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○オレがやらねば誰がやる他人よりも 少し余分に働いていると何だか 損したような気がする他人が サボっているように見えて他人が 楽しているように見えて何で 自分だけがアクセクするのかと疑問に思ったりするでも 他人よりも余分に働くのはこれは 名誉なことだ他人に楽させてあげることは日本男児の心意気だどれだけガンバっても他人を非難し 攻撃したのでは誰一人 後から付いて来ることはないどれだけ努力しても恨み 怒っていたのでは誰一人 仲間にはなろうとしない黙って ニコニコと働くことだオレが一番の働き者だと 自分を誇りに思うことだ他人の役に立てて嬉しいと心底 思うことだ眦を決して 出撃していった特攻隊員は恨まず 怒らず 心穏やかに こう言い残して 飛び立って行った「オレがやらねば 誰がやる」特攻隊の献身そして 我々の ほんの小さな献身神様は 全てご存知だ愛は 与えた人のものになる損をしたと思う人ほど神さまから 多くのものをもらえるのだ
2019.05.31
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☆2019年5月29日☆[いじめから子供を守ろう メールマガジン]■□ 正しき者は強くあれ □■小説「クォ・ヴァディス」の使徒ペテロの話、作者の創作だと思っていたのですが、浅学を恥じますが、本当の話だったようですね。知りませんでした。イエス・キリストが十字架にかけられた後、使徒ペテロがローマから逃げる途中、アッピア街道で夜明けの光の中に、こちらに来るイエスに出会うという話は、どうやら歴史上の事実だったようです。使徒ペテロの眼前に降臨したイエス様を祭った教会が、アッピア街道に建っています。私の最大の暇つぶしである読書。乱読する様々な書籍からの知識ですので、雑学レベルであり、アカデミズムやら学術的な知識とは程遠く、こうした事実誤認があるわけです。私は至ってケチですから、気に入った書籍は何度も読み返します。こんな安上がりな娯楽はないと思っています。古本ですと、数百円で何時間も楽しめます。書籍は、本当に千差万別です。一度読んだら、もうお腹いっぱいになって、二度と読まない本もあれば、お気に入りになって、ボロボロになるまで読み返すものもあります。戦記物に時代小説、SFと、多岐のジャンルを渉り歩いております。そのバラバラのジャンルに、あえて共通項を探すならば、心とか精神性、あるいは「感動」かも知れません。愛であったり、自己犠牲、勇気に智謀。克己心や武士道でもあります。その中で一番、再読に耐えるのは、意外に宗教性のある著作です。冒頭に述べた小説「クォ・ヴァディス」が、その筆頭ですが、ストウ婦人の「アンクルトムの小屋」、三浦綾子の「塩狩峠」など、自己犠牲と愛の精神に、心が震えた作品は、当然のことボロボロになるまで何度も読み返します。宮沢賢治も加えておきたいですね。しかし、それがどうも最近、素直に感動できなくなって、少し困っています。私に知恵がついたのか、俗世間に染まって、清らかな心を失ったのか、はたまた、歳を重ねて素直さを失ったのか、自分ではわかりかねますが。ともあれ、感動できないことが多くなった原因を考えてみますと、一つ思いつくことがあります。「自己犠牲は結構だが、もう少し何とかならなかったのかな」という思いが持ち上がることが多いということです。「自己犠牲」というものは、その人自身にとっては、信仰の勝利、天国への凱旋の道であることは間違いないと思います。しかし、「違う手段や結果もあるんじゃないかね」と、まあ、オジサンとしては、主人公に余計なことを言いたくなるのです。例えば「アンクルトムの小屋」の奴隷のトム。ご主人様の理不尽で残虐な命令に服従しないで、最後には、暴行を受け、まるで殉教するかのような死を迎えます。その渦中でも主人を許さんとするトム。その信仰心や、愛、自己犠牲の精神には本当に感動しますが、心の奥の何処かに、こんな声も聞こえるのです。「服従したふりして、内部改革したら?」と。その高い能力を買われて、奴隷頭として買ってこられたトムですから、相当のマネージメント能力はあったはずです。それを十二分に発揮して、ご主人様をうまく使うことは可能だったんじゃないでしょうか。少なくとも「殉教」せずに生き残り、農園のインサイダーで居続ければ、救える人も多くいたはずです。