでもないのにアセアン応援団を自負している私。『はちクロ』以来(本当は『バンビーノ』でも見ていたはずだけど)注目し、現在若手俳優の中で私の好み度ストレートナンバーワンの向井理が演じるとあっては、行かねばならぬ。向井人気もあってか、なかなか盛況。入場口で『僕たちは……』を見る人にだけ別途チラシが配られる。似たような映画のチラシかな?と思いながら受け取ったが、席についてよく見たら、なんとJICAの海外青年協力隊やシニアボランティアの募集チラシだった(笑)。ちょうど移動の電車の中で、応募ポスターを見かけて「シニアボランティア、行く?」なんていう話をしていたところだったので、夫と大笑い。この映画を見て、よしっ、青年協力隊に行っちゃうもんね!なーんて思ってしまう人がいたとしたら、それはそれで心配なのだが、大丈夫なんだろうか。映画は、事実を基にしたフィクションということで、多少デフォルメされているのだろうが、「今どきの若いもん」というのを垣間見た気がした。一方で、カンボジアの事実をこれほどまでに若い人たちが知らないのか、と驚かされた。その昔、24時間TVでカンボジアの地雷原の特集を見て感銘を受けた職場の後輩が、番組で紹介されていた坂本龍一の地雷撲滅キャンペーンCDを山ほど買い込んできた事を思い出した。日本からほんの数時間飛行機に乗っただけでたどり着いてしまう国に、こんな現状があることを、多くの若い人に知ってもらうために、向井くんのような若手人気俳優が演じることは、一役買うのだろうなと思ったりした。正直言えば、映画の中での大学生たちの、生温い、青臭い行動には呆れるところも多々あったが、よくわからないけどやっちゃう若さみたいなものには感心させられる部分もある。そして実際に最後までやりきった、この映画のモデルとなった医大生と主要メンバーの4人組は実に立派だったと思う。劇中、登場する「ギャル男」風の学生が出てくるのだが、世の中に出て一番役に立つのは彼のような人なのかもしれない、なんて思ったり。帰りのエレベータの中で、号泣しているギャルがいた。おお、何か伝わったのね♪と思って見守っていると、友達に向かってこう言った。「もう、めちゃくちゃかっこよすぎるんですけど~」うーん……向井ファンにはちゃんと伝わったのだろうか今回の向井くんは決してかっこいい向井くんではなく、むしろダメダメな感じがよく出せていたと思うのだけれどね、私は。役者さんはみな、とっても頑張っていたが、ウルルンの拡大版のような感じがしたのは否めない。そしてあくまでも勝手な意見だが、主題歌は悪くなかったが、挿入歌がダメだったなー。挿入歌のシーンは結構大事だったような気がするのだが、歌のせいでちょっと安っぽくなってしまったような(ファンの方、ごめんなさい)。劇中登場する、カンボジアのガイドさんは、おそらくは役者さんではなく、本当のガイドさんなのではないかと思うのだが、彼の真に迫る言葉に実は一番心を揺さぶられた。私もカンボジアであんなガイドさんに出会えればよかったな……と思いながら、かつてバガン(ミャンマー)で何度かお世話になったゾウさんというガイドさんを思い出した。ソウさん、ご無沙汰しているけど、元気でやっているかな。●僕たちは世界を変えることはできない公式HPhttp://www.boku-seka.com/●僕たちは世界を変えることはできないトレーラーhttp://www.youtube.com/watch?v=rHPX9gzxwV4&feature=player_embedded
2011.10.01

友人と行きつけの焼き鳥屋で集まろうという話が出たところ、その日が恒例の野毛の大道芸の日であることに気付いた。おお、これは夫が喜ぶに違いない!とさっそく教えてあげると、案の定、なんとしても仕事を終わらせて行くという。野毛の大道芸、いったい何度見に行っていることだろう確認すると、大道芸は夕方4時まで。そのあと飲みだすにはちと早い。よし、映画の日だからついでに映画もみちゃおう、それから飲み会だ!とお楽しみ3本立て企画を立てる。桜木町の駅に到着すると、駅前で大道芸を披露しているおじさんが。ん?見たことがあるような顔だなあと思っていると、夫が「あ、あの人、いつもの人だ!カツラを取るとスキンヘッドの人」と言うではないか。ああ、そういえばあの人だ。大道芸人も顔を見てわかるって、向こうも常連だが、こっちも結構な常連ではないだろうかそんな毎回参加している大道芸人の常連を横目に、メインの野毛大通りに移動する。メイン通りに到着したのはちょうど2時頃か。大通り沿いにいくつか大道芸が披露されるエリアが設けられている。ちょうどとあるエリアでもうすぐ芸が始まる、といったタイミングだったので、オープニングから見ることができた最初に見たのはカナダから来たという大道芸人。これがもう、大道芸の王道という感じのちょっとB級感漂う大道芸人しかもトークも若干すべり気味。失笑しつつも、パントマイムやジャグリングを30分弱ほど楽しむ。投げ銭を入れる段になって、しまった!500円玉がないっ!!と慌てるが、夫の財布と私の持つ家計の財布に入っていた100円玉の合わせ技の400円で許してもらうことにする。その後、隣のエリアがにぎわっているので覗いてみると、先ほどのカナダ人大道芸人とは明らかにレベルが違うジャグリングを披露していた。むむむっと思い立ち止まってみていると、背後に「ジャグリング世界チャンピオン」なる看板がおいてあった。そりゃすごいわけだ~。しかし、そんな人がこんなところで本格的に見る体制に入る。なるほど、彼はジャグリングももちろん別格だが、体型も違う。上背はさほど大きくないが、彼の体型はアスリートのそれである。日ごろの練習量の差を感じるではないか。見せる技ももはや大道芸のそれではなく、ショーである。最後はディアボロを4つ同時に操るという大技を見せてくれたこれは相当難易度が高い技らしい。これは投げ銭、はずんじゃうもんねっと千円入れたら、ディアボロをくれた。夫に練習させるかもうちょっと時間があるねーと先に見ていたエリアに戻ると、こちらもまた丁度今始まらん!という絶妙のタイミング。今度はとび職人風の衣装を着た和テイストのけん玉大道芸。お兄ちゃんが軽妙で、技もなかなか見応えがある。ついつい立ち止まって本格的に見始めてしまってから思い出した。いかーん千円札しかないんですけどー大道芸を見つつもごそごそして探すと、私の財布に500円玉がやったー。これで安心して大道芸を最後まで見ることができる(せこい?)今回はほぼ、まるまる3ステージ見ることができたし、レベルも高かったので大満足。そろそろ行かねば映画が始まるよーと促すも、まだちょっと未練がある夫。そんなヤツのお尻を叩きながら映画館へ向かったのだった。●野毛大道芸公式HPhttp://www.noge-net.com/daidogei.htm
2011.10.01

北京でお会いしたSさんにいただいた中国土産の麻辣味の柿の種。製造元は我らが亀田製菓酒のつまみにいただく。いわゆる柿の種とは一味違う、舌がしびれる辛さは花椒風味?うんま~~~~どこかで見かけたら買おう~と思っていたのだが、上手いこと出会えなかったのだが、こんなことならもっと北京の町中で本気で探して買って来ればよかったー次回北京訪問の宿題がまた一つ増えたこれから北京に行く方、おすすめです今夜はこれをつまみに北京話に花を咲かせます
2011.09.28

我々が行く少し前、中国では中秋節のお祭りだった。この時期しか買うことができない月餅を買うのを楽しみにしていたところ、在北京のMちゃんが「HANOIちゃんが来るころには、月餅はないかも。買っておこうか?」と言ってくれたため、今回のチケ取りなどでさんざんお世話になったにも関わらず、ずうずうしくもお言葉に甘えて月餅まで買っていただくことにした。欲張りな私としては、美味しいという高級なホテルのものも、ローカルのものも食べてみたい。そこでホテルのものとローカルの人気店の両方を少しずつお願いしておいた。ホテルに届けられていた箱を見てびっくり!(箱が)デカイむかーし、むかし、月餅は、賄賂として中にお金を詰めて送られたという歴史があったらしい。その影響か、重いものがよし、とされると聞いたこともある。なるほど、重い、かさばる、と、まるで名古屋のういろうのようだ一方で、月餅は一人1個かぶりついて食べるものではなく、一つをみんなで分け合って円満のしるしとして食すものであるということを知った。そんなわけで、夫にもその旨を伝えて1個丸々食べさせず、カットしたものを半分こすることにした。 左がシャングリラ、右がローカルの名店・稲香村の月餅。本日のおやつは、まずは高級品、シャングリラホテルの月餅。 甘すぎず、くどいこともなく、上品な味で、間違いなく美味しかった
2011.09.19
北京でのすべての日程を終えて、いよいよ帰国の日を迎えた最後までホテルに残ったのは、成田組のYちゃんと羽田組のaさん。最終日の朝ごはんをYちゃんと二人バリバリ食べていたが、一向にaさんが登場しない。早朝にホテルを出たTさんが出発する際、一度目が覚めているだろうし、寝過ごしているんだろうか?それとも具合でも悪いんだろうか?と少々心配になってレセプションから部屋に電話をしてみると、「今、行きます」と。準備が遅れていただけか~と思ったら、登場したaさん、やはり二度寝して寝過ごしていたようだった。体調も万全という感じではなく、寝起きのユラ~~~~っとした感じで登場し、ご飯も食べずに朝食タイム終了。aさんのフライトは我々より3時間くらい遅い便だったのでチェックアウトまでホテルで休むという選択もあったが、結局一人で残っても……ということで、我々と一緒に10時にホテルを出発することに。部屋で忘れ物チェックをし、パンパンに膨らんだスーツケースをポーターに預け、時間ぴったりにロビーに出る。もう車が来ているよーと促されるが、もう一人一緒に帰るからちょっと待って~と言うと、aさんの部屋にもポーターがいるか?と聞かれたので、お願いする。そんなこんなでレセプションがちょっとバタバタしだしたときに、チェックインの西洋人3人組が登場し、狭いロビーはますますバタバタしてきた。ちょうどそんな時にaさん登場。みな、急かされるようにタクシーに乗り込むWハピネス、お世話になりました~♪車が走り出してしばらくしたところで、ふと気になりだしたことが確認するのが怖いような、確認しない方が怖いような。迷った末、先にロビーを出ていたYちゃんに思い切って聞いてみた。「私、確認しそこなったんだけど、スーツケースをトランクに入れたのって確認した?」 そう、私が車を見た時には既にトランクは閉められていたのだ。バタバタ急かされて、開けて確認をするのを忘れた「そういや、してないわ」とYちゃん。しかもこんな不吉なことを。「フロントからまでの間に、我々のスーツケースはなかったから 大丈夫だとは思うけど、そういえばポーターのおっちゃんが荷物運んで行った後、ちょうど西洋人がやって来て、彼らの荷物を運んでて忙しそうだったよね……」そういや、あの時、一瞬やけにバタバタバタっとしたんだよなードライバーに言って高速に入る前に車を止めてもらおうか……と思った矢先、いきなり車中の無線のようなものが鳴り響いた。何、何っ?!と思ったら電話のようだ。ドライバー氏、電話の主と何やらしゃべった後、助手席にいた私に電話だ、という。わ、私に~?!「ハロー」というので「ハロー」と答える。ところが、どうもこちらの声は届いていないらしい。「ハロー」「ハロー」と不毛なやり取りが続くが、あきらめたのか一方的に何やら捲し立てて電話が切れ、ドライバーがホテルに戻ると言った(ような気がした。中国語なもので)。「今、荷物がどうのって言っていたよね?!やっぱり、まさかのスーツケース積み忘れ」と振り返って言うと、ドライバー氏、腹に抱えた私のバッグをつんつんとつついた。やっぱり忘れ物だー高速に乗る前でよかったよ~と思いつつ、通いなれた狭い道を通りホテルへ戻るとレセプションのお姉ちゃんたちが外で待っていてくれた。そして、忘れ物よ~と差し出してくれたものはプラスティックの小さな札。?????????困惑する私。すると背後からaさんが「あー、私だ!」と叫ぶ。そう、それは15日にTさんがうっかりマッサージ店から持ち帰ってしまった靴の交換札であった。17日にマッサージに行く予定だったaさんが返すはずだったが、aさんがマッサージ行きを取りやめたためにそのまま持っていたものを、ホテルのテーブルの上においてきてしまったらしい。「T~~~~」と、その場にいないTさんのせいにして大爆笑それにしても、ホテルWハピネス、なんてちゃんとしているの~~~~。はちみつを山ほど忘れてもなしのつぶてだったハノイタワーとは大違いせっかく車を降りたのでトランクの中のスーツケースを確認余裕をもって動いていたので、時間も問題ない我々は、これまで比較的順調な旅を続けていたけどここにきてこんなアクシデントが!と爆笑しつつ、余裕で空港へ向かったのだった。のちにこんなことはアクシデントとは言えない、という強烈な話をAちゃんから聞くことになるのだが、そのときの我々はそんなことは知る由もなく、自分たちのアクシデントが今回の北京の幕引きになったと信じて疑わなかった。 空港到着後、aさんはまだチェックインできない事実が発覚し、ここでaさんともお別れすることに。出国手続きの大行列にくらくらしながらも残ったプリペイド電話で電話しようと思い立つ。Aちゃんはどうしているかしら~と思ったものの、もう機上の人のはず、ということで、夫とYちゃんの実家にこれから帰るという電話を入れた。その後、横入りされそうになって人民を威嚇したりしつつも、無事出国。残った人民元で当初の予定通り、太極拳パンダTシャツを買い、コーヒーを買って機内へ。思いのほか時間に余裕がなく、最後の搭乗者となったのだった が、しかし、慌てて搭乗したものの、その後一向に飛び立つ気配はなく。当然ながらその間、ドリンクサービスもなく、ああ、駆け込みでコーヒーを買っておいてよかった~とコーヒーをすするそしてふと思い出し、Mちゃんからの差し入れサツマイモチップスの残りをバリバリ食べ始める私たち。いきなりおやつタイムを始める我々に人民もびっくりであろう。機内でも寝ることもなく、バカ話をし続けた無駄に元気すぎる我々が成田空港に無事降り立った直後。携帯の電源を入れたとたんに、Aちゃんからの衝撃的なメールが。夕べ我々と別れたあと大連経由で帰国する予定だったAちゃん。当初より10時間のトランジットと聞いて驚きを隠せなかったのだが、空港で時間をつぶすつもりだということで、まあ、Aちゃんなら楽しく過ごすことだろうと高をくくっていた。 なのになのに……。大連空港、まさかの夜間閉鎖!結局、空港を追い出され、たまたま出会った日本人と一緒にホテルへ移動したというではないかっ。なんてことーっ!大体、そこでホテル代がかかったら、格安だからと言って経由便を選んだ意味がないじゃーないのーっでもここでまた私は、この渦中の人が海外旅行に不慣れなKさんじゃなくてAちゃんでよかった、と思ってしまったのだったそれにしても、最後の最後まで体を張って話題を提供し続けてくれたAちゃん。本当にありがとーハプニング尽くしがあなただったからこそ、私たち、心配しつつも爆笑していられましたそして、これが人生最初で最後の中国大陸入りだ!なんていいながら出かけたくせに、北京、ご飯も美味しいし、マッサージも安くて上手だし、バンコクより近いし、また行ってもいいかも~なんてすっかり前言を翻し、次なる北京訪問を検討する私。それもこれも現地駐在のMちゃんの心づくしのアテンドあってこそ。こちらも本当にありがとうございました次の訪中は、四十八式太極拳をちゃんと覚えてからにしようっと
2011.09.18

我々の旅の最大の目的も終わった。そして私の個人的な旅の裏目的である太極拳公園デビューも果たした。早朝便での帰国組はとうにホテルを出発していた。そんな17日の朝。雨男のイベントが終わったせいか、北京は晴天残されたチームWハピネスの面々にとってはもはや消化試合みたいなもんではあるが、せっかくなので残留組のaさん、Tさん、Yちゃんと世界遺産である頤和園に行ってみる。地下鉄を乗り継いで約40分。頤和園の最寄駅へ到着。しかし、到着した後のインフォメーションが驚くほどなくて不安になる。一度駅まで戻って地図を確かめるがよくわからない。まあ、こっちだろうと人民の流れについていくと怪しげなバックスバニーが甘栗を売る頤和園入口へ到着した。 ここもまた中国の観光地らしく、だだっ広い。しかし入口は狭いので、チケット売り場はまたまた人・人・人である。やはり中国は人民の数が半端じゃない。北京市内より涼しい(というか肌寒い)なーと思っていたら、このあたりは夏の避暑地だったとか。なるほど、軽井沢や那須の御用邸みたいなものなのね~と納得。頤和園なる世界遺産に行く、ということだけ決めた後はまるで予習をしていなかった私。サマーパレスと呼ばれた避暑地であったことも、西太后が隠居後に住んでいたこともYちゃんの発言で知る体たらく。まあ、知ったところで西太后もよく知らない人だし……っな話ではあるのだが今回の訪中で気づいたのは、自分がどれだけ東洋史(というより中国の歴史)を避けて生きてきたか、ということである。これほどまでになーんにも知らないというのは、曲がりなりにも歴史を学んだものとしては恥ずべきことではあるが、それでもこれを機に「いざ、中国史を学ばん!」という気持ちにはならないのだから、まあ、仕方がない。いい景色といい空気を味わいつつ、友人たちとくだらぬおしゃべりをしつつの園内を散策するのは無論楽しいものであるが、やはり私は町中での人とのやり取りが好きなんだなあと実感。この頤和園観光で一番楽しかったのは、帰り道の人力(では実はなかったけれど)車のオッチャンとの値段交渉だったりしてこの辺りの交渉は昔取った杵柄でお手の物。北京に3日もいれば相場感も大体判ってくるし、彼らが使うトリッキーな値段表示(1台当たりの値段なのか、一人当たりの値段なのかあいまいな言い方をする。このため双方都合のいい解釈で理解し、後々揉める原因になりかねない)などをはっきりさせて交渉成立。あとで現地在住のMちゃんと話をした際に、それは安いねと合格を頂いたのだから、おじちゃんたちも苦笑いするわけである。そのあとはお土産購入組が王府井でお買い物をするというので同行。Yちゃんが事前チェックしていた店を覗くが、何かいいものがあれば~という程度の私は、すぐに飽きてしまい(ここもすごい人だった!)、待ち合わせ場所になっていた店の出口へ。予定の集合時間より15分以上早かったので、どうする?!と思っていたところ、ちょっと人だかりになっているソフトクリーム屋さんを発見どうやらお茶屋さんのやっているソフトクリーム屋のようで、抹茶味とジャスミンティ味の2種類があるようだ。ふらふらと近づき、あまり整然としていない列に並ぶ。そこで、おお人民も行列ができるじゃないか!とちと感動。ジャスミンティソフトクリームはさっぱり目で美味しかった。ちべたい甘い物で生き返る ソフトクリームを食べていると、時間より早めに買い物を終えた3人も登場したので、なにやらいわれのあるマンホールを見てからホテルへ戻ることにする。ホテル到着後、いろいろとハプニングがあってホテル待機をしていたAちゃんと合流し、昼間Aちゃんや一足先に帰国したPさんに巻き起こった事件話を聞く。なんでもPさんが一人で行った前門で謎の封鎖事件があり、Pさんは脱出にひと苦労したとか、aちゃんのレンタカーが火を噴きそうになり車がつかえなくなったなどという話を聞き、まさかの中国爆発事件シリーズに身内が関わることにならなくてよかったとホッとしたりしているうちに夕飯の時間となった。食後、そのまま車で空港に向かう予定のAちゃんはチャーターした車で追いかけてくることになり、我々は北京最後の晩餐、北京ダックの店にてくてく歩いて向かうこのホテルからレストランまでの道のりにも心惹かれる一杯飯屋風の店が立ち並んでいた。次回はぜひこういうところにも挑戦してみたい!たどり着いた北京ダック屋は、思っていたよりもうんと高級店の香りを漂わせていた。後から聞いたところ、この店、なんとリーダーご一行も行ったとか行かないとか同じ北京ダックを食べたのねー。でもきっと我々のほうがダック以外のおいしいものを食べたに違いないなんといっても我々にはMちゃんがいるっそれにリーダーがオレンジのスープ食べるとは思えないしね~ ここでは、北京入りの前から始まり、滞在中ずーーっとお世話になったMちゃんと最後にゆっくりと食事ができたことが何よりだった。そして、万里の長城捻挫事件以降、共に行動ができなくなり、思いのほか話をする時間がなかったAちゃんともやっと落ち着いて顔を合わせることができたのもよかった。本来一番食いしん坊であるAちゃんが美味しいご飯にありつけないという惨事もあり、胸を痛めていたのだが、最後に中国ならではの豪華な食事を堪能してもらえてよかった~そして、この後、まさかAちゃんに次なる事件が待ち構えているとはつゆ知らず、大連経由にて帰国する彼女をみんなで見送ったのだった一人減り、二人減りとだんだんさみしくなったチームWハピネスにも終わりが近づく。Mちゃんが食後、中秋節の時期だけ行われているランタン祭りに誘ってくれるも、翌朝出発が早いTさんとお疲れのaさんは先にホテルへ帰ることになり、Tさんとはここでお別れとなる。アメリカに帰るTさんには次はいつ、どこで会えるのか。楽しみでもあり、さみしくもあり。そんな中、MちゃんとYちゃんと3人で出かけた龍潭灯会。 会場となっている公園は広くて、人出もそこそこ。人・人・人!という印象が強かった中国の観光地だが、ここはゆっくり楽しむことができた。長崎のランタン祭りに行ったことがあるYちゃんが「長崎のほうが中国っぽい」と感想を漏らしていたのが可笑しい。Mちゃんいわく、公園内の工事の関係か、例年よりランタンの数が少なかったという今年のお祭りではあったが、我々は十分に堪能♪そして思ったより時間がかからなかったということで、Mちゃんがさらにマッサージにも連れて行ってくれることにが、しかし、週末の夜のマッサージ屋は激混み。やっとの思いで予約が取れた足マッサ屋では、なんと予約した時間から30分以上待たされた。しかも3人一部屋じゃないしーMちゃんとおしゃべりできないじゃんねーと文句を言っていた私たちだが……。左足をもまれ、「うん、痛いね、そこもいたいねー」なんて言っていたのもつかの間、あっという間に爆睡体制に入ったようで……気づいたときには、はい、おしまいってな感じだった。本当に右足も揉んだのかーっとインネンをつけたくなるほどまったく揉まれた記憶がない右足(でも靴は緩くなっていたのだから、ちゃんと揉んでくれたことは間違いない)。なんてことはない、同室でもMちゃんとのおしゃべりできなかったことだろうそんなこんなで、勉強不足&詰め込みすぎのよくばり北京4泊5日の旅、最後の夜は更けていったのだった。
2011.09.17

思えば、ここまで長い道のりだった……。忘れもしない昨年の8月1日。札幌二日目にあった上海公演の発表 一緒にいたAちゃん、Yちゃんともども気もそぞろになったあの日。 チケの入手はぶっつけ本番、という状況に恐れをなし、上海万博は諦めていたYちゃんと私ですらそうなのだ。上海万博から行く気まんまんだった面々の心はこの時千々に乱れていたことだろう。 しかし、彼らが行くなら行かねばならぬ!という使命感(苦笑)で今度こそ我々もと、帰宅して真っ先に上海行きのツアーを押さえた。 そこから日本のツアーを経て、9月の東京ドーム最終日を迎えるまでの我々の熱い夏 ドーム最終日、ついにオーラスという感慨の中でも、いや、すぐに上海がある、我々の真のオーラスは上海だ!という思いもまたどこかにあった。まさかそのほんのわずか二日後に上海公演がキャンセルになるなどとは夢にも思わずに尖閣問題による治安の悪化、表面上がのキャンセルの理由だった。が、実は、中国からの嫌がらせとも思える機材搬入不可の通知によるドタキャンだったと某筋からの話を聞き、中国政府への怒りを隠せなかった我々。 その後、いつまでも上海公演のチケット代を返金してこない中国のチケット販売会社との度重なるやり取りは、我々を中国嫌いにさせるには十分だった。 10か月近くが経ち、ようやく返金されたチケット代。このタイミングで?と嫌な予感がよぎったが、案の定、間髪入れずにあった北京公演発表ああ、そうですか、今度は北京ですか……がっくり肩を落とすも、のろのろとPCを立ち上げ、北京行きツアーを探す私。なんという悲しい性。いや、バカですわ しかしそんなバカは私だけではなく、結局、今回はお仕事でどうにもならなかったLA在住の友人を除く、上海に行く予定だった面々が再び北京行きに名乗りを上げた。ああ、どこまでもおバカな私たち(苦笑)。そんな苦労や心労を抱えつつ、ついに迎えたこの北京公演だった。 万が一にも夕方、タクシーがつかまらないなんてことがないように、ランチ後、一度ホテルに戻るが身支度をして、かなり早めではあったがホテルを出る。 市場へ向かうタクシーの窓からライブ会場である公人体育場が見えて、ようやく本当にライブがあるんだという実感がじわじわ。うー、本当にここまで長かった…… しかし空模様は微妙。あまり雨が降らないこの時期の北京だというのにどこまでも雨男の彼らはまた一雨降らせるのか 雷はやめてね、雷は。と、途中で中止なんてことならないよう、ただ祈る。 とはいえ、先発のタクシーにのった友人と合流後は市場で買い物をしたりして、やることはちゃんとやっている私たち。ここでかつて香港在住だったaさんの香港仕込みのものすごい値切り交渉に一同度肝を抜かれる人あり、おびえる人あり。あはははは 若いころは私もああだった~なんて懐かしく思い出したりしつつ。 開演までまだ少々時間があったが、ぎりぎりだと不安なのでこれまた早めに会場に向かう。大勢集まっている中国のファン。会場やその前にある巨大ポスターの写真を撮っている中国のファンを見て、国籍は違えど、ファン心は同じなんだな、と思う。 ラッピングバスに興奮し、美容院に張り出された巨大ポスターに興奮!と大騒ぎをしつつ、会場を目指す。会場へ入ると、いかにも「ここは発売していません」という空席エリアが多くて驚く。スタンド前方はすべてロープ貼って塞いであるし、当初から各サイトで色が反転していて購入不可能となっていた280元エリア(ステージ正面スタンド)も売られた気配がない……。だったらブルーシートをかけて見えなくしてあげて。ステージ上の彼らにはまるきり空席に見えるじゃないのそんな不満を抱えつつ、開演を待った。時間ぴったりにOPのVが流れ始めた。 きゃーっきゃーっきゃーーーーっにわかに盛り上がる会場。立ち上がる私たち。 日本でもおなじみだった登場V。メンバーの顔が大写しになる。会場からは大歓声。開演前の入念なステージチェックで、今回の公演では大掛かりな演出はないと判断していた私たち。覚悟はできていたが、案の定、少々地味なスタートを切るが、どのメンバーもおおむねビジュアルよし。ダンスのキレもいいが、しかし、なんだかちょっと見づらい。ワタクシ、老眼が進んでいますかねそれとも久しぶりのライブなのに、復習していなかったから見どころをちゃんと押さえられていないのか? ちょっと復習を怠ったことを悔みつつ、なんとなく、完全に着火しない感じ。 あ、いつまでも客電がついているからか?!早く後方の櫓の照明落とせーこれは後から言われて気づいたのだが、どうやらステージの照明が暗かったらしい。だからメインステージが見づらかったのか。乱視の私は薄暗がりが一番見づらい 仕方ないので、モニターも使ってしっかり見よう、と思うが、リーダーのソロでは彼が抜かれているはず。そう思ってモニターを見るとなぜか抜かれているのは別メンバー。 おいっ今日のカメラはどこが担当しているんだーっ、このへたくそっ ずっとずっと何か物足りない感がある。なんだろう。 微に入り細に入りしっかり記憶できているタイプの人と違い、何が物足りないのかなかなか気づかない私。もやもやが続く。そんなぼんやりさんな私も途中でやっと気づいた。特効がないんだーそうか、火の気、厳禁なのかー派手な花火に特効も彼らのライブの醍醐味なのに。 前評判では「すべての機材を日本から持ち込み、今や節電モードの日本では二度とできない規模のライブを実現」という話だったはずの今回の北京公演。が、しかし……、蓋を開けてみれば……。そんな環境の整わない中、彼らは本当に頑張ったと思う。いいパフォーマンスをみせてくれた。 いつになくキレのいいダンスを見せる人あり張り切りすぎて声がひっくり返ってしまう人あり雨の中、見事にバック転を決める人あり かわいこちゃん(友人談:笑)あり 雨でかわいそうな感じになるも、なりふり構わず、踊り熱唱する人あり ただ、ただ、やっぱり言わせていただきたい。 彼らのライブはホントはこんなもんじゃーないのよーーーーーっと。 一番残念なのは、北京だからこそ、チケットが入手できて気軽に来ているであろう一部の現地在住の 日本人たちに「あー、彼らのライブってこんなもんなんだー」と思われてしまうこと。たとえば、私のお隣は現地在住Mちゃんのお友達夫妻であった。ご主人は奥様のお付き合いでいらしていたようだし、奥様は某後輩グループのファンだった。まさに、北京公演ならでこそ、という客層である。 そしてMちゃんのように初のアイドルコンという人たちもたくさんいたはず。 こういう人たちにも「さすがっ」と思ってもらえるような、万全のライブを見て欲しかった。MCでは中国の古舘みたいな人が出てきて仕切られてしまったのにはなんだかなー感が 確かに言葉の壁はある。でも通訳をつけるなり、字幕を入れるなり、ほかにも手段があったのではないだろうか。そうでなければ、いっそMCはなし、だってよかったと思う。 だいたい日本に来る外タレのライブだって、日本語での挨拶は「コンバンハー」やら「アイシテマース」くらいのもので、あとは英語ではないか。しゃべる時間だって、本国でのライブより、うんと短くなっているはずだ。それでいいのだ。 加えて、北京公演では彼らが中国語で3曲歌った。まあ、テレサ・テンの歌はいい。人民も喜んで大合唱だったし。 しかし「世界に一つだけの花」や「夜空ノムコウ」といったオリジナル曲を中国語で歌う必要はあったのか。 私はマイケル・ジャクソンに日本語で「スリラー」を歌ってほしいと思ったことはない。 ビリー・ジョエルは日本公演では日本語で「オネスティ」を歌ったか震災支援の中国への感謝の言葉を含めて、そこまで「中国」に媚びる必要があるのか、と思わされる演出に加え、♪仕事だからとりあえずがんばりましょう~♪感なご挨拶をさせられる彼らに、ちょっと切ない気持ちになったりしてしかし、なんだかんだ言ってもこれで一区切り。私たちの長かった『We are ~ 』ツアーが終わった。彼らもホッと一息と言ったところだろうか。メンバーの笑顔に偽りはなかったし。 終わりは始まり。 デビュー20年という節目の年を経て、彼らの次なる新しい一歩に期待するのみ。 そして今後は彼らのバリューを下げるような仕事はしないで欲しいと切に願うのだった。 セットリスト 19時39分開始 1.This is love 2.SWING (中国語挨拶) 3.SHAKE ジャンクション 4.がんばりましょう 5.Dear WOMAN 6.僕の素晴らしい人生 7.セロリ 8.君は君だよ 9.BANG!BANG!バカンス! 10.月亮代表我的心(月は何でも知っている) ~MC~(中国語司会者&通訳) 11.世界上唯一的花(世界に一つだけの花) ジャンクション 12.グラマラス(1コーラス) 13.そっときゅっと 14.ダイナマイト 15.KANSHAして 16.FIVE RESPECT ジャンクション(We are SMAP! -Funky Lude-) ショートムービー 17.オレンジ 18.らいおんハート 19.not alone (日本語で挨拶) 20.夜空的彼岸(夜空ノムコウ) ジャンクション(We are SMAP! -Bounce Lude-) 21.SMAPのポジティブダンス 22.Going Over 23.$10 24.青いイナズマ 25.Let It Be 26.We are SMAP! ~アンコール~ 27.オリジナルスマイル 28.ありがとう 21時47分終了
2011.09.16