時代が違うとは言え、残念な気がします。まあ、でも、こういう内容だから感動するのでしょうが。「塩狩峠」の主人公にも、同じような感情を禁じえません。暴走する客車に身を投げ出して停止させて乗客を救うという物語で、これは事実に基づいた話しです。感動感涙の話で、事実、この事件の後、多くのキリスト者が誕生したことで有名です。でもそれでも「何とかならなかったのかね」と、どうしても思ってしまいます。この二つの話の主人公の、一体何が問題なのか、もう少し考えてみました。 もっとも、私はこれらの作品が大好きです。その精神性に感服もしています。作品が、愛や信仰、自己犠牲の気高い精神を伝えるための、分かりやすく誇張した表現を用いた部分はあるとは思っています。更には、キリスト教にも尊崇の念を抱いています。それでもあえて、この二人の主人公を題材とさせていただきます。問題の第一は、知恵と努力の不足が考えられます。努力が足りないというのは、誤解を招きそうですが、努力する姿勢は大いに評価しますが、「結果にコミットする」という意味で、適切ではなかったのではないでしょうか。西郷隆盛のように、殿様に反発して島流しになって再起する道もあれば、大久保利通のように、志は同じでも、殿様に取り入ってコントロールする道もあります。非常ブレーキの適切な操作や、智謀の限りをつくして、驚くような解決方法を見つけられれば、塩狩峠の自己犠牲の死は避けられたようにも見えます。すなわち、足らないのが「智慧」なのです。さらに、根本的な問題があると思います。それは、心の中に描いた理想像です。自己犠牲の極致としての十字架を、理想像として心の奥底に据えれば、信仰の証明、発露としては自己犠牲とならざるを得ないでしょう。正しき者が信仰の勝利として自己犠牲に至るのです。理想像を十字架とすれば、人生はその通りになります。その「正しき者が不幸になる」ことが、どうしても腑に落ちず、納得できないのです。「アンクルトムの小屋」なんか、いじめそのものじゃありませんか。理不尽で暴力的で、この南部の農園なんか、学校と同じ密室の聖域そのものです。正しいことを言って、悪から距離を取ったら、アンクルトムはいじめられ殺されたわけです。やっぱり、これではいけません。抵抗も必要、智慧も必要。何も暴力には暴力をと勧めているわけではなく、色々な智慧を絞って、しかも他にも助けを求めて、解決可能だと思えるのです。外部からの助けだって、アンクルトムにも及びました。かつての主人であるジョージ坊ちゃんが、トムの死の床に訪れてきたのです。バカ正直にガチンコで、極端にぶつかりあわなければ、ジョージ坊ちゃんの救いの手も間に合って、ハッピーエンドを迎えられた可能性も高いのです。殉教精神が上回って残念な結果になってしまったように思います。やはり、最後はハッピーエンドで終わりたいものです。いじめられようが、失敗しようが、いつも心に太陽を持って、しぶとく図々しく、知恵の限りに努力の汗を流す。世の中、そう捨てたものでもありませんから、捨てる神あれば拾う神あり、誰かが手を差し伸べます。希望を捨てずに、戦い続けてほしいのです。義人が敗れるなど、まっぴらごめんです。「正しき者は強くあれ」というではありませんか。悪になんぞ、負けちゃなりません。だから、心に描く画は、絶対にハッピーエンドにしましょう。仏教で言うではありませんか「利自即利他」と。自分も他人も幸福にするのです。悲劇なんか絶対に必要ありません。「人生、I CAN 勝利あるのみ」です!子供たちには、心の中で繰り返し、繰り返し、自分に言い聞かせることで、自分も環境も変わることができると信じてほしいと思っています。こしがやじろう☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆一般財団法人 いじめから子供を守ろう ネットワーク
2019.05.30
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○自分探し世界中を探し回っても自分探しは成功しない「自分」など 世界の どこにも見つからないだろう「自分の人生」なら自分自身で コツコツと創り上げていける一生懸命に勉強し家庭を作り仕事で汗を流し朋輩と語り合い涙しそんな一つ一つのブロックを組み上げて「自分の人生」を創り上げる腐ったブロックで倒壊する人もいる黄金でできたブロックを組み上げて宮殿を建てる人もいるだろう誰かに発ててもらうわけにはいかない自分自身で 汗をかいてコツコツと組み上げるのだ全ては 原因結果の法則の下にある仏教では「縁起の理法」というこの世に生を受けゼロから自分の人生は創り出した振り返り見ればそこに「自分」が見えるだろう自分自身の足で一歩一歩踏み固めた道その軌跡こそが自分自身だ今 自分が置かれている環境こそが自分自身の人生そのものだ全ては「縁起の理法」の下にあるのだ