公園デビューを終え、気をよくして天安門へ向かうことに。朝ごはん代わりにパン屋さんでエッグタルトを調達し、地下鉄に乗って天安門まで移動天安門広場については、ハノイにあるホーチミン廟の前のような雰囲気を想像していたが、思っていたほどには整然としているわけではない。そして、人・人・人そういえば、ここにきて、今回の旅で初めて日本人を見かけた。天安門広場の植え込み付近に座り込む人民と並んでエッグタルトを食べる。これがとっても美味しいこんなところでものを食べている日本人観光客はいないのか、人民に何やら話しかけられるが判るはずもなく。はっ?という顔をすると、向こうもなんだ、わかんねーのか、といった感じで、はぁっ?!という顔をして不愉快そうに去っていく。何だったんだろう門をくぐり故宮に入るとますますすごい人西洋人観光客のツアーもたくさん。ツアコンはそれぞれ目印になるものを持っているのだが、ひときわ目を引いたのがこれ。Yちゃんと「あなたとあなたはう○こグループですから、ここに集まってくださいね~、とか言われたらすっごく嫌……」と言って、まるでう○こグループに入れられたかのように不満を言いあう。土産物屋の軒先にはかわいくない干物のようなパンダが悲しげにぶら下がっていた その後も、匍匐前進をする軍人の人形など、キッチュともいえないようなしょーもないものが売られていた。当初はきちんと世界遺産観光する気だった私だが、人いきれにやられ、この場を立ち去りたくなってきた。そうだ、私はロンドンに行ったってバッキンガム宮殿や衛兵交代も見ていないし、パリでも凱旋門もエッフェル塔も訪れていない女人がいっぱいいる観光地は苦手なのだったー。一人なら迷わず踵を返すところだが、同行しているPさんやYちゃんはきっと世界遺産も見たかろう、そう思っていると、誰からともなく、もういいや~~~的な発言が。ああ、あなたも、あなたもそう思ったのね~~~と嬉しくなる。3人とも故宮の中に入るまでもなくおなか一杯になってしまったようだった。意見の一致を見て、そそくさと故宮を後にする我々。それにしても、朝の天壇公園といい、世界遺産の立場はいったいそれでも、故宮の周りのお堀のような溜池は静かで雰囲気があってなかなか良かった。遊んでいるかのような公安の訓練風景も見ることができたし 車が往来する道まで出てタクシーに乗る。こうなったら南鑼鼓巷へ行ってしまおうではないかということで運転手さんに行先を告げる。南鑼鼓巷に向かうタクシーから鼓楼を車窓観光(笑)。南鑼鼓巷は老北京、と呼ばれる古き良き北京を色濃く残したエリア(らしい)。 きっと裏道も含めてだらだら歩くと楽しいのだろう。勝手に、うん、ここはハノイでいうとニャートー&ニャーチュンね、と納得しつつ、土産物屋を冷やかす。時間があまりなかったため、メイン通りをさーっとみるだけになってしまったのがかえすがえすも残念。ランチのため、現地在住のMちゃんと待ち合わせていた場所に向かう前に、朝の太極拳をパスした3人と合流し、待ち合わせの場所に向かう。実はMちゃんとは20年ぶりの再会。そう、そんな久方ぶりのコンタクトにも関わらず、最大のウェルカムをしてくれたMちゃんに感謝20年ぶりのMちゃんはぜーんぜん変わっていなくて、相変わらずおっとりしたかわいい人のまんまだった。なんだか嬉しいランチはMちゃんとそのお友達を含めての大所帯で、中華の醍醐味を味わう。ひゃー、もう食べきれませんて~というくらいの料理が並んだのに、一人50元。さすがジモティご推奨美味しそうなお料理が出るたびに、一番食いしん坊のAちゃんが参加できなかったことをみんなで残念がる。円卓では、お料理が目の前に置かれるYちゃんにお料理の写真担当を依頼。以降、日ごろ食べ物の写真を撮らないというYちゃんがプレッシャーを感じつつも、カメラマンを担当することに。謝々。さんざん食べて満腹になった我々を待ち構えているのは、メインイベントである。なんだか実感がわかない。うーん、なぜ?ここにくるまで、早1年。長かった、これまでの道のりを思う。まさに、江戸の仇を長崎で、ならぬ、上海の仇をBeijingでという気分。我々の苦労は報われるのかっ
2011.09.16

今回の私の北京入りの裏目的である公園デビューの日がやってきた。 この日、早朝にも関わらずお付き合いいただいたのはPさんとYちゃん。 地下鉄で行こうかタクシーで行こうか迷っていたところ、Jさんがあっという間にタクシーを呼んでくれ、これまたこんな時に限って、タクシーはあっという間にやってきて、準備もままならぬままバタバタと3人、一路、天壇公園へ天壇公園は実は世界遺産にもなっていて、いくつか見どころの建築物などもある。が、今日の私の目的は世界遺産ではなく、人民との交流である。よくわからぬまま入場チケットを買い、園内へ入る。ついでに園内マップも買ってみる。 広い……はたして我々は太極拳をやっている一行と出会えるのだろうかすると、門を入るとすぐに、マンツーマンで剣の指導を受けている人を発見。おおなんとなく気分も盛り上がる左手にうっそうとした森が広がっており、ジョギングする人たちがちらほら。 よし、まずはこっちに行ってみよう!と3人で歩き出す。しばらくするとPさんが 「あそこで太極拳やっているんじゃ?」と指を指す。 よーーーく見ると、森の中で仙人のようなじいさんが太極拳をしているではないか あんなじーさんを見つけることができたPさん、天才 つつつつつーーーーと、仙人じいさんに近づく私たち 遠巻きに見ていると、ところどころ知っている動きがあるものの、何をやっているのか今一つわからない。しかし、Yちゃんに 「HANOIちゃん、行けーっ、突撃隣の太極拳っ」と指令を出され、仙人の後ろに回り込む私。 見よう見まねで太極拳のようなものをしつつも、なんか違う~~~と悩み続ける。 しかし一番驚いたのは仙人であろう。向きを変えたら、いきなり自分の目の前で見知らぬ女が太極拳のようなものをしているのだから迷惑な話であるしかし、さすがは仙人。動じることがない。私なんぞ目に映っていないかのようだ。 しばらくすると、Yちゃんから次なる指令が出た。 「Pさん、行けーっ、突撃隣の太極拳第二弾っ」 Pさんは日本で太極拳なんぞしたことはない。にもかかわらず果敢にも北京での公園デビューを果たしたのだ。素晴らしい終了後、仙人に包拳礼をして、お礼を言うとやっとにこにこ笑ってくれた。仙人に「二十四式」、「三十二式」、「四十八式」と書いて紙を見せると四十八式を指差した。あれ、やっぱり四十八式だったんだ~。 実は、私はまだ四十八式は四十あたりまでしか習っていない。そして私が突撃したのは、仙人が終盤に差し掛かったところだったので、ワケが分からなかったのだろう。しかも私の先生はどちらかというと武闘派の力強い太極拳をする人なのだが、仙人のそれははんなりしているので、なおさらだ。 「四十八式、学習中」と書いて見せると、にこにこしてうんうん、と頷いていた。そんな仙人に別れを告げて、再び歩き出す。 Pさんが「もっと、大人数でやっているのを見たいよねー」とやる気満々の発言をしているものだから、気をよくして次は団体戦を目指す。何やら音楽がかかっているにぎやかなエリアを行くと、気功を取り入れた不思議な体操をしている一行と出会った。ここで、それまで私とPさんをネタに笑い転げていたYちゃんに指令が下る。 「体操だから、今度はYちゃん、突撃!!」 体の固いYちゃんが体操に乱入するが、人民、我々のことを気にかけつつも体操を続ける。あはははははは笑える~~体操をしているYちゃんを見ていたところ、後ろのほうで太極拳の動きをしているおっちゃんを発見。よし、あの人に聞いてみよう。駆け寄って、メモを見せる。 「我欲見太極拳」 おっちゃんは、体操をしている一番後ろのおばちゃんに何やら言ってくれた模様。おばちゃんが体操を中断して、説明してくれる。園内マップを指してこう言った。「このあたりに『劉京平老師』がいる。わからなければ、このあたりまで行ってこの紙を見せろ」と老師のお名前を書いてくれる。謝謝。おばちゃんにお礼を言って、老師探しの旅に出る我々。 しかーし、人民に限らず、外国ではは知っていても知らなくても知っているというし、教えてくれる先も人によって違う、なんてことはザラなので、まあ、当たって砕けろ、程度の気分で歩き出したが、おばちゃんが言っていたあたりで、ちゃーんと太極拳グループを発見することができた。おばちゃん、疑ってごめん。 少し開けた広場になっているその場所には、結構大人数の3グループがいた。 1グループは剣の練習中。もう1グループは怪しげな気功体操。もう1グループは思い思いに太極拳の練習中といった感じ。 どうしようかなーと物色していたところ、聞きなれた二十四式太極拳の音楽が流れ始めた。やったー!! 走りこんで列の一番右端に入り込む。24式なら端っこになっても大丈夫だし 無事、24式を終えると次は32式になった。これもなんとかクリア。次は48式か?と思ったら案の定そうだった。 48式は端っこに立つと途中で困るんだよな~実は32式のときも怪しいところを 隣のおばちゃんを見本にしようとしたのだが、このおばちゃんが私よりへたくそだった しかし、向きによってはそのおばちゃんしか見えず、お手本がないのである。仕方がない、できるところまでやって抜ければいっか、とその場所をキープ。案の定、後半で ぐずぐずになり、習ったところが全部終わったあたりで潔く抜けることにした。 本来、48式が終わるまで待ってご挨拶すべきであったが、別行動しているメンバーとの故宮での待ち合わせ目標時間も迫っていたので、中座することに。目が合った時に、老師と思われる人に包拳礼をしてご挨拶するとにっこりしてくれたので、写真を撮って立ち去る。 地下鉄駅までの帰り道にもたくさんのグループが太極拳をしていたので、おお、こっちが太極拳ゾーンだったのね~、と判明。次回は(次回があるのか?!)最初からこっちに来よう(笑)と言いながら地下鉄で天安門へ向かったのだった。 天壇公園は、北京とは思えないほど空気もよく、早朝の凛とした空気はとっても気持ちがよかった。予定通り公園デビューを果たした私は大満足だったし、Pさんも公園デビューができて喜んでくれたし、Yちゃんは腹がよじれるほど面白かったと言ってくれたので、よかったーやはり、早起きは三文の徳ってことで
2011.09.16
北京はタクシー事情が悪い、とは聞いていた。確かに、北京に行ったことがある友人は、終日ショーファー(お抱え運転手つきレンタカー)を使うことを勧めてくれていた。しかし、まー、そうは言っても食事の移動だけだし……思っていた我々が甘かった。北京のタクシー事情の悪さは思っていた以上だった。 美味しい雲南料理を堪能した後は、レストランを出てマッサージに向かうことになっていた。人力車でお迎えに来てもらったAちゃんと付き添いのJさんと別れを告げてマッサージ組8人での移動である。たぶん、この中でタクシーを拾うのが一番上手なのは私であろう、と根拠のない 自信で、上手いこと捕まえたタクシーに先に4人に乗ってもらい、店の名前と地図をドライバーさんに伝え、向かってもらう。残された運命共同体は、aさん、Pさん、Yちゃんの4人。4人できょろきょろしながらタクシーを待つが、ぱったり通りかからなくなる。 うーーーむ、予約の時間が迫っているんですけど しばらくするとタクシーが一台やってきた。手を挙げると中に人が乗っている。あー、残念!乗っていたか~と思ったところ、少し先で停車した。どうやら降りるようだ。 よっしゃーっとタクシーに向かおうとしたところ、我々とタクシーの間にいつの間にか 入り込んだ人民ガールズ2名がっ この車、取られてなるものかっと、日ごろめったに走らない私がダッシュ人民ガールズを追い抜き、タクシーのドアに手をかける。私の必死さに人民ガールズは身をよじっての大爆笑である。これなら喧嘩にはなりそうもない、と判断した私。 振り返って 「私たちのほうがずっと前から待っていたんだからねっ!!」と叫び(もちろん日本語)、 タクシーに乗り込んだ。 乗り込んだはいいが、タクシーのおっちゃんがいまいちわかっている感じがしない。 そこで電話番号を見せて「わからなかったら電話して聞いて」というと、おっちゃん、お前が電話しろ、という。片言の日本語が通じると聞いていたのでマッサージ屋に電話して、少し遅れることを告げたのち、道を説明してもらう。 少し走るとそれっぽい街並みにたどり着くも、おっちゃん、今一つ自信がない模様。もう一度電話しろという。オイ電話したところ、今から迎えに行くからここで降りて待て、と。ドキドキしながら4人で待っていると、にこにこと気のよさそうなおっちゃんがお迎えに来てくれたマッサージは上手でリーズナブル。ベトナムよりコストパフォーマンスは良い まずは足裏からスタート。途中、雨が降り出した、とお姉ちゃんたちが言っている。 げ、雨「帰りのタクシーつかまるかしら」と呟くと「タクシー、大丈夫~」と大した根拠はなさそうだが、言っているので信じてみることにした。 足裏終了後、部屋を移り、ベッドで横になる。昼間の疲れもあって、裏返しになったあとはぐーぐー寝てしまったようだ 突然何やら温かいものが背中に乗せられ、びっくりして目が覚めた。ホットストーンだ~ ちょっと肌寒かった施術室での、じんわり温かいホットストーンには癒された。幸せ マッサージ中はタクシーのことなど忘れていたが、我々には帰りの足の確保という大仕事が残っていた。 受付に向かうと、一足先にマッサージを終えた先着チームはすでに帰ったという。4人でタクシーを拾ってくれるというマッサージ屋のお姉ちゃんとともに店を出る。外に出ると、一雨降った形跡があった。あー、止んでいてよかったベトナムも雨が降るとタクシーが拾いにくくなるので心配していたが、とりあえずこれなら大丈夫そうだ。 ところが、お姉ちゃんが止めてくれたタクシーは我々の住所を見ると、わからないから行きたくない、という。 お姉ちゃんが「次を探します」というので、その車は行かせるが、次のドライバーはホテルの前の通りは入らないけど、大通りまで行ってやるから歩け、という。しかし、 空を見れば雷が光り始めている。またザッと降るはず。 「雨が降り出すからホテルまで行ってくれないと困る」と店のお姉ちゃんに主張し続け、次のタクシーを探してもらう。お姉ちゃん、困惑しながら、次々車を止めるが交渉成立ならず。 3台くらいやり過ごした後だろうか、ちょっと気のいい顔をしたドライバーが止まってくれて、何やら考えている。よしっ、乗っちゃえ、乗っちゃえとばかりに乗り込んだ。 でっかい拡大コピーを見せて、ホテルの道に入る手前の大通りを指し、曲がる道をさらに指す。おっちゃん、黙って走り出す。やったーやっぱり、人間「顔」よね「韓国人か?日本人か?」と聞かれたので「Japanだ、Japan」と答えると、「こんにちは!」とニコニコするおっちゃん。タクシードライバーは反日が多いって誰の情報よみんなで夜中に「こんにちは」と挨拶。するとおっちゃん、だんだん楽しくなってきたらしい。ラジオをつけ、音楽に合わせて鼻歌を歌いだした。ああ、ベトナムと同じ、いらんサービス おっちゃん、ますます嬉しくなってきた模様。そのうち一曲大声で唸りだす。どうやらお気に入りの歌手とみた。うんうん、もうこうなったらなんでも聞いてやるぞ、と覚悟を決めたが、次のアップテンポな曲はお気に召さなかったらしい。 黙ってしまった。 そんなこんなのうちに、我らがホテル、Wハピネスに近づいた。 着いてみれば、大して難しい道ではない(ホテルの前の通りは狭いけれど)。なぜドライバーはこんなにも嫌がるのか。 ハノイでせっまい道を通る旧市街に行く際にもタクシーの乗車拒否なんてあったことがない私としては、なかなか北京のタクシー事情が呑み込めないのだった。
2011.09.15

万里の長城からの帰り道、SOSの電話をし、北京在住の友人の手を借りてAちゃんの湿布を購入。なんとかホテルへ戻り、少し休憩を取ってから夕飯へ向かうことに。 予約してあったレストランは、ホテルから歩いても20分程度ではあったが、Aちゃんが歩ける由もなく、タクシーで行くことにしていた。 ロビーに集合して、タクシーを呼んでもらおうとしたところ、 「この時間はタクシーは来てくれない」というではないか大通りまで歩いてタクシーを 拾ったほうがいい、という。我々はそれでもいいが、Aちゃんはどうするのさっ?! 「これで行く?」と、半ば冗談でホテル前に止まっていた人力車を指すが、Aちゃんも 「さすがにそれは~」と却下。そう、我々はまだまだ北京のタクシー事情を甘く考えていたのだった。 レストランには別ホテルに泊まっているオフィシャルツアー組のMさんたちがやってくる予定だったため、あまり待たせては心細かろうと、Aちゃんを北京語ができるJさんに任せ、先に 行くことにした。 友人に教わっていた通り歩道橋が見えてきた。おお、いいじゃなーい♪ しかし、道路を渡ったとき、先頭を歩いていたTさんと私がもう一つの目印である「北京宮」というレストランを見つけることができなかったのだ。 もう少し先まで行くとあるのかなーと、Tさんと私はぐんぐん直進をするが、一向に北京宮は現れない。おかしいなー、目的地にはまっすぐ行って、左折するイメージなんだけど…… やっぱりこれはおかしい、と思って、通りがかりのじーさまを捕まえ、目的の店の住所を見せる。じーさまは少し考えて、まっすぐ行って左へ曲がれ、という。 思っていたのと一緒じゃーんよっしゃと歩き出す。 希望の光を見出してわしわし歩いていたところ、Mさんから電話が入った。迷子になっているらしい。今、どこの道を歩いているのか聞いてみるが、道の名前がわからないという。どうやら近くまでは来ているはずなんだけど……というので、私たちから見える建物をいくつか言ってみる。すると金色の屋根がある背の高い建物が見えるという。どうも私たちとは反対から来ていると推測。 「それじゃ、その建物を通り過ぎた最初の信号で止まってみて」と告げ、我々も次の信号まで歩く。次の信号まで歩いたところ、ちょうどそこが我々が左折すべき道であった。よっしゃ!!あとはこの道を番地を見ながら「8号」まで歩くのみ、である。 Mさんを待っている間にAちゃんたちのタクシーが通るかもしれないねーなどとノーテンキなことを話しつつ、Mさんたちの合流を待つが、来ない。電話もない。行き過ぎちゃうんじゃ?というくらいの時間が経ったので、電話をしてみるが、なぜかかからない。うーん Mさ~~ん、電話ちょうだーーーい!と念じていると、しばらくして電話があった。 自分がどこにいるかがやはりわからないという。うーーーーん。仕方なく、 「とにかく頑張ってタクシーを捕まえて、連れてきてもらって下さい」と告げ、我々は店に向かうことにする。ほどなくして聞いていた通りの赤いドアを発見 きゃー、素敵なお店~♪と一同、ほっと一息ついて席に着く。残る4名はいつ到着するのか。 どのくらいの時間が経っただろうか。MさんたちからもAちゃんたちからも連絡はないところを見ると、苦戦しているようだ。ふと思いついて、aさんに 「タクシーが捕まらなかったら、その辺のホテルでもレストランでもいいから大きなところに入って、タクシーを呼んでもらってみて、ってMさんにメールして貰える?」と、お願いする。 Mさん、これでタクシー捕まえられるかな~。 しかし、それからしばらくしてMさんから悲しいメールが届いた。 「いったんホテルに戻り、タクシーを呼んでもらおうとしたらタクシーはもうないと言われました」 さんざん歩きまわり、心細い思いをしたMさんたちの心はすでに折れてしまっていたようで、Dinnerへの参加を断念することとなった。ああ、残念~。 7時半を過ぎたころだろうか。9時半からマッサージの予約をしてあるので、9時過ぎには店を出てタクシーを拾わねばならないことを思い出した。しかし、あのタクシー事情である。心配。 店のお兄ちゃんに9時ごろならタクシーを拾えるか聞いてみたところ、店の前ではなく、ちょっと大通りまで出れば大丈夫だという。そうか、まあ、頑張るかーと思っていたところさっきまで何も出てこなかった料理が突如として出始めた。 あ、我々が9時に出ることが分かったから、お料理出し始めたんだ温かいスープが空腹にしみる。熱いものは熱いうちに食べたいAちゃん、スープが冷める前に到着なるかっ 気を揉みつつスープを食べていたところ、Aちゃん来たっ!!という声に振り返る。私からは姿が見えない。歩くのに時間がかかっているのかな?と思ったが来ない。一瞬見えた姿もまた見えなくなったというので、入口へ様子を見に行く。 店の外に出ると、Jさんが人力車のお兄ちゃんにお迎えの依頼をしていた。 結局、人力車で来たのかー Aちゃんたちが到着したのは8時近かった。二人がホテルを出て、かれこれ2時間半近く経っていた その後はAちゃんたちの苦労話を聞きながらご飯を食べるどれもこれも美味しくて、二人の苦労も吹っ飛んだはず。それにしてもMさんたちがたどりつけなかったことが返す返すも残念な15日のディナーだった。 到着してしまえば、決して判りにくい場所でもなく、我々のホテルからも遠くはなかった。そして、帰国後、Mさんと電話で話したところ、比較的近くまでたどり着いていたことが判明し、ますます残念感が増したのだった
2011.09.15

北京二日目。実質初日である。 スマはいつ北京大会堂で会見をするんだろうね~などと言いながらも、計画していた万里の長城へ我々が目指す金山峰は、北京市内から最も近い観光地化された長城よりはるかに遠い。かつては道路も悪く行くだけでも大変なようだったが、近年はすぐ近くまで高速が通っており、次長課長の河本に似たドライバーが頑張ったおかげもあって、思っていたよりも短時間で到着(といっても片道2時間半)。河本、グッジョブ なぜそんな遠くまで行ったか、といえば、それはもうスマスマの罰ゲームでS吾とTよぽんが 二人三脚で歩いた長城、というただその一点なのだから、ファン心というのはバカなもの。 が、行ってみると、そんなことは全く関係ない西洋人がそこそこ来ていたのだから、彼らは どこまでもたくましい。 時間も根性もない我々は悩むことなくロープウェイ往復を選ぶ。 ふと、先日、ドイツでロープウェイが止まったことを思い出すが、思い出さなかったことに してロープウェイに乗り込む。 途中でスピードが変わるたびに、「と、止まる?」とビビリながらも長城が見えてくると気分も 盛り上がるというものはるか下の畑では、おっちゃんがお仕事をしていた。 あたりまえだけれど、こんなところにも人々の生活がある。 ロープウェイで戻るための時間を逆算し、歩き出す。当然、行った分戻らねばならない。このあたりまえのことがのちの重大になっていくのだが、この時の我々は知る由もない。 ロープウェイからしばらくは山道が続き、ようやく長城に入り込んだ。するとあちこちから 湧いて出たように親切ぶったおばちゃんが取り囲んでくる。ガイドか物売りか?と適当に あしらうが、なでしこジャパンの澤選手に似たおばちゃんがなかなかしぶとい。ずっとついてくるので、仕方なく「澤のおかーさん」と名付ける。 比較的観光地化されていないという金山峰も最初はきれいに整備された、比較的歩きやすい道だったが、だんだん城壁が崩れたままのワイルドな道になってくる。 ものすごく急な階段や、幅がぎりぎり一人分の通路が出てきて、私はだんだん無口になる。 そう、私は透けて見える階段とか、ガラス張りの床とか、そういうのが苦手なのだ。 無口になった私に気付いたKさんが笑う。確かに無口な私は貴重かも。でも、しゃべっていると集中力がなくなって転びそうなんだもの~。そんな話をしてしばらくしてからだっただろうか。前方でご機嫌よく「Can't Stop!」を歌っていたAちゃんの声が消えた。若干遅れていた私が追いついてみると、そこにはAちゃんがしゃがみこんでいた。 ど、どうした~~~~ 話を聞くと、足を滑らせてひねったらしい。ひゃーん あそこまで行ったら戻ろうね、と言っていた目標地点の、わずか数十メートル手前での出来事だった。そして我々は、何があろうと今、歩いて来た分を、歩いて戻らねばならないのだった。 相当痛かったと思うが、Aちゃんは頑張った。途中、飲み物を売っていたおばちゃんが飲み物を冷やすために使っていた、貴重な凍っているペットボトルを売ってもらい、それで冷やしながら歩く。 すれ違う西洋人たちの多くが心配そうに見つめるがどうにもしてあげられないし……という面持でいる中、えげれす人と思われる青年が、「おぶっていってあげようか?」と声をかけてくれた。彼は逆方向に向かって歩いているので、実際には無理な話だし、丁重にお礼を言って別れる。それにしても、さすがジェントルマンの国のイギリス青年同じ方向に歩いているのに、まったく見向きもしないで通り過ぎていくフランス人とは、わけが違うわ~ そんなこんなで苦労の挙句、やっとこさロープウェイ乗り場に戻ったのだが、Aちゃんにとっては、しんつよが万里の長城を歩き切った時と同じくらいの感動だったことだろうさあ、北京市内へ帰ろうと勇んでロープウェイに乗り込み下山した我々だったが、実はこの日のトラブルはまだまだこれだけでは終わらなかったのだった……。
2011.09.15

我々が泊まったホテルは、四合院という、中庭を囲み回廊のように部屋ができている伝統的な 作りのホテルで、フートンと呼ばれる細い路地の中に存在する。 そのおかげで、後々タクシーの利用の際、少々の苦労をするのだが、それはまた別のお話。 スタッフはみな気持ちがいいし、英語も通じる。食事もまずまず。 インターネットも使えるとあって、お気に入りのホテルとなった。滞在中、メンバーの一人がちょっとしたけがをしたのだが、その対応も親切だった。最初の一泊はトリプルに泊まったので、部屋も広くて豪華寝相が悪い私は、同室だったTさん、Yちゃんのご好意に甘え、天蓋つきのでっかいベッドを使わせていただき、大の字になって寝たのだった。謝々。 北京ダブルハピネスコートヤードホテルhttp://www.hotel37.com/
2011.09.15
心配していたディレイだったが、なんと上空でCA168便は頑張った。定刻より15分ほどの遅れで、無事、北京国際空港へ到着した入国審査を済ませ、荷物をピックアップしてゲートを出ると、Kさんをきょろきょろ探す間もなく発見ひゃっほ~い3人集まれば、もう勝ったようなもの するとKさんから衝撃的な発表が「Aちゃん、まさかの乗り遅れ!ただいま大連で足止め中。そして私のスマホがつながらない!」 えぇぇぇぇぇぇぇ! とりあえず、いざという時にAちゃんと連絡を取るためにも通信手段を確保しなければ しかし、日本で安心だフォン並みのシンプル携帯を使っている私は、海外ローミングなんていう洒落たことはできやしない。そこでハノイでも越人にすら笑われるという、骨董品並みのノキアを使うつもりでいた。 インフォメーションに行き、SIMカードを買える場所を聞くと、トイレのすぐ脇だと言う。 そこでとりあえず、トイレのほうに向かってみるが店はどうやら閉まっている模様。 その横のコンビニのような店でもう一度聞くと、これまた同じように「トイレのすぐそば」だという。仕方がないので、トイレまで戻ってみることにしたところで自販機を発見。まさか自販機とは!4種類の携帯会社があるようだが、何がいいのかわからない。茫然としていると、後ろからちうごくのお姉ちゃんが何やら声をかけてきた。係員? 北京市内で使うこと、国際電話がかけられること、短期滞在であること、と主な用途を告げてどのSIMカードがいいかを聞いてみると、これがいい、と150元のSIMカードを見せられた。150元、うーん、微妙そんなに使うか? 事前調査では50元のものがあるという話だったが。 「もっと安いのないの~?50元のがあるって聞いたけど」 そういうと、100元のカードを出してきた。どうやらこちらは国際電話が高いのだという。しかし、予定では同宿の仲間うちは一緒に行動するし、店に電話したり、現地の友人と連絡を取る程度で、保険のようなものゆえ、これで良しと判断。100元のものを購入した。結局自販機を使うことはなく、お姉ちゃんが持っていたSIMカードを買った。 うーん、なるほど、自販機にSIMカードを買いに来た外国人を待ち、ちょっと説明して手持ちのものを売る。店を構える必要もない無駄のない商売である。人民、賢いおかげでSIMカードを入れてセットするところまでしてもらえて大助かりだった。 インフォメーションに再び戻り、Aちゃんが乗り遅れたフライトの次の便を確認すると、幸い10分後に到着するという。これなら予定通りT2で集合するメンバーと合流できることだろうと一安心。 よっしゃー!あとはタクシーでホテルに向かうだけである。3人でタクシー乗り場へ向かう。ところが、発見したタクシー乗り場は、人民の大行列。ひゃー しかし結果的には、タクシー待ちの人民も多かったが、タクシーも多かったようで、ほどなく 順番が回ってきてホッとする。整理係のおねえちゃんにホテルの地図を見せて行き先を告げると、このタクシーに乗れ、と目の前のタクシーを指さされた。 指定されたドライバーはちょっと悪い顔であった。うーん、これまた微妙。 選択する権利があれば、私はこのドライバーを選ぶことはないだろうしかし順番待ち通りのようだし、初のちうごくであり初の人民との接触であるがゆえ、スタンダードな善人顔、悪人顔が判らないのだから……と、そのタクシーに乗り込んだ。 助手席に座ると、まずメーターがあることをチェック。ドライバーの身分証明書もチェック。一応、あったが私が思っていたものとちょっと違う場所にあった。 まあ、そういうこともあるのかもしれない、ととりあえず納得。 空港から市内までは高速道路を使って30分くらい、我々のホテルは高速を降りたところから比較的近いということで、時間で言えば45分、金額的には100~120元と踏んでいた。 ところが、最初あまりにも動き出さなかったメーターが、動き出したらターボがかかったように上がり続ける。まあ、ガソリン代も上がっているし、途上国は物価も急に上がる。多少は思っていたよりも高くなるかも、とは思っていたが、150元を超えたときにおかしいと認定。 そうは言っても、まずはホテルについてもらうことが重要なので、黙って乗っておくことに。 我々のホテルは四合院という、北京の古い街並みの中にある伝統的な建物をホテルにしたものだったので、細い路地を入る必要があったのだが、途中で工事のトラックが材木を積み込んでいたりして、ホテルの目と鼻の先まできているのに足止めを食う。 明日の朝までここで足止めなんて嫌ですけどーーーーーーっしかし、なんとかなるもので、数分待っていたら道は開けた が、ホテルで降りるころにはタクシーのメーターは223元まで上がっていた。 まず後部シートの二人が降りたときに、Yちゃんに「レセプションで223元が妥当か聞いてきて。で、そうじゃなければホテルの人呼んで」と依頼し、私は助手席でお札を数えているふりをして待つ。 おっちゃんは早くしろとばかりだが、荷物を降ろし終わるまでは私も降りない。 そのうち、Yちゃんが戻ってきて、やっぱり高いって!という。追うようにして出てきてくれたホテルのお姉ちゃんがドライバーに何事か文句をいい(この人たちは相場をちゃんと調べてきているのよっ!と言ってくれていたことが、のちほど居合わせたJさんの通訳にて判明)無事、100元だけ支払うことで片が付いた。 おっちゃん、まじめにメーターで走っていたら、120元だったかもしれないのに……。ば~~か~~め~~~~~~~人民に勝ったぜと勝利宣言をしたい気分でタクシー降車した北京最初の夜なのだった。
2011.09.14
上海万博、上海ライブと2度のドタキャンで、中国には煮え湯を飲まされた我々が、半信半疑ながらもかの国へ旅立つ日がやってきた。 現地到着は深夜になる見込み。そのあと食事を調達するのは難しかろうと夜食用にまいせんのカツサンドをゲットして、成田空港へ向かう。 用事を済ませてから成田へ向かうといっていた友人Yちゃんと空港内で無事合流し、速やかに出国。 アメリカから乗り継ぐJさんとはターミナル内で合流し、ちょっとお茶をする。 うーん、まだライブに向かっている気がしない。本当にスマに会えるのか その前に、北京空港で合流する予定の関西からくるKさんとは無事会えるのかっ いつになく不安が渦巻く旅の始まり。 そんな中でも忘れることなく、しっかり免税店でBBクリームなどを買い込み、搭乗ゲートへ。 オフィシャルツアー参加者と思われる人たちを横目に、アンオフィシャル「チームWハピネス」が無事、集合できることを祈りつつ飛行機に乗り込んだ。そう、今回我々はあちこちからバラバラと集う大所帯なのだ。北京空港T3で合流する予定のKさんのフライトは我々より15分ほど早く現地に到着する予定。事前に「万が一、我々のフライトが30分以上遅延することが判ったら別ターミナルに到着する予定のAちゃんと速やかに連絡を取って、そちらと合流してね」とは伝えてあったのだが……。なんと我々のフライトは出発がきっちり30分遅れた。はーん、びみょー!! どうする、Kさんっ 波乱万丈の今回の旅のスタートだったが、ちうごくで待ち構えていた波乱万丈は実はそんなもんじゃー済まないことを、その時の我々は知る由もなかったのだった。
2011.09.14
天使の羽のカーヴィ体操をサボって、天使の歌声を聴きに一路、新横浜へそう、昨日は4月末に予定していた小田和正の振替ライブだった震災の影響で、予定より遅れて5月からスタートしたこのツアー。小田さんいわく、 「ひとつのツアーに何回も足を運ぶ人がいるので、同じ曲ばかり演奏しても悪いな、 と思って歌う曲を変えたりしてみるのだけれど。でも初めて来た人にとっては、 変える前の曲を聴くチャンスを失うことになるわけで、どうしたものか……」。 お気遣いありがとうございますまあ、セットリストを予習するわけでもなくぶっつけ本番で出かけた私は、帰宅するまで 何が入れ替わっていたのか知る由もなかったのだが。 確認してみると、春の歌が夏の歌に変わっていたり……と何曲か入れ替わっていた。 そうそう、例の如く、横浜ならではのトリプルアンコがあったり 「もういい、と言われても歌います」と言って歌った『my home town』。 だから小田さんのライブは横浜がいい。 個人的には地味~な(地味言うな?)メドレーからの『緑の街』、『風の坂道』が 良かったなあああ、でも後半の『思いのままに』もよかったなあ。あのアカペラコーラスがたまらないそんな天使のような歌声に癒された3時間半だが、目の前で走り回って歌う小田さんはもう還暦もとうに過ぎたいいおっさんである。そしてMCでは天使どころか、悪魔の黒いしっぽがちょろちょろ見える毒舌家 それにしても、『YES-YES-YES』を歌う間にアリーナにつくられた花道を2周もする元気な小田さんには驚かされる。 2曲フルコーラスで歌うとグッタリしてしまうどこぞの国民的アイドルにはぜひとも見習って頂きたいところで、空気を読まないファンというのはどのアーティストにもいるものである。アンコールの『言葉にできない』で、ものすごい大声で歌いだす女が背後にっ 私の背中から発した殺気に気づいたのかすぐ静かになったが、あと2小節歌われたら振り返って文句言っていました、ワタクシ。 ライブで大声で歌うすべての人に言いたい。 「オマエの歌を聴きに来たわけではないっ歌いたければカラオケへ行けっ」 そんなわけで最後の最後にちょいとミソがついたが、とっても幸せな3時間半なのだった帰り道、夫が嬉しそうに 「やっぱり『my home town』歌ったねー。 ♪出来たばかりの根岸線で~♪ HANOIの時代だね~」と言いおった。ばっかもーーーーーん小田さんと同世代にするなーっ確かに、通学路はなぞっていましたけどね。 そして小田さんの『my home town』を喜んで聞いておきながら言うのもなんだが、私自身にはあまり故郷・横浜への思い入れがないことも改めて明らかになった夜だった。 どうも生まれ育った土地への執着がないのは、横浜に素敵な思い出がないのかあるいは、生まれ持ったジプシー体質のなせる業なのか ・オープニングフィルム(インストメドレー) 明日 ラブ・ストーリーは突然に こころ 夏の日 誰れも どんなことも こたえ たしかなこと 若葉のひと 夏の終り 懐かしい曲メドレー I LOVE YOU 切ない愛のうたをきかせて goodtimes & badtimes めぐる季節 水曜日の午後 少年のように 緑の街 風の坂道 ※ご当地紀行 グッバイ 思いのままに 愛を止めないで the flag やさしい雨 Yes-No キラキラ 伝えたいことがあるんだ 緑の日々 今日もどこかで さよならは言わない 東京の空 hello hello アンコール1 忘れてた、思い出のように またたく星に願いを アンコール2 言葉にできない YES-YES-YES いつもいつも アンコール3 君のこと my home town
2011.08.24
広島に行ったので、久々に更新http://keiken.uub.jp/km.cgi?MAP=43330044515455400044241014444000444010441443004&NAM=HANOI&CAT=%90%B6%8AU%8Co%8C%A7%92l119点。偏りがあるなー。次はどこに行けるかな~
2011.06.30