2019.05.28
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○勉強どんなことからも学べるんだなあと つくづく実感する飲み屋のお客の言動に行き交う人々のしぐさ交通整理の警備員さんの きびきびした動き嫁さんの 何気ない一言知人の努力する姿に病苦に立ち向かう友人塾に通う小さな子の姿そしてその月謝袋にお金を入れるであろう親御さんみんな大変だけどみんなガンバっている見過ごせば 単にあたりまえの日常の景色だが知識と経験、そして「同悲同苦」の宝の山だ全てが勉強何からも勉強酔眼朦朧であってもつかむ人はつかみ看過する人は しらふでも看過する人生は 本当に面白く人の世は 更に面白い何事も勉強だ
2019.05.25
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○無名戦士さすがに 悪事には走らないがさりとて 息を吸うように善行もできないようやっと善行したとしても大言壮語して周囲の眼を確認してからの善行だオレって偉いでしょ誉めて誉めて まだ そんなものだでも世の中には全く知られずに 善行をなす人がいる損な役に回り陰で支えて賞賛されないどころか全く知られることなく 献身するそんな人が 実際に大勢いる町内会の役員だってそうだしボランティアだってそうだ無名の戦士たちがこの世の中を支えているお金でなく地位や名誉でもなく誰かがやらなければ 社会が回らないから「俺がやらねば誰がやる」特攻隊と一緒だこの世は 愛でできている無名戦士たちの愛と献身でこの世は 回っているのだ
2019.05.23
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こんな ひどい目にあって あんな 仕打ちを受けて いったい オレが何をした 世の中は 本当に理不尽だ でも 世の中全て 原因結果の法則の下にある 過去 自分で撒いた種を 刈り取っただけかもしれない 撒いてないつもりでも 自分の常識が 世界の非常識 なくて七癖が 他の逆鱗にふれる そんな 知らずに撒く種もある だから 他人のせいにするのは ムダだ 悩んだり悲しんだりする ヒマはない 理不尽さを嘆く替わりに 未来のために 良き種をバンバン撒こう 愛に 献身 やさしさに 勇気 有限で大事な人生だ 腐っているヒマなど ないではないか
2019.05.22
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○尊厳死んで 全てがお終いならいい事なんか する必要がない犯罪を犯しても 逃げ切ればいい死んで全てがお終いなら地上は 悪人にとっての天国だまあ そこまで極端でなくても死んで すべてがお終いなら人間の価値や尊厳は「役に立つか立たないか」という使用価値だけだ金や財産があるとか地位や名誉とか家柄だ 血統だとか仕事ができる 能力が高い 偏差値が上だ結局は「役に立つか立たないか」だけになるナチスドイツは 障がい者をガス室に送った役に立たないからだ現在の中国は 宗教の大弾圧だ「アヘン」を信仰する「不良品」だからだ死んでお終いなら 悪事を犯して 逃げ切っての 酒池肉林そんな人も多いだろうしかし 人間が 生き通しの魂で死んでも死なないならばこの世を去った世界があり転生輪廻があるならば事態は一変する「役に立つ」と信じたものは全てこの世に置いていく物この世の巨人は あの世の小人だ悪を去って善を取る損をしたように見えても「永遠」を選択したことになるのだ
2019.05.21
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○ あきらめたら負けあきらめたら 負け絶望したら 負け放り投げたら 負け中止すれば 負けほんの少しでも 継続していたらまだ 負けではない「いや何 これからさ」そう うそぶけば まだ 負けではない負け戦の 最中の撤退戦もあるだろうこの時心が なえていれば 壊乱して 壊走する総崩れで 全てがお終いだでも 秩序立った撤退戦なら陣地変換で 反撃さえ可能だ負けだと思えば 全てが終わるまだ負けてない そう思えば未来は 無限だどれだけ 押し込まれても心が負けなければ 反撃は可能ださあ 面白くなってきたぞここからが 勝負だ人生に 敗北などない勝手に あきらめる人間が いるだけなのだ