くりからもんもんに見とれつつ、世界遺産・厳島神社をあとにし、世界遺産航路に乗った私が向かったのは、広島の世界遺産・広島原爆ドーム。水上バスに乗ってしばらくすると、心地よい揺れに揺られてついウトウトと嗚呼1,900円も払って乗った船なのに~そんなこんなで、気づけばあっという間に広島へ。船から見えたのは原爆ドーム。長崎の平和公園へは二度ほど行っているが、広島は初めて。 こういう言い方は適切かどうか判らないが、よくもまあ、この象徴的なドームを持つ建物が残ったものだと思う。そして、相生橋から原爆ドームを望み、この一面が焼け野原だったこと、この川も犠牲となった人々で溢れていたであろうことを考えると、なんだか気分が悪くなってくる 広島平和公園へ向かうと修学旅行客がワラワラと。そうそう、しっかり見て、いろいろ考えておくれ、などと説教臭いオバサン臭を醸し出しながら、団体客(特に学生)がいる観光地が嫌いな私もさすがに今回ばかりは生暖かい気持ちで見守る。平和の鐘、平和の灯などを見ながら、原爆死没者慰霊碑に向かって歩いていたところ……なんと修学旅行客がずらっと行列しているではないか うわー、何しているんだろ恐る恐る近づくと、なにやら式典のようなものをしているようで、学生の代表が、慰霊文を朗々と読み上げており、私たち一般観光客が慰霊碑に近づける雰囲気はない。えぇぇぇぇぇぇぇ平和公園、貸切ですかカンベンしてよ……と少し遠巻きに見ていると、折りよく慰霊文の朗読は終わり、黙祷となった。終りそうじゃんと思いながら、やたら長い黙祷が終るのを待った。黙祷が終って、慰霊碑に近づけるかと思いきや、世の中そうは甘くなかった。修学旅行客はなんと、そこで合唱を始めたのだいい加減にしろっと少々ムカッとしたが、先に資料館へ行くことにした。施設の性格上致し方がないのだが、どんよりした気持ちになりつつ資料館を見て歩いていると、ここにも修学旅行客は大勢いた。彼らはなにやら原爆についての学習ドリルのようなものを持って歩いている。原爆の悲劇について反省させたり、当時の軍司令部を非難させるコメントを誘導するような質問が書き連ねてある、挿絵が山ほど入ったドリルで、正直、今どきの中高生はこんな小学生が使うようなドリルを与えられているのかと驚く。原爆より、福島の放射性物質の汚染より、日本の学校教育と将来の方がよっぽど心配だ。資料館出口付近には、当時被曝した人たちの話を聞くことができるVTRコーナーがあり、そこで私は一番時間を取られ、胸を打たれた。また、一番最後に各国の要人が原爆ドームや資料館を訪れた際のコメントが寄せられたアルバムがあった。いろいろな人のコメントがあったが、中でもネパール要人とミャンマー要人、そして失念したが、アフリカの小国の要人の訪問の際のコメントには涙が出た広島駅でYちゃんと合流するため資料館をあとにしたが、その際、慰霊碑を回って路面電車に乗ることにした。 慰霊碑にあるように、犠牲になった人たちには「安らかに眠って下さい」と祈るのみだが、やはりここでも引っかかるものがある。「過ちは繰り返しませんから」そういえば、先の修学旅行客の慰霊文もそのようなことを告げていた。が、しかし、これだけは言いたい。広島と長崎に原爆を落とされたのは、決して日本が過ちを犯したせいではない。
2011.06.13

宮島から広島市内への移動は、水上バスがいいよ、と友人からアドバイスを受けた。この日の干潮は13時ちょい。そんなわけで、朝、10時を回ったあたりから14時過ぎまで水上バスは運休。仕方なく、14時過ぎまで宮島で時間つぶしをすることを余儀なくされた。まあ、そうは言っても何度も鳥居のあたりをウロウロしたり、カニを見つけたり、山の方へちょっとだけ上ってみたりしているうちにそれなりの時間になった。 鳥居の外から厳島神社を望む 結構大きかったカニ 多宝塔への道さて、そろそろ水上バス乗り場へ向かうか~と船着場へ向かった。チケットを買ってベンチで出航の時間を待っていたときの出来事。ベンチでぼんやりしていたところ、前のベンチに宮島の観光船には余り似つかわしくないビジネスマン仕様の男性が座っていることに気づいた。さっぱり目の髪型にしゃきっとしたシャツを着てノーネクタイ、という適度なクールビズ仕様の彼は私と同世代かちょいと若いかという感じの結構男前。チャコールグレーのパンツに茶色の革靴といういでたちのオシャレさんである。「出張の合間にお一人で宮島観光?」と思いながら、見るとはなしに見ていたのだが……なんとYシャツの下に着ているTシャツの柄が透けているではないかオシャレさんなのにどうしたザンネーンと、背後よりまじまじと透けて見える柄を見ていたところ、なんと結構なトラ柄ト、トラ阪神ファンですか~?しかし、見れば見るほど立派なトラ柄である。あることにはっと気づいた私は、肩のあたりから腕に視線を移した。そう、Tシャツなら袖のあたりのラインも透けて見えるはずである。な、な~~~いっそう、透けて見えるはずのTシャツの袖のラインはそこにはなかった……。も、もしやニイサン、「くりからもんもん」ですかーっく~、さすが広島(って、これ、偏見ですかっ?)さっきまで出張者に見えていた男性が、いきなりショバ代回収のニイサンに見えてくるから、人間って不思議なものである。それにしても、私が乗船するときつんのめって手に持っている水を彼の背後からぶっ掛けてしまったら、いや、そんなことをしなくても彼が汗をかいたら、いったいどうなるのだろう……。きっと、もっと色鮮やかに、彼の背中の虎が吼えるに違いないうーん、見てみた~い(いや、無理ですって)夕方、広島駅で合流したYちゃんが「宮島どうだった~?」というので、真っ先にそのことを報告した。その筋を卒業した人であれば、きっと虎が透けないようTシャツを着るだろう、ということで二人の意見は一致し、勝手に彼を現役認定した私たち。しかし、一見ガラが悪いわけでもなんでもなく、「任侠ヘルパー」の夕輝壽太のような空気を醸し出していた彼。ホンマモンですな、多分、きっと帰宅して、別の友人にメールでこの話を報告したところ、「なんて素敵シャツ越しとはいえ(モロに見る機会は欲しくないけど)リアル彫り物を見たとは、羨ましい限りさすが広島」というメールがやっぱりいいもん見ちゃったのかしら、私ところで、彼女も私も「さすが広島」って思ったわけだけれど、果たして広島のイメージはそれでいいのだろうか
2011.06.13

お世話になった岩国の友人宅を出発。今日は同行したYちゃんとは一日別行動をとり、帰りに広島駅で合流して帰路につくというプラン。朝、岩国駅から電車に乗り、一路宮島へ30分ほどで宮島口へ到着する。フェリー乗り場へ向かう道に、穴子の有名店「うえの」の前を通りがかる雨が降ったらどこかの店に入ってご飯を食べなければいけないと予約も何もしていなかったが、天気予報は終日曇り。一か八か、雨が降らないことに賭けて有名店のお弁当をゲット フェリーに乗ってしばらくしたら、おお、見えてきたぞ、厳島神社の鳥居よしよし、まだ水の中だ 宮島に着くとまずは鹿がお出迎えしてくれた。 宮島に到着してもう一つ気づいたのは、しゃもじ。土産物屋にやけにしゃもじが多いのはなぜ?と思っていたら、こんなお化けおしゃもじがっ 帰宅してから調べたところ、光明院の僧侶が特別な産業がない宮島のために、宮島参拝土産にしゃもじを売ることを提案したとかなるほど~。それででしたか~。実は、この日の干潮は13時過ぎ。友人のオススメ、世界遺産航路の水上バスで広島へ戻ろうとすると14時過ぎまで宮島で時間を潰さねばならない。そこで、まずは人が少ないうちにと町屋通りを歩くことにした。町並みを保存するのは本当に大変だが、煙草屋さんの自販機にまで気遣いが感じられる。 しかし、そんな町並みにも人々の生活があり、魚屋に並ぶお魚は、関東とはずいぶん異なる。 町屋通りから重要文化財の五重塔を眺めつつ、少し行くと大手もみまん屋が かなりのんびりプラプラしたが、ほどなく厳島神社に到着。おお、本殿はもうすっかり水が引いている その後、のんびり厳島神社を見学している間にますます水は引き、ついに鳥居まで歩いて行くことができそう。というわけで、白いジーンズをはいていたにも関わらず、ハネを上げないよう抜き足差し足で鳥居まで歩き、はい、タッチ その後、穴子弁当を食べ、島内を散歩したりして船が出る時間になるのを待ったのだが、まさか船着場で宮島で一番面白い(?)貴重な体験をすることになるとは、このときの私が知る由もなかった。
2011.06.13

梅雨真っ只中の西日本。そりゃー、雨も降りましょうぞ。とはいえ、旅先で傘を持ち、ずぶぬれになりながら歩き回るのは少々気が滅入る。そこで、どの天気予報を見ても絶対に雨になると思われた日曜日は雨が降っても関係ない秋芳洞まで足を伸ばすことになった。ありがたいことに、Tさんのダーリン・Pさまが遠路、車を出してくれるという。感謝秋芳洞までは、同乗していたと戯れつつのドライブ山の中を行く道のりは日光へ向かっているかのような錯覚に陥る日ごろ車に乗ることがない私は、高速千円の恩恵を一度も受けずに終るとばかり思っていたのだが、なんと制度打ち切り間際に駆け込み恩恵をこうむることになるとはそんなこんなで秋芳洞に到着こちらもまた雨のせいか、増水中? 「秋芳洞」は私の人生の中で4箇所目の鍾乳洞体験(ちなみに、他の3つは福島の「あぶくま洞」、高知の「龍河洞」、沖縄の「玉泉洞」)となるが、秋芳洞は龍河洞と並ぶ日本三大鍾乳洞だと言うから楽しみではないか入り口の程近く、「百枚皿」と名づけられた鍾乳石は見事で、棚田を思わせる美しさ。 それにしても日本の鍾乳洞って、奇妙にカラフルなライトアップがされていないのがいい。ハロン湾の鍾乳洞なんて、鍾乳洞自体はかなり面白いのに、赤だの緑だのという妙なライトアップが興ざめでねはっ、ハロン湾入れたら5箇所目だった 初めて「鍾乳洞」というものを発見した人はどんなことを思ったのだろうなんて古の人に想いを馳せてもみたりして。ドライバーを買って出てくれたPさまも秋芳洞初体験を楽しんでいたようで、一安心Pさまは、飽きっぽい女たちより百万倍、熱心に写真を撮っていた。それにしても、穴ぐらから地上に出たあとは色鮮やかな花の美しさもひとしおで その後、車で秋吉台の展望台へ移動するも、あいにくの雨本当なら白く点在するはずの石が雨に濡れて黒くなっていた秋芳洞入り口に引き続き、ちょっと昭和な観光地の風情を漂わせる秋吉台展望台。 雨ニモマケズ、果敢にも茂みの中へ分け入ったPさまは、その後足を滑らせ、ズボンは濡らすわ、尻を泥だらけにするわで、Tさんに大目玉を食らっていたのがなんとも可笑しかったなぜゆえに、夫とは、妻に叱られることばかりする生き物なのかその後、道の駅だの地元の物産直売所などに寄り道をしながら帰路に着いた。いろいろと欲しいものはあったが、そうそうナマモノを担いで帰るわけにもいかず、諸所で断念。本日の最大の戦利品は萩焼の(安物)飯碗。萩焼といえば、割り高台が当たり前だとばかり思っていたが、最近はそうでもないそうで。でもせっかくなので、割り高台のスタンダードなものを選んで買ってみた。それにしても、「萩焼は御用窯ゆえ、庶民は使えぬ……」という方便で割り高台にしたという説をまことしやかに聞いていたのだが、どうやらそれも信憑性はないようで。そして「萩の七化け」と言われるように、使い込むほど味が出るという萩焼だが、一方でやや割れやすいという特徴も持つ。味が出る前に割らないように気をつけねばこの日のランチは秋芳洞へ向かう土産物屋街でごぼううどんを、ディナーはまたまたベースに紛れ込み、アメリカーンなサンドイッチを食べたのだが、食いしん坊な私はまたもや写真を撮るのを忘れたのだった……。
2011.06.12