2019.05.19
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笑顔は コストゼロ 挨拶も タダだ いくら愛想をしても 損するわけではない それは分かっているけれど 挨拶も億劫だし 笑いかけるのも めんどくさい 何で オレから挨拶するんだ とか 何で オレから愛想するんだ とか 犬猫の縄張り争いみたいに プライドで自縄自縛することもある 本当に つまらない事 ほんの ささいな事 でも それが積み重なると 大変な事になる 毎回 会うたびの その印象は 積み重なっていく 悪印象は 嫌悪へとつながり 心は離れ 足を引っ張られる ただ単に 笑顔でいるだけなのに ただ単に 挨拶するだけなのに この簡単な事が 下手すると 人生の足元をすくう 凡事徹底だし そして何より 愛 愛さえあれば 笑顔は自然に浮かび 口からは感謝の言葉が出る 心に愛があれば 溢れる愛は 外に出ざるをえないのだ
2019.05.17
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○ 仕方ないかまあ ウソもつきたくなるし言い訳だって したくなる言い逃れに 先送り見なかったことにして気が付かなかったふりしたくなりますわ そりゃ上手くいくことばかりはないししくじることも多い自分だって そうなんだから他のみんなも みな同じまあ 仕方ないですよねえそう思えば 他人を非難したり叱責したりとそんなことは なかなかできませんよねえ私も あなたも 嘘つき村の住人まあ そこまでは行かなくても人間 完璧な人なんか いるはずありません足らざる所を 補い合って助け合って行きましょうや非難や蔑視が 生み出すモノはありませんよね寛容に 許しあうだって半端モノ同士ですからまあ 自分に対しては 少しは厳しくするべきかなあ陳腐ですが他人には寛容に 自分には厳しくということでしょうか
2019.05.15
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○ わかる不思議に 悪口は相手に伝わる陰でほめても それは伝わるどれだけ笑顔でいても悪意は相手にわかってしまい怒りの表情の下の 愛や慈悲も にじみ出るみんな 潜在意識で繋がっているから本当の意味での 隠し事など できるはずもないそれでもまあ善意が誤解されたり裏目にでることもある評価されずに無視されたり誉めらるどころかけなされ 貶められることもあるでもそんな時でも神さまだけは知っているだから安心して 笑顔でいようと思うだけど 出てくるんだよなあ愚痴に悪口に不平不満だから「神さまだけは知っている」そう何度も 自分に言い聞かせて陰口も 悪口も抑えて悪意も抱かず自分がやれることを坦々とこなすだけだ神さまだけは 知っているから
2019.05.13
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怒りには 怒りが帰ってくる 憎しみには 憎しみが 罵声には 罵声が帰る そして 無視すれば 無視される でも 挨拶すれば 挨拶が帰ってくる 関心を持てば 関心を持たれ 気にかければ かけられる 笑いかければ 相手も笑顔になる 善念には善念 感謝には感謝 そして 愛には愛 何であれ 拡大再生産していく ならば 良きもので 地を満たそう 小さな愛の歯車が やがて世界を動かす 愛の拡大再生産だ
2019.05.11
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今日は ダメだったが 明日がある 今日は 謝れなかった でも 明日がある 今日は 挨拶しはぐった でも 明日はやろう 今日は また飲んじまった 明日は 何とかやめよう 今日は ダメでも 明日がある 今は ダメでも 未来は創り出せる 縁起の理法で 努力の汗で 未来は いくらでも 変えられるのだ
2019.05.10