明け方、豪雨の音を聞いた気がするが、ホテルを出る頃には雨も止んでした。やっぱり私たちってば日頃の行いがいいんだわぁと自画自賛。大阪から夜行バスでやってきた友人と広島駅で合流し、3人で岩国へ向かう岩国といえば、弘兼憲史の故郷と、ファンでもないのに無駄なインフォメーションがインプットされているが、他の肝心なとこは何も知らなかった私。Yちゃんに錦帯橋が日本三奇橋のうちの一つだと教えられた。残り二つも知らなかったんですけど帰宅して調べた所、この橋を作り維持するために、岩国藩にお住まいの皆さん、身分を問わず納税を強いられたそうだ。そのくせ、維新前まではこの橋を渡ることができたのは武士と一部の商人だけだったというひどいオハナシああ、私は現代人でよかったわおかげで菖蒲園にも簡単に行けるという、ね 今が盛りの菖蒲園。モンシロチョウもご機嫌さん。雨上がりが一層風情を出している。 なぜか菖蒲園の脇にいた佐々木小次郎にもご挨拶。 これも帰宅してから調べたところ、岩国出身の吉川英治が佐々木小次郎を岩国出身に仕立て上げたそうで。氏の小説の中では、小次郎のツバメ返しはこの錦帯橋で完成したことになっているらしい。が、残念ながら、佐々木小次郎、錦帯橋が出来る前にお亡くなりになっております雨上がりで増水している錦帯橋をあとにし、一路、米軍岩国基地へ。 ここ岩国基地は、海上自衛隊の基地と隣接しており、行き来も可能とのこと。 基地の敷地内をちょっとだけ見学した後、アメリカーンなランチを食べて、これまたちょっとだけお買い物をしてTさん宅へ。Tさん宅では優しいダーリンPさまと、可愛いが大歓迎してくれた夜はPさま大活躍のBBQをご馳走になる雨止んでよかった~Tボーンステーキやバッファローのパテのバーガーなどを作っていただいたというのに食べるのに必死で、気づけば肉の写真が一枚も残っていなーいそう、私はいつもそんなもんである仮にも旅ブログを持つ者として、そういう態度はいかがなものかと思うが、それが私なのと、残念ながら開き直るしかない。いい匂いに気もそぞろなと、物怖じしないちびと遊び、これでもか、これでもかと次々に出てくる美味しいものをたらふく食べながら、楽しい岩国の夜は更けていったのだった
2011.06.11
岩国に住む友人Tさんを訪ねるべく、Yちゃんと広島へ比較的直前まで山口へ行くのだと思っていた私だが、岩国は限りなく広島だった知らなかった~~~嗚呼、例の如く、日本の地理に弱い私広島は結構遠い。新幹線でも5時間くらいかかる。そこで初日はほぼ移動ということで、昼過ぎに東京を出て、広島市内のホテルに泊まり、翌日からTさん宅へお世話になることにした。あいにくの天気予報ではあったが、出かけるときはお天気ももってくれた。こういうときに、我々の日ごろの行いのよさが生きるわけねもうすぐ岡山、というときに、洗車機に入ったのかと思うような豪雨に襲われ、車内で爆笑してしまったが、広島駅についた頃にはその雨も小降りになっていた。ラッキーまずはホテルに荷物を置きに行こうと路面電車に乗り込む。表示がわかりにくい。しかも、システムが良く判らず、お金はいつ払うの~~~という気になる。広島……世界的な観光地だと思っていたのに、意外と旅人に不親切な街であるなんやかんやで、無事、ホテルへ到着し、間髪いれずに本日のメインイベントへ広島の夜といえば、やはりお好み焼きよねっと張り切る私たち。ここはTさん夫妻がオススメの「八昌」にぜひとも挑戦してみたい。が、並ぶの嫌いなYちゃんと私。果たして人気店でのお好み焼きを食べることができるのだろうか……。そこで別の友人のアドバイスに従い、行列だったら他の店へ気軽に移れる「お好み焼き村」なるものへ行くことにした。しかし、ビル一棟お好み焼き屋って……広島県人、どれだけお好み焼き好きなんだお好み焼きビルに到着してみると、一番入り口に目当ての「八昌」はあった。雨のせいなのか、金曜日の夕飯時だというのに行列はなかった。が、すでに満席。隣のお好み焼き屋からは、うちは空いているよっ、ってな感じで「いらっしゃいませ~~~」と声がかかる。うーん、悩ましい。「行列だったらヨソにしようね」とYちゃんとは下話が済んでいたが、ちょっと待てば入れそうな感じだし、何より他店はガラガラなのに、ここだけ混んでいるのはやはり気になる。そこで、15分を待ち時間のリミットとして、とりあえず待ってみることにした。すると店のおばちゃんが、愛想のかけらもなく「しばらくかかるよ」と、まるで我々が待つことが不本意であるかのような声を出した。ムカッだからこういう有名店は嫌いなんだっと怒りの導火線に火がつき始めたが、お客が帰る気配を醸し出していたので、大人しく待つ。一番奥に団体さんがいたようで(これから食べるのかと思っていた人たちは、すでに食べ終わっており、まだ食べているお仲間を待っていたらしい)ほどなくして、ガバッと席が空いた。ふんっ、全然、しばらくかからなかったじゃんしかし、目の前にお好み焼きとビールさえ来てしまえば、怒りの導火線の火なんてものは消えてしまうものでご機嫌よくお好み焼きを食べたのだった。我々が食べ終わる少し前、地元の人と思われる二人組が来店し、ねぎのトッピングがてんこ盛りのお好み焼きが出てきた。「おお、ねぎトッピング、美味しそう」と思わずつぶやいた私に、お隣のお兄さんが「ねぎ、美味いよ」と返事をしてくれた。そこで気になっていたことを聞いてみた。「広島のお好み焼きといえば、焼きそば入りだと思っていたのですが、うどん入りもあるんですねっ!もしかしてうどんの方がオススメなんですか?」そう、彼のお好み焼きはうどん入りだったのだ。すると驚くような返事が。「これ、うどんとそば、両方入ってんの」なんと、そんな裏技オーダーがあったとはうーん、広島のお好み焼き、奥が深い。どこから来たの~?などと聞かれ、観光情報を教えてもらったり、偶然明日から東京へ行くというお連れの女性に東京行きのアドバイスをしたりと、地元の方と親交を深めることしばし。フレンドリーなお二人のお人柄のおかげで、広島の街が観光客に親切でなかったことや、店のおばちゃんがすこぶる愛想が悪かったことは帳消しになる。そうそう、街の印象って、こういう些細な事で変わるんだよなあ~。これからも私は草の根外交を実践することにしようと改めて思った広島の夜なのだった。ちなみに、例の如く食べることに気を取られて、お好み焼きの写真はない
2011.06.10
三谷幸喜生誕50周年記念公演第三弾『ベッジ・パードン』を見てきた。 昨日が初日だったこの公演。 5月頭の稽古開始まで台本は届かず、稽古初日に渡されたのは13ページしかない台本だったということだったが、な~に、どうしてどうして。さすがのメンツ、さすがの仕上がりこれから見る人がたくさんいらっしゃるので、内容へのコメントは差し控えますが、役者さんへの印象・感想としては下記の通り。 野村萬斎 声がいいっ 深津絵里 上手い!そしてこのコックニー風の台詞が凄い 大泉洋 いるだけで可笑しいそして美味しい 浦井健治 だ、誰?と思ったら仮面ライダーだったのかでも良かったよ 浅野和之 いぶし銀の職人芸が光るっ いやー、爆笑でしたが(特に前半)、これから行く方はとにかく浅野さんの熱演に注目して下さい(って言わなくても注目しちゃうと思うけど)。 19時開演、途中15分休憩が入り、22時すぎ終演という公演です。 腹ごしらえもしてお出かけ下さい。 なお、本日夫が発見した有名人は、イモトでした。 眉毛は普通だったけど、髪型はあのまんまでした
2011.06.07
Aさんと『ぼっちゃま』を観た。 終戦後のとある旧家のぼっちゃまである稲垣吾郎演じる幸一郎と、彼をとりまくばあやに姉妹弟、ご近所さんとの交流や軋轢を描くコメディ仕立てのお芝居。 何がいいってぼっちゃまの美意識と偏屈さがいいっそして、キラッキラのどや顔で本領発揮するゴロちゃんに やっぱりゴロちゃんの舞台はこうでなくっちゃという舞台だった。 前作『象』はね……重かったからね……。 舞台の前には偶然同じ日をとっていた友人二人とお茶をしつつ、おしゃべりに興じた。ああ、楽しかった 『ぼっちゃま』これから見る方、お楽しみに
2011.05.16
2月の横田に引き続き、ベース訪問第二弾企画で横須賀へ横須賀の米軍基地→Costcoと、アメリカ~ンな一日を過ごしてきた。 雨が降ったり、日がさしたり、突風が吹いたりする怪しげな天候をよそに、朝っぱらから横須賀へGoベースについたらまずはランチだ~腹が減っては戦は出来ぬと基地内のレストランへ。 前回、横田で食べた子供の顔くらいのハンバーガーが美味しかったので、またバガるとも思ったが、アメリカーンなは最近では東京でも 食べることができなくはない。 ということで、今日のメニューは日本では滅多に食べないメキシカンに決定 ファヒータというメキシカン野菜炒めをピタパンに挟んだものをオーダー。 付け合せのポテトは、期待通りてんこ盛りだった 実は、もしや芋を掘りに行っているのではないかというくらい結構な時間がかかったのだが、お料理が出てきてしまえば待たされたことも帳消しの大満足もりもり食べたあとは、いよいよ買い出しだみんなが手探りで徐々に物色している中、いきなり発見したのは日本ではあまりポピュラーではないセルフタンニング いぇい、これで、この夏、初のノースリーブを着るときになまっちろくてタルタルした腕を披露しなくて済みそうと友人Tさんに購入を依頼。 そのほか、前回買ってもらってとっても美味しかったゴディバのチョコレートつきクッキー(ブ○ボンのアソートの高級品みたいなもの)を気が狂ったように購入。おいおい、太るぜよ そもそもベースのショップはベースの人が物資を調達するための場所であり、外の者が楽しくいろいろなお買い物するところではない。にもかかわらず、金魚の糞のようにTさんにくっついて周り、いろいろおねだりして買って頂くわけで、お支払はTさんでなければできない。 つまり我々はTさんのカートに好き勝手にぼんぼんモノを入れていくだけで、そこには自分の買いたい物以外にもいろいろ放り込まれていく……。つまり自分がどれだけの買い物をしているのかがだんだんわからなくなってくるわけで……ベースの帰りに立ち寄ったCostcoも同様である。支払は会員であるYちゃんしかできない。しかもCostcoは1パックの量が多いので、「半分こしよ」という魔法の言葉でごまかしつつ、これまたどんどんいろんなものをカゴに放り投げてしまう帰り道、我々の車のトランクは5人の買ったもので一杯になっていた。そんな今日の戦利品の5大ヒットはこちら ハノイで断念した肉叩き 激安ゲロルシュタイナー やっと再会ラズベリーハニーマスタードプリッツェルディップ 買出ししている皆さんがやたら買っていたので気になって買った特大Costcoピザ 高島屋の半額で買えた冷凍エスカルゴ 肉叩きさえあれば、ひれ肉の塊を均一に薄く出来るはずそうそう、空き瓶では均一に出来ないのだ!と己の技術のなさを棚に上げ、お道具のせいにする私ゲロルシュタイナーはドイツで飲んで以来、お気に入りだが日本じゃ高くて~。サッポロさん、もうちょっとどうにかしてくださいというガス水。 そして、このディップこれは、以前友人からアメリカ土産に頂いたもので、一昨年NYでも探しまくったものの見つけることができなかったシロモノである。嬉しい~~~~ 美味しいから騙されたと思って買ってみてという私の熱心な口説き文句に屈して購入した友人もきっとお気に召してくれるはず。 帰宅後の夕飯では、早速戦利品のエスカルゴとピザ、生ハムを堪能し、ご機嫌さんでアメリカンな一日が終ったのだった。 唯一残念だったのは、以前Costcoで安く買えると友人が一緒に買ってくれたフロッシュの食器洗い洗剤が、今日のCostcoになかったこと。ざんねーん、定番商品じゃないのねー ニュースを見ていたら、横田には今日は北沢防衛省が訪問していたそうで。 横田ではなく、横須賀にしておいてよかった~と思ったのでした。
2011.04.23
チケットを取ってあった舞台が今日の公演から催行を決めたという。主催者側もいろいろ悩んだ末の決定であったろう。足の確保が難しく来る事が出来ない人への配慮で、希望者にはチケットの払い戻しもするという。 会場であるパルコ劇場は、パルコの9Fにあり、退場時のエレベータはいつも込み合う。 あんなビルで大きな地震があったら嫌だな……と一瞬脳裏を掠めたが、そんなことを心配していては、日常生活が送れない。 今日から私は平常モードに戻るのだと決意して、出かけることにした。 今回の芝居は、ナチスドイツの将校とそれを取り巻く映画人を描いた『国民の映画』。 開演時間になったとき、緞帳が下がったままの舞台に三谷幸喜が出てきた。 まず今回の震災の被災者を見舞う言葉を述べた。会場がしんとしていると、 「たまには僕もまじめなことを言うんです」と冗談とも本気とも取れない例の面持ちで告げた。客席は皆、遠慮がちに笑う。 このようなときに予定通り公演をするべきか、中止にするべきか、迷った。 多くの劇場が迷い、それぞれの判断で中止、催行を決めた。それはどちらも正しい判断だったと僕は思う。そしてパルコ劇場と僕は、一人でも観客が来てくれる以上、幕をあけようと決めた。こんなときだからこそ、劇場の灯りを消してはいけないと思った。 そう公演催行への思いを語り、そんな中、来場してくれたことへの感謝の意を表したあと、こう言って舞台を去った。 「皆さんに一つ、いいお知らせがあります。12日の公演は、やはり空席が目立ったのですが、おかげで役者が肩の力が抜けていい芝居をしてくれました。今日も若干空席がありますから、あ、これは僕の人気が落ちたからというわけではなく、こういうときだからですので誤解の無きようでも今日も彼らはきっといい芝居をしてくれると思います」 果たして芝居はどうだったか。 小日向文世、段田安則、白井晃、小林隆、ほか役者は揃っている。その中でも、今回よかったなーと思ったのは、今井朋彦だった いや、私はどこまでも小日向&小林ファンではありますがそして二人は、特に小林隆は言うまでもなく抜群に良かったですが舞台は1幕目が60分強。間に15分の休憩を挟んで2幕目が100分と長いです これから見る方、軽く何かをお腹に入れておくことをオススメします。 しかし終ってみれば、2幕目がそんなに長かったとは思えないほど、あっという間だった。 そして、この芝居の真髄は最後の最後に訪れる。 そうか……。それまでのやり取りはすべてこのためにあったのか。 不条理。そう、切なくも悲しい不条理を、三谷幸喜は描きたかったのではないか。 会場には、日本赤十字社を通して今回の震災の被災者に当てる募金箱が用意されていた。三谷さんも「僕も先ほど『ちょっと』入れておきました。皆さんも今日の記念に是非『ちょっと』」と言って笑いを取っていたが、帰り道、私も考えさせられた分『ちょっと』だけど入れてきた。
2011.03.16
金曜日に訪れた友人宅で今回の震災のことを知った。何人か駐在の奥さんが集まっていたのだが、みんなNHKで流れる映像に釘付けになった。それは、目を疑うような光景だった。今回の震災で犠牲になった方々のご冥福とともに、被災した皆様が一日も早く、落ち着いた生活を取り戻すことができますよう、お祈り致します。土曜のフライトで帰国の予定だったが、果たして飛行機が飛ぶのか。朝、夫が乗るVNと私が乗るJALに電話をする。VNは、震災のことを知ってか知らずか、今朝の成田発の便も飛んだし普通に飛ぶ、と言う。そうか、VNは飛ぶのか。あとはJALの判断次第?結果から言うと、JALも2時間遅れで飛んだ。こういうときは、早く空港に行ってチェックインしてしまうに限ると貧乏旅行の癖で、いつもより早く空港入りする。空港に向かう車中で、JALから2時間遅れのフライトとなる旨、電話を受けた。まあ、震災の影響で成田の出発が遅れたというのだから仕方が無い。あの何もない空港で何時間でも待ってやろうではないかこんなときに限って、空港までもスムーズに到着する。チェックインを通常通りし、恐ろしく高いカフェに入り、夫のPCで成田の状況を調べる。が、いかんせん成田のHPが重くて開かない。明日の朝、成田に着くまで何も判らないか……、と天を仰ぐ。その後一足早く、夫はPCとともにVNでハノイを発った成田で帰りの足の情報収集をしておいておくれ~12時を回るとカフェから売店からすべてがしまってしまうハノイのノイバイ空港。さっきまであんなにたくさんいてやかましかったアシアナ便利用者もいなくなり、閑散とした空港ロビーには我々だけひっそり取り残された感じが漂う。12時半近くになった頃、JALからペットボトルの水を差し入れされる。最近は空港には水を持ち込めないので、この差し入れはありがたい。一方、被災した人たちは水を手にできているのだろうか……と、再び前日見た津波の映像がよみがえる。予定通り2時前に搭乗となり、JL752便はハノイをあとにした。そして今朝8時半過ぎに無事成田空港に到着。あんなに心配していた成田からの足も、NEX、京成スカイライナーともに通常運行が開始していたおかげで、特に困ることなくスムーズに帰宅することが出来た。覚悟して足を踏み入れた我が家も、思ったほどのダメージはなく損壊したものは何もなかった。しかし、通販で買った安物の電話台が壁からずいぶん離れていた。またキッチンの引き出しがすべて開いていたのが留守中の揺れの大きさをうかがわせた。その隣にあった食器棚の食器が全部無事だったのは、突っ張り棒のおかげに違いない。それにしても、こんな帰国を体験するとは夢にも思わなかった。被災者の日常生活を取り戻すことは勿論、我々首都圏に住む人の生活も、日本経済もこれからが正念場を迎えることだろう。私には何ができるだろうか。やはりまずは募金、だよね。そして今回、旅先でいろいろな災害情報を得たり、安否の確認をするのに、facebookやMixiといったインターネットによるツールが非常に役に立った。おかげで個別のメールは最小限にでき、デマのチェーンメールに惑わされることもなかった。皆さんの発信した情報に助けられたかも知れません。ありがとうございました。
2011.03.13

「ベトナムってフレンチが美味しいんですよねどこがお奨めですか?」 何度ツーリストに言われたことだろう 「ベトナムで、いや、少なくともハノイで美味しいフレンチを食べたことが無いねぇ」 何度ツーリストにがっかりされたことだろう 時は経ち、果たして状況は変わっているのか そんな検証に、友人たちが付き合ってくれた今日のランチガイドブック的に紹介をすれば「フレンチヴィラの一軒家を改装したレストラン。シェフは元ソフィテル・メトロポールの総料理長で、各国の要人も訪越時には立ち寄る有名店」ってなもんだろうか。 確かに先日スパイスを買いに立ち寄った1Fの売店には、シラクや小泉やどこぞの王族っぽい人だのの訪問時の写真が飾ってあった。 よし、張り切って行ってみようベトナムのレストランごときで、入り口でジーンズはお断りですなんていわれると 相当むかつくので、一応今日はジーンズはやめておいたが、同行した友人はしっかり ジーンズだった。ちぇ~~~っ、やっぱりジーンズでも良かったんですね~~~ま、私の市場ジーンズとは違って、彼女のはおしゃれジーンズでしたが。 ランチは14.5ドルのプリフィクススタイル。グラスワインが一杯つく。 事前にいろいろな噂を聞いてはいたが、なるほど、そういうことか、という気持ちにさせるテーブルセッティング。 出てきたバターを見て、びっくりす、硯ですか前菜は「牡蠣のなんちゃら」「家鴨のリエット」「テリーヌと自家製ピクルス」 メインは「家鴨のコンフィ」と「豚肉のなんちゃら」 デザートの「なんとかケーキと黒ゴマアイスクリーム添え」と「シューアイスの チョコレートソース添え」 ここのシェフ、どうやら長方形のお皿を縦長に使うのがお好きらしい。 で、肝心のお味だが、牡蠣は結構美味しかった。リエットも悪くないが、いかんせん量が多すぎ。テリーヌも味はいいが量が多そうだった。で、ピクルスが美味しかった~~~ メインの家鴨はとにかくしょっぱいと友人が文句を言っていた。私の選んだ豚料理は味は良かったのだが……。 「これってさ、『Nha Hang Ngon』の豚の串焼きとブンチャ混ぜた味じゃない?」 思わず、同じものを頼んでいたもう一人の友人に言ってみたところ、仰るとおり、との 同意を得た。それを聞いた家鴨を食べていた友人は 「うっそーじゃあ、Nha Hang Ngonでいいじゃ~ん」と衝撃を受けていた。 そう、Nha Hang Ngonとの価格差はどうしてくれるのだっ デザートは、うっかりキハチの黒ゴマアイスをイメージしてしまった私には、ゴマゴマしすぎていて、喜八氏には遠く及ばず。でもケーキはほんのり温かいケーキで中には(多分) ランブータンのコンポートが入っていて、まずまずの味。そして友人のシューアイスは小ぶりとはいえ3つもあり、多いよ良かったらこっちも食べてよっと友人はしばらく奮闘していたが、一つはシューだけ残していた。 友人に高いランチに付き合っていただいたのに申し訳ない結果だが、やっぱり ベトナムのフレンチはビミョウだよねという結論に至った。 が、ここで我々にある種の疑念が湧いた。 ここのフレンチを、大方のフランス人はおとなしく食べているっ ランチを自ら作っているとは思えないが、そもそもここのシェフはフランス人なのだ。きっと我々が文句を言おうものなら、お前らにフレンチの何がわかるっくらいのことは言うだろう。お前らは日本人が作った日本人向けフレンチでも食って満足していろっなんて言われた日にゃ~、フランスまで嫌いになってしまうので、じっと我慢する。 まあ、フランス人がコレでいいならいいんじゃないっすか~ フランス人はこの料理を食べて、おお、オリエンタルとかエキゾチックとか思うんだろうし。 そして、貧乏舌と言われようとなんと言われようと、個人的な意見としては、今も昔もやっぱりハノイのフレンチはビミョウですっと言わせて頂きたいっ!そして日本と違って「水」も買わねばならないこのお店。 追加でガス水を3人で1本と食後のコーヒーを頼んだら、14.5ドル++のランチはなんと22ドルになった 絶対日本のフレンチの方が美味しいって~神楽坂のフレンチ、万歳と思った今日のランチ検証であった。 ● Verticale 19 Ngo Van So
2011.03.09

夫の仕事関係の方と夕飯をご一緒することになった。今日のチョイスもベトナム中級レストラン。今夜はエビの炭火焼だ~何は無くてもエビと楽しみにしていたのがコレ。やっと出会えた「炭火焼」が食べたかったのっと、力が入ったのだが、期待していたような感激の美味しさではなくて……。いや、美味しいんだけど、ふつーに。でもベトナムのエビってもっと美味しくなかった?これは、今回あちこちで食べたり、生きているのを買ってきて家で食べたりしている中で共通の印象。あれ、私、ベトナムのエビの味、美化しすぎていましたかいやいや、そんなはずは……。何か理由がありそうな気がするのだが……。誰かに聞いてみよう。ちなみにザオモンにんにく炒めを頼んだが、ここでもないと言われた。なじぇなじぇ?珍しいもんでもないのに~、ザオモン(空心菜)なんてっ。代わりに頼んだのはまたまたザオスースーの炒め物。鶏肉とカシューナッツ炒め焼きイカ(写真なし)カインチュアとご飯そして、ハノイなのにサイゴンビール押しのこの店の不思議。● Quan Com Pho 29 Le Van Huu
2011.03.08

今日は国際婦人デー 昔からベトナム人は、インターナショナルウィメンズデーには女性に花を贈らねばっなどと言い、日本人男性に疎ましがられていたが、正直、本当にインターナショナルな決まりごとなのかと疑っていた頃もあった私。 実は、この国際婦人デー、1910年に国際社会主義者会議で「女性の政治的自由と平等のためにたたかう」記念の日とするよう提唱されたことから制定されたものらしく、1966年にはソ連の休日にもなったらしい。なーるほど、旧ソ連の影響だったわけだ一方、今日のNHKニュースでは国際婦人デーゆえのイベントを紹介していて、おお、日本でも国際婦人デーが注目される日が来たのか!と驚いた。 今年も例に漏れず、この日に向けて花の値段が高騰しているようだ。町の花屋さんも今が勝負!と、気合を感じさせる。 かつての私の行き着けだった、今はもうない1912市場の花屋のおばちゃんは今頃どうしているだろうか……と思ったりもしないでもないさて、せっかくそんなウィメンズデーをベトナムで迎えたのだもの私もしっかり便乗させていただくことにする昨日見たIpa-Nimaのバッグ、買わせて頂きますということで、再びイパニマ本店へ。 購入のポイントはこのポケット。 ここに鍵を入れれば、鍵が無い、無いと毎度大騒ぎをしなくてもいいではないかっ ちなみに、いくら儲けたんだ、イパニマといいたくなる本店はこんな感じ。 バッグを買ったあとで、日本にある手持ちのバッグにあいそうだな~と思っていたチャームを握り締めてしばし悩む。だってこの店のもの、どれもこれも高いんだものしかーし、ここでいくら悩んだって、次回来た時にさらに高くなることはあっても安くなることは 絶対にないはずと意を決して買うことにした。 「今日はウィメンズデーだもんね~」と言ったらお店のお姉ちゃんたちもそうだ、そうだと同意をしてくれた。これで夫が私に何をプレゼントしようか悩まずに済むわね~なんて軽口をたたきながら支払いを済ませた。 店を出ると、この近くにフィスラーがあったことを思い出す。日本より安いと聞いていたが、果たしてどんなもんなのかと思って覗いてみることにした。 あっ小さなショップに入ったとたんに思い出したストウブの鍋を傷つけないようにナイロン素材のお玉を探していたんだった~。なぜここハノイでレードルを買って帰る必要が あるのだという疑問はさておき、思い立ったとき、出会ったときに買っておくのだとばかりに、お玉を購入。 実は肉たたきにもムラムラしたのだが、これは重いし高いので止めた。でも日本で買ったらもっと高いんだろうなぁうーむ、悩ましい。 実は私のウィメンズデーショッピングはこれだけではなかったイパニマに足を伸ばす前に町を歩いていたところ、最近あちこちにあるという「Made in Vietnam」なる店を発見皆、あちこちにあるよ、と言うのだが、じゃあ、どこにある?と聞かれると答えに困る店らしく、未だ発見に至らなかった店だった。早速覗いてみた。はっはーん今のベトナムのポジションをしみじみ感じることが出来る店だった。そこで売られていたのは、どこから流れてきたであろう、バナナリパブリック、GAP、アバクロ、ZARA、MANGO、Forever21などのファストファッションと呼ばれるブランドの服だった。製造国はベトナム及び近隣諸国(カンボジア製が混じっていた)。 当然のように私はここでもZARAのニットとアバクロのポロシャツを買っていたのだった。国際婦人デーは、我が家では単に「HANOIショッピングデー」と化し、ベトナム経済に貢献しただけなのであった。 ● Ipa-Nima 34 Han Thuyen● Fissler 4 Ham Long 他● Made in Vietnam 20A Hang Bon Tho Nhuom 他
2011.03.08