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○ 世の中残念ながら 世の中は欲とお金で できているように見えるあの怖い中国に なびく国があるくらいだからお金の魅力は まさに魔力だでも この世の繁栄は 過ぎ去っていく栄耀栄華を誇ろうが一生はやがて 終わる生老病死は避けがたい巨万の富に囲まれてもそれで幸福になるわけではない本当は お金で買えるモノに価値などないのだ単なる手段でしかないのだそんな単なる手段に翻弄されて大事なものを 見失うお金で買えない 大事なものを友情に信頼 やすらぎ信念や正義 そして愛 この世の中は 愛でできているそう 胸を張って言いたい愛無くば 巨万の富とて無意味愛無くば 人生に何の光もない本当に大事なものは 眼には見えないものばかりなのだ
2019.05.08
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○ 悪い時代が悪い それはそうだ国が悪い そうかもしれない景気が悪いから たしかにそうだ教育も悪かった親も問題がある夫のできも悪いだろう先生も悪いし 学校だってダメだった 見方によっては みんなダメ世の中 最低なことばかりだ確かにそうだ その通りだ神さまだって そうおっしゃるはずだでも 神さまは続けて こうもおっしゃるだろう「それで どうしたのかね」と失敗や不幸他のせいにすることは簡単だだが その中で自分は どうしたかが全てなのだ言い訳だけしても 成功はない非難も悪口も 生産性はゼロだ自分に できることだけ坦々と やる捨石でも いいではないか
2019.05.07
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何十年も前の悔恨悔やんでも反省しても事実は消せない記憶の奥底に 封印された過去隠されただけで 事実は消せない硬い大地に 打ち込んだマイナスの杭は もう抜けないだから その上から プラスの杭を打つ善行も正義も愛の行為も誉められるようなものではないかつての罪を マイナスの杭をプラスの杭で帳消しにしているだけ心の中の罪まで含めれば罪のない人などいない愛と正義と善行に必死になって食らいついてようやくプラマイゼロだろうこれまで どれほどマイナスの杭を打ち込んだだろうそれでも 神さまは許してくださるプラスの杭は 愛の杭全ての罪を溶かし そして許す愛の杭は 魔法の杭だそう 愛は魔法なのだ
2019.05.06
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○ 数えた人生 暴れられるのが 残り10年だとすると3650日これまでの長い月日は考えれば 無駄に遊んできたこれからも このままなら遊んでお終いだ指の間からこぼれる 砂のように日々は無為に過ぎていく意思なんか もともと弱いから怠惰に流れるのは眼に見える意志が弱いのなら習慣化するしかないいつの日にか 一発逆転のホームランではなく日々 こつこつとヒットを打つヒットでなくても 犠打でもいいとにかく重ねるしか凡人には 道がない3650日 何を重ねていくかだ足踏みしても 後退するまい後退しても 迂回して前進いざってでも 半歩でも前に進む3650日などあっという間だこの世には限りがあるからこそ一日一日は 限りなく重い諸行は無常だそれゆえに人生は尊く一日一日は宝物となるのだ
2019.05.02
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○ 行動考えるだけなら 誰でもできる言うだけなら 自分にも簡単だでも それを実行するのは至難の業かもしれない誰だって イエス様のことは知っているでも 同じように愛の奔流にはなれない釈尊の悟りに坂本竜馬のスケール諸葛孔明の神算智謀知っているけどできるわけではない杉原千畝のビザだって本で読むだけなら 簡単な話だただサインをしただけだろうでも実践できるか本国の指示に逆らい自分と家族の生命を危険にさらし異国の しかもソ連とナチスドイツの反発のもと人類愛を選択できるかどうか高砂義勇軍の勇士は運搬する食料に手をつけず背負ったままで餓死した義務に責任そして人類愛言うのは簡単だでも実践できるかどうかそれが全てだ知ることは大前提だが それを行えるかどうか愛も悟りも認識力も全ては 実践の中にしか存在しない本当の愛は 動かざるを得ないのだ
2019.05.01
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