友人から「ネイル行くけど、いく?」と誘ってもらったので、便乗することにした とはいえ、我々のことゆえ、素敵なネイルサロンに行くわけではなく(果たしてそんなサロンはハノイにあるのだろうか)、行ったのは超ドローカルのネイルサロン これが久しぶりに震えが来るほどの古きベトナム的サービスの店で、私の担当だったネイリストのお姉ちゃんの態度は、こう言ってはなんだが「お前、けんか売ってんのかっ」というほどひどかった。 「サービス」なんていう概念を全く持って知らなかった十数年前のベトナム人を彷彿させてくれるではないか。今でもいるんだー、こういう人そのネイリストは、決してばーさんではなかったのだが、外国人と眼を合わせると魂が吸い取られるとでも思っているのか。何がそんなに気に入らないのかと聞きたくなるほど、ふてくされた態度だった。 「あの人、いつもああなんだよね」と友人は言っていた。彼女はベトナム人客相手でもああいう態度なんだろうか。是非知りたいところだ。ただ店員同士でしゃべっているときも、決してフレンドリーな雰囲気を醸し出してはいなかった。 ネイル160,000ドン今年のこの時期のハノイの寒さは尋常ではないおかげでサンダルで出歩けそうもなく、せっかくだが、ペディキュアは諦めることにした。天気予報によると、明日からハノイはさらに冷え込むらしい私が持ってきている綿の半袖ニットは日の目を見ずに日本へ帰るわけ~ ネイルの後、フォーを食べた帰りにフォー屋のご近所にあるベトナムブランドの有名店である「イパニマ」へ立ち寄る。 なんと立派な自社ビルを建てたようで、本店が引っ越していた(ずいぶん前の話らしいが)。本店正面の階段を上がりながら 「イパニマ、いくら儲けたんだ」とつぶやいたら、友人も大笑いしていた。 だって、十数年前はすっごいローカルブランドのビーズバッグ屋だったんだもの…… 午後は友人の子供のお迎えに便乗し、ここ数年でこじゃれた店が増えたエリアへ足を伸ばす。 ドサクサにまぎれて私もインターナショナルスクールの図書館まで見学し、帰りは駐在マダム御用達の食材屋や洋服屋をチェックして、カフェでお茶を飲み、今夜のおかずと デザートを調達して帰ってきた。 持ち帰って食べたアップルパイとチーズケーキ半分こそれにしても食材店で手作りのパスタソースが冷凍されて売っていたり、気軽にハムやサラミが買えるようになっていたりするのには本当に驚かされる。 私が住んでいた頃は、お料理上手の友人宅が一番ご馳走を食べることが出来るところだったのに~ 手作り冷凍パスタソースこうして今日は、久しぶりのちょっとだけ駐在マダムな気分を味わったのだった。
2011.03.07
ここ数日、夫が熱血仕事中でPCもなかなか使わせてもらえそうもないし、ランチに出ることも難しそうなので、先日オーダーした太極拳パンツを受け取りに行き、ついでにお昼ご飯もゲットしてこようということになった。 珍しく往路はタクシーを使うことにしたのだが、これが失敗だった。このところ交通量がとみに増えたハノイは一通が増えて、恐ろしく大回りをしないといけないことが多い。今回もやや大回りをしなければいけない道だったようで、思っていたより時間がかかった。こんなことなら最初から歩けばよかった そんなこんなで仕立て屋さんに到着 おばちゃんに預かり票をひらひらさせながら挨拶をすると、ちょっと待ってろ、といい、隣にいたお姉ちゃんになにやら指示をしている。もしや、まだ出来ていないのかっ と思ったら、お姉ちゃんが「こっちにはないよ」といわんばかりのむっつりした顔で戻って来、なにやら言われたおばちゃんが手元の仕上がり品のラックを見たら、ちゃんとそこにあった。「オイゾイオーイ」と私が言ったら、おばちゃんも可笑しそうに「オイゾイオーイ」と笑っていた。 はぁぁぁぁぁ。ったく、いちいちめんどくさい国だ。そんなこんなはあったものの、太極拳パンツを無事ゲットして、帰り道、先日友人に連れて行ってもらったこじゃれたカフェでお昼をテイクアウトすることにした。 間口が狭いわけではないのに、なぜかこの店は見落としやすいのは私だけだろうか。やっと見つけて、ブリトーとなんとかサンドを頼んだのだが、これがえらく時間がかかる。なぞ。 カウンター前の席で、じーーーーーーーっとカウンター内の様子を見ながら待っていたら、どうも私の視線が気になったらしい、ひとりちゃきちゃき働いている子がお水を持ってやってきた。 「もう少しお待ちください」とお水を置いて、またカウンター内へ戻る。 おおぉーっ、こんなサービスが出来る若い子がいるとはっベトナムも捨てたものではないじゃないかっしかし残りの数人は昼時のせいなのか、やる気のなさが満ち溢れていた。 たかがブリトーとサンドイッチをオーダーしただけで20分近く待たされた。しかもその間に、ぼやっとした男の子には朝ごはん用に購入したクロワッサンを、なぜかその場で食べる状態でよその席に運ばれそうになり、途中で気づいた女の子が(それもお水をくれたちゃきちゃきした子だった)あわてて呼び止め、その皿を引っ込め(多分そのまま袋に入れて)持ってこられたりした。そういえば、チョコレートケーキをテイクアウトする欧米人のおっちゃんも何か間違いがあったよう で、店を出たところで呼び戻されていた(それも同じ女の子が対応していた)。さして混雑しているわけでもない店に、それなりのスタッフがいるにもかかわらず、なぜかてんやわんやなカフェなのだった。あのちゃきちゃきした女の子以外、働いていることにはならないのではないだろうか。 この間は友人と奥の席に早々に引っ込んでしまったので気づかなかっただけなのか。知らないことって案外幸せなのかも……なんて思ってみたりして帰宅して食べたサンドイッチとブリトーは、それなりに美味しかった。 果たして明日の朝、一度温められたであろうクロワッサンは美味しく食べることができるのだろうか写真はオーダーした太極拳パンツ。 シャンパンゴールドっぽいベージュの大人しい色目で作ったら……パジャマのようになってしまったもっと派手派手しい色でもう一着作るかな。● Dao Oanh(ローカルな仕立て屋) 68 Hang Trong
2011.03.06
今日は友人のご主人がマネージメントしている和食レストランへ行ってきた。こちらのお店は最近出来たようで、お店はきれいだし、メニューは煮豚だの鉄板餃子だのと懐かしの日本の居酒屋さんにやってきたようであるランチの価格もお手ごろなようで、最近は近隣の外資系企業に勤めるベトナム人のOLたちも週に2回くらいは普通に和食ランチを食べに来ると聞き、ここでもまた「越人、豊かになったのね……」と驚かされる。お手ごろったって5~7ドルのランチを普通に食べるとは~~~~寒い日だったので、我々は鍋をメインに頂いた。ああ、寒い時の鍋って幸せよね鍋も煮豚もマグロのサラダも美味しかった。一番驚いたのは、テーブルに店員を呼ぶベルが置いてあったこと。まさに、日本の居酒屋っ「エム、オーイッ」って叫ばないで済むのねっハノイでこんなものを見かける日が来るとはっ。そしてこんなにびっくりした割りには写真を撮るのをまたまたま忘れた私なのだった。店に行く通り道にあったCD屋に立ち寄ったところ、怪しいマイケルのライブDVDが売っていて、心がときめいたのは内緒です● The Tokyo Red Grill (Sun Red River 1F) 23 Phan Chun Trinh 3944-9468● Music Shop 20 Hai Ba Trung
2011.03.03
そもそも日本では引きこもり気味な私。 久しぶりのハノイと、ホテルのリニューアル工事のあまりの騒音のせいでこの10日間やけに活動的だったが、そこそこ静かな部屋に移動し、いよいよ本領発揮。 ということで、本日は引きこもり決定実は、昨日エレベータの鏡に映った自分の背中がやけにずんぐりしていることに気づいてしまったはぁぁぁぁぁぁっ、ショックぅ 仕方ないので、念のために日本から持ってきたピラティスのDVDをDVDデッキに入れてみると、なんと写った~以前の部屋のテレビでは何度チャレンジしてもDVD画面に映らなかったのだけれど、今回はあっさり切り替わった。 このDVD、私がジムに通いだす前に購入して一時、家ピラティスをしていたときのものなのだが、いきなり「ゲ~イ」という感じのおじさんが登場して、指導してくれる このおじさん、セリーヌ・ディオンの指導などもしていると帯に書かれているが、セリーヌ・ディオンがナイスバディだという話は特に聞いたことがないのは私が欧米人に無知なだけだろうか。で、まあ、おじさんのメニューと、私の日頃の師匠のメニューをミックスして適当に体を動かす。 ついでに思い立って、太極拳も始めてみる。果たして一人でも出来るのか石の上にも3年、とはよく言ったものだ。始めてから3年以上経つ24式はなんとなく怪しい空気は漂うものの、一人でも出来たわーい 調子にのって32式を始めてみたが、途中で判らなくなった。まあ、そんなもんだろう。 ひとしきり体を動かした後は、ジャムおばさんの登場である。昨日、市場でゲットしたドラゴンフルーツを使ってジャムを作る事を試みた。 「タインロンでジャムを作ってみようと思う」と告げられた友人たちは口をそろえて「きっと美味しくない」と言い切った。 まあ、多分そうなんだろうけど、こんな酔狂もハノイでなければしないし~と思ってまずはやってみることにした。 結果は、まさにみんなが言うようにビミョーな感じだって、そもそもビジュアルがよろしくない。これは友人にも指摘されていたんだけど……。 まあ、なんていうのかしら、かえるの卵チック?! いやいや、白いキウイだと思えば、なんのその(強引) と言うわけで、きっとみんなが嫌がるであろうタインロンジャムが完成した。 水っぽくて、ジャムと言うよりコンポート(そんな素敵なものではないけど)か? これを土産だと言って差し出されたら、きっと日本の友人も嫌がるだろう。でも差し上げます(きっぱり)。これは世に言う(言わない?)「いやげもの(貰って『嫌』な『土産物』の意)」に堂々の仲間入りすること間違いなし その後、昨年夏にあまりの暑さに頓挫し、秋の下らぬ仕事ラッシュでそのまま放置されたマイケルの自伝を読み始めた。 が、あーら、不思議、英語を読み出したらあっという間に眠くなった で、ソファで爆睡していたところ、夫が帰ってきてしまった。 ハノイにいても東京と変わらぬ、正しい引きこもり生活を送った一日だった。 【追記】ちなみに、熱が取れたタインロンジャムは、なんと粘度が出てきて、ますます怖い感じになったことをご報告しておきます。
2011.03.02
レセプションの女の子に「SIMカードを買いたいんだけど~。領収書を出してくれる店、知っている?」と聞いた。 今朝、夫から「携帯電話のSIMカードを買っておいて」と頼まれた。うーん、簡単に言ってくれるねぇと言いながら引き受けた。SIMカード自体はどこでも売ってはいる。が、夫の場合、仕事の関係で領収書が必要なのだが、実はこれが曲者でベトナムでは公式の領収書を手に入れようと思ったら、店を選ばないといけない。 「どこで領収書もらえる?」と聞いたところ、「うーん、それが難しいんだよなあ」 などと言いながら出かけてしまったのだ。オイッ そんなわけで、仕方なく、宿のレセプションで相談することにした。するとレセプションのおねーちゃんは、ほれほれ、お前の出番だ、とばかりに隣にいたお兄ちゃんを呼び、お兄ちゃんが任せてくれ!とばかりにやってきた。詳しいお兄ちゃんが説明してくれるのかと思ったら、ついて来いという。どうやら案内してくれるらしい。 そんな近くにあるのかー彼についていくと、ホテル裏手のショッピングセンター(というほどのシロモノではない)を通り過ぎ、ビルを出た。すると道路を渡った向かい側の超ド級ローカルのケーキ屋へ ケーキ屋でSIMカードも売っているのか~しかし、ここで領収書が貰えるとは思いがたいが……。しかも私にはもう一つクリアしないといけない問題があった。 SIMカードはチャージする金額によってその有効期間が変わる。夫の次回出張はおそらく早くてもゴールデンウィーク前後。最低でも3ヶ月は延長できる金額をチャージしなくてはいけないのだが、それがいくらなのかがわからない。そこでホテルの兄ちゃんに歩きながらその旨を説明したのだが、今ひとつ理解してくれないそれって私の英語力のせい?それとも彼の英語力のせい?! 3ヶ月か6ヶ月延長したいんだけど、チャージする金額で決めたい、と言うと「そんなのはベトナムではポピュラーではない」なんてわけの判らないことを言う。百万回説明し、いろいろ例を出したり、言い方を変えたりしてようやく理解してもらえたようだ。結果、30万ドンのチャージで3ヶ月は延長される「らしい」ことが判りほっとする。 しかし、それは正しい情報か~?!そして、領収書はこの店で出るのか~?! 問題は解決していない。しつこく確認すると案の定「領収書はベトナムではポピュラーではない」という答えが 判ってるよ、だから聞いたんだもん振り出しに戻った。 店からホテルのロビーへ戻る道々、領収書が必要なので他の店を探すから、キーワードをベトナム語ではなんというか教えてくれ、と頼み、メモを見せる。これは部屋を出るときにあらかじめ私が用意しておいたキーワードメモである。 今、私が必要としているのは、トンチンカンな越人のヘルプではなく「チャージ」、「3ヶ月」、「6ヶ月」、「領収書」の4語なのだっこれに得意の「バオニュー(数量を聞くときの万能フレーズ)」があればきっとどうにかなるはず 領収書は他で貰った領収書を見て「ホアドン」ということが判っていたので、発音を確認する。こういうとき、声調が6つもあるベトナム語は難しくてイケナイが、幸い「ホアドン」の発音は簡単だったお兄ちゃんが書いてくれた「3ヶ月」と「6ヶ月」は「3月」「6月」だった。うーん、本当にそれでいいのか、ベトナム語よ。 テクテク歩いてSIMカードを売っていそうな店を探しまわる 2軒ほど「SIM」と書かれていた店で聞いてみるが、やはり領収書は出ないという。ふと、先日、太極拳パンツをオーダーが出来そうな店を見かけたのがこのあたりだったなあと思い出し、SIMカードより先に午前中に買った布でオーダーすることにした。そこで、太極拳パンツをオーダーした店で、おばちゃんに 「チョートイSIMカード(SIMカード下さい)」 「チョートイホアドン(領収書下さい)」 と、見当はずれなことを言ってみたところ、唐突な私の主張をおばちゃんは、見事理解してくれた大体ベトナムは若い兄ちゃんよりおばちゃんの方が勘がいいあそこの店にいけ、と教えてくれた。やはり中途半端な英語より、大事なのはパッションだ 教えてくれた店も、一見、領収書が出そうな店ではなかったが、一応、おばちゃんに従い、行ってみることにした。 おばちゃんの店に程近いその店は、店と言うより屋台のような雰囲気を醸し出している。店頭には雑誌が並べられているが、その後ろの壁にはたくさんの電話番号と思われる数字がたくさん張り出されている。 ははーん、越人、ここでラッキーそうな番号を選んで買うんだなと思いながら、例のメモを見て繰り返す。 「SIMカード下さい」「領収書下さい」「チャージはいくら?」「3ヶ月」 まるで禅問答のようなこの問いかけに、店番をしていたばーちゃんは怪訝な顔をしたが、後ろにいたおばちゃんがすぐに理解して、これか?と領収書をぶんぶん振り回して見せた。 そう、それよ~~~30万ドンで3ヶ月という期間もクリアできるとのことで、そこでSIMカードを購入。 50万ドン払ったら、20万ドンにプラス7千ドンのお釣りが来た。 7千ドン?と不思議そうな顔をした私に、おばちゃんは「ディスカウント」と言って笑った。領収書を出さない店ではディスカウントして売っていることが多いらしいが、領収書を出すのにディスカウントしてくれるんだー(領収書は満額で出すのに)。 それにしても、領収書一つでSIMカードを買うことがこんな大仕事になってしまうベトナムって、本当にどうしたものかと毎度のことながら思うのだったホテルに戻って、レセプションの兄ちゃん、ねーちゃんに「買ってきた」とガッツポーズをして見せたら笑われた。 笑わせるのはいいが、笑われるのはいけないと心に固く誓っているのにあちこちで笑われているような気がするのは私の気のせいだろうか● Kios 1 71 Hang Trong
2011.03.01

友人が車を出してくれて、午前中は市場へお買い物ホム市場は2Fが布屋さん街になっている。ここで太極拳パンツ用の布を買う。1.8メートルで9万ドン。うー、微妙。もうちょっと値切れたかもでも値切る「根拠」がなくて断念。1Fに降り、果物にエビ、いか、鶏肉に野菜と荷物が重くなる心配をせず、たんまり買い込む。これで我が家の夕餉の食卓が豊かになるというものありがたし今夜のメインディッシュは、エビマヨだ~しかしエビが元気が良すぎるのが気がかり。私が調理する頃には無事にお亡くなりになっていて欲しいのだが……。そういえば、前回あまりに高くてぼられた疑惑のあったイカだが、やはり今回も高かったテトで物価が上がって以来、下がってないのだという買出しのあとで両替の為、金屋に寄って貰う。前回換えたときとレートが若干変わっていて一応、毎日反映しているのね、と再確認それにしても、ハノイなんて100ドルも両替すれば1週間は楽に暮らせた(宿代除く)のも今は昔。あっという間にお金が消えていくそしてお腹はちゃんとすく。しかも毎日ベトナム料理というのも飽きが来る。そこで今日は新しいカフェに連れて行ってもらう。お店に入って驚いた。これはハノイ版スターバックスですか~ メニューもベーグルサンドイッチやらブリトーやら、やけにハイカラブリトーとウィンナコーヒーを頼んでみると、ちゃんとした生クリームで感激。コーヒーも美味しい 聞けば、この店はラオスのチェーン店で、ベトナムコーヒーより飲みやすいラオスのコーヒー豆を使っているんだとか。ラオコーヒーその昔訪れたラオスでこんな美味しいコーヒーとは出会えなかったけどブリトーにウィンナコーヒーで、11万ドン。これまた結構いい値段であるでもベトナムの喧騒に疲れたときに、とってもオススメ。● Joma Bakery Cafe 22 Ly Quoc Su 54 To Ngoc Vanにも支店あり
2011.03.01
前回髪を染めてからちょうど一ヶ月。根元が延びてきてかなーりみっともない感じになってきた。そこで今日はハノイでヘアカラーに挑戦少々前髪も鬱陶しいのだが、やはりカットで失敗されると帰国後、いつもお世話になっている美容師さんにがっくりされるので止めておくハノイでも最近は日本人スタイリストがいる美容院があるんだそうで便利になったよなあ、としみじみする。私が住み始めた頃は、それこそ英語が通じる美容院なんて、メトロポールくらいにしかなかった。みんな旅に出たときにタイのバンコクで切ったりして、それはそれはご苦労をしたものだった。かくいう私もベトナムへ来た当初、もう私はオノヨーコみたいになっても髪は切らん!なんて言ったりしていたらしい(夫談)。 で、その日本人スタイリストがいる店は、最近日本人がたくさん住んでいるエリアのお話で、私のいる街中(最近の人はそちらが街中だと思っているらしいけど)からは少々遠い。 そこで私は友人の一人が行っているという街中にある外国人向けの美容院へ行ってみることにした。 行ってみてすごいな~と思ったのは、その美容院の美容師さんの殆どが英語を話せること。 もともと外国人向けで始めた店だから当然なのかもしれないが、日本の美容院で英語が出来る美容師さんに当たることはそんなに多くはないんじゃないだろうか もっとも私の担当をしてくれた人はあまり英語が得意でないようで、カラーを決めるときや顧客カードの書き込みを依頼してくるときなどは別のスタイリストさんが代わってくれてはいたが。 私が行った時間帯には欧米人以外にもベトナム人富裕層と思われる男性が来ていた。うーん、越人、豊かになったよなあ……とここでも思う。 で、越人スタイリストくんの仕事は意外と丁寧だった。仕上がりも今のところ問題なしこの後、髪を洗ったらキシキシするかもしれないけど まあ「ベトナムで髪を染めた」というネタを土産にして、日本の美容師さんとの再会を楽しみにすることにしようちなみにカラー料金は70万ドン~。● THE HAIR WORKSHOP 49 Hai Ba Trung, Hanoi Tower Shopping Center 1F
2011.02.28

お昼ごはんを食べたあと、ついでにハンザ市場で買出しをすることにした。判ってはいたが、この時間の市場はやる気のなさに満ち溢れている。野菜の陰で布切れをかぶって昼寝する気まんまんのおばちゃんたち。ちょっと野菜を見ていたくらいじゃ起きやしない。そんなムードの中では買い物をする客の方が不利である。ちょっとやる気のある起きているおばちゃんから買い物をするしかない。しかーし、私は今夜のご飯のおかずを買わねばならないのだ 結局、ちょっとやる気のあるおばちゃんから豚肉とキャベツを買った。今夜はホイコーローにするかな。今夜のおかずではないけれど、ついでに春雨を探した。春雨と言えば、先日Mさんが「一昔前は大きな束から必要な分を取り分けるのが面倒だったけれど、最近は小袋で1回分ずつ売っているのよー」と言っていたっけ、と思い出し、きょろきょろ探す。あ、あったほんとだ、小袋だ……と思ってみていると、「ミエン チュンコック」とおばちゃんが言った。えーっ、チュンコック(中国製)か~と思いながら、ふと横を見ると、若干使いやすい形に変わっているが昔ながらの、むき出しの束のものもある。「ミエン ベトナム?」と聞くと「そうだ」という。なるほどベトナム製の春雨をまとめて買った。バッチャン売り場を覗いたが、やる気のない時間帯の市場では、先日よりも休業状態で、またしても上沼の安否は確認できなかった。
2011.02.27

お天気が良くなって、気温が急に上がってきた数日前まで要フリースと言う感じだったのだが、今日は長袖シャツを羽織っていれば十分な気温で嬉しい寒いと温かい汁麺が食べたくなるが、こうなったらお昼はブンチャだブンチャと言えば、Dac Kim。おそらくは日本のガイドブックにも載っているんじゃないかと思われる有名店だが、実は私はそこにしか行った事がない。 あー、この味よ~。これぞ、キングオブベトナム料理だな~Dac Kimではネム(北部の大きな揚げ春巻)を1本つけて6万ドンだった。まあ、他の値上がりを考えれば妥当なところ、なんだろうか。今日は夫の行きつけであるHang Manhの店に行ったが、私はどちらかと言うとDuong Thanh店派。
2011.02.27

なかなか美味しくて気に入ったPappa Rotiのパン。夕べ、インド料理屋へ行く前に、旧市街の店舗に立ち寄って焼き上がりを待って再び購入。店の前は焼き上がりを待つ越人でいっぱいだったが、その中に混じって買ってきたお店はいたってシンプル。その場で作って、その場で焼く。 ド金髪の越人に度肝を抜かれるが、意外とまじめに働いている 並ばない越人に混じって買い物をするのは結構大変 そして誰もいなくなったRotiというからにはマレーシア系の企業に違いないとちょっと検索したところ、このPappa Roti、なんとすでに心斎橋に上陸しているとかhttp://namba.keizai.biz/headline/631/「次は東京」と言っている割には、東京で見かけたことはないのだが(私が知らないだけ?)、今でも心斎橋店は生き残っているのだろうか
2011.02.27
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